新隊員:酒場佳子   作:後菊院

9 / 11
第九話 大規模侵攻②

 

 

    1

 

 

 「いやはや——子供を攫うのはいささか気が重いですな」

「これが我々の任務です。ヴィザ翁」

 門の向こうから現れたのは「人型近界民」と呼称される存在だった。黒いマントを羽織った二人の男。そのうち一人は白髪の老人で、好々爺然とした出で立ちからは底知れない実力が垣間見える。もう一人は若い青年——いや、少年と言ってもよいかもしれない。老人よりわずかに背が低く、外国人風の外見。茶髪で、高い鼻と真面目そうな凜然とした目つき。整った容姿をしているが、普通の人間にはない異形の形質を両耳の後ろに備えていた。

「『角つき』……!」

 修が呟く。

 少年は耳の後ろ辺りから二本の角を生やしていた。

 修はレプリカの言っていたことを思い出す。今回の大規模侵攻における攻め手の候補は四つの国。豊かな海洋資源を持った海洋国家リーベリー、特殊なトリオン兵に騎乗して戦う騎兵国家レオフォリオ、雪原の大国キオン、近界最大級の軍事国家である神の国アフトクラトル。この内特に可能性が高いのはキオンとアフトクラトルであり、アフトクラトルには頭に角(正確にはトリオン受容体)を埋め込むことで強化トリガー使いを生産する技術が存在するという。

「自分が目標を捕らえます」

 両方の耳元から後ろに向かって角を生やした少年が口を開く。「ヴィザ翁には援護をお願いしたい」

「よいでしょう」ヴィザと呼ばれた老人の方が応えた。

「しかし目標も強力なトリオンの持ち主だという話だ。用心しなさいヒュース殿」

「注意します」ヒュースと呼ばれた少年はトリガーを起動する。

「——殺してしまわないように」

 少年の周りに無数の黒いガラスの破片のような物体が漂い始める。それは次第に繋がり合い、触手のようにうねうねと動き始めた。

『もはや疑問の余地はない。相手はアフトクラトルだな』

 レプリカが言った。

「気をつけてください! あいつらの角は……」

「支部長たちに聞いてるわ。角でトリオンを強化した怪人なんでしょ?」

「ああ、そういえばさっき林藤支部長がさっきそんなことを言っていたような……」

 修は作戦会議に呼ばれた時、レプリカから直接聞いていたので知っていたが、小南や酒場たちも「角つき」についての情報は共有しているようだった。

 レイジは彼我の戦力に鑑みて方針を決める。敵は新型二体に人型近界民二体。対してこちらは小南、京介、レイジといういつものメンバーに加えて修と酒場がいる。人型の戦闘力は未知数だ。全面衝突をするよりも先に、新型を片付けてしまった方が得策か。「酒場、小南」レイジは攻撃手二人の名前を呼んだ。

「3分やる。新型を片付けろ」

「……!?」驚いたのは修だ。木虎をも食った新型複数体相手に、小南と酒場だけで向かわせるのか? 修の心配をよそに、小南と酒場は不敵に笑う。

「1分で充分よ。あたしたちが戻るまでにやられないでよね」

 小南はそう言ってラービットに向かう。酒場も後に続いた。

「奴ら装甲が硬いからな。私が隙を作るから、お前あのハルバードでかち割れ」

「はいはい。間違っても捕まったりしないでよ」

「それはこっちのセリフだ」

 二人は軽口を叩き合いながらラービットに斬りかかった。

 玉狛支部のトリガーは本部のものとは作りが少し異なる。

 本部のトリガーが大人数での運用を想定し、継戦能力を重視して規格化されているのに対し、玉狛のトリガーは使用者の特性に合わせた一点ものとして製造されている。小南のトリガーのコンセプトは火力重視。「接続器」というトリガーで二つのトリガーを連結し、一撃の威力を極大まで高めている。防御を捨て、トリオン効率を度外視した短期決戦型が小南の得物——酒場がハルバードと呼んだ大戦斧の正体だった。

 二刀スコーピオンを手にした酒場と双月(斧)を装備した小南は、ものの数十秒で手負いの二体を破壊する。両断されたラービットの腹から木虎のキューブが転がり出てきた。

「マジ……!? ホントに瞬殺じゃん!」と、出穂が驚きの声をあげる。千佳も修も驚いていた。「ダメージがあったとはいえ、あの新型を……!」

「木虎ちゃんのキューブは回収したわ!」

「了解。よくやった」

『人型の背後から奇襲するから、フォローをよろしく頼む』

「わかった」

 ヒュースの防御を崩すべく、京介は銃弾を通常弾(アステロイド)から変化弾(バイパー)に切り替える。反射盾に跳ね返されるだけだった弾の軌道が急に変わり、多角的に襲ってきたことでヒュースは咄嗟に対応し損ねる。「くっ——」曲がる弾丸だと? 多少ダメージを食いながらも破片を散らして盾を広げた。変化弾に狼狽している隙を狙い、小南が双月を振りかぶってヒュースに突っ込む。

 が、それはもう一人の人型近界民、ヴィザによって防がれた。双月の間合いの内側に割り込み、手に持つ杖で双月の柄の部分を受けて小南の勢いを止める。見事というほかない受け太刀だったが、ヴィザが止められたのは小南一人だけ。「ヒュース殿、もう一人来ます」「わかっています——!」反対側から酒場がヒュースに襲いかかった。こちらにはヒュースが黒い破片を展開して自力で攻撃を受け止める。だがそのために、今度は京介たちへ向けておく意識が散漫になった。

