戦火の巫女   作:溜め無しサマソ

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十二章

 

 

 女が、泣いている。

その腕から生まれたばかりの赤子を奪われ、泣き叫んでいる。女の顔には見覚えがある。実の姿はほとんど忘れてしまったが、写真では何度も見た。先代鎌府折神家当主…香織の母親だ。赤子を奪ったのは神官のような装束の男たちと、医療関係者と思しき白衣の男たちだった。赤子は、儀式を行うような祭壇に連れて行かれ、そこでその小さな腕に、「何か」を注射された。

 

 今度は少女が泣いていた。

葬儀の場だった。泣いているのは自分、弔われているのは母だ。香織はこの数日前に初めて公式の場を用意されて御刀に触れたが、御刀は何の反応も示さなかった。そしてその様子は、分かる者から見れば御刀がその子を拒絶している、そのように見えた。翌日、母は自ら命を絶った。

『鎌府折神家もお終いだな』

そんな声が響く。

 

これは一体何だ、何を見せている…?

『私が見て来たものだ。お前は生まれてすぐにノロをその身に入れられた。そのノロはお前と共に成長し、やがて大きな力と高い知性を持つに至る…』

それが、お前だと…?

『そうだ。お前が何故、その身にノロを、私の元となったものを入れられたか、わかるか?』

何か理由が…あるというの?

『お前を刀使にしないためだ。ノロは御刀に焦がれるが、御刀の方はそうではないらしい。自分の身を離れた穢れ、とでも思うのだろう。既に刀使の力を得た者はある程度ノロの力を制御できる。故に、御刀も刀使に従うが、敢えて最初からノロのいる者と共にあろうとする御刀はいないらしい』

…私が刀使になれなかったのはそれが理由…?何故…何故なの、何故そんなことを…!

『鎌府折神家を取り潰すためだ。折神家の存続には膨大な金と手間がかかるらしい。跡継ぎが不適格、ということを理由に西と東の折神家をまとめようという動きがあったようだ。つまりお前は、仕組まれた子供だったんだよ』

そんな…そんなはずは…ない!だったら何故、刀使の力もないこの私を暫定当主としてまで鎌府折神家を存続させている…!

『くだらん人間同士の争いが本格化して刀使を利用しようという者たちが現れたからだ。そういう者たちからすれば、西と東の折神家が各地の刀使を発掘してくれるのは都合が良かったからな。しかも、その暫定当主様は軍の意向に協力的、と来れば急いで取り潰す必要も無くなったというわけだ』

……

『言葉も無い、か。だがこれでわかったろう、香織。お前は生まれながらに人の悪意の犠牲となってきたのだ。そしてそれは我らノロ、荒魂も同じ。人の都合で住処を追われ、穢れなどと称され、刀使共に斬られてその存在を否定される…。香織、お前は我らと同じだ。お前の孤独を理解できるのは我らだけだ。さあ、力を与えよう。この者たちを、我らを否定する憎き刀使共を蹴散らせ。お前の想い人の願いを成就させてみろ…』

 

 泉美は跳び起きた。これは、あの時の感覚だ。自分の前後に自分が見える。周囲を見回すと倒れている刀使たちにも同様の現象が起きていたが、苦しそうに呻き、蠢いているだけで起き上がれる者はいないようだ。と思っていたら、

「うわっ!」

と大声を上げて八重が起き上がった。泉美は顔をしかめながら立ち上がり、八重の方へ歩く。身体を動かすと激痛が走った。

「八重さん、良かった。気が付きましたね」

「おお、泉美さん…いや、さすがに気が付くでしょう…これって…」

「ええ、あの3月の下町空襲の時と同じ…これが起きるということは何か大変なことが起きているはず…」

「そうですねえ…ここも十分大変なことになっていますけど、姉様や直さんの姿がありませんね。ここの連中は放っておいて、探しに行きますか?」

「そう…ですね」

泉美がそう答えたのとほぼ同じくして、地震のような揺れが建物全体を襲った。二人はそれが収まるのを待って、痛む身体を引きずりながら歩き始めた。

 

 地響きと共に、折神香織の身体からドス黒い影のようなものが天井に届くほど立ち昇り、その奔流で姿が見えなくなる。同時に、その場の刀使たちに異変が起きた。

「これは…あの時と同じ…」

直は地下から上がって来た吉乃、京ともう一人に同様の現象が起きているのを確認する。目の前の真っ黒な影に、隠世からの力が怒涛のように流れ込んで、この空間が歪んでいる…リュウを通して直にはその力の流れがよくわかった。やがて、地響きが収まってくると、その影が螺旋を描いてほどけて行く。中から現れたのは、折神香織の服を着た荒魂…そうとしかいいようのないバケモノだった。手足にはウロコのようなものが見え、二本の角が大型化して、半ば顔を覆っている。そこから覗く目玉もまた、大きくなっている。

「何ということ…!香織様!聞こえますか、香織様!」

京の連れらしい少女がそう叫ぶが、聴こえているのかいないのか、はたまた言葉を理解しているのかいないのか、香織の反応は無い。

「吉乃さん、京様、写シは張れますか?」

直がそう叫ぶと、

「ごめん、もう、無理みたい…」

「同じく…ダメだな」

二人の答えに直は頷く。

「すぐにここから離れて下さい!これは……おかしいです!」

そう、この存在はおかしい。ここ数年、色々と信じられないものを見て来たが、これほどの違和感を覚えたことは無い。

「逃がしは…しない…」

折神香織の姿をしたそれは、そういって御刀を振り下ろす。天井に溜まっていた黒い影が床に落ち、拡がっていく。荒魂の気配、それも膨大な量だ。直は本能的にそれを感じ取り、食い止めにかかる。

「こんな、荒魂と同化してまで戦おうっていうんですか!」

左、右の順で斬り付けると、香織はその連撃を難なく弾き返した。それはおよそ、人の反応速度とは言い難い。よく見ればその身体にはいつの間にか写シのような物が現れている。

「隠世の力…そうか、荒魂を通して使っているっていうこと…!」

「ふん…お前たちに語る言葉は無い。ここで全員片付ける。私たちの進む道を、これ以上邪魔させはしない」

「私…たち?」

一体誰を指して私たちといっているのか疑問だったが、そんなことを考えている場合では無かった。香織が放った足元の黒い影から、数匹の荒魂が湧き出て来た。そしてそれらは直ではなく、吉乃や京の方へ向かっていく。

