チェンジ、メタリック千雨!   作:葛城

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新任教師は子供先生!?

 

 

 宇宙人との邂逅から、早くも半年以上の時間が流れた。千雨が期待していたとおり、フォトン・レーザーは虫退治に絶大な効果を発揮した。

 さらに分かったのが、千雨が手に入れた新しい肉体は、人間の肉体よりも環境に適応する力が優れているという嬉しい誤算であった。

 例を一つ上げるとするならば、蒸し暑い夏の日差しにも汗一つ流すことなく出歩くことが出来る、と聞けばそれの良さが分かるだろう。

 しかも、その状態でお湯に浸かれば、温かいと思うだけで、いつまで入っていてものぼせない。

 逆に水風呂に浸かれば、冷たくて気持ちいいとは思っても、体が冷え過ぎるということは決してならない。

 地球人とは桁違いの性能差は、寝ているときもいかんなく発揮し、夏の暑さにも見事に適応した。

 寝苦しい熱帯夜でもエアコンを点けることなく、快眠することが出来たのである。

 おかげで、クラスメイトが毎日「寝苦しかった」とか「眠れなかった」とか愚痴を零している横で、

 一人優越感にほくそ笑むという、千雨にとって、とても楽しい日々を送ることが出来た。

 女子しかいないクラスなので、男に見せびらかすということはないが、それでも優越感はあるのだ。

 以前の千雨なら、クラスメイトの女子たちと同じように、熱帯夜をどう乗り過ごすかに苦心しただろう。

 千雨達が暮らす学生寮の空調設備は全部屋完備されている。とはいえ、無制限に使えるわけではない。

 室温設定は厳しく定められており、あまり室温設定を下げると、個別のブレーカーが飛ぶようになっているのである。

 一度ブレーカーが下がれば、管理室にあるブレーカーを操作しないと、電気は復旧しない。

 もちろん、復旧の際は、そのことを報告しなければならない。そこで設定室温が下げられていることが発覚したが最後、

 お叱りのあと、その日は空調を止められてしまうのである。

 そのため、夏が近づいてくると生徒たちは例外なく電気に対して慎重になる。

 各自、ブレーカーを飛ばさないように注意しているのである。

 千雨の場合はそこからさらに慎重を強制される。

 自分用にパソコンを2台も使用している為、他の生徒よりもさらに注意しなければならない諸事情があるからだ。

 おまけに、パソコンは使用すればするほど発熱する。タオルで包んだ氷を巻いたり、扇風機を使用したりして機械を冷やさなければ、

 あっという間にオーバーヒートを起こして壊れかねない。

 そのため、以前の千雨は、自室とはいえ夏場は常に下着一枚で生活していた。

 時折帰ってくる同室のクラスメイトに不思議な顔をされるが、知ったことではない。

 パソコンの電源を入れないという選択肢は、千雨には無いのだから。

 けれども、だからといって平気というわけではない。

 それなりに羞恥心の強い千雨にとって、実はけっこう気にしている事柄でもあったりする。

 だが、それは以前の千雨にとっての話であり、今は違う。

 なにせ、千雨は、彼女自身を冷やす必要がなくなったのである。パソコンの位置を、エアコンの風が直接当たる位置に移動させれば、それでいい。

 ついでに氷でも傍におけば、さらに良い。パソコンさえ冷やすことが出来ればいいので、必要以上に温度に気を使う必要もなくなる。

 それによって、今までよりも、はるかに快適なネット生活を充実させることが可能になったのである。

 あまりの利便性と快適性に、千雨は宇宙人が旅立った空へ拝むこともある。今まで悩まされていたブレーカー対策が解決したことに、一人拍手を送った。

 

 

 

 桜こそ散らないまでも、頬を掠めていく風は心地よい。夏の暑さは蜃気楼のように生徒の頭から姿を消した。

 凍えるような冬の寒さは、吐かれた空気のようにどこかへ行ってしまった。

テレビの天気予報では、本日の天気は晴れ。洗濯日和であり、スギ花粉注意報がもうすぐ発令されるだろうとのことだ。

 千雨は花粉症を患っていないが、たぶん、これからも患うことはないだろうな、と思った。

 長谷川千雨が在籍する学校は、ヨーロッパの都市を元にデザインされた建物である。

 ヨーロッパ調の、どこか日本とは違う空気を感じるそこで、千雨はあくびを噛み殺しながら、自身が在籍する2―A組へ歩みを進めていた。

 教室が連なる廊下には、何人もの女生徒が行き来していた。男性の姿は見当たらない。

 男の姿がないせいか、女子のガードは思いのほか緩い。視線をやれば、何人かの生徒はパンツが見え隠れしていた。

 それもそのはず。麻帆良学園女子中等部。それが、千雨が通っている学校だ。女子中等部と名付けしてあるからには、女子しかいない。

 2―Aは校舎の二階にあり、建物の構造上、AからDの4クラスが入っている。女3人よれば何とやらというが、廊下に出ている生徒は優に5倍以上。

 男子中等部には行ったことがないが、たぶん、ここよりは静かだろうな。あ、でも、小さい声でエロ会話でもしているのかな……。

 

「まあ、女子の方が生々しい会話するっていうし、やっぱりうるさいのはこっちか……ていうか、パンツぐらい隠せよ」

 

 騒がしい、を、通り越して、喧しい話声を、右から左へ受け流しつつ、千雨は2―Aのクラス札が取り付けられた教室まで来ると、一息に扉を開けた。

 

 

 わずかな時間、教室の空気が止まった。机に座って友達と話している人。本を読んでいる人。呆けた様子で黒板を眺めている人。

 比較的遅めに来た千雨を見て、クラスメイトは「おはよう」と口を開いた。

 

「ああ、おはよう……何やってんだ、早乙女」

 

「宿題やってねえー!」と叫びながら宿題に精を出していた黒髪の少女、早乙女ハルナは、千雨の言葉に顔をあげる。

 血走った目には、焦りが色濃く出ていた。目元には彼女の疲労が浮き出ていた。

 

「見てわかんないかな?」

「分かるよ」

「分かっているんなら、宿題見せて!」

 

 千雨の返事を聞くよりも早く、ハルナは前の席から椅子を引っ張り出すと、千雨の眼前に置いた。

 その椅子の主である、椎名桜子が「私の席!」と叫ぶのを、ハルナは「緊急事態だから先生来るまで貸して!」と黙らせた。

 

「宿題?」

「そう、全然手を付けてなくてピンチなんだよ。食券1枚あげるから、宿題見せて! 

 夕映も、のどかも、全然手を付けてないみたいなの! あなただけが頼りなの!」

 

 ノートに殴られるように書かれた文字は、彼女以外、解読が不可能に思えるぐらい崩れていた。いかに切羽詰っているのかが、うかがい知れる。

 隣では、ハルナの親友である綾瀬夕映が、我関せずと言わんばかりに、一人黙々とジュースを啜っていた。

 千雨はあまりこの少女のことを知らないが、よくハルナを加えた3人で行動しているのは、知っている。

 こんなときに無反応を貫く彼女の姿に、千雨は首を傾げた。

 

「教えないのか?」

 

 夕映の黒い瞳が、チラリと千雨へ向けられる。だが、すぐに興味を無くしたようにストローに口づけた。

 

「教えたです」

「教えたのに、これか?」

「同人誌の締切と相まって、冷静さを欠いています。私たちの話を聞こうともしていません。

 ちなみに、ここ数日のハルナの睡眠時間は、平均2時間です」

 

 夕映の視線が、教室の前方へ向けられる。つられて千雨もならう。

 そこには、3人の内の最後の一人である宮崎のどかの後ろ姿があった。背筋を伸ばし、姿勢良く本を読んでいた。

 何を読んでいるのかは千雨には見えなかったが、はた目にも集中しているのがよく分かった。

 

「のどかは、早々に諦めて読書です。賢明な判断だと思います」

「だろうな」

 

 千雨は救いの目を向けるハルナへ向き直った。

 

「その宿題の期限は来週だぞ」

「……え?」

 

 ハルナの呆気にとられた顔を見て、千雨は言葉が出なかった。

 

 

 

 ふと、静かになった周りに、千雨はノートパソコンから顔を上げた。

 見れば、先ほどまで騒がしかったクラスメイト達は、全員指定の座席に座って、先生が来るのを待っていた。

 

「おっと、見つかったら面倒だな」

 

 立ち上げていたゲームを終了させ、スタンバイ状態にしてからパソコンを鞄に入れた。こうしておけば、昼休みになればすぐに再開できる。

 千雨の所持しているパソコンは、ある程度値を張ったものの為、スペックは高め(購入した当時では)ではある。

 シャットダウンされた状態からでも、比較的早めに立ち上がるのだが、スタンバイ状態からの復帰の方が断然早い。

 その為、基本的に学校にいるときはパソコンの電源は切らないようにしている。

 腕を大きく上げて伸びをする。肩こりなど、この体になってからは一度も経験はないが、以前はよく肩こりになっていた。

 その癖が抜けていないのか、こうして疲れてなくても、とりあえずパソコンの電源を切ったら伸びをしてしまう。

 そうしてから、千雨は頬杖をついて教卓を見つめる。ふと、いつもと違う違和感に、千雨は首を傾げる。

 だが、鳴滝風香、史伽の双子姉妹の隠しきれない笑みと、一人ほくそ笑む春日美空の後ろ姿を見て、千雨は理解した。

 

 悪戯の常習犯である3人が、また、ろくでもないことをしたな、ということに。

 

 よくよく注意深く観察すれば、すぐに分かった。教卓側の出入り口には、扉を開けば黒板消しが落ちてくるように仕掛けられていた。

 マンガでしかないようなベタなものだ。続いて足元には転ばせる為の縄が張られており、その先にはバケツが落ちてくるようになっている。

 視線を上げれば、おもちゃの矢が設置されており、倒れた相手に向かって放たれるという、なかなか手の込んだ仕掛けになっているようだった。

 「こいつら、本当にろくなことしねえな」とぼやく千雨は、一癖も二癖ある2―Aの生徒を束ねる担任に、合掌した。

 けれども、担任の姿を思い出して、すぐに止めた。担任であり、英語教科を担当する高畑・T・タカミチ先生は、一部の生徒からは

 『デス・メガネ』と呼ばれて恐れられる程の武闘派だということを思い出したからだ。

 暴走族を素手で壊滅することが出来る男を、どうして心配する気持ちが生まれるだろうか。

 正直、千雨自身は『デス・メガネ』のことは好きではない。別段、彼の性格が嫌、というわけではない。

 何と言えばいいのか、普通とは違う、という感覚が、千雨には受け入れられなかった。

 まあ、それはこの学園教師のほとんどに当てはまることなのだが。

 

 

 

 弱弱しいノックが、教室内に響いた。次いで「失礼します……」と入ってきた人間を見て、千雨は目を見開く。

続いて起きた現象に、開いた口が塞がらなかった。

 

 こ、子供!?

