十一月も過ぎればノーレッジの学舎も秋色に染まっていく。
ロンドンの中心部から少し離れた郊外、私立の美術大学と認知されている現代魔術科の校舎。現代魔術科は新規に作られた新しい学科だと聞かされていたがその学者は十分に古く、歳月を耐えた石造りの建物は中世バロック建築とでも呼ばれるように荘厳に感じる。元々は別の何かに使われてたものをを現代魔術化の校舎にしたのか、それとも魔術で新設の校舎をわざわざ歳月が立ったように加工したのか。仮に後者だとしてもわざわざそんな面倒なことをする理由があるのか、魔術的な意味があるのかは魔術に疎いグレイには答えが出ることはない。
中庭に植えられたイチジクの葉もすっかり寒くなってきた冬に気配に覇を脱ぎ捨てる。葉はあたりに落ち、散らばっていく。どこからともなくやってきた木枯らしたちは落ち葉を運び、その風の流れが師であるロードエルメロイの居室まで散らばってきていた。高い空の下、箒を手にグレイは高くなった空をのいていた。
「そういえば魔術の学校なのに箒で空を飛ぶ人っていない」
『そんなわざわざ目立つようなことをする馬鹿がいるとしたら、よほどの間抜けか、時代の止まった生きた化石くらいの物だろうがなぁ』
つぶやいた独り言に小脇に抱えた鳥かごから返答が帰って来た。
「でも、魔法使いとか魔女って言ったら箒で空を飛ぶものじゃない」
すでにあらかたの掃除は終わり、時間はすでに放課後。あたりに人影はなく、会議だなんだとロードバリュエレータに連れていかれロードエルメロイもあと一時間は戻らない。空は高く、青く、そしてここは魔法の園、手に握られたのはいかにもな古めかしい大きな箒、小さな好奇心、少女がその箒にまたがるのも無理からぬ事だった。
『まぁ魔女が箒に乗るのは箒に塗りつけた薬をまたぐらに塗り付けて灰になってるって話だがな』
「あっ」
少し大きな声で言ったアッドの声は宙に少し響き、そして代わりに意図しない方向から反響が帰ってくる。咄嗟に振り返った先は誰もいないと思っていた廊下、そこには一つの人影。日本人の青年は居心地が悪そうに小さく苦笑いをする。
「へっ」
『へへっ』
「アッドっ」
少女はその頬を真っ赤に染めながら鳥かごを乱暴に振るった。
「ありがとう、ちょうどマーケットでサツマイモを買ったんだ」
中庭で小さな煙が上がる。それは今しがた集めた落ち葉たちの山。補足、白く上がる煙の中に埋めたのはいくつかのアルミホイルに包まれた紫色の芋。
「あ、あの、衛宮さん、さっきのは」
食い気味のような、どこか破れかぶれのような少女の声に青年は笑った。
「気にしなくていい。あれは後だしじゃんけんみたいだったし、それにこうして落ち葉まで使わせてもらってるんだグレイが忘れてほしいというなら忘れるよ」
「ほんとに」
「案外頑固だな」
『元々田舎者だからな、偏屈なのさ』
「アッドっ」
二人の掛け合いに青年は少し笑った。
「誓ってって口外しないよ、俺も小さい頃はやったことあるし」
その言葉に少女は少し安心したように一息つく。落ち葉の燃える小さな音が聞こえ、ゆっくりとその灰が崩れ落ちていく。
「衛宮さんは凜さんの付き人として時計塔に来たんですよね」
「ああ、そうだよ」
衛宮士郎という男、聞けば師であるロードエルメロイ二世が参戦した魔術儀式に彼も参加したという。正式な魔術師とは言えず、時計塔に来るほどの実力ともいえない。しかして、彼のその目にはどこか遠くを見据えるように向く。半端者、けれどその在り方は少女とはずいぶん違うように見えた。
「衛宮さんは凜さんの弟子とも聞いたのですが、宝石魔術を使うわけではないんですよね」
「ああ、俺は半端者だからな。遠坂みたいに体系化されたきっちりした魔術みたいなのはあんまり使えない、それがどうかしたのか」
「いいえ、なんというか、その、付き人というには、あの、遠すぎるというか」
『従者っぽくなくて、いつ裏切るかわかったもんじゃねぇ、どっかに言っちまいそうだってな』
言い淀む少女の代わりに口を開いた鳥かご。その言葉を聞いた青年は少しあっけにとられたように止まると、大きく籠を振り回し目を白黒させていたる少女へと笑いかけた。
「これは、あの、その」
「いいよ、遠坂を裏切るつもりなんてない、ただそうだな、どっかに行ってしまいそうか」
青年は空を見上げた。
「うん、もしそれが必要ならば俺はそうするんだろう」
彼は傍らに立つ少女を見る。
誰かによく似た、傍らに立ってくれていた、見届けてくれた誰か。
「なりたいものがあるんだ」
その呪文を唱える。
少女には意味など分からない、ただ不思議そうに青年を見上げていた。
つかむ星は遠く。
理想の背中すら見えず。
それでも、その瞳は何かを見据えていた。
「ああ、シェーロ、こんなとこにいたのですね」
「別に今日はあんたのとこのバイトでもないでしょうが」
「あら私は別に隣人の安否を心配しただけですわ、凶暴な同居人がいる部屋に帰らねばならないというのならいつでも私の居室をお貸しいたしますのに」
「凶暴な同居人って誰のことかしら」
「あら、身体強化魔術で脳みそまで筋肉にしてしまうとはさすがはうっかり遠坂の異名は伊達ではありませんわね」
「なんですってっ」
「なにやら香しい匂いがするぞフラット」
「それが焚火なのか、グレイの匂いなのかは言わなくていいよ」
「マシュマロでも持ってくるか」
芋の匂いに惹かれたのか、騒がしくなってきたあたり。良く焼けた一つを取り出して割るとそこには黄金に輝き、甘い香りをあたりへと振りまく。その片方を一番初めには彼女に渡した。遅いと不満を言う観衆に順番だとなだめすかし、かぶりつけば、少女も習うようにその黄金色を頬張る。
その甘さに小さく綻んだその顔に、青年もまた、ゆっくりと笑った。