そして相変わらずサッカーはしてない。
『お前って本当に可愛げが無い奴だな。何でいつもそんな機嫌が悪いんだよ?』
もうずっと昔のことのように思える、いつかの会話を思い出す。
『可愛げが無くて結構です。貴方にそんなもの見せても何の得にもならないわ』
強がりでもなんでもなく、当時は本当にそう思っていた。彼にどう思われたとしても、どうでもいいと。それが変わったのは、いつからだっただろうか。
『ひっでぇ言い草……。絶対友達少ないだろお前』
『貴方には関係ないでしょう。そもそも誰のせいで機嫌が悪いと思ってるのよ。貴方がいつも余計なことを言うからでしょう』
『はあ?俺がいつ何を言ったって?』
『あら、自覚が無いなんて本当におめでたい人ね』
『お前なぁ………』
以前は今からは考えられない程に仲が悪かった。顔を合わせれば、いつも何かを言い合ってばかりで、楽しく談笑した記憶は無い。犬猿の仲というのは自分達の様な関係を言うのだろうと思っていた。
『げっ、雷門』
『あら、何かしらその態度は。少し失礼ではなくて?』
『日頃の自分の言動を思い返してから言えよ』
『何故休日にまで貴方の顔を見なくてはならないのかしらね』
『それはこっちの台詞だ。何でこんな所に居るんだよ』
『私が何処に居ようと私の勝手でしょう』
『お前、人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ』
『馬鹿になんてしないわ。勝手に貴方がそう思っているだけじゃない』
『何だとぉ』
『何よ』
本当に嫌っているのなら、徹底的に避ければよかった。何度も何度も遭遇していれば、流石に彼の行きそうな場所くらい分かる。けれどそれをしなかったのは、きっと、自分の本当の気持ちに薄々気づいていたから。
本音をぶつけることができる相手は、彼だけだった。何を言っても、彼は私を本気で拒絶することはなかった。くだらないことで言い争って、きっと楽しくもなんともなかったはずなのに、最後にいつもこう言うのだ。
『またな、雷門』
飾らないありのままの自分を受け入れてくれた様で、その言葉を聞く度、胸が暖かくなった。"理事長の娘"でも"生徒会長"でもない、ただの私で居られる時間が、いつしかとても大切なものになっていた。
────雷門夏未は、円堂守のことが好きだ。
「夏未さん、大丈夫ですかね?最近ぼーっとしてることが多いですけど……」
「そうね……」
雷門中のマネージャー3人は特訓中のメンバーに差し入れるべく、おにぎりを握っていた。手際良く作業を進めていく木野と音無であったが、夏未は先程から手が止まっており、明らかに心ここにあらずといった様子だ。その原因は木野も音無も察しはついている。
「キャプテンが居なくなってからですよね、夏未さんがああなったのって」
夏未の円堂に対する気持ちは、木野や音無も察している。というかかなり分かりやすい為、気づいていないのは当の円堂くらいのものだろう。
円堂も夏未とのことで部員からからかわれたりもしているのだが、ラブコメ主人公ばりの鈍感さを発揮し、全てスルーしている。この件に関してだけは、首を傾げ的外れなことを言う円堂と、それに呆れる豪炎寺といった普段とは逆の光景がよく見られたものだ。
「今何処に居るんですかね、キャプテン。というか個人的に連絡ぐらいしてあげてもいいんじゃないですか!?」
「あはは……。でも円堂君、そういうところ結構抜けてたりするから……」
そう言って苦笑する木野を、音無はジッと見つめる。
「な、何?」
「……木野さんってキャプテンとの付き合いはかなり長いですよね。仲も良いですし、もしかして木野さんもキャプテンのこと好きだったり!?」
「ええ!?」
いきなりのことで木野が素っ頓狂な声を上げる。やはり年頃の女子ということでそう言った話題には興味があるのか、木野に詰め寄る音無の瞳は心なしか普段よりも輝いて見える。
「サッカー部ができた時からの付き合いだし、仲が悪いとかはないけど………恋愛感情は無いかなぁ。それに円堂君は見てて心配になるというか、不安になる気持ちが大きかったし……」