 

 どういう役職に就いているのかは知らないが、タカミチ先生が授業をすることは少ない。サボっているというわけではなく、出張が多いのである。

 もしかしたら、また出張しているのではなかろうか、いつものように違う先生が来るのではないかと想像していたが、実際は予想の斜め上だった。

 よほど子供は緊張しているのだろう。分かりやすい黒板消しトラップに気づいた様子もなく、

 落下地点へ体を入れた……と、同時に黒板消しが空中で止まった。

 子供の頭上数センチ上あたりで止まったそれを見て、クラスメイトから一瞬、ざわめきが漏れる。

 子供が、頭上にある黒板消しに視線をやる。すると、何事もなかったかのように黒板消しが落下し、子供を粉まみれにした。

 舞い散るチョークの粉が、子供の体をカラフルに色づける。その後ろを、「あらあら……」と困惑した面持ちで、女性が入ってきた。

 おっとりした雰囲気を持つその教師の名は、しずな指導教員。抜群のプロポーションを持つ温和な美人である。

 咳き込む子供の背を、優しく撫でながら、黒板消しを頭から退かした。

 

「あはは……なるほど、ひっかかっちゃったなあ」

 

 咳き込みながらも、子供は教卓へ足を進めて……張られたロープに足を引っ掛け、

 おもちゃの矢にお尻を刺された上に、落ちてきたバケツに頭がはまり、最後は転がるように教卓へ背中をぶつけた。

 途端、教室には笑い声が響き渡った。一つや二つは引っかかっても、まさか全部引っかかるとは思わなかったのか、

 普段はあまり笑わない生徒も、笑みを浮かべていた。

 それは千雨とて例外ではなく、かわいそうと思う反面、コントのような目の前の光景に、思わず口元を手で押さえた。

 あんまりといえばあんまりな光景に、今しがた見た不可思議な出来事が、頭から飛んで行ってしまった。

 ただ一人。子供が入ってくる直前で教室に来た、神楽坂明日菜の険しい顔が、千雨には気になった。

 

「あ、あれ、子供?」

 

 クラスメイトの一人が、驚いたように声を絞り出す。

 一人が気づくと、それにつられるように他の生徒も、今しがた悪戯を受けた先生がどんな人物であるのかに気づく。

 そうなったら、後は早かった。「こ、子供?」「ごめんね、先生かと思って!?」

 「痛かったよね、お菓子あげるから許して」「大丈夫、怪我とかしてない?」というふうに、次々と子供の傍に女子生徒が殺到し、

 口々に様子を伺うように少年の体を抱き起こす。頭に被ったバケツが取り払われ、北欧系の美少年と言っていい顔立ちが露わになった。

 一部、「か、可愛い」と頬を緩ませる女子生徒もいたが、だいたいは少年の背中を摩ったり、

 頭に被ったチョークの粉を払ったり、お尻に刺さった吸盤を抜いたり、献身的に少年を介抱した。

 そうして、ようやく少年が混乱から立ち直ると、タイミングを見計らったかのようにしずな先生が手を鳴らした。

 

「ほらほら、席に着きなさい。授業はもう始まっているのよ」

 

 足早に席に戻っていく生徒たちの姿を、千雨は黙って見つめる。なぜなら、千雨は自分の席から一歩も動いていないからだ。

 少年を心配する気持ちはあったが、千雨が反応するよりも早く幾人ものクラスメイトが少年の元へ向かったのを見たからだ。

 千雨が気づいた時には既に6~7人程が少年に手を貸していたので、自分は必要ないと判断したからである。

 そして、なにより千雨をその場から動けなくさせたのは、他でもない。

 『もしかして、あの子供が先生なんていうオチじゃないよな?』という、出来ることなら夢であってほしい展開を思いついたからである。

 しかし、現実は非情であった。

 少年は居心地悪そうに教壇に立った後、こほん、と咳払いをしてから自己紹介をした。

 

「今日から、2―Aの担任を務めることになりました」、と。

 

 千雨にとっては恐ろしいことに、スーツを着た子供は、高畑先生に代わる新任教師であり、英語教科担当であった。

 思わず、しずな先生に「マジなんですか?」と尋ねると、柔らかな笑みと共に「ええ、マジなんですよ」と返された。

 「おいおいマジかよ」と呟いた千雨の嘆きは、阿鼻叫喚と化した騒ぎにかき消された。

 「かわいい、かわいい」とクラスメイトのアイドルと化した子供教師は、ぬいぐるみのように、

 代わる代わるクラスメイトの腕の中を移動しながら、可愛がられていた。

 質問攻めと同時に揉みくちゃにされる子供先生。名を、ネギ・スプリングフィールド、10歳。

 次から次へと女子生徒の腕の中へ移動されて愛でられる姿に、子供嫌いであると自負する千雨は、ため息しか出なかった。

 

 

 

(確かに、可愛いとは思うぞ。顔立ちはもろ美少年だし、抱きしめればちょうど胸のあたりに顔がくるし、

 頬だって柔らかそうだし……って、違う、そうじゃない)

 黒板にて英文を書き連ねているネギの後ろ姿を見て、千雨は何度目かになる思考を脳裏から振り払った。

 自分が百面相をしているであろうことは千雨自身分かっていたが、してしまうのは仕方がない。

 幸いにも他の生徒が千雨の奇行に気づいた様子は無い。こっそり周囲の様子を伺うと、

 一部サボって机に突っ伏しているクラスメイトがいるが、だいたいは大人しく授業を受けているようだった。

 ネギが英語教科担当の教師として就任(あくまで仮。あの後しずな先生に確認すると、位置づけは教育実習生になっているみたいだ)

 した当日と翌日はゴタゴタして授業にならなかったが、さすがに片手の指の数よりも多く授業をすれば、騒動も表面的には収まってくる。

 この頃になると、クラスメイトの中でも、ネギに対して共通の認識が生まれるようになり、

 最近ではネギ先生に対する考えは、容認派(可愛いし、頑張ってくれているから応援したい派)と、

 傍観派(教師陣の人事が決めたことなので、しっかりしてくれるのなら構わない派)と、

 否定派(いくら大学を出た天才児とはいえ、子供であることは変わらない。やっぱり大人の先生がいい派)の三つに分かれている。

 それが分かったのも、昨日、クラスメイトの朝倉和美(あさくら・かずみ)がクラスメイト全員にアンケートを回した結果である。

 麻帆良のジャーナリストを自称するだけあって、そういった情報を整理することなどはお手の物なのだろう。

 千雨自身、普段クラスメイトと交流しようとしない(千雨とて、普通に世間話ぐらいはする)

 エヴァンジェリンからもアンケートを取った(一部のクラスメイトとは会話するらしい)ことには賞賛の念を抱いている

 なにより、千雨が驚いたことは、アンケート結果に記された内容である。

 今までアホみたいに能天気な頭をしていると思っていたクラスメイトの、意外と常識的な考え方に初めて親近感を抱いた……ことに、

 さすがの和美も、そのことには気づかなかったようだった。

 

(しかし……意外だよな)

 

 千雨の視線がネギ先生と……授業を受けている、那波千鶴(なば・ちづる)の姿に留まった。

 そう、アンケート結果で一番驚いたのは、千鶴の結果である。2―Aのお母さんと他称されるだけあって、彼女は保母のボランティアをしている。

 見た目も年齢からは考えられないぐらいにグラマラスで、母性本能で生きているのではないかと噂されているぐらい、彼女は基本的に優しい。

 特に子供相手にはことさら甘く、厳しくするところは厳しいものの、甘やかすときは徹底的に甘やかそうとするぐらいだ。

 そんな彼女を知っているからか、アンケートの集計していた和美が千鶴へ5回も書き間違いではないかと尋ねたのも、致し方ない話なのだろう。

 現在、クラスの中で一番人数が多い派閥は、容認派である。

 理由として挙げられるのが、まず可愛いからであること。

 次に、拙いながらも一所懸命に授業を行っているから、の二点である。

 人員は基本的に明るい性格で、社交的な女子が多いのが特徴。千雨から言わせてもらえば能天気なだけだが、

 学園全体でも成績上位に食い込んでいる雪広あやかが容認派に入っているあたり、一概にひとくくりには出来ない。

 逆に一番少ないのは否定派である。といっても、少ないのは完全な否定派であり、否定派よりの傍観派を入れれば、その数は容認派と同数になる。

 こっちの場合、人員は基本的に大人びた性格の女子が多いのが特徴だ。

 そして意外や意外なことに、那波千鶴は否定派である。それも、傍観派よりの否定派ではなく、純粋な意味での否定派なのである。

 聞きなれた授業終了のチャイムが鳴ると同時に、千雨は思考の海から浮上した。我に返って顔をあげると、

「それでは号令をお願いします」と点呼を呼びかけるネギ先生の姿があった。どうやら、考え事に熱中するあまり、授業を聞き逃したようだ。

 クラス委員長である雪広あやかの号令と共に、生徒たちが起立する。このときばかりは千雨も、

 あのエヴァも例外はなく起立して礼をする。そして着席した途端、クラスの中から緊迫感が解けた。

 それは千雨も同じで、今しがた終わった授業が四時間目だったのがそれを助長させた。

 