「なっ!そっちに行かないでっ!」

吉乃も京も、もう写シが張れないのだ。直は青ざめながら迅移で駆け、一体を切り捨てる。前を見ると、既に構えていた吉乃と京が応戦を始めていた。

「二人共、早く退がって!」

「そうはいかんだろう!」

吉乃と京の後ろには二人の少女がいる。一人は見覚えがある。神功刀使の一員だろうが、御刀を持っていなかった。もう一人は知らないが、この場にいるということはかなり深い関係者なのだろう。この人たちを逃がすためにも何とか血路を開きたいところだが、

「お前の相手は私だよ」

明らかに迅移と思われる動きで、香織が斬りかかって来た。左右の御刀を交差させて、それを受け止める。

「正気ですか?あの二人はもう写シが張れないんです。京様は少なくとも敵では無いでしょう?本当に人殺しをする気ですか?」

「語る言葉は無いといったでしょう…」

香織の剣捌きがさらに早くなる。吉乃たちを助けに行きたいが、とてもそんな余裕は無くなった。そうしているうちに、さらに、荒魂が湧いて出て来た。焦る直は攻勢をかける。二刀流についてはいろいろと勉強をしてきた。左右の御刀の相性も悪くない。だが、直の攻めは悉く弾かれる。香織を押し返すことさえ出来ない。無意識のうちに同じ技を似たような間隔で繰り出しており、左、右のつなぎが途切れた。そこへ、

「大仰に二刀振ってみたところで、その程度か…」

香織の胴切りが直の身体を一閃した。完全に、読まれていた。直は呻き声を上げて膝を付く。写シが切れた。

「さあ、終わりだ…」

吉乃と京はさすが同じ流派だけあって見事な連携で戦っているが、荒魂の数は減らず、次第に囲まれ始めていた。諦めに似た気持ちを感じたその時、

「やあああっ」

「はあっ!」

突如降って来た二人の刀使が直と京・吉乃らの間にいた荒魂と、香織の背中に斬り付けた。数体の荒魂が消滅し、香織が怯んだ隙に荒魂の包囲に穴が空く。そこを突いて、刀使たちは一堂に会することができた。

「泉美さん、八重さん、無事でしたか…!」

「ええ、写シはもう張れませんけど…この程度の荒魂ならどうということはありません」

泉美がそういい、八重が頷く。

「良かった、八重…もう一踏ん張り、お願いね」

「合点承知です姉様。京様もご無事のようで何より…ってあれ、桜もいたの?」

「ええ、いますよ。役に立ってはいませんけどね」

「はは、まあそういうな、八重。御刀が無いのでな…」

京が苦笑いをしながらそういうのに、直はさっき回収した御刀のことを思いつく。

「あ、それでしたらこれ、使えませんかね?ええっと、桜…さん?」

直は背中の御刀を桜に示した。

「え…?この御刀は…」

「さっき戦った刀使から回収したものです。使って下さい」

桜が「わかりました。ありがとうございます」といってそれを引き抜く。リュウが桜に頷いて見せ、それを見た桜が眼を白黒させた。

「あの、ちょっとよろしいでしょうか…」

そこへ、それまで無言でじっと何かを考えている風であった浜塚律が割って入った。同時に、持ち直したらしい香織が黒い影を放って来る。

「何だ浜塚、手短にな」

京がそういいながら構える。

「はい、あの…香織様の持っているあの御刀、宇佐美駿河守なんですが、あれを香織様から奪うか、もしくは使えないようすることはできないでしょうか?」

「刀使から御刀を簡単に取り上げられれば苦労はせんが…どういうことだ?」

発生した荒魂を皆で祓っていく。この人数なら、何とか対応できる。浜塚は後退しながら声を張り上げる。

「要するに、刀使で無い香織様は刀使以上に御刀に依存しているはず、ということです。あの御刀は、神功刀使が使っている軍刀の元になっていますし、隠世からの力の媒介役としてとても優れたものになっていると仮定できます!」

「なるほど、香織様本人ではなくあの御刀を狙え、と…」

泉美の言葉に、直はさっきの強い違和感の正体がわかったような気がした。御刀に操られている存在、そう考えると納得できる。。

「そうか、そういうこと…!」

「ふむ…それに賭けてみるか…来栖、お前まだ写シは張れるのか?」

「あ、はい、行けます」

直はそこで写シを張り直す。昨晩から何度目だろう。これ以上は無理かもしれない。

「よし…すまんがお前を頼りにする他ないようだ。私が援護しよう。他の者は荒魂の駆除だ、行くぞ!」

「あ、待って下さい京様、危険…」

です、と桜が言い終わらないうちに京が迅移で飛び出した。苦笑しつつ直が相手にしている荒魂を斬り伏せて後を追う。残りの者たちは周囲の荒魂にかかった。

「香織っ!折神家当主たる者が荒魂に乗っ取られたのでは笑い話にもならんな!」

京の打ち込みを香織が払い、香織の打ち込みを京が払う。

「あまり無理をなさらないほうがいいのでは?写シが張れないのでしょう?」

「ああ、それゆえ細工を弄する!」

京の影から駆けて来た直が現れて、香織に斬りかかったが、すんでの所でかわされる。

香織が後退して間合いを空け、京と直が並んで立つ。

「すいません、外しました」

「いや、惜しい所だった。よし、もう一度だ。今度はしっかり狙いを定めろ」

そういって、また返事も聞かずに京が飛び出した。全く恐ろしいとは思わないのだろうか?京の闘争心は本当に見事なものだ。こんな姿を見せられたらついて行かざるを得ない。前方で、京の打ち込みが香織に弾かれる。京の身体が大きくのけぞり、そこへ香織の袈裟斬りが躊躇無く入ろうとしていた。直の目の前の出来事であったが、一足、間合いが遠い。

「京様っ!」

直が叫ぶ。間に合わない、御刀を投げるべきか、とそんな考えが巡った瞬間、

「今だ来栖!やれっ!」

京の声と、激しい金属音が耳をつんざいた。京の身体が、金色に輝いてる。金剛身で香織の斬撃を受け止めたのだ。信じられないものを見た思いだった。あの瞬間に金剛身を展開するなど、並の度胸で出来ることではない。

