新隊員:酒場佳子   作:後菊院

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第一話 酒場佳子

 

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 三門市立第一高等学校には多くのボーダー隊員が在籍している。ボーダーA級七位部隊を率いる隊長、三輪秀次(みわしゅうじ)もまたこの高校の生徒だ。クラスは二年D組。教室内での三輪は、その険しい表情と近寄りがたい雰囲気からか若干浮いている。決して爪弾きにされているわけではないが(クラス内には同じボーダー正隊員である仁礼光や三浦雄太もいて、彼らが橋渡しの役を担ってくれることがよくある)、これといって仲の良い友達もいない。だから「転入生が来るらしい」という情報が三輪の耳に入ったのは一時間目が始まる直前だった。前の席でクラスメイトたちが話しているのが漏れ聞こえたのだ。

 チャイムが鳴り、一時間目が始まる——その前に、担任がどかどかと前の扉を開けて教室に入ってくる。「えー、もうなんか知れ渡ってるみたいだが、今日このクラスに転入生が来る」とお決まりの言葉を述べた。「まじか。男? 女?」仁礼光(にれひかり)が立ち上がって担任に問う。「女」と担任が答えると、一部の男子がわざとらしくざわつき、一部の女子も「へえ、どんな人?」と興味ありげにがやがやする。

 担任は扉の方に向かって二度ほど素早く手招きした。みなの視線がそちらに注がれる。興味がないので、三輪はぷいと窓の方に敢えて視線を送ったが、これはこれで子供っぽいと思い直し、扉の方に視線を戻す——と、その頃には転入生は既に姿を見せていて、担任の隣に立つと教室内を物珍しそうに見渡していた。

 一目、美人だった。黒髪ショートヘアのボーイッシュな女子高生。烏丸京介(からすまきょうすけ)を女にして髪をストレートにしたらこんな感じになるだろうか。ただ、目つきはあのイケメンよりも鋭い。刺すような彼女の視線が三輪と重なり、三輪は目を他所へずらす。

「サカバさん、自己紹介」

「ああそうか。そうだった」

 ぼそりと促す担任に言われてはっと首を動かす転入生。彼女は黒板を振り返り、一瞬首を左右に小さく振ってチョークを見つけるとそれを握り、カツカツと良い音を立てて黒板に何事かを書いていった。淀みのない手つきだったが、正直そんなに字は上手くない。まあそれでも「酒場 佳子」という名前を読み取るのに支障はなかった。

酒場佳子(さかばかこ)。出身は東京。これからよろしくお願いします」

 彼女は特に表情を変えることなくそう言うと、ぺこりと軽く頭を下げた。

「ええと席は……あそこだな。あそこが空いてるから」

 そう言って担任が指差したのは三輪の隣。確かにそこは教室の角で、余った机が一つ置いてある。三輪は思わず眉をひそめた。隣のいない一人席の特権が失われることになるからだ。

「よろしく」

 そんな三輪の心中を知ってか知らずか、転入生は三輪に軽く一声かけると、手に持っていた鞄を机の横にかける。

「じゃあ、山田先生お願いします」

 担任は一時間目の担当の教師に一声かけると姿を消す。それからは普通に授業が始まった。

 

 

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 「なあなあ、東京のどこ出身?」

 休み時間になると酒場の机を数人の女子が取り囲み、酒場に色々質問をする。音頭をとっているのは仁礼光だった。

「八王子の方だ。一応東京だが、三門より田舎だな」

 酒場は無表情で答える。無愛想な顔をしているが、受け答えは至って普通。気持ちがあまり顔に出ないタイプなのだろうか。

 いずれにせよ、興味のない話をすぐ隣でされるのは三輪にとって苦痛だった。屋上にでも行こうと席を立ち上がりかけた時、「この街にはボーダーという組織があるらしいな」と酒場が言う。

