大将を討ち取れば終わりであった中世までの戦争と違い、近現代における戦争の大半は当事国同士による講和条約の締結、もしくは一方の国による敵戦力の完全な撃滅によって終結する。この物語のこの時点において日本は圧倒的に不利な状況に陥っているが、米英との戦力差を考えた場合、このまま戦争が進行していくと「戦力の完全な撃滅」を受ける可能性があった。それは、国が亡びることと同義であるため、絶対に避けなければならない。そうであれば何とか講和の道を探るべきだが、中世までのように単純ではない近現代の戦争では、どの時点で見切りをつけて講和に持ち込むか、そのタイミングを判断するのは簡単ではない。戦況が優勢か劣勢か、国内情勢が安定しているか不安定なのか、といった様々な要素がその判断には関わってくるからなのだが、こと戦況に限っていえば優勢と劣勢を判断する基準が一応存在する。それはいわゆる制空権・制海権と呼ばれる戦場の支配率だ。
核兵器が出来るとまた話は違ってくるのだが、少なくともこの物語のこの時点においては制空権・制海権を奪われている限り、どれほど戦い続けても戦況が覆ることはない。そして制空権・制海権を奪還することが不可能であるほど戦力差に開きがあるとわかった時点で戦争を終わらせる道を探さなければ、待っているのは「戦力の完全な撃滅」、そして亡国ということになる。
昭和19年(1944年)、日本は本土の制空権・制海権を完全にアメリカ軍に奪われる。7月にサイパン島を占領されたことで日本全土が大型爆撃機B-29の航続距離に入り、10月にフィリピンのレイテ沖で行われた一連の海戦によって、海軍の連合艦隊は壊滅する。空と海へ戦力を投入できなくなったこの時点で、事実上戦争の決着はついたのだ。
つまりこの後、日本はどんな局地戦でも絶対に勝つ事が出来なくなる。常識的に考えればそういう結論になるのだが、未だ、神国日本には逆転の一手があると本気で考えている人々がいた。
そして、そういう人々がその拠り所としたのが、他でもない刀使の少女たちの存在であった。
直はゆっくりと目を開ける。見慣れた天井、畳、そして馴染み深い匂い。自分が今、生まれ育った家の自室で寝ていたことを改めて実感する。
「ふあぁ…よく寝たな」
厚手の布団と毛布をたたみ、寝間着からタンスにしまってある普段着に着替えて居間へ向かう。
「おはよう、父様、母様」
「何がおはようだ、今何時だと思っている」
新聞を読んでいた父にそういわれ、壁の時計を見ると既に10時を回っている。確かによく寝たようだ。
「10時かあ。うーん、やっぱり実家は最高だなあ」
大きく背伸びをしてそういうと、
「直ちゃん、朝ご飯はどうするの?」
土間の方から母の声が聴こえた。
「もうお昼と一緒でいいよ」
そう答えて、父の横に座る。
「兄さまは?」
「とっくに出た。近頃は毎日帰りも遅いな…」
「ふーん。この戦争、いつまで続くんだろう…」
「あまり滅多なことは口にするなよ。近所でも特高にしょっ引かれた人がいるからな」
藤十郎が新聞から顔を覗かせながらそういった。特高というのは特別高等警察のことだ。元々は左翼運動を取り締まる秘密警察として組織されたが、戦時中は政治批判をする者をことごとく捜査対象とした。ちょっとした政府の陰口を世間話の合間にしていただけで連行されるほど、その取り締りは苛烈を極め、市民からは大いに嫌われた。当時は密告制度も存在したため、特に都市部では隣人にも気を許せないような雰囲気が次第に醸成されていたという。
直はいかにも面白くなさそうに、ちゃぶ台の上に顔を寝かせて父の読んでいるぺらぺらの新聞をのぞき込んだ。天気予報すら載らなくなってしまった紙面には「国民精神総動員」だの「不退転の決意で勝ち抜け この聖戦」などと、いつ見ても似たような文句ばかりが並んでいる。ただその日付が、3月24日であることだけが特別だった。
「はい、直ちゃん。金柑湯」
母がそういって湯呑を持って来て直の横に座る。
「あ!まだあったんだ、金柑のハチミツ漬け!」
直はさっと顔を上げて、それを受け取った。金柑のハチミツ漬けは来栖の家に常備され、風邪の引き初めにこうして湯に入れて金柑湯として飲んでいた。甘酸っぱい味わいで、直の好物だった。
「折角の誕生日なのにこんなものしか用意できなくてごめんね」
「もう、何言ってるの母様。こうやってのんびりできるだけで十分だよ」
護国刀使では盆暮れと並んで誕生日にも休暇が与えられる。これは子供の成長を見たいという親の希望から採られた措置だった。地方に住む刀使は他の休みと組み合わせて帰省することが多いが、直は昨日の勤務が終了してから帰っていた。
「そう?それならいいけど…」
「まあ、今日はゆっくりしていけ。16になったのか」
「うん、そうだね。護国刀使になってから4月で2年か。早いね」
「そうねえ、あれから2年なのねえ…戦争が終われば直ちゃんも帰って来られるのかしらねえ?」
「さあ、それはわからないけど…」
直はそういって金柑湯をすする。
「いつ終わるか、か…そういえば直、米内さんに会ったといっていたな?」
「うん。でもあれから一度も会ってないけどね。どうしたの、急に?」
「ああ、この戦争を終わらせることができるのは、あるいは米内さんのような海軍の人かもしれないと思ってな」
「え、どういうこと?」
「司からもいろいろ話は聞いているが…やはり陸軍はダメだ。未だに参謀本部の無茶がまかり通っている。奴らはまだ犠牲者を出すつもりでいるらしい」
さっき、滅多な事をいうな、といっていたのは誰だったか、と思いながらも直は黙って続きを聞く。
「元々陸軍はドイツとの繋がりが深くてな、三国同盟にも積極的だった。だがどうやらそのドイツもソ連に手を出してからはかなり雲行きが怪しいようだ」
「そうなんだ…あの人、ヒトラー総統はダメなの?」
「いいウワサは入って来ない。やはり同盟に反対していた米内さんや山本長官が正しかったのかもしれん」
三国同盟は直たちが刀使になったのと同じ年、昭和15年(1940年)に当時破竹の勢いでヨーロッパ全土を攻略しつつあったドイツに乗り遅れるな、という雰囲気が国全体を包む中で締結された。日本、ドイツ、イタリアの三国によるその軍事同盟は、最初から新たな世界大戦の火種となることは明らかであり、締結前から反対を唱える人々が多くいたというが、反対する者は「腰抜け」として襲撃されるなど国民感情は同盟締結に傾いており、さらにそれに迎合して勇ましい文句を吐き続ける政治家たちによって反対意見は公式にも抹殺され、結果として日本はこの同盟を嬉々として受け入れた。だがその後、太平洋戦争開戦直前、アメリカとの間で何とか戦争を回避するために行われた交渉で、この同盟の存在は大きな足枷となっている。後になって考えれば、この条約締結が成った時に、日本は引き返すことの出来ない道に足を踏み入れてしまったということになるのだろう。
因みに同盟のもう一方の片割れ、イタリアはというと、既に昭和18年(1943年)の9月に一旦降伏、その後ドイツ軍よって作られた傀儡国家、イタリア社会共和国が戦争を継続していた。
「ふうん…」
「何とかこれ以上悲しむ人が出てほしくないものだけど…手前勝手な言い方だけど、司が内地の勤務で良かったと思うわ…」
母の言葉は本心からのものだろう。
「そうだね。御骨が運ばれるの、結構見るからね…」