「不安、ですか?」
木野の言葉に音無は首を傾げる。音無の知る円堂守という人物は、部員から慕われる頼もしいキャプテン、といった印象だ。裏表が無く真っ直ぐで、接していて好ましい人格者。後輩である音無にも気軽に声を掛けてくれる良い先輩である。多少無理をし過ぎる様なことはあれど、見ていて不安になる、というのは音無にはよく分からなかった。
「1年生の頃……それこそ、音無さんが入部する少し前までの円堂君ってね、何と言うか、今よりずっと危なっかしい人だったの」
当時のことを思い返しながら、木野は続ける。
「生き急いでいるというか、いつも無理をしてて、顔は笑っててもどこか辛そうで……。多分、私と話してる時もあんまり本音で話してることってなかったんじゃないかな」
木野は知る由もないが、その頃の円堂は原作の円堂ならこうする、原作の円堂ならこれぐらいはできる、といった考えが言動の前提にあり、木野は円堂本人ですら自覚していなかった微妙な精神状態に気づいていた。成れもしない存在を目指し、もがき苦しむ様を傍で見続けていた訳で、それは心配にもなるだろう。
「あっ、でも………夏未さんと話してる時だけは少し違ったかな」
「夏未さんと?」
「うん。あの2人、前は会う度に口喧嘩ばっかりしててね?」
「あ、私知ってます。有名でしたよね」
生徒会長として、全校生徒の模範となるべく完璧な優等生であった夏未が、それを崩して円堂と口喧嘩をする姿に初めて見た生徒は驚いたものだ。
加えて言うと、夏未のファンクラブの会員達は、普段とは違う夏未の一面を引き出す円堂を敵視していたりもする。
「普段はずっと気を張ってた円堂君が、夏未さんと言い合ってる時だけはそんなことなくて自然体で……喧嘩するほど仲がいいってこういうのを言うのかなあって、少し羨ましかったな」
「へぇ〜」
そんなことを話しながら手を動かす2人であったが、ガラッ、という扉が開く音がしてそちらに目を向ける。
「吹雪君?……って」
「お兄ちゃん!?」
特訓に行っていたはずの吹雪の姿に首を傾げる2人であったが、吹雪が無造作に肩に担いでいた人物を床に放り捨てると、それが誰であるかに気づき、木野は驚き、音無は悲鳴の様な声を上げる。音無の声で夏未も気づいたようで、目を丸くしている。
「大した怪我はない。心配せずともしばらくすれば目を覚ますだろう」
慌てて鬼道に駆け寄る音無にそれだけ言って、立ち去ろうとした吹雪であったが、不意にその足を止める。
「……それはあいつらへの差し入れか何か?」
「えっ?あ、うん。そうだけど」
吹雪の視線の先にあるのは机の上の皿に盛られたおにぎりの山。数秒それを見つめた後、呟く様に吹雪が口を開く。
「……一つ、貰ってもいいか」
「うん。勿論」
元々、差し入れる対象に吹雪も入っているつもりなのだ。断る意味もない。
木野の言葉を聞き、おにぎりを口へと運び、一口、二口と無言で咀嚼する。表情からは何を考えているかはよく分からない。
「えっと、どう?」
「悪くはない」
そう言っておにぎりを一つだけ食べた吹雪は、今度こそその場を後にする。
「……なんだったの?」
「さあ……?」
状況についていけず困惑した声を出す夏未に、木野も曖昧な応えを返す。因みに音無は吹雪のことは気にせず、鬼道の怪我の手当をしていた。
「いいなお前ら?ちゃんと俺の指示通りに動けよ」
「言われなくても分かってるよ」
「ああ。そろそろ終わらせよう」
日が傾き、空が徐々に茜色に染まり始めた頃、朝から始まった雷門イレブンの山オヤジとの特訓も佳境を迎えようとしていた。
時間は掛かったものの、不動は山オヤジの行動分析を既に終えている。
それぞれ疲労は溜まっているが、それを押し殺して行動に移る。この巫山戯た状況を終わらせる為に。
「こっちだ!」
山オヤジの気を引くように、風丸が山オヤジの前を横切る。流石の風丸もスピードはかなり落ちてきているが、山オヤジの動きも僅かにだが鈍ってきている。短時間なら囮としての役目を果たすことはできる。