 レイジと京介の銃撃。たまらずヒュースは横に飛び退く。致命傷は避けたが、少なからずダメージを負ってしまった。

「……!」

「少々分が悪いようです」

 ヒュースの隣に降り立ったヴィザは、酒場と小南を注視しながら言う。ヴィザもヒュースも自分たちがやられるとは微塵も思っていないが、これでは雛鳥の捕獲に移れない。

「私が()()()()()()()——ここは雛鳥の群れが近すぎますな。できれば奥の手としてとっておきたい」

「……では、援軍を要請しましょう」

 

 

    2

 

 

 玄界外縁部——アフトクラトルの遠征艇。

 二本の黒い角を生やした男女が座っていた。

 女の方が男に言う。

「ヴィザ翁とヒュースから援軍要請です。トリオン兵の群れを向かわせて構いませんね?」

「……」男の方はしばし考えをまとめるように沈黙した。

 あの場にはアフトクラトル側の最高戦力——ヴィザがいる。戦力で劣っているとは考えられない。単純な戦力差を埋めるための増援要請ではないなと男は理解した。

 ヒュースからの報告と撃破されたトリオン兵たちのデータから見るに、「向こう側」の戦力は五人。内四人が手練れ。手練れと言ってもヴィザが全力を出せば瞬く間に全滅させることができる程度。だがヴィザが全力で戦闘を行うには雛鳥の群れが近すぎる。せっかくの金の雛鳥を傷つけてしまう恐れがあった。だからこその増援要請だ。

 敵戦力の分断を誘うためのトリオン兵による市街地への攻撃は当然として行うが、それ以外にもう一つ、なにか手を打つ必要があるだろう。

「ランバネイン」

 男は南部の戦場で暴れまわっている、自身の弟の名を呼んだ。

「ヴィザたちの援護に向かえ」

『了解した。ここの兵は放置していいな?』

「ああ」

 短い通信を終え、女にも「トリオン兵を市街地へ向かわせろ」と指示を出す。「了解しました」と女は言い、計器類を操作し始めた。

 徐々に歴史が狂い出す。

 

 

    3

 

 

 基地南部。

「あ」と緑川が声をあげる。「あいつ移動始めたよ」

「まじか」と言ったのは出水(いずみ)公平(こうへい)。「行き先は玉狛か?」

「やべえじゃん、追いかけようぜ」肩に槍を抱えた米屋が言う。三人は揃って廃墟の立体駐車場から飛び降りた。

 彼らが追うのはB級合同部隊と睨み合いを続けていた人型近界民——ランバネイン。ランバネインは飛行機能を使い、地形を無視してヴィザたちのもとへ飛び立っていった。

「飛べんのかよ!」出水が叫ぶ。いくらトリオン体の脚力があるからと言えども、飛ぶ相手に地上を走っていては追いつけない。

「緑川、足止めいけるか?」米屋が緑川に訊いた。緑川は機動用トリガー「グラスホッパー」を持っている。だが彼の表情は微妙だった。

「あそこまで距離空いちゃうとムリだね。玉狛にはちょっと我慢してもらうしかないよ」

 

 

    4

 

 

 基地南西部。

 玉狛の面々はアフトクラトルの精鋭二人を相手に優勢を築いていた。

 ヒュースは京介とレイジが抑えている。基本は銃撃で動きを制限するが、時々どちらかが近接トリガーに持ち替えて崩しを狙う。だが踏み込みすぎず、方針はあくまで撤退戦。ヒュースにとっては戦いにくい相手だった。

「ほっほ……」

 ヴィザは小南と酒場、二人の攻撃手を相手に刃を交える。この二人の猛攻を受け切るのは至難の技であるはずだが、彼はさして難しそうにもせず凌ぎきっていた。

「達人だな、ご老体」

「油断しないでよ。こいつのトリガー、なんかやばい感じするから」

 小南が言う。

「さて、どうしたものか……玄界の戦士はやはり侮れない。まさかここまで劣勢を押し付けられるとは」

「そうだろうそうだろう。やはり侮れないだろう」酒場は嬉しがるが、小南はむすっとした表情のままヴィザを見据えて「何言ってんのよ」と吐き捨てるように言う。

「さっきから本気出さずのらりくらりしてるくせに」

「いえいえ。私は常に真剣ですよ」

 老人がそう言った直後、後方から大型トリオン兵が家を突き破って現れる。

 派手な倒壊音。

 警戒レベルを引き上げる二人だったが、それはそのまま小南たちを無視して市街地の方へ進んでいった。

「敵地での戦闘ではやはりこれが効く」

 老人が言う。「さあ、どうされますかな? お嬢さん方」

「……」

 このための時間稼ぎだったのか。

 小南は歯噛みする。

『雑魚トリオン兵が南西方面に集まってる。このままじゃ市街地の被害が大きくなっちゃうよ!』

 宇佐美から通信が入った。そんなことわかってるわよと喚きたくなる気持ちを小南はぐっと抑える。

「どうする隊長?」

 酒場がレイジに訊いた。

「もう少し待て」レイジが言う。確かに南西方面に誰かを向かわせる必要があるが、今ここからは戦力を割けない。もうすぐ敵増援が到着するという報告を受けていたのだ。

「米屋たちが来ているから、そのまま向かわせる」

「——! 左上空から敵です!」

 修が叫ぶ。見ると、確かに目視できる距離までもう一人の人型近界民がやって来ていた。

 早い。

 もう到着したのか。

「ははあ、あれがヴィザ翁をも苦しめていた戦士たちか」

 ランバネインは挨拶代わりに二、三発狙撃を加える。雛鳥の群れには当たらないように、戦闘員のいる位置を狙って撃ち込んだ。

 それはレイジたちにとっても見えている攻撃だったため、全員難なく回避する。だが陣形は崩れた。ここぞとばかりにヴィザが玉狛の隊員たちを抑え、ヒュースが破片で即席のレールガンを作り出して射出する。それは後方にいた千佳の肩にヒットした。

