新隊員:酒場佳子   作:後菊院

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第七話 酒場佳子⑦

 

 

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 翌日——朝八時二十一分。

 バス停から高校の校門までの坂道を、酒場は鞄を抱えて歩いていた。

 頭にあるのは昨夜のこと。なんとなく蹴られたお腹に手を当てる。痛みなどとっくにひいているが、それでも蹴られた時の感触は覚えていた。

「……」

 なぜ、伝えなかったのだろう。

 近界民がボーダーにいるという情報は、酒場の上司にとって非常に有益なはずだ。「お母さん」に聞かれて、開示しない理由など見当たらない。なぜ私は昨日、何も言うことができなかったのだろう? 不思議だ。蹴られたことに反発して意地悪したとか、そういうことでもないと思うのだが。私はそういう奴じゃないと思う——なんていうふうに自己分析する酒場。

「——酒場先輩」

「ん」

 後方から声をかけられてそちらを振り向く。制服姿の京介が早足で酒場に追いついてきた。

「おはようございます」

「ああ。おはようございます。どうした? 何か用か?」

「用はないすけど……ただちょっと前に見えたので」

「なるほど」

 つまりはなんでもないコミュニケーションをとりに近づいてきたということか。こういう時、酒場は咄嗟に話題を振ることができない。基本的に話下手なのだ。密偵としては致命的ではないかとも思うが、もともと酒場はこういった潜入工作のために育てられた人材ではない。

「そういえば先輩、昨日銃型トリガーも装備したんすよね。今まではスコーピオン一本で戦ってたのに。なんでですか?」

 京介から振られた質問に酒場がギクリと体をふるわせる。やばいやばいやばい。怪しまれた? 京介にしてみればなんてことのない、ただの話題の一つとして訊いただけなのだが、酒場が固まっているのを見て不審に思い、「どうしました?」とさらに訊いてくる。

「へっ(裏声)!? いや、べべべ別にどうもしてないが?」

「いや、明らかに動揺してんじゃないすか」

 壊れたオーディオみたいですねと言われて酒場はいよいよ狼狽する。どうしよう、なんか言わないと。なんか言って誤魔化さなくては。

「ん、ん〜銃なー? えーとな……うん。いや、実は私この前『明日に向かって撃て!』を観たんだよ。それでガンマンてカッコいいなーって思って」

「へえ……そりゃまた古い映画を」

 お、いけるか?

 正直これ以外の言い訳を思いつけなかったので、京介が信じてくれて本当によかった。

「なんでしたっけ、強盗二人組の話ですよね」

「そうそう。まあざっくり言うと、ワイルドバンチ強盗団の最期を描いた話だ。といっても『ワイルドバンチ』とは違うぞ。あれとはまた別の映画だ」

「へえ……」

 京介はあまり興味なさそうに頷いた。「ガンマンですか……。早撃ちの名手ならボーダーにもいますけどね」

「いるのか? そんなやつが」

「代表的なのが弓場隊の弓場さんです。回転式拳銃(リボルバー)型トリガーの使い手で」

回転式拳銃(リボルバー)型なんてものもあるのか」

 ボーダーの武器は多彩だなあと驚く酒場。まあ、一番驚いたのは小南と戦った時で、それ以降はボーダー隊員の戦闘スタイルにも結構慣れてきたのだが——今時、手斧二刀流で戦う戦士がいるなんて。仕込み刀や鉤爪、手裏剣の使い手なんかは酒場の知り合い(ボーダー外)にもいるが、斧はさすがに見たことがなかった。

 ちなみに、小南が本気を出す時は斧が連結して一本のハルバードみたいになる。今まではこちらがスコーピオン一本だったので手加減していたらしいが、昨日はハルバード+炸裂弾スタイルで初めて手合わせしてボコボコにされた。ずるいと思った。そう京介にこぼすと、

