殺せんせーは俺の夢を聞いて嬉しそうに笑ってくれた。ついでとばかりに触手で頭を撫でてくる。
みんなに言ったことがなくてすごい恥ずかしかったけど、俺も嬉しかったから先生と一緒に笑った。
いつか殺せんせーに夢が叶ったところを見せてあげたいなぁ。
ヌルヌル相談教室は名前のせいでわかりにくいが、れっきとしたボランティア系の部活動である。
活動内容は単純。秀知院生の抱える悩みを聞くことだ。
活動時間は基本的に放課後。部室棟2階の端に用意された自分たちの部室で行われる。
予め依頼をしておけば予定調整をして、それ以外の場所や時間でも相談にのることができたりする。
では、ヌルヌル相談教室にはどんな依頼がくるのか。
それは勉強、部活、人間関係、恋愛相談など当然のことながら生徒それぞれで悩みが違う。
強いて言えばこの中で一番多いものは恋愛相談だったりする。
「
「先輩にそう言ってもらえると嬉しいです。ヌルヌル相談教室はいつでも先輩の相談にのりますので」
「あはは、やっぱり変わった部活名だよね。それ」
それじゃあまたね、と先輩はお上品にお礼をしてそのまま部室を出ていく。
その背中を最後まで見届けた月見は思わずため息をついた。
先輩の恋愛相談はかなり重かった。
前の彼氏と酷い別れ方をしたなど恋愛にトラウマを持っているみたいで、今までに聞いた相談の中では過去最強かもしれない。
とはいえ、月見がため息をついた理由は別にある。
それは、
「先輩のおっぱい、かなり大きかったなあ」
高校3年でアレはすごい。岡島や殺せんせーじゃないからサイズまではわからないけど、ビッチ先生ぐらいにはあったはず。
「部長の変態!」
「あいたーっ!」
そんな邪なことを考えていると、そんな罵倒とセットで後頭部にパシーンと衝撃が走った。
後ろを振り向くと、そこにはジト目をして手作りのハリセンを持つ
「なんだよ、白銀妹。痛くないから別にいいけど」
「よくあんな重い話を聞いて、脳内ピンクな発言が出てきましたね」
どうやら先程の発言を聞いてツッコミを入れたようだ。
今日の部活動は月見と圭の2人だけ。他の2人はまた来ていない。
そして、相談中は月見がメインで話を聞くことが多い。圭も参加することもあれば部室の端で静かに話を聞くこともある。時によりけりだ。
当然、さっきの変態発言も彼女には聞こえている。
「なんで相談中はマトモなのに、それが終わると自由に走っちゃうんですか」
「それが俺だからな」
残念な部長のことを考えていると頭が痛くなる。ちなみに月見は相談のときは言葉遣いに気をつけていたりする。
「まぁまぁ、これにはちゃんとしたわけがあるんだよ」
「はぁ」
その目つきは、どうせ男なんて胸しか見ていないケダモノだと言わんばかりに信用していない目だった。
「信用ねぇな。まぁ、いいけど。俺たちの活動はなんだったか覚えているか?」
「はい。相談者の話を聞き、スッキリしてもらうことを目的にしています」
「正解、解決も大事だがより大事なことはリラックスだ。よく覚えてたな」
「部活が始まってからしばらく、部長に言われ続けたので」
思い出すのは月見が部を開いてしばらくのこと。
あの頃は部活動をするたびに、部の方針を脳に刷り込まれていた。
この男、人のことを振り回す自由人ではあるが、こと相談に関してだけはどこまでも真摯に真面目に取り組んでいた。
そんなギャップにキュンとしてしまう圭だったが、そんなことは口にしない。
いつも通りのクールフェイス。
「スッキリしてもらうために、こっちは相談中も配慮しなきゃいけない。けど、そればっか続けていると疲れるだろ?ストレスが溜まれば相談にも支障が出ちまう。それは良くない」
「確かにそうですけど、それと先輩の胸がどう関係するんですか?」
その繋がりが分からず小首を傾げる圭。まだ気づけいないことがあるのか思案してみる。そんな圭を見て、満足そうに月見は笑みを浮かべた。
「まぁ、気分転換だな。あとおっぱい好きだし」
「結局、ただの変態じゃないですか!」
スパコーンと再度ハリセンではたかれる月見。音の割にそこまで痛くなかった。
手加減をしてくれたのか、そこまで威力がでないのか。
「もう、真面目に聞いた私がバカじゃないですか」
「あー、痛いよー」
「痛くないくせに」
ハリセンを片手にムッとした表情をした圭は月見に背を向ける。そのまま視線は自分の胸に向けられる。
(やっぱり男の人って胸が大きい人のほうが好きなのかな?)
