よろしくお願いいたします。
召喚されたあの日と同じ様に光に包まれ、一瞬の浮遊感が止むと、百メートルはある広い石橋の上にいた。横幅は二十メートルほどで、少しでも足を滑らせてしまえば、一直線に奈落である。
カムラ達は、その橋の中間にいた。橋の両端は、それぞれ奥への通路と上への階段に繋がっている。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
階段を確認したメルドが号令を飛ばす。それによってようやくわたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこれで終わるはずもなく、生徒達の進路に魔法陣が出現、大量の骸骨が召喚された。
さらにその反対には、十メートルはある巨大な魔法陣。そして、そこから召喚された巨大な魔物を見たメルドの、呻くような呟きが、やけに明瞭に響いた。
「まさか……“ベヒモス”……なのか……」
目の前の魔物に混乱している生徒達や、ベヒモスなる魔物の雄叫びに我に返り、部下に指示を飛ばすメルド。そして、制止を聞かずに立ち向かおうとする光輝。
その様子を見ていたカムラは、何かを思い付いた様に動き出した。
最初に、真っ先に骸骨の魔物、“トラウムソルジャー”と戦闘している幸利の下へ。
「幸利」
「ああ、なんだ!? 見ての通り大混乱に陥ってる奴らのフォローに奔走してんだが!? ……って危ねぇ!」
混乱の中で突き飛ばされたらしい女子生徒。彼女に剣を振り下ろそうとしたトラウムソルジャーを、幸利は全力で蹴り飛ばし、女子生徒を立ち上がらせる。
「おい、大丈夫か!」
「あ……うん」
「落ち着いてやりゃ、あの程度どうともねぇだろチート共! クールに頑張れ!」
「……うん、ありがとう!」
前線に戻る女子生徒を見守った後、カムラに向き合い、用件を聞く。その内容に、顔を顰める幸利。
「……お前、マジで言ってんのかよ」
「大マジだとも。むしろ、こうでもせんと彼奴等は理解せんよ」
「白崎さんはどうするんだよ」
「フォローはしておく。恵里にも言っておくつもりだ」
「……はぁ〜、そうかよ。俺は好きにしていいんだな?」
「うむ。ある程度は面倒を見ておいてくれるのならな」
「はいよ……んじゃ、またな」
「ああ、後を頼む」
そう言って走っていくカムラの背中を見送る幸利。一言、
「……発想が悪魔だな」
とだけ呟き、前線に戻って行った。
次に、同じくトラウムソルジャーを止める為に奮闘するメルの下へ。
「カムラ様」
「メル、予想外の事が起こったが、むしろ丁度いい。ここで離脱するぞ」
「方法は」
「奈落に飛び込む。そうなるように誘導しておく」
「私はそれまで何を?」
「現状維持だ」
「かしこまりました」
目線だけ合わせ、指示を出す。了承の意を受け取り、一つ頷いて次に向かう。
「恵里」
「うわ、びっくりした。何か用?」
カムラは、メルドと一悶着起こしている光輝を眺めている恵里に話しかける。
「所用があってな、私はここでメルと共に離脱する」
「あ、そう。それで? 僕に何を頼むの?」
「方法が方法なのでな。釘は刺しておくつもりだが、暴走するやもしれん。香織のフォローを頼みたい」
「嫌な予感しかしないな〜。まあ、任されたげるよ」
「感謝する」
「いいよいいよ。家族の頼みだもん……ああ、でも後で何かしてよね」
「次会う時まで考えておいてくれ」
そうして、香織の下へと走るカムラを見送る。
「……ふふっ」
その笑みに何が隠されているのか、カムラは知る由もない。
「光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」
「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを……」
