円堂が雷門から離脱した頃から若干時は遡り、豪炎寺はゴッドエデンへと足を踏み入れた。ただし、ゴッドエデンという名前で呼ばれるのは今から十年後の話であり、当然フィフスセクターも結成されておらず、誰の手も加えられていない現在のこの島は、かつて人が住んでいた形跡こそ僅かに残ってはいるものの、そこいらの無人島と大した違いは無い。
豪炎寺もそれは当然ながら分かっている。その事を踏まえたうえで豪炎寺がこの島に持ち込んだ荷物を確認してみよう。
財布
携帯電話
サッカーボール(予備を含めて3個)
スパイク等のサッカー用具一式
その辺の自販機で買ったスポーツドリンク
以上である。はっきり言おう。アホである。
遭難した訳でもなし、自分から無人島にやって来たのだから、もう少しまともな準備をするべきである。
尤も、豪炎寺からすれば一刻も早くこの場所に辿り着き、特訓を開始したかった訳で、そんな準備をしている時間はなかった、という言い分があるのだがそれは一先ず置いておこう。
一般的に無人島に遭難、まあ豪炎寺の場合は自分から来たので少し違う気もするが、とにかく無人島に来て最初にするべきことは何だと思うだろうか。寝床の捜索、飲み水や食料の確保等、やるべきことは色々と思いつくのではないだろうか。さて、では豪炎寺はというと
「よし、無事に着いたことだし、早速修行を始めよう」
まるでそれが当然だとでも言うかのように、真っ先に特訓に取り掛かるつもりのようだ。そしてどんな特訓をするかは予め考えていたらしい。
「先ずは分身を出せるようになるところからだな」
サッカー選手の発言としては明らかにおかしい気がしないでもないが、この世界のサッカーは超次元。おまけに発言者は豪炎寺とくればこれはもう通常運転である。
とはいえ、豪炎寺は以前から分身は会得したいとは考えていたが、原理がよく分からないことから諦めていたはずである。だが、どうしても諦め切れなかった豪炎寺は自身の記憶を必死に探り、とある必殺技に思い至った。
〈オリオン・クロスバイパー〉。オリオンの刻印に登場したあの技は分身っぽい何かを出していたが、〈分身フェイント〉等の分身とは原理が違うように感じられた。そして豪炎寺は思った。あの出し方なら炎で同じことができるのではと。
恐らく円堂が聞いていれば頭の中に盛大に?マークを浮かべたであろうが、豪炎寺は大真面目である。
目を閉じ、集中する豪炎寺の体から炎が溢れ出す。炎が蠢き豪炎寺の隣に人型を形成していく。
いったい〈オリオン・クロスバイパー〉の何を参考にしたのだと言いたくなるが、豪炎寺にとっては分身を出すイメージさえ朧気にでも掴めればそれで良かったのだろう。何はともあれ、炎の分身体というこれまたよく分からないものを作り出すことに成功した豪炎寺だが、ここで一つ問題が発生した。
────何だ?動かない?
