四葉のクローバー   作:HirakeGoma

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09 こころはいつも複雑で

彼との約束が延期になった結果、時間を持て余すことになった。時計の針はちゃんと動いているのかと疑いたくなるほどに時間の経過が遅く感じる。

 

寄り道をする気分でもなかったけど、朝に家を出るとき、今日は遅くなることをお婆ちゃんに伝えてしまった。

 

時間を見るに、すでに晩御飯の準備を始めているころかもしれない。今から連絡して、もう一人分の準備をしてもらうのも手間なので、晩御飯は外食で済ませることにした。

 

適当に電車に乗って適当な駅で降りて適当なお店を探そうと、いつもの散策を開始する。

ガタンガタンと揺れる電車の中で、これから何を食べようかと考える。でも正直なことを言えば、食べるものなんてなんでもよかった。

 

彼と会えていたら今日は何を食べていただろう。そんな気持ちばかりが浮かび上がる。顔を横に振っては、引きずる気持ちを振り払った。

 

電車がガタンガタンとまた揺れる。座席に座れたのはいいものの、独特の揺れが眠気を誘い、次第に意識が薄らいでいく。なんだか少しだけ疲れてしまった。

 

思い返せば、今日は朝からバタバタしていた。夢から目を覚ました時、時間はいつもよりも遅い時間で、慌てて身支度を整えたことを思い出す。

ほんとに何だったのだろう?あの夢は。

 

そうこうしているうちに、電車はどんどん進んでいく。だめだ、本格的に眠くなってきた。

ぼんやりとする意識の中で、窓の外を眺めていたときだった。

 

「あっ!」

 

ガバッと座席から立ち上がる。ほんとに一瞬だった。

だけど、目に移り込んできた景色には見覚えがあった。そう、あれは確か、夢の中で見た景色。あの踏切によく似ている、そんな気がした。

 

実在の踏切だった?それとも今のは私の見間違い?眠りつつあった頭に鞭打って、必死で思考するものの結論は出ない。

 

(…まさかね)

 

気になる衝動を抑えつつ、私はもう一度座席に座り直したのだった。

 

 

 

 

 

数十分後。

私は例の踏切にいた。別に何か目的があるわけでも、何をするわけでもない。だけど、この踏切が気になって仕方がなかった。

 

はじめて来た場所。でも、なんだろう。とても不思議な感じがする。とてもはじめて来た場所には思えない。

夢の中で見たからかな?そんなばかな、と頭が何度も否定する。

 

「…そんなわけ、ないよね」

 

踏切は車一台がやっと通れるくらいの道幅だった。なんの変哲もない、どこにでもある普通のものだ。

 

周りをもう一度よく眺めてみる。

夢の記憶は曖昧だけど、やはりあの踏切によく似ているような気がする。確信はないけれど……

 

その場でしばらく考え込む。

 

すると、髪がふわりと揺れ動いた。何事かと思ってみると、後ろからきた数人の女の子たちが私の横を通って、走りながら踏切を渡ったところだった。

そう言えば、さっきからずっといるけれど、人とすれ違ったのは初めてかもしれない。

 

そんな些細なことがきっかけとなって、私はフッと我に返った。

 

「はぁ……何やってるんだろう、わたし」

 

今自分がしていることが、ひどく無意味なことに思えてきて、思わず溜息が漏れてしまう。

考えてみれば、夢の中の踏切に似ているからといって、それがいったいどうしたというのだろう。今日この場所まできたのは言ってみれば完全に興味本位の行動だ。何があるわけでもない。そう思うとドッと疲れが押し寄せた。

 

携帯で時間を確認し、引き返すことを決意する。日は沈み、あたりは暗い。周りの家々も、まだ人が帰ってこないのか、電気がつく様子はない。

 

私はそのまま方向転換をして元来た道を帰ろうとした。そのとき。

後ろから走ってきた人とぶつかりそうになった。辛うじて避けるも、手に持っていた携帯を落としてしまう。

 

「ごめんなさい!お姉さんっ!!」

 

中学生か高校生くらいの男の子だろうか。謝ったはいいけれど、こちらを振り向きもせず、走りながら踏切を渡って反対側の道路に行ってしまった。

 

(もうっ、なんなの…!)

 

頭の中で悪態をつきつつ、携帯を拾って着いた汚れをハンカチで落とす。壊れていないかひやひやものだ。携帯に問題のないことを確認すると「よし!帰ろう」そう思ってカバンを肩に掛け直した。

 

 

 

 

 

帰る道すがら、私はまた晩御飯のことを考えていた。何を食べようかと、少し前まで考えていたことをまた考える。正直なんでもいいのだが、外食に対してあまり気分が進まない。

 

元々二人で食べる予定だったから、一人で食べることに気が乗らない部分があるのかもしれない。どうしたものか、そう考えていると、ふと一つの案が閃いた。

 

(お姉ちゃんの部屋に行けばいいか)

 

人と会う約束が流れ、人恋しさが出たのかもしれない。頭の中に降ってきたその案は、一瞬で確定事項へと変わっていった。

 

そう言えば、最後に姉の部屋にお邪魔したのはいつだっけ?

