雪の上という劣悪な条件下であったとしても、風丸のスピードは健在だ。トップスピードは出せずとも、山オヤジに追いつかれることなく走り続ける。
「!!」
顔だけで背後を振り返った風丸の視界に、山オヤジが己の身を投げ出し突っ込んで来る姿が移る。咄嗟に横に飛んだ風丸が一瞬前まで居た場所を山オヤジが通過し、そのまま勢い余って氷の壁に激突する。だが氷の壁は揺るぎもせず、山オヤジも直ぐに立ち上がる。
「くそっ!これでも駄目か……」
この状況に陥ってからどれだけ時間が経ったかは定かではないが、最も足の速い風丸は積極的に囮を買って出ていたこともあり、既に息が上がってきている。
「ワイバーンクラッシュV2!!」
山オヤジが再び風丸に向かって動き出した瞬間を狙って、染岡がシュートを放つ。しかし山オヤジはシュートが当たる寸前に大きく上体を背後へと反らし、紙一重でシュートを躱す。
「またか……!!」
いつの間にかこの氷の壁の中に転がっていた1つのボール。恐らく吹雪が持ってきていたボールだと思われるが、これでどうしろというのか。考えた末に山オヤジに向かってシュートを放っているのだが、これが全く当たらない。
今度はシュートを放った染岡を標的としたか。山オヤジが進路を変更し突進する。当然逃げようとした染岡だが、足を滑らせ大きく体勢を崩してしまう。
「しまっ……」
「パワーシールド!!」
染岡が山オヤジの巨体に跳ね飛ばされる寸前で源田が割り込み、衝撃波の壁で攻撃を食い止める。
「助かったぜ、源田!」
「礼を言っている余裕はないぞ!」
源田の言葉通り、山オヤジが二撃、三撃と腕を振るえば、呆気なく衝撃波の壁は砕かれる。しかしその間に染岡と源田は距離を取っており、一旦仕切り直しとなる。
致命的な状態にはならないものの、状況を打開する策が見いだせないまま、時間だけが過ぎていく。
今のところ最も有効的なのは〈スピニングカット〉や〈ボルケイノカット〉による足止めだが、あくまでも進路の妨害の域を出ず、有効打にはなり得ない。〈ザ・タワー〉や〈影縫い〉ではその巨体からは想像もつかない程に俊敏な山オヤジの動きを捉え切れず、〈ザ・ウォール〉は自身の背後に壁を作る性質上、相手と真正面から対峙する必要があり、そもそも論外。〈ダッシュアクセル〉や〈疾風ダッシュ〉を用いて囮になれば気は引けるが、消耗が激しくリスクも高い。かといってシュートで体力を削ろうにも、前述の俊敏性で尽く躱されてしまう。
不動も思考を巡らせてはいるが、これはサッカーではない。相手がボールに目もくれない以上はパス回しで攪乱することもできず、策を弄しても力ずくで突破される上に勝利条件も不透明。
これだけ悪条件が重なってしまえば、いくら不動と言えども簡単には状況を好転させることはできない。
加えてこれは余談ではあるが、山オヤジは吹雪の下僕である。普段の主からの扱いは極めて悪く、特に理由も無く、理不尽に頑丈なサンドバッグとしてシュート練習に使われたりする日々の中、生き残る為に環境に適応した山オヤジは野生の同種と比べて遥かに高い俊敏性と耐久性を獲得している。四肢を氷漬けにされ身動きを封じられた状態で、土手っ腹に〈エターナルブリザード〉を叩き込まれるのが日常と化している山オヤジにとって、〈ワイバーンクラッシュ〉を二、三発食らったところで大したダメージにはなり得ない。
「グオオオオオ!!」
「来るぞ!!」
分厚い氷の壁の中、命懸けの特訓は続く。
「どうした!?そんなものか!!」
「くっ……!!」
上空から降り注ぐ氷の礫を鬼道は己の直感を信じ、何とか避けていく。一つ一つの大きさは拳大であり、そこまでの脅威では無いようにも思えるが、イカれた速度で打ち出される氷塊の持つ威力は、鬼道の足元に着弾した際に巻き起こる轟音と雪煙がその凄まじさを物語っている。
────くそっ!!音を潰されると何も分からん!!
背後に従えたブルートの大剣を闇雲に振り回し、奇跡的に迎撃に成功する。しかし、大剣を大振りした際にできた隙を見逃さず飛来した氷の槍がブルートの左肩口を穿ち、体勢を崩される。鬼道は次弾の迎撃は不可能と判断し、体を投げ出して雪の上を転がる。次の瞬間には鬼道が居た場所に無数の氷の礫が降り注ぐ。
────これのどこが特訓だ!!命が幾つあっても足りんぞ……!!