「名誉の戦死だ。我が子かわいさはわかるが、そういうことは決して表で口にするな。それに、司もいつ外地に向けられてもおかしくはない。覚悟だけは、しておけ」
直も母も、それには答えない。重い空気だけが残る。
「ああ…まあ、今日する話でもなかったな…」
と、父がいってまた静かになってしまった所へ、
「ちょいと、ごめん下さいよ」
玄関から聞き覚えのある威勢のいい声が響いた。
「あれ、この声って…!」
「ええ、どうしたのかしら?」
そういって玄関に向かう母に、直もついていく。引き戸を開けると、そこには祖母のタツと、その後ろに使用人らしき男が立っていた。
「おばあちゃん!」
「どうしたの、お母さん?」
「どうしたのじゃないわよ。今日は直の誕生日だろ?帰っているだろうと思ってお祝いに来たんじゃないか。ほら」
すでに草履を脱ごうとしているタツが後ろに顔を向けると、男が平身低頭、といった様子で入って来て、「ちょいと失礼しますよ」といい、手に持っていた木桶を三和土に置いた。全体を覆うように手ぬぐいがしっかりと巻かれて結わえられているので中身はわからないが、水が入っているのは置いた時の様子でわかる。
「これは…?」
「見てごらん」
手ぬぐいをほどけ、ということらしい。直は頷いてその通りにすると、中には、
「あ、ウナギ!!」
2尾の大きな鰻が、身体をくねらせていた。
「あら、すごいじゃないお母さん。どうしたんですか、これ」
「この日のために手を回しておいたんだよ。2尾がやっとだったんだけどね…それじゃ、台所を借りるよ」
「そいじゃ大奥様、あっしはこれで」
「ああ、ご苦労だったね。ほら、帰りに一服していきな」
玄関に上がったタツは、そういって気前よく、煙草を一箱、その男に与えた。
「こりゃあ…ありがとうございます!」
「ああ、気を付けて帰りな。こっちの帰りは夕方になるからね」
「へい、大奥様もどうぞお気をつけて」
男が頭を下げて出て行くのと入れ替わりに、奥から藤十郎がやって来る。
「これはお義母さん…おお、これは見事な鰻だ。久し振りに見たな」
「今日は直の誕生日だからね。ちょいと奮発させてもらったよ」
「はっはっは、良かったな、直」
「はい!おばあちゃん、ありがとう!」
タツが満足そうにふんぞり返る脇で、佳代が小さく呟く。
「実はうちもお刺身を用意していたんですけど…」
「え、すごい!それも嬉しいよ母様!」
「よーし直、それじゃあ今日は包丁の使い方も教えてあげようね」
「はい!お願いします!」
その日の来栖家の昼食は、このご時世にあるまじき豪勢なものになった。そしてそれ以上に、直にとっては家族での食事の時間が何よりの誕生日祝いになった。いつもの仲間達との食事もいいが、祖母、父、母に祝われての食事は他には代え難いものであった。
楽しい時間は過ぎるのも早い。後片付けを母に任せてタツと二人で来栖の家を出た時にはもう、すっかり夕暮れ時になっていた。最近運行を始めた木炭バスに乗って日本橋まで行き、祖母と孫娘は並んで掘割沿いの道を歩いていた。
「おばあちゃん、今日はありがとう。ウナギ、すっごく美味しかった」
「ああ、白米で食べられなかったのが残念だったけど、いい鰻だったねえ」
「お兄ちゃんも喜んでくれるといいね」
「そうだねえ、もう1尾いれば司にももっと残してあげられたんだけど」
夕焼け色に染まった並木道の桜はまだ七分咲き、といったところだが、幼い頃から祖母に連れられて歩いたこの道を二人で歩くのはとても思い出深く、それだけで心がじわりと温かくなってくる。タツもまた、ずっと穏やかな笑みを浮かべていた。
「ねえ、おばあちゃん、昔おばあちゃん教えてくれたよね、荒魂と刀使は表裏一体の関係だって。教本にも書いてあったけど」
「ん?ああ、そうだね」
「それでそのことを私なりに考えてね、刀使も荒魂も元は同じなら仲良くなれるんじゃないかって、思うようになったの」
「どうしたんだい、急にそんなこと…まあ、面白い考えだとは思うけどね」
「それでね、おばあちゃんに見てほしいものがあるんだ」
「見てほしいもの?何だい?」
直はニィっといたずらっぽく笑い、腰に下げていた御刀を抜いた。ぞして、
「荒魂さーん、出ておいで!」
そう、掘割に向かって声を出し、御刀を振ってみせた。
「ちょっと、直、あんた何を…」
タツがそういったその時、掘割の流れの中に渦が現れる。渦は段々大きくなり、そこから大きな水しぶきが上がった。回転しながら降って来たそれは、
「な!荒魂!」
紛うことなき荒魂だった。
「ほう、今回はまた凝った登場の仕方だねえ」
二人の前に着地した荒魂は、一礼するような動きをとってから、直の持っている御刀に向かってピョンピョンと跳ねた。タツは唖然としていたが、そこはさすがに元刀使、その荒魂に害意がないことをすぐに見て取った。
「こりゃ、たまげた…あんた、荒魂を手なずけているのかい?」
「へへー、何かこの子、意志が通じるんだ」
「ふーん…ケガレの抜けた荒魂ってのは確かに存在すると聞いたことがあるけど…そんな感じなのかねえ…」
「この御刀にご執心なんだ。よくわからないんだけど、この御刀から生まれたんじゃないかって思うんだよね」
「なるほどねえ…」
タツは興味深そうに中腰になって荒魂を見ている。直はその様子を見て安堵した。
「よかった。怒られるかなーとも思ったんだけど」
「はは、別に怒りゃしないさ。そうかい、私の言葉を覚えててくれたのかい。それで今日は宗三左文字を持ってなかったんだね」
「うん、一度おばあちゃんに見てもらいたかったんだ。それで、この荒魂…というか、こういうことって、どう思う?」
「ああ、今いろいろと思い出していたんだけどね、物の怪や妖怪を使役したという刀使の話は少なからず民間伝承に残っているんだ。ただ、それは公式の記録にはまず載っていない。つまり、それを公式には認められない理由があったということだろうね」
「その物の怪が、荒魂だった、から…?」
「だろうね。本来祓うべき対象である荒魂と、刀使が仲良くするというのは、とんでもない逆説だからね。刀使を取り巻く体制を含めた全てを否定することになりかねない。そんなものは認めるわけにはいかなかったんだろうさ」
「まあ、そうだよね…でも、そっかあ、やっぱり前例はあったんだ」
「ああ、今でも益子の家では平安の昔に退治した祢々とかいう荒魂と付き合っているようだね。詳しくは明らかにされていないけど」
「益子の家の人からは話を聴いたことがあるよ!それって、同じことを考えている人たちが昔から少しはいるってことだよね?」
「そうだね、うん。ふふふ」
「うん?どうしたの?」
「いや何、自分の言葉や書いたものが受け継がれて、そこからまた別の考え方が生まれて来る…そういうのは嬉しいもんだね。自分の生きて来た証が残ったような気がする」
タツはそういって直と、荒魂を交互に見て、また微笑んだ。
「何いってるの、それだけじゃないよ、おばあちゃん。河井タツといえば未だに語り継がれてる刀使だよ。どんなに強い相手でも引き分けに持ち込むのが上手いから『不敗のタツ』と呼ばれていたって!」
「ははは、いや、孫娘にそんなことをいわれるのはなんだかこそばゆいねえ。でも、そうだね、私の戦い方、剣術の方もそうやって残っているんだったらそれも嬉しいもんだよ」
「うん、『相手になれ』だよね。ちゃんと覚えてるよ」
