長かった……ここまで見てくださった皆様、ありがとうございました。まだまだ続きますので、よろしくお願い致します。
「…………太陽、か?」
「……眩しい」
「チュン!」
一行が扉を抜けた先にあったのは、広大な空間や住み心地の良さそうな家。それに加え、何故か太陽が存在していた。先程まで暗い迷宮の中であったにも関わらず、である。
太陽と言っても、円錐状の物体に光り輝く球体が引っ付いているだけなのだ。しかしその光は仄かに暖かく、無機質さを感じさせない。植物が元気に育っているのも鑑みると、太陽と何ら遜色ないと考えられる。
「……伝承によれば、オスカー・オルクスは仲間と協力し、太陽を人工的に作り上げる事に成功したそうです」
「ほう、恒星を作り上げるか。かつての私でもできるかは怪しいな。この景色も含め、つくづく感心させられる」
そう言って前面の景色を眺め回すカムラ。球場程の広さに加え、天井近くの壁から滝の様に水が流れ込み、川を形成しているそこは、カムラが感嘆する程の風景だ。川の近くには畑すら完備されている。家畜小屋もあり、至れり尽くせりだ。
「実に清々しい空気だな。もう少し人がいても、ここだけで何年と過ごせそうだな」
「……すごい。あ、魚」
「外の川から泳いできている様ですね。自炊には困らなさそうです」
「あぁ……さて、家の方も調べるか」
「ん」「かしこまりました」「ピ」
家の中に入ってみれば、暖炉や台所、トイレまである部屋……要はリビングがある。ソファもあり、幾らでも寛げそうである。
更に奥へ行くと、再び外に出た。そこには丸い穴が広がり、地球で言うライオンを象った彫像が口を開けていた。隣の魔法陣に魔力を流すと、お湯が出てきた。
「風呂か。後で入るとしよう」
これにはカムラも思わず笑みを浮かべた。元より綺麗好きな彼にとって、この事は幸いであった。
余談だが、和食や温泉、神社などと言った、所謂日本の文化はカムラのお気に入りだったりする。彼の気質が、元より日本人に近いのもあるだろう。
ちゃぷちゃぷと素足で水を蹴るアレーティアが、そんなカムラを見て不意にこう言った。
「……入る? 私達と、一緒に……」
「うん? 私は構わんぞ。まあ、探索が先だがな」
「んっ」
混浴の申し出を、カムラは自然な流れで承諾した。背中に冷たい何かが走った気もするが、気のせいであろう。治癒士の少女の背後に、よりハッキリと般若が形を持ったが、気のせいなのだ。
風呂に入るのを後の楽しみとして、一行は風呂場を後にした。
階段を見つけて上ってみれば、何やら封印が施された書斎や工房らしき部屋を見つけた。妖精の特異点で開けることもできるが、後のお楽しみとした。
再び上への階段。三階へ上ってみれば、そこには奥に、ただ一部屋のみ存在していた。その部屋に入ってすぐに目に付いたのは、七、八メートル程の精緻かつ繊細な魔法陣。一つの芸術品として売りに出しても良いかもしれない程に美しく見事な幾何学模様だ。
が、次に目に付いたモノの方が衝撃的であった。魔法陣の向こう側の、豪奢な椅子に座る骸。黒と金の刺繍が施されたローブを着ており、お化け屋敷のオブジェと言われても納得できる程綺麗に保存されていた。
保存されていた、と言うのは少々おかしいか。座ったままに果てたとしか思えない姿勢なのだから。よく考えれば、家も人が長い事居ないと分かる気配の割に整理されていた。もしかしたら、環境を整える仕組みがあるのかも知れない。
「……メル、もしや」
亡骸から目線を外し、傍らのメルを見やるカムラは、そのまま固まってしまった。
静かに、はらはらと、涙を流していた。
「……オスカー……オルクス、様……」
亡骸に駆け寄るメル。カムラとアレーティアもそれに続いた。そして、メルが魔法陣の中央に立つと、魔法陣が白く輝く。
刹那、メルや、追いかけてきたカムラとアレーティア、罰鳥の頭の中に何かが侵入し、奈落へと落ちた時からの記憶が走馬灯のように想起された。どうやら、正しく迷宮を攻略したのかを、記憶を読み取って調べているらしい。神代魔法だろうか。