「おっ、ボーダーに興味あんのか?」

 光が食いつく。彼女はボーダーの正隊員だ。B級二位、影浦(かげうら)隊のオペレーター。豪放磊落な彼女の性格は、影浦隊の雰囲気を表すものでもある。

「ああ。入隊希望だ」と酒場が言う。

「なら、わかんないことがあったらアタシに訊けな。アタシはボーダーの隊員だから」

 光はドンと胸を叩いて言った。すると酒場は少し驚いたようで、今一度しげしげと光を見る。

「仁礼さんはボーダー隊員なのか」

「おう。オペレーターやってる。ウチの男衆はアタシがいねーと何もできねーんだよ」

「そうなのか」

「そうだ」

 胸を張る光。酒場はそれを大真面目な顔で見ている。

「ボーダー隊員なら他にもいるよー。三浦(みうら)君もだし、三輪君もそうでしょ?」光の隣に立っていた女子がそう言って三輪の方を振り返った。

「そうなのか?」酒場も三輪の方を見る。期待の色が幾分か眼差しに混じっていた。

「……悪いが、俺は忙しい」

 それだけ言って、三輪は席を立つ。教室から出た。「あいつなんかよりアタシを頼れ! な!」という光の声。酒場は三輪の後ろ姿を目で追っていたが、それほどの興味はなさそうで、またすぐ光たちに視線を戻した。

 

 

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 ボーダー入隊にあたっては、基礎体力試験と基礎学力試験、そして短時間の面接が行われる。定期的に行われる入隊試験であり、毎回の人数は十人程度の時もあれば百人を超える時も稀にある。今月は二十数名がボーダー本部まで入隊試験を受けに来ていた。試験は滞りなく進み、午後四時には全ての試験が予定通りに終了する。「本日はこれで解散となります。みなさん、お疲れ様でした」——試験管の言葉を受けて、受験生たちはばらばらと帰宅していった。

 人事部が置かれる一室で、ボーダーの人事部長である水沼誠二(みずぬませいじ)は、部下から送られてきた受験生たちのデータをチェックしていく。その中の一人、酒場佳子という少女の試験結果を見て、彼ははたと手を止めた。

「この子はトリオン量が大きいな」

「ええ。サイドエフェクトが現れていてもおかしくない数値です」

 隣のデスクの部下が答える。ボーダーが独自に設定した単位を使って彼女のトリオン量を表すのであれば、8.52。なかなかの有望株である。少なくとも、今期の受験生の内では頭抜けている。

 水沼は彼女の経歴欄に目を向けた。それによれば、彼女はつい先月に三門第一高校に転入してきたらしい。家族構成は母が一人。離婚して家を出たというところか、などと水沼は邪推する。それにしてもよりによって三門市に越してくるとは。近界民の影響で地価が下がり、家賃等にも影響があったのが決め手だろうか?

「何にせよ、この子には是非ともボーダーに入ってもらいたいものだね」

 そう呟くと、水沼は他の受験生たちのデータに目を移した——その時、ウィンと人事部の扉が開き、誰かが入ってくる。

「失礼します」

 知った声が響き、水沼はそちらを振り返った。青いジャージを着流し、特殊なデザインのサングラスをかけた青年と目が合う。「水沼さん、ちょっとよろしいですか?」——迅悠一(じんゆういち)は、いつもより真剣な顔で水沼に声をかけてきた。

「ああ構わないが……どうしたんだい?」

「今、廊下で入隊希望の子たちとすれ違ったんですが……ちょっと彼らの名簿を見せていただけませんかね」

 迅はボーダー設立当初から隊員として活躍する古株だ。信頼は篤く、断る理由などない。「今ちょうど彼らの試験結果を見ていたところだよ。これがそうだ」と、モニター前のスペースを迅のために半分開ける。

「誰か気にかかる子でもいたのかい?」

「ええ……確か高校生くらいの女の子です。髪が短くて」

 その特徴に当てはまる人物を、水沼はすぐに思いついた。「じゃあ酒場さんかな? ちょうど僕たちも彼女について話していたんだよ。トリオン量の数値が優秀でね——」カチカチとマウスを操作し、酒場のデータをモニターに出す。「ふむ、改めて見ると、基礎体力試験の方も満点なんだね。大したものだ」

「……」

 迅はじっとモニターを見続けていた。「どうしたんですか迅さん、その娘に惚れちゃったりしちゃいましたか?」と、横の人事部員が茶々を入れる。

「いやぁ、そうじゃないんですけど」

 迅は複雑そうな表情をしながら答える。水沼の見る限りでは、迅の視線にそのような感情は乗っていなかった。

 水沼は問う。「何かを『視た』のだね?」

「……はい」

 迅は重く頷いた。

 迅は限定的な予知能力者である。ある人物を見る時、その人物の少し先の未来を視ることができるという稀有な能力を持つ。それは戦闘でも使えるし、もっと大きな事件に影響を与えることもできる。

