チェンジ、メタリック千雨!   作:葛城

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前回の更新から5年だって!?

感覚的には2年ぐらい前なんですけど……
今更ネギまの更新とか、誰得なんやろうなあ……


修学旅行は波乱万丈!? 後編その1

 

 

 

 

 どうして、千雨は意識を保ったまま石像化……石化したのか。

 

 単にそれは、宇宙人が作り出した超科学の賜物のおかげであった。

 

 あえて例えて想像するのならば、まずは人の身体を、澄んだ水が収められた巨大な水槽として想像してほしい。

 

 水槽は肉体で、水は命だ。水が汚染されてゆけば水槽も汚れ、逆もまたしかり。

 

 水槽(肉体)にヒビ(傷)が入れば水は漏れ出し、水が漏れれば水槽は空になって……水槽だけが残る。

 

 そんな水槽の中には、様々なモノが入っている。記憶であったり、感情であったり、本能であったり、色々だ。

 

 人によってこの水槽の材質や大きさ、水の量や澄み具合は様々だが……それらとは別として、どんな人間にも共通して必ず備わっているものが一つある。

 

 それは、水を浄化して水量を保つ装置……つまり、命を維持する為の装置である。

 

 装置は目で見えるものではなく、常に稼働して水槽の水質と量を保ち続けている。外部からの熱によって水量が減れば補充を行い、水質が悪化すれば浄化して綺麗に保つ。

 

 様々な外部の攻撃に対処出来るようにフィルターも備わっており、毒素を無毒化する機能も有している。

 

 人間が……いや、生物が生物として存在する為にはなくてはならない機能が、この装置である。

 

 

 ──さて、この装置。

 

 

 例外こそあるものの、この装置は類を見ないぐらいに優秀で勤勉で我慢強いのだが、その能力にも限界というか、処理能力にも上限が存在する。

 

 優秀ではあるが、水槽に見合う装置が備わっているだけで、万能というわけではない。つまり、限界を越えれば相応に消耗するし、場合によっては壊れるのだ。

 

 

 では、仮に……仮に、だ。

 

 

 言葉では説明しきれないぐらいに優れた水槽と、それに見合う装置を備えた千雨という名の水槽に、石化魔法(と、千雨は判断した)という名の毒素が放り込まれた場合……どうなるのか。

 

 その答えは、毒素に適合する、である。

 

 毒素を無毒化するのでもなければ、毒素に水槽や水質が汚染されるわけでもない。

 

 毒素そのものを瞬時に解析&解読し、その毒素に応じて水槽と水質そのものを適合して結果的に無毒化させ……まあつまり、どういうことになるかと言うと、だ。

 

 

(メタルマリオって、実際になるとこういう気分になるんだろうか……?)

 

 

 石像のまま自我を保っている、今の千雨の状態になるというわけであった。

 

 ……人間ってやつは驚き過ぎると逆に平静になってしまうというやつなのだろう。

 

 自らが石像になったことよりも、だ。

 

 そうなったことよりも、そんな状況に置かれているというのに、自分でも意外に思える程に冷静さを保っていることが不思議であった……が。

 

 

「……っ、早乙女! 宮崎!」

 

 

 それも、しばしの間だけ。

 

 ようやく状態を認識し頭が動き始めた直後、傍にて石像のまま佇んでいるクラスメイトの姿を見るまで……そんな短時間が、冷静にしていられた時間であった。

 

 慌てて、千雨は傍ののどかへと駆け寄る。

 

 その際、どすんどすんと石になった己の足が畳をへこませているのは分かったが、知ったことではない。

 

 石像になったのどかの手に触れ、額に手を当て、胸元に指先を宛がった千雨は……深々と、ため息を零した。

 

 宇宙人製のスーパーウルトラハイパーミラクルボディのおかげか、それとも自らが石に変わっているおかげか。

 

 千雨自身でも説明出来ないが……直接触れたことで、こんな状態でも彼女が生きていると直感的に理解した。

 

 何となくだが、分かるのだ。

 

 指先に伝わる冷たさや固さは、確かに石のそれだ。

 

 観測粒子越しに伝わる映像では、心の臓まで石に成り果てているのがわかり、細胞の一つに至るまで完全にそうなってしまっているのが分かる。

 

 けれども、生きている。

 

 血液の一滴までが石になろうとも、生きている。

 

 目に見えず、耳に聞こえずとも、その奥で生きている。

 

『魂』とも言うべき、根幹の部分が絶えず活動しているのが、千雨には……千雨にだけは、分かった。

 

 

(良かった……良かった、生きてる。まだ、生きてる……死んでない、死んでないんだ……!)

 

 

 身体が、震えた。

 

 あまりの安堵感に、腰が抜けそうであった。

 

 いや、もしかしたら腰は抜けているが、石になっていることで座り込まずに済んだのかもしれない。

 

 でなければ、今頃千雨は咽び泣いてこの場に蹲っていたことだろう。

 

 溢れ出る感情のままに目をごりごりと擦った千雨は、続いてハルナの生存も確認し……そうしてからようやく、千雨の意識が外へと向けられた。

 

 

(そうだ、あいつらがここに来たってことは……朝倉たちはどうなったんだ!? 綾瀬も、無事に逃げられたのか!?)

 

 

 あの少年がここに来たということは、おそらく……いや、まずは状況を理解しなくてはならない。

 

 そう判断した千雨は『広範囲観測粒子』を発動し、スパイ粒子を全方位へと放出した。

 

 石に変わっても、何の問題もないようだ。いや、それどころか、その勢いというか広がり方は、これまでの比ではない。

 

 焦りと不安と、クラスメイトを石に変えられた怒りが、そうさせるのだろう。

 

 ピコ以下の極小粒子は爆発的な速さで屋敷どころかその周辺までをも呑み込み、ありとあらゆる情報を千雨へと送り始める。

 

 隠れたところで、何の意味もない。

 

 ありとあらゆる防壁を通過するスパイ粒子は、例えそれが魔法的な力で隠された場所にすらも侵入を果たし、内部の情報を隈なく調べるからだ。

 

 

 合わせて、ナイアガラの滝のようになだれ込む膨大な情報を瞬時に解析し、把握した千雨は……それから二秒後に、心の底から泣きたくなった。

 

 

 石に成っていなかったら、確実に涙を零していたぐらいの気分であった。

 

 何故なら、一つだけ嬉しい事があったが、全体的に見れば、事態は千雨が想像していたよりもずっと深刻であることが分かったから。

 

 そして、その事態を前に目を背けていられる余裕なんてないと千雨自身が理解してしまったからだ。

 

 

 まず、屋敷内にいるネギ達は無事であった。

 

 

 大浴場に集まっていたようで、何ゆえそこかと思ったが、まあ、それはいい。送られてくる情報を見る限りでは、屋敷内にて全く石化していないのはネギ、明日菜、刹那、和美の4名のみ。

 

 そして、千雨自らが石化される直前に逃がした夕映が、無事に屋敷の外へと逃げ出せている。

 

