器からは湯気が立ち上っていた。
白くかすむようなそれは絶えず形を変え、舞うように緩やかに広がり、結び、開き、そして消えていく。白く立ち上る香りに顔を近づければ、わずかに肌が湿ったように温く。その香りが鼻をくすぐる。この匂いを鰹の匂いだと教えてくれたのはカルデアに来て少しの頃、猫とも狐とも言えないメイドの獣からだった。戻りがどうとかおいがどうとかいっていたとは聞いたがイマイチ要領を得ないその説明にキッチンにいた女王たちも苦笑を浮かべていたのを思い出す。
異文化というのだろうか、古今東西の地域の英霊がいるカルデア、しかし契約者であるマスターの国が色濃く反映されているようだった。食堂の端ではカツ丼を食べるギリシャの韋駄天を見ることも、カレーを食べるインドの大英勇もさほど珍しいことではない。
だからとその日催されたのはマスターの国での年末の行事ということだった。
「マスターの国ではね、年越しそばっていってね、年末に蕎麦を食べるの」
給仕をしていた女王はそういいながら手慣れたように小さな椀にゆで上がった小玉の蕎麦と鰹出汁の透き通った黄金色の汁、小さなかまぼこと一振のネギを散らす。食堂の入り口に視線をやれば赤い弓兵たちがワゴンに大鍋をのせて運んでいく姿が見える。食堂にこれないものたちへの炊きだしであるらしい。
時刻は既に23時を回った頃合い、夕飯も終わり、もう寝ているものも多いのではないか、と彼女の問いに女王は笑いながら首を降る
「毎年の恒例行事だからね。もう恒例行事、といっていいくらいはなれてるかな。ほら、そういっているうちに夜まで起きてる不良サーヴァントひとり来た」
「お、いい匂いにつられてきてみれば、どうやら俺が夜更かし一番乗りってことかい」
弓兵は、やはり彼も慣れたように彼女から椀を受け取る。
「今年もいい出来だ、匂いでわかる」
「毎年のことだからね、案外腕が上がったのかも、エミヤ君」
「去年みたく蕎麦畑作りたいとかいったりはしていないんだろう」
「代わりに石臼を投影していたけどね」
「懲りないねぇ、新所長に無駄使いだって、いいや、言われないか」
「そういうところではにてるかもねあの二人」
「かもしれないな」
その二人の光景を何となしに見ている。両の手に持った椀から少しずつ熱がつたわって来る。
「お嬢ちゃんの口にはあわなかったかい」
唐突な弓兵の言葉を否定する。よい匂いであると言うことはわかる。きっとこれが良くできたものであるということはなんとなしに理解できる。ただ、
「良くできていると美味しいとは違うものなのでしょうか」
わからない。是か否か。それが善きものであるのか悪しきものであるのかの判断はつく。
だから、きっとこの椀も誰かのためをもって作られたならば善きもの、なのだろう。
でも、誰かにとって変わる、誰にとっても変わるそれは
「きっと、私にはおいしいということがわからないのです」
彼らは少し呆気にとられたように見合わせ、そして小さく笑った。
「じゃあちょっとその椀を俺のと交換してもらおうか」
弓兵へと少し冷めた椀を差し出すとまだ暖かい椀を持たせた。
「そしてこれを」
あたらしく注いだもう一人分の椀を女王は持たせる。
「ちょうどいいからマスターのところまで持っていってくれるか、今ごろは自室のこたつで寝てる頃かだろう」
「それが何か関係あるのですか」
弓兵は小さく笑った。
「さてね、ほら、麺が伸びるからさっさと持っていくといい」
追いたてられるように彼らに見送られながら食堂をあとにする。
振り替えれば彼らは笑っていた、
困惑のままマスターの部屋へと向かう。
彼はこれを食べて美味しいというのだろうか。
自分のつくったものではないけれど、彼が美味しいといってくれるならそれはきっと。
少しだけ浮き足立つように、
少しだけ早足で、少女は白き湯気を引き連れていった。