脆く浅ましい恋であっても   作:なんじょ

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愛でるのも、手折るのも

 ――それは、一つの実証実験。

 数億、数兆、数京と重ねられてきた観測の中、試みに行われたケース。

 偽りの学園の中で繰り広げられる戦。主従の契約を結んだ魔術師とサーヴァントが命を賭けて戦い続け、生き抜く内に芽生え、育っていく絆の芽。その蕾はやがて大きく膨らみ、あと少しで大輪の花を咲かせて有終の美を飾ろう、というところで。

 ――それは、一つの実証実験だ。

 ただの再現データに過ぎなかったマスターと、名を持たぬ英霊。

 イレギュラーにも等しい最弱の少女に、サーヴァントが心を奪われてしまった、そのケースを――ムーンセルたる七天の聖杯は、興味深い観測データとして捕らえ、すぐさまありとあらゆるパターンを演算し始める。

 それはあるいは、少女と青年が心を通わし、奇跡的にこの閉鎖空間から抜け出す未来を描き。

 あるいは、聖杯の中で寄り添い、分解されて消えていく未来を描き。

 あるいは――

 ――破滅へ突き進むだけの未来もまた、描き出していた。

 

* * *

 

 切る。切る。切る。切る。飛び散る。呻きは聞こえない。小さくけいれんするだけ。悲鳴。だけどそれはこれが上げているものではない。なぜならとうの昔に喉をかっきってしまったから。振り上げる。刃から血が滴る。まだか。もう終わりか。これで終わりなんだな。そう思って安堵して、がっかりして、振り下ろす。

「……て……やめて、もうやめてアーチャー!!」

 甲高い叫びが鼓膜を破る。ぴた、と手を止める。彼女の命令は絶対だ。私は彼女に従わなければならない。だから止めた。それに、これ以上は無駄だろう。私の下敷きになった太陽の騎士は砕けた白い鎧を鮮血に染め、光を失った翠緑の瞳を見開き、事切れていた。

 ああ、しかし。とどめは刺さねばなるまい。首を落とそう。もし何かの悪夢で蘇ってしまっては、彼女に危険が及んでしまうから。

「ガ……ウェ、イ……ン…………!!」

 半身を切り落とされ地に這うハーウェイの少年王が、精一杯の声で叫ぶ。嘆願の響きを帯びたそれは、騎士にはこの上ない餞(はなむけ)だろう。もはや届かぬものであっても。私はとどめた手を再度振るい――

 バジッ!!

 だが、弾き飛ばされた。地面をもんどり打って転がり、手から刀が滑り落ちる。何度か転がってから起き上がり、私は敵を見た。

 敵は、赤い壁の向こうだった。セラフによる終演の幕。ああ駄目だ、あれではもう手が出せない。

 私によって完膚なきまでに叩きのめされた太陽の主従は、床に倒れたまま闇に浸食されていく。

「ガウェ……ン……、……ウェ……!!」

 血を吐きながらレオがままならぬ体を引きずって、騎士のもとへ近づいていく。引き裂かれて血を流す体は、しかしその血液も破損データとしてぼろぼろと崩れ消えていく。

「レ、オ」

 私のマスターが、喉をひきつらせて呻く。少女は敵を見て、その末期に涙を流す。本当なら駆け寄って手を取りたいのかもしれない、だが少女は根が生えたようにその場にとどまり、しとどに泣くだけだった。

 そうして、あっけなく。太陽の主従の体は、血の一滴も残さず、かき消えた。

 

 赤い幕が消える。決戦場に、勝者が残る。

 終わった。これで終わった。私はゆらり、と立ち上がった。ふらりと頼りない足取りで歩きだし、剣を拾う。消す。そして振り返る。

「マスター」

「……っ!!」

 涙を散らしてマスターがびくっと後ずさる。その顔に浮かぶのは、悲しみから恐怖へ。ただ二人きり、この世界に残った、ただ二人きりのマスターとサーヴァント。契約を結び、絆を育て、心を通わせた私たち、それ以外に阻むものなど何も無いというのに、

「マスター。何を怯える」

 なぜ、そんな目で私を見るのか。マスターはこちらが一歩進むごとに後ずさる。

「いや……来ないで……来ないで、アーチャー」

「なぜだ、マスター。私たちは勝った。君は聖杯を勝ち取った。私が君に聖杯を捧げたのだ。なのに、なぜ」

 なぜ――私から逃げようとする。

 問い続ける私に、マスターは蒼白になって頭を振る。

 違う、違うと声を震わせ、顔を上げた。怯え、泣きながら叫ぶ。

「あなたは、アーチャーじゃない……もう、私のアーチャーじゃ、ない!」

* * *

 

 彼はマスターを愛した。心の底から、魂をかけて愛した。

 だがマスターは、彼のようにサーヴァントを愛さなかった。

 信頼という名の拒絶を与えられたその時、彼は自らマスターを汚し貶め、自戒を破った。

 故に、泥はすでに満たされている。

 後はそのトリガーで――彼は、彼であり彼でないものに生まれ変わるだけ。

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