香織の近くへ行くと、こんな会話が聞こえた。話を聞いている限りだと、光輝はどうやらメルドを置いて撤退すると言うのが納得いかないらしい。
龍太郎が光輝と共に戦う意思を示した事で、ベヒモスなる魔物への敵意が強くなる。雫の諌めようとする言葉も聞こえていないらしく、雫も苛立っている。
“聖絶”と言う魔法による防御も、そろそろ持たない。
カムラは慌てる香織の傍に立ち、香織にだけ聞こえるように話しかけた。
「香織」
「ッ! カムラく……」
「喋るな。奴らに悟られるな。わかったなら首を縦に振れ」
緊張の中で想い人に話しかけられたからか、大声を出しかけた香織の口を、左手の人差し指で抑える。カムラが香織の肩に腕を回す形になっているため密着度が高い。香織は思考がオーバーヒートしそうになるが、かろうじて首を縦に振った。
「昨日君が聞いた様に、私はここで抜ける……香織、私を信じていてくれ。私はそう死ぬことは無い。何があったとしても冷静に、私は生きていると信じて待っていろ。昨日の返事もまだだからな」
カムラは一字一句、ゆっくりと語りかける。香織が首を縦に振ったのを確認し、優しく微笑みかける。そして、メルド、そして光輝の下へ駆け出した。
「貴様ら、アレは私が何とかしよう」
「虚時!? 何故ここに……」
「そんな事はどうでもいいだろう。光輝、貴様は後ろの騒動を収めてこい。ベヒモスと言ったか、アレは貴様がどうこう出来る物ではない」
「なっ……」
「生きたければ、逃げるのもまた一つだ……と言っても、貴様は理解せんだろうが。とにかく、貴様ではアレを止められんのだよ。故に私が何とかしよう」
「何を言っているんだ! 訓練にも参加しない君に出来る筈が……」
「下がれぇ──!」
メルドが叫ぶ。それと同時に、障壁が砕ける。ベヒモスはそのまま突っ込んでくる……かに思われたが。
「無駄だ」
赤い柱がベヒモスに向かって飛んでいき、脳天に直撃。ベヒモスは凄まじい勢いで飛んでいき、橋に落ちた。巨体が落ちた衝撃で橋が揺れる。
「メルド、ある程度弱らせた後で魔法を叩き込め」
「何!? お前はどうするんだ!」
「その時に走って離脱する」
「……くっ、すまない! 光輝、逃げるぞ!」
「そんな! 訓練もしていない虚時がやれるなら、俺だって……」
「馬鹿言うな!! 坊主が訓練に参加していなかったのは、必要が無いからだ! 実際、俺含めてここにいる騎士隊員が束になっても敵わなかった! 今この状況を何とか出来るのは、坊主ぐらいだ!」
メルドと光輝はカムラの方へと目を向ける。先程ベヒモスをぶっ飛ばした柱を幾つも周囲に浮かしているカムラと、苛立った様子でカムラを見るベヒモス。その威圧感は、誰も入る余地は無い。
「わかったならさっさとしろ!」
「……はい」
しぶしぶと言った形に引き下がる光輝。勇者パーティーが離脱したのを確認するカムラ。その隙を突き、ベヒモスは角を赤熱させて突進するが、今度は白い柱でぶっ飛ばされる。尚も立ち上がるベヒモスを、改めて見上げるカムラ。
十メートルはある巨体。その姿は、例えるならトリケラトプス。爪や牙が鋭く、頭部の角から炎が放たれている。
「貴様程の生物と戦うのは……久方ぶりだな」
不敵に笑うカムラ。心なしか、ベヒモスは一歩後ずさった。それは……生存本能故だろうか。
「逆に言えば、貴様程度なら、外郭によくいた、ということになるがね。まあ、何にせよ……」
一歩踏み出すカムラに、さらに一歩後ずさるベヒモス。その瞳には、困惑と、恐怖が宿っている。
「貴様の墓標は、私が用意しよう。何色がいい?」
赤、白、黒、青。それぞれの色に光る柱が二本ずつ、カムラの周りを浮遊していた。
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メルは奮闘していた。愛用の短剣と、独自に生み出した格闘術を駆使し、トラウムソルジャーを粉々にしていた。主人から貰った簪を刺してから、どうも調子がいい。体が軽くなったようだ。
