円堂達が決勝を戦っている一方、稲妻町の病院の一室に豪炎寺は居た。彼が見つめる視線の先には、ベッドに横たわり眠る妹の姿がある。
────俺の所為だ。
原作で影山の策略により、昏睡状態に陥っていた夕香。だが、この世界ではそれは起こらなかった。だから、もう終わったことだと、関係の無いことだと思っていた。だから、駅に向かう途中で、夕香が事故に遭ったという連絡を受けた時は目の前が真っ暗になったような気持ちだった。
幸いにも、事故によるショックで気を失っているだけで、怪我自体は軽傷であり、直に目を覚ますだろうとのことだった。それを聞いた豪炎寺は、生まれて初めて神様というものに感謝した。妹の夕香は豪炎寺にとってかけがえのないものだ。夕香の存在によって救われたと言っても過言ではない彼にとっては、妹は自分の命よりも大切なものだと断言できる。
だからこそ、自分が許せない。こうなることを考えもせず、勝手なことをし続けてきた自分が。円堂に何を言われても、最後には受け入れてくれるという確信があったから、自重なんてものは考えもせずに只只強くなることだけを目指して来た。
なのに、強くなった所為で自分にとって最も大切なものを失いそうになるなど、本末転倒もいいところだ。
………皆は、大丈夫だろうか。俺は、決勝戦に出ることよりも、こうして夕香の傍にいることを選んだ。それは、皆への裏切りだ。世宇子は強い。鬼道から聞いた話では、原作よりもかなり強くなっているらしいから、苦しい戦いを強いられていることだろう。本当ならば、エースストライカーである自分がチームを引っ張らなければならないのに、なぜ俺はこんな所にいるのか。
夕香の傍にいたいという想いと、今すぐに皆の所に駆けつけたいという想いがせめぎ合っている。
「お……にいちゃん……」
「!!夕香!目が覚めたのか!?」
その声に、夕香の意識が戻ったのかと思ったが、どうやらただの寝言のようだ。
「かっこいい…シュート…決めて勝たなきゃ……だめ、だよ……」
「………!!」
その言葉に息を呑む。今日が決勝戦だと言う話はしていたが、この状況でこの言葉を聞くことになるとは。
「俺は……」
目を閉じれば、俺の頭の中に皆の顔が浮かんでは消えていく。一番最後に、円堂の顔が浮かぶ。
『豪炎寺!』
目を開ける。もう、迷いはない。
「済まない、夕香。だけど俺は……これ以上、自分の気持ちに嘘はつけないんだ」
夕香の目が覚めるまでは、病院で見守っていたい気持ちはある。けれど、俺は行かなきゃ絶対に後悔する。ここで行かなきゃ、俺じゃない。豪炎寺修也じゃない。
夕香に背を向け、病室を出たところである人物と鉢合わせる。
「……父さん」
「………」
この病院で医師を務めている俺の父、豪炎寺勝也。正直あまり会いたくなかったので、少し気まずい。
「待て」
無言で通り過ぎようとしたが、呼び止められたので仕方なく立ち止まる。
「何か……?」
「どこへ行く気だ」
「……試合に。今日、決勝戦だって言っただろ」
俺の言葉を聞いた父さんは大きくため息を吐いた後、こう続けた。
「またサッカーか。お前にとってそんなものが、事故に遭った妹よりも大切なのか」
「……夕香よりも大切なものなんて無いさ。でも、サッカーだって大切だ。俺が俺でいる為に、今行かなきゃ駄目なんだ。俺を信じてくれる仲間達がいる。俺はそれに応えなきゃならない」
きっとこの人には理解出来ないだろう。でも、それはこの人だけの所為じゃない。今まで、一度も俺の方からも歩み寄ろうとしたことはないし、何なら父親だと思えるようになったのも、そう昔の話ではないのだから。
そう言ったきり、何か言葉が返ってくる気配もなかったので、その場を後にする。走らないように、しかし出来る限りの速度で病院の廊下を進む。
「……修也。お前にとって私は……」
病院の外に出てからは全力で足を動かす。今からでは、どれだけ急いでも会場に辿り着くのは良くて試合終了5分前といったところだ。間に合う保証もない。だが、そんな可能性は考えない。只ひたすら走る。俺を待つ、仲間の元へ。
────皆……俺が行くまで、持ち堪えてくれ……!!
