過去にはEDGE RECORDSのオオシマPでした、知る人ぞ知る『ヤンデレCD』シリーズの担当Pです。
EDGE RECORDSは潰れたので、今回自分のサークルにて『ヤンデレ』シリーズの新作を出すことになりました。
この投稿小説は、販促のためにCi-enに投稿した2020年7月26日配信の『ヤンデレの女の子に(耳の奥まで)死ぬほど愛されて眠れないASMR~もしくはヤンデレCD Re:Turn』プレストーリー第一楽章~第六楽章をまとめたものです。
※新作本編は18禁作品になりますが、投稿小説は全年齢です。詳細は以下のリンクから。
https://www.dlsite.com/maniax/announce/=/product_id/RJ287268.html
■第一楽章 夢乃side
いつからだろう?
岬ちゃんがあたしに笑顔を見せてくれなくなったのは。
ううん、笑顔自体は見せてくれてる、笑っては……いる。
あたしに対して、顔だけは笑ってるの。
でも……、それは……、もっと……異質、いや、歪……異形……?
あっくんと岬ちゃん。
あたしの家の隣に住んでいる、あたしの昔からの幼なじみ。
あっくんの妹である岬ちゃんは、あたしにとっても本当の妹と同じくらい、大事な女の子だった。……違う、今でも大事だよ。だって、あっくんの妹なんだもの、あんな酷いことがあっくんの家に起きて……、おじさんとおばさんが……死んじゃうなんて……。
突然の交通事故。
お隣のおじさんとおばさん、あっくんたちの両親は、夫婦水入らずの旅行中に不慮の交通事故で帰らぬ人となった。もともと忙しかった二人に、「僕が岬のことを見てるから、一泊でも二泊でもいいから、二人で楽しんできてよ」と提案したのは、あっくんだったらしい。
あっくんも自責の念で耐えられなかったはずなのに……、それ以上に岬ちゃんは傍からも見ていられなかった。
両親の突然の死に、現実に向き合うことも出来ず半狂乱になり手が付けられず、そして自分の世界に閉じ籠る道を選んだ岬ちゃん。たぶん岬ちゃんは、そのまま死んでしまうつもりだったんだと思う。それを救ったのは……もちろん、あっくんだった。
「ねえ、元気ないけどどうかした?」
「え?……あ、ごめんシッキー、何でもないの、あはは」
親友のシッキーの声に我に返る。あぶないあぶない、考え込み過ぎちゃった。
「なーに? またあっくんのこと考えてたの? そんなに気になるならさっさと告っちゃえばいーのにー。でも夢乃、今さらだけどなんでまた彼のことがそんなに気になるの? 私はもっと理知的な感じが好みかなー、白衣にメガネとかさ、あーん、もうサイコー、ふひひ……じゅるり」
「あー、はいはい。シッキーは好きなだけ乙女ゲーの世界で生きてなさい」
「なにそれー、差別はんたーい。乙女ゲーのヒーローキャラ以上にかっこいい男がいたら、弓亜だって本気だしちゃうもんねー」
親友の四季島弓亜はいつもあたしとあっくんの関係を茶化してくる。乙女ゲーにしか興味がない喪女めぇ……。
シッキーは外人みたいな色素の薄い長い髪に、白磁みたいな綺麗な肌、おっぱいはあたしとタメ張るくらいでっかい超美少女のくせして現実の男に微塵も興味ない、そのくせ人の恋バナには興味津々とか、どういう性格してるんだっつーの、もう。
「ねえ、最近多いよ、夢乃がぼーっとしちゃうこと。心配事だったら弓亜に言ってよね」
「あ……違うの、ホントに……大丈夫だって」
「ならいいけど。あっくんが振り向いてくれないなら、そのおっぱいで悩殺しちゃえばたいていの男はイチコロだぞ☆」
「ほーほーほー、経験があるのかねシッキーくん?」
「もちのろん♪ 夢乃ほどおっぱいおっきくないけど、配信でそれやったら大儲けナリー♪」
「……シッキー、ホントにそれやるのはやめなよね……」
シッキーはたまに冗談かホントかわからないことを言う。さすがにそんな危ないことはしてないと信じたい……信じさせてちょーだい。でも、あたしのことを心配してくれるのはすごくわかる、ありがと親友。
さてと、アタマを切り替えないと。シッキーに様子を疑われるなら、あたしかなりトリップしちゃってたっぽい。とにかく、今日も学校が終わったらあっくんの様子を見に行ってやるとしますか。
■第二楽章a 夢乃side
ピンポーン