「千佳!?」修が振り向く。油断した。千佳の肩には黒いガラスの棘のようなものが埋め込まれていた。

「捕えました」

 ヒュースが言う。空中を浮遊する黒い破片に引っ張られるように千佳が浮いた。「千佳! 掴まれ!」とっさに修が千佳の手を繋ぎ、反対の手で近くの垣根を掴むことで千佳を引き寄せる。

「京介!」

「了解!」

 レイジに呼ばれた京介は弾丸を再び変化弾に切り替える。ヒュースは黒い破片によってつくられた反射盾を薄く広げることでそれを防いだ——そこに、レイジのスラスターナックルが叩き込まれる。

 薄くなった盾をぐしゃりと粉砕し、ヒュースの頬を殴るレイジ。ヒュースは数メートル吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がる。その拍子に千佳を引っ張る力が途切れた。

 そこへ再び狙撃が来る。今度は二発。正確にレイジを狙ったものだった。京介が民家の屋根にエスクードを張って一発の軌道を逸らす。もう一発はレイジ自身が再びスラスターを噴射することで回避した。

 「……なるほど」レイジはヒュースの盾を殴り壊した際に腕に突き刺さった黒い破片を見て、ヒュースのトリガーの特性を理解する。

「やつのトリガーの仕掛けがわかった。磁力だ。あの反射縦の欠片の一つ一つが磁力のような、引き合い反発する力で操作されている」

「磁力……!」

 千佳を引っ張ったのもそれか。

「京介、修。C級を連れて全速で基地に向かえ。雨取をやつの磁力の射程に入れるな」

「いいんすか? 数の有利がなくなりますよ?」

「もう全員でジリジリ退ける状況じゃない」レイジは言った。「そこの二人は俺と小南が足止めする——それから酒場」

「なんだ?」

「お前はあの狙撃手につけ。あいつが千佳たちを狙った時は対処を頼む」

「了解した」

 酒場は彼方の民家の屋根に降り立った男を目で捉えると頷いた。

「本部、こちら烏丸。南西部のC級を連れて基地へ向かいます」

『了解だ。付近の隊員は可能な限り、三雲・烏丸両隊員を援護しろ!』

 

 

    5

 

 

 『付近の隊員は可能な限り、三雲・烏丸両隊員を援護しろ!』

「——だってさ。どうする?」

 南西部に高速で移動しながら、緑川が出水たちの方を窺う。

「つってもさっき、トリオン兵の群れを片付けろってレイジさんに頼まれたんだよなぁ」

 米屋は頬を掻いた。

「2-1で分かれようぜ。雑魚トリオン兵の方に一人向かわせて、残りは玉狛の応援に行く」と出水が提案する。

「じゃあ雑魚敵は緑川、頼む」米屋が言った。「えーなんでだよ。オレも人型と戦いたい」「機動力が一番あんのはお前だろ?」「シューターは援護向きだしな」「……」「悪いな緑川。今度なんか奢ってやるから」「あ、そう? じゃあ焼肉食べたいな〜」「ここぞとばかりに足もと見るなーおまえは」「しゃーねえ、戦功出たらな」「やった!」

 緑川はグラスホッパーを起動すると、二人から別れて南西のトリオン兵たちが進行する方面へ飛んでいった。

 

 

    6

 

 

 雛鳥の群れが逃走を始めたことで、ランバネインはヴィザたちの援護につくか、雛鳥を追うかの二択を迫られる。機動力に優れるランバネインはヴィザたちと違って比較的容易に雛鳥を追うことができるが、ランバネインのトリガーは雛鳥の捕獲に向かない。大暴れ特化、撃ち合い勝負と火力勝負に主眼を置いて製造されたのがランバネインのトリガー「雷の羽(ケリードーン)」なのだ。ならばヴィザたちに加勢するか? ランバネインはひとまず、ヴィザと斬り結ぶ斧使いに向けて射撃する。

 その弾はしかし、標的に届く前で斬り落とされた。

「!?」

 酒場が弾丸にスコーピオンの刃を当てて強引に止めたのだ。

 両手に持つスコーピオンのうち、一本がそれによって壊れる。

 レイジに言われてからずっと、酒場はずっとランバネインの動きを見ていた。彼の面倒を見るのは酒場の仕事だ。狙撃を防いだ酒場は、地上に降り立つなりランバネインとの距離を詰める。ランバネインは再び飛行機能を噴かして上空に離脱した。刃の間合いの外に出ると、連射で酒場の足を止める。

「くそ……!」

 射撃から逃げながら、酒場は悔しがる。あと一歩のところだったのに。

 酒場はちらりと右の腰元を見た。そこには何も装備されていないが、出そうと思えばいつでも銃型トリガーを生成することができる。

 銃を使うか?

