相変わらず1人だけ世界観が狂っているが気にしてはいけない。
雷門がイプシロンとの激戦を制し京都の地を後にした頃、遠く離れた名も無き無人島で、豪炎寺修也は一人思い悩んでいた。
「どうするかな……」
初日こそ無理が祟って餓死仕掛けるというアクシデントがあったものの、それ以降は特に問題なく特訓漬けの生活を送っていた豪炎寺。
身体能力の伸びも実感できており、自分の判断に間違いはなかったのだという確信を持つことができていた。しかし、ここにきて豪炎寺の考えに誤算が生じていた。
「結局……無人島って言ってもこんなものか」
単純に言ってしまえば、豪炎寺はこの無人島の生活に極僅かな時間で適応し切ってしまっていた。
今でこそ、この島は人の住んでいない無人島であるが、かつては人が住んでいたこともある。それは即ち、人が住めるだけの資源が存在するということに他ならない。湧き水の位置や食べることができる木の実や果物の選定が済んでしまえば、水分や最低限の食料は確保できる。海に潜れば魚を獲ることもできるし、火を起こすのは豪炎寺にとっては朝飯前であるから、夜を越すのもそう難しいことではない。島に生息している野生動物達は既に豪炎寺との力関係を理解してしまっている為、襲ってくることもない。
そして、こうなってしまえばこれは無人島での過酷なサバイバル生活ではなく、少し自分でしなければならないことが多いだけの日常と化す。
厳しい状況に己を追い込む為にわざわざ無人島くんだりまでやって来た豪炎寺にとって、これは割と致命的なことであった。
イナズマイレブンGOの時代の様に特訓施設でもあれば話は変わったかもしれないが、今の時代に当然そんな物は無い。
「これなら鬼道相手に特訓してた方が良かったか?いや、でもそれはそれでなぁ……」
鬼道ならば豪炎寺にとっての練習相手として何の不足もない。何度か鬼道の気の昂りを感じたこともあり、やはりチームに残っていた方が良かったのではないかという考えが顔を出す。しかし、エイリア学園との戦いの中で纏まった特訓の時間が取れるのかという疑問もあり、じっくりと腰を落ち着かせて特訓に集中できるこの場所がやはり最適解だという結論に至る。
更に言うなら、無人島での特訓によって身体能力は間違いなく向上している豪炎寺だが、その一方で気のコントロールに関しては殆ど進展がない。辛うじて炎の分身の指先程度は動かせるようになったものの、必殺技を打つにはまだまだ先は長い。
「鬼道と特訓したところでどうにもならなそうだし、こういうのは円堂の得意分野だからなぁ……」
実際には豪炎寺よりは鬼道の方が気のコントロールに関してはマシなのだが、まあ殆どどんぐりの背比べの様なものなので豪炎寺の認識もあながち間違いではない。かといって円堂の変なところで理屈臭い説明で、感覚派の極地と言って過言ではない豪炎寺が理解できるかはそれはそれで怪しい。
「やっぱりあいつを頼るか。………それに、どうせなら徹底的に自分を追い込んでみよう。何か見えるものがあるかもしれない」
「という訳で、シュウ。俺と戦ってくれ」
「何がという訳で、なのか全く分からないんだが?」
豪炎寺の唐突な願い出に訳が分からない、といった様子のシュウ。いつも通り特訓に付き合わされるのかと辟易していたところにこの言葉を聞けば無理もない。
「一度やれるところまで自分を追い込んでみたいんだ。お前しか頼れる奴が居ないんだよ。頼む!」
「………戦うと言ってもどうすればいいんだ。言っておくが、僕は君の為に命を掛けるつもりはないよ」