「はあああっ!」

直は京の身体で止まっている香織の御刀めがけて、渾身の力で二本の御刀を振った。

日本刀はその反りのついた形状と2種類の異なる硬度の鋼を内包する構造により、しなやかな剛性を持っていて斬撃を加える分には強いが、受けには向いておらず、さらに横からの衝撃には滅法弱い。直の一撃が香織の御刀を粉砕することは十分に有り得ることであった。が、香織はそこで京の身体を押した。

「なっ!?」

慌てたのは直の方だった。放った二重の刃の横振りは、香織が前に進んだことによってその狙いが御刀から逸れ、香織の胴をまともに切り払う格好になった。

「ぐっ…!」

香織は呻きながらよろめき、迅移で後ずさる。写シは切れていた。京の方も力を使い果たしたらしく、御刀をついてその場に膝を折った。

「京様!大丈夫ですか?」

「ああ、こんな御刀で少々無理をし過ぎたようだ…しかしよくやった。それ、この好機を逃すな…!」

「はい!」

直は踏み込んで、香織に御刀を向ける。香織は写シを張り直した。

「どうして自分から斬られるような、あんな動きをしたんですか?」

「ふ…あなた、この御刀を狙ったでしょう」

直はジリっと間合いを詰める。

「ええ、その御刀こそが香織様の力の源だろう、という話になりまして」

「嫌な子たちね…人の大切なものを何だと思っているのかしら?」

「そんなにその御刀が?ご自分の身体よりも大切なものなんですか?」

直は打ち込む隙を探すが、なかなか難しかった。刀使でなくともその実力は一流、ということらしい。

「そうね、あるいはそうかもしれない…あなたは違うの?」

「私の御刀は祖母から引き継いだものです。大切なものですよ、とても…」

「そう…それで戦わないといけないなんて、刀使というのもつらいお仕事ね」

「いえ、刀使だから、受け継ぐことができたんですよ」

それを聞いた香織の顔が一瞬歪んだのを、直は見逃さなかった。それはとても酷い顔だった。が、いい顔だったと直は思う。少なくともずっと浮かべ続けていた薄ら笑いよりは、余程まともな顔に見えた。

その、薄ら笑いに戻った香織が、無言で打ち込んできた。咄嗟に合わせた毛利藤四郎から、不思議な感覚が伝わって来る。二合、三合と打ち合ううちに、その感覚が段々とはっきりしてくる。これは、香織の意識らしい。

「いつもそうして笑みを絶やさないのは、本心を悟らせないためですか?」

香織は何も答えない。打ち合いを続けながら、自分の感覚がさらに澄んでいくのを実感する。実際に刃を交えている相手のことだけでなく、周囲の仲間たちの戦う姿も感じ取れる。溢れ続ける荒魂を相手に皆、そろそろ限界だ。このまま長引けばいずれ大けがをしてしまうだろう。

「リュウっ!」

そう叫ぶと、リュウが飛んできて直と香織の間に割って入り、香織が一瞬怯んだ。その隙に、直は左脚の爪先を返して香織の腹に右脚で横蹴りを入れた。香織の身体が小さく吹き飛び、間合いが離れる。

「荒魂を出し過ぎたから…力が落ちている?皆が頑張っているから…?」

直はそんなことを思ったが、今の香織は隠世と繋がっている。そこから得られる力はほとんど無尽蔵といっていい。その香織を、直は容易く蹴飛ばしたのだ。リュウが飛んできて、直の肩に止まる。

「こっちの御刀があると、ちょっと雑念が入るか…ごめんね、リュウ」

直は右手の御刀をくるりと回して鞘に納め、毛利藤四郎を正眼に構え直した。初めてこの御刀を手にした時の感覚がより強力になって自分の身体を巡って来る。

「これ以上長引かせるわけにはいかない…これで、終わらせる…」

今ならこの場にいる者たちの呼吸による空気の流れさえ感じ取れる。祖母の、「不敗のタツ」の戦い方を、はっきりと思い描くことが出来た。

「忘れてないよ、おばあちゃん。『相手になれ』、だよね」

ふっと鋭く息を吐き、直は香織に打ち込んだ。香織が応じ、互いに迅移を使って間合いを計りながらの打ち合いになる。刃が重なるその瞬間毎に御刀が共鳴するようになり、直の中にはっきりと香織の意識が流れ込んでくる。刀使と御刀の深い一体化が、それぞれの長所を飛躍的に伸ばしているのだ。

「香織様…なんで…こんなに悲しい…」

「何…これは何だというの…!」

互いの記憶まではわからない。だが、剣に込められた感情が互いに通じ合う。しかも、直にとってはそれだけではなかった。躍起になってかかってくる香織の動きの少し先が、はっきりと見えるようになっていた。正確にいえば動きの可能性が全て、わかった。香織の刃が、次第に直に届かなくなる。一時代に一人、その使い手が現れるかどうかという刀使の能力、「龍眼」の発露だった。

「あなた、一体…!」

直自身の意識は最早自我の内にとどまらず、現世と隠世、世界の普く空間と同化しているような、無我の状態になっていた。

「香織様、私の祖母は刀使でしたが、母は刀使ではありませんでした」

直は、香織の剣を軽くいなしながら話し始めた。

「母は、自分も祖母のような刀使になるとずっと思っていて…でも、結局御刀に選ばれることはありませんでした」

「何なの、何が言いたいのっ!」

「母は、私が刀使に選ばれた時とても喜んでくれました。本当に、自分のことのように喜んでくれたんです。自分は否定されてしまったけど、自分の娘が刀使になってくれた…母は多分、それが自分の役目だったのだと理解したんだと思います」

直は、自分が祖母の遺伝だけで刀使になったのではないと思っている。母の中で一世代分眠っていた力を受け継いだからこそ、自分は刀使になった…そう、思っている。

「私にはまだよくわかりませんが、人間は世代を超えて何か事を成すことができるんじゃないんでしょうか?今焦らなくても、自分たちよりずっと後の子孫たちが結果を出してくれる、そういうことだってあるんじゃないでしょうか?」

