試合終了を意味する笛の音は酷く現実感が無く、ゴールの中に転がるボールを呆然と見つめ立ち尽くしていた。
────引き……分け……。
そんなものは私にとって敗北と同義だ。こんな結末、到底受け入れられるはずがないというのに、こんなにも苛立たしいというのに、同時にどこか清々しいような気分になっているのは何故だ。
『俺がお前に……本当のサッカーを教えてやる』
胸がざわつく。あんな奴らに私が絆されるなど有り得ない。そのはずなのに、この感情は、衝動は何なのだ。
「私は……何も間違ってなどいない。完璧である為に、必要なことをしているだけだ。………これまでも、これからも」
私は何も変わらない。私を縛るものは一つだけでいい。仲間などいらない。他人など、信じてもすぐにいなくなるだけだ。
どれだけそう自分に言い聞かせても、胸に灯った小さな熱は、中々消えてはくれなかった。
試合終了から十数分が経過し、気を失っていた白恋の選手達も無事に目を覚ました。気だるげな様子こそあれど、後遺症のようなものは見られない。
「私にその程度の調整が出来ない訳がないだろう。まだ使える駒を自分で壊したりはせんよ」
呆れたような口調でそう宣う吹雪であるが、それが本心からの言葉かどうかは定かではない。
「さて、私が負ければお前達のチームに入るのだったな?負けを認めるのは癪ではあるが、見苦しく言い訳をするつもりもない。大人しくお前達の軍門に下るとしよう」
あっさりとそう宣言する吹雪に鬼道や風丸は少々拍子抜けしてしまう。大方よく分からない理屈を並べ立てて引き分けすら認めないのではないかと思っていたのだ。
「……一応引き分けだったんだが」
「この私を相手に引き分けたのだ。勝利に等しい栄光であろう?喜べよ」
相変わらずの上から目線の物言いではあるが、そこに敵意は無い。
「ま、まあとにかく、力を貸してくれるってことでいいんだな?」
「最初からそう言っているだろうが。理解力の無い愚図め。お前の頭の中には綿でも詰まっているのか?」
もう一度確認しておこうと問い掛けた言葉に返ってきた罵倒に、思わず顔がひくつく風丸だったが、これからは仲間としてやっていくのであればこれにも慣れねばなるまいと出掛かった言葉を飲み込む。
「それじゃ───」
「ちょっと待ってくれ!」
「って、土門?」
よろしく、と綺麗に纏めようとしたところで待ったが掛かる。何やら真剣な顔で一歩前に出て、土門が口を開く。
「なあ、本当にそんな奴をチームに入れるのか?皆も見ただろ?こいつがチームメイトに何をしたか!本当にこいつを信用していいのか!?」
それは誰しもが思っていたことだ。鬼道や不動、そして風丸もまた、よりチームが強くなる為にそれを許容しようとした。しかしそれが出来ない者もいる。
「土門の言う通りだ。そんな奴いなくたって、俺達だけで戦っていける」
「染岡……」
土門に続いて染岡もそう言うが、同じようなことを思っているのは殆ど全員だろう。それ程に吹雪の印象は悪い。
「別に私は構わないぞ?無駄な時間を潰すことが無くなる訳だからな。お前達の好きにするといい」
そしてそこに更に油を注ぐ吹雪。本当に興味が無い、というよりは雷門の面々の反応を見て面白がっている様子だ。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!貴方達!」
この流れに慌てるのは瞳子だ。彼女からすれば吹雪は多少の不和を許容してでも確実に確保すべき戦力である。この先のエイリア学園との戦いにおいて、吹雪の力は必ず必要になる。瞳子はそう判断している。
「黙れ女。誰もお前の意見など聞いていない。引っ込んでいろ」
「貴方、私に対しては特に当たりが強くないかしら……?」
やり取りに割って入ろうとした瞳子だったが、吹雪に一蹴される。何もしていないのに何故か敵視されていることを嘆いてしまうのは致し方ないことであろう。
「許せ。監督やコーチといった人種は生理的に気に入らないだけだ」
「り、理不尽だわ………」
思わずそうぼやいてしまう瞳子であったが、無理に意見を通そうとして吹雪に臍を曲げられでもしたら困る為、一旦大人しく引き下がる。その背中に哀愁が漂っているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「風丸、お前が決めろ」
「鬼道?」
そんな中、鬼道は風丸に決定権を委ねる。押し付ける訳ではなく、そうするのが相応しい為に。
「今はお前が雷門のキャプテンだろう。なら、最後に決めるのはお前であるべきだ」
「鬼道……。でも、さっきの試合でも実際にチームを引っ張っていたのはお前だったし……」
「そんなことは関係ないだろう。それに引き分けという結果を引き寄せたのはお前だぞ」
「えっ?」
