ゴールの中に転がるボールを呆然と見つめる。
点を奪われた。それも必殺技すら使わず、至極あっさりと。
「円堂」
立ち尽くす俺だったが、その声に振り返る。すると皆がゴール前に集まって来ていた。
「円堂、大丈夫か?」
……そうだ。まだ試合は始まったばかりだ。気持ちを切り替えないと。キャプテンの俺がこんな調子でどうするんだ。
「あ、ああ。悪い、油断した。でも次は止めてみせる。まだ試合は始まったばかりだ。取り返していこうぜ!」
俺の言葉に『おう!』と、気合いの入った返事が返ってくる。よし、先制点を取られたけど士気は落ちていない。これなら戦える。
雷門ボールで試合再開。マークがついていない状態からドリブル突破を試みるつもりか、ボールを持った豪炎寺がドリブルを開始、しかし
「スピニングカット!!」
鬼道のディフェンス技によって阻まれる。あいつ、FWのくせにディフェンスまで一流かよ。だが、ボールを奪い返そうと豪炎寺が鬼道と競り合う。フェイントを駆使し抜こうする鬼道だが豪炎寺も簡単には抜かせない。激しくボールを奪い合う二人だが、単独での突破は難しいと見たか、フォローに入った佐久間とのワンツーパスで豪炎寺を突破する鬼道。そのままドリブルで攻め上がる。
半田とマックスを速度の緩急だけであっさりと抜き去り、風丸のスライディングを跳躍して躱す。着地際を狙った壁山もヒールリフトでボールを上空に蹴り上げて躱し、自身も回転しつつ飛び上がる。
────あのモーションはまさか、豪炎寺の!?
驚愕する俺だったが、鬼道が纏ったのは豪炎寺の鮮やかな炎とは違う、漆黒の炎。
「ダークトルネード!!」
先程のシュートとは比べ物にならない威力を持っているだろう。
両手でシュートを迎え撃つが、必殺技なしで止められる訳もなくあっさりと俺の両手は弾かれ、ボールはその勢いのままに俺の体ごと雷門ゴールに叩き込まれる。
0-2
「ぐっ、っ……!」
蹲ったまま立ち上がれない。なんて威力。原作でもシュートの威力に負け、体ごとゴールされるシーンはあったが、想像以上の衝撃だ。
「く、う、ぉ……」
しかし、倒れる訳にはいかない。半ば無理矢理、根性で立ち上がる。
『円堂!』『キャプテン!』
再び皆がゴール前に集まって来ていた。情けない、シュートを打たれる度にこうして仲間に心配を掛けるのか、俺は。
「大丈夫だ……次は、止める…!」
全くもって大丈夫ではないが、虚勢を張る。ここで弱気な姿を見せたらチームが崩れる。
「なに、まだ二点だ。俺は今日、ハットトリックを決める予定だから何の問題もない」
すると豪炎寺が唐突にそんなことを言い出す。そして染岡もそれに張り合いだす。
「なら、俺はダブルハットトリックを決めてやるぜ!」
いや、それは流石に無理だろ……。
「ふっ、大きくでたな。なら俺と染岡で九点は取る事になるな。円堂、あと六点は取られてもいいぞ」
……お前、励ましてるのか馬鹿にしてるのかどっちだ。そのニヤついた顔を止めろ。
「ふん、馬鹿言うな。もう一点もやらねぇよ」
……なんだかんだで痛みも引いてきたし、いつものふざけたやり取りをしたおかげで気分も晴れた。
「よし、まずは一点返すぞ!」
『おう!!』
だが、無情な現実は容赦無く俺達に牙を剥く。
再び雷門ボールから試合再開。今度は慎重に中盤でパスを回していく。
しかし、
「ぬるいパス回しだな!」
宍戸からマックスへのパスを帝国7番、咲山がインターセプト。
ボールは佐久間へと渡る。
「デスゾーン開始」
鬼道の号令と共に、佐久間がボールを蹴り上げ、寺門、洞面と共にボールを中心に三角形を描くように高く飛び上がる。
空中で三人が回転し、ボールに気を送り込む。紫の瘴気を纏ったボールをこれまた三人同時に蹴り込む。
現時点での帝国最強の必殺技が雷門ゴールを襲う。
一か八か賭けるしかない!
半身の構えをとり、右手に意識を集中させる。
出来るはずだ。自分を信じろ!