亡霊であるシュウがこんなことを言うのもおかしな話ではあるが、普段の豪炎寺を見ていればまともにやり合えば一方的にボコボコにされるのが目に見えている。ちなみに断っても了承するまで追い掛けられるのは分かっている為、それは諦めている。
「大丈夫だ。俺は今、限界まで気を消耗し切っている。いつも程の力は出せないし、俺からは攻撃もしないって約束する」
豪炎寺のその言葉にシュウが訝しげな表情を浮かべる。この男が何をすればそこまで消耗できるのか、疑問が尽きない。それを察したのか、豪炎寺も隠すことなく自分の行いを口にする。
「海の中で炎を出し続ける特訓してたら消耗が激しくてな。何か水温が上がったからか魚とかが大量に浮いて来て焦ったけど、今日の晩飯にするさ」
「何やってるんだ君は!?生態系が乱れるからやめろ!!」
この島を守っているシュウとしては、島周辺の生態系についても気にするべき事柄のひとつである。知らぬ所でそれを乱されていたとあっては流石に怒る。
「わ、悪かったよ。でも、他に都合良く消耗できる方法が思いつかなかったんだから仕方ないだろ?ほら、俺を懲らしめるっていう建前もできたことだし、戦おうぜ?な?」
「建前という言葉を君が使ったら意味無いだろう………。はあ、分かったよ。やるならさっさと終わらせよう」
「ほ、本当か?やってくれるのか!?」
わたわたと言い訳をしていた豪炎寺であったが、シュウの了承の言葉に瞳を輝かせる。
「やらなきゃ納得しないだろう。ここだと狭いからもう少し開けた所に場所を移そう」
「あっ、待ってくれ、シュウ!」
「今度は何───」
移動しようとしたシュウが豪炎寺の呼び止めに振り返り、豪炎寺が浮かべた何時になく真剣な表情に思わず息を呑む。
「絶対に手は抜かないでくれよ。遠慮無く化身も使え」
「……君はかなり消耗してるんだろ?危険だと思うけど」
「怪我をするくらい何でもないさ。というより、それくらいじゃあ足りない。どうせなら殺すつもりでやってくれ」
「この程度のことで豪炎寺修也が死んでしまうなら、俺は所詮その程度の器だったってことだ」
普段は物静かな無人島に、断続的な轟音と咆哮が響き渡る。シュウの化身である〈暗黒神ダークエクソダス〉が己の武器である斧を縦横無尽に振り回し、破壊を振りまく。その一振り、一撃が大地を抉り、木々を薙ぎ倒し、大気を震わせる。
そんな破壊の嵐の真っ只中で、今尚形を保ち続ける人間が1人。
「おおおおおおッ!!」
頭上から振り下ろされる戦斧の刃に豪炎寺が気を纏わせた両手を添えて受け流す。少しでもタイミングがズレれば諸に斬撃を食らう神業を当たり前の様に成功させ、斧は豪炎寺の体を捉えることなく大地へと向かい盛大に土煙を巻き上げる。
「──ッ!!」
しかし、受け流したはずの豪炎寺も無傷という訳ではない。直撃こそ避けたものの、斬撃の風圧によって皮膚が裂け、腕から鮮血が舞う。
いや、よく見れば血を流しているのは腕だけではなく、ここまでの攻防の中で幾度と無くダークエクソダスの攻撃を往なし続けてきた豪炎寺の全身は傷だらけで、見に纏っているユニフォームにも血が滲んでいる。
普段の豪炎寺ならばこの様な状況にはなり得ない。ダークエクソダスの斬撃によって生じる風圧など、その身に纏う膨大な気によって無条件で体に届くことすらないだろう。だが、必要最低限まで気を落としている今の豪炎寺にそんな防御力は望めない。
────くそッ!想像以上にきつい!もう少し気を残しておくべきだったか!?