「そう。剣を構えて対峙するっていうのはお互いが剥き出しの自分をさらけ出しているのと同じだからね。相手をよく見て『相手になれ』ば、必ず何を考えているか、わかる一瞬がある。そこを上手く使えば何とかなるもんだよ」
「あ、だからおばあちゃんは商売上手っていわれてるのかな?」
「ははは、それはどうだかね。私よりあんたはどうなんだい?こんな風に荒魂を手なずけるなんて、まさか荒魂になったっていうのかい?」
そこで、直は呆けたように口を開けた。
「ちょっと、どうしたんだい?」
「あ、うん。そうか、と思って。私、この荒魂さんになってたのかも…」
「は…こりゃあ驚いた。私の剣術が人間意外にも有効だとはね。まだまだ勉強することがありそうだよ」
タツはそういって少し神妙な顔になり、直の頭を撫でた。
「いつどうなるかもわからないこんなご時世だ、悔いの残らないようにはしておかないとねえ…」
「ん、どうしたの?何だか辛気臭いじゃん、おばあちゃん」
「ふふん直、そういう時はね『感傷的』っていうんだよ。まあでもそれとも少し違うんだけどね。私がいったこんなご時世だからっていうのはね、年の順に死ぬってわけじゃないってことをいったんだよ。あんたもしっかりね!」
そういってタツはニイッと笑う。それは、さっきの直とそっくりの笑顔だった。
「あ…ははは、そっか、そうだよね。さっすがおばあちゃん!うん、私も思いっきり生きるよ!それじゃあ、私とこの荒魂さんの連携技をお見せします!」
「連携技?だって?」
「うん、名付けて『荒魂けん玉』!それっ!」
直は御刀を返して柄を上にすると、そこへ荒魂がぴょんと飛び乗る。「それそれ」といって今度は切っ先を水平に構えると、その刀身の上に荒魂が飛び乗る。直がひょいひょいと御刀を構え変える度に、荒魂もまた上手くそれに飛び乗る。
「ははは、何だいそりゃ?」
「どう、おばあちゃんもやってみる?」
「ばかなこといってんじゃ……うーん、ちょっとやってみようかね」
祖母と孫娘の笑いは絶えることなく、それを見守るように春の陽はゆっくりと暮れて行く。
直にとって、生涯忘れることの出来ない16歳の誕生日となった。
暑い。今ので今日何匹目の荒魂だったろう。ここの所の荒魂発生数は異常だった。直は、義元左文字を構え直してこの雑木林にまだ潜んでいるであろう荒魂に備える。ふっと溜息をついて、隣の泉美に声をかける。
「まだ、出ますよね?」
「ええ、もう少し、といったところだと思いますけど…」
泉美はそういって額の汗を拭っていた。8月も終わりだというのに暑さが収まる気配が無い。炎天下での荒魂討伐任務は、過酷だった。
『てえええい!』
その時、そんな、暑さを吹き飛ばすような元気な声が木々の向こうから響いてきた。
「あ、見つけたみたいですね…行きますか?」
「ええ、行きましょう」
直と泉美が迅移を使って茂みを抜けて行くと、二人の刀使が中型の荒魂に対峙していた。荒魂からの攻撃を、長い髪を先端で束ねた一人が何とか防ぎ、もう一人のおかっぱ頭が元気な声を出して斬りかかっているが、荒魂に上手くかわされてしまっている。文字通りの悪戦苦闘、といった感じだった。
「ああ、五十鈴さん、間合いが全然読めてませんねえ…」
「そうですね。美千代さんの方も…もう少し早く動かないと主攻撃手の邪魔になってしまいます。副攻撃手としては今一つですね…」
直と泉美はそんなことをいいつつ、木陰から観戦する。程なく、美千代と呼ばれていた髪の長い副攻撃手の後ろから、鳥型の荒魂が現れた。目の前の二人が全く気付いていないのを察し、直と泉美は頷き合う。一直線に飛ぶその荒魂の進路に泉美が割って入り、下段から切り上げると、鳥型の荒魂は急停止してそれをかわす。そこへ、「はっ!」と短い気合いと共に跳んできた直が、空中で止まっている目標を両断した。
「え?」
悪戦苦闘の二人が振り返った時には既に、鳥型の荒魂は地面に落ちた後だった。
「美千代さん、余所見をしない!前の荒魂に集中しなさい!」
「あ、はいっ!」
「大丈夫、五十鈴さん。二人なら倒せる。多分それが最後だからしっかり集中して!」
「はい、ありがとうございます!」
泉美と直の言葉に、二人が本来の敵に向き直る。そこへ、中型の荒魂が毒々しい色をした霧のようなものを吹いた。直が「危ない!」と叫んだその瞬間、前に立つ五十鈴は荒魂の右に、後ろに立つ美千代は左にそれぞれ迅移で回ってその霧を避け、
「はああああっ!」
「せいっ!」
同時に左右から荒魂に斬り込んだ。「ギイイイィ」という断末魔の叫びを上げて、荒魂は倒れる。
「や…やった!?」
「やった、やりましたよ美千代さん!」
すぐに駆け寄って手を取り合う二人を見て、直と泉美はとりあえず、胸を撫で下ろす。
「お見事…とはまだいえませんが、まあ、最後の連携は及第点ですかね」
「ははは、泉美さんは厳しいなあ。でもそうですね、二人共まだ、目の前しか見えていないし、何より自分たちの攻撃が届く間合いが計れていませんね。それじゃ大けがしちゃいますよ?」
「は、はい!」
「ご助力いただきありがとうございました!」
篠原五十鈴と穂高美千代、二人はこの4月に護国刀使へ入隊した新人刀使だ。同い年で、直と泉美の2つ下、14歳になる。二人共、特に剣術をやっていたわけではなく授業の一環で行われていた竹槍を始めとした武術指南の際にその適正を認められた。何とか刀使を増やそうという試みは様々な形で行われており、それが実を結んだ形であった。が、ここ数年かけて日本全国から見つけ出せたのがようやくこの二人、といった有様である。刀使の発掘は、やはり至難の業なのだ。
ノロの回収を終えると、泉美は荒魂類探知計を取り出して周囲の荒魂の反応が消えたのを確認する。
「よし…討伐完了のようね。市の方に報告して帰りましょう」
「はー疲れた。ねえ泉美さん、少し休んでいきませんか?ここ、すぐ近くが海じゃないですか。有名な砂浜らしいですよ」
今、4人がいる雑木林の丘を下りれば、海は確かにすぐそこだった。風向きによってはふわりと潮の香りがやってくる。
「うーん、でもすぐに帰らないと遅くなってしまいますし…」
「わざわざ神奈川まで来たんですよ?夏の海ですよ?」
「うーん…」
そう、夏の海なのだ。堅物とはいえ泉美も一人の少女だ。少しは寄って行きたい気持ちはあるだろう。
「少し潮風に当たって行けばいい具合に汗も乾いて気分も一新するでしょうし、もしかしたら食べ物も手に入るかも知れませんよー。お魚とか、貝とか海藻とか…千鶴先輩喜ぶだろうなー」
新人二人は先輩たちの会話には口を挟んでこないが、それでも、その様子からどうしたいのかはよくわかる。
「…ああ、もうわかりましたよ!でも少しだけですからね!」
「さっすが泉美さん、話がわかりますね!それじゃ行きましょうか!五十鈴さん、美千代さん!」
そういい終わる頃にはもう、直は駆け出している。二人の後輩は弾けるように「はい!」と大きな声を出し、直に続いた。泉美は大きなため息をついて、それから3人の後を追った。
丘を下りて目には入って来たのは、強い日差しに反射して輝いている砂浜だった。その美しい砂浜と青い海が前方の視界の端から端まで一杯に拡がり、振り返れば松林がある。白砂清松とはまさにこのことだろう。
「うーん、いい気持ち!やっぱり東京の海とは違いますね!」
潮風を吸い込みながら大きく背伸びをして直がそういう。
「あの、少し足を浸してきてもいいでしょうか!」
