「本当に大丈夫なの?」
心配そうな顔でそう聞いてくる母親に大丈夫だと返事を返す。あれからどうにか平静を装おうとした俺だったが、普段の様子をよく知る母親からすれば違いは一目瞭然だったらしい。熱でもあるのか、気分が悪いのかと慌ただしく問いかけられたので、体調が少し悪いので学校を休ませて欲しいと伝える。気分が良くないのは本当だったし、何より考えを纏める時間が欲しかった。実際に顔色も悪かったらしく、疑うことなく納得し学校に休む旨の連絡を入れてくれた。
「何かあったらすぐに、連絡するのよ?絶対無理はしないこと!」
「分かった、分かった。大分楽になってきたし大丈夫だよ。」
母親は今日はどうしても外せない用事があるらしく、俺を家に一人残す事ことがとても心配らしい。俺としては一人になれるのは好都合だったが、不安そうな表情を浮かべ、家を出ていった母親の内心を思うと罪悪感を感じる。
さて、考えを纏めるとするか。とは言っても何故か気づいたら幼少期の円堂守になっていた、という事くらいしか分かってないが。これは小説とかでよく見る転生、もしくは憑依ってやつなのか?あれから部屋を色々漁ってみたが、分かったのは円堂が現在小学四年生だということぐらいだ。何故こんな中途半端な年齢なのか、いっそ赤ん坊にでもなっていれば潔く転生したことを受け入れたものを。小学四年ということは十歳ぐらいか?しかし、それだけの年月を生きてきた円堂守の記憶を俺は一切思い出せない。両親が注いでくれたであろう愛情も、友達との友情も、何一つとして。
俺は俺の記憶しか持っていない。前世、と言っていいのか分からないがこうなる前の名前も家族構成、学歴に至るまで全てハッキリと思い出せる。
昨日までの円堂守が消えてしまったのか、俺と一つにでもなったのか、はたまた俺という人格が表に出ているだけで心の中でまだ生きているのか。本当のところは分からないが、今までのことを全く思い出せない以上は完全な他人になってしまったと言っても過言ではないだろう。
俺のことを心配していた母親のことを考えると心が痛む。あなたの息子の中身は見ず知らずの他人になってしまいました、とはとてもじゃないが言えない。
何はどうあれこうなってしまった以上、俺はこれから円堂守として生きていくしかないのだろう。家族や友達との関係などを考えると気が重いが、どうにか上手く誤魔化すしかない。
そして、今まで考えていたことも重要な問題ではあるが、それ以上に本来の円堂守がいなくなった、ということはこの世界にとって途轍も無く大きな意味を持つ。
以前にも言ったが円堂守はイナズマイレブンという作品の主人公だ。
イナズマイレブン、この作品は超次元サッカーRPGというジャンルを持って発売されたゲームが原作だ。その名の通りサッカーを題材にしたゲームだが、超次元と銘打つだけあって登場人物達は皆、必殺技というものを使う。炎を出したり、空を飛んだり、挙げていけばキリがないが、とにかく何でもありのトンデモサッカーが繰り広げられる。
そしてRPGらしく敵役もいるのだが、やっている事が本当に子供向けの作品なのか疑いたくなるほどヤバい。ゲームのシナリオの中で、円堂達はそれらを食い止めていく訳だが、これを放っておくと最悪の場合、戦争が起きてもおかしくない。どころかまず間違いなく未来を大きく歪めることになるし、人類や宇宙の存亡に関わってくるかも知れない。
………本当にサッカーゲームかこれ?
……とにかく、原作の展開から大きく変わってしまうとその影響で何が起きるか予想がつかない。円堂の中身が俺の時点でもう手遅れかも知れないが、やれることはやっておきたい。何より、俺のせいで原作の流れが変わるというのは少し、いやかなり嫌だ。これまで長々と語ったが俺はイナズマイレブンという作品が好きなのだ。原作の展開をこの目で見てみたいし、好きなキャラと話したり、必殺技を使ったりしてみたい。円堂守はいつだってサッカーを楽しんでいた。だから俺もサッカーを楽しむ。あまり重苦しいことばかり考えていても仕方ない。結局俺に出来るのは目の前のことに全力を尽くすことだけだ。
だからやろう、大好きだった世界を守るために、原作を守る為に、俺に出来ることを。
今日は雷門中の入学式だ。
あれから色々と大変だった。友達のことや学校のことがさっぱり分からなかった為、記憶喪失にでもなったのかと大騒ぎになった。何も覚えてないので間違いとは言い切れないが。幸い、同じクラスに原作キャラの一人である風丸一郎太がいたので、彼に話を振ることでなんとか冗談だということに出来た。……タチの悪い冗談は止めろと説教を食らったが。
というか円堂が筋金入りのサッカーバカだというのは皆が知るところであり、休み時間にボールを蹴っていたらいつもの円堂だと納得された。それでいいのか…?