豪炎寺はシュウに海の中で炎を出し続けて消耗したと説明したが、当然ながらそれだけで短時間で豪炎寺の莫大な気を使い尽くせるはずもない。実際には炎の分身を動かす特訓を行い消耗し、それが回復し切れていないまま、連日同じことを繰り返し更に消耗していくという悪循環に陥っていたことが大きいのだが、そんな自分の行動を既に豪炎寺は後悔し始めていた。
「うお!?危ねッ!!」
雑念が混じった隙を逃さず今度は横からの薙ぎ払い。咄嗟に屈んで躱し、間髪入れずにダークエクソダスが発したオーラに吹き飛ばされる直前に自ら後方へ飛び、距離を取る。
────余計なことを考える余裕はない!今は集中を切らすな!走り続けろ!
風圧だけでダメージを負うのなら、まともに食らえばどうなるかは想像に難く無い。現在の豪炎寺の気の量では迎撃することも不可能。故にできることはなるべく大きく回避することだけであり、自分からは攻撃しないと言った手前それを破る気にはなれず、されど逃げてしまえば特訓にならなくなる。どうしてもある程度までしか距離は取れず、それが更に豪炎寺の体力を消耗させる要因となっていた。
しかし、そんな戦況にも次第に変化が訪れ始める。ダークエクソダスの斬撃による負傷は増え続けているが、徐々に豪炎寺が斬撃の軌道を見切り始めた。自分がどう動けばどんな攻撃が飛んでくるのか、どう避けるのが次の行動に繋げる為に最も適しているのか、斬撃の風圧がどの程度の範囲なのか。それらを無意識に、理性ではなく本能で学習し即座に生かす。
攻撃を躱しながらもシュウを森の中へと誘導し、地面に落ちている小石や木の枝など、あらゆる物を囮に使いながら、地面だけではなく周りの木々も足場にした三次元的な動きでシュウを翻弄する。
────もっとだ!もっと速く!!
未だかつて無い程に効率良く体中の気を循環させ、身体能力を強化して動き続ける豪炎寺。その頭からは無駄な思考が削ぎ落とされ、純化した意識が次に取るべき最適解を叩き出す。
自分が頭で考えるよりも先に、体が動く。シュウとダークエクソダスの次の動きが視覚化され、容易く避けれる。何時になく鮮明に自分の気を感じ、思うがままにコントロールできる。豪炎寺の意識が、全能感によって満たされていく。
スポーツの世界において広く知られる極限の集中状態───ゾーンへと突入した豪炎寺は、それと同時に自らが定めた制約すらも忘れ去った。
「!?」
ダークエクソダスが横薙ぎの斬撃を繰り出した次の瞬間、シュウは初めて豪炎寺の姿を完全に見失った。だが、それは一瞬のこと。素早く視線を巡らし、豪炎寺を見つける。
振り抜かれた斧の上に立ち、居合いの構えの如く、右手を腰に添えて身を捻った豪炎寺の姿を。
「───」
それを見た瞬間、シュウの頭の中で大音量で警報が掻き鳴らされる。このままでは不味い、そんな根拠のない直感に従い全力で身を捻り、それとほぼ同時に豪炎寺の右手が振り抜かれる。
微量の気を纏わせた右手が大気を巻き込み、真空の刃を生み出す。目に見えぬ刃は先程までシュウの体があった場所を通過し、背後の木を倒すまではいかずとも確かな傷跡を刻む。
それを見たシュウは躱せなければどうなっていたかを考えゾッとする。自分からは攻撃しないとは何だったのかと文句を言おうとし───目を離した一瞬の隙に迫って来ている豪炎寺の姿を目にして驚愕する。
「なっ!?」