 一瞬そんな考えが思い浮かぶが、却下する。銃を使ってはいけない。「お母さん」の言う通り、私が銃を使えばきっと一発で怪しまれる。

 落ち着け、熱くなるな。ナイフだけでも私は十分すぎる戦力になっているじゃないか。これ以上役に立とうとする必要はない。

 私の目的は近界民から平和を守ることじゃない……それを忘れるな。

 酒場の表情は息苦しそうに歪むが、本人にそれを確認する術はなかった。

 ランバネインはもう一度射撃を試みようとするが、追ってくる酒場に対処する必要があるので落ち着いて狙いをつけられない。雑な攻撃になってしまう。

「狙撃だ!」

 酒場がレイジに報告。ヒュースと戦っていたレイジは一旦距離を取って狙撃をやり過ごす。ここぞとばかりにヒュースが追撃をかけるが、守りに徹したレイジは容易に崩れない。

『ランバネイン、お前は先に雛鳥の群れを追え』

 その時、アフトクラトルの側に隊長からの通信が入る。

「俺がか? しかし俺のトリガーは捕獲には向かんぞ」酒場の剣戟から逃れつつ、ランバネインは応答した。

『ラービットを向かわせる。お前は戦闘員を排除しろ』

「……なるほど、了解した」

 ランバネインはまたもや空を飛んで移動する。慌てたのは酒場だ。「くそ。おい、C級狙いか!?」酒場は彼を走って追いかけるが、悲しいまでに速度に差がある。「とりまる! 三雲! そっちに空飛ぶ人型が行くぞ!」酒場にできるのは、内部通話をONにして叫ぶことぐらいだった。

 悠々と空を飛ぶランバネイン——それを、突如として地上から発射された追尾弾の群れが襲う。

「——!?」ギリギリで躱すランバネイン。だが、弾は予想以上に深くランバネインを追ってくる。数が多く、シールドで止めきれない。仕方なしに建物を使って弾を凌ごうと高度を下げた。

「ようやっと追いついたぜ」

 出水はニヤリと笑って嘯いた。

 弾を射ったのは出水だった。地上から強化追尾弾(ホーネット)を使ってランバネインを狙ったのだ。

 背の高い建物の密集する地域。屋上から跳んだ米屋がランバネインの首を狙うが、シールドによって邪魔される——しかし米屋の槍は、ただの槍ではない。

「『幻踊弧月』」

 ぐにゃりと曲がった刃がランバネインの首を狙う。ランバネインはぎりぎりでそれを回避するが、わずかに掠ってトリオンの煙が傷口から吹き出る。

「米屋君!」

「おー酒場。正隊員用のトリガーもらったんだな。今度またいっちょバトろうぜ」

 酒場がランバネインに追いつく。ランバネインは一瞬、ここで彼らと戦闘に入ろうか迷うが、結局は隊長——ハイレインの命令を優先させる。もたもたしていると雛鳥に逃げられてしまう恐れがあったからだ。

 飛行機能が一旦途切れ、地上を走るランバネイン。この十数秒は比較的無防備になってしまう。案の定、射撃の雨がやってきた。

「『変化炸裂弾(トマホーク)』」

 弾道を変化させ、ビルの隙間を縫うように射線を走らせる出水。ランバネインはシールドを展開してそれを止め、弾の来た方向に向けて反撃するが、残念ながらそちらに出水はいない。弾道を自由に設定して曲げられるのが変化弾の特徴だ。

 変化炸裂弾着弾時の爆発に紛れて酒場と米屋が襲いかかった。米屋が右前方から、酒場は左前方から。回り込むように斬り込んでくる二人に対処するため、必然的にランバネインは止まらざるをえなくなる。反撃として前方に弾を乱れ撃ちするが、二人は建物の影に隠れることで難を逃れる。

「射線が通らんな……」ランバネインはぼやく。障害物もおかまいなしの高火力射撃を見舞う彼でも、壁向こうの標的に狙いは定められない。だが、それは戦闘からの離脱を狙う彼自身にとっても好都合だ。再び射撃で目眩しをすると、狭い路地を走り抜けてまず出水の射線から消える。酒場と米屋が来るが、再生した飛行機能を噴射させて一気に逃げ切りをはかった。

「——ゥ、らァ!」

 酒場が追いすがる。建物の壁を蹴り上がり、飛行するランバネインに一撃を見舞う。それはシールドによって防がれたが、酒場の攻撃に続いて繰り出された米屋の二撃目は別だった。

「『旋空弧月』——」

 槍の穂先が一瞬増大し、長い斬撃となってランバネインの右足を斬る。プシューと音を立ててトリオンが漏れ出した。「チッ——」離脱のコストに足一本。まあ、飛行するのに支障はない。

「逃すか!」とさらに酒場が跳ぶが、「待て待て待て!」と米屋が酒場の腕を掴んで止める。直後、酒場の鼻先をランバネインの弾丸が掠めた。

 酒場はびっくりして鼻をさする。

「焦んなよ。機動力勝負じゃどうしても向こうに分がある」

「だが……このままあいつを行かせれば、三雲や千佳たちが危ない……!」

 喚くように言う酒場。米屋にしてみると、彼女のその反応は意外だった。こいつはこういう感情も表に出す人間なのか。

「喋ってる暇があるなら走ろうぜ」横から出水が出てきて言う。「向こうには京介がいるんだ。ちょっとの間は大丈夫だろ——」

 その時だ。

 後方から緊急脱出の軌道線が一本空に伸びたのは。

「あの方向は——」

『レイジさんが緊急脱出(ベイルアウト)!』宇佐美からの報告が入る。『おじいちゃんの方が黒トリガーだったみたい! 小南も片足やられて撤退中!』

「黒トリガー……」

「まじかよ」

 玉狛の二人がやられた。

 ということは、足止めされていたあの人型二人もC級隊員の追っ手に加わるということだ。磁力使いと黒トリガー……そして空飛ぶ狙撃兵。

 運命が変わろうとしていた。

 

 

    7

 

 

 同じ頃、修たちは基地本部へ続く連絡通路入り口まで辿り着いていた。修がボーダーのIDを使って入り口を開けようとするが、タッチパネルをいくら押しても反応がない。扉が開かなかった。