確か公園で足をケガした時だから、まだ一か月も経っていないはず。あの日は姉の部屋に泊まって、翌日家に帰ったんだった。また今日も泊めてもらおうかと、そんなことを考えた。

 

 

 

 

 

「はぁ、やっと着いた…!」

 

目の前には姉の住むアパートがあった。なんだろう? ここまで来るのが嫌に長かったように感じる。まぁ、寄り道していた私のせいではあるのだけど……私は早速階段を上って姉の部屋へと向かった。

 

帰ってきているだろうか。私が訪問することは事前に連絡なんてしていない。半分サプライズのようなものだ。

 

ただ、姉は普段あまり外出しない。仕事以外ではたいてい家にいるものだから、連絡もしないでフラッと上がり込むことが今までに何度もあった。

だから、今までと同じように今回も大丈夫だろうと思っていた。

 

ようやく玄関前に辿り着く。いなかったら、まぁ、その時は潔く帰ることにする。私はインターホンを押そうと人差し指を扉へと近づけた。だけど、そのときだった。

 

扉がガバッと目の前で開き、家の中から人が飛び出してきたのだ。

 

「あっ、お姉ちゃん!」

「えっ、四葉?どうしたの!?」

「いや、ちょっと遊びにきたんやけど……」

 

とそこまで声に出してみて姉の異変に気が付く。

 

「ごめん。人と会う約束があってこれから出掛けないかんのよ。ってどうしたの? 四葉?」

「えっ、ああ、ううん、なんでもない。急に来たのはこっちやし、まぁ、また今度にするわ」

「ほんとごめんなっ」

 

姉は、宮水三葉は端から見ればいつも通りに見えただろう。だけど、私にはわかった。もう一度表情を確認する。間違いない。

 

―――彼女は笑っていた。楽しいことがあって笑顔を堪えきれない子供のように。

 

声は弾み、息を切らし、その表情は満開の桜のようだった。

私はというと、急に落ち着かなくなった。心の中が突然にざわめき出す。姉の身にいったい何があったのだろう?とつい勘ぐりを入れたくなる。

 

「…お姉ちゃん、人と会うって何かあったの?」

「あー、えーとな、今日の朝な、電車でちょっとな…って、もうこんな時間! 説明は後でするから、また今度ね、四葉っ!」

 

そう言い終わる前に姉は動き出していた。空気を切るように階段高校へと駆けていく。本当にこれがあの三葉なのだろろうか? その後ろ姿はまるで別人のように見えた。

 

だけど、懐かしい気持ちにもなった。私は昔、今の姉の姿を、あの背中を、見たことがある。いや、厳密に言うのなら昔の雰囲気に戻ったと言うべきか。

 

いったい姉に何があったのだろう。姉が浮かべる晴れ渡る笑顔の理由を、私はどうしようもなく知りたかった。

 

(これから人に会うって言ってたっけ? もしかしたら……)

 

そこまで考えてある可能性に行き当たる。けれど、まだ確証はない。後で説明してくれると言っていたから、それまでは心の中に留めておこう。玄関前にぽつりと取り残された私はそう心の中で決意する。

 

すでに姿は見えなくなっている。姉が走り去った通路は静かなものだ。パチパチと通路を照らす蛍光灯の音だけが耳の奥を刺激した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経過した。今日は休日だ。玄関前で鉢合わせたあの日から、姉とはまだ会えていない。加えて言うのなら、彼――立花瀧とも今日まで連絡をとれないでいた。

 

その理由は簡単だ。どうしても、いつもの悪い癖が出てしまうからだ。

忙しかったらどうしよう?連絡したら迷惑なんじゃないか?そんなことを考え出すと、携帯を持った腕を下げるしかなかった。

 

(はぁ、しっかりせい! わたし…!)

 

ただ、向こうに連絡する気になれなかった理由は他にもある。私は、姉のことが、宮水三葉が気になって仕方がなかったのだ。

 

落ち着かない日々が続く。なんだか気分がそわそわして他のことに集中できない。なぜこんなにも心が揺れ動くのか、自分でも理解できなかった。

 

ただ、ずっとこうしているわけにもいかないので私は行動することを決意する。今日は待ちに待った休日。この機を逃すまいとそう思った。

 

私はもう一度姉の部屋を訪ねてみることにした。

 

時刻はもう夕方近く。あまり遅い時間に行くのも迷惑なので早々に準備をして家を出る。

 

途中、彼女に事前に連絡するかどうかで迷ったけれど結局連絡はしなかった。

姉は休日に外出するようなことはあまりない。少なくとも今までの彼女はそうだったはずだ。だから今日も家にいる確率は高いとそう思った。

 

勢いよく最寄りの駅に飛び込んで素早く電車へと乗り込んだ。目的地は馴染みのアパート。

ゴトンゴトンと身体を揺らしながら、これからのことを考える。姉が笑っていたその理由。あれは、もしかしたら……それしかないよね?

