エヴァの世界にモブとして転生したので楽しみたいと思う 作:黒猫のハロ
前世の記憶を思い出した翌日の朝。
「おはよう綾波さん」
いのいちばんに俺は綾波さんに挨拶をした。
「……おはよう」
そして返ってくる小さな声と赤い瞳。俺はそれに、にこりと微笑んでから自分の席につく。
「……ふふ」
思わず笑みが零れた。仕方が無かろう。あの『綾波レイ』と俺は挨拶を交わし合ったのだ。頬が緩むのは当然である。
よしよし。いいぞ。この調子で行こう。心の中で小さくガッツポーズ。クラスメイト達からの好奇の目線など気にしていても仕方が無いのだ。
そして始まる授業の最中、俺は机の上に広げたノートの上で計画を練り進める。
プロジェクト名は『吉田ハジメ育成計画』。自分で自分を育成するという信念の元、俺は自らの考えを形にするべくノートの上に筆を走らせていく。
まずは目標なのだが、それは既に決まっている。俺は赤いペンでノートの空白にデカデカとその目標を記した。
『ヒロインとお友達になろう』
これにつきる。モブとして転生したと言う真実。これはもうどうあっても変える事はできないだろう。避難警報が鳴ればシェルターに避難すればいいし、サードインパクトが起ころうものなら皆揃ってインフィニティ……のなりそこないにでもなればいいのだ。もはや俺ではどうにもできん。モブだからね。
しかしである。流動的に、風の吹くままに生きるべき俺のモブ人生にも幸せな瞬間があってもいい筈だ。そしてその瞬間こそが、俺の愛してやまないエヴァのヒロイン達との交流……欲を言えばお友達に。という訳である。
「ふぅむ……」
しかしながら、俺のようなモブが綾波レイやアスカといった一癖も二癖もあるヒロイン達と友達になれるのかという疑問。分かっているのはアクションを起こさなければ、友人になるどころか話す機会も無いだろうという事だ。
「……」
ちらりと背後に座る綾波さんを流し見る。無表情で窓の外をぼうっと眺めていらっしゃる。可愛い。
未だに自分の後ろの席に座っているという事実が信じられない。だが、そんな綾波さんと俺は昨日に続き今日も挨拶を交わし合っている。その事実は、モブであっても動き次第ではヒロイン達と交流が持てるという答えを俺に示してくれていた。
したがって挨拶は必須だろう。俺の数少ない交流ポイントの一つだ。それから……あとは……。
「……」
まずいな。名案が浮かばない。距離感を誤ればすぐに変態モブコース確定だろうし。そもそも俺が綾波さんに話しかける度に教室の空気がざわつくのだから困ったものだ。と、そんな事を考えていた時、ひとまず目を向けた黒板の隅に視線が吸い付けられる。
──6月18日 日直 鈴原トウジ。
ああ。今日の日直ってそういやトウジなんだなぁ。という感慨深さを感じつつも、俺の意識は日付に向いていた。
「……6月18日」
思わずそうぽつりと呟く。今まで意識していなかったが、この世界に生れ落ちた以上、忘れてはいけない事がある。それは単純明快『使徒』の存在だ。
「確か……」
アニメ版でいう第3使徒サキエル。その襲来の日が確か2015年6月22日だった……という前世の知識。そして俺が生きていた現実世界で訪れた6月22日に随分とSNSがにぎわっていた記憶がある。だが──
「公式では無い……と」
そう。襲来日とされている6月22日は公式のものでは無く、物語の設定に違和感の無い日付として広まったという事実がある。したがって使徒の襲来日については予測する事ができない。それはつまり、今すぐに来ても不思議ではないという事だ。
「……」
俺はノートに『死なない』とひとまず記入する。絶対条件といってもいい。仲良くなる前に、いや、例えばアスカが来日する前に死んでは意味が無い。