「彼女、配属先を玉狛にしていただけますか?」

 迅は水沼の方を見るとそう言った。

 

 

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 帰りのHR直後、三浦雄太(ゆうた)が支度をして教室の外に出ると、「三浦先輩」と誰かに呼び止められた。振り返ると烏丸京介がいた。

「あれ、とりまる君。珍しいね。どうしたの?」

 雄太もとりまるも共にボーダー隊員だ。雄太は同じ隊の香取葉子(かとりようこ)に気があるのだが、葉子は京介を彼氏にするべく狙っている。いわば雄太から見てとりまるは恋敵にあたるわけだが、両者の関係は良好である。

 とりまるは開いている扉から教室の中を覗きつつ、「酒場先輩ってもう帰っちゃいましたか?」と雄太に問う。

「酒場さん? いやまだいると思うけど……ほらあそこ」

 雄太は教室隅の机に座って光と喋っている少女を指差す。「あそこで光ちゃんと喋ってるよ」

「ありがとうございます」

 京介は雄太に礼を言うと教室に足を踏み入れていった。そういえば酒場さんもボーダーに入るって言ってたなあというようなことを思い出しつつ、少しの間京介の後ろ姿を見送る。だがすぐ本日これから防衛任務が入っていたことを思い出し、酒場と京介が何を話すのか気になりつつも、教室を後にした。

「——けどな? 芙三歩ってのは実は藤井に惚れてたらしくてその記憶を自分で消してるとかなんとかそんな感じらしーんだよ。わけわかんねーだろ?」

「そうだな。だがそのヒロインが物語の鍵なんだろう? 同じ顔の人間が二人だとか三人だとかの話もあったしな……ん、君は誰だ?」

 何だかよくわからない、漫画か何かの話をしていた光と酒場だったが、近寄ってくる京介に酒場が気づき、光もそちらに顔を向ける。

「ようとりまる、珍しいな。どした? アタシになんか用か? デートなら受けるぞ」

「いえ、ヒカリ先輩には用はなくて」光の冗談を軽く流し、京介は酒場の方を見る。酒場は自分を指差して「私か?」と訊いた。

「はい。酒場先輩を玉狛まで案内するよう言われて来ました……メールが送られてると思うんですけど」

「ああ。そういえばそうだった」

 酒場はそう言うと、椅子から立ち上がって荷物を抱える。「あれは今日だったな。忘れてた」

「おいおい何の話だよ。アタシは何も聞いてねーぞ」光はばんばんばんと軽く机を叩きながら言った。「なんだよ、(サケ)ちゃん玉狛に行くのか?」

「そうらしい。玉狛(たまこま)支部所属だとか何とか、合格通知に書いてあった」

「なーんだよ、ウチの隊に誘えねーじゃんか」

 どでかいため息をつく光。「……じゃあ、行きましょうか」と、京介は酒場を促す。「ふむ、わかった。すまん光。またな」

「あぁまたな。気が向いたら本部に顔出せよ。うちの部屋コタツあるから」

 

 

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 「玉狛支部にようこそー!」

 わーと手を広げ、玉狛支部の建物に入ってきた酒場を笑顔で迎え入れる少女の名は宇佐美栞(うさみしおり)。玉狛が誇る敏腕眼鏡オペレーターである。

「アタシ宇佐美栞。よろしくね!」

「酒場佳子です。これからよろしくお願いします」

 酒場はぺこりと頭を下げた——頭を上げた後、宇佐美の横でカピバラに乗っている子供が気になるのかちらちらと視線を送る。

「……しんいりか」

 視線に気づいた子供は感情がいまいち読めない顔で言った。

「こっちは陽太郎(ようたろう)ね。で、この子は雷神丸」宇佐美が紹介する。だが正直そう紹介されても、酒場はよくわかっていなさそうだった。

 入り口で出迎えたのは宇佐美と陽太郎、そして雷神丸というカピバラだけだったが、三階の居間には玉狛の隊員たちが揃っていた。

「アンタが迅の言ってた新人ね、ふうん。あたしは小南桐絵(こなみきりえ)

 小南と名乗った明るい髪色の少女は、あからさまじろじろと酒場を観察する。その態度は警戒心からと言うよりは好奇心から来るものだった。「よろしくお願いします」と酒場が手を差し出すと、小南は逡巡したが、結局は握手に応じる。「あたし弱い奴とは馴れ合いたくないの」くらいは言いそうな雰囲気を出していたが、そこまで冷たい人間ではなさそうだ。