咄嗟にダークエクソダスの斧を振るい、それを受けた豪炎寺の姿が掻き消える。否、正確には、ダークエクソダスが斬撃を放った僅か後方に豪炎寺の姿はあった。気に一切頼ることなく、体捌きのみで残像を生み出し、彼我の距離を誤認させる。普段ならば難しい身体操作の極地を、今の豪炎寺は容易くやってのける。
シュウの間合いの内側に踏み込んだ豪炎寺はシュウの体に向かって掌打を打ち込むが、シュウもただではそれを食らわない。腕を差し込みガードしつつ後方へと飛び衝撃を逃がそうとして────
「がっ!?」
豪炎寺の放った掌打がシュウの体に届くよりも早く、想像以上の衝撃を受けてシュウの体が宙を舞う。
豪炎寺が放ったのはただの掌打ではない。自らの気を筒状に空気中に形成し、それを通して掌打を放つことによって擬似的な空気砲を実現したのだ。あくまでも攻撃に用いるのは元々大気中に存在している空気であり、それによって気の消費を最低限に抑えながらも高い威力の攻撃を放つことに成功した。
予想外のダメージを負ったシュウだが、体勢を崩しながらも何とか倒れ込むことなく着地に成功する。だが、自分に追撃を仕掛けるべく距離を詰める豪炎寺の姿に、シュウは冷静ではいられなかった。
先の豪炎寺の攻撃には一切の躊躇が存在しなかった。どちらも少しでも反応が遅れていたら、致命傷になっていた可能性すら有り得るものだ。
「───ッ」
シュウという存在は、かつてこの島に住んでいた少年の亡霊だ。一度は死を経験してはいるが、あくまでもそれは元々住んでいた村を追放された末に野垂れ死んだだけであり、何か外的な要因によって死に至った訳ではない。狩りなどは勿論命懸けではあるが、ここまで死の可能性を身近に感じたことはない。その恐怖が、シュウの精神を蝕んでいた。
「あああああぁぁッ!!」
感情の昂りと共に吹き上がったオーラで豪炎寺を吹き飛ばし、今まで確かな理を持って振るわれていたダークエクソダスの斬撃が、滅茶苦茶な軌道を描く。
────これは、動きが……!!
ここまでの戦いの中でシュウの動きを分析し、高精度の先読みを実現していた豪炎寺にとって、半狂乱に陥ったシュウが放つ無秩序な攻撃は、今までのものとは比べ物にならない程に対応しにくいものへと変貌していた。
振り下ろされる一撃目を躱し、二撃目の横薙ぎの一閃を掻い潜り、返しの三撃目も何とか受け流すが、ここで足を滑らせ大きく体勢を崩してしまう。そこに容赦無く振り下ろされる四撃目。
「くっ……!?」
無理な体勢ながらも攻撃を受け流そうとした豪炎寺だったが、体勢が崩れているが故に足元の踏ん張りが効かず、タイミングも僅かにズレてしまっていた。
その結果、攻撃を受け流す為に刃の側面に触れていた右手の指が骨が砕ける音と共にあらぬ方向に折れ曲がる。更には軌道を逸らし損ねた刃が右肩口を捉えその肉を抉り飛ばす。そのまま振り下ろされた斧が巻き上げる土煙と共に血飛沫が飛ぶ。
「─────ッ!!」
今までに感じたことのない激痛に、豪炎寺が苦悶の表情を浮かべる。集中が途切れて足が止まってしまう。だが、このまま痛みに悶えている余裕などない。豪炎寺はダークエクソダスが再び攻撃体勢に入っていることに気づいていた。
────この気の動き……今度は横からか。………よし、今……ッ!?
シュウの気を感じ取り、次の攻撃を予測した豪炎寺だったが、タイミングを図り回避行動に移ろうとして、眼前に迫り来る壁に目を見開く。
────躱……せない……!!せめて防御を……!!