「何を…!」

香織が御刀を振り上げたその瞬間に、直はすかさずその胴を払った。写シが切れ、荒い息をつきながら、香織はその場に崩れる。

「ふ…随分素敵なお話をするのね。そう…喩え刀使になれなくても、そんな風に子供に未来を託せたのならそれは幸せなことでしょうね…」

「香織様、あなたは神功刀使たちを『この子たち』っていってましたよね。自分から取り出したノロを与えて…それを受け入れて戦っている彼女たちを見て、あなたは何を思っていたんですか?」

「あの者たちは鎌府折神家から着いてきた者たち…単に利用していたに過ぎないわ。あの子たち…の方でもそれを望んでいた。ノロを得て、国のために働くことを望んでいた…」

「それだけじゃないはずです。あなたから伝わって来た悲しみは、それだけじゃない。あなたは、あの子たちとご自分を重ねていたんじゃないんですか?何もかも思い通りにならないあの子たちにノロを与えて、その力で世間を見返してやれ…そんな風に考えていたんじゃないですか?」

「ふ…人の心をのぞき込んで、べらべらとよくしゃべるものね…確かにそれも当たっているかもしれない。でもね、私は…あの子供たちのことを考えて何かをしていたというような、そんな立派な人間じゃないのよ」

香織が立ち上がり、再度写シを張る。その顔に、中途半端な笑みはない。心からの、会心の笑みを浮かべていた。

「私が本当に果たしたいのは、私たちが作った御刀の力を世に認めさせること…それとついでに、のうのうと折神家本家を継ぐあの女を、折神碧を斬ることなのよ」

一点の曇りもない笑顔でそんなこといってのける香織のことを恐ろしい、とは思ったが、御刀を通じて感情を交わしても結局、直にはこの人のことがよくわからなかった。

「本当なんですか?あの子たちを利用して、しかもそんな私怨のような感情でまだ戦いを続けようっていうんですか…?」

「御刀を通してわからなかった?私はそういう人間なのよ」

湧いてくる感情の九分九厘は怒りであったが、微かに惑いがあった。やはり、この人の考えていることがわからない。これまで接してきた大人の中に、参考になるような人はいなかった。

「…あなたのような大人が、この戦争をここまで取り返しのつかないものにしてしまったんじゃないんですか?戦争が続けば、どれだけの人たちが犠牲になるか、考えていないんですか?」

「私たちを否定した世界など、消えてしまえばいい」

「…もう、結構です…!」

香織の声に幾ばくかの物悲しさが潜んでいたことなど、子供の直に気付くべくもなく、微かな惑いは簡単に怒りに塗り潰された。それが子供故の単純さであり、残酷さだ。

「御刀を通じてわかりあえると思ったんですが…本当に、もう話すことは無いみたいですね……御覚悟を」

直はボソリとそれだけ言ってから、迅移で一気に駆けた。振り払った毛利藤四郎の刃が、折神香織の身体を一閃した。

 

『ばかな、人間風情がここまで…!』

ふふ、これが…本当の刀使の力、というわけね…。

『いや、それだけではない。あの小さき同胞の力も関係している…!何ということだ、お前という器が、月日をかけて育てた最高の器が…』

そう…あの子はあの荒魂と通じ合ってこれほどの力を出しているということ…私とは別の、もっと良い方法で…ふふ、そう、私のような紛い物は精々ここまで、ということね…。

『…香織?そうか、所詮お前も人間か。ここまで…だな』

うっ!何を…!

『脱皮、だよ。世話になったな』

 

「が!ああああああっ!」

振り返った直のすぐ目の前で、香織が絶叫を上げていた。頭から生える二本の角が盛り上がってさらに大きくなっていく。さらに刀使たちと戦っていた周囲の荒魂たちが香織の身体に集い始め、背中からは赤黒い巨大な両腕が、香織の腕を取り込んで伸びて行く。

「何、何が起こっているの!?」

泉美がそういって、直の横に駆けて来た。荒魂と戦っていた刀使たちが集まって来る。

「香織様が宿していた荒魂が…香織様を食い破って出て来ようとしているのかもしれません…!何とか、何とかなりませんか!」

浜塚律が、ほとんど泣きそうな声を出した。

「冗談じゃない、これ以上のバケモノが出て来るっていうの?」

「八重、言葉を選んで…でも、何とかするといっても私たちはもう写シどころかほとんど力を使い果たしています。この隙に逃げて応援を待つのも手だと思いますけど?」

姉妹の言葉に、

「かもしれんな…」

そういって京が同意を示したが、直が一歩、踏み出した。

「皆さんは行って下さい。私があれの足止めをします。香織様の意志が無くなるのであれば、あれは人を襲うことに躊躇しなくなるでしょうから…」

「そうですね、この辺りの施設にはたくさんの人が詰めていますから、下手をすると取り返しのつかないことになるかもしれません。私もお供しますよ」

泉美が、そういって直の隣に立ち、宗三左文字を構えた。

「いいんですか?泉美さん」

「ええ、全部はだめでも半分くらいは何とかなるかもしれませんよ?」

「ふふっ、そうでしたね…それじゃ、お願いします!」

直と泉美はそういって笑い合う。

「ちょっと、二人で勝手に話を進めないの!」

八重がそういって来た時には、二人は最早、人としての姿を失いつつあるそれに飛びかかっていた。その時、

「香織、やめろっ!」

香織が、奇妙な声を発した。直と泉美は咄嗟に立ち止まる。形ができつつある巨大な両腕が、その手に握った宇佐美駿河守を大きく振り上げた。皆がそれを見上げると、刀身がくるりと返り、逆手持ちになる。そして次の瞬間、その巨大な腕は自らの胴にその御刀を突き立てていた。全員が絶句しているその間に、その巨腕は自らの腹を一文字にかっさばく。香織は叫びながら、笑っていた。その腹からは、真っ赤な血潮と共に鮮やかな橙色の、血のような何かが溢れ出す。

「え、どういうこと…」

「香織様の意識が残っている…?」

直と泉美は、息を呑んだ。

 