 体格は小さいが、図書館探検部に所属しているだけあって、相応の体力は持ち合わせているようだ。

 

 所々で足を取られながらも山道を駆け足で下りてゆく様子に、千雨は人知れず安堵のため息を零した。

 

 

 ……しかし、だ。

 

 

 それら自体は心から喜ばしいことであったが、すぐに気持ちは落ち込んだ。それだけで終わらせてはくれないということが、嫌でも思い知らされたからだ。

 

 というのも、夕映は別として、ネギ達4人の様子と会話を盗み見た(聞いた、とも言う)限りでは、だ。

 

 既に、ネギ達はあの少年と接触し、何かしらの戦闘が行われたのが分かったからである。

 

 加えて、どうやらネギ達は石化を逃れたのではなく、木乃香が居ないことが分かったから戦う必要がないと判断されて見逃されただけのようで……事態は深刻である。

 

 何せ、ネギは魔法使い、刹那は真剣を振るう剣士、明日菜はまあ特に武道を習っているわけではないが、大人顔負けの身体能力を持つ。

 

 つまり、その三人が束になっても逃げ切ることが可能な実力が、あの少年にはあったということだから。

 

 しかも、ただ逃げただけではないようで、刹那は腹部にダメージを負っているらしく、痛そうに腹を摩っている。

 

 ネギと和美は無傷のようだが、明日菜は(既に入浴は済ませていたはずだが……?)何故か裸で、疲労困憊の様子であった。

 

 

 ……いったい、何時の間にそうなっていたのかは分からない。

 

 

 気付かぬ内にそんな事態になっていたことに、千雨は戦慄を覚えると共に……ぎゅう、と両手を握り締めた。

 

 

(ネギ先生たち以外は、全滅か。近衛のやつは……まだ、何もされていないみたいだが……)

 

 

 観測粒子の範囲をさらに広げれば、少年と木乃香と、木乃香を抱える怪物が観測範囲に入る。

 

 どうやら木乃香は気絶させられているようで、怪物の腕の中でぐったりとしていた。

 

 

 ──おそらくだが、木乃香を攫おうとしたあの女の下へ向かっているのだろう。

 

 

 さらに観測粒子を散布して範囲を広げれば、件の女と……昼間、刹那に切りかかった月読と名乗っていた少女の姿も観測出来た。

 

 

(……式神? 魔神? なんだってんだ……?)

 

 

 いったい、何をするつもりなのだろうか? 

 

 それを探る為に女と月読の会話(というよりは、女の独り言)を聞いた千雨は、内心首を傾げる。

 

 結局、そのまま盗み見てはいたが、彼女たちの意図を千雨は読めず……断念した。しかし、それは仕方ないことである。

 

 

 千雨は知らなかったが、近衛木乃香は普通の女子中学生ではない。

 

 

 言うなれば、何十世代に渡って受け継がれてきた血脈の集大成であり、結晶そのもの。

 

 その血脈を通じて生み出される、歴史に名を連ねる程の膨大な魔力をその身に秘めた少女……それが、近衛木乃香なのだ。

 

 

 それ故に、木乃香という存在自体が魔法使いにとっては宝玉に等しい。

 

 

 その身から滴る血液の一滴が数多の魔法を生み出し、その身に宿る魔力は数多の奇跡を可能とする。それが、近衛木乃香なのだ。

 

 だからこそ彼女は狙われ襲われたのだが、しかし、千雨はそれを知らない。盗み見ても、そういった事情までは常識の外であるからだ。

 

 それ故に千雨は、今すぐ木乃香がどうこうされるわけではないという事で安心し、ひとまず屋敷全体へと視点を戻したのであった。

 

 

 そうして、改めて屋敷内を見てみれば、だ。

 

 

 観測粒子から来る情報からは、屋敷内にいる者たちのほとんどが石化されてしまっているのが分かる。

 

 秘密裏に潜入したのか誰かが手引きしたのかは不明だが、その手口は鮮やかの一言。

 

 ほとんどが室内にて石化されており、逃げ出す間もなく瞬時に石化されたのが、石像にされた者たちの姿から窺い知れた。

 

 中には少年の襲撃に反応して撃退しようとした者もいたようだが、上手く不意を突かれたのだろう。

 

 剣や槍を構えたまま、あるいは

それを手に取った瞬間の体勢で石化している者の姿も見受けられた。

 

 ただ……一人だけ。ぎりぎりの所で持ち堪えている者……木乃香の父親がいた。

 

 だが、それも長くないだろう。

 

 

 盗み見る限りでは石化を食い止める何かを使ってはいるようだが、じきに他の者たちと同様に物言わぬ石像へと変わるであろうことは、千雨からでも想像が出来た。

 

 

 酷い……そう、千雨は思った。

 

 

 ネギ先生たちは……こんな不安と恐怖をもたらす相手と戦っていたのか。

 

 今更ながら実感する事実に、千雨は我知らず肩を震わせ……ごつん、と。挟むように、己が頬を両手で張った。

 

 

 ──怯えるな、怯えるな、怯えるな。

 

 

 そう、千雨は己に強く言い聞かせる。

 

 『クイック・タイム』を使えば、もしかしたら救出出来るかもしれない。

 

 そんな考えが脳裏を過ったが、すぐに千雨自身がそれを否定する。何故なら、怖いから。

 

 

 そう、怖いのだ。

 

 

 色々と理由が脳裏を過るが、そんなのは建前だ。

 

 

 本音は、あの少年が怖いのだ。

 

 あの女たちが怖いのだ。

 

 立ち向かう、そう考えただけで足が竦むぐらいに、彼女たちが怖いのだ。

 

 

 ──けれども、だからといって、ここで一人逃げ出すわけにはいかない。

 

 

 同時に、千雨は思う。

 

 分かっている。

 

 己に度胸なんてモノがないのは、千雨自身が一番よく分かっている。

 

 しかし、ここで一人だけ助かろうと行動出来る程、非情に成りきれないことも、分かっている。

 

 

 ならば、どうするか。そんなの、決まっている。

 

 

 ネギ達に、なんとかしてもらうのだ。

 

 情けないと唾棄されたとしても、千雨にはそれしかない。

 

 ネギ達に彼女たちを……あの少年を打破してもらうよう陰から手助けする。

 

 それしか、千雨にはない。現時点においては、それが千雨に出せる勇気の限界なのだ。

 

 

 だからこそ、怖気づいている暇なんてないのだ。

 

 

 こうしている今も、事態はどんどん悪い方向へと転がり続けている。

 

 とにかく、今は己が出来ることをやろうとなけなしの勇気を振り絞った千雨は……石像になっているクラスメイトの傍に寄った。

 

 

(頼むぜ、私の身体……少しでもいい。二人を元に戻せる方法か何か、分かることがあったら教えてくれよ)

 

 

 そう強く己に念じて、ハルナと、のどかの、冷たい身体を交互に触る。

 

 とにかく、イメージだ。

 

 原理が分からなくても、それが出来ると念じれば宇宙人製のこの身体がなんとかしてくれる。

 