「よっしゃ、ご飯だー!」

 

 食堂に向かうものや、中の良い同士でお喋りが始まっている中、ハルナの雄叫びが聞こえてきた。

 思わず目を向ければ、「ハルナ、ちょっとうるさい」と、のどか、夕映の両名に叱られて声を小さくしているハルナの後ろ姿が映った。

 あやかに手を引かれるようにネギ先生が教室を後にしたのを横目で確認した千雨は、比較的会話をする夕映に声を掛けた。

 

「なあ、綾瀬」

 

 くるりと綾瀬は千雨の方へ振り返った。つられてハルナと、のどかの両名がこちらを見たのは鬱陶しいと思ったが、表には出さなかった。

 

「なんですか、長谷川さん」

「用って程でもないが、お前はアンケートはどれに入れた?」

 

 ちらりと綾瀬は教室の出入り口に視線を向ける。

 「ネギ先生ならさっき委員長が引っ張って行ったから大丈夫」と伝えると、夕映は肩の力を抜いた。

 

「それを先に話してください。あれは非公式なんです。知られるのは、少しはばかれるです」

 

「ああ、悪い」と一言お詫びを口にすると同時に、ハルナが身を乗り出してきた。

 何やら悪戯を思いついたときの美空たちと同じ表情を浮かべている。

 

「千雨ちゃんも実は気になっているのかな?」

 

 うわ、面倒くせえ。そう言いかけた千雨は、寸でのところでその言葉を呑み込むと、心から面倒くさそうに頬杖をついた。

 

「気になっているって程でもないけど、ほら、那波がアレだろ。あのときは鳴滝姉妹が口走ったから分かったけど、

 基本的には誰がどれに入れたか分からないようになってただろ? 別に隠すような内容でもないし、ちょっと聞きたいな、って思っただけだよ」

 

 千雨のその言葉に、3人は納得がいったように首を縦に振った。さりげなく千雨の机に弁当を広げるハルナに合わせるように、

 のどかと夕映が両隣の机に弁当を広げ始めた。別段、一人で食べたいと思っていたわけでもない千雨は、

 特に文句も言わずに自分も鞄の中からカロリーメイトを取り出すと、封を開けた。

 

「長谷川さん、ダイエットでもしているんですか?」

 

 千雨の手元にある置かれたカロリーメイトの箱を見て、のどかが尋ねた。「チーズ味ですか……私はチョコ味が好みです」

 と呟く綾瀬に、「チーズしか売っていなかったんだ」と答えておいた。

 

「ちょっと金欠なんだよ。自炊するのも面倒だし、これが一番手っ取り早いだろ。まあ、ジュースぐらいは買える程度の余裕はあるけどな」

 

 特に隠すことでもないし、事実なので素直に答える。かわいそうに思ったのか、「さすがにそれだけだとお腹空きますよ」と、

 のどかから卵焼きを一個貰った。夕映からはから揚げが一個、ハルナからはウインナーを一個貰えた。

 嬉しい展開である。せっかくのご厚意を、千雨はありがたく受け取ることにした。

 

「確かにそうだよね~、私も締め切り前は重宝するなあ、カロリーメイトのいちご味。チョコもチーズもいいけど、いちごの方が甘くて私は好きかな」

「私はあそこまで甘いと駄目だな」

「私もです」

 

 千雨の言葉に同調する夕映。夕映の手に握られている『どろり豆乳コーラ』の文字が掛かれたジュースさえなければ、

 千雨は何も思わなかっただろう。ぱくりとカロリーメイトを口の中に放り込むと、チーズの香りがほのかに香った。

 

「私はカロリーメイト……駄目です」

「え、宮崎はアレ、駄目なのか?」

 

 思わず宮崎に話しかける。一瞬、怯えられるかな、と思ったが、のどかは特に気にした様子も無く頷いた。

 男が苦手だと話しているのを、小耳に挟んだことがあるが、どうやら誰に対しても人見知りするというわけではないらしい。

 

「はい……どうも、あのパサパサした感触というか、味というか、口の中に残って駄目なんです……」

「のどかは栄養補助食品系の食べ物が苦手ですからね。前にカロリーメイトを食べてお腹壊したことがあるです」

「もったいないよねぇ。修羅場の時こそアレが役立つのに」

「出来ることなら私たちにとばっちりが来ないようにしていただけると大変ありがたいのですが」

 

 夕映とのどかの冷たい眼差しに、ハルナはそっぽを向いてご飯を口の中に放り込んだ。

「いやあ、本当、夕映とのどかには感謝しているよ。本当だよ、今度ジュース奢るから」。どうやら、ハルナ自身も悪いとは思っているみたいだ。

 しかし、修羅場か。千雨はペットボトルの水を飲みつつ、思った。

 ハルナが個人的に同人誌を制作していることは、クラスメイトなら誰もが知っていることである。

 千雨自身は同人誌を制作したことはないが、人伝(ネットに流れる苦労話)に聞いた話では、かなり大変な作業らしいことは知っている。

 事実、締切が近づくと時間さえあれば常に原稿を書き続けているハルナの姿が見られるようになるぐらいだ。

 世間一般的に言えば、オタクの範疇に入るコスプレイヤーと呼ばれる趣味を持っている千雨でも経験の無い世界だ。

新作の発表に合わせて多少の無理を効かせたことはあるが、おそらくそんなものではないのだろう。

 

「前々から思っていたけど、そんなに酷いのか?」

 

 その言葉に、三人は力強く頷いた。あまりの力強さに千雨が少し引いたぐらいだ。

 

「修羅場初日ぐらいはご飯を食べる余裕はありますけど、三日目にもなると……地獄です」

「学校行く日はシャワーを浴びるけど、休みの日はシャワーすら浴びないよね……」

「カロリーメイトだって、最終的にはドリンクタイプになるし、しまいには一気飲みになるし……」

「三徹を過ぎると、テンションがおかしくなるです。消しゴムが落ちたことに大笑いしたことがあるです……」

「そのころになると、トイレの回数も減らしたよね……」

「もはや人に見せられる顔じゃなくなるね、アレは……」

 

 ズーン、と重たくなった空気に、千雨は頬を引き攣らせた。

 

 

 

「話を最初に戻すけど、お前らはどれに票を入れた?」

 

 しばらくして、ようやく現実に返ってきた夕映に、千雨は尋ねた。

 

「私は傍観派です。ネギ先生の頭の良さは分かりますけど、やっぱり自分より年下の先生は頼りないです……けど、

 学園長が決めたことなら、私はどうこう言うつもりはないです」

 

 ちらりと、夕映の視線がのどかへ向けられた。つられて千雨ものどかを見つめる。

 

「私は、容認派かな」「この前助けられたしね」「は、ハルナ!?」

 

 ハルナの口出しに、のどかは頬を赤らめた。怒っているというわけではなく、恥ずかしいのだろう。

 少し千雨は気になったが、聞くのは野暮というものだろう。のどかは唇を尖らせると、「でも……」と言葉を続けた。

 

「やっぱり、不安、かな。出来ればネギ先生が、先生を続けてくれれば嬉しいけど、何かあったとき頼っていいのか迷っちゃうから……」

 

 その言葉に、千雨を入れた3人は、頷いた。確かに、頼りない。いくら大学を出た天才児とはいえ、相手は10歳である。

 子供である自分たちですら14歳だというのに、そこからさらに4歳も年下だ。 背だって自分たちより頭一つ分小さいし、頼りになるか、と尋ねられれば正直、首を横に振らざるを得ないのが、

 クラスメイトの大多数の(例外は委員長こと、ショタコン疑惑のある雪広あやかだけである)考えだろう。

「乙女心は複雑ってやつか、うう、ラブ臭だね、ラブ臭。残るは私だけど、私はどちらかと言えば、容認派かな。

 学園長が決めたことだし、私としてはしっかり授業をしてくれるならそれでいいよ」

 

 「ところで……」とハルナは千雨へと顔を近づけた。

 

「千雨ちゃんはどれに入れたの? 私の予想としては、否定派かな、と目星を付けているんだけど」

「それは私も思っていました。滲み出る子供嫌いオーラを隠しきれていない長谷川さんなら、

 おそらく否定派だろうと思います。なんというか、私の傍に近寄るな、みたいな感じです」

 

 ハルナの推測に、夕映も賛同した。あまりと言えばあまりの言いように、千雨は頬を引き攣らせた。

 

「お前ら、私をどれだけ子供嫌いにしたいんだよ!?」

「え、嫌いじゃないんですか?」

 

 心底不思議そうに首を傾げる夕映の姿に、千雨は怒る気力も無くなった。

 唯一、「長谷川さんって、子供嫌いなんだ」と呟いているのどかの姿が、癒しである。

 

「私はガキが嫌いなだけであって、子供が嫌いってわけじゃねえんだよ」

「ああ、その気持ち私にも分かる。なんていうか、生意気な子供っているよね」

 

 ハルナの声が明るくなった。と思ったら、すぐに低くなった。

 

「小学生のとき、別のクラスメイトの男子がそんなタイプだったなあ……先生の前では良い子ぶって、こっちに意地悪ばっかしてくる男子が……」

「……それって、室井君ですか?」

「ああ、そういえばそんなやつ居ました」

 

 愚痴を呟いているハルナに対して、のどかが思い出したように首を傾げる。ハルナよりも、その言葉に反応したのは夕映であった。

 「室井?」と途方を見つめているハルナを見て、夕映はジュースのストローから唇を離した。

 