「まああのスタイルの小南先輩に、通常トリガーで真っ向から挑んで戦える人がそもそも数えるほどしかいませんし」と返ってきた。

「とりまるはその数えるほどの中にいるのか?」

「いませんね。秒でぶった斬られます」

「謙遜するなよ。お前A級だろ」

「してませんよ。まあ多少距離があれば話は別でしょうけど……小南先輩機動力あるんで、すぐ追い詰められますね」

「そうなんだよな……。あいつあんなデカい得物持ってるのにめちゃくちゃ動けるんだよな。あれずるい」

「でもコネクター使ってると防御ガラ空きなんで弾の攻撃が通りますよ。当たればの話ですけど」

「ああそうか。ほんじゃ今度やる時は銃で……ってアホか!」

「!?」

 突然大声を出した酒場に、京介は驚いて身を引く。「どしたんですか?」我に返った酒場は「え!? あっ」と焦り、わちゃわちゃと手を動かす。

「あ、あのあれだよあれ。わたし銃とかまだ慣れてないから、狙いとかつけらんなくてさ」

 昨日あんだけ鋭いキックを貰っておいて、もう忘れかけている。危ないところだった、銃は使っちゃいけないのだ。

「ああなるほど……でもそんなキレることないでしょ」

「そうだな、あははすまん」

 誤魔化すように笑う。ほとほと自分は潜入任務に向いていないなと思った。

「あ、そうだ。私、明日の午前に初の防衛任務に行くんだが、なんかコツとかあるか?」

 この話を続けるとまたボロが出そうだと思ったので、話を変える。

「え? 急ですね。いつ決まったんですか?」京介は怪訝そうに訊いた。

「今日の朝、迅さんから連絡が入ってな。午後、一緒に防衛任務やらないかって」

「迅さんが誘ったんですか……? へえ……それはまた…………」

「なんだよ。どうしたとりまる、いきなり寡黙になりやがって」

「……迅さん、もしかして酒場さんに気でもあるんですかね」

「『き』? なんだそれ」

 きょとんとしている酒場の顔をまじまじと観察する京介。改めて言うことでもないが、酒場は美人だ。容姿が整っている。で、彼女は大人しめな見た目のわりにかなり快活だ。迅の好みのタイプと言っても過言ではないだろう——いや、全部京介の勝手な想像だが。

 ただ、迅の酒場に対する態度は他の人間と比べて明らかに違う。レイジによると、酒場を玉狛へ配属するよう人事に頼んだのも迅だという話じゃないか。怪しい。いやー怪しい。

「迅さんが酒場さんのこと好きなんじゃないかってことです」

「…………!!!!???」

 目を丸くして腕で口元を隠して、ずだだだだっと二メートルほど後ずさる酒場。

「うそだあ!?」

「前々から思ってましたけど、酒場先輩ってかなりのオモシロ属性ですよね」

 下手すれば小南以上。

「いや、でも、そんな、私なんかが、まさか——」

「まあ俺の考えすぎなんでしょうけど」

「なんだよ……びっくりしたじゃないか……」

「『迅さんは先輩に惚れてますね間違いない』とか言った方がよかったっすか?」

「……んー……それも……困る」酒場は難しい顔をして押し黙る。

「私は戦士と結婚する気はないんだ」

「結婚て。二、三段階すっとばしてないすか」

「一生を添い遂げられない奴と付き合ってどーすんだよ」

 なんだかかなり凝り固まった価値観のような気もするが、悪いものとは思えないので、京介はただ「へえ……」と頷くしかなかった。気まずくなったので「まあそれは良いとして」と強引に話題を変える。

「いや、その話もうちょっと詳しく聞きたいのだが——」

「防衛任務のコツの話ですよね」「……おう」

「トリオン兵は警戒区域の外に出ようと移動するので、それを追うか待ち伏せるかして狩ってく流れです。なので必然的に場所を変えながら戦う必要があります」

「ふうん、なるほど」

「でもまあ迅さんがフォローに入ってくれるなら、あんま何も考えず適当に暴れて問題ないと思いますよ。あの人、多分ボーダーで一番援護うまいんで」

「そうか。じゃあ遠慮なく暴れてやるよ」

 酒場はひひひと露骨に悪く笑った。

 この辺で二人は校門にたどり着き、校舎に入る。それぞれの下駄箱がある場所へ別れ際、「じゃな」と軽く右手をあげる酒場に、「ええ、また」と京介は挨拶を返した。

 その様子を京介に気がある女子たちが目撃し、「誰よあの女!?」「二年生!?」「ボーダーの人!? くそおとりまる先輩とあんなに仲良くしやがって!」「しかもなんて美人なんだ羨ましい!」などと勝手に盛り上がるのはまた別の話。

 

 