「うおおおおぉ!ゴッドハンド!!」
しかし、〈ゴッドハンド〉が発動することはなく、俺の叫びは虚空へと消える。
「くっそ!……があぁぁぁぁぁああ!!!」
当然止めれる訳は無く、ボールは再び俺の体ごとゴールに突き刺さる。
0-3
「はっきり言ってやろう。貴様等に勝ち目など無い」
地に這い蹲る俺の耳に、鬼道のその言葉はやけにはっきりと聞こえた。
「「ツインブースト!!」」
鬼道と佐久間の連携シュートによってゴールを奪われる。
0-4
「百裂ショット!!」
万全の状態であれば止められたかもしれないそのシュートも、ダメージが蓄積した体では止めることは叶わず、ゴールネットを揺らす。
0-5
「ダークトルネード!!」
再び放たれた鬼道の必殺技が三度俺の体を吹き飛ばし、ゴールに突き刺さる。
0-6
「「「デスゾーン!!」」」
最早まともに抵抗することすら出来ず、再び吹き飛ばされボールはゴールへ。
0-7
「ダークトルネード!!」
そのシュートに、反応すら出来なかった。
0-8
俺ではゴールを守れない。
0-9
……勝てない。
0-10
「はぁ……はぁ……はぁ……」
地獄のような前半が終わり、荒い息を吐き出す。もう限界だ。グラウンドに倒れ込んでしまいたい。でも、駄目だ。円堂守はこんなことで諦めたりはしない。そうだ。だから、まだ、立ち上がらないと。
「はぁ…はぁ…。まだだ。まだ後半が残ってる…。まだ試合は終わってない……」
何故だ。何故、誰の声も返って来ない。何故そんな目で俺を見る。
俺のことを、そんな、痛々しいものを見るような目で、見ないでくれ。
「……もう、後半が始まる。ポジションにつけ…」
よろよろと立ち上がり、フィールドに向かう俺の背に声が掛けられる。
この声は風丸か。
「円堂……」
「……なんだよ、風丸」
「お前、この試合、楽しんでるか?」
…………は?なんだ?こいつは何を言ってる?こんな試合、楽しい訳が…
「もっとサッカーを楽しめよ。俺にサッカーの楽しさを教えてくれたのはお前だ。いつだって、どんな時だって、全力でサッカーに向き合って、楽しむ。それがお前だろ?」
────────。
「俺が言いたかったのはそれだけだ」
遠ざかっていく風丸の背中に俺は何も言えなかった。
「円堂」
「……今度は豪炎寺か…」
「俺は今お前が何を考えているのか、何を思っているのかは分からない。ただ一つだけ、はっきりと言えることがある」
……こいつが言いたいのは何だ…。
……止めろ………。
その先を言うな。
自分でも何故かは分からない。だが、本能がその言葉を言わせるなと叫んでいる。
俺が口を開くよりも早く豪炎寺がその言葉を紡ぐ。
「お前は、円堂守にはなれない」
後半が始まってからも、風丸と豪炎寺から言われた言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。
『もっとサッカーを楽しめよ』
『お前は、円堂守にはなれない』
サッカーを、楽しむ……。円堂守になったあの日からサッカーを楽しいと感じたことは、あっただろうか。いつだって俺の中にあったのは、原作を壊してはならない、その為に強くならなければならない。そんな強迫観念のような感情だけだった。
それがより強くなったのは風丸と染岡が必殺技を覚えた辺りからだったか。仲間が強くなることの喜びは置いていかれることへの恐怖と焦りへと変わっていった。それからは以前よりも〈ゴッドハンド〉の習得に固執するようになった。〈ゴッドハンド〉を使えるようになれば、自信が持てると思った。安心できると思った。
しかし、今思えばそれが間違いだったのかもしれない。豪炎寺と決めたように原作の大まかな流れだけを守るのなら、なにも〈ゴッドハンド〉に拘る必要はない。より強力な必殺技はいくらでもある。それらの習得を目指してもよかったはずだ。それをしなかったのは〈ゴッドハンド〉が円堂守の必殺技だからに他ならない。結局俺は原作を守るだのなんだの偉そうなことを言っておいて、やっていたのは原作の円堂守をそのままなぞろうとしていただけ。
必殺技を習得出来ないのも当然だ。習得するに足る技術がある。それを成すだけの努力もした。しかし、最も大切なものが決定的に欠けている。
サッカーに対する想いが。
サッカーにまともに向き合おうともせず、成れもしない他人の背中をただひたすらに追い求め、仲間には偽りの自分を演じ続ける。
とんだ紛い物だ。
……こんな俺に雷門のゴールを守る資格など、最初から無かったんだ。
ぼやけた視界の先で鬼道が〈ダークトルネード〉の体勢に入ったのを捉える。負ける……。
視界が暗闇に閉ざされていく。
敗北を受け入れようとした瞬間、聞き慣れた、しかしひどく懐かしい声が、聞こえた気がした。
「まだだ!!」
気づけばそんな言葉を口に出していた。
「「まだまだ!!終わってねぇぞぉぉぉお!!!」」
俺の声と、全く同じ、しかし俺ではない誰かの声が重なり、フィールドに響き渡る。
冷たくなっていた体に火が灯る。
全身に力がみなぎってくる。今まで感じたことの無い、不思議な感覚。
無意識のうちに右手を構えていた。すると、まるで何かに導かれるかのように全身に溢れる力が右手に集まっていく。
右手を天に掲げると、そこから爆発的な気が放出され、
──────白銀に輝く、巨大な右手が出現した。
「うおおぉぉぉぉぉ!!!!」
右手で〈ダークトルネード〉を受け止める。僅かに拮抗した後、シュートの威力は完全に殺され、俺の右手にボールが収まる。
『円堂!』『キャプテン!』
皆が歓喜の声を上げる。
豪炎寺がマークを振り切り走り出したのが見えた。
豪炎寺に向かってボールを投げ渡そうとした俺だったが、投げる前に体が限界を迎え、膝から崩れ落ちる。
俺の前方に転がるボールに向かって帝国のFW寺門が走り込んで来る。
まずい、今シュートを打たれたら………!