「ほら、ハルナのことをオタク女、のどかのことを根暗女、私の事を暇人女と呼んで、ブス三姉妹とか言っていたやつです」

「……あ、ああ! そうか、思い出した、あいつがジャイアンか!」

 

 パン、とハルナは手を叩いた傍で、千雨は思わず笑った。思い出してスッキリした表情を浮かべたが、すぐに苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 

「あいつには散々煮え湯を飲まされた……力じゃ敵わないし、先生の前では良い子ぶるし。

 のどかの髪の毛掴んでくるし、勝手に私のノートに落書きするし……おかげでのどかが男アレルギーになっちゃうし……」

「木乃香に気があるのか、木乃香には気持ち悪いぐらい優しかったです」

「そういえば、室井君は木乃香には凄い優しかったよね」

「木乃香と私たちが友達だってこと、あいつ知らなかったのかな。表には出さないけど、木乃香から凄い嫌われていたっけ、あいつ」

「今でも図書館で木乃香に話しかけるチャンスをうかがっているのを見かけます」

「マジで!?」

 

 図書館という単語に、のどかの頬から血の気が引いた。よっぽど嫌な思い出なのだろう。

 千雨は、のどかの背中を摩ってやった。「ありがとう、大丈夫」と力無い返事が返ってきたので、手を引いた。

 室井君という男子生徒がどんなやつかは知らないが、3人にとって二度と会いたくない相手であることが良く分かった。

 

「マジです。しかも、最近は馴れ馴れしく私にも話しかけてくるです。

「最近昼間に図書館行かなかったから知らなかった……うわ、マジですか、どういう神経してんの、あいつ」

「何も考えていないかと思います。メルアドを交換しようとか、写メール送ってくれとか、無視しても話しかけてきます。鬱陶しいです」

「やだなぁ……、怖いなぁ……」

「大丈夫です、のどか。私たちがいます」

 

 ボーっと、千雨は何やら友情を咲かせ始めている3人を見つめた。ちょっと羨ましいとは思いつつも、

 それに対する面倒くささを想像しつつ、貰った唐揚げを口の中に放り込んだ。冷めていても、人から貰った食べ物は美味いなあ、と千雨は思った。

 

「そういえば、結局千雨ちゃんはどれに投票したの?」

 

 しばらく談笑が続き、昼休み終了まで残りあとわずか。何となく3人を眺めていた千雨に、ハルナが思い出したように尋ねた。

 こちらに話が振られるとは全く考えていなかった千雨は、突然集まった3人の視線に一瞬だけ息を呑む。

 「私たちは話したんだから、千雨ちゃんも教えて」と言われれば、答えないわけにもいかない。

 興味津々な面持ちが妙に気恥ずかしかったが、千雨は素直に答えた。

 

「私は、どっちかっていうと容認派」

 

 途端、驚きに目を見開く3人とは別に、千雨の背後から甲高い嬌声が響いた。

 思わず飛び上がらんばかりに肩が跳ねる。慌てて振り返ると、目の色を輝かせた、雪広あやかの姿があった。

 

「まあまあまあ、長谷川さんもネギ先生の良さが分かっていらっしゃるのですね!」

 

 同士を見つけた。そう顔に書いてある彼女は、凄まじいスピードで千雨の手を握ると、勢いよく上下に振り回した。同性とは思えないパワーだ。

 北欧系のハーフである彼女は、同性から見ても美人であるのは千雨も認めている。

 しかし、今のように暴走したときの彼女が、手の付けようがないことも知っている。ていうか、ここ数日で思い知った。

 

「全く、クラスメイトのみなさんはネギ先生の素晴らしさを全く理解しておりません。

 あんなに可愛くて、凛々しくて、可愛くて、頑張っていて、可愛いのに、なぜ否定派などというのに入れるのでしょうか……ねえ、千鶴さん!」

 

 あやかの人差し指が、親友である村上夏美と談笑していた那波千鶴に向けられた。

 擬音にすればビシィ! という効果音が付きそうなぐらいである。

 直接指さされたわけでもない夏美が、思わず肩をびくつかせるぐらいの迫力である。

 それなのに、直接指さされた千鶴は、「あらあら」と微笑むだけで堪えた様子はまるで無かった。

 「三回も可愛いって言ってるよ……」というハルナの呟きがあやかの耳に入らなかったのは、ハルナにとって幸いである。

 

「この際だから聞きましょう。どうして否定派に投票したのですか、千鶴さん」

 

 あやかの質問に、教室内に居たクラスメイト全員の視線が千鶴へ集中した。かくいう千雨も、興味があったので何も言わなかった。

 

「だって……」

「だって?」

 

 復唱するあやかの言葉に、誰かの喉がゴクリと鳴った。

 

「どんな理由があるにせよ、子供の内はしっかり遊ぶべきだと私は思うの。

 ネギ先生が先生を続けてくれたら嬉しいけど、先生は大人になってからでもなれるでしょ? 

 子供の内は、子供のときにしか出来ないことをしないと駄目。

 いくらネギ先生が望んでいるからって、なんでもかんでも叶えさせちゃ駄目だというのが私の考えよ」

 

 思ったよりしっかりした否定意見である。ただ子供が先生になるのを反対している、と考えた千雨にとって、千鶴の意外な一面を見たような気がした。

 ただただ甘やかすのが母性というわけではないということか。多少恨まれようとも、相手の為を思って否定出来るのが、母性なのかもしれない。

 

「あやかがそうしたい理由も分かるけど、それとこれを一緒に考えては、ネギ先生に失礼よ。

 もう少し落ち着くべきね」と続けた言葉に、あやかは唇を噛み締めた。

 何か、事情があるのだろうか。千雨には分からなかったが、尋ねようとは思わなかった。

 幼馴染である神楽坂明日菜であれば知っているかもしれないが、いくらクラスメイトとはいえど、それは踏込過ぎだろう。

 

「でも、個人的にはあやかよりも、千雨ちゃんの方が問題あると思うなあ」

「……は?」

 

 突然の矛先の変更に、千雨は目を瞬かせた。あやかと千鶴の間を行ったり来たりしていたクラスメイトの視線が、千雨へと集中した。

 

「あやかは色々な事情があってネギ先生に甘くなっているけど、千雨ちゃんは先天的に甘やかすタイプね」

 

 こいつは何を言っているんだ、という千雨の視線は、千鶴の面の厚さにはまるで敵わなかった。

 

「それってどうい」

 

 突如、昼休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。我に返ったようにクラスメイトが各々の席に移動を始めた中、

 千鶴が足早にこちらに近寄ってくると、そっと耳元に顔を近づけてきた。

 

『特に、ここ最近はそう思うわ。千雨ちゃん、なんだか気持ちに余裕が出てきているみたいで……半年ぐらい前は、

 はた目からでも分かるぐらい気を張っていたのにね』

「――っ!?」

 

 目を見開いて、千鶴へ顔を向ける。目が合うと、ぱちりと千鶴はウインクした。

 

『自覚は無いみたいだけど、前より刺々しい感じが無くなったわよ。千雨ちゃん、気づいていたかしら?』

 

 それだけを千雨にだけ聞こえるように呟くと、千鶴も他のクラスメイトと同じように自分の席へ向かった。千雨はその後ろ姿を、黙って見つめ続けた。

 

 

 

 はあ、全く……前から変な学校だとは思っていたけど、やっぱり変な学校だな、おい。

 子供先生が担任になってから、幾ばくかの時間が流れたある日の放課後。

 期末テストまで差し迫っているとあって、いつもなら騒がしい帰り道も、とても静かだ。

 そのまま帰るのも、勿体ない。そう思った千雨は、追い込みをかけるクラスメイトをしり目に、一人帰り道の途中にあるベンチに腰を下ろしていた。

 夕暮れの淡いオレンジ色が、千雨の背後に長い影を作る。昼とも夜とも違う、妖しいコントラストが、千雨の視界に広がる。

 ヨーロッパ調をイメージして作られた都市であって、そんな色合いがよく似合っていた。

 脱力して背中をベンチに預ける。自販機で買ったジュースは程よく冷えており、乾いた喉を甘く潤す。

 周囲に人通りはなく、スカートがまくり上がろうが、だらしなく足を開こうが、見咎められることはない。

 部活動に励む生徒も、見回りに来る先生も来ない、貴重な時間。

 そんな時間が、千雨は好きだ。自室で本来の自分を曝け出すのも大好きだが、こうやって開放感を楽しむのも、

 ストレスを溜めこむタイプである千雨にとっての、ストレス解消法であった。

 しかし、今日はそんな気分には、なれなかった。原因は子供先生とクラスメイトである。

 期末テストまで2日と迫った今朝になって、千雨のクラスメイトが数名行方不明になったことが分かったのである。

 場所は、学園都市にある世界最大規模の巨大図書館。通称、『図書館島』である。

 二度の大戦による戦火を逃れるために、世界中の貴重書が集められたそこは、蔵書の増加に伴い地下に向かって増改築が繰り返された。

 とにかく数多くの貴重書が保管されている為か、地下1階より下は迷路のように入り組んでおり、

 学校から許可を貰わなくては、地下に入ることが出来ない魔宮と化している。

 その為、本来なら行方不明になるような地下にまで、入ることなどないのだが……行方不明者の中には、

 図書館島内部を調査する、『図書館探検部』がいたのが災いした。

 探検部は、生徒の中でも数少ない、生徒だけで地下に降りることができる許可があるからだ。

 行方不明になったことが分かったのも、地上にて待機していた連絡員が、地下との連絡が取れなくなったことが分かったからだった。

 おかげで今朝は大騒ぎである。普段は能天気なクラスメイトも、心配して元気はないし、ネギに並々ならぬ情熱を向ける、

 クラス委員長の雪広あやかに至っては、青ざめた顔で保健室に運ばれていく有様であったほどだ。

 行方不明者の中には、麻帆良四天王と呼ばれる武闘派の内、二人が入っていることが分かっているとはいえ、

 万が一という可能性は否定できない。その為、子供嫌いである千雨も、もしかしたら、と安否が気になって仕方がない。

 千雨ですらコレなのだから、感情の動きが大きいクラスメイトに至っては、よっぽどだろう。

 あるいは、こんなときも能天気に、無事に帰ってくると信じて勉強しているのだろうか。

 その考えに、私には出来そうにないな、と千雨は苦笑した。

 