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 最初の防衛任務だし、ちょっと余裕をもって迅と落ち合おうと思った酒場は、三時間目の授業が終わるとすぐに学校を出た。どこまでも澄み切った一月の晴天の下、酒場はフラフラと鼻歌混じりに警戒区域の方に歩いていく。一度玉狛支部に寄って、暇をしていた林藤支部長にトリガーをちょっとカスタマイズしてもらった後、軽く昼食を摂り、迅との合流地点であるボーダー本部に向かった。

「やぁ、今日は良い天気だなあ」

 とぼけた独り言。呑気が服を着て歩いていると言っても過言ではない。基本的に酒場は密偵向きの人間ではなかった。だからこそボーダーに潜入できたとも言えるが。

「……あれ?」

 警戒区域の外縁、ボーダー本部に続く直通通路のある場所にまでたどり着いた酒場は、突然の空気の変化を感じ取って空を仰ぐ。なんだろうと考えていると、地鳴りのような低い轟音とともに空が急激に黒ずみ始めた。

 直後、空間にいくつもの黒い穴が空く。間違いない、近界からの「門」だ。それも一つや二つじゃない。夥しい数の門が開通し、トリオン兵の群れがそこから降ってくる。地獄の入り口が開いたかのうような圧巻の光景だった。

 大規模侵攻の始まり。

 酒場にもそれがわかった。

 空を埋め尽くす門の群れに酒場が圧倒されていると、ピリリリリとポケットに入れていた端末が鳴る。ボーダーから支給された小型端末。かけて来たのは迅だった。朝の京介との会話を思い出した酒場は躊躇しながら通話ボタンを押すと、耳もとに当てて「わ、私だ」と言う。

『酒場さん、悪いんだけど本部の南西側に回ってくれるか? もうすぐ忍田さんから合流ポイントが提示されるはずなんだけど』

 当然ながら、それは事務的極まりない用件だった。ドギマギした分の気勢を削がれるが、まあそりゃそうだろうと思い直す。

「構わないぞ。そこで迅さんと合流するのだな?」

『いや、おれは基地西側のカバーをするから、酒場さんと合流はできない。他の隊員と組んでトリオン兵を迎え撃ってもらいたい』

「西側をカバーって、迅さん一人でやるのか? 大丈夫か?」

 はっはっはと迅は笑う。

『実力派エリートなもんでね』

「そうなのか」

『そっちがやばくなったらヘルプ行くから、それまで頑張ってトリオン兵を撃滅してくれ』

「やばくなることなどないと思うぞ」

『おっ、頼もしいな……。それで、もしメガネくんたちがピンチになったら、フォローをお願いしたいんだけど』

「三雲たちが? わかった。任せろ」

『それじゃよろしく。……なあ酒場さん、ひとつ訊いていいかな』

「なんだ?」

 迅は少しためらったように沈黙する。だが、やがて意を決したように口を開き、酒場に質問を投げかけた。

『酒場さんは、ボーダーに入隊して良かったと思う?』

「……」

 今度は酒場が沈黙する番だった。

 数秒、お互い何も喋らない時間が続く。気まずくなった迅は、「といってもまだ入って数週間だからわかんないよな。まあとにかくお互いがんばろうぜ」とごまかして、強引に通話を終えてしまおうかとも思った時、酒場からの答えが返ってきた。

「良いかどうかは、よくわからない」

『…………』

 

「——けど、ボーダーに入ってからの毎日はけっこう楽しいな」

 

『……そうか』

「まあそんな感じだ。じゃあな迅さん、お互い頑張ろう」

 酒場は通話を切る。地響きがやってくる方向を見据えると、自分のトリガーを取り出して目の前に掲げた。

「トリガー起動」

 そんな呟きとともに酒場の体は生身からトリオン体へと換装される。高校の制服姿ではなくなり、玉狛支部のエンブレムが入ったジャージ姿になった。デザインはC級隊員のそれだが、実力はすでにA級。酒場佳子のボーダーとしての初陣であり——

 そしておそらくは、最期の出撃だった。

 

 




酒場のトリガー装備

 メイントリガー(右手)
 ・スコーピオン
 ・アステロイド(拳銃型)
 ・シールド
 ・FREE

 サブトリガー(左手)
 ・スコーピオン
 ・FREE
 ・シールド
 ・バッグワーム
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