先程、ようやく事態に気づいた勇者が戻ってきて、メルドが激励を飛ばした事で、これまたようやく訓練通りの隊列を組めるようになった生徒達を、冷めた目で見ていた。
(今の今まで死を覚悟していなかったのでしょうか……こんなのを呼びつけるなんて、クソ神は何を考えているのでしょうか。マトモに戦えているのは清水さんぐらいじゃないですか……)
依頼で戦場に立つこともあったメル。最初から覚悟ガンギマリで戦っていたので、勇者達が何故怯えているのか理解出来ていなかった。
(……それはそれとして、カムラ様は何を……)
そう思い、反対側で戦っているカムラを探したのだが。
「……はい?」
動きが止まった。その隙に斬りかかられるが、幸利がその前に助けに入る。
「何してんだメルさん。らしくない」
「……ありがとうございます、清水さん。その、アレを見ると……」
指を指す方向を疑問顔で見る幸利。そこには、もはや瀕死のベヒモスと、腕を組み、余裕そうに立つカムラがいた。
ベヒモスの脚には何本もの柱が刺さり、角は綺麗に折られている。ほとんど動けないベヒモスを、カムラは人外の腕力を持ってひたすら嬲っていた。その惨さは、ベヒモスに同情してしまう程。カムラの顔が活き活きしているのも、また拍車をかけていた。
「……よくあるやつだ。気にしたら負けだぜ、メルさん」
「……ですね」
戦闘しながらそんな会話をする二人。流石と言うべきか、幸利は非常に慣れている。
すると、
「お前ら! 魔法をありったけ打ち込め!」
と言うメルドの号令が響く。様々な属性の魔法が、ベヒモスを打ち付ける。カムラはその隙を見て駆け出した。その一瞬、メルとカムラの目が、確かに合った。
「……そろそろのようです。清水さん、ご健闘を」
「お互い様だ。アイツがいるなら大丈夫だろうが、気をつけてな」
一人の少年から繋がった縁。方や少年の親友。方や少年の付き人。しかし、二人の間には、友情が芽生えているのは、気の所為ではないだろう。
メルはカムラの方へと駆け出し、幸利は避難を終えたクラスメイト達の方へと走る。トラウムソルジャーを召喚し続ける魔法陣を破壊するのも忘れなかった。
カムラは、メルがこちらにやって来るのを捉え……その奥に、檜山がほの暗い笑みを浮かべているのを見た。
途端、一つの火球がメルの背中で爆ぜた。予想外の方向からの攻撃に、メルの意識は途切れた。
「なっ、メル!!」
焦った顔でメルに駆け寄るカムラ。命に別状は無い様だ。しかし、火球が一つ、今度は橋にぶつかり、先程の戦闘でボロボロだった橋が……遂に倒壊した。
瀕死のベヒモスは、もがく元気も無いのか重力に任せて落ちていく。
メルを抱き上げたカムラは、瓦礫を飛び移って上を目指すが、再び火球が襲い来る。両手が塞がっているために振り払う事も出来ない。メルを庇い、頭突きで相殺したが、その頃には足場に出来る瓦礫も無く、カムラも落ちていく。
遠ざかる光に、生徒達の青ざめた顔を見て、カムラは静かに嗤った。ただ、香織の悲痛な表情には、流石に顔を顰めたが。
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どこか遠くで聞こえていた悲痛な叫び。それが自分のものだと理解するのに、香織はかなり時間がかかった。
「いや、離して! カムラ君が! 助けに行かないと!! 離してぇ!!」
飛び出そうとする香織を、雫と光輝が必死に羽交い締めにする。が、香織は全力で引き剥がそうとする。細い体のどこにそんな力があるのかと疑問を覚えてしまう程だ。このままでは、香織の体が壊れてしまう。
しかし、離してしまえばそのまま飛び降りてしまうだろう。目の前で死にゆくのを見て余裕が無くなったのか、信じて待てと言う言葉は消えているらしい。それほどに必死で、香織の表情からは、普段の穏やかさが見る影も無くなっていた。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。
