「なーんか思ってたのと違うんだけどなぁ」
板張りの廊下を二つの足音が響く。
「私ももっと堅物な印象だったんだけど。予想外」
長い廊下、しかしそれを踏み締めるのは難い靴底、軋む音がまた一歩を進む。
「それはアニメの見過ぎ、刀でどうやって上半身吹っ飛ばせるってのよ、真っ二つならともかく」
ぼとん、と重く少しだけ硬いような音が二つ。
「でもアルテアさんとか、モーさんとか剣からビーム出るよ」
今度は三つにその音を増やした。
「それはもはや吹っ飛ばすって次元じゃないと思うよ、俺」
僅かな音とともに何かが倒れるような、突き破る音が聞こえた。
「でも沖タちゃんもなんかすごいビームってビーム出すよ」
鋭く、風を切り、何かが飛ぶ。
「おとぎ話のキャラクターならまだしも知り合いのそんな一面を見るのは何というかうすら寒いというか末恐ろしいというか」
弾けた水のこぼれる音、引きちぎるような繊維を割断する音とともに倒れこむように一つ
「沖田さんも大概だけどね、三段突きって」
聞こえるのは無数の足音
「でも案外、隊で一番強いってのは一ちゃんっても言われてたんだぜ」
その音は板の間を走りたやすくあたりを取り囲み、その逃げ道を閉ざす。
「新八さんじゃないの」
睨むように足を焦らせる、無数の草履が床板を擦り、その呼吸を図る。
「あら、疑っちゃう。自分でいうのもなんだけどはじめちゃん案外そこそこやるんだぜ」
軽く靴音は一歩踏み出した。
「ビーム出せないのに」
侮るような、いいや、期待するような声、少女の声
「そうそう、ビームが出せないから戦闘だって大変なんだよ」
鯉口の成る小さな音が聞こえた。
「こんな風にな」
そして、音は残らなかった。
「さて、そういうわけで登ろうか、チェイテピラミッド姫路城」
「どのあたりがさてなのか、わかりやすく教えてもらえると助かるんだけど」
召喚されて間もなくの朝食時、コロッケそばを載せたお盆をテーブルに置いた瞬間だった。
「もはや恒例行事といっても過言ではないからのう、今年はぐだぐだ要素も薄かったし、このあたりで一念発起的にドグラとマグラの超融合、とでも言うのかのう」
彼を待ち構えていたとでもいううように現れたのは赤毛のマスターの少女とジャージに赤いTシャツを着た渚の第六天魔王、カレーライスと豚骨ラーメンの二つのお盆が彼を囲んだ。
「というか、もう言葉がわからないんだけど、姫路城ってシラサギ城でしょ、何か知らない枕が付いてた気がするんだけど」
「ん、チェイテピラミッド姫路城のこと」
カレーを頬張りながら当然のようにこちらを見返してくるマスターの少女にわずかな頭痛を覚え始めた。
「信長公、解説を求めても」
「そりゃ、アイドル歌手を目指すエリザベートの住まうチェイテ場にオジマンディアスより貸し出されたピラミッドが突っ込み、その上に刑部姫が城ごと引きこもった問話じゃな」
「なるほど、何もわからないということが分かったよ」
知るのしみ込んだコロッケを橋でつまみながら思いをはせる。視界の端にはどこか胃の痛みでも訴えるような西洋貴婦人と沢庵をおかずに飯をかきこむ副長の姿を幻視するも見なかったことにした。
「というかそれも随分前に終わったことじゃないのかい、今夏だし、忙しいんじゃないの」
カルデアにも訪れる大型夏季休業、今年は北米にできたリゾートカジノへと多くのサーヴァントたちが赴いているはずだった。
「まぁそのごたごたは終わったんだけどね」
「うどん容器も回収したしのう」
「面倒なことになっちゃってね」
「随分含みを持たせるね、マスターちゃんも」
「そう、じゃあ単刀直入に言うと」
「沖田さんが復活したチェイテピラミッド姫路城に捕まっちゃった」
「聖杯ってすごい魔力リソースになるじゃない、でジェット沖田さんのエネルギー源にしたらさらに長火力レーザーでも出せるんじゃないかって話になって」
「いやぁ、儂もまさか特異点になるとは思ってなかったんじゃがのう」
「聖杯を爆弾にしたことがあるって聞いてたから任せちゃった」
「丁度それがHIMEZIサバイバルカジノ付近でやっとったのでな。それに呼応してチェイテピラミッド姫路城が召喚されてしまってのう」
「まったく平成に残してきたというのに」
「是非もないよね」
