フィールドの中央で正しく異次元の攻防を繰り広げている二人を、風丸は見ていることしか出来なかった。
────俺は………無力だ。
自分にもっと力があれば。そんな風に思わずにはいられない。だが気持ちだけは切らしてはダメだ。
これが一対一の勝負であれば、風丸に手出しはどう足掻いても出来ない。しかしこれはサッカー、決して個人の勝負ではないのだ。
だから信じろ。自分にもまだ、出来ることがあるのだと。必ずその時はやってくる。今は耐えろ。鬼道を、仲間を信じて。
拳を強く握り締め、風丸はただひたすらに待つ。決して好機を逃さぬように、目の前の光景をその目に焼き付けながら。
もう、どれだけの時間が経ったのだろう。とても長かったような気がするが、ほんの僅かな時間だったような気もする。
何度目かのぶつかり合いの末、後方へと弾かれ一旦距離を取る。
────このままでは……。
傍目には未だ互角の攻防を続けているように見えるかもしれない。だが徐々に天秤は傾き始めている。ここに来て化身の練度の差が出始めていた。先程から僅かだがこちらが押されている。このまま続けていれば、そう遠くないうちに競り負ける。それは吹雪も分かっている。
だが打てる手がない。今も全神経を傾け、何とか渡り合えているのだ。策を講じる余裕などない。
再び地を蹴り、同時に目の前のボールを蹴る。またしても弾かれるが────
────!!俺の方が若干遠い……!!
吹雪よりも鬼道の方がほんの僅かではあるが、長い距離まで弾かれた。これでは次は吹雪の方が一瞬早くボールに到達する。さらに意識が逸れたのが災いしたか、何度も踏み締め、荒れたフィールドに足を滑らせ体勢が大きく崩れる。
────しまっ……!!
引き伸ばされた意識の中で、吹雪が嗤うのが見えた。ボールを奪われる。いや、この位置からシュートを打つつもりだ。
ここでゴールを奪われたら、負ける。
しかし俺はどうすることも出来ず、吹雪がシュートを放つ、その寸前。
「うおおおおおおおおお!!!!」
────一陣の風が、ボールを颯爽と掻っ攫った。
鬼道も吹雪も、お互いに意識を集中させていた。だからこそ気づけなかった。鬼道が吹雪よりも長い距離を弾き飛ばされた、その瞬間に風丸が駆け出し、凄まじい勢いで突っ込んで来ていたことに。
ダイビングヘッドのような格好で、文字通り飛び込み、ボールをクリアした風丸。タイミングはとんでもなく際どいものであり、優れた身体操作技能を持つ吹雪だからこそ足を止めることが出来たが、一歩間違えば勢い余った吹雪の蹴りを顔面に食らっていてもおかしくなかった。
しかしそんな風丸の決死のプレーによるクリアは充分なものではなかった。こぼれたボールに反応する吹雪だったが、それよりも一瞬早く動いた者がいた。
「影縫い!!」
地面から伸びた影がボールを掴み、横合いへと勢いよく放り投げて吹雪から遠ざけられる。ボールはそのままサイドラインを割るかと思われたが、ただ一人そのボールを追う者がいる。
「絶対に………繋いでみせるでヤンス!!」
サイドバックの栗松が懸命にボールを目指し足を動かす。だがそれでもこのままではボールがラインを割る方が早いだろう。
────もっと……もっと速く走るでヤンス!!
きっとこうしてボールを追うのが風丸であれば、きっとボールに届いたはずだと栗松は思う。けれど今ここにいるのは自分だ。自分しかいないのだ。
────もっと速く………風丸さんのように……!!