身に覚えのないことを言われて疑問の声を漏らす風丸に、鬼道はため息を吐いた。
「俺達が力を合わせて活路を見出す中、お前だけはたった一人で吹雪を抜いて見せた。最後のゴールはお前がいなければ存在しなかった。お前は充分、頼れるキャプテンだよ」
「鬼道……」
そんなことを言われるとは思っていなかった為、面食らってしまった風丸だったが、鬼道が嘘を言う理由もない。鬼道の言葉をきちんと受け止める。
「あの……すみません……」
「ん?……目金?」
声がした方を見やる風丸。そこにいるのは目金なのだが、少し様子がおかしい。
「どうやらさっきの試合で足を捻ってしまったようで……」
「ええ?」
「大変!音無さん、救急箱!」
「は、はい!」
木野と音無がすぐに手当てを行ってくれているが、足を引き摺っていたようだし、すぐにはプレーするのは難しいだろう。無理をすれば悪化させるだけだ。
今の雷門は人数がギリギリであり、1人でも欠ければ人数が足りなくなる。とはいえ目金を責めるのはお門違いというものだろう。先の試合で全力を尽くした結果であり、事実として他の選手に実力で劣りながらもよくチームの為に働いてくれた。
しかしこのタイミングでこうなった以上はもう答えは決まったようなものだ。
「……吹雪」
「どうやら決まったか。私はそこの奴の代わりか?穴埋めが見つかるまでは精々我慢────」
「違う」
「……何?」
吹雪の言葉を風丸が遮る。訝しげに風丸を見る吹雪を、風丸は真っ直ぐに見つめ返す。
「人数が足りないのも理由の一つではある。でも、きっとあいつなら、円堂ならお前のことも受け入れると思ったからだ」
「……円堂……守か……」
円堂の名前を聞き、少し考えるような仕草をする吹雪だが、風丸には吹雪が何を考えているのかは分からない。けれど、吹雪も円堂のことは知っているのだなと意外に思った。自分以外は例外無くどうでもいいとでも思っているかと思っていた。
「そんな何の根拠も無い理由で私を受け入れると?周りの意思を無視して」
「手厳しいな……。だけどさ、俺達はまだ会ったばかりだろ?お互いのことを分かったって言うには、まだ早すぎると思うんだ。一緒にプレーしていれば、きっと分かり合えると思う」
「……甘い考えだ」
「だな。円堂のお人好しが移ったのかもな」
風丸が目の前の吹雪に向かって、右手を差し出す。
「よろしくな、吹雪」
「…………」
差し出された右手に対し、吹雪もまた右手を伸ばし─────
────風丸の手を払い除けた。
「何か勘違いしているようだから言っておくが、私はお前達の仲間になるのではない。ただ力を貸してやるだけだ。どう使うかはお前達の勝手だが、精々足を引っ張ることのないよう気をつけるんだな」
吹雪の言葉に風丸は苦笑を浮かべる。分かり合えるとは言ったが、それなりに長い時間が必要になるだろう。今は辛抱強く付き合っていくしかない。
「皆も、一先ずそれでいいか?」
「分かった……。今はそれでいい」
「……チッ」
「は、はいッス……」
土門や染岡も吹雪を仲間にするのが、戦力的に見れば最適であることは理解している。全て納得した訳ではないだろうが、今はそれを飲み込む。他の者も反対意見を言う者はいないようだ。
風丸は雲間から光が差し込む北海道の空を見上げる。同じ空の下、円堂もどこかで頑張っているのだろう。風丸には何をしているのかは分からないが、円堂の帰る場所であるこのチームを、しっかりと守っていこうと思う。代理であれ、このチームのキャプテンとして。
────ああ、今日はよく晴れてるなぁ……。
雲一つない綺麗な青空を見つめながら、目の前の現実から目を逸らす。自分で言っていて少し悲しくなってくるが、理不尽なことには慣れているつもりだ。訳の分からない転生、いや憑依か?まあどっちでもいいか。から始まり、始まる前から崩壊していた原作に何故か強くなっている敵チーム。阿呆なことを言い出す豪炎寺に、自重せずガンガン新技を開発する豪炎寺、明らかなオーバーキルを繰り返す豪炎寺に、旅に出るとか言って勝手に居なくなる豪炎寺。挙句の果てにチームから出て行く羽目になった。………あれ、おかしいな。豪炎寺が占める割合がやけに多いような……。俺の心労が多い原因はよく考えなくてもあいつか?今度会ったら一発殴ろう。
とまあ、色々言ってはいるが、こうしてチームから離れて世宇子と特訓してるのも、元を正せば自分の行動の結果だ。甘んじて受け入れるさ。
……だけど。……だけどさぁ……………これはないだろう?
「円堂守………サッカーを捨てろ!!」
頼むから今すぐ帰ってくれ。
はい、という訳で始まりました。円堂視点という名のオーガ襲来イベント。
脅迫されてチームから追い出された挙句、オーガをぶつけられる主人公がいるってマ?
ひっでぇ作者もいたもんやなあ……。