炎を押し留めて人型にするところまでは上手く行ったが、全く動かせない。いや、炎を集めて人の形に取り繕っているだけなのだから当然なのだが、豪炎寺からしてみれば動かせるはずだったらしい。
分身は動かせず、かといって自分が動こうとすればせっかく作った分身の形が乱れる。革新的なアイデアを思いついたつもりだった豪炎寺だが、これでは流石に使い物にならない。
実はこの分身だが、豪炎寺の持つ圧倒的な才覚をもってすれば決して動かせなくはない。だが、ここで問題になるのは豪炎寺の気のコントロールが壊滅的に下手くそであるということだ。
実はこの男、円堂があれだけ気を集中やら纏わせるやら、色々考えて技を編み出していたのに対して、殆ど感覚だけで技を使っていたのだ。
円堂は以前、まだ〈ゴッドハンド〉を習得できていない頃に気の総量が発動するに満たないからではないか、などと考えたことがあるが、豪炎寺に関しては全く逆のことが言える。
即ち、保有する気の総量が多すぎて大抵の技は力ずくで使えてしまうのだ。例えば豪炎寺が〈爆熱ストーム〉を習得するのに時間が掛かったのも、ここに理由がある。ひたすらに気を注ぎ込み火力を高めればよかった〈グランドファイア〉等と違い、魔神を形成する為にはある程度の気のコントロールは必須になる。豪炎寺の〈爆熱ストーム〉の魔神が、円堂の魔神よりもかなり大きいのは、それだけ大量の気を注ぎ込んだということであり、同時に円堂と同サイズまでコントロール仕切るだけの技術がないということでもある。豪炎寺が〈爆熱ストーム〉を発動する為に消耗する気の量は本来必要な量の凡そ十倍。原作ゲームでいうところのTPに換算すると、三作目の世界への挑戦を基準に考えても一発につき約460ものTPが必要な計算になる。これは一般的な選手が全ての気力を絞り尽くしても届かない程の数値であり、それを軽々と連発できる豪炎寺のやばさが際立つというものだ。
「くっ………う……ぉお……」
苦悶の表情を浮かべ、どうにか分身体を動かそうとする豪炎寺だが、この炎の分身を自由自在に動かすとなれば、今の豪炎寺とは比較にならない程に精密な気のコントロールが必要だ。少なくとも今の豪炎寺では何かコツを掴みでもしない限りすぐにはどうにもならない。しかし、そんなことは知らない豪炎寺からしてみれば、どうにかして動かせるようになろうとするのは当然のことであり──────
────結果、早朝から日が沈み始める時間まで、豪炎寺は試行錯誤を続けるのであった。
「はぁ………はぁ……」
大量に流れ落ちる汗を拭い、地面に倒れ込む。普段の豪炎寺から考えられない程に消耗仕切っており、乱れた息を深呼吸してゆっくりと整える。
「ちく……しょう……。結局…全然駄目……だった…」
一日掛けて全く進展がなかった。ひょっとしたら今のやり方では分身を出すことはできても、動かすのは無理なのかもしれない。なら、どうすれば────
「……?あ、あれ……?何で……」
そこまで考え、体を動かそうして気づく。体に力が入らない。どころか凄まじい喉の渇きと、空腹感が襲ってくる。
実はこの男、色々あって世宇子との試合の日に朝食を取って以降、何も口にしていない。ゴッドエデンについて調べていたり、特訓に夢中になるあまり、全く気にしていなかったが、集中が途切れたことによりそのツケが一気に回ってきた。
────や、やばい……!このままだとマジで飢え死にする……!
こんな阿呆らしいことで死ねるかと、必死に体を起こそうとするが、体は動いてくれない。世宇子との試合にグランとの勝負、この島に来てからの特訓。度重なる消耗で豪炎寺の体はとっくに限界を迎えており、むしろ何故今まで動けていたのか不思議なくらいなのだ。普通はここまで酷い状態になる前に気づけるはずなのだが……。
────ちよっ……!?何か視界ぼやけてきたんだが!?死ぬ!誰かいないのか……!?
豪炎寺の焦りが大きくなる。無意識に誰かに助けを求めるが、自ら厳しい環境を求めて誰も助けてくれる者がいないこの島に来たのだ。当然、自分でどうにかするしかない。
────円堂……皆……ごめん。俺……ここまでかも……。
必死に仲間を逃がし、敵を引き受けて戦い抜いた戦士の死に様のような雰囲気を醸し出しているが、実際はただの自業自得の空腹でぶっ倒れているだけである。
その時だった。半ば諦めかけていた豪炎寺の耳に、その声が聞こえたのは。
「………君、大丈夫かい?」
豪炎寺は後に語る。もしあの島とは別の無人島で特訓をしていたら、多分あの時死んでいたと。
