戦火の巫女   作:溜め無しサマソ

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終章

 

 

「国破れて山河在り、か」

秋晴れの空、遥か向こうに望む富士山を見て、直はそういった。

「ええ、こうも遮る物が無いとよく見えますね」

泉美が伸びてきた髪をかき上げながらそういう。二人は宮城内にある江戸城天守台に上っていた。江戸城の天守閣は江戸時代初期の明暦の大火で焼け落ちた後、結局再建されず、今二人のいる石垣のみが残っている。

「面白いですよね、ここ。火事の後に石垣だけ作った後で、結局江戸の街の復興を優先させたいから天守閣を造らなかった、なんて」

「ええ、だから天守閣では無くて天守台、なのよね。確かにその時代にそういう判断をした人がいたんなんて、ちょっと驚きよね」

泉美はそういってから、じとっと直を見つめた。

「あの、泉美さん?」

「何となく、ここに連れて来られた理由がわかりました。本当に、辞める…んですね」

そういって暗い顔をする泉美の横顔を見て、直は穏やかに笑う。

「すいませんね。でもやっぱり、私のやりたいことは宮城の外にあるのかなって思いまして…ああ、でもこれからも東京にはいるんですから、いつでも会えるじゃないですか」

リュウがふわりと飛んできて、直の肩に止まる。

「その御刀、青砥先輩が持って行くのを許可してくれたそうですね?」

「ええ、毛利藤四郎はお返ししますけど、これについては『戦災で失われてしまったことにしておく』といわれました。由良先輩も同田貫を持って行くの、許してもらったそうですし、まあ、何もかも折神家の一元管理っていうのもどうかと思いますし」

「由良先輩は…事情がちょっと違うと思いますけど…ただ、そこなんですね?折神家の一元管理…直さんが引っ掛かっているのは」

直は苦笑した。

「この、リュウのこともあるんですけどね。これから刀使の組織を再編成しようって時に、こんな荒魂がいたんじゃ何かと問題になるかもしれませんから」

「荒魂と仲良くすることで荒魂の被害を減らす…それが直さんの考えですものね。今の折神家を頂点とする体制ではそういうことには決してならないでしょうから…やっぱり、離れるしかない、と?」

「そうですね、まあそのために具体的に何をすればいいのかのなんてまだ全然考えていないんですけど…ただ、あちこちを巡ってみたいとは思っています」

「あちこちって…旅でもするつもりなんですか?」

「はい、御刀のふるさと、伍箇伝を回ってみるのもいいかな、と思っているんです。それで、いろいろと勉強したいんです。一応座学はあったけど、私たち、まともに学校に行けてないじゃないですか」

「そうね、でもその辺りはこれから整って来ると聞いています。刀使が未成年である以上、教育にも力を入れる。刀使の学校を作ろうという話も出ているみたいですよ」

「そっかあ…これからの刀使たちは皆、そういう風にきちんと教育が行き届くなら…いいですね、うん」

「私としては、直さんに残ってもらってその体制作りを手伝ってほしかったんですけど…」

泉美がぽつりとそういった。直としても、後ろ髪を引かれる思いはある。

「すいませんねえ…でもきっとそれは、私のような考えを持っている人間が関わらない方がいいと思います。だから、頑張って下さい!」

そういって、直は泉美の肩を叩いた。

「はあ、全く…それで、住む家はどうするんですか?」

「あ、それは大丈夫、兄さまが海軍の伝手で用意してくれることになっています」

「そう、それならまあ…」

「ふふ、泉美さん、本当にいつでも来て下さいね?兄さまも待ってますから」

直がニンマリと笑ってそういうと、泉美はわかりやすく頬を赤らめた。

「なっ!もう、私は本気で心配しているのに…!」

「私だって別にふざけていってるわけではありませんよ」

「も、もう…ほら、用が済んだなら戻りますよ」

「ああもう、そんなに怒らないで下さい。用はまだ済んでないんです」

「え?」

泉美が聞き返すと、直はそこで深々と頭を下げた。

「ちょっと、直さん?」

少しして直は頭を上げ、満面の笑みを泉美に向けた。

「泉美さん、ありがとう。今まで、ずっと…泉美さんのお陰で私は今、生きているんだと思ってる。これからも、よろしくね」

泉美は一瞬言葉を失い、それからふっと小さく溜息をついた。

「そいうことを臆面もなく言えるのが来栖直、という人よね…ふふ、ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

泉美もそういって、頭を下げる。顔を上げてから二人で笑い合った。

「さ、隊舎に戻りましょう。いろいろと準備があるでしょう?手伝います」

「はい、ありがとうございます。あ、そうだ。もう一つ、いいですかね?」

「何ですか?」

答えた泉美に、直はニイっと笑う。

「戻る前に、一戦、どうですか?」

「いいですね、やりましょう!」

二人は、天守台を駆け降りる。リュウが「ぎいぃー」と鳴いて直の肩から、空に向かって飛び上がった。そのまま澄んだ空をゆっくりと旋回する。その目には、街の姿が映っていた。がれきの山はどんどん整理されて、道には人が溢れ始めている。灰色だった街並みには少しずつ、緑が戻って来ていた。

やがて下の方から軽やかな金属音が、歌うように響いてきた。リュウは満足そうに大口を開けると、空を駆けるように街の方へ飛んで行った。

 

 

                                  

 

 

                                  (了)

 

 

 

 


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