「何一つ理解ができないのは僕の理解力が足りないってことなのかねぇ」
城の中、彼らを襲うゾンビの大群を屠りながら二人の少女たちは笑いながらそういった。
男は刀に残った肉片を振り落としながら深いため息をついた。
「まぁ、沖田さんも年の夏はいりいろとあったし」
「そうじゃのう、あいつもまぁいろいろあったからのう」
「なんか意味深なんだけど、面倒事につながる大事なことじゃないの、それ」
「Jとかね」
「Jとかのう」
「不穏な響きしかしないからもう帰ってもいいかな、だめ」
高らかに笑う少女たちへそう振り向いた時。
「っ」
脇差を抜き去りながらその剣すじをそらす。
ひとつ、はじき
ふたつ、そらし
みっつ、それは彼の頬をわずかに裂いた。
一呼吸、いいや音もなくなるほど重なったその三つは同時に彼を襲い、必殺を成す。
「おっと、剣筋、甘くなったんじゃないの、沖田チャン」
背後にいたはずの二つの影はなく、意識を向けるのは目の前に現れた、見知った浅葱色の羽織、よく見慣れたその姿。
「あらま随分と元気そうで、とらわれのお姫様って言うには随分とお板が過ぎるんじゃないの」
頬をかすり、流れる血をぬぐい取りながら彼は笑う。
「元気に跳ね回ると思ったらなんつう様かね、臥せってた時よりもひっどい顔しちゃってまぁ」
見慣れた羽織と、そして真っ暗な瞳は、ゆっくりとその刀を構える。何も映さない瞳は奈落へとでも落ちていくように続き、その音が帰ってくることはない。
「怨念とでもいうのかい、沖田ちゃんよう」
彼女から広がった影はあたりを取り巻きゆっくりと形を成す。
「山崎にお、井上さんも。何々旧交を温めようってわけでもないのね、そりゃそうか」
見慣れた顔が形を成す。刃を向ける。
「悪いね、生憎とこっちは死ぬまで生きたもんでね」
彼はそう言い、刀を修めた。
「だから途中で死んだアンタたちに切られてあげてもいいんだぜ」
無刀へと、亡霊が切りかかる
隙はなく、不備などなく、両断の刃が落ちる。
そして落ちたのは亡霊の首一つ。
「なんてな」
無敵の斎藤、抜刀一閃。
彼はつまらなそうに吐き、その刃を放つ。
怨念返しは兵どもの夢の跡に。
「死んでも治らねぇ馬鹿につける薬何ぞねぇ」
「こりゃごもっともで」
倒壊していくチェイテピラミッド姫路城を眺めながら副長の小言を聞かされる。いつの間にかピラミッド内に潜入し、マスターの少女たちを救出していたらしい副長の加勢が無ければ亡霊の群れに埋もれていたのは彼の方だったかもしれない。
「そうですよ、斎藤さん。だいたい私がそんな簡単にとらえられるはずないでしょう。というかむしろ首謀者をつるし上げるに決まっているでしょうが」
「だからさっき姫路城の天守閣に信長公がはりつけにされてたんか」
「悪即斬です」
「というかさっきからなんで水着、それはいいや、なんでちょっと浮いてるのかは触れてもいい問題」
「これは、その話せば長くなるというか」
「病弱だった沖田さんをサーヴァントユニバヴァースのハイテクコスモリアクターと合体させることによってその体質を改善させさらには空も飛べるようになったのさ」
「説明ありがとうマスターちゃん、ちょっと黙っててくれる」
「ぶー」
「まぁ、元から末恐ろしい、みょうちきりんが今更ジェットみょうちきりんになってもあんまり変わんないか」
「なんか腑に落ちなんですが、っていうかみょうちきりんってなんですか、みょうちきりんって」
「興味が尽きないってことさ」
「なんか絶対嘘言ってます、土方さん、絶対嘘言ってますよね」
「うるせぇぞ、沖田。悪いが後を頼む」
「どこへ、あっそれミストレスCの予告上」
「ふはははは、魔王を倒しても今度は大魔王が現れるのが相場と決まっておろう、つまり第六天魔王マーク2シン・ノブナガ降臨っ」
「流石姉上、抜け目ないっ」
「おのれ小童、再臨絵でも信長様の横を不法にも占拠するとは、その粘着質。許せん、許せんぞ」
「にゃははは、あなたも大概では」
「竜馬、とりあえずあそこで伸びている蝙蝠は食べてもいいか」
「駄目だから、おなか壊すよ」
「さらっとひとんち壊されてさらには腐ったもの扱いされたっ」
騒がしい夏の夕暮れ
「こりゃ当分退屈はしなさそうだね」
男は肩をすくめた。
おもしろいって難しい