自分の慎ましかな胸を見て気分が滅入る。まだ中学生だから可能性があるとは思うが、友人の萌葉を見ていると少しだけ不安になってしまう。
それにもし月見が巨乳好きなら圭にはどうすることもできない。別に気にしてないけど、絶望的だ。
むむむ、と唸る圭。その後ろ姿を見て、月見はうーんと首を傾げる。ははー、これは何か勘違いされていますな。
「白銀妹。勘違いされると困るんだけど、別に俺は巨乳派じゃなくて
「そんなこと聞いてないですよ。気持ち悪い」
「なんでそんな嬉しそうに罵倒してくるんだよ」
月見こそ勘違いな発言をしていたのだが、彼が貧乳派だということを知り安心してしまう。
思わず罵倒のトーンが一つ上がってしまった。別に気にしてないけど、今日はいい夢が見れそうだ。
「そうだ。この後相談者が一人来るから」
「依頼なんて珍しいですね。場所と時間はいつですか?」
「ここで今」
そのタイミングでドアをノックする音が部室に響いた。
月見と圭は顔を見合わせる。
「どうぞー」
とりあえず月見が促す。すると、ゆっくりとドアが開けられ女子生徒がするりと入ってきた。
「ここがヌルヌル相談教室であってるかしら?」
「あってますよ、
「ええ」
そう言うと四条と呼ばれた女子生徒が空いている席に座る。
彼女の名前は
四宮家の分家にあたる四条家のご令嬢で、四宮かぐやの遠い親戚にあたる人物だ。
かぐやとは同級生であり、叔母さんなんて呼んでいたりする。
月見は眞妃を席に促すとそのまま圭に視線を向けた。
彼女はその意味を理解すると頷き、お茶の準備をし始める。
部室には部費で用意した備品や部員の持ち寄ったものがいくつか置かれている。ポッドやティーカップ、お菓子なんかもある。
「それで今日はどんな目的でいらっしゃいましたか?」
月見は四条に尋ねた時、彼女の容姿が目に入った。
ミニツインテールに編み込みの入った髪。圭と同じかそれ以下の身長に慎ましかな胸元。
普段は強気であろう顔つきは今やどこか影が差しこんでいる。
んー、表情以外は月見好みである。裏があるところなんて特にいい。
なんて考えも程々に依頼者の話に耳を傾ける。
「相談にのってもらえるって友達から聞いて来たんだけど」
「そうですね。うちは秀知院先なら誰でも、どんな相談でも受けつけてますよ。プライバシーなんかは特に厳しくしているので、ご安心ください」
月見が説明をしたところで圭がお茶を入れ終わり、カップを眞妃の元に持っていく。
元々家でもお茶は自分で作ることもあったが、この部活に入ったことでより本格的なお茶スキルを手に入れた。
最近は月見からコーヒー作りも教えてもらい、本格的に手を出し始めていた。
「どうぞ」
「ん、美味しいわ」
「ありがとうございます」
頭を下げてから離れたところの席に着く。それを見届けた月見は本題に入ることにした。
「それで、今日はどんな相談で?」
「実は、その……恋愛相談なんだけどさ」
(やった、恋愛相談だ!)
眞妃の相談内容を聞いた圭は顔を俯かせ2人に見えないように片手でガッツポーズをする。
傍目から見れば圭は無表情だが、内心ではものすごく喜んでいた。
その理由はなぜか。
(もし恋愛の参考になるのなら部長に……って私、なに考えてるんだろ⁉︎)
ただの乙女的な思考だった。
何かと自分のことを振り回してくる部長によく怒る圭だが、なんだかんだで大空月見のことを異性として見ていたりする。
プライドやら思春期やらで本人は認めようとしない、素直になりきれないお年頃である。
意識を切り替えようと、頭を横にぶんぶん振る。
「問題ないですよ。うちに恋愛相談しにくる生徒も少なくないので」
「…………」
四条は月見の言葉を聞いてしばらく沈黙した後、ポツポツと依頼内容を伝えてくれた。
圭は少しだけ前のめりになりどんな恋愛話が聞けるのか一言一句聞き逃さないように全神経に意識を向け、全力で集中する。
無駄に才能を活かしていた。
「私、好きな人がいるんですけど」
よくある前フリ。そこからどんな話が聞けるのか圭も気になってしまう。
「その人が少し前に付き合っちゃって」
(これ、恋愛相談じゃなくて失恋話だ!)