 そう信じて、ひたすら千雨は二人の身体を触り続け……それが、良かった。

 

 千雨の身体は千雨が思っているよりもずっと優秀なようで、漠然とした考えであっても、石化している二人の状態の情報を千雨に教えてくれた。

 

 

 言うなれば、この石化は『魔法の毒』。

 

 

 毒ゆえに、魔法への抵抗力によっては危険が生じるが、言い換えれば瞬時に、それでいて完全に石化してしまえば相手を殺すことなく完全に無力化する、殺さない魔法だ。

 

 

 つまりは、ゆっくり治すのでは駄目なのだ。

 

 

 ハルナとのどかの二人に対して、『魔法の毒』を瞬時に解毒してしまえば、後遺症を残すことなく二人は治る。

 

 理屈はさっぱりだが、とにかくそうすれば大丈夫だと感覚的に理解した千雨は試しに、毒よ消えろ消えろすぐに治れと己に念じてみる。

 

 

 すると、あっさり千雨の石化が解けた。

 

 

 まるでモノトーンに色が付くように音も無くスーッと……元の千雨へと戻った。

 

 あまりの手応えのなさに、いまいち戻ったと確信が得られないぐらいであった……が、今はいい。

 

 とにかく、手順さえ誤らなければ戻るのは簡単で後遺症もないのは分かった。

 

 軽く手足を動かして異常がないのを確認した千雨は、観測粒子の散布を止める。

 

 全ての余力を回す為だ……早速二人の解毒を行おう……として、ハッと手を止めた。

 

 

(ちょっと待て……これ、下手したら二人とも死ぬんじゃねえのか?)

 

 

 今更といえば今更な事に、千雨は愕然とした。

 

 考えてみれば、二人は普通の人間だ。

 

 千雨のように出鱈目な身体ではなく、治れと念じただけで治るのは千雨自身の宇宙製ボディがあってこその話。

 

 あまりに、千雨とそれ以外では前提条件が違い過ぎる。

 

 言うなればこれは、ゼンマイの玩具にロケットエンジンを装着して走らせるようなもの。

 

 何時ぞやの時と同じように同化して負荷を最小限に抑えたとしても、コンマ1秒で死ぬかコンマ1.1秒で死ぬかの違いでしかない。

 

 そもそも、観測粒子や『フォトン・レーザー』は別として、麻帆良学園停電時にやった、あのようなやり方は……相手が発電機という無機物だったからこそ成し得たこと。

 

 とてもではないが、繊細で脆い有機物の肉体に同じことは出来そうにない。

 

 出来るのかと、己の肉体へと問い掛ければ、(『警告!』)即座にその文字が脳裏に点灯して……やるせない思いで千雨は二人から離れ……ようとして、待て、と足を止めた。

 

 

(私から二人にするのが駄目なら、二人から私にするのであれば……やれるか、これで?)

 

 

 この石化が魔法の毒であるならば、毒を解毒化するのではなく、毒そのものを己の身体に全て移してやれば……どうだろうか? 

 

 言うなれば、『魔法の毒』という余分な要素をそのままそっくり千雨の身体に移すようなもの。例えるなら、体内のウイルスをそのままスポッと移し替えるような……イケるか? 

 

 下手に毒そのものへ干渉するよりも、まだそちらの方が……己が肉体へと問い掛ければ、今しがたのように(『警告!』)は現れない。

 

 深呼吸をして肩を震わせた後、「自分の身体を信じろ……!」千雨は気合を入れて……そっと、二人に手をかざした。

 

 

 ……一瞬ばかりの間が、開いた。

 

 

 さすがに無理かと、千雨の喉奥が張り付いた。しかし、そうではなかった。

 

 己の掌から流れ込んでくる『不可思議な何か』に、ハッと千雨は目を見開き……次いで、「──しゃあ!」成功したことに思わず畳を蹴った。

 

 そうして、喜ぶ千雨を他所に、二人の変化はすぐに現れた。

 

 パキパキと二人の身体にヒビが入ったかと思えば、まるでガラスが砕け散るかのように派手に飛び散り……後に残されたのは、元の姿に戻った二人であった……と。

 

 

 ──ふらりと、音もなく二人が倒れた。

 

 

 ハッと千雨が我に返った時にはもう、二人はぼすんと布団に倒れていた。

 

 一瞬ばかり止まり掛けた胸を大きく撫で下ろした千雨は、急いで二人の頭に手をやり……これまでで最大のため息を零した。

 

 どうやら、石化したショックで気を失っているだけのようだ。

 

 二人とも自分が石化したことすら分かっていないのか、どこか安らかな顔で目を瞑っていた……ん? 

 

 

「あ~、うん。もしかしたらそうなるかなって思っていたが、やっぱりこうなるってわけか」

 

 

 石化している己が両手を見やり、千雨は苦笑する。

 

 魔法の毒をそのまま己に移すというのは、つまりはこういう事。鏡がないので分からないが、おそらく先ほどと同じく全身が石化していることだろう。

 

 

 ……だが、焦る必要はない。その気になれば、すぐに治せるのだから。

 

 

 眠っている二人の事も心配だし、一人下山している夕映の事もあるからいちいち気に掛けている暇は……いや、今はそれよりも、だ。

 

 あの少年達が木乃香に何かをする前に、石化された者たち……特に、ネギ達の力となり得る者を一人でも多く助け、戦力を増やさなければならない。

 

 その為には一刻も早く……そう判断した千雨は、最短ルートを通る為に隣の部屋へと──あっ。

 

 

「──ん?」

 

 

 と、思った時にはもう、ばきり、と。

 

 千雨の足が、膝の辺りまで畳の下へと沈んだ。

 

 

「──えっ?」

 

 

 目を瞬かせた時にはもう、千雨の身体は床を貫通して下の部屋へ……突き破って、さらに下の部屋へと落ちた。

 

 

 ……千雨は気付いていなかったが、この時、石化した千雨の重量は数百キロに達していた。

 

 

 これは、本来であれば一人に作用する魔法を二人分、自らに取り込んだ事による副作用なのだが、気付いた時にはもう遅かった。

 

 普通に考えれば、そんな重量が一点に集中すれば木造の床なんて底が抜けて当然だろう。

 

 加えて、急いだことで……一瞬ではあるが重力による加速も加わったことで、千雨の身体はあっけなく床を貫通したのであった。

 

 

 ──『バック・ファイア』! 