脱皮なんて寂しいことを言わないで頂戴。私とあなたは一心同体、死ぬも生きるも一緒よ…

『き、貴様…人間と荒魂が一心同体などと…抜け!この御刀を抜け!動けんではないか!』

この宇佐美駿河守定満はいつもあの人と共にあった御刀…あなたも見ていたのでしょう?あの日々を…。さあ、早く、あの日々を、あの人をもう一度見せて…。

『ふ、ふざけるな!このままでは隠世の入り口が閉ざされる…!力が枯れ果て、共倒れになるぞ!』

それは重畳、最後の最後に、ようやく本当の刀使らしいことができるというわけね…あなたも一人では寂しいでしょう?さあ、共に、沈みましょう…。

 

 一体何が起きているのか、その場の刀使たちにはわからなかったが、香織の身体は空気が抜けて行くかのようにしぼんでいった。流れだしたノロはもう、ノロでしかなく、すぐに回収すれば荒魂化することは防げそうだった。

直と泉美を先頭に、刀使たちは香織の元へ歩み寄る。浜塚がその身体に触れて行く。

「死んで…しまったんでしょうか…」

泉美がそういうと、浜塚が顔を伏せて頷いた。香織は笑顔のまま、その身体に深く埋めている御刀を抱くようにしていた。直はそれを見て、香織は本当にこの御刀に執心していたのだな、と思った。

「この御刀、本当に大事なもの…だったんですね…」

「こ奴にはかつて、言い交していた男がいたらしい。その男とその御刀が関わっているようだが、詳しくは知らん。しかし…香織…お前は…」

京がそう言葉を詰まらせると、桜がふと気付いたように顔を上げた。

「京様、上の連中の様子を見に行きましょう」

「ああ、そうだな…すまんがお前たちも付いて来てくれ」

京の言葉に護国刀使たちは頷く。全員で、何か急かされるように階段を昇る。悪い予感がしていた。泉美と八重が飛び出して来た時に開け放していたはずの扉が、しっかりと閉まっている。京がそれを押し開けると、信じられない光景が広がっていた。

「なっ…!何をしている、お前たち!」

神功刀使たちが、互いに互いの胸を突いていた。床の血溜まりが、ゆっくりと広がっている。この場に残っていたのは10名、5名ずつ、組になっていた。ある者たちは床に伏し、ある者たちは折り重なるようにして倒れている。皆で側に寄って確認したが、既にほとんどの者が絶命しているようだった。手足に感じるまだ温かい血とその鉄のような匂いに、皆言葉を失った。

「香苗、しっかりしろ、何故こんなことを…!」

京が一人の少女を抱き起し、血まみれになりながら胸の刃を抜いた。まだ息がある。わずかに心臓を外していたらしい。

「かはっ…ああ…京様…」

香苗と呼ばれたその少女は、血の泡を吹きながら京に応じた。

「何故だ、何故こんなことを…!」

「…感じました、香織様が…荒魂になるのを…あんな風に、なってしまっては…」

「それで死を選んだというのか…!」

「京…様、お願いです、介錯を…御刀の力で祓ってもらわなければ…私は荒魂に…なってしまい…ます……」

直が歩み寄り、毛利藤四郎を抜くと、迷わずに、そして正確に脇腹から心臓にそれを刺し込んだ。

「ああ…ありが……」

香苗の眼から赤い光が消え、首ががくりと落ちた。

「すまん…来栖…」

「いえ、こういうのは慣れていますから…」

直は、ゆっくりと毛利藤四郎を引き抜く。

血糊と脂で光るその刀身を見て、

京の胸で眠ったその刀使の顔を見て、

あの動物たちの死に顔を思い出して、

空襲後の街に転がっていた遺体の顔を思い出して、

折神香織の笑ったまま固まった顔を思い出して、

祖母の最期の顔を思い出して…

心の底からこの戦争を憎んだ。

「もう、こんなのは沢山です。これから先の刀使たちが、こんな思いをせずに済む…そういう世の中を私は作りたいです…」

泉美が隣に寄ってきて毛利藤四郎を取り、懐から手ぬぐいを出してその刀身を拭いた。

 

 地下と、表に倒れたままの刀使をそれぞれ保護し、遺体を出来るだけきれいにして寝かせ、さらに散らばっていたノロを集めているとようやく、護国刀使の第二陣が2台の車に分かれて到着した。後の処理は彼女らに任せて、直、泉美、吉乃、八重の4人は隊舎に戻ることとなる。京と桜、浜塚と保護された2人の刀使たちは別に取り調べを受けることになり、そのまま陸軍の施設に預けられることになった。

激しい疲労に襲われていたが神経が昂ったままで、帰りの車中までは4人共緊張がとれなかったが、隊舎に着いてようやく、気分が落ち着いてきた。

「お帰り。さっき電話があってある程度のことは聞いてるから、報告はとりあえず後でいいわ。それよりもうすぐ正午だから、学習室に集まって」

由良にそう言われて4人は学習室に行くと、通路を挟んで2人掛けの机が並ぶ配置の座席は既に前から埋まっており、4人は最後尾の座席に直と泉美、吉乃と八重分かれて座る。

「さあ、そろそろ、ね…」

前に立つ由良がそういい、千鶴がラジオの電源を入れた。この日、この放送のためにわざわざ強い電波が流されたという。同時刻、国内国外を問わず、多くの日本人がラジオの前にいた。

『ただいまより重大なる放送があります。全国の聴取者の皆さま、ご起立願います』

ラジオからの声に、全員が立ち上がる。「君が代」が聴こえ始め、それが終ると、不思議な抑揚の言葉が聴こえて来た。

直は開け放たれた窓の外を眺めていた。強い日差し、入道雲、蝉の声…夏は小さい頃から何も変わらない。時折流れて来る爽やかな微風が柔らかに身体を包む。気持ちがいいな、と思った時には、ほとんど眠りかけていた。

 

「ちょっと由良、一番後ろの4人…」

千鶴が小声でそういって来る。

「立ったまま寝るとは器用ねえ」

「そうじゃなくて、さすがに不謹慎だと思うけど」

「玉音放送」は既に終わり、続いてその内容に関する解説が行われている。日本は、負けた。連合国に降伏をして、戦争は終わるのだ。

泣く者も現れ始めた。一体これからどうなるのか、不安はある。だが、これでもう仲間達が危険な目に遭うことは無いだろう。空襲も無くなるはずだ。由良としては安堵感の方が大きかった。4人の姿を見ながら、