しかし、寺門がボールに到達する前に影野がスライディングでボールを弾く。こぼれたボールを風丸がキープ。だが、後方から鬼道が迫る。
「このボールだけは、渡すものか!!」
「何!?」
風丸が鬼道を〈疾風ダッシュ〉で抜き去る。鬼道が一対一で抜かれたことに帝国イレブンは驚愕を隠せない。
「半田!」
ボールは風丸から半田へ
「俺だってやってやる!ジグザグスパーク!!」
半田がジグザグにドリブルすると青い稲妻が地面に走り、相手の動きを封じる。半田の新必殺技が、帝国の守りを切り崩す。
「染岡!」
「おう!」
半田から染岡へのパスが通る。ボールを受け取った染岡はすぐさまシュート体勢に入る。
「ドラゴンクラッシュ!!」
染岡の放ったシュートはゴールとは見当違いの方向へと打ち上げられる。
「頼むぜ……豪炎寺!!」
「ああ!」
染岡が放ったのはシュートではなく豪炎寺へのパス。そのボール目掛け豪炎寺が回転しながら飛び上がる。
鬼道の必殺技とあまりにも似通ったその技に帝国イレブンが目を見開く。しかし、その左足に灯るのは雷門に絶望を齎した漆黒の炎ではなく、チームを勝利へと導く、鮮やかな希望の炎。
「ファイア……トルネエェェェドッ!!」
豪炎寺の放った〈ファイアトルネード〉の炎が染岡の生み出した竜を飲み込み、炎の龍と化して帝国ゴールへ向かう。
「パワーシールド!!」
源田の創り出した衝撃波と炎の龍がぶつかり合う。
『いけえええええええええ!!!!』
ピシリ、という音と共に衝撃波に亀裂が走る。亀裂はどんどん広がり、やがて衝撃波は完全に打ち砕かれ、炎の龍がゴールネットを食い破った。
「よっしゃあああ!!」
「ついに取ったでヤンス、一点!」
「やったな!」
「ああ!」
フィールドに雷門イレブンの歓喜の声が響く。
俺も、ゴール前で影野に肩を貸してもらいながら、笑顔を浮かべる。
ついにやったんだ。帝国から点を取ったんだ。
しかし……
────────銀色か……
先程の〈ゴッドハンド〉について考える。俺の〈ゴッドハンド〉は原作の円堂のものとは違い、銀色の輝きを放っていた。
割り切ったつもりではあるが、やはり俺は本来の円堂とは別人なんだな。
「帝国学園から試合放棄の申し入れがありました!よってこの試合雷門中の勝利とします!」
審判の言葉に皆が驚いている間に帝国イレブンはさっさと雷門中を去っていく。去り際に鬼道と一瞬目が合った気がしたのは気のせいだろうか。
帝国学園が立ち去り、グラウンドには俺達だけが残された。
「勝った……のか?」
「勝った気はしないけどな」
「九点差つけられてたしね」
素直に喜んでいいのか迷っている様子の皆に俺も近づく。
「まあ、確かに勝ったとは言いづらいかもな。でも見ろよ」
俺はスコアボードを指差す。
スコアボードには確かに俺達がもぎ取った得点が記録されている。
「この一点は勝ったことより大きな意味があると思う。俺が止め、皆が繋ぎ、豪炎寺が取った。俺達が初めて、チームとして取ったこの一点」
俺はそこで言葉を切り、皆の顔を見渡す。
「この一点が俺達の伝説の始まりだ!」
『おお!!』
───それにしても、あの時聞こえた声は、誰だったんだろう?
うちの円堂くん、メンタルクソ雑魚過ぎない……?
何か途中最終回みたいなノリになった気がしますがまだ続きます。