「……ああ、ちくしょう」

 

 頼みの綱の教師陣は、頼りにならない。

 生徒数名と教師が行方不明になっているというのに、先生たちは全員口を揃えて「そんなことより、勉強に集中しなさい」の一点張り。

 生徒を安心させる為に、わざとそう言っていることは想像できたが、かといって警察などが図書館に入ったという情報は、

 千雨の耳には届いていない。情報部に所属し、学年一の情報通を自負する、クラスメイトの朝倉ですら、

 捜索隊等が組まれたという話を聞いていないらしい。

 つまり、教師陣は、何らかの方法でネギ先生たちの動向を把握し、かつ助けがいらないという状況を

 知っている可能性が高い……という、希望的可能性に、千雨は首を振った。

 どれだけ安心する材料があったところで、千雨の不安は消えない。

 変人ばかりのクラスメイトなら、きっと能天気になんとかやってくれているだろうが、その中にはさらに小さいガキがいる。ガキは駄目だ。

 『刺々しい雰囲気が無くなったわ』。千鶴の言葉が脳裏を過る。確かに、変わったのかもしれない。

 以前の千雨であれば、クラスメイトのことなど知ったことではないと鼻で笑っていただろう。

 なぜならば、千雨は自分に事態を解決する力が無いことをよく知っているからだ。

 麻帆良四天王のように武道に秀でているわけでもなく、大学の工学部に所属する天才のような頭脳を持ち合わせているわけでもない。

 自分にはどうすることも出来ないことを知っているから、千雨は何もしなかった。

 だが、今の千雨にはそれを成す力がある。どうにかする自身など、欠片も持ち合わせていないが、それでも出来ることがあることが、分かる。

 

「……くそ、これだからガキは嫌いなんだよ」

 

 まさか、こんな形で、この体を手に入れたことを後悔するとは……。

 無事に逢えたら、拳骨の一発はくれてやる。そう腹を括った千雨は、空き缶をゴミ箱へ放って、図書館島へ向かった。

 

 

 

 やっぱり来ない方がよかったかもしれん。

 初めて図書館の地下に降り立った千雨が感じた感想は、それであった。

 

「探検だとか、迷路だとか、物騒な単語を耳にはしていたけど、そういう言葉が生まれるわけだ……」

 

 想像していたよりも、はるかにファンタジーな魔宮が、目の前に広がっていた。

 長い階段を下りて扉を開ければ、右を見ても本棚。左を見ても本棚。前を見れば、

 狭い通路の向こうには手すりが設置されていて、その向こうはクモの糸のように広がった本棚の頂部が見えた。

 古書特有の、インクの臭いが鼻につく。好きな人にはたまらない香りらしいが、あいにく千雨はデジタル派だ。

 アナログもある程度は嗜むが、わざわざ嗅ぎたいと思うほど好きではない。

 「おいおい、本棚の上を渡っていくって、どこのRPGだよ」と呟く千雨の視線は、本棚と本棚の隙間に向けられていた。

 底なし沼を想像させる深い闇がそこにはあり、落ちれば大けがを負ってしまうことを……いや、死の予感すら、千雨の脳裏を過った。

 自然と乾く喉に、唾を送る。「私は大丈夫、私は大丈夫、絶対怪我しない、絶対怪我しない」と自分に暗示を掛ける。

 宇宙人から貰ったこの肉体の耐久性が、どれほどのものかは、千雨は把握しきれていない。

 あの日からちょくちょく自らの肉体を使用したりはしているが、まだまだ自由自在に使いこなせているとは千雨は思っていない。

 好奇心に駆られて、柄にもなく空を飛んだりもしたが、千雨の集中力が持たないせいで長時間の飛行は心もとない。

 それだって、まともに飛行できるようになるのに一か月程度の練習を要し、適度な休憩を挟みつつ行った結果だ。

 唯一、練習のときのような気楽なメンタルではないのが、ある意味救いではある。不本意ではあるが、集中力は持ちそうだ。

 千雨の肉体には制限が無い。だが、千雨の精神は制限が多い。無限の想像力がある幼児期にこの体になっていれば、

 今頃千雨は自由自在にこの体を使いこなしていただろうが、あいにく現実の千雨は中学生であり、ネット世界に染まった、

 リアリスト思考の強い女の子であるのだから、現実とはままならないものだ。

 

(あれほどの科学力を持つのだから、万が一落ちても大丈夫だろう、大丈夫だよな?) と、一抹の不安を呑み込んだ。

 

 視線を上げれば、至る所に天井から伸びる本棚が設置されており、中にはこれでもかと言わんばかりに本が収められている。

 あまり地上の空気に晒されないおかげか、どの本の表紙も、変色していたり、汚れた様子はなく、綺麗に見えた。

 こんな場所にあいつらはいるのか……前から思っていたけど、やっぱりあいつら変人だな。

 そう思った千雨は、おそるおそる本棚頂部に足を置いた。

 瞬間、千雨の眼前を、光が走った。

 

「………………」

 

 乾いた音と共に、光は本棚に突き刺さる。音もなく、能面と化した千雨の顔が、光の向かった先へ向けられる。

 

「………………」

 

 光の正体は、一本の矢であった。目にも止まらぬ速度で飛来したそれは、千雨の前髪を数本巻き込みながら、

 目の前を通過し、進行方向にある本棚に突き刺さった……ということを、千雨は目の前の現状から、理解した。

 失禁しなかったのは、図書館島に入る前に出しておいたからだ。もしトイレに行っていなかったら、今頃千雨は大変なことになっていただろ。

 

「……帰りたい」

 

 切実に、切実に千雨は心の底から内情を吐露した。けれども、無事を確認するまでは、という気持ちが邪魔をする。

 

「……イメージ、イメージ、イメージ、イメージ」

 

 その場にしゃがみ込んで、目を瞑って頭を抱える。はた目には、小動物が震えているように見えても、千雨は真剣だ。

 何をイメージすればいい? 矢を跳ね返す肉体? なんでも防ぐバリア? どれも駄目だ。

 頑張ってイメージしても、実際に罠が向かってきたら、心のどこかで怪我をする自分を想像してしまう。

 それでは駄目だ。あの宇宙人も言っていたではないか。大切なのは、イメージ。全ては想像力だ。

 どんなあり得ないことでも、あり得ることだと思うのが、この肉体を使いこなす鍵なのだということを。

 

「……『バック・ファイア』」

 

 千雨の言葉に、彼女の肉体は応えた。両足を収めていたローファーとソックスが、瞬時に分解、四散される。

 むき出しになった両足を覆うように、白色の物質がコーティングされていくと、瞬く間に千雨の両足は、無機質な機械の塊に包まれた。

 前に読んだ、SF小説に出てくる、強化脚部だ。飛行能力など、数々の技能を発揮するそれは、

 幸いにも挿絵があったので細部までイメージできている。おかげで、不必要なコントロールをする手間が省けるのは、嬉しい誤算だ。

 なぜそこまでイメージを固めるのかと言えば、イメージが甘いと、出力の調整が上手く出来なかったりするからだ。

 100パーセントか、0パーセント。そのどちらしか出せなくなるうえに、最悪の場合、

 発動した瞬間に変身が解除されてしまい、そのままどこかへ吹っ飛んでしまう。

 以前、暇つぶし程度に遊んでいたら、調子に乗って制御に失敗してしまい、一気に高度3000メートルまで上昇してしまったことがある。

 そこから垂直落下したときは、文字通り死ぬかと千雨は思った経験がある。二度と使わないと誓ったのだが、そうも言ってはいられない事態だ。

 

「ああ、怖い怖い怖い怖い怖い、超こええよぉ……ちくしょう、これで怪我でもしてなかったら、怒るからな」

てなかったら、怒るからな」

 

 「『広範囲観測粒子』発射」。その言葉とともに、目には見えない、超微小の観測粒子が図書館内部に広がっていく。これも、SF本から拝借したものだ。

 ピコメートル以下の極小粒子を散布し、物質に触れた際の反応を計算して、物の位置などを観測する、超小型のスパイ機械である。

 しかも、反応するのは本当に微細なうえに、地球上に存在するほとんどの物質を通過出来る機能がある為、まずばれることがない。

 携帯電話を落としてしまった際、これを使って見つけ出した。代わりに知りたくなかった情報を知ってしまったという、

 千雨にとっては思い出したくない過去があったりする。具体的には、上級生には24組のレズビアンがいたとかいなかったとか、そういうこと。

 精神を集中させ、イメージする。

 途端、千雨の両足のふくらはぎと、足裏からスラスターが突き出される。空気が吸い込まれると同時に、青白い光が放たれると、千雨の体がふわりと浮いた。

 そのまま一回転してしまいそうになりながらも、体勢を立て直してから、空中にホバリングする。

 ほとんど熱を持たないその光は、本棚の埃を巻き上げて消える。

 本棚が焦げていないことを念のため確認してから、「罠の場所も分かったし、バリア張って行こうかな……ていうか、あいつらむちゃくちゃ下に降りてやがるじゃねえか!」千雨は生体反応らしきものが確認出来た、かなり下層へと向った。

 

 

 

 