あたしはあっくんちのドアホンを鳴らす。
「あっくーん、いるー? お母さんが作り過ぎちゃった肉ジャガ持ってきたよー、いるならさっさと開けてー」
沈黙。
反応がないからもいちどドアホンを押しても暖簾に腕押し、反応ナッシング。うーん、誰もいないのかなー? あっくんも岬ちゃんもお出かけかな? むむむ、先にLINEでも入れとくんだったかな。しゃーない、どっかにタッパー置いてくかな。
あっくんちの庭に入ったあたしは裏口に回り、勝手口のドアを開く。あたしの両親とあっくんたちのご両親は親交が深かったから、あっくんたちを色々援助するためにあたしはあっくんちにフリーパスでお邪魔できる。最近は岬ちゃんが「もう大丈夫ですから」なんて遠慮してるから、あんまり無断で入らないようにはしてるんだけど。
「あっくーん、岬ちゃーん、いないのー? 入るよー?」
台所の勝手口からあっくんちに入ろうとしたあたしを止めたのは親友の声だった。
「夢乃! ストーーーーーーーーーーーーーップ!」
「……へ?」
あれ? シッキー? なんでここにいるの?
唖然とするあたしの手をシッキーは掴んで、勝手口の扉を閉じた。
「ちょ、ちょっとシッキー、どうしたん?」
「いいから! つーかダメだよ勝手に人の家に入っちゃ……、泥棒じゃないんだから」
「いや、ウチとあっくんちはそういう関係だから何も問題は……」
「ダメなものはダメ! さ、ほら、帰るよ!」
「ちょ、ちょっと、あたしは肉ジャガをあっくんに……」
「弓亜が食ったるわ!」
「なんだそりゃーーーーーーー!?」
あたしはシッキーに引っ張られて、あっくんちを後にした。
もー! なんなのシッキー!
あたしはお惣菜持ってきただけなんだからー!
■第二楽章b 弓亜side
「ちょっとシッキー! ホントに怒るよ? なんなの急に」
夢乃が私に怒鳴ってる……ったく、人が良いのもほどほどにしろってのよ。適当に返事を返して早々に“あの家”から引き離さないと。
「弓亜ちゃんお腹ペコペコなりー……って、さっき言ったでしょ? その肉ジャガはわたしのもんじゃい!」
「はあ? もう、だったら先に言ってよねー、つーかなんでシッキーここにいんのよー」
幼なじみの家に行くのを諦めたのか、ようやく夢乃は抵抗をやめた。……ったく、「知らぬは亭主ばかりなり」じゃないんだからさあ、こっちの身にもなってほしいわ。
夢乃には言いにくいけど、夢乃は“あの家”とは関わるべきじゃない。両親が事故で死んで、兄妹で二人暮らしだあ……? そんな家あるわけないじゃん。じゃあ親戚はどこにいるの? 叔父さんや叔母さんて普通いるでしょう? いないなら亡くなった両親はどっちも天涯孤独なわけ? おかしいでしょうよ。警戒感なさすぎ。草はえるわ。
夢乃のためを思って、一応“知り合い”に調べてもらってはいたけど、まさかこの結果とはね……。出来るだけ、夢乃を“あの家”に近づけないようにしないと。
“あの家”の妹、野々原岬、あの女は……危険過ぎる。自分の恋を成就させるために、ここまでやるとは。どこから計算してるのかしら。
「ねーーーーー、肉ジャガ少し食べていいから、残りはあっくんちに持ってっていいでしょー?」
夢乃が諦めきれずにわたしに言う。
はぁ……。
親の心子知らず?っちゃあこのことかなあ……。
■第三楽章 岬side
夢乃さんがウチの敷地から出ていくのを、カーテンの僅かな隙間から確認する。
もう一人、夢乃さんと一緒にいた女は誰かしら。なんだかハーフみたいな綺麗な感じの女だった、胸のサイズも夢乃さんと同じくらいかな……。はあ……まったく、どいつもこいつも……。
ウチの勝手口から侵入しようとした夢乃さんをその女は制止し、連れて行ったようだ。やれやれ、今日のところはもう心配ないかな……。今は夢乃さんなんかに構っている暇はない、“そんなことに時間を取られている場合じゃあない”。
懐に忍ばせていたモノを机の引き出しにしまい込んで鍵をかける。こんなもの、お兄ちゃんに見つかったら叱られちゃうもんね。
私は自分の部屋を出る前に、室内をざっと見渡して何度目かの舌打ちをする。心の中で何度も繰り返される疑問が抑えきれず、口に出てしまう。
「これは……一体誰の仕業なの?」
私は階下に降りる。
そしてやはり同じように、今日この家に帰宅してからもう何度も繰り返したかわからないが、リビングの入口からその室内を見つめる。