輝きが収まると、三人と一羽の前に、亡骸と同じ格好の青年が立っていた。
『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス、この迷宮を創った者だ。反逆者と言えば分かるかな?』
そう言った青年、オスカー・オルクスは、これがホログラム映像の様な物である為、質問に答えられないと断りを入れ、話し始める。
メルの代まで伝えられている、世界の真実に相違ない内容。オスカーの目に、声に、嘘は無い。パーシマリイの一族が信じていた通り、彼らは狂える神から世界を解放しようとしていたのだ。
伝承を信じ、先祖の友の雪辱を果たそうとしてきた一族。己らが知る世界の秘密を、誰にも話す事が出来ずに抱えてきた一族。その行動が、数千年の時を経て、無駄では無かったと。そう感じたメルは泣きじゃくる。
映像の中のオスカーは、更にこう続ける。
『そして、この映像が流れているなら、パーシマリイの一族、その末裔が居る事だろう』
……とんだサプライズだ。オスカーは、パーシマリイの子がいつかここに来ると信じ、映像を遺していたらしい。記憶を探られたのはそのためでもあったのだろうか。
『パーシマリイの子供達。君達は、彼女が僕達にしてくれた事をかなり遠慮して伝えてられていると思う……ただ、彼女は陰ながら手伝ってくれただけじゃない。その身命を賭して、僕達を助けてくれた。改めてお礼を言いたい。本当に、ありがとう』
深く頭を下げるオスカー。パーシマリイ一族は、解放者達を助けたという者や、今のパーシマリイであるメルなど、女傑が産まれやすい家系らしい。
「オスカー……様っ! わた、私達は!」
膝から崩れ落ち、感涙し、言葉が出てこないメル。オスカーはそれすら見越している様に、優しい微笑みを浮かべる。ディンもそうだったが、つくづく凄まじい人間達だ。
『君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』
オスカーの映像はそこで途切れ、同時に再び何かが入り込んでくる感覚が。オスカー・オルクスの扱っていた神代魔法を刷り込んでいるらしい。
「“生成魔法”か……私は元から持っているが、やはり錬成師の為にある様な魔法だな。“錬成”を満足に扱えるメルならば、これも使いこなす事が出来ような」
「……私には難しそう」
「ぐすっ、ひっく……」
「……メルはどうする?」
「……しばらく待つか」
「ん」
「チュン!」
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
落ち着いたメルは、晴れやかな無表情で謝罪する。それに対して、よく見なければ分からない程度の微笑を浮かべてカムラは答える。
「なに、構わんさ。メル達の頑張りがここまで来た、それだけの話だよ……ただし、ひとつ聞かせてもらおう」
言葉を切ったカムラは一転、初めて出会ったあの日の様な、意識が飛ばされそうな程の圧力を纏う。傍らのアレーティアは足が竦んでしまったらしい。
嘘は赦さない。言外にそう伝えるカムラは、それこそあの日の様に、試すような口調で問う。
「オスカー・オルクスは、神殺しを強要しないと言った。なれば、メル・パーシマリイ。貴様は、ここで終わる事も出来よう。平穏な日々を過ごすことも出来よう……貴様は、尚も解放者達の雪辱を晴らそうと戦うか?」
問いかけるのは、その覚悟。神殺しを強要されていない。ならばわざわざ戦う必要も無い。戻る事も、まだ出来なくはない。
コレはかなりの甘言だろう。実際問題、メルは、メル自身には、エヒトを殺す理由が特に無い。ただ、先祖代々伝えられてきた雪辱を晴らす為だけに、エヒトを殺そうとしているだけなのだ。
ある意味究極の選択かもしれない。
解放者達の想いを捨て、平和に暮らすか。
平和な日々を捨て、命を賭けた戦いに臨むか。
……あの日よりも震える事無く、落ち着いて返した答えは、カムラにとっても分かりきっていた事だった。