「がっ……!!」
放たれたシュートが俺の顔面に当たり、弾かれラインを割る。俺はその場に倒れ込む。あれから更に点差は広がり、現在の得点は5-0で世宇子がリード。まだ前半だというのに、雷門の選手達は皆例外なく地に倒れ伏している。
「まだ続けるかい?……いや、続けるに決まってるね。では質問を変えよう。チームメイトが傷ついていく様子を、まだ見たいのかい?」
世宇子は強い。その強さは俺達の想像を遥かに上回っていた。俺達のプレーは何一つ通用せず、皆が傷ついていく。
「続けるか棄権か、君が決めるんだ」
アフロディが言うように棄権という選択肢もあるだろう。客観的に見て実力の差は歴然。観客の中にはこれ以上続けることは無意味だと考える者もいるかもしれない。だけど
「舐めん……なよ」
「何……?」
「俺の仲間に……このくらいで、諦めるような奴なんていない」
アフロディが間違っていることがあるとしたら、それは皆を侮っていることだ。
「そうだろ……皆!!」
俺の言葉がフィールドに響く。その声は倒れ伏す皆の耳に、確かに届いた。
「円堂の……言う通りだ!」
「俺達は…まだ、戦える!」
「試合はこれからだ……!」
俺の言葉で染岡が、風丸が、半田が。皆が次々に立ち上がる。
『まだ……終わってねぇぞ!!』
俺を信じてくれる仲間がいる限り、俺は何度だって立ち上がってみせる。そして、俺も皆を信じている。だから、絶対に折れない。折らせない。どんなに絶望的な状況であろうとも、心に灯る炎は誰にも消すことは出来ない。
染岡を筆頭に、世宇子陣内へと攻め上がる雷門。
「ディフェンスは攻撃陣を徹底的に狙え!」
「メガクエイク!!」
「裁きの鉄槌!!」
アフロディの号令で世宇子の選手達が一斉に必殺技を発動。雷門の選手達を吹き飛ばし、ボールを奪う。
「オフェンスは守備陣を!」
「ヘブンズタイム!!」
「ダッシュストーム!!」
ディフェンスに向かう雷門の選手を吹き飛ばし、ゴール前に迫る。
「キーパーは重点的に!」
「ゴッドノウズ!!」
皆が再び倒され、雷門ゴールにシュートが迫る。これ以上点をやる訳にはいかない。〈ゴッドハンド〉では止められない。ならどうする。考えろ、考えるんだ……。
左腕に気を集中させる。左手が鋼鉄の輝きを帯びる。だが、ここから更に気を込める。肘辺りまでが鋼鉄に覆われ、そこから腕を守る篭手を形成する。迫り来るボールを、アッパー気味に下から思い切り殴りつける。
「メタルガントレット!!」
────正面から止めるのは無理でも、別方向から衝撃を与えて僅かでも軌道を逸らせれば……!!
左手が弾かれるものの、ボールはゴールバーを叩いて跳ね返る。思った通りだ。アフロディ以外のシュートは、左手だけでもやりよう次第でどうにかなる。
跳ね返ったボールは心底意外そうな顔を浮かべるアフロディの元へ。
「……君がどこまで耐えられるか、興味が湧いてきたよ」
そう言ってアフロディはボールを横に蹴る。ボールはサイドラインを割り、世宇子の選手達がベンチに引き上げていく。
────神のアクアの補給時間か……。
実際にやられると腹が立つ行動だが、今は少しでも体を休める時間ができたと考えるべきか。
試合再開後、すぐにボールを奪われ、世宇子の攻撃。何とか立ち上がった皆が再び倒され、ゴールではなく痛めつけることを目的としたシュートによって俺も倒される。
────こんな奴らに、どうやったら勝てるのかは分からない。それでも……。
「俺は……諦めないぞ……!!こんなシュートぐらいで……俺が折れると思うな……!!」
「……なら、試してみようか」
アフロディが〈ゴッドノウズ〉の体勢に入る。翼を広げ、エネルギーを注ぎ込んだボールをアフロディが蹴りこもうとした瞬間、審判の笛が吹かれる。前半終了だ。
「命拾いしたね」
アフロディ達がベンチへと戻っていく。俺達も肩を貸し合い、何とか立ち上がり、ベンチへと向かう。
ベンチへと戻り、その場に座り込む。やはり今のままでは駄目だ。このまま痛めつけられれば、いずれ限界が来る。原作以上に開いてしまった点差が苦しい。豪炎寺抜きで奴らから6点も取るのは至難どころではない。勝利が、あまりにも遠い。
「神のアクア?」
「ええ、神のアクアが世宇子の力の源よ」
そういえばベンチに先程までマネージャー達がいなかったような気がする。どうやら色々と動いてくれていたようだが、無事でよかった。後は鬼瓦さんがやってくれるはずだ。
軽く怪我の手当てをした後、俺は鞄の中からある物を取り出す。原作で円堂が〈マジン・ザ・ハンド〉を習得する切っ掛けとなった、円堂大介のグローブ。既に〈マジン・ザ・ハンド〉は習得しているので必要ないと思っていたが、母さんから祖父さんも連れて行ってやってくれと言われ、持ってきていたグローブ。それを左手に身に付ける。
────力を貸してくれ。祖父さん……。
日本の頂点を決める、運命の後半戦が始まる。