脆く浅ましい恋であっても   作:なんじょ

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それは運命の恋だった

 夢を見る。眠りに落ちるたびに何度も、おそらくは同じ夢を。

 本来であれば、そんな事は起きえない。英霊は人の形をしていても人ではなく、どれだけ惰眠をむさぼろうと、夢など見るはずはなかった。

 それなのに、見る。何度も見る。目覚めた時には全く覚えていない、けれど妙に胸を締め付ける、その夢を。

 

* * *

 

「……、……チャー、おい、アーチャー!」

「! 何だ、マスター」

 強い呼びかけにハッとして、アーチャーは慌てて顔を上げた。椅子に腰掛けた位置から見上げると、目の前に立ったマスターが、なにやら困惑顔をしている。

「なんだじゃない、さっきから何度も呼んでるのに、全然聞いてなかったんだな。どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」

 何度も呼びかけた? それは少しも気づかなかった。

 いつもの胸がざわめく目覚めの後、彼が教室の隅で眠っているのを見て、まだ起床時間には早いからと、何となく見守っていたのだが。

「いいや、どこにも不都合はない。君が目覚めるのを待っていたのだが、その様子ならもうアリーナへ向かう準備は出来ているようだな」

 もちろん、とマスターは頷いてみせる。

 まだ年若い少年はそろそろ、聖杯戦争に慣れてきたようだ。初めはおっかなびっくりアリーナを探索していたものだが、今彼の表情には自信が表れ、きたる決闘の日にも怖じる気配がない。

「良い顔だ、マスター。それなら早いところトリガーを回収してしまおう。取りこぼして間に合わずに敗退なんて事態は避けたいからな」

「ああ、今日も頼りにしてるよ、アーチャー。さあ行こう」

 そうして二人そろってマイルームを出る。

 唯一の安全地帯を出れば、そこは戦場だ。校内は原則戦闘が禁止されているが、ペナルティを恐れずに仕掛けてくるマスターは珍しくもない。不測の事態に備え、自身の姿を霊体へ変化させようとアーチャーが意識をこらした時、

 たっ、と音を立てて、すぐ側を少女が通り過ぎた。長い茶色の髪をなびかせて、軽やかに、優しい香りを漂わせて。

 ――――!!

 体中の霊子がざわめく。肌が粟立ち、血が沸騰する。アーチャーは即座に振り返り、細いブレザーの腕をとらえようと手を動かした。だが、

「アーチャー? 何してるんだ?」

 不思議そうなマスターの言葉に、返答が見つからない。

 廊下には、人っ子一人いなかった。

 一本道の廊下に隠れる場所など無く、その姿が見えたとほぼ同時に振り返ったアーチャーの目から逃れうるはずもない――では、見間違いだ。今すれ違った少女などはなから存在していないのだ。

「……何でもない。気にするな、マスター」

 沈黙の後に答えを返し、アーチャーは霊体化した。しかし気にするなと言いながら、自分が誰よりも今の影を気にかけていると自覚していた。

(あれは誰だ。オレは……オレは、どこかで彼女に出会ったのか?)

 姿を目にした瞬間、細胞という細胞が叫び声をあげたようだった――知らないはずの彼女の名を、声を限りに呼びかけたような、強烈な思慕と喪失感に襲われた。

(あれは……夢と同じ感覚だ)

 思い出す。この感情は、夢を見ている時のそれと同じなのだと。

 けれど分からない。アーチャーは彼女を知らない。それほど強い思いを抱いているのならきっとどこかで出会い、絆を深めたのだろうに、記憶には少しも残っていない。

(駄目だ、今は忘れろ。私にはマスターを守る義務がある)

 マスターはいつものようにアリーナへの入り口を潜り、今日こそトリガーを手に入れると張り切っている。

 それを見て、油断するなよマスターといつもの小言を始めながら、アーチャーは胸にわだかまる得体の知れない激情に恐れを抱いた。

 ぽっかりと穴が開いたような、奇妙な感覚はいつまでも収まることなく、むしろ徐々に大きくなっていき、彼の心をむさぼり尽くそうとするかのようだった……。

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