「……不肖、メル・パーシマリイは、自分の為ではなく、もう居ない先祖やその友の、敵討ちの為に戦うということになります……そしてそれは、傍から見れば、狂っていると取られてもおかしくはありません」
目を合わせず、俯いてそう宣うメル。カムラはそれに、追い討ちをかけるように同調する。
「ああ、少なくとも私には理解出来ないな。過去の為に何かを成すなど、無駄以外の何物でもあるまいさ。求められてすらいないのだから尚更な」
「しかし。私自身にも、戦う理由はあるのです」
「ほう?」
目線で続きを促すカムラ。顔を上げたメルの、その眼は、覚悟に満ち満ちていた。
「私の、いえ、パーシマリイ家の誇り。そして、解放者達の願い。パーシマリイに産まれた以上、それを確かに引き継いでいるのです。私は、その為に戦いたい」
しかし、カムラは更に問いかける。
「崇高な物だな。しかし、それらもまた貴様と切り離せる物であろう? 平和を捨てるには足りぬと思うがね」
対し、メルは首をゆっくりと横に振る。
「十分なのです。私にまで受け継がれてきたこの想いは、願いは、決して色褪せる物ではありません。今でもはっきりと色付いているのです。友の為に、世界の人々の為に、私は最後まで戦います」
力強い宣言だ。カムラが息を呑む程に、強い覚悟だ。見守るアレーティアも、罰鳥も、尊敬の眼差しでメルを見つめる。
やがて、カムラはフッと笑い、圧を解く。
「……素晴らしい。私など敵わぬほどに、強い決意だ。やはりあの日、メルに話しかけて良かった。そう心から思うよ」
「カムラ様……っ!?」
「あ」
カムラは思わず、メルを抱きしめていた。想い人からの突然の抱擁に、メルは目を白黒させ、アレーティアは先を越されたと少しショックを受け、治癒士の少女は杖を粉々に圧砕し、闇魔導師の少年は「結局顔かクソォォォォ!!!」と天に吼えた。
「試すような事をしてすまなかった。そして……しかと見届けたぞ。“連綿と受け継がれる想い”を。それを忘れないでおくれ。それがある限り、私は共に戦い抜く。約束しよう」
頭を撫でながらそう言うカムラ。カッコイイっちゃカッコイイのだが……悲しいかな、メルはキャパオーバーで気絶してしまっていた。
その後、家と川との間程度の座標にオスカーの墓を立てた。ついでに、オスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂戴した。メル曰く、攻略者の証としても機能するらしい。そのおかげか、封印されていた部屋もその指輪で開いた。それらの扉には指輪と同じ十字に円の重なったような紋様が刻まれていた気がする。詳しく確認してはいないが。
書斎に入ると、この家の設計図らしき物を発見した。地上へと帰るならば、どうやら指輪を持って先程の魔法陣を使えばいいらしい。なんでも、あの魔法陣は地上へとワープする機能も備えているそうだ。
「さて、これで我々はいつでも帰れるわけだな」
「ええ。しかし、ここにしばらく留まるおつもり、なのですよね?」
「その通りだ。何をすると思う?」
「……メルの装備の補充、私達の訓練」
「ああ。だがもう一つ、私の訓練もあるな」
「……カムラ様の訓練?」
「……鍛える必要、ある?」
「チチュン?」
二人と一羽の目線が刺さる。確かにどんな化け物相手であろうとも、一人で無双できるカムラだが、こう言うのには理由があった。
「訓練、と言うよりは実験だな。“幻想抽出”で作り出せる物や生物の確認がある。先程、私の故郷に存在していた怪物がいた。同じ程の脅威が無いとは考えにくい。ただでさえ奴らがいる原因が分からんからな」
「今の私達では、どうにもならないような……怪物」
「その対処の為に、私は私の今の限界を知っておく必要がある。故に“幻想抽出”と神代魔法の合わせ技などをじっくり試す。手数は多い方がいい」
「……一理ある。どれくらい居る?」
「二ヶ月……いや、三ヶ月だな。鍛えるだけでは息が詰まる。息抜きも必要だろうさ」