「あなたも、よろしくお願いします」

 小南と握手をしながら、酒場は隣に立つ大男にも頭を下げる。

木崎(きざき)レイジだ。こちらこそよろしく頼む」

 レイジが自己紹介した直後、入り口からさらに二人、隊員らしき青年と背広姿の男性が姿を見せる。

「おっ、もう来たのか新隊員——酒場佳子さん」

 変わったなデザインのサングラスに青いジャージが特徴的な青年が言う。「おれは迅。で、こっちがうちのボス。林藤匠(りんどうたくみ)支部長」

「よろしく」と林藤が言った。

「よろしくお願いします。これからお世話になります」

「うん——あれ? クローニンとゆりは?」

 林藤が部屋を見渡して尋ねる。それには小南が答えた。

「クローニンは徹夜明けらしくて部屋で寝てる。ゆりさんはさっき、歓迎会用のお菓子がなかったから、買いに行くって言って出てった」

「なっ、そうだったのか? 俺に言ってくれれば……」レイジが頭を抱えつつぼやく。「さっき来る時買ってきちゃえばよかったですね」と京介。

「あー、ぼんち揚ならあるけど」

「ぼんち揚で歓迎会はできないでしょ」

 支部のメンバーが喋っている間、酒場は微妙に所在なさげにしていた。それに気づいた宇佐美が「じゃあ早速トリガーを進呈しちゃおうか!」と言い、机の上に数本の訓練用トリガーを並べていく。

「さあ勇者よ、どれでも好きなのを選びたまえ」

「好きなのと言われても……どう違うんですか?」

 酒場は机に置かれたトリガーを見比べながら困惑して言う。当然の反応だった。「あははそりゃそうだよね〜。えっと確か、酒場さんはアタッカー適正が高いって聞いてるから、ここにあるのは全部アタッカーが持つ武器。ああアタッカーっていうのは剣みたいな武器でガンガン斬り合う人たちのことね。で、酒場さんから見て右から順番にスコーピオン、弧月、レイガストって名前がついてるんだけど、うん、とりあえずお試しで使ってみてから決めた方が良さそうかな?」

「そう……ですね」

 顎に手を当てながら慎重にうなずく酒場。「じゃあ訓練室にレッツゴー!」と宇佐美は景気よく言って立ち上がる。そして皆に問いかけた「酒場さんの相手になってくれる人〜?」。玉狛の隊員たちはお互いに視線を合わせて誰がその役を担うか決める。「……じゃあ俺が」と京介が言いかけた時、「おれがやるよ」と立候補した者がいた。

 迅だった。

 

 

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 「お前が手を挙げるなんて、意外だな」

 地下のモニターの前にいるレイジが、訓練室内にいる迅に向かって言った。

「いやあ、期待の新人さんの実力がどんなものか、興味あってね」

 スピーカー越しに迅が答える。

「期待の新人って、それトリオン量の話でしょ? 剣の腕は素人じゃないの?」小南は不思議そうにしていた。京介も宇佐美も内心では小南と同じことを思っている。

「それがそうでもないって感じなんだよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる——なあ、酒場さん?」

「……そうですね。一応、多少の心得はあります」

 訓練室内で迅と相対している酒場が応答する。手にはアタッカー用トリガー、日本刀の形状に近い「弧月」を持っている。

「へえ、すごい! それは前途有望だね」宇佐美が驚嘆した。

「剣道とかやってたんですかね」「ああ、はい。父親が剣術を齧っていまして、それで私も色々仕込まれて」「ほうほう。生駒さんみたいな」「イコさん?」「あ、おじいさんの家が居合の道場だっていう隊員がボーダーにいるのね。その人みたいって言ったの」「酒場さんとは全然タイプ違いますけどね」

 迅もトリガーを起動する。ただしそれは迅が普段使っている「風刃」ではなく、スピード型のアタッカーが好んで使うトリガー、「スコーピオン」。さすがに、本気で相手をするわけではないようだ。

「まあ最初はお試しだから、好きなタイミングで斬りかかってきていいよ」

 右手にブレードを持ったまま迅が言う。自然体の構え。「……では」と呟き、酒場は弧月を下段気味の構えから幾分切っ先を上げ、前に持ってきた。それでも一般的な中段の構えよりはかなり低い。そんな構えがあるのか——と考えていたら、酒場は一息に突っ込んでくる未来が見え、次の瞬間その通りになった。