『鬼道、お前気を感じ取ることはできるか?』
この言葉から始まった二人の特訓。吹雪曰く、自分も気を感じ取ることはできはするが、そこまで練度が高い訳ではない。咄嗟の時や余裕がない状況に置いては感知までは手が回らない。今まではそれでも問題が無かったが、雷門との練習試合で今後は必要になると判断したとのこと。
鬼道からしてみれば相手の気を感じ取って位置を把握するなり、動きを読む等、どこのバトル漫画だとツッコミを入れたくなる話ではあったが、吹雪の語る内容に嘘偽りがないのであれば確かに有用な技術であることは認めざるを得ない。
しかし、じゃあやれと言われてできるのであれば誰も苦労はしない。この世界に気という概念があることは理解している鬼道だが、コツも何も分からず、いきなり感じ取れと言われても難しい。
「こうした方がいいとかないのか?お前は最初はどうだったんだ?」
「知るか。むしろ何故できない?」
吹雪にコツを聞いたところで、帰ってくる返事はこれである。本当に教える気があるのか問い詰めたくなる返答であるが、罵倒が飛んでこなかっただけマシだと鬼道は軽く流した。
幸いなことに、自身の特訓の為もあってか吹雪は協力的だったので、手伝ってもらいながら検証を続けた結果。
「………これ……か?何となく、ぼんやりと感じるものがあるような……」
「ここまでやってようやくとはな。なんとも要領の悪い奴だ」
化身レベルにまで高まった気であれば、薄らとではあるが感じることができるようになった。吹雪は呆れた様子を見せているが、鬼道からすれば快挙である。
ちなみに吹雪は半径100m圏内であれば辛うじて感知が可能だが、どこぞの馬鹿は100km以上離れていても感知自体は可能である。決して引き合いに出してはいけない。
「やっと特訓が始められそうだな。まずはこれで視界を塞げ」
「は?」
タオルを差し出しながら、ふざけたことを抜かす吹雪の顔を凝視する鬼道であったが、当の吹雪は何処吹く風である。
「……一応聞くが、何故だ?」
「視覚を閉ざすことでより深く気を感じる訓練だ。ぼさっとするなよ。時間は限られているぞ」
「………」
渋々従い、タオルで目を覆い視界を閉ざす。鬼道は黒一色の視界の中、ぼんやりと浮かび上がる様に吹雪の化身であるゲルダの姿を認識する。
そしてようやく特訓を始めた訳だが────
「やる気がないのかお前……!!」
「ボールが見えないんだから仕方ないだろうが!!」
当初は目隠しした状態でボールを奪い合う、という体であったが、吹雪はともかく鬼道はボールがどこにあるのかも分からず、奪い合う以前の問題であった。
ここで素直に特訓方法を見直せばよかったのだろうが、ここで二人揃って妙なところで負けず嫌いなのが災いした。鬼道も化身なら感知ができるということで、化身の動きを気で読み取るという特訓を始めたのだが、それがいつ間にか化身を用いた文字通りの戦闘という訳の分からない方向へとシフトしていったのだ。
接近戦なら的が大きいこともあって何とか渡り合えていた鬼道であったが、一度距離が開いてしまえば最早吹雪の独壇場であった。
上空から氷の礫を降らし、氷の槍を射出し、氷の茨で拘束しにかかる。ゲルダ本体を辛うじて感知できるだけの鬼道には、その全てが不可視の攻撃となる。吹雪の攻撃を殺気と音を頼りに時に躱し、時に迎撃していく鬼道であるが、こうなってくると当初の目的が完全に行方不明になっている。だが、お互いにそんなことは既に頭に無い。
「いい加減に………しろぉぉ!!」
「……!?くっ……!!」
劣勢に追い込まれていた鬼道だったが、ここで完全に吹っ切れたか、咆哮と共に体から溢れ出した闇をブルートの大剣に纏わせ、斬撃波を放つ。目で見て判断できないせいで一瞬反応が遅れた吹雪だったが、これを辛うじて躱す。
攻撃の手が緩んだ隙に鬼道が闇の波動を迸らせ、氷の礫を粉砕し、闇を凝縮して形成した槍を射出し、氷の槍を叩き落とす。そのままぼんやりと感じるゲルダの気を目掛けて突貫する。
「おおおおおおお!!」
「チィッ!調子に乗るな!!」
吹雪は自身に向かって突っ込んで来る鬼道の足元に氷の蔓を纏わせ、上空へと放り投げる。更にその頭上に巨大な氷塊を形成し、鬼道に落とす。対する鬼道も空中で体勢を立て直し、ブルートの大剣を振るい氷塊を迎撃する。巨大な質量を持つ氷塊を形成するにはそれなりに気を消費する必要があり、鬼道もそれを辛うじて感知できたからこそ、迎撃が間に合った。
バラバラに崩れた氷塊と共に、轟音と雪煙を上げながら落下する鬼道。その姿は雪に隠れて見えなくなるが、吹雪はしっかりと鬼道の気を捉えていた。
再度放たれたブルートの斬撃波をゲルダの槍の一振で相殺する。吹雪に向かって突進しながらも追撃の斬撃を放つ鬼道に対し、吹雪も攻撃を相殺しつつ前に出る。
糸を引く様に二人の距離が縮まり、ブルートの大剣とゲルダの槍が激しく鍔迫り合う。一度は弾かれ距離を取り、両者同時に地を蹴り、再度衝突する。
止める者の居ない中、二人の馬鹿の戦いは苛烈さを増していく。
俺は気の赴くままに書く。だから止まるんじゃねぇぞ……。