かくして、神殺しを成そうとする者達は牙を研ぎ始めた。世界のバランサーを務めた者が、少女の想いに応えて神を再び殺す時まで……そう長くはかからないだろう。
オマケその一
戦乙女と形容できる、美しい女性達が飛び交う、極彩色の空間。その一角にて、光り輝く人型が、何かに怯える様にガタガタと震えていた。
この人型、名をエヒトルジュエ。即ち、トータスを創り出した神であり、人々を破滅へと向かわせる邪神であり、カムラ達の滅ぼすべき敵である。
『な、何なのだ彼奴は……』
しかし、その姿からは、人々を弄ぶ邪神としての禍々しさも、世界を創り出した創造神としての威厳も、皆無であった。
『い、イレギュラー如きに、この我が! 崇高なる神たる我が!! イレギュラー如きにィィ!!!』
叫ぶエヒトルジュエ。腕を振るえば、光弾が飛び、光線がうねり、使徒たる戦乙女達を蹂躙する。一つ一つが大陸を消し飛ばすその力は、癇癪で振りかざして良いものでは無いのは想像に難くない。
エヒトルジュエをそうさせるのは、彼? がイレギュラーと呼ぶ少年。虚時カムラであった。
カムラは、如何なる時もエヒトルジュエの存在を感知している。時折、思い出したかの様に、その闇の如き殺意を向けるのだ。
しかし、曲がりにも神と言うべきか、殺意の裏にあるカムラの心を読もうともした事があった。
分かったことは、カムラの底知れない怪物性と、貪欲に全てを、世界すらも喰らおうとする精神だけであった。
コレを知ったのが、カムラ達が大迷宮へと潜る前。即ち、少なくとも一ヶ月、彼? はその殺意に怯え続けているのだ。
さらに、今でもカムラの、死を幻視させるほどの殺意が時折届くのだ。それでも正気を保ってはいる辺り、流石は神だと褒める事も出来よう。
『おのれ、おのれぇ……イレギュラーァァァァァァ!!!』
怒り狂う神の絶叫を、暴走を、止めるものはいなかった。
オマケその二
「……やはり良い……」
「ピィィィ……」
探索を一通り終え、ゆったりと足を伸ばすカムラ。顔が珍しく緩みきっている。罰鳥も、玩具の様に器用に浮きながらリラックスしている。
そんなカムラの右には、
「……ここまでゆったりできるのは、何時ぶりでしょうか……」
と、メル。また左には、
「……お風呂……久しぶり……」
と、アレーティア。
この二人、左右からカムラに抱きつく形になっている。タオルなんぞ付けていないので、二人の胸が直接カムラの腕に当たっている。所謂『当ててんのよ』と言うやつだ。
だがカムラ、一切ツッコミが無い。カムラのカムラも反応してすらいない。臨戦態勢でも無いのに大きい辺り、流石調律者である(?)。
恋する乙女達がそれに不満を覚えぬはずもなく、勇気を振り絞って聞いてみた。
「………………カムラ」
「何だ?」
「……私達の胸」
「? うむ、当たっているな。それがどうかしたか?」
「い、いえ、それにしては、その……反応が薄すぎではありませんか?」
「……何を期待してたのだ貴様らは……今生では香織がいるのでな。何かをするとしたら、先ずは彼女だ」
「「……」」
ぐうの音も出ない。カムラは文化として混浴がある事を知っているから二人と共に入る事を承諾したのであって、特段手を出そうだ等と考えていた訳では無いのだ。
しかし、
「…………貴様らの気持ちも分かってはいるつもりだ。前も言ったが、答えるならば香織の後だ。それまで待て」
「んっ」
「…………ありがとうございます……」
言質を取れたので、結果的には良かったかもしれない。
「……カムラのが反応しないのは?」
「…………今生では経験は無い。が、果たして前世で無いとは言えるかね?」
勇者達のベヒモス退治とか書きたいのですが、それよりも優先すべき物がありますのでそちらにご期待ください。
以下、オマケの補足。
エヒトは既にガクブル状態です。立ち直ろうとする度に殺意を浴びるので立ち上がれない無限ループ。尚、カムラ君が殺意を飛ばすのは気まぐれです。
カムラ君は調律者時代、男娼の真似事をして、頭に背く会社を潰しています。曰く、
「女性が仕切っているならば簡単に瓦解する」
為、やりやすかったそうです。