「いいですよ、でも転ばないように気を付けて下さいね!」
「はい!」
二人の後輩たちが歓声を上げながら裸足で駆け出していく。その後ろ姿を見ながら、
「もう、いいんですか?任務の途中ですよ?」
泉美が恨めしそうな声を出した。
「いいじゃないですか。まだ遊びたい年頃なんですよ。まあ…私もですけどね!」
言うや否や、直もまた御刀を置いて靴を脱ぎ捨て、裾をまくって駆け出した。
「ちょ、直さん!」
泉美の声はもう聴こえない。直は先行していた二人に混じり、海に足を踏み入れる。水はさほど冷たくはない。が、気持ちいい。
「ほら、泉美さんも!気持ちいいですよー」
大きく手を振って泉美を誘うが、泉美の方にその気は無いらしく、はいはい、という風に頷くだけだった。3人はしばらく歓声を上げながら、水辺を歩き回った。
「あ、直先輩、あっちの岩場の方にいってみませんか?何か生き物がいるかもしれませんよ?」
五十鈴が指差す先には確かに岩場がある。
「あ、そうだね。何かお土産になるようなものでもあればいいけど…」
そういって振り返った直の視界の隅、海の向こうの上空にきらりと何かが光った。
「あれ…」
「どうかしましたか、先輩?」
美千代が直の側に寄って来る。
「あれ…なんだろう」
直は眉に手を当てて強い陽射しを防ぎながら空の一点を注視する。美千代もそれに倣った。
「あれって、飛行機…?」
「みたいですね」
だんだんとその姿がはっきりしてくる。たった一機で迫るその機体の曲がった翼に、星のマークがあるとわかったその瞬間、直は青ざめた。
「敵機!?二人共、逃げるよ!」
直がそういうと二人の後輩もそれに気づいたのだろう、3人は慌てて駆け出した。その直後、もうすぐそこに迫っていた星のマークの飛行機が、文字通り火を噴いた。ダダダダダッという轟音と共に、海面が2列の飛沫を上げる。その飛行機ーアメリカ海軍の戦闘機F4Uコルセアーによる機銃掃射だ。3人は悲鳴を上げながら必死に駆けた。そこへ、
「早く、これを!」
3人の御刀を携えて泉美が迅移でやってきた。一旦通り過ぎた飛行機が、空中で大きくターンしている。3人はそれぞれの御刀に飛びついて柄を握る。再び迫って来たコルセアの機銃掃射も、迅移で逃げる刀使には届かない。4人は何とか松林まで逃げおおせ、事無きを得た。
「はあ、はあ…こんなところにまで敵機が来ているなんて…すいまぜんでした。私が海に行こうなんていったばっかりに…」
「いえ、結局賛成したのは私も同じですから…でも、恐ろしいものですね…あんなものが飛んでくるようになるなんて…」
「はい…」
「どうなってしまうんでしょうか、これから…」
泉美に答える後輩二人はすっかり血の気を失っている。直は溜息をつき、ふと、裸足のままでいることに気が付いた。砂浜を見ると幸い靴は脱いだそのままの所に転がっている。さすがにこのまま帰るわけにもいかないので、後輩たちを促して再び砂浜へ歩いていった。
隊舎に戻れたのは丁度夕食時であった。食堂の一角に一人分の食事が乗った盆が人数分並べられており、各々がそれを手にとって食堂の好きな所で食べるのだが、大体各自が座る場所は決まっていた。直と泉美は、由良と凪子がいつもの所で向かいに座っているのを確認すると、後輩たちと分かれてそこへ向かった。
「お疲れ様です」
二人は声を合わせてそういいながら、直が凪子に隣に、泉美が由良の隣に座った。
「お疲れ様、やっぱり遅くなっちゃったわね」
「ああ、お疲れ様。首尾はどうだった?」
「報告のあった周囲の荒魂退治は無事にできました。五十鈴さんと美千代さんもそなかなかの動きでした」
泉美がそう応じると、由良と凪子は頷いた。
「ただ、ですね…」
直が切り出しながら水団汁を口にする。
「ただ、何かあったの?」
「はい、少しだけ海に寄ったんですけど、その時に敵機から機銃掃射を受けました。幸い迅移で逃げられましたが…」
直に代わって泉美がそう答えると、由良と凪子は顔を見合わせた。そして由良が少し考えるような素振りを見せてから口を開く。
「そうだったの…飛行機にもいろいろ種類があってね、2人…じゃなくて4人がやられたのは戦闘機かしらね。偵察にでも来ていたんでしょう。でもここのところ、それよりもっと大きな、とんでもない量の爆弾を積んだ飛行機、爆撃機があちこちに現れているらしいの」
「え?あれよりひどいことになるんですか?」
「あなたたちがどんな風にやられたかわからないから答えようがないけど、ただ都市を狙うような規模の編隊を組んでくるようだから…そりゃあもっとひどいことになるのでしょうね」
「私たちが襲われたのは一機だけでしたから…そうですか…」
直はふかしたジャガイモに醤油をかけ、その醤油差しを由良に手渡す。
「ありがとう。ああ、それでね、そういう爆撃機が落とす爆弾の中には不発のものがあるんだそうだ。今度それを撤去する作業に協力してほしいって軍から話があった」
「ええ!?なんですかそれ…」
「刀使は写シを張れるからね。不意の爆発にも耐えられる…適任ということなんだろう。それに合わせて爆弾を処理するための座学も行うらしい」
凪子からそう言われて、直は大きな溜息をついた。
「直さん、これも大事な任務ですよ。でも本当に…あまりいい話がありませんね」
そういって、泉美が2尾与えられている焼き鰯をかじった。今日の夕飯はこの3品で全てだ。彩に欠けるとはいえ、幸い護国刀使にはジャガイモ、サツマイモ、小麦の備蓄が多くあり、量そのものは決して少なくない。一人当たりの配給量が決まっている一般の人々から見れば十分に恵まれた食事内容であった。
「そうね…ああ、そうだ。もう皆には話をしたんんだけど、この週末に碧様が見えられるの。いろいろとお話があるから出来るだけ集まるように、ということよ」
「ふうん…何か、いいお話でもあるんでしょうかね?」
「碧様が来て下さるというだけでも十分いいお話ですけどね」
凪子の言葉に一同は頷き、それから笑った。あのお姿を拝めるというのは、確かにそれだけで楽しみというものだ。
「大変なことも多いと思うけど、あなたたちにはこれからの近衛祭祀隊を背負ってもらわないといけないんだから、しっかりね」
「後輩たちのことも頼むよ」
由良と凪子の言葉に、二人は大きな声で「はい」と返事をした。
「いやー今日はまいったまいった。疲れたなー」
五十鈴がそういって湯船で大きく背伸びをした。
「おおげさね、私たちは直先輩と泉美先輩にくっついてただけじゃない」
美千代は、手ぬぐいで長い髪を頭の上にまとめて、五十鈴の横に入る。
「いや、でも最後のはよかったって先輩たちほめてくれたじゃない」
「まあ、ね。でも私たちがやれたのはあの一匹だけだし、足を引っ張ってたのも間違いないと思うけどね」
「それは…そうですね。お二人だけで10匹以上ですもんね。ふうむ、人は、一体どこまで強くなれるものなのでしょうか」
五十鈴が顎に手を当てて、おどけた様子でそんなことをいった。美千代はくすりと笑う。4月に共に入隊した、たった一人の同期。この子はずっとこんな調子だが、この明るさは美千代にとって幾度となく救いとなった。
「そうねえーどこまで強くなれるのかしらねー」
などといい加減に答えながら、美千代は段々気分が良くなっていく。理屈抜きで、五十鈴と一緒にいるのは楽しい。かてて加えてこの湯、だ。