 下層へとたどり着いた千雨が見たものは、幻想的な空間であった。全体は、四方を木の根がドーム状に囲うように広がっている。

 何が光源となっているのか千雨には分からなかったが、木の根の間からは強い光が漏れていて、地下だというのに、昼間のように明るかった。

 ヨーロッパを彷彿とさせる建築物の傍には、どこからか地下水とつながっているのか、いくつもの小さな滝があり、真水のように水面がきらめいていた。

 図書館島最深部にあると言われている、幻の図書室「地底図書館」。図書館探検部からすれば、泣いて喜びそうな光景ではあったが、

 千雨にとっては知りたくもないファンタジー空間である。また学園の暗部を見てしまったみたいで、気分は果てしなく落ち込んだ。

 結論から言おう。ネギたちは大丈夫であった。千雨の予感していたとおり、行方不明者たちは、能天気にも勉強をしていた。

 自分たちが行方不明扱いになっていることなど、ネギたちは全く深く考えている様子はなかった。

 離れたところから様子をうかがっていた千雨は、思わず頭を抱えた。

 それこそ地上にいるときと同じように、和やかな空気すら感じられる彼らに、千雨は怒る気にもなれず、とりあえず怪我をしてなくてよかったと、安堵した。

 よくよく観察してみれば、地下だというのに、トイレやキッチンらしきものがある。

 確認してはいないが、食材なんかも置かれているであろうことは、ネギたちの表情から察することが出来た。

 これで、千雨には分かった。やはり学園の教師陣は、ネギたちの動向を監視し、援助している。千雨が気に掛ける必要は、もう、ない。

 

『フォフォフォフォ』

 

 たとえ、眼下で巨大な石像が声を出し、動き回ってネギたちを阿鼻叫喚の渦に叩き込もうとも、もう、千雨の助けはいらないのである。

 

(……いいや、とりあえず、最後まで成り行きは見守ろう)

 

 でも、ここで帰ったら寝覚めが悪い。毒を食らわば皿までというが、千雨は最後まで見守ることにした。

 

 

 結果的に言えば、ネギたちは最後まで千雨に気づくことなく、地上直通のエレベーターに続く螺旋階段を駆け上がって、さっさと乗り込んで帰ってしまった。

 いや、気づかれないようにしていたので、千雨にとっては願ったり叶ったりだったのだが、それはそれで寂しいのも事実。

 上昇していくエレベーターを、石像の後方から見守る。不思議なことに、エレベーターが動き出した途端、

 石像は足を滑らしたのか、螺旋階段を滑り落ちた。その後は追いかけるようなことはせず、黙ってカゴが上昇していくのを見守っていた。

 最後まで、天井の向こうまで見えなくなったのを確認する。これで、千雨の出番は本当に終わりだ。ああ、疲れた。千雨はため息を吐いた。

 

「よく考えたら、あいつらはここを通って帰れるけど、私がそこ使ったらダメじゃないかよ……やべえ、またあの通路を通るのかよ」

 

 気づきたくなかったことに気づいたとき、疲労がズシリと背中に伸し掛かる。もはや肩など定員オーバーだ。そのうち頭にも乗ってくるんじゃなかろうか。

 とりあえず、風呂入って寝よう。疲れた体に鞭打って、引き返そうと体をひるがえした。

 

『どこへ行く気じゃ』

 

 先ほどまでの、ネギたちに向かって話しかけていたときのような、どこかひょうきんな話し方ではない。

 鋭くも厳かな、熟年の時を経たものにしか出せない、力強さがある。

 心臓が跳ねる感覚は、何度経験しても慣れることはないし、心臓に悪いと千雨は思う。

 宇宙人と邂逅したときも嫌というほど経験したが、今回もあれと同じくらい心臓に悪い。

 振り返った姿勢のまま、ゆっくりと、静かに体を階段の陰に隠す。

 元々完全に死角の位置ではあったが、もしかしたら体の一部が見えたのかもしれない。

 

(……ばれた!?)

 

 固まった四肢から力が抜けるのを、なんとか堪える。下手に脱力してイメージを解いては、千雨の体は元の姿に戻る。

 逃げるにしても、何にしても、変身を解くのは得策ではない。

 戦うべきか? 千雨は自問する。すぐに、千雨は頭を振った。

(駄目だ。相手に私がいることがばれただけで、この有様だ)とてもではないが、相手を行動不能に追い込むような武装をイメージできそうにない。

 そっと、顔を上げて、石像へ視線を向ける。変な体勢になってしまって、少し体が軋む。階段に手を掛ければ楽に覗けるのだが、怖くて出来ない。

 千雨の眼前……およそ数十メートル前方に、石像はいた。中世ヨーロッパに出てきそうな兵士が、その石像の姿に近いだろうか。

 顔らしき部分は兜に覆われ、人間で言えば目のあたりに位置する部分には、青白く光る眼のようなものがあり、それが千雨へとまっすぐ向いていた。

(あんな恐ろしい石像と戦って逃げられたのかよ、あいつら!)小さな声で悲鳴を上げる。恐ろしいなんてものじゃない。

 それこそ、体当たり、腕の一振り、たったそれだけで、自分がミンチになる未来が想像できた。

 

『隠れているのは分かっておる。ワシが大人しくしておる間に、出てくるのが得策じゃぞ』

 

 『フォフォフォ』、と奇妙な笑い声をあげる石像の姿に、千雨はそっと顔を下げて、尻餅をついた。思いのほか冷たい階段も、気にならない。

 唯一、使えそうな武器である『フォトン・レーザー』も、今のような精神状態では、まともに作動しないだろう。

 『フォトン・レーザー』は、イメージの力に最も左右されてしまう。どのような材質で出来ているのかは分からないが、

 こんな精神状態では、とてもではないが、あの石像の動きを止めるだけの出力を出せるとは思えない。

 思えない、と考えた時点で、終わりだ。一見、万能に思えるこの体だが、

 もしかしたら、 なんていう考えを持った時点で、何一つ出来なくなるのがこの体なのである。

 

 逃げるしかない!

 

 千雨の判断に、両足のスラスターに光が灯る。イメージこそすれば、0からいきなりフルスロットルまで加速できる。

 先ほど、ネギたちと相手をしていたときの素早さから考えれば、距離さえ取れれば千雨にも安心感が生まれる。

 そうなれば、余裕が生まれてイメージしやすくなる。それが出来たら、千雨の勝ちだ。

 

(行くぞ……3……2……1…)

 

 0、とスタートしようとする直前、千雨の右側……螺旋階段の始まり部分が、爆音とともに吹き飛んだ。

 

 

 

 粉みじんになった小石が、千雨の体に降り注ぐ。千雨の息が止まる。突然の衝撃に、固めていたイメージが消え、

 両足の『バック・ファイア』も瞬く間に四散する。後には、ローファーとソックスに包まれた元の両足が残った。

 呆気に取られた千雨の視線が、えぐり取られたかのように無くなった、階段らしき残骸に向けられる。

 何が起きたのか千雨には分からないが、ただ一つ、それを行ったのは、あの石像であることだけは分かった。

 何か、とてつもなく重い何かが地面を叩く音が千雨の耳に届く。

 直後、地面に置いた掌に、重苦しい振動が地面から伝わってくるのを千雨は感じた。

 二回、三回、四回。一定の間隔で、音と振動が響く。次第に大きく、強くなっていく音と振動に、千雨は戦慄した。

 

(ち、近づいてきている……のか!?)

 

 分かったところで、どうしようもない。狂乱する心は、千雨の制御下から離れてしまった。

 雪崩のように押し寄せてくる思考の波は、千雨の思考を一切合財呑み込んで、かき回していく。

 まるで体に力が入らない。逃げたいけど、腰が抜けてしまったのか、両足は赤ちゃんよりも頼りなく震えている。

 

(やべえ)

 

 視界がぐにゃりと歪む。盛り上がった涙が、決壊すると、後から後から頬を伝っていく。

 砂埃で汚れた体など、気にならない。こんなことなら、ネギたちなんか心配せずに、自室で勉強すればよかった。

 くそったれ。これだからガキは嫌いだ。ちくしょう、私が何をした。殺されるのか。嫌だ。死にたくない。

 死にたくない。でも、あいつはネギたちを襲っていた。きっと、私にも同じことをする。いや、絶対。確実に。私を……。

 

(やばい、やばい、逃げろ、やばい、逃げろ、動け、動かな、動け、動かな、逃げろ、やばい、逃げろ、動け、やばい、逃げろ、動かな、やばい)

 

 フッ、と、影が差した。跳ね上がった心臓が痛い。恐る恐る、顔を上げて、首を向ける。

 

 そこには、見たくもなかった巨大な足があった。両手を伸ばしても指が届かないぐらい、重量感のある足だ。

 

 視線が上に上がる。上げるな、と心の中で叱咤するも、千雨の体は主を裏切り、顔を上げていく……そして、青白くも無機質な光が目に飛び込んできた。

 石像の視線と、千雨の視線が交差した。

 

『フォフォフォ、隠れたって無駄じっ……』

 

 石像の動きが止まる。まるで、ビデオテープの一時停止を押したかのようだ。それは千雨も同じだ。しかし、違うところがある。

 石像には涙を流す部分が無く、千雨にはあったということだ。千雨の頬が引き攣る。

 こみ上げてくる涙を堪えられない。『……フォ!? 長谷川千雨くんか!?』と、なぜか驚愕する石像をしり目に、千雨は泣いた。

 幼子のように、鼻水を垂らして、無様に泣いた。

 

 

 

「すまんのう、怖がらせるつもりはなかったんじゃが……」

 