何度繰り返そうが、結論は同じだ。
“何かが、おかしい”
そう、帰宅した瞬間から私にはわかった。馴染み切った自宅のはずなのに、何か……、異物が紛れ込んだような、奥歯にものが挟まったような違和感……。
私は右手の爪を噛む。
最初は夢乃さんがまた勝手に入ってきたのかと思った、あの女……、いつもいつも人の家に、お兄ちゃんと私の大事な家にズカズカと入り込んできやがって……。
しかし、私はその疑惑をすぐに打ち消した。
夢乃さんが家に入ってきたのなら……私には臭いでわかる。あの女の臭いを、この私が忘れるはずがない。
もっとも、当たり前だけど私は犬じゃない。臭いというのは例えであって……上手い言葉が見つからないけど、残留した気配、雰囲気……、そのあたりが近いかもしれない。
でも、いま私が感じているのは夢乃さんのものじゃない。
正直に言えば、どういう気配もない。この家は今朝、私とお兄ちゃんが家を出た時と、少なくとも“見た目”は何一つ変わっていない。
しかし、私は感じている。例えて言えば、玄関からリビング、私の部屋からお兄ちゃんの部屋まで、0.1ミリずつ何かがズレている感覚。トレーシングペーパーに写した絵を、ほんのちょっとだけズラしたような……、そんなおかしな感覚を私は感じている。
誰かが侵入した……というのは考えにくい。私の部屋にも違和感を感じているが、誰かが部屋に入ったとすれば、私にはすぐにわかる。扉に仕掛けていた私の髪は、朝に部屋を出た時のままだったのだ。
でも……やはり誰かが私とお兄ちゃんがいない間に、“この家に侵入した”。そして……目的はわからないけど、何かを探した……? 一体何を……?
考えろ私、誰かがこの家で、何かを探したと仮定するのよ。
この家で、他人の関心を誘うような事件があったとすれば、それは……パパとママが死んでしまったあの事件しかない。
それ以来、この家では何も起こっていない、少なくとも私は事件以後“今のところ”何もしていないし、お兄ちゃんの行動に関しては今さら確認するまでもない。
なら……やっぱりパパとママの事件のことを……?
どうして今ごろ……不審な点は何もないはずなのに……。誰がどう見ても、ワイドショーで何度か報道されて終わってしまうような、ありがちな不幸な事件のひとつでしかないのに……。
それに……この家を調べても、何も出てこない。それはわかっている。いつまでも……“そんなものを残すはずがない”じゃない。
夢乃さんと一緒にいたあの女……、あれは誰だろう。どうして突然現れて、夢乃さんを連れて行ったのかしら……。
まったく……夢乃さんだけでも厄介なのに、あまり手間をかけさせないでほしい。今現在なんの手掛かりもない以上、あの女について、少し調べたほうがよさそうだ。
玄関のドアが開く音がする。
この気配はすぐにわかる、お兄ちゃんだ、帰った来たんだね。
急いで晩ご飯の支度をしなくちゃ。
お腹が空いてるはずのお兄ちゃんを待たせるわけにはいかないもの。
私はリビングを出て、玄関に顔を出す。
「お帰りなさい、お兄ちゃん♪」
■第四楽章a 夢乃side
「ねえ夢乃、授業も終わったし弓亜と放課後デートしよーぜー」
5限目が終わり先生が教室を出た瞬間、四季島弓亜……シッキーが、そのスゴイでかいおっぱいをあたしの腕に押し付けてきた。……まあ、大きさでは人のこと言えないけど。
「うーん、今日はあっくんちにご飯持ってってあげようと思うんだけど……。昨日はどっかの誰かのせいで邪魔されたしね! あの量の肉ジャガ全部食べちゃうかふつー?」
「だって弓亜、成長期なんだもん、ハート♪ なんちゃって」
「それ以上そのおっぱいデカくしてどーすんの……」
「あれれー? おっぱいは男をたらしこむ武器であり、時には凶器になるんですぞ小鳥遊氏? いい歳してカレシもいないんじゃーそのぶるんぶるんのおっぱいが夜泣きしちゃうんじゃないかなー?」
「シッキーだっていないだろっ!」
「弓亜のカレシはー、このスマホのアプリの中にいるでござるー♪」
「はいはい、一生やってなさい」
あたしは腕に押し付けられたシッキーのおっぱいを振り払って教室を出ようとする。全く、ここ2~3日シッキーがよく絡んでくるなー。まさか、実は何か悩みがあったり……とか? シッキーの悩みなんて、お気にの乙女ゲーアプリがサービス終了とか、そんなくらいしか思いつかんけど。