巨大な斧の刃の側面で殴りつける。本来の用途ではないその使い方では、当然何かを切り裂くといったことはできない。だが、もはや巨大な鈍器と化していると言っても過言ではないその使い方は、今の豪炎寺に致命傷を与えるには十分過ぎる威力を持っていた。
豪炎寺も咄嗟に腕を交差し、防御体勢を取っていたものの、そんなものでは焼け石に水。ダークエクソダスの斧が豪炎寺を捉え、その衝撃に防御に使った両腕の骨が粉々に砕け、それでも尚殺し切れない衝撃が豪炎寺の全身を貫く。
そのまま勢いを殺さずダークエクソダスが斧をアッパースイングの如く振り抜き、豪炎寺の体は天高く打ち上げられた。
「────う……ごほッ!?」
喉元から何かがせり上がってくる気持ち悪い感覚に、途切れていた意識が強制的に引き戻される。視界に映る赤色に、自分が今吐き出したものが血であることを理解すると同時に、今の状況を思い出す。
ダークエクソダスに吹っ飛ばされた俺は、どうやら随分な高さまで到達しているらしい。この高さから下手な落ち方をしたら、今の状態では怪我どころでは済まないだろう。それを考えれば、空中で意識が戻ったのはかなり運が良いと言える。
────しかし、良い一撃を貰ったな。マジで死ぬかと思った……。
防御が間に合っていなかったらと思うと恐ろしい。まあ、その防御に使った腕はボロボロで感覚が無いし、吐血したということは体の内側にも何かしらのダメージがあるかもしれないが、今は生き残れたことに感謝するべきだろう。
────ん?
そんな風に思っていた俺だったが、地上から激しい気の高ぶりを感じて、何とか視線を下に向ける。そこには、膨大な気を斧に纏わせ振りかぶるダークエクソダスの姿があった。
────おいおいおい!!まさかあれぶっ放すつもりか!?
構えは違えど、あの気の高ぶりから考えてあれはダークエクソダスの化身技である〈魔王の斧〉に違いない。空中では身動きが取りづらいし、そもそも今の状態ではあれを迎撃する力もない。正直まともに食らったら本気で死ぬと思う。
「待っ───!!」
待ってくれ、そう叫ぼうとしたが、言葉にならずに噎せてしまう。そういえば、今まで集中するあまりにきちんと呼吸ができていなかったかもしれない。いきなり大量の空気を送り込まれた肺がまともに働かないのも当然か。
そして、今ので微かに維持できていた集中も完全に途切れた。さっきまで感じていた全能感は無くなり、アドレナリンの過剰分泌で疲れを感じていなかった足は、それを自覚した瞬間から痙攣して言うことを聞かなくなった。
腕も足も動かず、僅かに残った気ではこの場を打開する方法も思い付かない。
頭から地面に真っ逆さまに落下していく俺に向かって、無慈悲にもダークエクソダスの斧が振り下ろされる。
俺に迫り来るその一撃は、何故か驚く程にゆっくりと見える。それが何なのかと一瞬考え、これが俗に言う走馬灯というやつかと理解する。そして、それを自覚すると共に、脳裏にこれまで体験した出来事が浮かんでは消えていく。
文字通りの命の危機。それを何とかする術を、どうにかして記憶の中から掘り起こさなければならない。
必ず、必ず何かあるはずなんだ。そうだ、あれは確か────。
『気のコントロール?』
『そう。コントロール』
世宇子との決勝戦の前に円堂と特訓していた時、魔神の出し方について口論になった後、帰り道の途中で急に円堂がそう切り出したんだ。
『ちょっと考えたんだけどさ、魔神を出すっていうのは気を魔神の形にするってことであって、お前が詰まってるのはそこじゃないかと思うんだ』
『でも俺も結構使える技は多いぞ?多少は気も扱えると思ってるんだが?』
今思えば完全に他的外れで、気の扱いも全然できていない訳だが、この時はそうは思っていなかった。〈レーヴァテイン〉や〈スカーレットハリケーン〉も習得して、それなりに自信を持っていた。