「……ダメです! ドアが開きません!」

「ええーなにそれ!? どうなってんの!?」「組織の裏切り……!?」「巧妙な罠か!」

「宇佐美先輩。これなんで開かないんすか?」

 騒ぐC級を横目に京介が宇佐美に尋ねる。しかし宇佐美も理由がわからず困っていた。『うーんそれが……本部と通信つながんないんだよね。通信室に何かあったのか……さっきのイルガー特攻でどっか壊れたのかな?』首を傾げつつ予想を口にする。

「烏丸先輩、どうしますか?」

「ここが無理なら別の連絡通路を試すか……直接本部に向かうしかないな」

 その時、千佳がピクリと何かに反応して顔をあげた。その表情には恐怖の色が浮かんでいる。南方の空を見ると、彼女は怯えた声で追っ手の到来を告げた。

「追いかけてくる……! 三人! すごい速さで……!」

「どういうことだ?」

「サイドエフェクトです。千佳は敵が近くのを感知できるんです」修が京介に説明する。

「……マジか。レイジさんが緊急脱出してまだそんな時間経ってないぞ」

 上空の彼方に見えた黒い点がみるみる大きくなって、やがて黒い三人の人間の姿となる。

『気をつけろ。老人は黒トリガーだ』

 レプリカが京介と修に忠言する。それもただの黒トリガーではない。レイジと小南、精鋭を謳う玉狛第一部隊員の二人を瞬く間に突破してみせた黒トリガーだ。あるいは誰一人として彼には勝てないかもしれない。

「ほっほ、追いついた。さすが最新鋭のトリガーですな」

 件の好々爺は呑気に同僚のトリガーを褒めていた。

「恐縮です」

「では初段は俺が——ヴィザ翁は戦闘員を、ヒュースは雛鳥の捕獲を頼む」

 キイイインという甲高い音とともに、左腕に大筒のような狙撃銃を生成したランバネイン。修たちに照準を合わせつつ段取りを確認する。

「心得ています」

 まず降ってくるのはランバネインの狙撃。それはボーダーの狙撃銃とは比較にならない速射性能を持っている。これには京介が対応した。エスクードを展開して狙撃を止める。次いで老人と磁力使いが地上に降りてくる。「迅さんたちとの合流地点までC級を連れて行け!」京介が修に叫ぶ。余裕が消えかかっていた。

 切り札である「ガイスト」の使用に踏み切ろうかと京介が思い悩んだ時、今度は左の上空から何かが物凄い勢いで降ってきて、すぐ横の民家に派手な音を立てながら激突する。

 両陣営、それがなんなのか警戒した。敵か味方か、それとも他の何かか。

 皆の注目が集まる瓦礫の山から、「あだだだ……」と、場違いな声が聞こえてくる。腰をさすりながら出てきたのは玉狛支部の実力派エリートだった。「これ勢いつきすぎじゃない? レプリカ先生。間に合ったからいいけど……」

「迅さん!?」修が叫ぶ。

「こいつは……?」

 怪訝な顔をする磁力使い。迅はズボンの汚れを軽く払うと、名乗りをあげる。

「はじめましてアフトクラトルのみなさん。おれは実力派エリート迅悠一。悪いがここからは、おれが相手をさせてもらう」

『弾』印(バウンド)

 ヴィザたちの注意はどうしても迅に注がれてしまう。故に、超高速で空中から斬り込んでくるもう一人に気づけない——

「——右から奇襲だ!」

 ランバネインが叫ぶが、遅い。

 遊真の超加速キックはもの見事にヴィザを捉えた。杖剣で受けるヴィザだが、勢いを殺し切ることはできず、衝撃でヴィザの足元のアスファルトが割れる。

「おっと間違えた。『おれが』じゃなくて『おれたちが』だった」

 迅は飄々と嘯いた。

「空閑……!」修は彼の名を呼んだ。「遊真君!」「おちび先輩!」「あいつは、『C級の白い悪魔』!」

 空閑が帰ってきた。

 修にとって最も頼れる仲間であり、修の知る限り最強のトリガー使いが助太刀に来てくれた。この時の修の昂揚感は筆舌に尽くし難いものがあった。

『強』印(ブースト)二重(ダブル)

 間髪入れずヴィザに追撃を叩き込む空閑——だが、これは避けられた。お互いに距離を取って仕切り直す。

「あ、しまった」空閑はおもむろに呟いた。「警戒区域の外で戦っちゃダメなんだった」

「気にすんな。なんせ非常時だからな」

 迅が言った。

「いきなりこれとは……いやはや……。なかなか躾のいい少年だ」

 ヴィザはそう呟きながら、余裕ある仕草でマントについた汚れを払う。大したダメージを食らっていないようだった。

 睨み合う両勢力。口火を切ったのはランバネインだった。

 民家の屋根に降り立ったランバネインが迅を狙い撃つ。それに合わせて、ヒュースも再びレールガンを生成して空閑の方に発射した。

 迅も空閑も危なげなく弾を躱すが、ヒュースの狙いは空閑ではなかった。それは後方の千佳を狙ったものだ。千佳に向かって一直線に飛んで行った破片の弾丸はしかし間一髪、修が腕を伸ばして代わりに食らう。「ナイス、メガネくん」と迅が修を褒めた。

「修くん大丈夫!?」

「大丈夫だ! 逃げるぞ! やつらはおまえを狙ってる!」

「そっちは頼むぜ京介、メガネくん。連絡通路は使えない。直接基地を目指してくれ。トリオン兵に気を付けろよ」

「了解!」

 迅に京介が頷いた。

「ああそれと——」と迅が言いかけた時、ランバネインの狙撃がやってくる。これ以上はおちおち喋ってらんないなと、迅は口を閉じて戦闘に集中した。予知で弾を回避しながらエスクードを起動し、後続の狙撃を防ぐと共に道にバリケードをつくる。