 

 

 反射的な発動であったが、石化した身体でも問題なく発動した。

 

 石化した両足を覆う、無機質な機械の塊。ふくらはぎと足裏より飛び出したバーニアから青白い光が放たれた──のだが、やりすぎた。

 

 繊細なイメージを欠いた発動故に、その出力は平時のそれではなく。

 

 おわっ、と低い悲鳴をあげた千雨は、両足のスラスターに押し流されるがまま十数回転した後……ようやく、着地した。

 

 

 そして、千雨は……苦々しく唇を噛み締めた。

 

 

 千雨が降り立ったその部屋は、言うなれば非戦闘員であろう人たちがいた部屋であった。

 

 何気なく見やれば、夕食の際に甲斐甲斐しく食事を運んできてくれた……石像に成り果てた見覚えのある顔が、ちらほらと見受けられた。

 

 室内には、例の白煙が立ち込めている。

 

 その濃さは手元すら確認出来ない程で、おそらくだが、中に居た者は襲撃に気付いたと同時に一気に石化されたのだろう。

 

 大半は何かに気付いて振り返ったまま……外へと逃げ出した、あるいは踵を翻した状態で石化されており、中には幼子を抱えたまま石化している親子らしい姿もあった。

 

 

 ……映像越しに見るのと生身で見るのとでは受ける衝撃に天と地ほどの差がある。

 

 

 昼間にも経験したことだが、やはり辛い。

 

 グググッとせり上がってくる涙の感覚(どうせ、今は出ないけど)を、千雨は首を横に振って誤魔化した。

 

 けれども、せめて……そう思って、千雨は彼ら彼女らに頭を下げる。

 

 ここにいると、気がどんどん滅入ってくる。

 

 

 ネギ達や夕映のことも気掛かりだし、急ごう。

 

 

 動揺したことで解除してしまったバック・ファイアをもう一度発動させようと、千雨は意識を集中させた──その時であった。

 

 

「──みなさん、これはいったい!?」

 

 

 部屋に、ネギが飛び込んできたのは。

 

 

(──っ!?)

 

 

 今にも飛び立とうとしていた千雨は、寸での所で止めた。だが、止まっただけで心までは止まれていない。

 

 ぶっちゃけ、思わずネギ先生と叫ばなかっただけ、反射的にそちらへ振り返らなかっただけ、奇跡である。

 

 ていうか……ここに来て、ようやく千雨は気付く。己が、よりにもよってネギの行動範囲へ自ら入ってしまっていたことに。

 

 石化した二人の治療の為とはいえ、直前に観測粒子からの情報収集を遮断したのが仇となってしまった。

 

 床を踏み抜いての落下や、制御不能のバック・ファイア。なるほど、只でさえ次から次に立ち塞がる問題に気が向くばかりで、かなり気が動転していたことを……千雨は理解した。

 

 

(お、お前~~なんでこんなところに来てんだよ~~!!!)

 

 

 まあ、理解した時にはもう、全てが遅すぎたのだけれども。

 

 ……で、これはどうしたものかと半ばパニックに陥っている千雨を他所に、ネギはブツブツと……魔法を発動させる為のアクセスキーを唱えると。

 

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……吹け、『風花・風塵乱舞』!」

 

 

 一息に唱えた魔法と共に……室内にこもっていた白煙を纏めて吹き飛ばす。その勢いは凄まじく、ものの十数秒ほどで全ての白煙は掻き消されてしまうだろう。

 

 

 だが、その瞬間──これは不味いぞと、千雨は思った。

 

 

 何故なら、室内に白煙が満ちていた間は……少なくとも、ネギの方から千雨の姿を確認出来なかった。つまり、白煙に隠れていれば、ネギに見つからない可能性が高かった。

 

 いや、仮に見つかったとしても、誤魔化す手段は幾らでも取れた。とりあえず、ギリギリ石化を免れた生徒Aみたいな感じで。

 

 けれども、そうする前に白煙が吹き飛ばされ、煙の中に隠れていた石像(元人間)が露わになり……直後、ネギの視線が千雨を捕らえたら、もう駄目だった。

 

 

 ……しかも、だ。

 

 

 ネギは……それはそれは悲痛そうな顔で近づいてくるのだから、もう千雨としてはどんな反応をすれば良いのかまるで分からなくなっていた。

 

 何と言えば近いのか……例えるなら、絶対に見たくなかったモノを見てしまった……といった感じだろうか。

 

 とてもではないが、間違っても子供が浮かべて良い表情ではない。

 

 いったい、どうして……そんなの、考えるまでもない。ネギは……長谷川千雨を、そう、己を見て傷ついているのだと……千雨はすぐに察した。

 

 

 ……だが、しかし、だ。

 

 

 心を痛めているネギの手より伝わる、冷たい体温。石化している影響か、特にくすぐったい感じはしない……その小さな手が、千雨の頬を撫でる。

 

 

(──そうだよ、ネギ先生はまだ子供なんだ)

 

 

 今更ながら……そう、分かっていた事を、今更ながらに千雨は思い出す。

 

 おそらく……状況から見て、あの少年は、先にネギたちを強襲した可能性が高い。抵抗戦力を潰したうえで、木乃香をさらった。

 

 だからこそ、ネギはショックを受けている。自分が不甲斐ないばかりに、生徒たちに危害が及んでしまった……と。

 

 

 ……仮に石化していない状態で千雨が応対していたら、そんな馬鹿な話があるかと怒鳴りつけていただろう。

 

 

 魔法使いだろうが、教師であろうが、ネギは子供だ。

 

 仮にネギに原因があったとしても、ネギが相手に危害を加えたとかではない限り、相手が100%悪い。

 

 

 それを、千雨は言いたかった……だが、言えない。

 

 

 今の千雨は石化した状態。加えて、少しばかりネギより遅れてやってきた明日菜と刹那……と、和美までやってきてしまった。

 

 こんな状態で、普通に話し掛ければどうなるか……考えたくもない事態だ。

 

 ネギたちの力になってはやりたいが、矢面に立ちたいとは思わない。というか、とてもではないが、千雨にそんな度胸も覚悟もない。

 

 

 故に……千雨は、そのまま石像のフリをした。それで、誤魔化すには十分であった。

 

 

 木乃香がさらわれた事に意識が向いていた(特に、刹那は顕著であった)ネギたちは、暗く張り詰めた面持ちながらも、顔を上げて外へと飛び出して、そのまま何処かへ駆けて行った。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………いや、止めよう。内心にて、千雨は己の情けなさに舌打ちをした。

 

 

 何処かへ──なんて、決まっている。さらわれた木乃香を助けに向かったのだ。

 

 さすがに裸のまま向かうわけにはいかないから、明日菜の着替えを待ってから行くだろうが……で、微かに聞こえていた話し声が、途絶えて……少し経ってから。

 

 

「──チクショウ!」

 

 

 念のために、観測粒子を飛ばして周辺に誰も居ない(少なくとも、敵意のある者)のを確認してから……急いで、千雨も駆け出した。

 

 もちろん、石化を治してから……で、だ。

 

 千雨の目的は、ネギたちを追い掛ける……のではない。その方向は外ではなく中……すなわち、木乃香の父親であった。

 

 人選的に、明確な確証が有るわけではない。

 

 ただ、千雨が知る限り、唯一石化に抵抗していた人物だし、何より年長者で……魔法使いの関係者であるのは確実だ。

 

 ならば、何かしらの対処法なり、この状況を打開する方法……もしかすれば、戦力としてネギたちに加勢してくれるかも……そう考えたわけである。

 