『まあ、それはそうなんだけどさ?やっぱり明確な形がある物を気で作ろうとするのって炎を出したりするのとはまた違うと思うんだ』
『そう言うもんか……ん、でもレーヴァテインはどうなるんだ?あれは剣だし、形のある物だろ?』
『あれは面積も小さいし、形も簡単だからそこまで細かいコントロールは要らないと思う。けど魔神はそうじゃない。人型だから形も曲線的な所が多いし、指とか顔とか筋肉の具合とか、そういう細かい所は相応のコントロールがないと作れないはずだ』
『………別にそんな細かい所、ちょっとくらい適当でも大丈夫なんじゃないのか?大切なのそこじゃなくね?』
『確かに少し形が崩れてたとしても、技として発動することは可能だろうな。だけど、お前が完成系としてイメージしてるのは原作の爆熱ストームだろ?なら、そこから崩れればその分だけ技としての完成度は下がる』
この話をしてる時、俺は話の内容を完全に理解できているとは言い難かったと思う。炎なんて出そうと思えば出せるし、他人の気を感じ取ることだってできた辺り、俺と円堂じゃこういう感性も違うのだろう。
『俺だって体が覚えてる部分もあるから、マジン・ザ・ハンドを出す時に一から十まで意識してコントロールしてるって訳じゃないけど、それは魔神を出せるのが前提の話だ。お前の場合はまだその段階に達してないんだと思う』
『そう……なのか?』
『ああ。だから、まずお前がやるべきなのは自分の気を感じて、それを自由に扱えるようになること。例えば、そうだな………流れるプールとかイメージするといいかもな』
『はあ?流れるプール?なんだそれ』
『別に馬鹿にしてる訳じゃないって。いいから聞け。プールを体、その中の水を気だと考えるんだ。流れと同じ方向に水を掻き混ぜたらどうなると思う?』
『どうって、流れに沿って混ぜるんだから流れが速くなるんじゃないのか?』
『そうだな。じゃあ流れとは反対向きに掻き混ぜたら?』
『………なんて言えばいいんだ?流れが相殺されるというかなんというか』
『イメージできたなら無理に言葉にしなくてもいい。プールの水と気は同じだ。無理に動かそうとしても上手くは動かせない。気の流れを掴んでそれに逆らわないように動かす。まあ、慣れてきたら話は変わってくるけど、少なくとも最初の内はそういう風に考えるのが良いと思う』
『気の流れ……ねぇ』
『まあ、俺が言ってることが絶対に正しいって保証は無いし、お前なら何も考えずにどうにかしちまいそうな気もするけどな。けど、お前がいつか壁にぶつかった時のヒントくらいにはなるんじゃないか?』
────気の流れ。流れるプール。
自分の体の内側に意識を向ける。感じる気は、普段とは比べ物にならない程に小さく、頼りない。けれど、今はそれが好都合。
────ああ、なんだ。そういうことか。
気の流れが分からなかったのは、それを感じ取る力が低いのではなく、体内の莫大な気の全てを知覚し切れていなかったから。
分からないから、本来あるべき流れを無視して大量の気で無理矢理流れを作っていた。効率が悪いのも当然の話だ。
体内に流れる気に意識を傾け、ほんの少しだけ流れに沿うように操作する。そうすれば、今までが何だったのかと思う程にスムーズに、かつ高速で気が全身を循環していく。
感覚さえ掴んでしまえば、後はどうとでもなる。少なくとも、この気の量であれば、今の俺でもそれなりにコントロールすることができる。
引き伸ばされた意識の中で、今も尚迫り来るダークエクソダスの斧の軌道上に、都合五枚の極小サイズの円形の盾を生成する。
それと同時にゆっくりとしていた時間が普段の速さを取り戻し、一枚目の盾を斧が砕き割り、一切勢いが弱まることなく二枚目、三枚目も粉砕される。四枚目の盾も粉々に砕け散り────五枚目にしてほんの僅かに、斬撃の速度が弱まる。