 

(いけないいけない。まだそうだと決まったわけじゃないんだから。でも本当にそうなら……)

 

素直に祝福してあげよう。ちょっと寂しい気はするけれど、とても素敵なことだと思うから。家族として、妹として、私は応援しようと強く思った。

 

ただ、一方で不安もあった。姉に本当にふさわしい人なのか。相手方のイメージが湧かなかった。まぁ、姉が選んだ人なのだから決して悪い人ではないだろう。それだけは確かだと自分自身に言い聞かせた。

 

移り変わっていく景色を眺めながら、またゴトンゴトンと電車は揺れる。車窓から見える景色は今日はどれもパッとしないものばかりだった。

 

 

 

 

 

それからほどなくして思いがけない出会いがあった。姉の住むアパート近くである人たちから声をかけられたのだ。

 

「四葉ちゃんやないか!久しぶりやな」

 

そう言って手を振りながら道路の向こう側から歩いてきたのは、姉の糸守町時代からの友達である“テッシー”こと勅使河原克彦だった。

 

「ほんま、元気しとった?」

 

少し後ろからはもう一人の友達、“サヤちん”こと名取早耶香も挨拶してくれる。

 

本当に久しぶりだ。こんなところで会うとは思っていなかった。思いがけない出会いに私は目を丸くした。

糸守にいた頃は、ときどき会っていたけれど、東京に出てきて以降、特に姉が一人暮らしをはじめて以降は、二人とはほとんど付き合いがない状態だった。

 

でも、その二人がどうしてここに? 考えられるとしたら、姉のところに遊びにきたのだろうか?

 

「その通りや」

 

勅使河原がオーバー気味に首を縦に振る。

 

「そのつもりやったんやけど、今日はちょうどいないみたいで」

 

早耶香はどこか残念そうだ。

 

姉が休日に外出している? まぁ、そんなに驚くようなことではないけれど、休日に夕方まで外出する予定とは何だろう?

糸守町時代の親友は目の前にいる。ということは、勅使河原や早耶香と遊びに行っているわけではない。では、会社の人と? う~ん、その線は薄いだろう。

 

つまりはやはりそういうことか。さっきの私の考えは正しかったということか。

 

頭の中でそんなことを考えていると、勅使河原がさらりと私の予想と同じことを聞いてきた。

 

「なぁ、おまえんちの姉ちゃん、彼氏できたんか?」

「ちょっとテッシー! いきなり失礼やよ」

 

いきなりと言っても、私も考えていたことだったからか、驚くようなことは何もなかった。むしろ、ああ、やっぱりかぁ、とそんな感想だ。

 

「なんでそう思うんですか?」

「ええと、さっきな、私が三葉に連絡したんよ。そしたら今な、外で人に会ってるみたいやったから」

「人に…誰かはわかりますか?」

「そこまでは聞けんかったんやけど、なんか相手の人は男性みたいで…それでつい…そうなのかなーって」

「まぁ、近くに来たからっていきなり三葉の家に押しかけたおれらも悪いんやけどな」

 

二人は苦笑いを浮かべた。

 

「でも、あの三葉に男かー」

「こらテッシー!それこそ失礼やよ。それにまだ決まったわけやないんやし」

 

感慨深そうな顔をする勅使河原を早耶香が厳しく戒める。なんだか微笑ましい光景だ。

 

「でも、ほんとはどうなんやろね」

「ほれ、おまえも気になっとるやないか」

「だってぇ、あの子ずっと一人やったから」

 

早耶香はどこか寂しそうな表情だった。きっと親友である姉のことが心配してくれていたのだろう。姉のあのひどく切ない表情に、彼女もきっと気づいていたと思うから。

 

そんな勅使河原と早耶香を眺めていると、二人に会ったら言おうと思っていたことをふと思い出した。

「それはそうと」と一旦話を区切った後、唐突にも心のこもったお祝いの言葉を贈る。

 

「お二人ともご婚約おめでとうございます!」

 

その祝辞に、二人は私の方に向き直る。両者とても照れくさそうに顔を赤くし、「ありがとう」と返してくれた。その声は狙ったかのように揃っていた。

 

(さて、これでほぼ確定やね)

 

私はというと、俄然、姉に会いたくなった。そして、いろいろなことを聞いてみたくなった。

 

早耶香によると、夜には戻ると言っていたらしい。勅使河原と早耶香は用事があるみたいで帰ってしまったけど、私はしばらく粘ることにする。

 

近くの店で時間を潰して、夜になったら部屋に押し入ろう。イタズラ心に火がついたのか、姉が顔を赤くしながら問い詰められる姿を想像するとワクワクした気持ちになった。

 

姉に起こった変化が素敵なもので良かったと思う。私だって彼女の幸せを誰よりも望んでいる。その気持ちに嘘はなかった。

 

 

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