「香織! 君まで死ぬ気か! 虚時はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。
「無理って何!? カムラくんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
どれだけ強かろうとも、奈落に落ちてしまえば死ぬだろう……クラスメイト達はそんな風に考えているらしく、誰一人としてカムラの生存を諦めている。騎士団の面々も、悔しげな表情だ。
故に、香織の叫びも、絵空事としか思えなかった。
メルドが仕方なく、香織を気絶させようと近づくが、その前に一人の女子生徒が香織の隣に立つ。
「ねえ、香織。あれぐらいでカムラが死ぬって本当に思ってるの?」
恵里である。何時になく真剣な表情で香織に語りかけると、香織は力を込めるのをやめ、恵里の言葉に耳を傾ける。
「恵里……何を言っているんだ、あの高さで無事な筈が」
「黙っててよ役立たず。香織、カムラに何を言われたか覚えてないの? アイツの事だし、信じて待て、みたいな事言ってたんじゃない?」
「……うん、言ってた」
「じゃあ待ってなよ。カムラは、そうそう約束を破らないよ」
恵里の言葉に頷く香織。泣き腫らした顔だが、何とか吹っ切れた様な、清々しい表情だ。
それを見て安心したメルドは、突然の暴言に放心していた光輝に指示し、脱出を促す。光輝もそれに従い、先頭に立ち生徒達を引っ張る。
しかし。死を目の当たりにして、絶望する者があまりに多かった。良くも悪くも目立っていたクラスメイトの死、先程までの香織の叫びが、確かに生徒達の心を抉っていた。
橋を見つめて茫然自失となる者も、「もう嫌!」と泣き崩れる者も。カムラが奈落に落ちた事は、生徒達に影をもたらしていた。
そんな様子を、幸利は傍観している。親友から聞かされた計画を思い出しながら。
(……やっぱアイツ悪魔だろ……死んだと思わせて絶望を与えるって……並の人間が思い付く事じゃねぇんだよ、あのドSめ)
奈落の底で親友が嗤っている気がした。自分達がいつ死んでもおかしくないと認識させるという話だったが……彼の趣味も入っているだろう。そんな気がしてならない。
(……まあ、今はともかく脱出だな。んで帰って……恵里やメルドさんと話し合えって言ってたな。今後の方針を)
気にしていても仕方ない(気にする必要も無いし、気にしたら負け)ので、カムラの指示を遂行するために、今後の計画を立てる。途中で完全に苦労人ポジに落ち着いた事に気づいて少し絶望した。
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落ちながら、カムラは考える。
(概ね計画通りだったな。あの少年が私ではなく、メルを狙ったのは誤算だったが)
何故、檜山がカムラではなくメルを狙ったのか。それは本人以外に知ることは出来ないだろう。カムラは、メルが目を覚ましたら真っ先に謝るつもりである。
(……香織にも、まずは謝らねばなるまい)
カムラの脳裏には、悲痛な表情で自分を呼ぶ香織が浮かんでいる。
正直なところ、彼女にも死を覚悟しておいて貰いたかったカムラ。最後まで自分を案じてくれていた香織に対し、甘いと断じた。
しかし、甘いと言ったのは彼女の優しさだけではない。
(……この私が、ああまで絆されるとはな……これも人の強みだろうか)
名残惜しいと感じてしまった、自分自身もまた、甘いのだと。
悪い心地はしない。求めていた物が近くなったようで、むしろ嬉しさすら感じる。
今、カムラは確かに、“分かち合える愛情”が、自分の心に芽生えた事を自覚した。
檜山がどうなるかはもうちょいお待ちください。