「ちょっと夢乃さーん? いま何かすごく失礼な想像したっしょ?」
すぐに追いついてきた弓亜が頬を膨らませてあたしに言った。その愛くるしい表情をクラスの男子に見せてやんなよ、10人くらい一気に恋に落ちるよたぶん……。
「シッキーの悩みなんて、お気にの乙女ゲーアプリがサービス終了とか、そんなくらいしか思いつかんけど、って思った」
「ひでえ……そりゃひでぇよ小鳥遊氏……今の暴言のお詫びは駅前のクレープで許してやろう。さ、行くよ夢乃ー♪」
「ちょ、ちょっとシッキー……引っ張るなー! 手をはーなーせー!!」
こうして今日もあたしはシッキーに振り回されて、あっくんちには行けないのであった……。
■第四楽章b 弓亜side
「あれ……? 岬ちゃん?」
「ん? あー、あっくんの妹ちゃんだっけ」
わたしと夢乃は駅前のクレープ屋の前で極上の糖分補給をしていたところ。夢乃は幼なじみのお家訪問を邪魔されて最初は不満そうだったけど、女の子は甘いもの食べてりゃ大抵の不満はバグダッドあたりに吹き飛んじゃうのだ。
満足そうにデラックスフルーツクレープを頬張っていた夢乃は、気になる彼の妹ちゃんを見つけたようだ。わたしも夢乃の視線の先を追う。
学園の帰りに寄ったのだろう、スーパーから出てきたと思われるその子は学園指定のカバンの他に、ネギが突き出た、食材いっぱいのビニール袋を手に提げて私たちから離れていった。
ふーん……あれが……“野々原岬”ちゃん……ね……。
わたしはこの街で諍いを起こすつもりはない、“死季嶌書房”は遠からず廃刊になる、12人の“姉”たちのその後の身の振り方など、このわたしの知ったことではない。今は……言うなればバケーション? 一度くらいはね、“普通のJK”ってやつを体験しておきたかったのだ。
しかし、“普通のJK”に成り切ろうと思ってたのに“千里塚”に余計な頼み事までしちゃうなんて。お友達のために心までJKに擬態しちゃってたかな。うーん、わたしの演技も堂に入ってるなあ。これなら“亜桜”にだって張り合えるかもね。まああっちはお人形遊びだけど。
うん、とにかく夢乃のおかげですっごくリフレッシュ出来たかな、こーゆー経験はきっと役に立つ、ありがと夢乃……。今後のための優良なデータも収集出来ました。夢乃さんには本当にお世話になってしまいこの“ユーミア”、感謝の念に堪えません。
恩返しと言っては何ですが……、せめてこのくらいは……させていただきましょう。
「ねえ夢乃、あの子も誘ってさ、どっかでお茶してこうよ」
「うぇ!? いいのシッキー!?」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、でしょ? 妹ちゃんと仲良くなっといて損はあるのかー?」
「ちょ、ちょっと! だからそんなんじゃないって言ってんのにもう!」
「はいはい、行くよ!」
夢乃の手を引っ張って、野々原岬の元へ駆け出す。
さて、“ユーミア”のお節介を生かすも殺すもあなた次第です、小鳥遊夢乃。
それをもって……、ユーミアの長き休暇を終了とすることといたしましょう。
■第五楽章 岬side
なぜ私はこんな誘いにノコノコと乗ってしまったのか……。
駅前のスーパーで今夜の食材を買って帰る途中、私は夢乃さんと、もう一人の知らない女性に声をかけられた。
私とお兄ちゃん、そして夢乃さんは中高一貫の学園に通っている、女生徒の制服はリボンの色以外は同じデザインだ。その女性は夢乃さんと同じ制服、同じリボンの色だったのでお兄ちゃんや夢乃さんと同じ学年であることはすぐにわかった。
しかし、彼女の顔を見た瞬間、私は思わず身を強張らせた。
“昨日の、あの女だ”
私たちの家に侵入しようとした夢乃さんを止めた……外人ぽい顔立ちの、美しい女性……。あれから少しお兄ちゃんのクラスメイトに関して調べたけど、クラス名簿によれば名前は確か四季島弓亜。名前だけで判断するなら外人でもハーフでもなかったらしい。
夢乃さんと弓亜さんからお茶に誘われたが、普段の私であれば即座に断っただろう。お兄ちゃんが帰ってくる前に夕ご飯の準備をしたいし、それ以前に夢乃さんと同席するなど論外だ。
私が、“お前”と一緒に……お茶をする、ですって?