円堂が原作でいつも特訓していた鉄塔広場を見つけ、鉄塔に登ってそこから見る景色に心を奪われたり、特訓に使っていたタイヤを探して町内を走り回ったり、やっとタイヤを手に入れ特訓を始めたら小学生の身体では流石に無理があったか、盛大にタイヤに吹っ飛ばされたり、慌ただしく時間は過ぎていき気付けば今日を迎えていた。
正直、中学に入学するまでに必殺技を習得したかったところだが、あいにく未だ習得出来てはいない。原作でもこの時点ではまだ必殺技を使えなかったはずなので焦ることはないのだが、主人公補正というものに期待が持てない以上、原作よりも強くなっておきたい。この日の放課後にある出来事が起きればあるいは一気に成長することが出来るかもしれないがあまり期待はしない方がいいだろう。起きなければその方がいいしな。
そんなことを考えている間に入学式は終わっていた。正直全く話を聞いていなかったが、たとえ聞いていたとしてもすぐに忘れるだろうから問題は無い。というか覚えているようなやつは普通いないだろ。いや、よっぽど真面目で堅物なやつなら覚えてたりするのか?などとまたしてもどうでもいいことを考えながら教室での教師の話も聞き流す。今日の予定が終了し、解散するとすぐさま職員室に直行する。サッカー部の顧問をしていたのは後にスパイとして買収される冬海先生(先生と付けなくてもいいような気もするが、一応この時点では普通に教師やってるはずなので一応付ける)なのは覚えているので、彼の元へ向かい
「サッカー部、入部希望です!!」
あらかじめ書いておいた入部届けを差し出す。
いきなりのことで冬海先生は頭が回っていないのか何度か俺の顔と入部届けに視線を往復させる。
「あ〜、悪いけどうちの学校にサッカー部は……」
「無いんでしょう?なら俺がつくりますよ、サッカー部」
その返しが予想外だったのかキョトンとした顔をした冬海先生だったが、すぐにその顔が嫌そうな色に変わる。
────うわ、分かりやす!すっごい嫌そう。少しは隠そうとしろよ。
その後も明らかに乗り気ではなく、遠回しに俺に諦めさせようとしていた冬海先生だったが、俺が折れる気が無いことを悟ったのか、深いため息をついたあと
「分かりましたよ。サッカー部が活動していた頃に使っていた部室が残っているので案内しましょう。」
と言って立ち上がった。自ら案内してくれるらしいことに若干驚く。
割と面倒見が良かったりするのか?まあ、案内してくれるならそれに越したことはないので冬海先生の後に続く。道中でマネージャー志望だという木野秋と合流し、三人で部室へと向かう。
「これがサッカー部の部室です。」
そう言って立ち止まった冬海先生の目の前にある建物を見て俺の顔が若干引き攣る。この部室が古いのは知っていたが実際に見ると想像よりも正直ボロい。ふと、横に立つ木野の顔を見ると彼女も想像していたものとは差異があったのか苦笑いを浮かべている。
「これが鍵です。好きに使ってください。では私はこれで。」
冬海先生はそう言い俺に鍵を預けて去っていく。なんとなくその姿を見送った後、部室の扉を開けてみる。物置にでもされていたのか中は物で溢れ、かなり埃が溜まっているようだった。まずは掃除からだな。
中に置いてあった物を外に運び出す。結構な量がある為、割と疲れる。
明日にすればよかったか?などと考えていると木野が声を上げる。
「円堂くん!これ見て!」
「なんだ?………あっ!これって…!」
「「サッカー部の看板!!」」
木野が持っていたのはサッカー部と書かれた木の板。そうか、何か違和感あると思ったら看板が掛けられてなかったのか。看板を見つけ若干テンションが上がった俺達は作業ペースを上げ、なんとか今日中に掃除を終えることが出来た。そして綺麗に磨き上げた看板を表に描ける。
ボロいのは変わりないけど、看板があるだけで部室って感じがしていいな。
俺と木野は自然と手を上げ、ハイタッチを交わす。
「「雷門サッカー部、始動!!」」
────此処から始まるんだ……!!
感慨に耽る俺の耳に、呟くような小さな声だったが確かに、
「サッカー部」
という単語が聞こえる。
早速入部希望者か!?と勢いよく振り返り、そこにいた予想外の人物に目を見開く。
まるで炎のように逆立てた白髪。先端がイナズマのような形をした独特の眉。強い意志を湛えるその瞳。
「豪……炎寺…?」
いずれ雷門のエースストライカーとなる、しかし、今この場所にいるはずのない男が、そこに居た。