山オヤジは目についた者を襲うが、特に自分に背を向けて逃げる者をターゲットにしやすい傾向がある。これは不動がスタミナが比較的余っていたメンバーと共に自身が囮になって確かめた。ここが作戦の起点だ。
不動の読み通り、山オヤジは風丸を標的に定めその背を追う。
それを確認した不動が指示を出し、山オヤジの真後ろに回り込んだ土門がシュートを放つ。
山オヤジはその優れた敏捷性をもって、己に向かってくるシュートを簡単に躱してしまう。それに加えて、当たったとしても大したダメージにならないことも既に分かっている。しかし、自身の死角となる背後からの攻撃にだけは、僅かだが反応が鈍い。そして、頭部を狙った攻撃だけは必ず避けるという特徴がある。
山オヤジが紙一重で、後頭部に向かって放たれたシュートを避ける。が、その瞬間、山オヤジの動きは止まる。そこを狙い撃つ。
「塔子!」
「ザ・タワーV2!!」
天高く聳え立つ塔から降り注ぐ雷が、山オヤジの体を穿つ。無論これだけではダメージは期待できない。だが────
「……ガッ……ガ……ァ」
〈ザ・タワー〉の雷に感電し、山オヤジの動きが完全に止まる。山オヤジに〈ザ・タワー〉が直撃したのは、実はこれが二度目。一度目は動きが止まっている間に何発もシュートを打ち込んだが、倒すには至らなかった。だが、当たれば動きが止まる。それが分かってさえいれば、作戦に組み込める。
山オヤジは動かない体に苛立ちながらも、視界を巡らす。そして気づく。一人、減っている?
今自分が相手をしている人数は把握していたはずだが、一人足りない。
何処に──────
そこまで考え、自身の足元の影を見て、頭上を見上げる。そして見つける。己に向かって拳を振るおうとする、人間の姿を。
「フルパワー────」
「お前が頑丈なのはよく分かった。何回シュートをぶち込んでも、このままじゃ倒せそうにねぇ。だがな…………
「シールドォォ!!」
キングオブゴールキーパーの拳が、山オヤジの額に叩きつけられた。
「グォォォォォオオオオォ!!??」
〈フルパワーシールド〉のエネルギーが山オヤジの体内を駆け巡り、今までに味わったことのない痛みに山オヤジが絶叫を上げる。
一連の流れの中で、源田は壁山の〈ザ・ウォール〉の反動を利用し、上空高くへと飛び上がっていた。こちらの狙いに山オヤジが万が一にも気づくことがないように、視界から、その意識から完全に姿を消していた。
全てを理解した山オヤジが、全身の痛みで意識を朦朧とさせながらも、怒りのままに目の前の源田へと腕を振り下ろす。よりも早く────
「これで終わりだ」
「ワイバーンクラッシュV2!!」
蒼き翼竜の一撃が、今度こそ山オヤジの顔面に突き刺さり、山オヤジの意識は闇に溶け、その巨体は地に崩れ落ちた。
「……やったのか?」
静まり返る中、誰かがフラグの様なことを呟くが、山オヤジが立ち上がる気配はない。
「終わったか……」
そのことを認識し、皆が安堵の息を吐きながら、その場に脱力した様に座り込む。大半の者は疲労困憊といった様子で、壁山や栗松等は抱き合って生き残れたことを喜んでいる。
だが、その余韻をぶち壊すかの如く、ビシビシと音を立てながら、周囲を囲っていた氷の壁に亀裂が走っていく。やがて氷の壁は決壊し、轟音を立てながら完全に崩れ去った。
「外だ……」
「俺達、出られたんだ」
目に映る何処までも続くかの様な広大な雪原を見て、感動を覚える者もいる中、彼等を地獄へ落とした張本人の声が響く。
「思ったよりも早かったな。丸一日程度は掛かるかと思っていたが」
「吹雪……」
まるで罪悪感等感じていない様にそう宣う吹雪に対して、何か言い返したくはあるが、そんな気力は誰も残っていない。その様子を無表情で見ながら、吹雪が口を開く。
「本来ならもう少し続けたかったが、事情が変わった。あの女からの伝言だ」
「京都にエイリア学園からの襲撃予告が届いた。喜べ、明日には出発だ」
次からは京都、漫遊寺。ようやく話が進む……。