自分が今、どこにいるのか分からない。辺り一面真っ白な空間で誰かの背中を追いかけている。
姿はぼやけていて、顔も見えない。背丈から察するに俺と同い年くらいだろうか。その誰かが立ち止まり、俺に向かって振り返る。
────サッカー、やろうぜ。
目覚ましの音で目が覚める。ふと周りを見るが間違いなく自分の部屋だ。
「夢…か?」
普段は夢なんて滅多に見ないんだけどな。目覚めたばかりだというのに妙に頭は冴えている。夢の内容を思い返す。
「サッカーやろうぜ、か…」
その言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは円堂守。俺ではなく、原作の、本来の円堂守だ。
確かめようが無い事だから、円堂守になったあの日に考えてから、一度も考えなかった、否、考えないようにしてきた事だが、この体に宿っていたはずの本来の円堂守の意識は、完全に消滅してしまっているのだろうか。
「「まだまだ!!終わってねぇぞぉぉぉお!!!」」
帝国戦の時に聞こえたあの声。あれは、俺と全く同じあの声は、もしかしたら、本来の円堂守の声ではないのか。昨日も、試合前と〈ゴッドハンド〉を発動する直前に、一瞬だけ心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。帝国の時のような声は聞こえなかったが、あれももしかしたら……。
……円堂守の意識がもし、少しでも残っているのなら、いつか、彼にこの体を返す日が来るのだろうか。
俺はこの体を知らない内にとは言え、乗っ取ったようなものだ。本来の円堂の意識が残っているのなら、そうするのは当然の事。むしろ、今までこの体を勝手に使っていた事を謝罪しなければいけない立場だ。でも、そうなった場合、俺はどうなるのだろう。もう、皆とサッカーをする事は出来ないんだろうな。
「それは少し……嫌だな…」
つい口に出してしまった俺の力ない呟きは、誰にも聞かれることは無かった。
サッカー部の部室へと向かいながら昨日の試合を振り返る。色々と反省点の多かった試合だ。最初の失点は、俺の慢心が無ければ防げていたはずだし、染岡の負傷に関しても、よく原作を思い出してみればアニメで同じような展開があった。対策を取っていれば染岡がああなることは無かったかもしれない。壁山を何も考えずに原作と同じようにFWに上げてしまった事もそうだ。前線で一人、何も出来ないまま孤立していた壁山。あの試合で一番もどかしさや無力感を感じていたのは、間違いなくあいつだ。試合は豪炎寺のおかげでなんとか勝てたけど、あいつばかりに頼り過ぎる訳にはいかない。一人に集中して負担をかけ続ければ、必ずどこかでその付けが回ってくる。
原作の知識がある事は必ずしも良い方向へ転ぶとは限らない。大きなアドバンテージである事は間違いないが、頼り過ぎれば足元を掬われる。キャプテンである俺の言動は、部員達にも影響する。もっと色々考えないといけないな。
部室のドアを開けると、そこには夏未の姿が。
「どうしたんだよ夏未」
「今日から私、雷門夏未はサッカー部のマネージャーになりましたので、よろしく」
「え」
『えええええええ!?』
いつ間にか後ろにいた部員達が驚きの声を上げる。びっくりした。いつから居たんだお前ら。
「どういう風の吹き回しだ?」
「あら、私がマネージャーになるのが何か問題でも?」
「いや、そんな事はないけどさ」
夏未がマネージャーになったのって原作でもここだっけ。時期的にそんなにズレてはいないとは思うけど、よく覚えてないな。
「昨日のようなギリギリの勝利では無く、やるからには完璧な勝利を目指して欲しいもの。その為に、私も出来ることはさせてもらうわ」
えっと、もっと危なげなく勝てるように、自分も何か手伝いたいってとこかな。これは。原作よりも少し言い回しが優しくなってるような気がしないでもない。
「心強いよ。これからよろしくな、夏未」
「ええ」
俺と夏未が握手を交わす。イナビカリ修練場の事とか、夏未は原作でも色々やってくれてたからな。最近は割と友好的に話すようになったとはいえ、ちょっと前までは会う度に喧嘩してたから、もしかしたらマネージャーになってくれないんじゃないかと思ってたが、これで肩の荷が一つ下りた。
今日は雷門中のグラウンドが使えるようだったので、学校での練習だ。確か野生中に勝ってから、他校の偵察隊とかが来るようになるはずだからな。河川敷よりも出来れば学校での練習の方が好ましい。偵察隊も流石に校内までは入って来ないだろうし。
「ファイアトルネード!!」
「ゴッドハンド!!」
豪炎寺の〈ファイアトルネード〉を〈ゴッドハンド〉で受け止める。しばらく拮抗した後、勢いを失ったボールが俺の手に収まる。