が、求めていた相談と違った。
その相談内容を聞いて思わず心の中で叫んでしまった。
「しかも、付き合った人が私の大切な友達で」
(修羅場⁉︎)
今度は口から出てしまいそうになり、唇を噛んで黙らせる。
少し前の相談もそうだが、なぜ今日に限ってこんなに相談内容が重いのか。もっと明るい相談はないのか。
そんな圭の内心に構わず相談内容はどんどん進んでいく。
「私、そういうの素直になれない性格だし、いつか告白されないかなって期待してたら、翼くん。渚に壁ドンしてそのまま……」
「うっ……」
「それはお気の毒に」
眞妃の相談に胸を抑えて
なんだかシンパシーを感じてしまったことに圭は危機感を抱いてしまう。
月見のほうは相談者に相槌しながらも、奇行をしている圭を訝しむ。
さっきから何やってるんだろ、アイツ。
こんな感じだが圭は普段もっと真面目で、今だって全力で相談内容を聞こうとしている。ただプラスアルファで余計な思考もしているだけで。
「翼くんのことがす、好きなんだけど。だからと言って渚のことは嫌いになれないし」
「その気持ちはよくわかります。恋愛は戦で奪い合い、なんて言うけど大切な人には手を出せませんからね」
「そうなのよ!もう私、どうすればいいかわかんなくて……」
話している間に感情が
それを見た月見はティッシュを差し出す。よく泣いてる女の子にハンカチを渡す定番があるが、あれって女子側からしたら生理的に受け付けるのだろうか。
月見的には拒否られるとショックを受けてしまうので、ハンカチを渡せないタイプである。
「ふむ、そうですね」
それから月見は腕を組み、しばし考えてみる。
今回はストレスを発散するというより意見を求めているタイプ。特に彼女自身が納得できる方法を望んでいるようだ。
それならこちらからも案を出すべきだろう。
しかしどうしたものか。
月見は特段、恋愛上手なわけでもない。どう答えるべきか。しいて言えばビッチ先生の授業で学んだ恋愛テクがあるのだが、あれは過激過ぎる。
高校生に使うには早すぎる。
そもそもだ。高校に入ってからというもの恋をする暇もなければ、するつもりもなかった。
今の月見にとって重要なことは、殺せんせーとの約束を果たすこと。
それか第1の目標なのだ。
それでもふと、月見の脳裏に浮かんでしまうのは中学時代。初恋の少女のことだ。
いつでも楽しそうに笑う彼女の笑顔は眩しかった。
今でも連絡は取っているが元気にやっているのだろうか。
暗殺教室もそうだが、恋もいつかは終わるもの。
それが満足できるにしてもしないにしても、永遠なんてものはないのだ。それでも前だけは見なくちゃいけない。失敗も挫折も明日に持っていくしかない。
思考の底に落ちていた月見は意識を浮上させて、眞妃を見つめる。
ティッシュで涙を拭く彼女。彼女を見て意見は固まった。自分から言えることがあるとすれば、それは……。
「いっそのこと、好きな彼も友達も
「何言ってるんですか!」
「あいたっ!」
3度目のハリセンが脳天を直撃。
今度は少し痛かった。どうやらさっきまでのは手加減してくれていたみたいだ。
「おい、白銀妹。ちょっと手が出すぎだと思うんだけど」
「部長こそ、相談者になにとんでもないこと吹き込んでるんですか!」
叩かれた月見は涙目になりながら圭に抗議するが、逆に怒鳴り返された。
「いやいや、俺は相談者にこんな道もあるんだよって、真面目に答えただけで」
「真面目に倫理観ぶっ飛ばさないでくださいよ。このご時世にそれはダメです」
ハーレム。時代が違えば許されたであろう恋愛関係。今では愛人と呼ばれたりもする。
しかし、ここは日本。複数人の恋愛はご法度である。
当然、月見もそれはわかっている。わかっているのだけれど。
「まぁ、手段はともかく。全員が全員、好きな人に恋人ができたからって、そう諦められるわけじゃないんだよ」
「部長」