「いいじゃない。もう戦争は終ったんだから」

そう、答えた。

 

 その日から、宮城前は大変な騒ぎとなった。玉砂利には多くの人たちが集まり、涙ながらに平れ伏していた。「敗戦」というこの事態を、天皇に詫びたのだ。自分たちの忍耐が足らないばかりに戦に敗れ、天皇陛下に苦渋の決断を強いてしまった…そういう気持ちからだった。当初は警備の者たちもそれを見逃していていたが、やがてその場で自決する者が現れ始め、刀使たちもこれを止めるのに協力した。日本全体でそんな混乱がしばらく続いた後、8月30日に連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーが厚木に降り立ち、9月2日には横須賀に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリの艦上で降伏文書が調印され、戦争は公式に終結、日本は連合国の占領下に置かれることとなり、事実上、大日本帝国という国は消滅した。

 連合国軍といってもその実、大半を米軍が占めており、その米軍がまず手を付けたのが新憲法の作成と、戦争犯罪者の割り出し…つまり戦争責任を取るべき者を明確にすること、だった。戦争責任となればまずやり玉に挙がるのが軍であり、実際に陸海軍は政治に深く関与していたため、米軍はこれら軍人たちの無謀かつ強引な行いを問題視した。特に開戦時、陸軍中枢にいた者たちには厳しい処分が科されることになるのだが、それは刀使たちの物語とは直接の関係はない。

ただ、この調査のかなり早い段階で日本刀を使い、神懸かり的な力を操る少女たちの存在が明らかになる。すると米軍の関心はそちらにも向けられた。調査が進み、護国刀使や神功刀使といった刀使の組織があったこと、そして彼女たちを実戦に投入しようとしていた形跡があったことが判明すると、刀使という存在に対し、遂に独立して調査組織が立ち上げられることとなる。

 9月のある日、その調査組織から護国刀使に対し、隊員名指しで招聘がかかった。

「ミス ユラ=キリシマ、それからミス ナオ=クルスで間違いないな?」

軍服姿の外人さんが随分流暢な日本語を使うので、直と由良は少し驚いた。

「はい、間違いありません」

「OK、座って待っていてくれ。調査員を呼んでくる」

そういって、その外人さんは部屋を出て行ってしまう。二人は、顔を見合わせてから、言う通りに座る。窓の外には日比谷濠が見えた。二人が今居るのは宮城にほど近い有楽町の第一生命館だった。ここは米軍に接収され、連合国軍最高司令部、いわゆるGHQの拠点となっている。

「どういう用件なんですかね?」

「さあ…でも米軍が刀使に興味を持っている、というのは聞いています。碧様や鷹司様もいろいろと取り調べを受けているみたい」

「鎌府折神のこともありますしね…それより、いつまで御刀を取り上げておくつもりなんでしょうか?荒魂が出て来るのは止められないのに…」

「そうね、武装解除というのはわかるけれど、そういうのとはちょっと違うものだって…まあ、わかってもらうのは難しいでしょうね」

そんなことを話していると、後ろの扉が開く。二人は振り返り、また少し驚く。現れた人物もそんな二人を見て、小さく「OH」と声を上げた。書類を手にした、背も胸も千鶴を一回り大きくしたような体型の女性が立っていた。

「本当にあなたたちのような子が『TOJI』なのデスね…」

日本語が通じる相手らしい。由良と直は立ち上がって礼をし、

「私が霧島由良、こちらが」

「来栖直です」

二人でそう名乗ると、

「はい、ありがとう。私はエリザベス=フリードマンといいマス。今日はいきなり呼んでスイマセン。ちょっとお話、きかせてくだサイ」

エリザベスと名乗ったその女性もまた頭を下げた。それから、ツカツカとハイヒールを響かせて二人の前にある机につく。おしゃれだな、と直は思った。黒髪のショートボブに白いシャツとタイトスカートという、そう目立つ出で立ちでもなかったのだが、清潔感に溢れ、いかにも仕事ができそうに見える。ただ、思ったより日本語は怪しいのかもしれない。「座ってくだサイ」といわれて再び腰掛け、エリザベスと向かい合った。

「サテ、二人から聞きたいのは、この資料が本当か、ウソか、ということです。ルックアットディス」

最後に何をいわれたのかわからなかったが、エリザベスが掲げて見せた書類の表紙には、

『刀使ノ白兵戦闘能力ニ関スル考察』

という記載があった。

「陸軍の資料、ですか…」

泉美がそういうと、エリザベスは頷いてそれをパラパラとめくり始めた。

「ハイ、ここにあるのは普通にかんがえれば信じられないことばかりデス。あなたたちがジャパニーズソード、御刀を手にすれば超人になる…本当デスカ?」

由良と直は顔を見合わせ、由良が答える。

「そうですね…。超人、そうかもしれません」

「かもしれません…日本人らしい答えデスね。ではその力を軍が使う、これはどう思いマスか?」

二人は再度顔を見合わせ、また由良が口を開く。

「刀使の御刀は荒魂にのみ向けられるものです。人に向けてはいけないと思っています」

「ハイ。あなたは?来栖直さん?」

「私も由良先輩と同じです。ただ、私は…実際に御刀で人を斬りました。人だけでなく動物も斬りました」

エリザベスの表情が変わる。咄嗟に、由良がとりなした。

「止む無く、です。人を斬ったのも、動物を斬ったのもそういう命令があったからで…」

「わかっていマス。直さん、続けてくだサイ」

「刀使の力を使えば、人を斬ることは簡単です。戦場に出ればきっと戦果を上げられると思います。でも、そんなことを命じる大人たちが動かす国はまともじゃない、そう思っています」

「ふーん、ナルホド、ね。ファーストルーテナン!」

エリザベスがそういうと、先程の流暢な日本語を話した男が、ドアを開けて敬礼した。その手には、二振りの御刀があった。

「それを私と、直さんに」

エリザベスの指示に従い、男は御刀をそれぞれに手渡す。エリザベスは立ち上がった。

「ここにいる間の会話は日本語で」

「了解です」

「それと、少しここにいなサイ」

「了解です」

「さあ、直さん、それを抜いて、刀使の力を見せてくだサイ」

不安そうな顔をしている由良に頷いて見せて、直はその御刀を抜く。一体どこで手に入れた物か知らないが間違い無く玉鋼を使って打たれた御刀だ。なかなかの業物らしく、握った手から霊力が宿っていく。