 麻帆良学園の学園長を務める、近衛近右衛門の言葉に、千雨はそっぽを向いた。あの後、石像の正体が、

 近右衛門が動かしていたロボットであることが分かってから、ずっとこの調子である。

 場所を学園長室に移しても変わらず、このまま帰すにはあまりにもしのびないので、

 近右衛門がなんとか千雨を宥めて学園長室に引っ張り込んだのが、ここまでの経緯である。

 汚れた制服も、クリーニングに出して、新しい制服も用意した。下着は……クリーニングに出すのを千雨が嫌がったので、

 とりあえず保健室に置いてある備品を履いてもらい、弁償という形で納得してもらった。

 だが、肝心の千雨はと言うと、部屋のソファーに腰を下ろしたまま、クッションを抱きかかえて、

 ずっと近右衛門を見ようとせず、いっこうに態度が軟化しなかった。

 はた目にも機嫌が悪いことが見て取れる千雨の態度に、近右衛門は、ほとほと困り果てた顔で、懐から包み紙を取り出した。

 最後の一個であり、楽しみにしていたものだが、泣く子には勝てない。

 

「ほ、ほれ、麻帆良ランキング一位の、老舗の一口饅頭じゃぞ。買うためには開店4時間前に並ばないと買えないという、幻の漉し餡饅頭じゃ」

 

 包み紙を剥がして、差し出す。ちらりと、充血して赤らんだ千雨の瞳がそこへ向けられる……と、同時に、

 千雨の手が饅頭を掠め取った。近右衛門が何か反応するよりも早く、千雨は饅頭を口の中へ頬張ると、またあさっての方向へそっぽを向いた。

 「とほほ、泣いて怒ったときの木乃香とそっくりじゃわい……」と近右衛門の嘆きが零れる。

 最近では見なくなったが、子供のころは、今の千雨のように、へそを曲げてしまうことが多々あった。

 忙しい学園業務のせいで、木乃香との約束を破ったときは、それこそ、宥めても煽ててもそっぽを向いてしまう。

 怒ればいい、と他人は言うが、目に入れても痛くない、可愛い孫娘を叱るのは、とてもではないが出来ず、逆に娘に怒られてしまったのは、懐かしい思い出。

 木乃香の癇癪の場合は、今のようにお菓子で釣ってやれば、なんとかなる場合が多かった(もちろん、ならない場合もある)。

 それ以上に手強い今回の相手に、近右衛門は掻いていない汗を、ハンカチでぬぐった。

 

「いいかげん、機嫌を直してくれんかのう……まさか千雨くんとは思わなかったんじゃよ。

 あの場所は、一部の人しか入れない立ち入り禁止区での。わしはてっきり、貴重書を盗みに来た、

 けしからんやつかと思って。あの場所に入れる人となると、ろくでもないやつか、わしの許可を得ている人しかおらんからな」

 

 近右衛門の弁解に、千雨はクッションから顔を上げた。

 

「悪かったですね、ろくでもないやつで」

「フォ!? い、いや、千雨くんのことではないぞ!?」

 

 失言じゃったか! と顔に書いてある近右衛門の姿に、千雨はため息を吐いた。

 いつまでも、こうしてへそを曲げていても仕方がない。千雨は最後にクッションに顔を埋めてから、

 赤くなった目じりを指でこすると、机の上に置いておいたメガネをかけた。

 

「もういいですよ。学園長先生の言うとおり、知らないとはいえ、立ち入り禁止されている場所に入った私が悪かったんですし。

 ……制服とかも、新しいのを用意してもらえましたし、いいですよ、もう」

 

 その言葉に、目に見えて安堵のため息を漏らす近右衛門の姿に、千雨は苦笑した。

 「フォフォ、木乃香以来の強敵じゃったわい」と続いた言葉に、千雨はやりすぎたかと反省した。

 

 

 

 しずな先生の淹れてくれた紅茶の匂いが、室内に広がる。意味深な笑みで

 「大丈夫、学園長先生は口が堅いから、思い切って相談しなさい」という言葉と共に、

 千雨の頭を撫でてから、しずな先生は退室した。

 

 何か、重大な勘違いをしていやがる。

 

 そう思った千雨ではあったが、訂正するのも面倒だし、放っておくことにした。

 あんまり会話したことはないが、あの先生も口が堅そうなので、心配する必要はないだろう。

 

「それで、千雨くんはどうしてあの場所にいたのか、教えてくれんかの?」

 

 近右衛門にすれば、当然の疑問。千雨にとっては、出来ることなら聞かれたくない質問。

 しかし、答えないわけにはいかない。白を切るにも、探検部どころか、運動部にも所属していない千雨が、

 いくらネギたちを心配するあまりとはいえ、数々あるトラップを潜り抜けることが出来た理由にはならない。

 

「それは、ネギ先生たちが心配だったからです」

「フォフォフォ、わしが聞きたいのは、そこではない。どうやって、あの場所まで来られたか、ということじゃ」

 

 うっ、と息を呑む千雨の姿に、近右衛門は、心の底で抱いていた警戒心を解いた。

(もしや、千雨くんはわしらと同じような、“魔法使い”ではないかと思っていたが……どうやら、思い過ごしのようじゃの)

 

 そう、安堵し、近右衛門は湯気が立つ紅茶を啜った。そう考えてみれば、千雨の百面相が、実に可愛らしく見える。

 あれでは、たとえ魔法使いだとしても、すぐにばれてしまうのう、と、心温まる思いですらあった。

 “魔法使い”。千雨が聞けば、「また非常識かよ!」と憤怒に駆られていただろう。しかし、現実は小説より奇なり、なのだ。

 ネギ・スプリングフィールド。子供先生のもう一つの顔は、魔法使いとしての顔だ。

 最初はどうなることかと思ったが、ハプニングを利用した、

 ネギの精神的成長(もちろん、生徒たちの精神的成長も勘定にいれている)を

 促すために行ったことだが、無事に終わることが出来た。

 千雨にそれらのことを教えるつもりはないが、図書館最下層に食料等を運び入れたのも、石像を操ってネギたちに接近したのも、全て近右衛門の仕業である。道中の、至る所にある罠のいくつかは解除しておいたし、怪我をしないように、こっそりネギたちの体を防御魔法で守らせていたりしていた。

 石像を操ってネギたちに接近したのも、全て近右衛門の仕業である。道中の、至る所にある罠のいくつかは解除しておいたし、

 怪我をしないように、こっそりネギたちの体を防御魔法で守らせていたりしていた。

 だが、まさか普段あまりクラスメイトと交友を取らない千雨が、このような大胆な行動に移るとは、歳を経た近右衛門であっても、読み切れぬ事柄であった。

 このような大胆な行動に移るとは、歳を経た近右衛門であっても、読み切れぬ事柄であった。

 

(あまり他人と関わらないようにしていたので、少し心配じゃったが……この分だと、わしも安心じゃわい)

 

「フォフォフォ、話しにくいことかいのう?」

 

 近右衛門の助け舟に、千雨は困ったように苦笑した。

 

「いや、話しにくいといえば、話しにくいんですけど……どう、説明したらいいか、分からないんです」

「そういうときは、シンプルに答えだけを伝えるのが一番じゃ。そのあとに、一つ一つ質問して、教えたいことだけを削り取ればよい」

 

 そんなもんかな、と千雨は首を傾げた。

 

「学園長先生が、そういうなら……それじゃあ、簡潔に述べます」

「フォフォフォ、たいていのことでは、わしは驚かんぞ」

「宇宙人から貰った力を使って、あそこまで行きました」

「フォフォフォ、そうか、宇宙人か」

「ええ、宇宙人です」

「フォフォフォ、そうか、そうか……フォ!?」

 

 あ、やっぱり驚くよな、普通。目を見開く近右衛門の姿に、千雨は面倒くさいと思った。

 

 

 新しく紅茶を3杯ほど淹れたころ、千雨の説明が終わった。長いあご髭を撫でていた近右衛門は、重苦しく、唸った。

 

「……そうか、そんなことがあったんじゃな」

「私自身、時々夢なんじゃないかなって考えますけど、現実です」

 

 すっかり冷めてしまった紅茶に、口づける。しずな先生の心づけなのか、砂糖が少し入っていて、

 ほんのりと甘く、冷めても美味しかった。その千雨の姿に、近右衛門も一口紅茶を啜った。

 

「ふむ、とりあえず、千雨くんには、何かそのことで困ったことはないんじゃな?」

「……信じてくれるんですか?」

「信じないと思ったのかのう?」

 

 千雨は頷いた。

 

「フォフォフォ、この年にもなれば、生徒が嘘をついているか、本当の事を口にしているか、見分けがつくようになるのじゃよ。

 千雨くんのは、特に分かりやすいからのう。根が素直じゃから、すぐに顔に出るしのう」

 

「……根が素直、というのは余計です」

 「フォフォフォ、そうじゃな。蛇足じゃったな、すまんのう」と言いつつも、含み笑いを隠そうともしない近右衛門に、千雨の視線が厳しくなった。

 しかし、やはり年の功。怒りが表に出る少し手前程度になると、「ところで千雨くんには、折り入って頼みがあるのじゃが」と、肩透かしを食らわせた。

 嫌な予感がする。ろくでもないことになりそうな、そんな面倒くさい予感がする。千雨は警戒しつつも、視線が厳しくなるのを抑えられなかった。

 

「なんですか?」

「たまにでいいんじゃよ? たまにでいいんじゃが……ネギくんが困ってしまったとき、こっそりと力を貸してほしいのじゃよ」

「嫌です」

 

 二言は言わせない。言外に、そう臭わせるも、近右衛門の面の皮には勝てなかった。

 

「フォフォフォ、あの子も不遇な子でのう。今でこそ笑顔じゃが、昔はもう、酷かったんじゃぞい」

「……それを私に言って、どうするんですか。そういうのは、神楽坂に話せばいいじゃないですか」

 