 不幸中の幸いにも、木乃香の父は完全に石化してしまっている。つまり、動き回らない分、この広すぎる屋敷の、彼の下へ駆けつけるのはすぐだ。

 

 加えて、千雨には事前にハルナとのどかを治療した経験がある。たった一度とはいえ、その一回が有るか無いかでは、精神的な負担が大きく軽減された。

 

 

 ……そう、一度目と同じく、木乃香の父親の治療も上手くいった。

 

 

 反動(まあ、毒を己に移しているので)で己が石化するが、何の問題もない。元に戻るのもすっかり手慣れた千雨は、ゆっくりと身体を起こした木乃香の父に、経緯を話した。

 

 もちろん、馬鹿正直に全部を話すような事はしない。

 

 ただ、目が覚めたらクラスメイトに良く似た石像が有って、人の気配がしない事を不気味に思い、屋敷の中を歩いていたら、倒れていた貴方を見つけた……まあ、そんな感じだ。

 

 少し考えれば、穴だらけなカバーストーリーである。

 

 しかし、状況が状況だからなのか、木乃香の父((おさ)と呼ばれている)……近衛詠春(このええいしゅん)は、一瞬ばかり訝しんだ顔をしただけで、すぐに木乃香を助ける為に動いた。

 

 

 ……ただし、それはあくまでも、気持ちの上での話であった。

 

 

 そう、これは千雨にとって想定外(というより、千雨ボディがおかしいのだ)なのだが、石化というのは身体に負担が生じるようだ。

 

 特に、半端に抵抗したので余計に体力を食ってしまった事に加え、元々身体が弱っていたらしく……10メートルも走れば膝をついてしまうぐらいに消耗してしまっていたのだ。

 

 

 これには……いや、これを責めるのは酷というものだろう。

 

 

 千雨よりも誰よりも、歯痒い思いで動かない身体に歯を食いしばっているのは、長である詠春だ。娘の危機に何もしてやれない……その悔しさは、千雨が想像出来る範疇を大きく超えている。

 

 

「あの、長さん、そんな身体で……」

「わ、私の事は大丈夫……き、君は、部屋の中に隠れていなさい……!」

「で、でも、長さん……あっ!」

 

 

 顔中に汗を滲ませながらも、詠春は立ち上がろうと──して、その場に手を付いた。

 

 慌てて駆け寄る千雨を他所に、詠春は力の入らない手足を見やり……悔しげに、床を叩いた。

 

 

「…………っ!!!」

 

 

 けれども、その床を叩く拳すら弱弱しく……言葉無く、噛み締めた唇から血が滲んでいるのを……千雨は、黙って見つめるしかなかった。

 

 傍目にも……いや、当人ですら、行っても足手まといになるしかないのは理解しているはずだ。しかし、それでもなお、詠春は立ち上がり、娘の下へと向かおうとしている。

 

 理屈ではない。ただ、娘の為に動いてしまうのだ。

 

 だが、身体は言う事を聞いてくれない。心だけで身体が動くのであれば、誰も苦労はしない。

 

 その歯痒さと悔しさに……詠春は、涙すら滲ませた。

 

 

(…………チクショウ)

 

 

 それを見て……千雨は……心底、己が嫌になった。

 

 ネギは、まだ子供だ。己もまた、子供である。

 

 けれども、そんな己よりも、更にネギは子供なのだ。そして、大人である詠春は、己よりもよほど身体が弱っている。

 

 己が、たかが中学生だとしても、だ。

 

 己よりも小さい小学生の子供の背中に隠れ、あるいは、己より大きくとも弱っている大人の背中て震えるか……そんなの、許されるのだろうか? 

 

 

 ──少なくとも、己の心はそれを許してはくれない。そう、千雨は思う。

 

 

 誰が何と言おうと、千雨は自分が大事なのだ。たとえ、己の身体が宇宙人によって、圧倒的な力を有しているとしても。

 

 ……それでも、だ。

 

 

 アニメや漫画のように、自らの命を賭して悪へと立ち向かう正義の心など、持ち合わせてはいない。

 

 ……それでも、それでも、だ。

 

 

(チクショウ、何でだよ……魔法使いなんだろ? ミラクルパワーを使って何でお前ら殴り合いの殺し合いをしてんだよ……!)

 

 

 何よりも、千雨は己の……この力を、傷付ける為に向ける事が怖い。お仕置き程度ならともかく、こんな……こんな力を真正面から武器として使えば、どうなるか。

 

 万が一……そう、万が一、己のイメージの甘さによって、相手が大怪我を負ったら……ああ、でも、そうしなければ、ネギたちが傷ついてしまう。

 

 自分たちを襲った相手だとしても、そこに『死』が伴うだけで……千雨は、足が竦むような思いが湧き起こってくるのを自覚する。

 

 

 ……それでも、それでも、それでも……だ。

 

 

 大きく、もっと大きく。

 

 深く、もっと深く。

 

 何度も、何度も、何度も……深呼吸をした後で。

 

 

「……長さん、どうか、私の背を押してください」

「え?」

 

 

 千雨は……覚悟を固めた。

 

 

「私は、臆病です。本音を言えば、戦いたくはありません。逃げ帰って、震えて終わるのを待ちたいぐらいです」

「…………」

「でも、クラスメイトが危険な目に遭っているのも嫌なんです。馬鹿野郎と怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいです」

「…………」

「そして……何よりも、分かっていてもなお、足が竦んでしまう自分が……何よりも嫌いです。震える私を、誰よりも怒鳴りつけたい……だから、背中を押してください」

 

 

 そこまで告げて……千雨は、詠春を見つめた。

 

 

「怖いけど、ここで逃げたら私は一生自分を許せなくなる。二度と、皆の顔をまともに見られなくなってしまう」

 

 

 ──だから、背中を押してください。

 

 

 

 その言葉と共に、千雨は……詠春に背を向けた。そして、詠春は……小さな、娘のクラスメイトの背中を見つめた。

 

 

 

 そうだ、小さな背中だ。率直に、詠春は思った。

 

 

 

 娘の木乃香よりも背が高いとはいえ、平均的な体格。武道なんてモノとは無縁の世界を生きた、華奢な少女の背中だ。

 

 詠春が見た限り、千雨には魔法使い特有の力も、武術者特有の気配も感じない。ただ、中学生の少女の気配しかしない。

 

 常識的に考えれば、馬鹿な事を言うなと止めるべきだろうが……けれども、詠春はこの時……そうではないとも、気付いた。

 

 眼前の少女は、確信を持って話しているのだ。

 

 戦力になるかどうかは別としても、ネギたちを手助けする事は出来ると確信したうえで……己に判断を委ねていると、詠春は気付いて……そして、詠春ははっきりと己を侮蔑した。

 

 

「長谷川千雨くん、だったね?」

「……はい」

「私の事を、軽蔑してくれて構わない。理由は何であれ、私は娘の友達を危険にさらして、娘を助けてほしいとお願いするのだから」

「それは……」

「まあ、今更だろう。今更、良い大人のフリをするなという卑怯者の話だ。でも、それでも、私は……君に、いや、貴女にお願いする」

 