「写シは張れマスカ?」

「はい…」

直はそう答え、御刀を正眼に構えて写シを展開する。男の方が感嘆の声を上げた。

「ハイ。では、行きますよ」

エリザベスは前に出ながら身構えると、間髪入れずに御刀を抜き放った。それは明らかに訓練を積んだ者の動きだった…が、直には見えている。軽く迅移をかけて構えを崩すことなく転身し、その太刀筋をかわしつつエリザベスの懐に入った。

エリザベスと軍人の男の表情が凍り付く。

「なるほど…すごいものね、写シの力を見せてもらおうと思っていたのだけれど、まさかこの間合いの斬り込みを外してくるなんて…参った、降参よ」

エリザベスが笑顔でそういった。

「え、あの…」

直が戸惑っていると、

「うーん。怪しい日本語で油断を誘っていたつもりだったんだけど、それも効果がなかったわね」

そんなことを言いながら御刀を鞘に納める。確かに、口調もすっかり変わっていた。

「エリザベス特別調査員は日本にとても造詣の深い方です。剣道・柔道共に段位をお持ちで、刀使のこともよくご存知です。ああ、申し遅れましたが私はアメリカ陸軍中尉、バーンズといいます」

男の軍人がそういってエリザベスから御刀を受け取る。直も慌てて納刀し、それを預けた。

試された、ということらしい。直と由良はまた、顔を見合わせた。

「私の髪、黒いでしょう?両親はブロンドなんだけど母方に日系人がいたの。それで興味を持ってね、学校を出てから何年か日本に住んでいたのよ」

「そう、だったんですか…しかしそれなら何でわざわざ私たちを呼んだんですか?」

由良がそういうと、エリザベスは少し、暗い顔をした。

「実際の刀使を見たことがなかったからね。日本で一番強いといわれている護国刀使の隊長と最も戦闘経験がある隊員は一体どんな少女たちなのか見てみたかった、ということが一つ、それともう一つは…、米軍が刀使を利用しようとしている、ということを知ってほしかったから、ね」

「米軍が、刀使を利用する…?」

「それはどういうことですか?」

直と由良の言葉に、今度はバーンズが答える。

「戦争はまだ終わっていない、ということです。日本の戦争は終わりましたが、これから世界は自由義国と社会主義国に分かれて戦うことになるでしょう。そう遠くないうちに、また世界を巻き込んだ戦争になるかもしれない。その時、極東アジアにおける日本の存在は非常に大きく、米軍としては刀使を秘密裏に抱え、諜報活動に利用しようという動きがあるのです」

「まさかこんな少女がスパイだとは思わないだろう、ってことね。でもバーンズ中尉、そこまで言ってしまってよかったの?」

「構いません。いくら特殊な存在とはいえ、このような年端も行かない子供たちを利用しようなどと、反吐が出ます」

「さすが、人権派軍人はいうことが違うわね…まあ、そういうことなの。私たちは日本暮らしがある者として、あなたたち刀使に対する調査を命じられた。でも、実態をある程度知っているからあなたたちを利用したいとは思っていない。だから、できるだけ私たちの調査に協力してほしいの」

直は、改めてこの二人のアメリカ人を見た。本当に、これがついこの間まで敵として戦っていた人たちなのだろうか?敵国であった日本のことをよく知り、よく考えてくれている…日本には、少なくとも自分たちにはとてもこんな余裕はなかった。

「あの、荒魂の被害については今、どうなっているんですか?」

由良の質問に、エリザベスが頷く。

「日本にはこんなモンスターがいるのかって、あちこちから悲鳴が上がっているわ。今の所、連合国の足並みを乱さないよう極秘扱いにしているけれどね。早いうちにあなたたちに御刀を返しておかないと大変ことになる、まずはそれを報告するつもりよ」

由良と直は頷き合う。ひとまず、この人たちの事は信用してもよさそうだ。

「わかりました。そもそも負けた私たちにそこまで気を遣っていただいて…ありがとうございます。護国刀使としては調査に協力していきたいと思います」

「ありがとう、決して悪いようにはしない。それは信じてちょうだい」

直にはもう一つ、聞いておきたいことがあった。

「あの、神功刀使と、鎌府折神家についてはどうなっているんですか?」

エリザベスの表情が曇る。顔に出てしまう人らしい。やはりこの人は信用してもいいかもしれない、と直は思う。そんな表情のまま、エリザベスは話し始めた。

「あちらに関しては…別の者たちが調査に当たっているのだけど…おそらく、鎌倉の折神家は取り潰されるでしょう。当主が死亡、しかも積極的な軍への協力が問題になっているから…。神功刀使は事実上壊滅しているけど、隊員に対して非人道的な行為を行っていた、という罪状は問われるかもしれません。最も、それも鎌倉折神家の管理責任ということになるかもしれませんが…」

既に、人体にノロを注入していたこともわかっているのだろう。直が横を向くと由良が複雑そうな顔をして笑った。

「折神家は京都の本家にまとめられるだろう、というのが今の所の見方だ。しかし…米軍の中に、その非人道的な行為を用いて最強のソルジャーを作ろうという動きがあるのも事実だ」

口を挟んできたバーンズに、エリザベスが苦笑する。

「そうね、あなたがいう反吐の出る奴ら、ね。それを防ぐためにも私たちは迅速に行動しなければならない。刀使は荒魂に対する備えである、という結論に持って行きたいと思っているの」

「ふ…、あなたが急ぐ理由はもう一つ、クリスマスには愛しい我が子に会いたいから、でしょう?」

エリザベスは破顔し、直と泉美を手招いた。二人が歩み寄ると、胸のポケットから一枚の写真を取り出して見せる。エリザベスと、乳児が一緒に写っていた。

「かわいいでしょう?リチャードっていうの」

「こんな小さな子がいるのに…日本へ?」

直は、折神葵のことを思い出していた。

「ええ、この国の人たちにはお世話になったもの。しっかり恩返しをして、胸を張って息子に所に帰る、それが今の私の使命よ」

エリザベスの笑顔に、直も由良も魅せられた。

 