隊舎の風呂は銭湯ほどではないとはいえ、大きい。風呂当番になると大変ではあるし、薪を節約しなければいけないから入れる時間は制限されていたが、それでもこうして手足を伸ばしてゆっくりとお湯につかれば、一日の疲れが抜けていく。時間帯も良かったらしく湯加減もちょうどいい。徐々に、細かいことを考えるのが面倒になってくる。
「あ、美千代さん、もうちょっと真面目に答えて下さいよねー」
「何をいいよんなら。真面目に答えとるじゃろう」
突然、美千代の口調が変わった。その顔にはいつもの引き締まった表情は微塵も無く、頬を赤らめて呆けたように緩んでいる。ほとんど酔っぱらっているかのようだ。
「あ、出た出た、美千代さんの広島弁。またお風呂に酔ってますね?」
「はあ、この程度は広島弁にも入りゃあせんわ。まあ風呂には酔うとるかもしれんけどな。全くここの仕事はえらく大変なけど、食事と、この風呂はええよねえ」
「美千代さんは見た目は女っぽいのに、中身はおじさんみたいですよねえ」
「うちはおじさんに囲まれて育ったけんの」
「実家で海の男たちを雇っていたっていってましたもんねえ。お金持ちだったんですか?」
「なーんが。ぼっこうもうかりもせんのよ。野郎らからはお嬢、お嬢いわれっとたけど」
美千代はそういって両手いっぱいに湯をすくい、顔を洗う。
海の男たち、というのは正確にいうと港湾労働者のことだ。美千代の家は広島港で港湾荷役の元締めを生業としていた。気性の荒い男たちを離れの寮に住まわせ、母や他の手伝いの者と一緒に彼らの世話をしていたのだ。自然、彼らの言動が育ちに影響し、美千代はその心のうちに義理と人情、仁義と任侠の精神を宿す娘に成長した。多少、同年代の他の子供たちと違った価値観を有するようになったわけだが、それは自体は決して悪いことではない…だろう。
「見よ東条のハゲ頭~♪」
気分のいい美千代は、おじさんたちが歌っていた歌を口ずさんだ。当時よく歌われていた、愛国行進曲の替え歌だ。
「アハハハ」
五十鈴がそういって笑っていると、じゃぶじゃぶとお湯をかき分けながら色白でふっくらとした体形の先輩刀使がやってきた。
「ちょっとダメじゃない、そんなの歌ったら」
「あ、すいません、春江先輩」
「すんません」
ざばっと音を立てて二人は立ち上がり、やってきた先輩、北見春江に頭を下げた。
「ああ、そんなに気にしなくていいわよ。ここには憲兵も特高もいないんだから。ほら、浸かって浸かって」
そう春江にいわれ、2人は再び湯に浸かり、春江もまた2人に並んだ。
「二人共、本当に仲がいいのね。うらやましいな」
「それはまあ、たった二人の同期ですので」
五十鈴がそう答え、酔いが醒めたらしい美千代が続ける。
「そういえば春江先輩の代もお二人ですよね?」
春江はそれを聞いて少し口の中で言葉を転がすようにしてから、
「そう…今は、ね。最初は6人いたんだけどね…」
「あ、それって…」
「すいません、もしかして嫌なことを思い出させていましましたか…?」
「いえ、そんなことはないわよ。皆、それぞれ理由があって辞めただけだから。まあ、一人は任務中に大けがをしてしまって、それで続けられなくなったんだけど…」
「そういうことって、やっぱり多いんでしょうか…?」
「そうね…記録を見る限り、少ないとはいえないかもしれない。でも護国刀使に殉職者は出ていないから、その点ではまだいい方かもしれない」
「殉職って…死んじゃうってことですよね…」
五十鈴がぽつりとそういった。
「ええ、私たちの仕事はそれだけ危険だってこと…まあ、その分お給料はいいし、食べる物にも困らないし、悪いことばかりじゃないわよね。実のところ、うちも私の仕送りがないと生活厳しいし…」
「あ、うちもそうです。うちは下に弟が一人と妹が二人いて、結構苦しかったので、ここのお給料を見て驚いて…で、すぐに入隊を決めました!」
五十鈴はそういってまた、けらけら笑った。
「うちも似たようなものです。私が仕送りをするようになってから大分資金繰りがやりやすくなったって…」
「ふふふ、そうね、ここは生まれに関係無くそれなりの刀使の力さえあれば入隊できるから、似たり寄ったりの事情を持っている人が多いわね。まあ、千鶴先輩みたいな例外もいるんだけど」
「あ、それほんと驚きました!まさか華族様とお話できる日が来るなんて!」
「そうよね、私も驚いたわね。驚いたといえばご当主様を初めて見た時も驚いたわね」
「ええ、そうですね。私たちは4月の入隊の時にお会いしたきりですが、何てきれいな人なんだろうって…こう、後光がさしているような方ですよね…」
3人はそこで揃って溜息をついた。美への崇拝、とでもいうべきか、折神碧の姿を思い出しながら、3人はその女性特有の感性に全く支配された。
「週末に隊舎に見えられるそうだから、楽しみね」
「え、そうなんですか!?」
「ええ、いろいろとお話があるそうよ」
「そうですか、わざわざお越しになるということは重要なお話なのでしょうけど…」
「そうね、いいお話だといいんだけど…」
春江がそういってから、「うーん」といって背伸びをしたので、五十鈴と美千代もそれに倣った。それを見て春江がくすくすと笑い出したので、釣られて2人も笑った。
「すいません、遅くなりました」
「やれやれ、間に合ったー」
道場に駆けこんできた四条姉妹の姿を見て、その場の全員が胸を撫で下ろす。
「はあ、良かった。間に合ったわね。ほら、早く列に入って」
由良にそういわれ、二人は直と泉美の隣に並び、これで全員が揃った。
「どうでした、見送りの方は?」
直が小さな声で、まだ息の荒い二人に尋ねた。
「ああ…あの歳で親元を離れるっていうのはやっぱりつらいだろうねえ。泣いてる子が多かったよ」
八重の答えに、泉美が頷く。
「そうですよね。親御さんだって疎開なんて…できればさせたくないでしょうし」
「涙々のお別れでね…皆、向こうで元気にやってくれればいんだけど…」
そういう吉乃の目元は、よく見ると少し赤い。聞いていた周りの刀使たちも神妙な顔つきになった。吉乃と八重は昨年来付き合いのあった国民学校の生徒たちが地方に疎開する、というので先程まで警護を兼ねてその見送りに東京駅まで行っていたのだ。二人が子供たちに懐かれていたというのは直も聞き知っており、それだけにつらい別れだったのだろうと想像がつく。
「そうですね、姉様。私たちもあの子たちに負けないように頑張りましょう。あの子たちが帰って来る所を、しっかり守っていきましょう」
「八重…!あなたがそんな立派なことをいうようになるなんて…姉さまは、とっても嬉しいです。ううう…」
「ああもう、姉様はすぐ泣くんだから…あ、皆さん、気にしないで下さい。ってあれ、ご当主様!」
全員がその言葉で道場の入り口の方を向くと、そこには折神碧の姿があった。一度、皆の方を見てにっこりと笑って礼をする。刀使たちもそれに合わせて姿勢を正して礼をした。
碧がゆっくりとした足取りで正面に回ると、由良、千鶴、凪子の3人が真ん中を空ける。碧は一礼してそこに入り、一つ、小さな咳払いをしてから口を開く。
「皆さん、任務多忙の中お集り頂いてありがとう。本日は、二つお話があります…そうね、まずは任務のお話からです」
直はその言葉におや、と思う。任務と関係無い話が、何かあるのだろうか。
「先週、陸軍から話がありまして、11月に軍関係者同席の上で護国刀使の紅白戦を執り行うこととなりました。場所についてはまだ明かせない、とのことでしたが、実戦形式で行うということです」