 神楽坂明日菜。ネギと同じ部屋で寝泊まりする(正確に言えば、ネギが明日菜と木乃香の部屋に居候という形に同居している)、千雨のクラスメイトだ。

 長い髪をツインテールにした、オッドアイの綺麗な女の子で、よくネギと喧嘩しているのを見かける。

 犬も食わないというか、喧嘩するほど仲がいいという言葉が似合うというか、どこから見ても、仲の良い姉弟にしか見えない。

 そういえば、図書館地下でも、明日菜はネギのことをよく目に掛けていたな、と千雨は思い出した。

 

「私はガキが嫌いなんです。そんな私に頼むぐらいなら、神楽坂に頼んだ方が、よっぽどネギ先生の為なんじゃないんですか?」

「……フォフォフォ、その明日菜ちゃんなんじゃが、彼女も不遇な子なんじゃよ。あまり人に話せることではないが、

 今だからこそ、あんなふうに元気に走り回れているんじゃよ」

「なんですか、その不遇コンビは!?」

 

 取ってつけたような二人の過去に、千雨は思わず突っ込んだ。どうせ冗談だろ、と言おうとしたが、やめた。

 近右衛門の目には、一切の嘘も見受けられなかったからだ。真剣で、それでいて二人を慈しむ感情が、そこにはあった。

 

「フォフォフォ、だからのう、たまにでいいんじゃよ。明日菜ちゃんも、ネギくんも、基本的には一人で立ち上がることが出来る、強い子じゃ。

 じゃが、それでも何時かは、一人では立ち上がれない程の挫折を味わう時が来る。そのとき、千雨くんのやり方で構わん。二人を支えてほしいのじゃよ」

 

 ……少しの沈黙が続く。千雨はカップに残された紅茶を傾けて、一気に喉に流し込むと、ふう、とため息を吐いた。

 

「学園長先生が、どういう狙いで私を頼ったのかは分かりません。分かりませんけど、本当に二人がそんなふうに駄目になったとき、なったときですよ? 

 そうなったときには、ちょっとぐらい愚痴を聞いてあげます。それで、いいですね?」

 

 満面の笑みが返されるのを見て、千雨は深々とため息を吐いた。

 「拳骨の一発でも食らわせてやるべきだった」という愚痴が零れた後、学園長室には、近右衛門の笑い声が響いた。

 

 

 

 まさか、あの2―Aが学年一位を取るとは、誰も彼も、夢にも思わなかっただろう。

 万年学年最下位という名を不動のままにしていた2―Aが、一気にトップに立った光景を見て、千雨は欠伸を噛み殺した。

 クラスメイトの会話から察するに、2―Aが誇る馬鹿5人衆、通称、バカレンジャーが、

 当初の予想を裏切り、なかなかの高得点を挙げたのが決め手だったらしい。

かくいう千雨も、得意教科の点数をプラス10点。苦手教科も、なんとかマイナスにするようなことはせず、

 全教科平均78点。平均で、5~8点程点数を上げることに成功したのである。

 おかげで、両肩に感じる勉強疲れに、なんども欠伸を噛み殺すことになった。

 動機が、バカレンジャーにだけは負けられない、という、なかなか酷いものではあったが。

 「胴上げだー」「とりゃー」「祝賀会だー」「パーティですー」「祝うでござるー」と、

 ネギを胴上げしている、元行方不明者たちの姿に、千雨は胡乱な瞳を向ける。

 

「はあ、気楽なもんだな。こっちは寝不足と疲労のダブルパンチで、頭が重いって言うのに……ん?」

 

 見つかる前に、さっさと退散しよう。そう考えて、学生寮に戻ろうとした千雨の姿に気づいたネギが、あわてて呼びかけた。

 

「あ、長谷川さん、ちょっと待ってください!」

 

 「げっ!?」と、下品な言葉を吐いたのは千雨。「えっ!?」と驚いたのは、ネギを覗いた行方不明者たち。

 バカレンジャーと、図書館探検部の4人である。

 聞こえなかったフリして帰ろうとするも、「アイヤー、待つアル!」という、古菲(くーふぇい)

 (バカレンジャーの一人、バカイエロー)の言葉と共に、彼女に裾を掴まれた。

 こうなれば、もはや逃げることは不可能。麻帆良武闘四天王の一人である古菲を振り切って逃げるなど、千雨には出来ない。

 心底嫌そうに、かつ、それを一切表に出さないようにしながら、千雨は振り返った。

 能天気に笑う古菲の姿に、青筋が浮かぶのを堪えるのが辛かった。

 

「なんですか、ネギ先生」

 

 胴上げから下ろされたネギが、千雨の傍へ駆け寄る。

 

「あ、あの、ありがとうございました!」

 

 そして、深々と頭を下げた。不思議そうに首を傾げる彼女たちをよそに、ネギは、彼女にとって面倒なことを口にした。

 

「学園長先生から、話を聞きました。あの、僕たちのことを心配して、ずっと見張ってくれて、ありがとうございます。

 僕、全然気づかなかったですけど、頑張る僕たちを応援してくれていたんですね!」

「え、それ、どういうことよ、ネギ?」

 

 驚愕に目を見開く明日菜の姿を見て、彼女たちのざわめきが強くなる。

 

「こっそり罠とか解除してくださったり、食料を地下に運んでいてくれたんですよ。

 学園長から話を聞いたんですけど、あそこにはゴーレムの他にも危険な猛獣が住み着いているとかで、

 僕知らなくて……長谷川さんが、それを追っ払っていてくれたみたいなんです!」

 

 感動に震えるネギをよそに、千雨にとっても初耳であり、知らないことである。

 とりあえず、脳裏に浮かぶ近右衛門の含み笑いを、フォトン・レーザーで炭火焼にしてやった。

 「マジですか!?」「アイヤー、実は強かったアル!?」「むむむ、それは危なかったでござるな」

 「まさか、千雨さんが……」「あ、あの、ありがとうございます……」「へえ、千雨ちゃん、強かったんやねぇ」

 「千雨、ワタシと勝負するアル!」「それはずるいでござる。千雨どの、ぜひ拙者とも」

 「そうだったんだ、ありがとう、千雨ちゃん」「恩にきるえー」「千雨ちゃん凄いんだねー」

 ……雪崩のような感謝の嵐に、千雨は頬が引き攣るのを自覚した。こみ上げてくる何かに推されるようにネギを見つめて……ネギの頭に手を置いた。

 そのまま頭を撫でると、さらに目の前の集団が騒がしくなる。

 驚いたように身を引こうとするネギを押さえつけるように上から撫でながら、千雨は思った。

 

 これだから、ガキは嫌いなんだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 いやあ、千鶴ちゃんは母性可愛い。
 『チェンジ、メタリック千雨! 新任教師は子供先生!?』はいかがでしたでしょうか?
 原作の千雨と性格が違う?
 原作のキャラはこんな性格じゃない? 
 はい、それは私自身、重々承知しております。メタ千雨(略称)に出てくるキャラクターは、全て私がイメージした性格です。
 こういうときにはこんな言葉を言うだろうな、こんな考え方だろうな、という私の妄想が、彼女たちの性格を決めております。
 もちろん原作をもとにして設定していますよ(笑)それは当然であり、当たり前です。再構成、というのも面白いのは否定しませんけどね(笑)
 ヘイトやらアンチやらありますが、あれ、私は嫌いなんですよね。
 キャラクターを虐待させることに喜びを得る人たちがいるのは存じておりますが、なんでそのキャラクターにしたのか、
 ということに対しての理由を、私は一度も聞けたためしがありません。まあ、特に理由はないのでしょうけど。
 閑話休題。
 ここからは私ごとです。
 原作での長谷川千雨は、いわゆる孤独感から来る余裕の無さ(心を休める場所が無い)から、あの性格になったのではないか、と私は推測しております。
 周りが異質なのか、自分が異質なのか。円の向こう(ネットの向こう)では自分の意見が正常であるのに、円の内側(麻帆良学園)ではそれが違う。
 それは、言い換えれば大変なストレスになるのではないでしょうか。クラスメイトに相談しようにも出来ず、
 疑問に思っていない親には相談出来ず……彼女は救い(自分が不特定多数の人たちから肯定される)を求めて、
 コスプレという形で別の存在になることで、麻帆良の常識に適応しようとしたのではないでしょうか。

 まあ、考え過ぎですね(笑) 作者が見たら、考え過ぎwwwって笑われるでしょうね。

 この話では、千雨ちゃんはある程度吹っ切れています。
 なにせ、最も多感な時期に、とびっきりの非常識に遭遇し、いかに自分の常識が狭かったのかを身を持って痛感しているのですから(笑)
 口では「非常識!?」と言いつつも、自身はそれ以上の非常識の塊です。
 よくいうアレですね、以前の千雨ちゃんは、ほっぺた膨らませて拗ねていたってやつです。
 「そんなの子供が欲しがるものさ」と口では言いつつ、内心は「欲しい欲しい」と叫んでいる、無理に背伸びした、拗ねてそっぽを向いた子供と同じです。
 ただ、拗ねていた時間が長い為、千雨ちゃんにとって拗ねているのがニュートラルになっています。
 なので、素直になるのは彼女にとって、ある意味不自然な状態なのではないでしょうか。
 コスプレという形に逃避しつつ、本当は彼女自身、その非常識になりたかったのではないかな、というのが、この話を考えたきっかけです。

 ……ごめん、嘘です。そんなたいそうな理由ではありません。ただ、どことなく捻くれた千雨ちゃんが、頑張る話が書きたかっただけでございます。

 話が長くなりました。よろしければ、本屋にて原作ネギまを買ってみてください。皆が皆、個性的な性格ですが、私的には、千雨が一番かわいい性格であると思っております、はい。
 先日最終回を終えた赤松先生には、この場を借りてお礼を申し上げます。
 赤松先生、ネギまに出会わせてくれて、ありがとうございました。
 世間一般ではオタクと呼ばれる私ですが、あなたの作品に出てくるドタバタなキャラクターたちに癒されたことがあったことを、私は忘れておりません。
 それではみなさん、次回のメタ千雨までさようなら。

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