とはいえ、それは常人であれば知覚することすら不可能なレベルの瞬きにも及ばぬ刹那の猶予。しかし、今この瞬間においてはその刹那が生死を分ける。
今の気の量では、攻撃を完全に防ぎ切るだけの硬度を持った盾を作ることなど不可能。気を集中させて防御力を高めても、ボロボロの体を僅かばかり強化したところで殆ど意味をなさない。つまり、端から防御することを考えるだけ無駄なのだ。故に、今考えるべきはこの斬撃をどう受けるかに他ならない。
骨が砕けた腕は論外、痙攣して動かない足は下手な受け方をすればちぎれ飛ぶ可能性すら有り、サッカープレイヤーとしてはこれも有り得ない。ならば胴体で受けるのかと問われればそれも否。この威力の攻撃を諸に受けては、恐らくは内蔵が潰れて致命傷になる。
ならばとんでもない賭けにはなるが、俺の浅知恵で考えついたこの場所に全てを掛ける。
一瞬の内に強引に体勢を変え、斬撃を頭頂部、つまり頭蓋骨で受けにいく。何となく硬くて分厚そうなイメージがあるのと、体勢的に最も均等に衝撃を全身に分散させることができると考えてのことだ。
果たして、首が千切れたかと思う程のとんでもない衝撃と共に、俺の体は砲弾の如く吹き飛ばされた。薄れゆく意識の中で自分が賭けに勝ったことを確信し────そこから地獄が始まった。
掠れた意識が地面に叩きつけられた衝撃で強制的に引き起こされ、地面との摩擦で皮膚が捲れ上がる激痛に意識を失い、折れた木の枝が腹に突き刺さった拍子に意識を取り戻し、岩に叩きつけられた足の骨がへし折れた衝撃で再び気絶し、何度も地面や樹木に跳ね返る内に肋骨が折れた痛みで再度覚醒する。
自分がどうなっているのか全く理解ができないまま、覚醒と気絶を繰り返し、それが幾らか続いた後、ようやく地獄は終わりを迎えた。
この無人島の中でも上位に位置するであろう大きさの大木に寄り掛かるように、一つの人影があった。
その様子を観察してみれば、常人であれば悲鳴を上げてもおかしくない惨状がそこにあった。
まず、頭部からは夥しい量の血が流れ、顔を赤く染め上げている。そして、血が流れているのはそこだけでなく、太い木の枝が突き刺さった腹部や肉が抉れた肩からは今なお血が溢れ、一部の皮膚は痛々しく捲れ上がり、全身に無数に刻まれた切り傷からも血が滲んでいる。
文字通りの血の海に沈んでいるその光景のインパクトに意識を持っていかれて気づきにくいが、外傷以外にも右足はおかしな方向に折れ曲がっているし、変色している両腕は骨が粉々に砕けている。加えて肋骨も折れている他、全身に数十ヶ所の打撲と内出血。
もはや何故生きているのかも不思議に思える程の瀕死の状態に在りながら、それでも豪炎寺修也は凄絶な笑みを浮かべていた。
────掴んだ。
行き詰まっていた気をコントロールする感覚。それを知ることができたのは、豪炎寺にとって望外の成果だ。
この状態から全快するには、いくら豪炎寺と言えどもかなり時間が掛かることだろう。一週間、二週間、もしかしたらそれ以上に掛かるか、豪炎寺自身にもそれは分からない。
だが、傷が癒えてからの特訓の効率は今までの比ではない程に向上することだろう。
薄れゆく意識の中、豪炎寺は最後の力を振り絞り、骨が砕けた腕を持ち上げて腹部に刺さった枝を引き抜く。それによって腹からは更に血が噴き出すものの、すぐに傷口を焼いて強引に止血する。特に出血の酷い頭と肩を同じ様に止血し、遂に気も使い果たす。
限界を迎えた豪炎寺の意識が途切れる。だが、意識はなくとも本能が豪炎寺を生存させるべく、全力を傾ける。気は回復した側から全て傷の治癒に向けられるだろう。恐らく全快するまでは意識が戻ることはない。
更なる強さを求め、怪物は一時の眠りに就いた。
なおこの後我に返って探しに来たシュウに何故これで死んでいないのかとドン引きされる模様
次回からはまともなイナイレに戻るのでご安心を。