「壁、ですか……」

 ヴィザが何かしようとするが、「動くな」と空閑が先に仕掛けていた「鎖」印を起動。トリオンの鎖でヴィザをがんじがらめにする。

「チッ——」戦闘態勢に入るヒュース。だがそれをヴィザが言葉で制した。

「ヒュース殿は雛鳥を追ってください。ここは私とランバネイン殿がお相手しよう」「しかし……」

「俺たちのトリガーでは、殺戮はできても捕獲ができないのでな」

 ランバネインの言葉に、ヒュースは「……では」と頷き、逃げるC級隊員たちの方へ走り出した。

 それを読んでいた迅は、ヒュースより一瞬早く動き出して斬りかかる。ヴィザは鎖を斬り、迅を止めようと動くが、先ほどレイジと小南にもらった左脚の傷の影響と、空閑が間に立ちはだかったのでフォローに回れない。自由に動けるのはランバネインだったが、迅がヒュースに射線を重ねたのでヒュースを巻き込む可能性が出てきた弾を撃ち込めず。代わりに空閑に狙いをつけて連射した。

『盾』印(シールド)

 空閑はランバネインの攻撃を盾で防ぎ、斬りかかってくるヴィザの攻撃圏内から飛び退く。迅はヒュースの行手に足止めとしてエスクードを展開しつつ空閑の援護に入り、ヴィザと切り結んだ。対戦相手のスイッチ。空閑は「鎖」印でヒュースを狙った。ヒュースは破片を撒いて鎖を逸らす。空閑が追撃の「仕掛け」を起動しようとした時、またもやランバネインの狙撃が来る。土埃が派手にあがり、迅の視界も狭くなった。

 ヒュースが抜け出す。空閑が追いすがろうとするが、射撃が邪魔で止まらざるをえない。ヴィザにかかりきりの迅は、エスクードを使っての空閑の援護ができなかった。

「抜けられたか……」

 迅はぐっと唇を結ぶ。サイドエフェクトによって、ヒュースをもう止められないことがわかったのだ。一瞬、悲壮な思考が深刻な表情となって表に出るが、すぐに目の前の敵に集中する。せめて自分ができることはしっかりこなさなくてはならない。黒トリガーと狙撃兵を釘付けにしておかなくては、「最悪の未来」が現実になる可能性はさらに高まる。

 こうなった以上は他の者に託すしかない。

 米屋や出水、京介や三輪、狙撃手組。

 そして彼女に——酒場に託そう。

 修たちの守護者は酒場だ。

 全ての命運は、きっと彼女が握っている。

 

 

    8

 

 

 修たちの行手に無数の新型トリオン兵が現れる。

 門を通って呼び出されたラービットたちが、C級隊員たちを捕獲せんと襲いかかってきた。

「この道はだめだ! 迂回して別の道から基地に向かえ!」

 京介が叫ぶ。皆、元来た道を戻り始めた。

 殿軍を京介と修がつとめ、C級を逃す。宇佐美から送られてきた迂回路のルートに沿って進むかたわら、千佳はふと迅たちを残していった方角を見上げる。彼女は不安げな顔つきをしていた。それに気づいた修もまたそちらを見上げ、さらなる敵の接近に苦い顔をする。

 彼方に見えるのは、先ほどから執拗に千佳を狙ってくる磁力使い。

「また……!」

「磁力使い……!」修の頬を冷や汗が伝った。迅と空閑の防御綱を抜けてきたのか。なんて奴だ。

 襲ってくる敵はラービットの群れと人型近界民。京介がいるとはいえ、戦力差は雲泥の差。絶望的な状況だったが——そこに、わずかな光明が差し込む。

 飛来する炸裂弾(メテオラ)

 ラービットの群れが足を止める。何事かと思っていると、南方から次々とボーダーの隊員が姿を見せた。

「これがウワサの新型か」

「三雲、チカ。無事か?」

 米屋と酒場。そして修の知らないシューター——肩にA級一位の隊章を入れた、脱色頭の少年だった。

「よー京介。先輩が助太刀してやるぜ。泣いて感謝しろよ」

「泣かないすけど感謝しますよ」京介は斬り結んでいた二体のラービットから距離を取りつつ言う。「C級を基地まで逃がします。迅さんの指示です。敵を引きつけてください」

「了解——アステロイド」

 シューターの手元に巨大なトリオンキューブが出現した。その大きさに修は思わず目を見張る。シューターは二体のラービットに弾の雨を浴びせ、気を引いてC級からひっぺがした。あれがA級一位の実力かと修は一瞬呆気にとられる。トリオン量、僕の何倍あるんだ?

「気を抜くな修!」京介が言う。「まだ数で負けてる! それに、もうすぐ磁力使いが来るぞ!」

 

 

    9

 

 

 私は米屋くんたちと一緒に、C級隊員に迫るラービットを迎え撃つ。

 そのうち一体の片耳を斬り飛ばしながら、横のラービットにもスコーピオンを投擲して足止めをかける。こいつらはC級隊員を——特に千佳を狙っているらしい。向こうの方から距離を詰めてくる磁力使いは、さっきから何度も千佳を捕らえようとしている。三雲が千佳の守りに入っているから完全に千佳が無防備というわけでもないが、それでも三雲だけに磁力使いの相手をさせるのはいささか無茶がすぎる。向こうのヘルプに行った方が良いな。