妙に実感のこもった言葉に怒っていた圭の口が閉じる。
それを気にせず月見はそのまま言葉を紡ぐ。
「恋愛は戦だからって、他人を殺したり貶めたりするのはダメだ。そんなことしたって好きな人には振り向いてもらえない。人間ですらいられなくなる」
そうなってしまえば、それは本当の怪物になってしまう。
「だから、人として精一杯最後まで足掻くんだよ。自分が納得して、前に進めるようにぶつかってみるんだよ。そうすればいつかは素晴らしい結果がついてくるはずだから」
「…………」
圭は口を開くことができなかった。
だって部長の言っていることは、すごく難しくて残酷な行為だから。
無理だとわかっていながらも前に進めと言ってるに等しい。
そんなの自分にはできないだろう。
「そんなの一人じゃできないですよ」
圭のささやかな反論。理路整然してない感情論。
それでも月見は優しく微笑んだ。
「あぁ。だから俺がいる。四条さんが本当にそれを求めてるのなら俺は彼女を応援して、できる限りの手伝いをするつもりだよ」
それはこの前の純粋な殺意とは違う優しさ。
他人のことを慈しむ暖かい想い。
月見は、圭から眞妃のほうに顔を向けた。
「とまぁ、すいません四条先輩。相談者差し置いて勝手に意見を述べてしまい」
「……別にいいわよ」
涙はもう止まったのか、2人の会話を呆然と聞いていた眞妃は月見に声をかけられてワンテンポ遅れながらも言葉を返す。
「ありがとうございます。それで四条先輩。さっきのはあくまで俺の自論。一意見です。するかどうかはしっかり考えてください」
「し、しないわよ!」
一瞬いいかなぁ、なんて思ったりもしたが否定する。
それよりも、と彼女は引っかかっていたことを尋ねた。
「相談しにきた私が言うのも何だけど、なんであんたはそこまでして私に力を貸してくれるの?」
眞妃は月見の言葉の裏を把握するために目を細める。
恋愛に関してはポンコツな彼女だが、それでも四宮に連なる人間。かぐや並の才女には違いない。
先ほどの会話を観察していたところ月見が嘘を言ってないことはわかっている。
でもなんで?
こんな利益にもならないことをなぜやっているのか。
彼女は知っている。使えるか使えないか、利己的なやり方をする人間を四条眞妃は知っている。
だから知りたい。
なぜ月見が自分の相談にのってくれたのかを自分の相談に関係なく、どんな風に答えるのか気になってしまったのだ。
けれど、
「えっと、それは……」
予想に反して月見の反応は歯切れが悪くどこか照れくさそうだった。頬をポリポリと掻きながら、どう答えようか迷っているみたいだ。
さっきまでの堂々とした姿が嘘みたいな態度に眞妃は困惑する。
彼の隣にいる圭も目を見開いて唖然としている。初めて見た。
しばらく様子を観察していると月見が口を開いた。
「……ちょっと人に言うには恥ずかしいし、具体的には言えないんですけど。中学の時に担任の先生と約束したんです。なんというか……人助けのできる人に、なりたいって」
そう言ってはにかむ月見。ほんのりと頬が朱に染まっている。
嘘は、どこにもない。純粋な願い。
「……そう。わかったわ」
それを聞いて眞妃も肩の力が抜けた。
この人はただのお人好しだと認識したのだ。
「あんた、……とそこの子も。学年と名前を教えなさい」
「ん?高等部1年の大空月見ですけど」
「私もですか?……中等部2年の白銀圭です」
「月見と圭ね。覚えたわ」
2人から学年と名前を聞いた眞妃は席から立ち上がるとふむふむと首を縦に振る。
「とりあえず今日の相談はもういいわ。なんか気が抜けちゃったし」
「あの、うちの部長が変なこと言っちゃってすいません」
「変なことって」
圭は眞妃が月見の案に機嫌を悪くしたのかと感じて頭を下げる。それを見た月見は苦笑いしてしまう。
「んーん、それはいいよ。さすがにソレをする度胸はないから」
「残念」