「あんなアメリカ人もいるんですね」

帰り道、直はぽつりとそういった。

「そうね…私たちは一体何と戦って来たんだろう…そんなことを考えてしまうわね」

その通りだと直は思う。鬼畜米英、とは何だったのか。

「沢山の人が死んで、街はこんな焼け野原になってしまって…」

「直さんは本当に大変だったものね…。ああ、それにしても鎌府折神の人たち、どうなるのかしらね…」

自分でいって気まずくなったのか、由良が話題を変える。

「おかしなことにならなければいいんですけど…何だか変な話ですよね。この間までは戦争に協力的でないと非国民だといわれていたのに、戦争が終ったら今度はその非国民の人たちの方が正しかった、なんてことになって…」

「歴史ってそういうことの繰り返しともいえるけど…実際にそういう時代の転換点にいるということなんでしょう、私たちは」

歴史の転換点、時代の節目…確かに今の自分たちはそういう所に立っているのだろう。

「そういうことの繰り返し…ですか。そうやって、時代が変わる度にこうしてたくさんの人が死んで来たんでしょうか…」

直の言葉に由良が思案顔をして立ち止まり、

「ちょっと、大楠公にご挨拶していきましょうか」

そういって行き先を少し変えた。直は大人しくついて行く。

大楠公、とは楠木正成のことを指す。南北朝時代、最後まで後醍醐天皇のために戦ったこの忠臣は、宮城南東の一角に銅像となって今もなお、宮城を守護している。

「いつ見てもすごい迫力ですよね」

台座を含めると8メートルにも及ぶその像を眺めながら、直はそういった。隆々とした馬の筋肉が今にも動き出しそうで、圧倒される。

「そうね。直さんは…この大楠公がこれから先の時代で評価が変わることがあると思う?」

「え?」

「考えてみればこの方も歴史の転換点にいて、たくさんの人を殺してきたのよね。室町幕府の頃は逆臣だったけど段々見直されて、明治のご一新の後は忠臣の代名詞にまでなった」

「そう、だったんですか…」

直は、そんなことは全く知らなかった。ただ、大楠公、楠木正成といえば国民が手本とすべき忠臣、として教わって来た。

「ふふ、直さんは着眼点は鋭いところがあるけれど、ちょっと勉強が足りないわね」

「そうですね、私は刀使に選ばれてからまともに学校には行けませんでした。まあ学校に通っていてもまともな授業はあんまりなかったそうですけど…」

「そうね、仕方がなかったんだけど…きちんと学校で授業を受けられたのは私たちくらいまでか…これも戦争の爪痕なのかもしれないわね」

由良がそういって眩しそうに銅像を見上げて黙ってしまう。

「由良、先輩…?」

暫くしてから直がそういうと、由良はようやくこちらを向いた。

「いろいろと考えていたんだけどね…ようやく結論が出たわ」

「何の結論、ですか…?」

由良は一つ頷いて、ゆっくりと語り始めた。

「私は凡庸だから、護国刀使の隊長なんていってもただ皆の命を護りたい、敢えて死を選ぶようなことだけは絶対にしないしさせない、それだけを思って今までやってきたの。でも、さっき直さんがいったでしょう?時代が変わる度に人が死ぬ…って。それは、確かにその通りなの。戦争や革命で時代は変わって来たけど、そのどちらも結局は人の死を前提として含んでいるものなのよね…」

由良自身、考えながら話しているようだ。何だか難しい話になりそうだが、今の所は直にとってもよくわかる話だ。

「その延長線で考えると、私は死刑すらも望んでいないと気が付いたの。人が人に死を与えるなんておかしいって、ね」

「え?でも死刑とかはやっぱり必要なんじゃないでしょうか…そうしないと…」

「悪い人たちを止められなくなる、わよね。それはよくわかる。でも、今の罪が果たしてこれから先の世界でも罪になるかしら?そういう判断も結局、今の時代の人が勝手に決めた法や正義が前提なのだとしたら、それこそ大きな罪よね」

直は、由良の言葉を精一杯考えた。確かに、それは一理ある。沢山の人が死んで、時代も常識も変わろうとしている今なら、そういう考え方はよくわかる。

「でも、そんなことをいっていたら…その、今の時代を生きて行けなくなりませんか?」

由良は、そこで笑った。

「そう、その通りなのよね。人の死が時代を変えるということを否定するなら、世捨て人にでもなって時代の流れとは関係なく生きて行くしかないんでしょう…だから、ね」

「だから…?」

「私は護国刀使から身を引く」

その言葉に、直はさして驚かなかった。そしてそんな自分が少し不思議だな、と思った。

「…護国刀使を辞める、ということですか?」

「ええ…実はね、凪子が…あの子の状態が良くないの。持ってあと1、2年というところらしいわ」

直は言葉を失う。ノロを身体に受け入れても、それが限界…ということなのか。

「それで…直さん、あなたは知っていると思うけど、ノロを身体に入れた刀使が事切れると、その時に体内のノロが活性化して荒魂化することがあるそうなの。もしあの子が死んだら、その時に御刀で介錯をしてやる人間が必要になる…。だから私は、あの子を連れて実家に帰ることにしようと、そう決めたの」

「随分…一方的に決めてしまうんですね」

「ごめんなさい…でも、それが一番だと、私は思うの。それで直さん、あなたはどうするの?」

そういわれて直は、自分がこれからどうすべきなのか、ということについてはもう自分の中で答えが出ていることに気が付いた。

 

 

 米軍は刀使に関する調査レポート「Toji ~Japanese sword master gairls~」を極秘にまとめ、その中で荒魂を祓うために刀使の力は不可欠である、との結論を出した。これにより護国刀使はその存続が認められ、解体された内務省、軍に代わり警察組織に属することとなる。一方で神功刀使が行っていたノロの利用については問題視され、責任を取る形で鎌府折神家は取り潰しとなった。ただし刀使たちに責任は無いと判断され、京都から折神本家が鎌倉に移ることでこの混乱には一応の終止符が打たれる。

 だが、米軍は敢えて神功刀使と旧鎌府折神家でノロと御刀の研究をしていた者たちを排除しなかった。それどころか一部の研究については米軍主導の元で継続をさせた。

 

これがまた新たな災厄の火種となっていくのだが、それはまた、後の話になる。

 

 

 

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