ふざけるのはそのバカでかい胸だけにしてほしい(弓亜さんも相当立派なモノを持っているが)。一体どれだけ私を不快にさせれば気が済むのか。ウジ虫の海につかるような苦行などまっぴらごめんだ。私の忍耐にも限度というものがある。
沸き上がる殺意をねじ伏せ、その気色の悪い提案を作り物の笑顔と共に受けたのは、弓亜さんがどういう人間か、今後のために確認しておく必要があったからだ。私とお兄ちゃんの邪魔になるのであれば対策を講じる必要がある。
そして、私たち3人は今こうして、コーヒーショップのテーブルについている。
「ごめんね岬ちゃん、いきなり誘っちゃって……。シッキーがどうしてもってうるさくて……」
牝豚が鼻の下の尻の穴から人間の言葉で私に何か話しかけている……。
ダメよ岬、今この場では感情を殺しなさい、家に帰ってから思いっきり吐いてやる。
殺意から目を逸らし、豚の言葉を理解しようと努める、シッキーというのは弓亜さんのことか。四季島だから、シッキー、ね。
「いいえ、そんなことないです。最近夢乃さんともご無沙汰でしたから……、そちらの方はお友達ですか?」
「四季島弓亜でっす、夢乃からはシッキーなんて呼ばれてるけど、好きに呼んでね岬ちゃん♪ 弓亜たち、学年最強の爆乳コンビなのー、よろしくね」
「ちょっとシッキー! なにバカなこと言ってんの!? そんなコンビ組んだ覚えないっつーの!」
「えー、だってー、弓亜たちよりおっきいおっぱいの子なんて学園にいないじゃん」
「そういう問題じゃない!」
……、私は唖然として二人を見つめている。
四季島弓亜……なんだこの女? 母親の子宮に脳みそを置き忘れて産まれてきたのだろうか? 陽キャだかパリピだか知らないけど、正直こういうタイプは得意ではない。
「ごめんね岬ちゃん、このバカにはあとでよく言っておくから……」
「あ、いいえ……楽しい方ですね、弓亜さんて……」
考えすぎだったかもしれない。
昨日、誰かが家に侵入したのは間違いない、私は私の直感を信じている。しかし、誰が何の目的でそんな真似をしたのか、手掛かりすら掴めず多少神経質になっていたのは否めない。
適当に口実をでっち上げて家に帰ろうと思った時、四季島弓亜の放った一言で私は考えを改めた。
「岬ちゃんちって親がいなくて二人暮らしなんだって? 親戚とかいないの? おじいちゃんやおばあちゃんは……」
「ちょっとシッキー、いきなり失礼でしょ……!」
夢乃さんが弓亜さんの質問を途中で止める。二人でやいのやいの何か口論しているが、私は全く聞いていなかった。
どうやら途中で帰るわけにはいかないらしい。
四季島弓亜……、偶然か、それとも……。まだ判断は出来ないけど……、最後まで付き合うしかないようだ……。
■第六楽章a 弓亜side
「岬ちゃんちって親がいなくて二人暮らしなんだって? 親戚とかいないの? おじいちゃんやおばあちゃんは……」
「ちょっとシッキー、いきなり失礼でしょ……!」
野々原岬に対する質問に、夢乃が慌てた様子で割って入ってくる。
「ご、ごめんね岬ちゃん! シッキーに岬ちゃん家の事情は説明してはいたんだけど……ちょっと空気が読めないというか読まないというか……胸に栄養が行き渡りすぎて考えが足りないというか……」
あらあら、小鳥遊夢乃はユーミアをそんな目で見ていたのですか、全く、誰のためにこんなことをしていると思っているのかしら。
まあいいです、どちらにしてもユーミアは近くこの街に別れを告げる身……。
しかし……夢乃は気付ていないようですが……見なさい、野々原岬がユーミアに向けるあの瞳……。不信、警戒、猜疑、疑念、そして殺意……。その全てを攪拌し、凝縮し、呪いよりもおぞましい言わば虚無とでも表現すべき色彩を湛えたあの瞳を……。