栗松のスピードが上がる。目まぐるしく高速で足を動かし、少しでも前へ、前へと進む。もっと速く走りたい、風丸のように。同じDFとして栗松が抱いていた憧れ。その想いが必殺技へと昇華する。
「ダッシュアクセル!!不動さん!!」
加速した栗松がラインぎりぎりのところでボールに追いつき、パスを出す。足をもつれさせ、そのまま勢い余ってごろごろとコートを転がったものの、確かにボールは繋がった。
パスの行先は不動であるが、その背後からは吹雪が迫って来ている。トラップしている余裕はないと判断し、不動はこのボールをダイレクトで全力で蹴り上げる。ゴール前に高々と上がったボール。しかしこれは────
「どこに蹴ってるんだよ不動!?」
思わず塔子が声を上げるが、無理もない。不動が蹴ったボールは高く上がりすぎて跳躍したところで届かない。かといって落ちて来るのを待てば競り合いになる。折角繋がったボールを不意にした不動を責めたくなるのは当然だ。しかしそれは全てが終わってからで遅くない。
「跳べ、鬼道!!」
「────ッ!!」
不動の声は今の鬼道には届かない。しかし鬼道は跳んだ。不動が無駄なことをするはずがない。何か意図があるはずだと信じて。
「何を企んでいるのか知らないが……やらせると思うなよ!」
当然吹雪も黙って見ている訳はなく、足元から空中のボールに向けて氷を伸ばす。凄まじい勢いで形成される氷が、大質量の氷塊と化して鬼道諸共呑み込まんと押し寄せる。
「今だ───ッ!!」
────これか!!
鬼道は空中で体勢を無理矢理変え、ブルートの剣を横薙ぎに一閃。迫り来る氷を斬り飛ばす。切断された氷の断面。平らなそれは、空中での新たな足場となる。
「!!しまった……!!」
自身の行動を利用されたことに気づいた吹雪が忌々しげに顔を歪める。吹雪がどう動くかは賭けではあったが、ここまでの試合の中で不動は吹雪のプレーの傾向を分析していた。咄嗟の状況であれば吹雪ならこうすると不動は読んでいたのだ。
鬼道が氷の足場を用いて更に高く跳躍する。鬼道は遥か上空に舞い上がったボールよりも高い位置にまで達する。そこから重力に引かれて落下しながらも身体を捻り回転することによって勢いを上乗せし、振り下ろされたブルートの大剣と共に、全体重を乗せた渾身の踵落としをボールに叩き込む。
「鬼神の斧ォォォォォ!!!!」
遥か上空から打ち下ろされる鬼神の一撃。吹雪が形成した氷塊を真っ二つに引き裂きながらボールは白恋ゴールへ向かって一直線。しかしその軌道上には吹雪が回り込んでいる。
「この私から……二度もゴールを奪えると思うなぁぁぁ!!!!」
上空から迫り来るその一撃を、ゲルダの持つ槍で迎撃する。周囲に轟音と衝撃波を撒き散らしながら、鬼道のシュートとゲルダの槍がぶつかり合う。
「この……程度で……!!私が……ッ!?」
拮抗する二つの力の衝突。その最中、シュートを弾き返すべく吹雪が更に力を込めようとした瞬間、それは起こった。
吹雪が背に従えるゲルダの姿が、ノイズが走ったかのようにぶれる。ほんの一瞬の出来事であり、吹雪もすぐに持ち直した。だが、その一瞬が勝負を分けた。
────ピシリ。
何かが砕けるような音が響く。激しくぶつかり合う中、吹雪の耳には何故かその音はやけにはっきりと聞こえた。
それは均衡が崩れる引き金。ゲルダの槍の穂先に小さな、しかし確かな亀裂が走る。その亀裂は瞬く間のうちに槍全体へと広がり、ゲルダの槍は粉々に砕け散った。
「………!!」
驚愕に目を見開く吹雪の顔の真横を通ったボールは、フィールドにワンバウンドしてゴールネット上部へと突き刺さった。
今のゴールで1点差に詰め寄った雷門。しかしその代償は大きい。
「………!!くっ……は……」
モノクロに染まっていた鬼道の視界が色づく。シャットアウトしていた感覚が戻り、処理する情報量が急激に増えたことによる頭痛で集中が途切れた。アドレナリンの大量分泌によって誤魔化されていた疲労が一気に身体にのしかかる。化身を維持出来ず、異形が影となって身体へと戻っていく。
化身の急激な体力消費によるスタミナ切れ。滝のような汗を流し、フィールドに膝をつく鬼道。
────ここまで……か。
試合終了まで持たせられない体たらくに歯噛みする鬼道。だが成果は充分だ。ゴールを奪ったこともそうだが、何より大きいのは────。
「な……に……」
前を向いた鬼道の視線の先には、鬼道と同じようにフィールドに崩れ落ちた吹雪の姿。その背に氷の女王の姿はない。
吹雪は今まで自分と同等の存在と競い合った経験がない。己の限界を分かっているつもりではあったが、化身同士のぶつかり合いは吹雪の想像以上に体力を消耗させていた。それに加えて、力を過信し試合が止まっている間などの必要がない時にまで化身を出し続けていたことがここに来て響いている。
残り時間はあと僅かだが、吹雪が動けなくなれば1点差など有って無いようなものだ。勝敗は決した。
────このままであれば、だが。
────負ける……?この私が……?