 

 静かに……詠春の手が、千雨の背中に触れると。

 

 

「木乃香を……頼みます」

 

 

 そっと……弱弱しくではあるが。

 

 確かに……千雨の背中を押した。

 

 

 

「──っ!」

 

 そして、その瞬間──千雨は、足の震えが止まるのを認識すると同時に──一息に、屋敷を飛び出して行った。

 

 有るのか無いのか分からない、自分の中にある、流れ星のような煌めく勇気を掻き集めて。

 

 後には……近衛詠春という名の、己の不甲斐なさにうなだれる……かつては英雄であった、1人の父親を残して。

 

 

 

 

 

 

 ──『簡易クイック』からの、『クイック・タイム』、そこから、『バック・ファイア』。

 

 

 意識の片隅で、千雨はとにかく周囲に影響を与えるなと強く念じながら、ギリギリまで圧縮され遅延した世界を駆け抜ける。

 

 広範囲に発射した観測粒子により送られる情報を基に、即座に安全なルート(万が一でも衝突など起こらないルート)を設定し……ネギたちの下へと向かう。

 

 

 ……その際、一つだけだが、千雨の不安を和らげる情報が入って来た。

 

 

 それは、屋敷より1人逃がした夕映が、そのまま下山出来たこと。加えて、野生動物などのトラブルに遭う事もなく、無事であることだ。

 

 たったそれだけだが、たったそれだけでも……千雨にとっては、泣きたくなるくらいに嬉しい事であった。

 

 

 ……さて、そんな千雨の現在地は、だ。

 

 

 既に、千雨の眼下の光景は屋敷より見えていた町は遠く、山奥へ……広大な自然へと変わり果てている。

 

 普通に地上を進めば、いったいどれだけの時間を必要とするか……考えるだけ憂鬱になって……と。

 

 

(……おいおいおいおい、何だよアレ……あいつら、あんなやつらと戦おうとしているのかよ)

 

 

 そうして、千雨の目に映ったのは……眼下の地上にて立ち塞がる、150体の異形の怪物たちであった。

 

 着ぐるみ等ではない。血肉……は通ってはいないようだが、何らかのエネルギーが人型を取っているのだと、観測粒子より報告される。

 

 故に、単純な頑強さが生物のソレではない。

 

 大きさも造形もバラバラで、まるで仮面ライダーに出てくる怪人みたいなやつらだというのが、千雨が抱いた率直な感想であった。

 

 

 

 ……で、だ。

 

 

 その異形達を前に、構えている女子が2人。ハリセンのようなふざけた得物を手にしている明日菜と、真剣を構えている刹那だ。

 

 その二人の、はるか後方……おそらくは、戦闘能力を持たないが故に離れたところで隠れている、和美。

 

 そんな緊迫した場面である、異形達のはるか後方……杖に乗って、木乃香の下へと向かっているネギ。

 

 その途中、おそらくは妨害者(つまり、敵の仲間)と思われる、黒髪の……犬耳少年? 

 

 

(次から次へと人外かよ、ここは何時から魔界にでもなっちまったんだ?)

 

 

 そして、最後方……森の奥にひっそりと作られている湖の畔。

 

 おそらくは祭壇と思われるその場所に、木乃香と……何度もネギたちを強襲していた女と、剣士の月詠と……例の少年が居た。

 

 

(また、ワープさせたフォトン・レーザーで……いや、止めよう)

 

 

 アレは、凄まじい集中力を必要とする。ほんの少し気が逸れただけで、あさっての方向に飛んでしまうのが、この攻撃の欠点である。

 

 普段より練習しているならともかく、何度も土壇場な集中力を発揮出来るとは思えない。というか、あの時、上手く事が運んだのは運が良かったからだ。

 

 

 それに、あの少年は得体が知れない。

 

 

 下手にワーム・ホールを作れば、そこからこちらを認識されそうだし、こうして限りなく圧縮された時間にすら対応してきそうで……それに加えて、今回は傍に木乃香が居る。

 

 外れるだけならともかく、万が一、木乃香に当たれば無事では済まないだろう。怪我で済むならともかく、致命傷になったら……やはり、直接叩くしかない。

 

 幸いな事に、ネギたちはまだ戦闘を始めてはいないようだ。しかし、まだ始まっていないだけなので……少しでも、ネギの方に戦力を回した方が良いだろう。

 

 

 ……で、だ。

 

 

 明日菜と刹那より少し離れた所に降り立った千雨は……緊張で強張った顔のまま静止している二人を見やり……ばちん、と己の頬を叩き……大きく、深呼吸。

 

 

 ……残念ながら、千雨が木乃香を直接助ける事は出来ない。

 

 

 単純に怖いのもそうだが、クイック・タイムの使用中は下手に身体に触れられないからだ。

 

 何せ、千雨自身は自覚していなくとも、その速度は相当に速い。

 

 このままの状態で木乃香に触れたが最後、人間と同じ重さの水風船を、時速数百キロでぶつけたに近しい状況になってしまう。

 

 かといって、速度を下げて、木乃香の身体が耐えられる速度にすれば……間違いなく、取り返しに動くあの少年たちと激突する。

 

 と、なれば、素人である己が行くよりも、プロだと思われる刹那が行く方が、救出の成功率は上がる……と、千雨は思った。

 

 

 ……さて、そうなると、だ。

 

 

 先へ行かせる2人の代わりに(明日菜もアシストに回った方が良いだろう)、千雨だけでこの150体の怪物を押し留めなければならないが……どうしたものか。

 

 

「フォトン・レーザー」

 

 

 とりあえず、目に付いた怪物……弱そうな一体の横腹に撃ちこむ。クイック・タイム中なので、0距離射撃による直接攻撃──良し、見つからないよう空高くへ逃げてから。

 

 

 ──解除。

 

 

 瞬間、『ぐほぁ!?』撃ち込まれた怪物はビクンと身体をケイレンさせた。

 

 合わせて、周りに居た怪物たちだけでなく、明日菜たち二人も驚き、慌てて周囲の様子を探るが……当然ながら、犯人など見つか──。

 

 

『あぁん? なんやアレ? 親分、なんか上の方に誰か』

 

 ──クイック・タイム発動。

 

 

 再び加速した千雨の思考演算に合わせて、周囲の光景が止まる。限りなく圧縮された意識と時間の中で、千雨は……ゆっくりと、再び離れたところに降り立つと。

 

 

(何であっさり見つけるの、お前ら?)

