なんで俺はこいつをこんな性格にしてしまったんだ。
────俺は一体何をしているのだろうか。
膝に手をつき、乱れた息を整えながら、風丸はそんな疑問を覚えずにはいられなかった。
特訓、そう、これは特訓のはずだったのだ。なのに、ボールを蹴ることも無く、仲間達の悲鳴が響き渡る
「風丸!そっちに行ったぞ!」
染岡の怒声の様な声に顔を上げれば、猛スピードでこちらに迫って来る
僅かな休息では碌に体力も回復できていないが、このまま立ち尽くしていては怪我どころではすまない。
鉛の様に重く感じる足を動かし、走る。走る。
疲れで思考が鈍くなっていくのを自覚しながらも、風丸はこうなった経緯を思い返していた。そう、事の発端は吹雪のあの一言だった。
「訓練?」
白恋中との練習試合を行った翌日、白恋中のグラウンドを借りて練習を行おうとした雷門イレブンに、吹雪は言った。
曰く、「無駄な練習をするぐらいなら、自分の用意する訓練を受けろ」とのこと。
練習を無駄と言い切った吹雪に、当然何人かは反論したが吹雪は聞く耳を持たず。それどころか
「一々騒ぐな。五月蝿い奴らめ。猿でももう少し利口に物を言うというものだ。私に反論したければ、それ相応の言い分を考えてから口を開け。尤も、畜生にも劣るその頭ではそれも難しいかもしれんがな」
口を開けば人を侮辱し、怒らせるそれは最早一種の才能かもしれない。全く羨ましくない才能であるが。
ヒートアップしていく口論、とも呼べない何か。あまりに見苦しいのでここでは割愛するが、素晴らしい語彙力で巧みに罵倒を叩きつける吹雪に、やり取りを見ていた風丸や鬼道、不動は呆れを通り越して感心してしまいそうな程だ。
「あいつあんなのでよくこの年齢まで生きてこれたもんだな……?」
そう呟くのは不動である。不動とて己の性格が捻くれている自覚があるが、吹雪の言動は不動の比ではない。協調性を重んじる日本社会であの性格はさぞ生きにくかろう。
「吹雪君、学校を完全に私物化してるから……」
「でも教師は注意したりするだろう?」
「いや、吹雪君の名前を出せば校長先生でも従うよ」
「どんな中学生だよ!?」
白恋中サッカー部の面々と風丸の会話の中でサラりととんでもないエピソードが飛び出してくる。
気になった鬼道が詳しい話を聞いたところ、吹雪は教師、生徒を問わず多くの人間の弱味を握っており、かつ自身のファンクラブの人間等も含めると相当の数の人を動かせる為、実質的に白恋中を支配しているに等しい状態らしい。
「まあまあ、朝からそんなにいがみ合うなよ。吹雪もそれだけじゃ分からないから、どんな特訓をするのか教えてくれないか?」
そう言うのは現実逃避をしていてもどうにもならないと、若干の胃痛を感じながらも仲裁に入った風丸である。
「馴れ馴れしいぞ凡愚が。何故私が一から十まで説明してやらねばならんのだ。そんなことは自分で考えろ。お前達は上位者足る私に従っていればそれでいいのだ」
こいつは仮にもチームメイトして仲良くしようという気はないのであろうか。………まあ、ないからこんな態度なのであろうが。
「でも皆練習しようとしてたんだから、ちゃんと説明してくれないと納得できないだろ?お前の特訓だって嫌々やっても効果は薄いんじゃないか?」
「戯け。その練習に意味が無いと何度言えば分かるのだ。お前らの頭には綿でも詰まっているのか?そもそも、お前達は誰の許しを得て私の意に反しようとしているのだ。お前達有象無象にそんな権利があるはずがないだろう」
「……………」
それから少し時間を使いはしたものの、源田や鬼道の協力の元、どうにかこの場を収めた風丸だが、吹雪を仲間に迎え入れたことを早くも後悔し始めたのは言うまでもないだろう。
全員納得とはいかぬものの、吹雪の特訓を受けることを決めた雷門イレブンは、吹雪の先導で北ヶ峰と呼ばれる大雪原を訪れていた。
「着いたぞ」
「着いたって、何もないぞここ?」
「こんな所で練習するんスか?」
疑問の声が漏れるのも無理はないだろう。吹雪の指示で荷物も殆ど持ってきておらず、各々が身に付けている物を除けばサッカーボールが2つあるだけ。どういう特訓をするのか想像するのは難しい。
「そう慌てるな。まずはあいつを呼ばねばな」
そう言うと吹雪は徐に指笛を吹く。指笛の音が、雪原に響く。すると、その音色に応える様に獣の鳴き声の様な声が聞こえて来る。
「何だ今の?」
「……不気味な声だったね」
「お前が言うのか……」
「ん?何かこっちに近づいて来てるけど、あれは……」
物凄い勢いで雪を巻き上げながら、何かが近づいて来る。そしてその姿がはっきりと見えて来ると、雷門イレブンの顔色が変わる。
『く、熊ーーーー!?』
驚愕と恐怖で叫び声を上げる一同。その中で、吹雪だけがその姿を見て、顔を顰めながら悪態をつく。
「チッ。あの馬鹿、前よりも移動速度が遅くなっている。近々、もう一度調教する必要があるか……」
猛スピードで近づいて来たヒグマは吹雪の目の前で立ち止まる。
「吹雪!危な………えっ」
壁山等は熊の登場に腰を抜かしているが、何より至近距離に居る吹雪が危険だと思い声を上げた風丸だが、熊が取った行動に目を丸くする。
吹雪の目の前の熊が、吹雪に向かって頭を垂れたからだ。