全員、無駄口は発しないが、周りの者と顔を見合わせている。直も、泉美と視線を交わしていた。
「実戦形式、というのは…皆さん御刀を手に取り、写シを張って戦ってもらう、ということです」
碧が険しい表情で続けたその言葉に、さすがに動揺が広がった。
「あの、ご当主様」
「何、千鶴さん」
「その、それは公開稽古、ということではなく、本気で斬り合えと、そういうことなのですか…?」
碧はわずかの間、目を瞑ってから、
「そうです。軍はいよいよ刀使を戦場に出そうとしているようです。皆さんも、この戦が大変厳しい局面を迎えているということはおわかりかと思います。ですから…これから刀使は、荒魂だけではなく、人とも戦う…そういうことになりそうです」
碧の口調は有無をいわさぬような響きと共に、わずかに自嘲があった。ただ、その迫力に少女たちは言葉を失う。
「ごめんなさい。私の力が足りず、こんなことになってしまって…皆さんをお預かりする時、決してこんなことにはならないようにしようと神明に誓っていたのに…本当に…何といって謝ればいいのか…」
碧はそういって深く頭を下げた。その顔には、生気が無い。この一件のためにかなりの心労が溜まっているのかもしれない。一瞬、言葉を失っていた刀使たちであったが、
「お、おやめになって下さいご当主様!私たちは、そんな…」
由良がそういい、全員を見回す。
「皆、そういうことみたい…。私たちは軍人ではないけど、これからそういうことを…させられるのかもしれない」
由良はそこで大きく溜息をついて、続けた。
「ここからは、私がご当主様に代わってお話をさせて頂きます。あの、よろしいでしょうか?」
折神碧は青白い顔のまま、無言で頷いた。
「はい…実は、私はこれから話すお話を少し前に碧様から伺っていました。それで、先に少し準備をさせてもらっています」
「準備って…何の…?」
千鶴の言葉に、由良は力なく笑う。
「近衛祭祀隊を退職したいという希望があれば、私が間違いなく手続きをします。こんなんの、最初の話とは違うものね。だから、きちんと退職金もでるし、その後の身の振り方、勤め先についてもいくつか用意をしています。だから、一度よく考えてみてほしいの。あまり時間は無いんだけど、ご家族の方たちともお話をしてみて下さい」
「あの、二つ目のお話っていうのは、これのことなんですか?」
直が手を挙げてそういった。
「ええ…そうよ」
「そうですか…あの、つまり、このままだと私たちは人殺しをするかもしれないって、そういうことなんですよね?」
直の率直な質問に、さすがに周りがざわつく。由良が答えようとするのを手で制して、碧が直の方を向いた。
「そういうことです。いざ戦場にでてしまえば、こちらからはどうすることもできません。生きて帰るためには、敵を…人を殺すしかない、そういうこともあるでしょう」
「…わかりました」
直はふーっと大きく息をつく。全く大変なことになったものだ。
「由良先輩、あまり時間が無いといっていましたが、その辞める辞めないの結論はいつまでに?」
凪子もまた、率直な質問をした。
「ああ、そうね。できれば先程ご当主様がおっしゃられていた模擬戦の前、だから正確にはわからないけど来月中に、ということになるかしら」
「来月中、ですか…」
凪子はそういって腕組みをした。その横では、千鶴がさっきからずっとすごい形相で由良を睨んでいた。
「あの、千鶴さん、何かおっしゃりたいことでもおありで?」
由良がおそるおそるそう尋ねると、
「あなたねえ、何でそんなことを私に相談も無く進めているのよ!」
今にも噛みつかんばかりの勢いでそう、答えた。
「え、それは、その…」
「どうせあなたのことだから余計な心配をさせたくないとか勝手に気を回したんでしょうけどね、これでも私は華族なのよ?そういう話なら紹介できる仕事の一つや二つあるんだから!」
「ふえ、ごめん。でもそんなに怒らなくても…」
「怒るわよ!こんな大事な話を一人で抱え込んでいたなんて…」
「いえ、碧様と考えていたから別に一人っていうわけじゃないんだけど、ああ、あのわかってる。ごめんというか、ありがとう。ほんとに、そんな風に思ってくれて…」
碧が、そんな由良の肩に手を置いた。
「千鶴さん、ごめんなさいね。確かに、あなたにも…いえ、皆にも最初から相談するべきでした。そうすればもっといい知恵が出たかもしれないのに…」
「あ、いえ、それは…上の判断にまで口を出すつもりはありませんので…って、碧様!」
由良の肩に手を置いたまま、碧の膝が不意に折れた。もう片方の手で口元をおさえ、苦しそうな声を出している。
「碧様!」
刀使たちが一斉に駆け寄るのを、
「待って!」
由良が制して、碧と同じようにしゃがんでその様子を見る。
「千鶴、ちょっと!」
呼ばれた千鶴が駆け寄って同じくその場にしゃがみ、小声で碧と話をする。次第にその目と口が大きく開いていく。
「ねえ、千鶴、これってやっぱり…?」
「ええ、多分…」
二人はそういって頷き、碧を両側から支えながら立ち上がる。
「よし、皆、碧様を部屋にお運びします。何人かこっちに来て。後は一階の開いている部屋の準備をお願い」
「ああ、それとお医者様の手配を!」
由良と千鶴の言葉に、刀使たちは「はい」と大きな声で返事をして散っていく。直と泉美は由良の方に残った。
「あの、ご当主様、大丈夫なんですか?」
「ええ、多分ね…うん、そういえば泉美さんいってたわね、最近いい話がないって」
「え?あ、はい…」
「久し振りに、いい話…かもしれないわよ」
そういって由良が笑うのを見て、泉美をはじめその場の刀使数人が弾かれたように口元を押さえた。
「え、まさか…!」
「え?まさかって何?え?泉美さん!」
直の問い掛けには誰も答えず、皆で抱えるようにして碧を寝台のある部屋まで運ぶ。
しばらくしてやって来た医者の診断によれば、碧は妊娠三ヶ月、ということであった。
東京都王子区、現在でいう北区の一角には広大な軍用地があった。陸軍被服本廠をはじめ様々な施設が立ち並ぶその一帯を貸し切って、10月のある日、護国刀使の紅白戦が行われていた。
正午から開始されたその模擬戦に参加した刀使は全部で30人で、15対15に分かれての集団戦となった。一応ルールとして定められたのは2点のみ、
・写シを剥がされたら退場
・紅白どちらかの最後の一人が倒された時点で終了
ということであった。いわゆる殲滅戦形式がとられた上、身を隠す場所が多いということもあって、戦闘は長引いていた。
「最初の斬り合いで半分以上退場になりましたけど、それからもう一時間以上、ですか。なかなか動きがありませんね」
直は、隣に座る凪子にそう声をかけた。
「そうね、やはり乱戦は犠牲が大き過ぎるから…お互いに慎重にならざるを得ない、といったところでしょう。それにしてもこれだけ長時間写シを張り続けるのはさすがにきついでしょうね…」
「ほう、あの写シというのは制限時間があるのかね?」
「いえ、そういうわけではありませんが、精神力を消耗するといいますか…まあ、通常あまり長い時間張り続けることが無いものです」
中年軍人の問いに、凪子が答えた。
「しかし、本当に斬られても無傷とはな。しかもあの速さ…全く、刀使はまさに神の使いだな!」