「——何をやってるの」

 頭の中に、「お母さん」の声がバチリと響く。

「危険を冒してまで彼女たちを守る必要はないでしょう。あなたの任務を忘れたの?」

 実際にあの人が私にそういうことを言ったわけじゃない。けど、あの人ならこう言うだろうなというセリフが脳裏で反響する。その度に私は弱い電流を食らったみたいに動きが止まってしまう。あの人は猟犬たる私の飼い主役で——あの人の声には、私はなかなか逆らえない。

 手近なラービットに標的を変更し、スコーピオンを振るう。果敢に、苛烈に、どうにもやり場の見つからない苛立ちと焦燥感を刃に乗せて。防御一辺倒になったラービットを切り刻んでいく。私は瞬く間にラービットを一体解体した。

「はえーなおい」と、同じく横でラービットの相手をしている米屋くんに褒められる。いつもなら「そうだろう。次はもっと早いぞ」なんてうそぶくところだが、今は軽口の時間すら惜しい。次なる相手を求めていた。

 もっと速く、もっと強く。まだ全然足りない。もっと全力で戦わなければならない。

 ……なぜだ?

 なぜ私は、こんなにも——

「千佳!?」

 三雲が千佳を呼ぶ声がする。何だ、何が起こった。見ると千佳がまたしても宙に浮いている。磁力使いが千佳を攻撃範囲に捉えたらしい。「チカ子! メガネ先輩!」千佳の友達の子が叫んだ。三雲と千佳が磁力の間合いに入ってしまったらしい。

 まずいと思って踏み出した足を「お母さん」が止める。「それはあなたの義務じゃないでしょ?」——ゆるやかなベールに包まれた気がして、私は一瞬動けなくなった。

 ラービットが襲ってくる。

 ギリギリで防御姿勢をとり、ラービットの豪腕を受ける。あえて自分から後ろに吹っ飛ぶことで衝撃を逃がした。「酒場!?」と米屋に名前を呼ばれる。ラービット二体相手に槍一本で立ち回っている最中だというのに、視野の広い奴だ。

 ガシャンと派手な音を立てて、私は民家の二階に激突する。瓦礫の山に潰されると思ったが、トリオン体故に無傷だった。体の上に覆いかぶさる瓦礫の山から這い出つつ、三雲たちの方を見る。

 やられたかと思っていたが、三雲と千佳は手を繋ぎ合わせ、トリオンを共有して巨大なトリオンキューブを生成してアステロイドを磁力使いに叩き込んでいた。まだやられていない。千佳のトリオンを使った尋常でない威力の射撃に磁力使いは一旦身を引くが、代わりに一体のラービットが修たちに迫る。とりまるも米屋くんも出水くんも、目の前のラービットに足止めを食らっていて助けにいけない。三雲と千佳はトリオン量にものをいわせてどうにかラービットを撃退するが、今度はその隙を縫って磁力使いが接近する。

 助けなくては。

 瓦礫の山から抜け出すなり、私は磁力使い目掛けて突っ込んだ。黒い破片を斬り落としながら、無理やり磁力使いのヘイトを溜める。「こっちを見ろ!」「——」目論見通り、あいつは破片の弾をこちらに飛ばした。鋭く速い弾だが問題ない。先ほどの空飛ぶ狙撃兵にも同じことが言えるが、狙いの正確な弾丸は迎撃しやすいのだ。立て続けに撃ち込まれる破片群をスコーピオンで斬り落としながら、距離を離さず隙を狙う。

「アステロイド!」

 三雲たちの援護射撃。良い援護だ。磁力使いはそれを難なく回避するも、私への対処が疎かになる。隙あり。踏み込もうと思った寸前、横からラービットが来ているのに気づいた。私はしぶしぶ飛び退く。

 敵を崩せない。

 やはり数で劣っているのがでかい。C級を守りながらというのもこちら側の枷になっている。全員苦戦を強いられていた。ボーダー側の全員が死力を尽くして、どうにかこうにか総崩れを防いでいる——……今の所は薄氷一枚のところでもっているが、これから先、いつ決壊してもおかしくない。

 私は自分の腰元に意識を注ぐが、「お母さん」が私を鋭い声で叱る。「銃を使うのは駄目だってあれほど言ったでしょ。今度は蹴りじゃ済まさないからね」——ああわかってる、わかってるさ! いいから少し黙っていてくれ。

「——あ」

 千佳が振り向く。

 磁力使いから目を離した彼女が気になり、私もちらりとそちらを見た。低階層の集合住宅の屋上に何かがいる。

「鳥……」

 千佳は怯えた声で一言呟いた。

 鳥——鳥だ。鳥が飛んでいる。それもただの鳥じゃない。目も鼻も無い、真っ白な光を鳥の輪郭に切り取ったような、奇妙な飛行物体。それらは屋上の上空を悠々と旋回していて、その中心に誰かが立っていた。

 不気味な男だった。

 黒いマントをはためかせ、右の手のひらの上にダチョウの卵くらいの大きさの、白く光る物体を乗せている——いや、浮かせているのか? それは手の上でわずかに浮いていた。

 耳の後ろに生える黒い角。高い身長と相まって、その風貌からはどことなく竜を連想させる。

「……ヒュース、援護を頼む。金の雛鳥は俺が捕えよう」

「了解しました」

 磁力使いが突如破片をバラけさせ、四方八方に射撃する。まずい。私はシールドを広げて身を守った。とりまるも三雲も米屋くんたちも同じようにして防ぐ。それほど威力が高くないのでやり過ごすことに成功したが、奴らの目的はこうやって私たちの注意を逸らすことにある。

「攻撃が来ます!」

 三雲が叫ぶ——その直後、白い鳥の群れが皆に襲いかかった。

 鳥がぶつかった者の体はぐにょぐにょと変形し、やがて白いキューブへと変わり果てる。私は間一髪で鳥を避けたが、すぐそばにいたC級隊員がキューブに変わってしまうのを目撃して戦慄する。