 突っ込んできたというか、酒場は迅を飛び越えて反対側の地面に着地した。表情を見ると酒場は自分でも驚いている。トリオン体の運動能力とのギャップがあったのだろう。「結構動けるだろ。トリオン体」と、迅は声をかけた。

「はい。これはすごいですね」

 酒場はその場で軽く飛んだり跳ねたりする。トントンとリズムよく片足で動き、ついで軽く孤月を振る。それからくるりと空中で縦に一回転。着地の時、前のめりになってしまっていた。勢いがつきすぎたらしい。

「うん……なるほど」

 酒場は呟いた。とりあえず、運動能力のギャップはわかったらしい。再び迅を見据えると、孤月を低く構えた。

 そこで迅は未来を視る。酒場は迅から見て左に一度スライドし、斜めから袈裟斬り気味に斬り込んでくる。数秒後、酒場はほぼ予備動作なしで動き出し、迅の予知した通りの軌道を辿って仕掛けてきた。

「やるな」

 戦況をモニター越しに見ていたレイジが言う。確かにそれは鋭い攻撃だった。ただ、迅には不意打ちが通用しない。タイミングよく一歩引かれて難なく受けられる。しかし酒場は初太刀を防がれた後のことも想定していたようだった。刃を翻して一発。孤月を横なぎに一閃。それは牽制の意味合いがある。迅はさらに一歩下がり、酒場の次なる行動を読む。

「うおっ」

 てっきり仕切り直すかと思っていたが、酒場は迷うことなくさらに深く突っ込んできた。鋭い刺突。スコーピオンはブレードの変形が可能とはいえ、リーチでは基本的に弧月に分がある。迅はそれを横に跳んで躱した。予知によれば、防げば二段目、三段目の刺突に嵌まって討ち取られる可能性があった。三段突き……新撰組じゃないんだからと迅は心の中で苦笑する。

 ここからは迅が攻めるターンになった。突きの後隙にスコーピオンの軽さを生かした速い斬撃を入れる。あくまでも酒場が弧月の使い心地を試すための戦いなので、それほど本気ではなく、軽めのを数発。酒場はこれを危なげなく防いだ。ならばと迅は半歩距離を詰め、より鋭い攻撃を立て続けに二発。そして一瞬の間を置いた後に、ふわりと不意を突く三撃目を入れる。だがそれらも酒場はそれを難無く凌いでカウンターを狙う。ガキンと互いの刃がかち合った。

「ねえあいつ本当に初めてなの?」

 モニターを覗きながら、小南が疑わしげに宇佐美に訊く。「その筈……だと思うけど……」宇佐美は自信がなさそうだ。

「相当な猛者ですね」

 京介が言った。そもそも迅とまともに斬り結べる人間なんて、ボーダー内でも数えるほどしかいない。今の迅にそれほど攻めっ気がなく、ほどほどの反撃しかしていないということを加味しても、酒場の剣の腕には目を見張るものがあった。

 数秒後、ピーッという音がして戦闘が終了する。迅の仮想のトリオン体が壊れたらしい。つまりは酒場が迅を斬ったということだった。

「いやあ強い強い。これならあっという間にB級まで上がれそうだな」

 迅が訓練室から出てくる。最後、受け太刀を置かず酒場に敢えて斬らせたのは、誰が見ても明白だった。斬り心地も体感させたかったのだろう。

「弧月の使い心地はどうだった?」

 迅に続いて部屋から出てきた酒場に、宇佐美が質問する。「そうですね、トリオンの体に慣れていなかったというのもあるのですが……、あまり特徴らしい特徴が見えませんでした」

「そこが弧月の良いところだ。欠点らしい欠点がなく、使いやすい。アタッカーのトリガーでは一番人気な所以だ」

 レイジが言う。「そうなのですか」と酒場。

「次はどっちを試す? レイガストは防御よりの剣、スコーピオンは迅さんが使ってたやつで、軽さが売りの剣だけど」

 宇佐美に言われた後、酒場は一瞬顎に手を当て、「じゃあ、次はレイガストで」と言ってそちらのトリガーを取った。

「よしよし。じゃあ今度はおれももう少し攻めっ気を出すから、絶品の凌ぎを見せてくれ」

「やってみます」

 迅の言葉に、酒場は糞真面目に頷いた。

 

 

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