 

 

 そのまま、その場にへたり込まない自分を褒め称えたかった。

 

 どうして、見つかったのだろうか……正直、怪物の一体が空を見上げ、目が合った瞬間……千雨は、誇張抜きで心臓が口から飛び出たかと思った。

 

 

 ……この時、千雨は気付いていなかったが……実は、怪物たちが千雨の位置を特定したのは、フォトン・レーザーに原因があった。

 

 

 詳細は長くなるので省くが、要は発射直後にて残留していたエネルギーを感知されたわけだ。

 

 なので、正確には千雨を見つけたのではなく、なんか強そうな気配を感じるぞと空を見上げた……これが正解である。

 

 しかし、そんなことを千雨が分かるわけもない。何せ、ボディがヤバいだけで中身は一般人の女子中学生だ。

 

 加えて、先ほど撃ち込んだ怪物の反応……顔をしかめつつも、平気そうな顔をしているその顔を見て……千雨は、はっきりと顔を引き攣らせた。

 

 

(こいつら、フォトン・レーザーでは倒せないぐらいに頑丈なのかよ……ゴツイのは見た目だけにしろよな)

 

 

 ……言っておくが、これは千雨の誤解である。

 

 

 というのも、千雨はフォトン・レーザーを発射する際、どんな時でも無意識に威力を抑えているのだ。

 

 理由としては、単純に怪我をするのもさせるのも嫌だし、勢い余って周りの物を壊すのは嫌という無意識が働いているからだ。

 

 これがせめて、巨大なゴキブリとかなら違ったのだが……異形とはいえ、人の形をしているのは、千雨としては非常にやり難い。

 

 ちなみに、仮に無意識の加減抜きで本気で放った場合、この星を貫通して反対側へと突き抜ける結果となるが……無意識の加減、万々歳である。

 

 

 ……さて、話を戻そう。

 

 

 とりあえず、フォトン・レーザーでの攻撃は足止めにはならないと千雨は理解した。弱そうなやつでコレなのだから、強いやつ相手には全く効果はないだろう。

 

 ……そうなると、だ。

 

 

(イメージしろ、イメージしろ、とにかく、イメージさえ出来ればOKなんだ、とにかくイメージ、イメージ、イメージ、イメージ……!)

 

 

 固く目を瞑って、兎にも角にも言い聞かせる。

 

 

 己は強い、と。

 

 己は戦える、と。

 

 己はこいつらを倒せるのだ、と。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、しかし。

 

 

 これまた残念な事に、そんな易々とイメージ出来たら、千雨とてここまで悩んだりはしない。

 

 

 何せ……チラリと、異形の怪物たちを見やった千雨は……ふふう、と息を詰まらせた。

 

 

 恐ろしいことに、どいつもこいつも千雨より大きい。腕の太さもそうだが、どいつもこいつも千雨を一発で殴り殺せそうな見た目をしている。

 

 見た目は大事である。特に、現実と妄想の違いをしっかり理解している千雨にとっては。

 

 格闘技の経験はおろか、アニメや漫画以外でロクに格闘シーンなど見た事がない千雨に、そのようなイメージが明確に出来るだろうか? 

 

 

 答えは……出来ない。非情な話だが、出来ないモノは出来ないのだ。

 

 

 とはいえ、それで『はい分かりました、諦めます』と言うわけにはいかない。少なくとも、木乃香が救出されるまでは、何としてでも。

 

 

(──ええい、こういう時は何とかするのが私の身体だろ!? 宇宙人のミラクルマシンなら、持ち主の悩みをオートマチックに解決してくれよ!)

 

 

 考えても考えても、解決方法が見えてこない。

 

 それ故に、現状を打破できない苛立ちもあって、千雨は思わず己に怒りをぶつけた。

 

 

 ……だが、しかし。

 

 

 千雨は、忘れていた。

 

 そう、千雨自身が思わず内心にて吐き捨てたように、千雨のボディは常識の外にある、宇宙人が製造したモノだ。

 

 しかも、考える事すら馬鹿馬鹿しくなるぐらいにはるか先の科学力によって作られた……それ故に、だ。

 

 

(──ん? あれ、何かが頭の中に──うぉ!?)

 

 

 どうにかしろと、己に強く念じた……その結果。

 

 

(──あ、こ、これって……インストールされたのか?)

 

 

 何とも形容しがたい感覚ではあったが、『インストール』という単語が、まさに言い得て妙であった。

 

 

 ……そう、この時、この瞬間。

 

 

 千雨のボディは、千雨の要求を理解し、解決する為に、彼女に状況を打破する手段をインストールした。

 

 いったい何を……それは、千雨が住むこの世界にはない、別の世界に存在する、最強の格闘術である。

 

 千雨自身は認識していなかったが、千雨のボディは一瞬の内にこの星と……太陽系から7,8光年ほど離れている場所まで一気に検索し、調べた。

 

 しかし、それでは要求をクリア出来ない場合があると判断したボディは、瞬時にこの世界とは異なる……並行世界にもアクセスして、片っ端から調べた。

 

 そうして、集めたデータの中から、ボディは……要求をクリア出来るデータを抽出し、千雨の頭にインストールしたわけである。

 

 

 ……言っておくが、これはただデータを頭の中に入れたわけではない。

 

 

 自転車の乗り方など人間は、理屈が分かっても身体が理解しないと上手く使用出来ない場合が多々ある。

 

 しかし、千雨のボディというか、身体を制御している頭は違う。

 

 人間と同じように、反復的に練習を繰り返し、徐々に身体に理解させる必要はない。理屈を理解しただけで、その技術を100%自動的にアシストしてくれるわけだ。

 

 つまり……瞬きよりも短い僅かな一瞬の間に、千雨はその格闘術の達人になったわけだ。

 

 それも、ただの達人ではない。

 

 100年、いや、1000年に1人と言っても過言ではない才覚と肉体、恵まれた環境を兼ね備えた天才が、その生涯の全てを武に捧げてようやくたどり着ける境地。

 

 それに、千雨は成った。成ってしまったわけである。

 

 驚く暇も、困惑する暇もない。

 

 自転車を乗りこなす人に、自転車を乗りこなす時の気持ちはと聞いて首を傾げられるように、今の千雨にとって、その格闘術は箸でご飯を食べるぐらいに、身体に浸みついたモノであるからだ。

 

 

 ……で、まあ、それがどういう結果をもたらすのか……色々とあるが、その中でも最も顕著に表れたのが、だ。

 

 

(……何でだろう、さっきまであんなに怖かったはずなんだが……さっきよりも怖さが薄れているような……)

 

 

 有り体にいえば、千雨の精神に掛かる負担の軽減である。

 

 言うなれば、格闘術という分かり易い力を得た事で、無意識のうちに千雨は……眼前の怪物たちを、何とか出来る相手だと判断しているわけだ。

 

 もちろん、本能的な怖さは変わらない。何処まで行っても、千雨は小心者で臆病なのだ。状況が許せるならば、このまま帰りたいぐらいだ。

 

 けれども、そんな千雨でも己の腰元ぐらいしかない子供を怖がらないように……眼前の怪物たちを、それと同程度に捉えているわけだ。

 

 もちろん、それだけでなく……突如インストールされた経験と技術が生み出す高揚感によって、いわゆる『はっちゃけた』状態になっているのもある。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だから、なのだろう。

 

 

 あるいは、感覚の変化にまだ完全に千雨自身が追い付いていないのか……それは、千雨自身にも分かっていない事だが。

 

 

 ──クイック・タイム解除。

 

 