「でも、少しだけ前を向いて見ようとは思った。しばらくは自分なりに考えてみるわ」
そう告げてドアのほうに歩いていく眞妃。が、一度止まって振り返る。
「たぶん、また愚痴りにくると思うからその時はよろしく頼むわよ。月見に圭!」
そう言って彼女はふふんと笑みを浮かべて、今度こそ部室を出ていった。
まだどうすれば良いかは分からない。ショックも大きい。
それでも、自分には手を貸してくれる人がいると知れたから。まずはそれだけでもいい。
眞妃は廊下を一人歩く。
重かった心は少しだけ軽くなった気がした。
★
「びっくりしましたよ、部長が相談中に変なこと言い出すから」
「まぁ、ちょっとルールギリギリだっかな」
「完全にアウトですよ」
眞妃が部室を出ていった後。
閉じたドアを眺めながら、2人はそんな会話をする。
「でも、私何の力にもなれなかったんですけど、良かったんですかね?」
今回の相談で圭はあまり口を開くことができなかった。それなのに名前を覚えてもらって。
正直、今回は役不足な気がしてならない。
けれど月見はそれを否定する。
「違うぞ、白銀妹。すごいアドバイスを言うよりも、誠意を込めて話を聞くことのほうが重要なことなんだぞ。白銀妹はそれができる子だ」
「そう、ですかね」
「そうだ」
月見の言葉を無言で噛みしめる圭。
こうやってストレートに褒めてくるところはやっぱりズルい。
自分の手をギュッと握りこぶしにして、気を紛らわせる。
他の人に褒められるより嬉しいのはなんでだろう。
「それにしても部長。あんな照れた表情ができたんですね」
「おい、そこは突っ込んで欲しくないんですけど」
「普段のお返しです」
圭はニヤニヤして仕返しする。
たまにはこうやっていじる側になってみたいのだ。
「あーもう降参だよ」
どうすることもできず両手を上げて降参する月見。
その様子がおかしくてクスリと笑ってしまう。こうやって部長と一緒にいるのは楽しいなと感じてしまう。
ゆえに圭は考えしまう。
(私はどうなんだろ。部長のことが好きなのかな?)
認めるまでもなく月見のことが好きなのだが、圭のプライドがそれを認めてくれない。
せめて月見から告白されるなら、付き合ってもいいとは考えている。
けれど、少しだけ。
ほんの少しだけ、今は素直になってみたい気持ちもある。
「部長」
「ん、なんだ?」
だから、自然と月見に声をかけてしまった。
「部長はいま好きな人っているんですか?」
言った瞬間、圭の理性が警鐘を鳴らした。
なぜ私はそんなこと聞いてしまったんだろう。
自分の言動のせいで顔がどんどん熱くなっていく。すごく恥ずかしいんだけど。
「急にどうしたんだよ」
「いえ、すみません。今日は恋愛相談ばかりだったので。つい気になってしまって」
震える声がバレないように俯きながら圭は誤魔化してしまう。
月見も訝しみながらも、彼女の質問にどう答えようか思案する。
「まぁ、いないかな」
「そう、ですか」
苦笑して答える月見に平静を保ちながら、相槌を返す。
(……そっか)
圭はその言葉を聞いてほっとしてしまった。胸がポカポカと暖かくなってしまう。
緩んでしまう頬を隠すように月見から背を向ける。
月見のほうはそんな圭の態度を見て首を傾げる。自分から聞いておいてそれだけかい。
なんてことは口にせず、窓に目を向ける。いつも通り月を見上げるためだ。
彼から声はかけられない。
よかった。今声をかけられていたら自分はまともに言葉を返す余裕もなかった。
月見が声をかけてこなかったことに感謝する。
「そっか」
今度こそ声が漏れてしまう。
両手で頬をムニムニしながら、本当に小さな声で嬉しそうにする圭。
彼女が月見を好きだと認めるのはそう時間はかからないだろう。
けれど、圭は知らない。
彼女はかぐやや眞妃ほどに人の心を見抜く力はなかった。
だから、圭は気づかない。
あの言葉が月見にとっての嘘であることを。
圭は気づけない。