「鳥にさわるな!」とりまるが叫ぶ。「キューブにされるぞ!」

 キューブになったC級隊員たちをすぐさま回収しようとするとりまるだったが、磁力使いとラービットに邪魔をされる。そして再び、竜のような男からの攻撃がやってくる。鳥の次は魚の形の弾だった。

 複雑な軌道を描く弾だが、「落とせねー速さじゃねーな」と米屋君は槍で魚を斬る。私も同じように魚をスコーピオンで切り刻もうとした。だが、それは罠だった。スコーピオンで魚を斬ると、魚に触れた部分がパコンという音とともにトリオンキューブになって、使えなくなってしまうのだ。

 武器を失ったところにラービットの追撃が来る。私はぎりぎりで回避できたが、二体に挟まれた米屋君はラービットの太腕に掴まれる。魚の群れが拘束された彼を襲った。やばいと思った米屋くんは自発的に「緊急脱出(ベイルアウト)!」と叫んで撤退。こちらの戦力が一人減った。

「メガネくん、女子連れて逃げろ!」出水君はそう叫びながら手元にトリオンキューブを生成し、「ハウンド」と叫ぶ。細かく分割した弾で魚の群れを落としていった。よし、ナイス。魚は君に任せたと言おうとした時、彼はその場にばたりと膝をついた。何だ? 何が起こった? 理解が追いつかなかった私だが、私の足もとに這い寄ってくるトカゲの形をした弾に気付いてその場から飛び退くとともに、出水君はこれにやられたのだと悟る。

 米屋君に続いて出水君もやられた。

 戦力差がさらに大きくなる。

 動けなくなった出水君に悠々と近づく竜の男。カバーに入ろうとする私の前にラービットが立ちはだかる。「邪魔だ!」生成し直したスコーピオンで斬りかかるが、如何せん装甲が厚い。秒殺は不可能だった。

「アステロイド!」

 出水君を助けようと側面から三雲が竜の男を狙った。千佳のトリオンを使った巨大な弾は、しかし魚の群れの壁によってあっけなく防がれる。アステロイドは慣性を失い、大きなトリオンキューブとなってその場に転がった。

 まずい、千佳と三雲が狙われた。私はとりまるに助けにいってもらおうと彼の方を見る。とりまるはよりによって磁力使いと戦っていた。三雲たちのヘルプには行けそうになかった。磁力使いに加えてラービットがとりまるに攻めかかる。振り回される大ぶりな両腕を避けるとりまるだったが、そこへ黒い破片による斬撃が飛んでいく。これを避けきれず、とりまるは右の脇腹を負傷した。

 とりまるもこのままでは落ちる。

 ありったけの焦燥感が急速に私の中に雪崩れ込む。私はどうすればいい? どうするのが最適なんだ。どうすれば——

 

「——それで、もしメガネくんたちがピンチになったら、フォローをお願いしたいんだけど」

 

 迅さんの言葉が頭に響く。

 それは「お母さん」の言葉なんかよりずっと小さく遠い声だったけれど、確かに私の中に残っていた。

 

 

    10

 

 

 「……?」

 ハイレインは首を傾げる。不思議だ。目の前で奇怪な現象が起こっていた。

 眼鏡の射手がばら撒いた弾幕を避け、鳥の形をした「卵の冠」の弾は金の雛鳥に向かって飛んで行った。先ほどそこで膝をついている射手がやったようなホーミング特性のある弾に追われるのではなく、ただ遅い弾が撒かれただけの地帯ではハイレインの弾は防げない。金の雛鳥まであと少しというところまで迫った鳥たちだったのだが、雛鳥をキューブ化することは叶わなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 ハイレインは鳥たちを落とした弾が飛んできた方向を見遣る。道の向こう、三〇メートルほど離れた場所に、誰かが立っていた。

 それは十七か十八歳くらいの少女だった——黒髪を短く切りそろえたボーイッシュな風貌。背丈は日本人女性の平均身長よりわずかに高い程度。玄界の雛鳥——ボーダーのC級隊員が着る白い隊服を身に纏っている。腰に提げるはガンベルト。銃はすでにホルスターから抜かれている。それは彼女の手元にあった。

 酒場佳子は右手に銃を構えていた。

 ボーダーの拳銃トリガーは個人によって多少その見た目を変えることができる。中身こそトリガーを射出するハイパーテクノロジーの粋だが、往年の名銃のフォルムに変えて使う隊員は少なくない。酒場が持つそれが何を模しているかといえば、かつて西部開拓時代に覇を唱えた回転式拳銃。

 コルト・シングル・アクション・アーミー。

 林藤のセッティングによって実現した、酒場の愛銃だった。

「…………私が(コレ)を抜いた意味がわかるか」

 酒場が言う。彼女の眼は鋭くハイレインを射抜いていた。

 ハイレインが黙っていると、彼女は続けて台詞を述べる。

「——貴様らの敗北が決定したということだ」

 酒場は引き鉄(トリガー)を引いた。

 

 




 そう、いつだってSAAにはロマンが詰まってるんだ。

 本編との差異は小南の負傷ですが、小南は本編でも元々トリオン兵を追って千佳争奪戦から離脱するのであまり支障なしですね。今回、小南の役は緑川が担っています。なのでC級の撤退戦には緑川が最初からいません。そして敵方にランバネインがいます。酒場は消えた緑川の分と増えたランバネインの分の戦力足りうるのか。
 なお、ランバネインが早めにこっち来たので基地南部の被害が減少してます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。