尚、ロボトミー絡みの設定は憶測に過ぎませんので悪しからず。
眩い光の中、虚時はただ警戒していた。光が収まり、真っ先に辺りを見回す。
一番に目に入ったのは壁画。縦横10メートルはあるその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。
背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。
(……なるほど、美しい。芸術には疎いが、素晴らしい物なのだろうな。醜い支配欲を押し出しているモデル、そしてそれを如実に表現した絵師には賞賛を送りたいものだ)
そんな事を思うカムラ。彼の考える通り、芸術作品としての価値は確かに高いだろう。しかしよく見れば、どうにも胡散臭さが漂っており、何とも言えない。
壁画から目を離して再び辺りを観察する。教室にいた者が全員、大きな広間の様な場所にいる。
大理石で出来た荘厳な大聖堂、その最奥の台座にいるらしい。そして目の前には、白地に金の刺繍がなされた法衣を着た三十ほどの人間が、祈りを捧げるように跪いている。格好と状況、傍らの錫杖から、祈祷師か何かだろうか。
その内、より豪華な法衣を纏う老人が前に進み出た。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
覇気の強い老人、イシュタルはそう言い、好々爺然とした笑みを見せた。
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場所は移り、10メートルはあるテーブルが幾つも並ぶ大広間。ここも中々どうして煌びやかなものだ。晩餐会でも催す場所なのだろうか。
生徒達は、上座に近い所に愛子先生と光輝達四人が座り、あとは取り巻き順に座っている。カムラは最後方で、一緒に持ち込めたらしい文庫本を開いている。
思考が現実に追いついていないのか、イシュタルが事情を説明すると言ったからか、あるいは光輝が落ち着かせたからか。誰一人として騒ぐ事はなかった。
教師より教師している光輝に、愛子教諭は泣いていた。
全員が着席したと同時に、メイドがカートを押しながら入ってきた。ファンタジーそのまんまなメイド達に目を奪われる男子達。それを冷ややかな目で見つめる女子達。
カムラは最初興味を示さなかったのだが、自分に飲み物を給仕した、同い歳程の少女を見て、驚いたように目を見開いた。
そのメイドが離れようとした際、カムラは、
「……覚悟に満ちた眼をしているな。貴様、名は?」
と問うた。少女も、何者にも興味を持たなそうなカムラに名を聞かれた事に驚いたが、直ぐに取り繕い、
「メル・パーシマリイと申します」
と答えた。カムラはそれに対して頷き、
「また会うことになるだろう。私は貴様が気に入った」
と言った。メルと名乗った少女は一礼し、持ち場に戻って行った。一連の流れを見ていた香織の背後には、般若のような物が立っていた。雫は震えていた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
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そうしてイシュタルが語ったのは、どうしようもなく勝手で、ある意味当然で、故にとても面白みのない話だった。
この世界の名はトータス。人間族、魔人族、獣人族という三つの種族がいる。
人間族は北一帯を、魔人族は南一帯を支配しており、獣人族は東の巨大な樹海にてひっそりと暮らしているそうだ。
人間族と魔人族は、何百年も戦争をしている。一人一人が強力な力を持つ魔人族に対し、数によって対抗していた人間族。膠着が続いていたが、近年異常事態が発生した。
トータスには、魔物という一種の災害のような存在する。生態の詳細は不明なのだが、野生動物が魔力を得て変異した異形だと言われている。そんな彼等は種族固有の強力な魔法を扱うため、害獣として恐れられている。
魔人族がそれを使役しているというのだ。本能のままに動く魔物を使役するのは、せいぜい一、二匹程度だったのだが、それが覆ったのだ。
これはすなわち、人間族の数というアドバンテージが崩されたことを意味する。つまり、人間族は滅亡の危機に瀕しているというのだ。
困った人間族に、エヒトという神が勇者を召喚するという神託を下した。トータスから見て上位の世界に当たるカムラ達の世界。そこから召喚する事で強大な力を持つ事が出来るらしい。
要するに、戦争に参加して魔人族を滅ぼせという事だ。
これを聞いた愛子先生は大激怒。生徒を戦争に行かせるとは何事か、元の世界に戻せと猛抗議した。
低身長に童顔、しかし常に一生懸命であり、空回りする姿も可愛らしいと生徒達に大人気な社会科教師、畑山愛子。今回の抗議も、「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と生徒達を和ませた。