野々原岬は重い沈黙のあと、その唇を開いた。
「私は……パパとママどっちのおじいちゃん、おばあちゃんとも会ったことはありません、お兄ちゃんが産まれる前に死んじゃったと聞いています。親戚は……どうなんでしょう。両親が事故に遭った時、私はまだ小さかったから……。でも、お葬式の時も誰も来なかったと……。お葬式の面倒を見てくださった小鳥遊のおじ様が言っていたそうです」
「岬ちゃん、いいよシッキーにそんな昔のこと説明しなくても……ほら、シッキーも謝って……」
“嘘”……ですよ。野々原岬。
祖父祖母の件は真実ですが、ユーミアが依頼した“千里塚”の調査によれば、親類縁者は存命しています。そして、事故当時その連絡を受けているはずなのです。しかし、彼らは葬儀の場に現れることも、あなた方を引き取る提案をすることもなかった……。その意思があったにも関わらずです。
まあしかし、これはユーミアの胸の内に留めておきましょう。情報源を追求されても説明のしようがありませんので。
「ふーん、そっかー、いわゆる天涯孤独の身……いや、あっくんがいるから孤独ではないよね。ごめんね岬ちゃん、変なこと訊いちゃって」
「いえ……もう昔のことですから」
「ごめんついでにもうひとつ」
「シッキー! いい加減に……」
ここで止めてはだめですよ小鳥遊夢乃。ユーミアはこれだけは言っておきたいのです。
「岬ちゃん、ご両親のご遺体は……いまどこにあるのかしら? お墓の中は……何も入っていない、空っぽなのでしょう?」
「……へ? シッキー? 何……言ってるの……?」
野々原岬の変化はすぐに表れた。
虚無の色を湛えたその大きな瞳は微動だにせず、まっすぐユーミアに向けられている。
まず、首筋に赤い斑点が出現した。
その赤い斑点はみるみる大きくなってまるで生き物のように首筋から顎を伝って頬に移動し、さらには瞳の周りを赤く染める。額を這い上った斑点は、そのまま髪の中に消えていった。
その間、野々原岬の顔からは表情と呼ばれるものがあらかた消え去っていた。
先ほどまで野々原岬の瞳は様々な負の感情を発していた、夢乃にはわからないでしょうが、ユーミアにはわかります。それは殺意すら包括していた……。
しかし、今の野々原岬からは何の感情も感じられない。もはやその表情は虚無ですらない、見事です……野々原岬、ここまで完璧に感情を圧殺することが出来るとは……。
夢乃は事態についていくことが出来ず、野々原岬とユーミアの顔を交互に見つめている。その沈黙を破ったのは、やはり野々原岬だった。彼女は両手で顔を覆い、突然泣き出したのだ。
「うぐぅ……そんな難しいこと……わかりません……パパも……ママも……お墓の中で……眠ってると思います……どうして……ひぐぅ……そんなおかしなことを言って……私をいじめるんですか……ひどい……ひどいです……うぅうぅ……」
「岬ちゃん! 泣かないで、ホントにごめんね、大丈夫?」
夢乃が野々原岬の隣で、背中に手を当てている。“アレ”を見てすら野々原岬を思いやれるのだから、夢乃も大したものです。まあ、理解出来ないのも道理と言えますが。
そして……泣きながら野々原岬はユーミアを見た。
顔を覆った両手の指の隙間から……彼女はユーミアを見つめたのだ。
あ……この目……これはユーミアを殺る気ですね……。
うふふふふふふふふ、くふふふふふふふふふふふうふふふふふっふふ、相手になってあげてもよろしいのですが、ユーミアの出番はここまでですよ……。
■第六楽章b 夢乃side
家まで送ると言ったけど、岬ちゃんは一人で帰りますと言って、涙を拭いながら帰って行った。
岬ちゃんには改めて明日、きちんと謝らないと……。それよりも……!