 千雨の意思に従って、思考演算の加速が止まる。

 

 合わせて、世界の速度と千雨の速度が一致し……ハッと、気配に気づいた怪物たちが、千雨を認識する。

 

 

「ち、千雨ちゃん!?」

「長谷川さん!? どうやってここに!?」

 

 

 そして、それは怪物たちと応対していた明日菜と刹那も同様で……自然と、この場の全員の視線が、千雨へと向けられる。

 

 そんな中で……千雨は、しばし困ったように視線をさ迷わせた後……一つため息を零してから、2人を見やった。

 

 

「あー、2人とも、大丈夫か?」

「え、あ、うん、私たちは大丈夫だけど……え、千雨ちゃん、石になったんじゃなかったの?」

「私にも理由は分からんが、気付けば元に戻ってた。たぶん、体質的にそういうのを受け付けないんじゃないかな」

「あ、じゃあ、私と同じなんだ……」

 

 

 千雨の言葉に納得して笑顔になる明日菜を他所に、「そんな事よりも、早くここから離れてください」刹那だけは緊張で強張ったまま、そう告げてきた。

 

 

「ここは間もなく戦場になります。とてもではありませんが、長谷川さんを守るだけの余裕が私たちには……」

「それなんだが、桜咲……ここは私が受け持つから、お前たちはネギ先生を助けに行ってくれ」

「──は?」

 

 

 忠告を遮っての言葉に、刹那は……ぽかんと大口を開けた。

 

 まあ、無理もない事である。何せ、クラスにおける千雨の印象は、物静かでインドアな性格の少女である。

 

 当然ながら魔法関係者ではないし、運動部などに所属もしていない。図書館島の一件で一時期は噂が立ってはいたが、普段の千雨の印象が印象なので、いつの間にかそれも忘れられていた。

 

 

 つまり、桜咲からすれば、だ。

 

 

 魔法使いでもないし武術関係者でもない素人の一般人(それも、女子中学生)が、この異形の者たちを一手に引き受けると言ったも同然なのだ。

 

 そりゃあ、桜咲でなくとも、呆けて当然だろう。何を馬鹿な事をと、困惑に目を瞬かせるのも当然の反応であった。

 

 

「あ、あの、その気持ちは嬉しいのですが、これはお芝居でも何でも有りません。文字通り、命の危険が……」

「あ、待って、刹那さん! 千雨ちゃんは、ほら、図書館島の……」

「しかし、アレは噂だと前に……それに、実際に長谷川さんが戦っている姿を私は見た覚えが……」

「……そ、それはそうだけど、でも、わざわざ来たってことは……」

「ですが、長谷川さんが魔法使いだと私は聞いた覚えが……」

「え、で、でも、だったらどうしてここに……」

 

 

 そんな理由があるからか、何やら明日菜と刹那がこそこそと言い合いを始める始末。

 

 まあ、言われるのも仕方ないし、逆の立場だったら同じことを言うと思うので、千雨は特に気分を害する事もなかった。

 

 

 ……そんな事よりも、だ。

 

 

 

『お嬢ちゃんな、何時までも余所見はアカンで』

 

 

 

 ──とりあえずは成り行きを見守ってから。

 

 

 そんな感じで遠巻きにしていた怪物たち。その内の一人が軽快な足取りで飛び出して来ると、大きく……その手に持った棍棒を振り上げた。

 

 その怪物は目が一つで、口から牙が飛び出している。ハッと我に返った二人が、迎撃しようと得物を構えた──が、それよりも前に。

 

 

「──ふっ」

 

 

 神速。

 

 そう、呼ぶしかないほどの、踏み込み。

 

 二人が気付いたのは、攻撃が終わった後。

 

 正拳突きを受けて、空の彼方までぶっ飛ばされる怪物と……何事も無かったかのようにその場に立つ、千雨の後ろ姿であった。

 

 

「……ち、千雨ちゃん?」

 

 

 呆然……只々、呆然。

 

 桜咲はそうだが、擁護していた明日菜もポカンと大口を開けて……怪物たちも同様に呆然としている……そんな最中。

 

 

「神楽坂、桜咲……ここは私に任せろ」

 

 

 スルリと……千雨は、構える。

 

 その構えは、素人な明日菜の記憶にはない。そして、桜咲にも……まあ、当然だ。

 

 この世界には存在しない流派の構えなのだから。

 

 重要なのは、その構え。並びに、見惚れる程に美しく無駄のない動き

 

 

「──っ! 行きましょう、明日菜さん!」

 

 

 一目で、千雨が只者ではないと桜咲に判断された……それこそが、重要で。

 

 

「──終わったら戻ってくるから、それまで頑張って、千雨ちゃん!」

 

 

 己よりも力量が上である刹那の指示を受けた明日菜は、それだけを言い残すと……動揺している怪物たちを尻目に、駆け出して行った。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………混乱しているとはいえ、どうして怪物たちが2人を妨害しなかったのか。

 

 

 それは単に、怪物たちが千雨を警戒したからだ。

 

 下手に妨害に動けば、それが隙となって一方的に倒されるだけだと判断したからである。

 

 なので、2人が離れて行けば……自然と、怪物たちの注意が千雨にのみ向けられ……合わせて、冷静さが戻った。

 

 

『やるのう、嬢ちゃん。思わず、見惚れてしもうたわ』

 

 

 その中でも……おそらくはリーダーと思わしき怪物が、話し掛けてきた。

 

 

『そして、すまんのう、嬢ちゃん。ワシらも呼ばれてしまったからには手加減できんのや』

「頑張って手加減できねえの?」

『それは無理な相談や……お互い難儀やのう。嬢ちゃんは、本当は荒事なんぞ関わり合いたくないんやろ?』

「……何でそう思うんだ?」

『お前さん、さっき若いのを殴りつけた時、一瞬ばかり嫌そうに顔をしかめたやろ? 駄目やで、あんな顔するやつがこっちの世界に入ったらアカン、そのうち心が壊れてまうで』

「そう思うんなら、黙ってやられてくれ」

『だから、それは無理な相談や。呼ばれた以上は、勝つためには全員で挑むしかないんや、恨まんといてや』

「何でだよ、お前ら幼気(いたいけ)な女子中学生を集団で襲って悪いとは思わねえのか?」

『幼気な女子が、そないな物騒な突きを放つかいな……ところで、嬢ちゃんのその突き……流派はあるんかいな?』

 

 

 尋ねられて、千雨は……思わず、目を瞬かせた。

 

 

「流派……流派、か」

 

 

 そして、何かを噛み締めるかのように何度か流派と呟いた後。

 

 

「流派……そうだな、流派『東方不敗』」

 

 

 まっすぐに、怪物たちを見据えたまま。

 

 

「東方不敗は王者の風……そう、呼ばれているらしいぞ」

 

 

 そう、答えたのであった。

 

 

 

  

 

 

 




ネギま好きなんだけど、序盤のドタバタファンタジーは好きなんだけど、中盤以降のシリアスハードなファンタジーは苦手なんだよなあ……

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