しかしイシュタル曰く、「エヒト様の力がなければ帰せない」らしい。それを聞いた生徒達は大混乱に陥った。
カムラは、ここまでの話では一切反応を示さなかった。せいぜい魔物の説明を聞いて、少し郷愁に耽った程度だった。
しかし、立ち上がってテーブルをバンッ! と叩いた光輝とイシュタルのやり取りに、耳を疑った。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
……この時点で、本を閉じて俯いてしまうカムラ。
龍太郎、雫、香織と、何時ものメンバーが賛同しても、クラスメイト達が当然のように便乗しても、愛子先生がオロオロしながら「ダメですよ〜」などと涙目で言っているのも、意識の外だった。
カムラの異変に気付いたのは愛子先生だった。
「虚時君? どうしたんですか?」
よく見れば震えている。本当に体調を崩したのかと心配になり、遅れて気づいた香織と共に駆け寄る。
「……クッ、クク、ハハハハ」
右手で目元を押さえるカムラ。声も聴こえる。そして、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
堰を切ったように爆笑する。顔を伏せていたのも、震えていたのも、笑いを堪えていたかららしい。
沸き立っていたクラスメイト達は冷や水を浴びせられたかのように静かになり、急に笑い出したカムラに注目が集まる。
「何がおかしいんだ、虚時!」
と光輝が問えば、カムラは笑いながら、何時もの芝居掛かった口調で答える。
「ハハハハハ! いや、中々愉快な事を言ってくれるではないか! ここまで笑うのは久しいぞ! 大海を知った蛙が飛び出したところで生きていける筈も無かろうというのに!」
ようやく落ち着いてきたらしいカムラ。息を整え、更に続ける。
「そも、その老人が言うエヒトとやらが狂っていない保証も無かろう。この世界の人間どもの正気は、ああ、神が保証していようさ。されど、その神が正気かは誰も保証出来んだろう」
「質問に答えろ、何がおかしいんだ。訳の分からないことを「答えているだろうが」……は?」
「私は、安直に戦争へ我々を引きずり出した、貴様の浅はかさを滑稽だと言っているのだよ。戦争とは何かも知らぬのか? 殺し合いだぞ? 小説の様に、いや、物語の様に、ただ正義が悪を蹂躙するための都合のいいものでは無い。それを理解して言っているのか?」
イシュタルの顔が険しくなり、クラスメイト達は青ざめる。戦争に参加する事の意味を再認識したらしい。
それでも光輝は続ける。
「それじゃあこの世界の人達を見捨てろって言うのか!? 助けを求める人達を助けないでおけるのか!?」
嘲笑う様に、カムラは答える。
「力無き者が助けを求めるのは当然だろう。悪い事では無い。それらを救おうという気概も認めよう。素晴らしいと賞賛しよう。しかし貴様、無関係の我々に頼り始めた時点で、この世界の人間にはもう未来は無いだろうよ。成長しきらぬ内に支柱を取られた草花は這い蹲るだけだ。それに、貴様には命を奪う覚悟も背負う覚悟もあるまい」
苦しげに光輝は続ける。
「人間族は魔人族に苦しめられているんだぞ! 脅威に怯えながら過ごすなんて、可哀想だと思わないのか!?」
態度を変えずにカムラは答える。
「魔人族もまた人間族に苦しめられているとは考えられんのか? 争いは同じ土台に立つもの同士でしか起きん。そういう意味では、人間族も魔人族も同じではないかね?」
答えに窮するように黙りかける光輝だったが、認めないと言う代わりにかぶりを振る。
「いや、俺はこの世界を救う! 例えどんなに困難な道でも、俺は成し遂げてみせる!!」
カムラは呆れたように、馬鹿にしたように笑う。
「まあ、貴様が言って変わるような人間では無いのは分かっている。精々足掻く事だな。賛同した貴様らも含めて、私は末路を見届けてやろう。無様に散るも、重荷に潰れるも、勝手にするがいい。楽しませろよ?」
言うだけ言って、カムラは本を開く。静寂が訪れたが、イシュタルの問いでそれは破られた。
「では、貴方は我々に協力しない、という事ですかな?」
「さっきも言ったぞ、私は見届けると。何もせんよ。私に干渉しない限り、私も危害は加えん」
そう言うカムラに、イシュタルはより顔の皺を深くする。それを知ってか知らずか、カムラは思い出したように言う。
「ああ、もしそれが気に入らぬのなら……」
カムラはおもむろに右手を掲げる。何処からか赤い光が集まっている。
誰もいない場所にそれを振り下ろすと、赤い閃光が迸り、天井、壁、地面を抉った。クラスメイト達やメイド達から悲鳴が上がる。
驚愕する皆に目もくれず、あくまで視線は本にあるカムラはしかし、無表情でこう言った。
「力で私を捩じ伏せてみせろ。この場の人間を血祭りにあげるぐらい、そう時間は掛からん私をな」
サイコパス正義マンの言動なんか分からんわ!と思いながら書いていました。
あ、主人公はぶっ壊れです。
おかしな点がございましたら、是非ご指摘ください。
凡人からでした。