「安心するがいい。こいつは私の下僕だ。命令も無しに人を襲うほど愚かではない」
「げ、下僕って………この熊が……?」
吹雪に向かって懐疑的な視線が集まるが、それも無理はないだろう。吹雪の言動がぶっ飛んでいるのは身に染みている一同だが、一般的に人間の脅威として認識するのが正しい熊を従えていると言われても、簡単に受け入れられるものではない。
「……それで?わざわざそいつを呼んで俺達に何をさせる気だ」
そう吹雪に問うのは鬼道である。鬼道とて他の面々と同じ様に驚きもしているし、混乱もあるが、それでも吹雪ならこれぐらいはするだろうと納得できてしまった。………鬼道自身もそれがいいことなのかは判断しかねるが。
「お前達にはこの熊、山オヤジの相手をしてもらう。こいつを囲んで円になれ」
「ええ?こ、この熊とでヤンスかぁ……?」
「さっさとしろ」
「ひぃ……!!」
山オヤジに対する恐怖はあるが、ここで反論したところで吹雪は引かないであろうことは皆理解している。渋々吹雪に言われた通りに吹雪と山オヤジを囲む様に円を作る。
「よし………山オヤジ、分かっているな?」
その言葉を聞いた山オヤジが頷いたのを確認し、吹雪は一同が作った円の外に出る。そのまま少し離れた位置まで歩き、鬼道に声を掛ける。
「鬼道、お前はこちらに来い」
「何?俺だけか?」
「そうだ。お前には私と別の特訓をしてもらう」
「………分かった」
吹雪に言われた通りに鬼道は吹雪の元に歩く。吹雪はそれを確認すると、徐に右腕を掲げる。
すると山オヤジを囲む風丸達を更に囲む様に、雪に覆われた地面から分厚い氷の壁が競り上がっていく。
「ッ!?」
「ふ、吹雪!?何を!?」
鳴り響く轟音に振り向いた鬼道が目を見開き、風丸が思わず声を上げる。鬼道は既に吹雪の近くまで来ていたが、すぐ様反転し走り出す。だが鬼道の足よりも氷の壁が形成される方が遥かに早い。
「山オヤジに食い殺されないよう、気をつけることだ。死線を潜り抜いた時、お前達は力を得る」
無慈悲な吹雪の呟きと同時に、高さにして10メートル以上はあるであろう氷の壁が完成する。鬼道は一瞬遅れて氷の壁に到達するも、分厚い壁を前に何もできず立ち尽くす。
「さあ、私達の方も始めるぞ。さっさとこちらへ来い」
「ッ、吹雪!!」
何も無かったかの様に鬼道に声を掛けてくる吹雪に思わず声を荒げ、吹雪を睨みつける鬼道。しばし睨み合っていた両者であるが、先に鬼道が折れ、吹雪に向かって歩き出し──────
『うわぁぁぁぁぁ!!??』
壁の中から鳴り響いた悲鳴に足を止める。
「始まったか」
「何だ!?中で何が起こっている!!」
「別にどうということはない。山オヤジがあいつらを襲っているだけだ」
「何だと!?」
吹雪の言葉を聞き、氷の壁を破壊するべく化身を出そうとした鬼道だったが、いつの間にか喉元に突き付けられていた氷の刃に気づき動きを止める。
「お前に壁を壊されては困るのでな。大人しくしていろ」
「ッ!どういうつもりだ吹雪!!特訓をするんじゃなかったのか!?」
氷の壁の内側の広さは、どう見積っても直径で50メートル程度しかない。そんな中で逃げ道もなく、対抗手段もない状態でヒグマに襲われる等、死地と言っても過言ではない。
「私の考える特訓はお前達の様に生温くはないと言うだけだ。なに、心配はいらん。怪我をさせない様に山オヤジには言い聞かせてある。命令通りに動くのは白恋の駒共で確認済みだ。………尤も、所詮は低脳な獣。腹が空けばどこまで理性が持つかは定かではないがな」
「何が特訓だ!!こんなことに何の意味がある!」
「意味ならある」
吹雪に向かって怒声をぶつける鬼道だったが、吹雪が発したその一言に込められた圧に思わず押し黙る。
「身体能力や技術の向上は一朝一夕で成せるものではない。それよりも精神面や状況への判断力、適応力に絞って強化を促した方が短期間で強くなる為には遥かに効率がいい。少しの判断ミスが命の危機に直結する状況に長時間身を置かせることで、判断力を鍛えると共に常に思考を止めないことを体に覚え込ませる。加えて言えば、動きにくい雪の上でそれらを行うことで自ずと体の動きは最適化されていくだろう。………他にも色々と理由はあるが、少なくとも普通に練習を重ねるよりかは効果的だろうよ」
「…………」
強引ではあるが、吹雪の言うことも幾らかは納得できてしまった鬼道は、反論することもできずに黙り込む。
「………短い時間であれば、危険は少ないという言葉に嘘はないんだな」
「あいつら次第ではあるがな。だが、曲がりなりにも私と引き分けた連中だ。これぐらいはやってもらわねば困る」
「………分かった。納得はしていないが、今は皆を信じよう」
吹雪に特訓を中止する意思がない以上、鬼道にできるのは仲間の無事を祈ることだけだ。その鬼道の言葉を聞き、吹雪は薄い笑みを浮かべる。
「よし、ではこちらも始めるとするか。鬼道、お前気を感じ取ることはできるか?」
「いや、できないが」
唐突に訳の分からないことを言う吹雪を前に、こちらも一筋縄ではいかなそうだと、鬼道は内心でため息をついた。
ぶっちゃけこの世界だと普通に練習してるより変なことしてた方が効果高そう。