革張りのソファにふんぞり返った丸眼鏡の軍人が興奮気味にそういうと、周囲の軍人たちも賛同する。直と凪子は複雑な思いでそれを受け止めた。
二人は、この戦闘に参加していない。戦場に定められた区域にある建物の3階の窓から、仲間達の戦いを観戦していた。本来この場にいるべきであった折神碧の代理、という立場であった。
「あーあ、何で私がこんな所に…」
直が、隣の凪子だけに聞こえるよう、ボソリと呟いた。
「私たち二人をここに配置したのは由良先輩だ。文句があるなら直接いってくれ」
それを聞き、直はさらに大きな溜息をつく。全く、どういう考えがあるのかはわからないが、由良は二人を実戦から外して軍人たちへの解説役に回した。直自身はむしろ紅白戦に参加したいと思っていたのでかなり不服があったが、命令とあれば致し方ない。
「多分、由良先輩は直に戦場を俯瞰して見てほしいとでも思ったんだろう。これから戦闘の指揮をすることもあるだろうから」
「そういうことなら泉美さんの方が向いてると思うんですけど…」
「ぶつくさいってないでよく見る!ほら、動きが出て来た」
下を見ると、確かにしばらく膠着していた紅白両陣営に動きが出て来た。おそらく、これ以上の長期戦は不利だと双方が考えたのだろう。軍人たちも窓際に寄って来た。
「ほう、またあの刀使が斬り込んできたな。お、一人やったか」
赤い鉢巻をなびかせた泉美が突出して、一人斬った。これで紅白共に残り4人だ。その泉美の前に、白組の大将である由良が駆けて来た。初太刀を泉美が受け止め、そのまま二人は二合、三合と切り結ぶ。紅組の千鶴を先頭にした3人が横から由良を狙って来たが、すかさずそこへ白組の春江が単身で割って入り、残る二人がすぐに追いついて千鶴を狙う。一対一と三対三の戦いになってきた。
「いや、何という速さだ。とても目で追えるものではないな」
「しかも、一人一人が戦闘に使う面積が広い。一般の歩兵とは比べ物にならない制圧力を誇るぞ…!」
直は、なるべく軍人のおじさんたちのいうことを聞かないようにしていた。しかし、さすがに残っているのは実力者ばかりで、その戦いを見ていればおじさんたちが感心するのもわかる話だった。
三体三の戦いは白組が春江を残してやられてしまったものの、その後春江が奮戦して千鶴をあと一歩というところまで追いめた。が、泉美が由良の隙をついて救援に周り、千鶴と二人で挟み打ちにして春江を斬った。直後、
「おお、さすが泉美さんって、後ろ!」
「直、少し声を抑えなさい…」
追いついてきた由良が泉美の背を取り、斬り伏せた。これで残るは由良と千鶴だけになる。
「ほう、護国刀使は若年者が多い印象があるが、あの二人は成人かな?」
「二人共21になりますかね。確かに護国刀使の中では最年長です。まあ、刀使はより若い方が御刀の力を引き出せる、というのですが…実戦となれば経験の差は出るでしょう」
「なるほどな…しかし、紅組の方は大分息が上がっているようだが?」
凪子と直は苦笑いを浮かべた。千鶴は道場より厨房にいる方が長い刀使だ。さすがにこれは勝負あったか、と思われる。
その時、部屋の電話がけたたましく鳴り響く。あの丸眼鏡の将校がすかさずそれを取った。
「ああ、そうだ。今からでも構わんぞ」
大きな声で慌ただしくしゃべり、何やら笑い声を立ててから、受話器を置いた。それからすぐ、直と凪子の方へ歩いてきた。
「お二人共、実はこの演習に参加したいという部隊がいてな。これから参加させても構わんかね?」
「は?どういうことでしょう?今回は護国刀使の紅白戦と聞いておりましたが…?」
凪子が不審の眼を向ける。直も同じく、妙なことをいうな、と思う。
「お、もうご到着のようだぞ。護国刀使の残存戦力では不利だろう。ほら、君たちも行って戦いたまえ!」
凪子と直が振り返ると、護国刀使とはまた異なる灰色の制服に身を包んだ一本差しの少女たちの姿があった。全部で20名ほどが、由良と千鶴の方へ向かっている。
「あれって…刀使ですか!?」
驚く直の言葉に、凪子は何かに勘づいたかのように、険しい表情を作った。
「さあ、千鶴さん、もう降参なさい。そんなに息を切らせて」
「そうですね……でも、まだわかりませんよ。捨て身の攻撃だってあるんですからね」
「なら、先手必勝!」
そういって由良が斬りかかると、不意に千鶴の写シが切れた。
「あれ、あ、待って!降参!降参します!」
由良はたたらを踏んで止まる。
「あっぶないな…ほら、いわんこっちゃない」
「いや、こんなに長い間写シを張り続けても平気なんてあなたの方がどうかしているのよ。
さてと…ごめんなさいね、紅組の皆!負けてしまいました!」
あちこちで静かな笑い声が起こり、退場していた者たちも集まろうとしていたその時、
「あれ、何ですか?」
泉美がそういって指す庁舎の陰から、少女たちの集団が迫っていた。
「何って…あの恰好、刀使っていうこと…?」
凪子の言葉を裏付けるように、その刀使らしき少女たちは、腰の刀を抜き、身体を淡く光らせて迫って来た。
「写シを張った…?…全員、一応抜刀して待機!まだ写シが張れる人は前に!」
由良がそう言い終わるのと同時に、灰色の刀使たちの先頭が斬りかかって来た。すかさず泉美が前に出てその胴を切り払う。灰色の刀使の写シはあっけなく切れ、仲間の方へ吹き飛びながら倒れた。それを見た灰色の集団は足を止め、すぐに距離をとって3人ずつが固まって紡錘の陣、とでもいうのか、中央が突出した並びをとった。
「ちょっとあなたたち!どこの刀使!どういうつもりなの!」
由良が泉美の横に出てそういったが、灰色の刀使たちからの返事は無い。
「問答無用ということでしょうか…この人たち、本当に刀使…なんですか?」
泉美は困惑した様子でそんなことをいった。そこで、由良には一つ、思い出せることがあった。
『美濃関の刀工たちに『御刀』を打たせている』鷹司京が、そんなことをいっていた。
今倒れた刀使が取り落とした御刀、そして前に立つ刀使らしき少女たちの持つ御刀…それらは、長さ、反りの形、そして柄の拵えまで全てが同じだった。
「吉乃!いる?」
声をかけると、後ろの方から四条姉妹がやって来る。
「はい、ここに」
「あれ、全部同じ御刀みたい」
そう、短くいうと吉乃は口を丸めてのけぞるような恰好をした。
「これは驚きました。あの御刀もどきですか…!あれを使ってここまで部隊を編成してくるとは…あの方たちは本気のようですね」
「ええ…私たちを使って仕上がり具合を試験しようってことかしらね。千鶴、写シを張れるのは何人いる?」
「20人ってところね、全く皆、大したものだわ。私は退がらせてもらうけど、いい?」
「ええ、後ろの皆をよろしく。それじゃ、行くわ…」
と、由良が最後まで言い終わらないうちに、複数の、何か破裂したような音が響いた。ほぼ、本能のような動きで構えた御刀の刀身が、銃弾を受け止めていた。陣形をとっている灰色の刀使たちの隙間、その先に、射撃体勢のままでいる兵士たちの姿が見えた。構えた銃の口からは、細い煙の筋が伸びている。
「ちょっと何、どういうこと…!」
さっと両脇を見回すと何人かの仲間たちが銃で撃たれ、写シをはがされている。考える間もなく次の銃声が響き、同時に灰色の刀使たちが襲い掛かってきた。
「な…!あれはどういうことですか!」
凪子が丸眼鏡の将校に詰め寄った。