「完全にものにしたな。ゴッドハンド」
「ああ、ようやくな」
野生中戦の最大の収穫。俺が〈ゴッドハンド〉を使えるようになった。とはいえ〈メタリックハンド〉よりも〈ゴッドハンド〉の方が消耗も激しい。これからは相手のシュートによって、使い分けていく形になるだろう。
折角編み出した〈メタリックハンド〉が直ぐに型落ちになったのは、少し悲しい気持ちもあるが、元々〈ゴッドハンド〉を覚えるまでの繋ぎのつもりの技だ。こうなるのは最初から分かっていた事。割り切らないとな。
「ところで豪炎寺、お前の方はどうなんだよ」
「ん?俺か?」
「爆熱スクリューだよ。前に言ってただろう?」
そう、ある意味俺が今一番気になっているのはこの事だ。絶対無理だと思っていたのだが、帝国や野生との試合とかを見てると、こいつなら習得出来るんじゃないかと思えてきてしまった。
「ああ、あれか」
「で?どうなんだよ?」
「完成の目処は立ったぞ」
「マジで!?」
え、出来るんじゃないかとは思ったけど早くないか。この間アドバイスしたばかりだぞ。しかもそのアドバイスも、役に立つのかよく分からんようなやつだったのに……。
「ほ、本当に……?」
「ああ、お前のアドバイスのおかげでな」
「……あれでか?」
天才かこいつ。マジであんなのでどうにかなったのか。技のモーションも完成した時のイメージも完璧だから、そんなもんなのか……。
いやいや、でも俺は同条件どころか、それ以上に色々分かってる状態で〈ゴッドハンド〉を習得出来なかった訳で……。
「円堂、盛り上がってるところ悪いが、まだ目処が立っただけだ。完成した訳じゃない」
「え、あ、そうか、そうだよな」
流石にフットボールフロンティアで〈爆熱スクリュー〉はオーバーキルもいいとこだもんな。エイリア学園との戦いで使えれば上出来もいいとこだろ。
「で、完成はいつ頃になりそうなんだ?俺としてはエイリア学園との戦いでお前が戻って来た時に使えれば色々楽になるんじゃないかと思うんだが」
その頃なら原作への影響も少なそうだしな。
「流石に少し時間が掛かりそうなんだ」
「うんうん」
「地区予選決勝には間に合わないかもしれない」
「うん……ん?」
「だが、本戦には間に合わせてみせる」
「いや、早いわ。アホか」
なんなんだよこいつ……。何でこいつだけ世界への挑戦始まってるんだよ。フットボールフロンティアで何と戦うつもりなんだ。
「出来れば帝国戦に間に合わせたかったんだが……」
止めろ。そんなもん今の時期にぶち込まれたら源田がトラウマになるわ。
はあ、もうこれ豪炎寺一人でフットボールフロンティア優勝出来ちまうんじゃないか。
原作……壊れていくなぁ………。
────帝国学園第一グラウンド
本来であれば、練習中の部員達の声で賑わうはずのその場所は、静寂に包まれていた。
「な、なんなんだよ、今のシュート……」
「なんて恐ろしい……」
「こんなの、有り得るのか……」
その静寂を破るのは帝国サッカー部に所属してはいるが、一軍には上がれない、所謂二軍の選手達。
彼等の視線の先にあるのは、吹き飛ばされたまま立ち上がれない自分達のキーパー。そしてシュートによって大きく抉れ、溶解した地面とひしゃげたゴール。
その惨状を作り出した張本人、帝国学園キャプテン鬼道有人は、なんの感情も読み取れない、冷たい瞳で地に伏せるキーパーを見据える。
────ようやく完成したな。
雷門との練習試合よりも前からずっと練習して来た必殺技。どんな相手であろうともゴールを奪い取る為の、組織力を重視する帝国の理念に真っ向から反した、個人による圧倒的な暴威。
彼はこの世界が本来辿るべき歴史。円堂が原作と呼ぶ物語の事を知っている。鬼道有人率いる帝国学園は、地区大会決勝で雷門に破れ、その後、全国大会の一回戦で圧倒的な大差で敗退する。だが、
────そんなもの、認められるか。
最初から敗北する事が決まっている?それが自分が歩むべき道だと?
────ふざけるな。
そんなものを、認める訳にはいかない。それを認めてしまったら、俺の今までの努力を、そして俺に付いて来てくれた帝国の皆を、否定する事になる。
王者帝国のプライドに掛けて、誰にも負けるつもりは無い。
────雷門だろうが世宇子だろうが、俺の前に立ちはだかる者は例外なく、容赦無く叩き潰す。
それをこの世界が認めないというのなら、運命という名の鎖が俺の勝利を阻むというのなら
────そんなもの、この俺がぶっ壊してやる。
冷たい瞳に狂気を宿し、王者はその牙を研ぎ澄ます。
鬼道さんが習得した技はオリジナルではないです。
予想できても感想欄でのネタバレは控えてもらえるとありがたいです。