あたしは我慢していた怒りをついに爆発させる。
「シッキー! あたしはシッキーを友達だと思ってたけど、そう思ってたのはあたしだけだったみたい! さっきのは何? 年下の女の子の家庭の事情をあげつらって、挙句の果てに泣かせて! それって楽しいわけ?」
「全然楽しくないし趣味でもないよー。どうせ女の子泣かせるなら、ハイエースに放り込んで身動き取れなくしてからお洋服を一枚ずついただいちゃうほうが性に合ってるかなーw」
「ふざけないで!」
こんな時になに言ってんのシッキーは。
友達になってから2か月ちょい、ちょっとおかしなところもあるけど変に気が合うとこもあって親友になれたかなって思ってたのに……! さっきのアレは信じられない! やっぱ病んでたのかシッキー!?
「いま、弓亜にすごく失礼なこと考えたでしょ?」
「やっぱ病んでたのかシッキーって考えた」
「うわー、人をメンヘラ扱いかよー」
あたしはシッキーに取り合わずシッキーの胸倉を掴んだ。
「ひえー」
「いい加減にして……何を考えてるの? 岬ちゃんが何か悪いことした? あの子はね、両親が死んじゃって、あっくんしか頼る人がいないんだよ……。こんなこと言いたくないけど、可哀そうな子なの、あたしたちより年下なのに、必死に頑張って生きてるんだよ! それをあんたは……」
突然シッキーはあたしの背中に両腕を回した、そして耳元で囁く。
「夢乃のその人を信じやすいところ……ユーミアにとってはとても新鮮で斬新なものでした。あなたのこれからの人生が実りあるものであることを、この四季島ユーミア、心より願っておりますよ」
「ちょっと、シッキー!? 何わけのわかんないこと……」
「ひとつだけ、野々原岬にはご注意あそばせ。あの子は目的のためなら手段を選びません。恐らく過去の事件も……」
「はぁ!?」
シッキーはあたしを軽く突き飛ばし、舌を出して笑っていた。
「ごめんね夢乃。でも忘れないで、弓亜は夢乃のこと、結構好きだったよ! じゃーねー」
あたしは茫然としてシッキーを見送った。
全然わけがわからないし、ついていけないよ……。
そして……“好きだったよ”って……、なんで過去形で言うのよ……?
次の日、シッキーは学園に来なかった。
朝のHRで担任が説明することころによれば、家庭の事情で引っ越ししてしまったということだった。
はあ? 引っ越し? こんな急に……お別れも言わずにどうして……。
やっぱシッキー、あんたのこと、理解出来そうもないわ……。
その数日後の夜、お惣菜をあっくんちに持って行った時、岬ちゃんに尋ねられた。
「あの……ちょっと前にお会いした、夢乃さんのお友達って……どうしてます?」
「え? ああ……シッキーね……突然引っ越しちゃったみたい、親友のあたしに何も言わずに……」
言い終わる前に、岬ちゃんに両肩を掴まれた。
すごい剣幕でまくしたてられて……え? 岬ちゃん?
「引っ越したって……どこにですか!? 転居先の住所は!?」
「いや、だから、ほんといきなりで、何も聞いてないのよ……住所はわからないし、ケータイも解約しちゃってるみたいで……」
「そう……ですか……ご、ごめんなさい、私ったら……」
「いや、いいけど……」
岬ちゃんは何かブツブツ言いながら、自分の部屋に引っ込んでしまった。
うーん、こう言っちゃなんだけど、あたしの周りってちょっと普通じゃない感じの子が多めなのかな……。
なんちゃって、岬ちゃんとは仲良くしていかないと!
あたしが“お姉さん”にならなくちゃいけないんだから……。
まあその前に、あっくんをどうにか攻略しなくちゃいけないんだけど、あいつめー、いつになったらあたしの魅力に気付いてくれるのかなー。
はあ、ダメダメ。他力本願じゃダメだ。あの朴念仁には力押しじゃなきゃ通じないって、最近わかってきた。
見てなさいシッキー、もしこの先あんたに再会できたら、その時はあたしの素敵な彼氏を紹介してあげるからね!
そして物語は『ヤンデレの女の子に(耳の奥まで)死ぬほど愛されて眠れないASMR~もしくはヤンデレCD Re:Turn』へ―――――