「だから君たちも早く行ったほうがいいといったのだよ。あれはな、我々が考案している刀使と軍の混成部隊だ。前衛の刀使が斬り込みと防御を行い、後方の狙撃部隊が援護をするという二段構えの布陣だ」
「そんなことを聞いているのではありません!あなたたちは、ここで私たちに本気で殺し合いをさせる気ですか!」
「何、使っているのは演習弾だ。致命傷になることは無い。だが、写シとやらをはがすには十分のようだな」
「な…正気ですか…!」
凪子が絶句する。その様子に、丸眼鏡の将校は激昂した。
「何を下らぬことに拘泥しておるか!全てはお国のため、刀使が真に戦力となるかを測るためだろうがっ!調書によれば貴様ら二人は護国刀使トップの実力なのだろう!能書きを垂れる前にさっさと行って、その力を見せてみろ!」
その剣幕に一瞬呆気にとられたものの、すぐに凪子はその軍人をせせら笑うかのように、鼻を鳴らした。
「ではその力、今、ここでお見せしましょうか?」
「何ぃ…?」
周囲の軍人たちが色をなし、凪子の手が柄に回るが、直が手を重ねて首を左右に振る。
「直…!」
「行きましょう凪子先輩。この人たちに何を話しても、無駄です」
その言葉に凪子は柄に伸びた手を放す。この人たちは、自分たちを人として見ていない。ただの兵器か何かとしか見ていない。直にはそう思えた。二人は、睨みを利かせる軍人たちの間を抜けて、部屋を出た。
階下に降りて見ると、写シを張っている仲間はさらに減っていた。前線を泉美と由良が支えているが、その動きは精彩を欠いているように見える。
「みんな、動きが鈍い…」
「それはそうだ。疲れが溜まっている上に銃弾が飛んで来ることも考えて戦わなければならないんだから…直、敵がどんな風に攻撃して来たか、見ていたか?」
「ええっと…三人一組で動いていたように見えましたけど…」
「そうだ。動きを見るに一人一人の力は私たちには及ばないのだろう。それがわかれば」
二人はそこで抜刀し、写シを張った。
「戦う術はある。私は由良先輩に合流する。直は泉美に」
「わかりました!」
二人は迅移をかけて一気に最前線へと躍り出る。
「敵は三人一組でかかってきている!こちらは背中を合わせて二人一組になるんだ!」
気迫の剣で灰色の刀使たちを押し返し、由良の脇に立った凪子の声が、稲妻のように戦場に響く。
「あら凪子さん、いらっしゃい」
「すいません、遅くなりました」
「あなたたちは秘密兵器にしておくつもりだったんだけど…」
「秘密兵器ですか…いいですね。私たちが彼らの手に負えるような兵器でないことをしっかり見せてやりましょう」
「ふふ、怖い人ねえ。ほんと」
そういって、由良と凪子が背中合わせになって構えると、残っていた護国刀使たちはすかさず全員、それに倣った。四条吉乃と八重、北見春江と篠原五十鈴、穂高美千代は3人組、そして、
「あら、ようやく真打登場ってところかしら?」
「へへ、私と泉美さんが組めば無敵です。行きますよ!」
来栖直と沢泉美、4組の護国刀使が一気呵成に反撃に出た。
「敵は単体では敵わないから三人一組でこちらを狙っている。二人で相手をすれば負けることはない!二人の眼で全方位を見るんだ!そうすれば銃弾も必ず見える!」
凪子の声に、全員が「はい!」と答える。
二人一組での動きは円を描く舞いのようだった。流れるように攻守を入れ替え、戦力差をものともせずに少しずつ、灰色の刀使たちを討ち取っていく。しかし、やはり狙撃が厄介であった。直撃は無いにしろ動きを制限させられる。そこで、敵に体勢を立て直す暇を与えてしまうのだ。
「うーん、泉美さん、引き金の音って拾えますか?」
「あ…!なるほど、やってみます!」
迫って来る一人目を直、二人目を泉美が受け流す。三人目の攻撃が直の足元を払いにくるが、それを跳んでかわした、その時、
「直さん、来ます!」
次いで響いた銃声より早く、泉美の御刀が振るわれ、直の足元に真っ二つになった銃弾が転がった。着地を狙われたのだ。
「うわ、危なかった…!泉美さん、ありがとう!」
「ええ、引き金の音、聞こえましたよ。これで完全に銃に対応が出来ます。私は少し前に出てみんなを護ります」
「いいですね、それなら思いっきり戦えますよ!」
直と泉美の剣筋に余裕が生まれる。こうなればもう、付け焼刃の刀使たちなど敵ではなかった。あっという間に目の前の二人は斬り伏せられる。泉美にいたっては他の護国刀使たちを狙った銃弾も次々に叩き落としている。
「ねえ、あなたたち、何で私たちと戦ってるの?」
残る一人の剣を軽くあしらいながら直はそう、問うた。相手は一瞬驚いたような表情を浮かべてから、
「何を今更、全ては…お国のため、です!」
そういって上段から大きく振りかぶって来た。直は瞬時に身をかがめて懐に入ると同時に、頭上に見える相手の両腕を斬り払った。
「うあっ!」
灰色の刀使はそう叫んで御刀を落とし、突っ伏した。同時に写シが切れる。激痛に顔を歪ませているその姿を見下ろして、
「お国のため、お国のためって…」
そう呟きながら、上野動物園でのことを思い出していた。
「それって、自分で考えることを止めてるだけなんじゃないかな」
そう言い残して、仲間達の援護に向かった。
護国刀使たちが灰色の刀使たちを全て倒し、後方に配置していた狙撃兵たちに刃を向けると、彼らは銃を置いて両手を上げた。観戦中の軍人たちは、皆、我が目を疑っている。
「何だこの有様は?奴らの前には銃も無力だというのか?まるで歯が立たんとは…我らの部隊が弱いのか、それとも護国刀使が規格外なのか…どういうことか説明してもらおうか、折神香織殿」
丸眼鏡の将校は、戦闘が終わった眼下の様子を眺めたまま、振り返りもせずにガラスに写った女にそう尋ねた。そこには、行方をくらませていたはずの折神家の片割れ、折神香織が相変わらずの微笑を湛えて立っていた。彼女は、
「護国刀使は全国の刀使から選りすぐられた精鋭部隊です。残念ながら今の彼女たちでは手に負えないでしょう」
そう、特に動じた様子も無く、答えた。
「何…?わかっていたことだ、とでもいうつもりか?」
「あら、そんなに怖い顔をなさらないで下さい、辻野作戦班長。まあ、おっしゃる通りなのですけど…これで終わりではありませんよ?」
辻野、と呼ばれた丸眼鏡の将校は、怪訝な顔を香織に向ける。
「狙撃兵の方々を退かせて下さい。巻き添えを食いますよ」
「何だと?」
「我々の本命はここからです。しかと、ご覧あれ」
笑顔を崩す事のない香織の様子に半ば気圧されて、辻野は兵たちを撤退させるよう、命を下した。
伝令の兵士は狙撃兵たちと灰色の刀使たちに退却を命じたが、まだ戦える護国刀使はその場に残るよう命じられた。
「まだ続けるつもりなんですかね?まあ、私と凪子先輩は行けますけど…」
「直先輩、私たちもまだやれます!」
直の言葉に五十鈴が応じる。頼もしい後輩たちの声を聞きながら、由良は苦笑した。
「はは…でも本当に、どういうつもりなのかしらね?」
「直のいう通り、私はまだまだ動けますが…そもそも護国刀使は陸軍の命令系統には属していません。これ以上付き合う必要は無いと思いますが?」
「そうね、でも…そうもいっていられないみたいよ」
伝令の兵士と入れ替わりに建物から全部で10人の刀使と思しき少女たちが出て来た。そしてその先頭には、この場の護国刀使の何人かは嫌でも忘れることのできない顔があった。
「久しいな、護国刀使の皆」
他の刀使と同じく灰色の制服に身を包んだ鷹司京、その人であった。