そしてそれを聞いた円堂や鬼道は、怒ればいいのか呆れればいいのか分からず、何とも言えない表情を浮かべたという。
「いや〜助かったよ!ホントにありがとう!」
分けてもらった果物と、何かよく分からない肉を頬張りながら、豪炎寺は自分を助けてくれた目の前の人物に目を向ける。
やや褐色の肌に紺色のボブカット。前髪の一部を触覚のような玉飾りで留めてあり、その先端は赤と白に染められている。
向き合った印象は決して派手ではなく、むしろ地味と言えるが、ここまで特徴が一致していて、おまけにこの島にいるとくれば、原作でも登場したあのシュウで間違いないだろう。
「……別に助けた訳じゃないさ。君がどうなろうと僕はどうでもいい。ただ、この島で死なれたら迷惑なだけだ」
円堂守を主人公としたシリーズから十年後を描いた続編となる、イナズマイレブンGOに登場したキャラクターであるシュウ。ファンからの人気もかなり高いキャラであり、人気投票によって選ばれたベストイレブンにも選出されている。
シリーズでも群を抜いた悲劇的な過去の持ち主であり、豪炎寺の記憶が確かなら今目の前にいる彼はこの島にかつて住んでいた少年の亡霊、のはずだが───
────そうは見えないよなあ。ちゃんと足あるし。
「なあシュウ。一つ聞いてもいい?」
「名前を教えた記憶はないけど……何?」
何故か自身の名前を知られていることを訝しみながらも、質問の内容を促すシュウ。豪炎寺は口の中の物を飲み込み、一息ついてから口を開く。
「シュウって幽霊かなんかなの?」
あまりにピンポイントかつ直接的な質問に、シュウの顔色が変わる。
「……なんでそう思ったの?」
「なんとなく」
「………」
予想以上に簡潔すぎる答えに思わず呆気に取られるシュウ。そんな彼に構うことなく、豪炎寺が言葉を続ける。
「後は……気配、かな」
「気配?」
「シュウが俺に声を掛けてくるまで、何の気配も感じなかったのに、いきなり現れたから。流石にあんな状態でも、余程の使い手でもない限りは誰かが近づいてきたら分かる」
「………君、この島に何しに来たんだい?」
こいつはサッカープレイヤーではないのか。余程の使い手とは何だ。何の使い手なんだ。
豪炎寺がこの島に来てから、ずっとその様子を伺っていたシュウだが、終始何をしているか理解できなかった。
傍から見れば、豪炎寺のやっていたことは人型の炎の横で何時間もうんうん唸っているだけである。少なくともそれをサッカーの特訓だと思う者はそうそういないだろう。
「強くなる為だ。その為に、俺はこの島に来た」
「……何の為に?」
そんなことを聞いた自分にシュウは驚いていた。助けたのはこの島で人が死ぬのが嫌だっただけだし、別に他人が強くなろうとする理由などどうでもいいはずだ。少なくとも普段のシュウであればこんな質問はしなかったはずだ。それが何故……。
「誰にも負けたくないから……かな?あとは仲間の為と……そうだな、妹の喜ぶ顔が見たいから……とか、かな」
その答えを聞き、シュウは豪炎寺を見てから何となく感じ取っていたものの正体に気づく。それはどうしようもない嫌悪だ。
強くなりたい、そう語る豪炎寺の目からは自分の力を微塵も疑っていないのが感じられる。自分は誰にも負けないという強烈な自負。
そして何より、妹のことを口にした時の表情。恐らくこの男は妹のことが大切なのだろう。それこそ、他の何を犠牲にしてもいい程に。
自分の力に絶対的な自信を持ち、それでも貪欲に強さを求める。きっとこの男は何が起ころうと妹を守り通すのだろう。会ったばかりで、何も詳しいことは知らないはずなのに、不思議とそんな確信を抱いた。
つまりこの男の在り方は、シュウがかつてそう在りたいと願ったものに酷似している。
そしてそれは、今のシュウにとっては決して手が届かないもの。自分の力を信じ切れず、妹を守ることもできなかったシュウには。
「………そう。いつまでいるつもりか知らないけど、特訓でも何でも好きにすればいいよ。じゃあね」
「あ、待ってくれよ!」
早々にこの場を立ち去ろうとしたシュウだったが、豪炎寺に呼び止められ、思わず足を止める。
「こうして会えたのも何かの縁だしさ。一緒に特訓しないか?」
「断る」
シュウは豪炎寺の提案を一蹴する。冗談では無い。豪炎寺の存在はシュウにとって眩し過ぎる。できればもう関わりたくは無い。
今度こそ立ち去るシュウ。だが、彼は知らない。これから豪炎寺がこの島にいる間、野生の勘とでも言うべき何かによって居場所を突き止め、逃げようとするシュウを引き摺って毎日、無理矢理特訓に付き合わせ続けることを。
なんかすっごい疲れた。