無様に跪き、荒い息を吐き出しながらも、思考は止まらない。
────この私が……限界だというのか。
自身が想定していたよりも、限界を迎えたのは遥かに早かった。自身の体力と相手の力を読み違えた。
このままでは負ける。駒共では奴らを抑えきれない。私の計算ミスが原因で、敗北する────。
────そんなもの認められるか……!!
私は負けられない。負けてはならない。勝負事において、肯定されるのは常に勝者。なればこそ、私が完璧であることを証明する為には、私は勝利し続けなければならない。
『お前が……完璧になれ』
脳裏を過ぎるのは自身の最も古い記憶。己を縛る呪縛であり、制約となったその言葉。
吹雪士郎は完璧でなければならない。自身はそうあれと願われ、生まれた。それを捨てることなど許されない。完璧でないのなら、私に価値はない。
────何か……何かないのか……。状況を打開する方法が……!!
そんな都合の良いものなどありはしないと分かっていても、諦めることなど出来ない。普段なら邪道と切り捨て、当てにしない本来なら持ち得るはずのない知識まで総動員して思考を続ける。
そんな時、ふと視界に映った。烏滸がましくも不安げな色を瞳に湛え、私を見る駒共の姿が。
────………何だ。まだ、使えるものがこんなところに有るではないか。
無くなったのなら、有るところから引っ張ってくるまでのことだ。
吹雪の足元から氷が広がっていく。その氷は徐々に面積を広げていき、遂には白恋陣内全域を覆い尽くした。
────何だ?いったい何を……。
鬼道のそんな思考は突如響いた白恋の選手達の悲鳴によって掻き消された。
「うわぁ!?な、何だこれ!?」
「吹雪君!?何なのこれ!?」
見れば植物の蔦のような氷が白恋の選手たちを捕らえている。その光景が持つ意味が分からず、固まる雷門イレブン。そんな中、更なる変化が訪れる。
「あ……え……?」
「何……体が………」
「力が……抜けて……」
氷の蔦に捕らわれていた白恋の選手達の体が脱力し、次々に意識を失っていく。白恋陣内を埋め尽くす氷が妖しい光を放つ。
そして次の瞬間、信じ難い光景が雷門イレブンの目に映る。
フィールドに膝をつき、俯いていた吹雪の身体から勢いよくどす黒い影が溢れ出す。砕かれたはずの槍すらも再生し、美しき氷の女王が再びフィールドに顕現する。立ち上がった吹雪の身体からは青白いオーラが立ち上り、感じる圧力も先程までよりも強くなっている。
「な、何で……?」
「もう限界だったはずじゃ……」
雷門の何人かが困惑したように疑問の声を漏らす中、鬼道だけが吹雪が行ったことの正体を看破していた。
「吹雪……!!貴様……自分が今何をやっているのか分かっているのか!!」
憤怒の形相で声を荒らげる鬼道だが、吹雪はそれを全く意に介さずに返答する。
「約立たずの駒共を最後まで有効活用してやろうというのだ。感謝こそされど、非難される謂れはないな」
「貴様……!!」
吹雪が行ったことは実にシンプル。氷を媒介とし、チームメイトから無理矢理気を奪い取り、自分の力へと変換したのだ。
化身の力を送り込む〈化身ドローイング〉とは似て非なる、悪魔の如き所業。
「さあ、終わりにしてやろう」
無慈悲にそう宣言する吹雪を前にして、鬼道の脳裏には一時は師と仰いだ、ある男の言葉が響いていた。
何でこいつ登場から間も無いのに、ラスボスみたいなムーブかましてんの……?
白恋戦は次話で終わる……多分。その後試合後のやり取り書いて、前にも言ったように円堂サイドに移ります。
豪炎寺?前話にちょろっと出たからもうええやろ。