とはいっても相手は使徒だ。渚カヲル君のように言葉が通じる相手ではない。大切なのは、危険に自らつっこまないという危機意識と警報が鳴った瞬間に脱兎のごとくシェルターに滑り込むという覚悟。つまりはモブとしてのプライドなのだ。
空が茜色に染まった。今日1日の学校生活を棒に振って俺はノートに自分の覚えているエヴァに関する知識と、これからの計画を書き記した。その結果、新品だったノートのほとんどが埋まるに至っている。
頭の中にある前世の記憶が突然消える可能性だってあるのだから、この作業に関しては半ば必須といった所だ。
そしてなにより、俺がこれからするべき事を考えられた事が大きい。
「……よし」
という事で、早速俺は計画を実行に移す。
「綾波さぁぁん」
モブらしくへにょへにょなフォームで腕を振り、少し先を歩いていた綾波さんに向かい叫びながら走る。
綾波さんは俺の声に気づいたのか、その場で立ち止まると不思議そうに俺へと視線を向けた。
「……ふへ」
幸福感が胸いっぱいに広がっていく。あの、綾波レイが、俺を待っているのだ! 俺は全速力で綾波さんの元へと辿り着くと、めちゃくちゃ緊張しながらその言葉を口にした。
「一緒に……帰らない?」
俺のその言葉はとても意外だったようで、いつもは無表情……いいや、クールといっていい綾波さんの顔、その瞳が少しだけ大きくなる。なった、気がする。
「……そう」
綾波さんはそれだけを言うとトコトコと前へと歩いて行く。俺はというとその言葉の意味を読み解こうと必死に頭の中を回転させていた。
『そう』……つまりは……良いって事だよな? そうだよな?
「……くっ」
恨むべきは……俺がモブだという事。自分に自信がもてやしない。いいや、俺はつまり、綾波レイに迷惑はかけたくないのだ。モブだからね。本来は家に帰ってご飯食べて寝とけばいい訳だし。
と、無い頭で悩んでいると、綾波さんが立ち止まり、俺へと振り返る。
「「……」」
重なる視線。少しして綾波さんは不思議そうに小首を傾げた。
「……っ!」
俺が確信を持ったのはこの時だ。
「…………いば……いぎまずぅ」
流れ出る涙を腕で拭いながら俺は綾波さんと下校を共にした。
「「…………」」
互いに、無言。いいや、こうして肩を並べて歩いていられるだけで幸せではあるのだが。
「明日って晴れますかね?」
「知らない」
「そういえば綾波さん、お弁当とか昼に食べないんですか?」
「食べない」
……ご覧のとおりである。とはいっても、実は予想通りでもある。逆に流れる様に会話が続くなんて事になったら何人目の綾波レイなのだろうと、深淵を探るはめになっていたと思う。
それからしばらく綾波さんと歩いていると、突然車のクラクションの音が鳴る。何事だろうと周囲に視線を巡らせていると俺達の横につけるようにして一台の黒いセダンが停車した。
ウィーンと窓が開いていく。そして俺は息を飲んだ。いや、驚いているのはどうやら俺だけではない様で。
「「…………」」
重なる視線。互いに目を見開きながら、沈黙した。
俺は堪え切れずにポツリと零す。
「赤木……リツコさん」
「え?」
更に驚いた様子のリツコさん。どうしたのだろうと考えを巡らせていると、自分のおかした失態に気づく。
やっべ……なんでモブの俺がリツコさんの名前を知ってるんだよ。過去に会っていた、なんて記憶も俺には無い。
案の定俺に怪訝そうな視線を向けるリツコさん。俺の背中を冷たい汗が伝う。
「……レイ、この子は?」
「……クラスメイト」
「そう……名前を聞かせてくれるかしら?」
リツコさんの視線が俺を射貫く。それにしても美人だなぁ……なんて的外れな事を思いながら、俺は告げる。
「吉田ハジメです」
モブです!
「そう……吉田ハジメ君ね。覚えておくわ。レイ」
名前を呼ばれた綾波さんは一度小さく頷くと、俺に視線を向けてくる。どうしたのだろうと不思議に思っていると、小さな声で──
「さよなら」
そう言い放ち、後ろの席に乗り込むと、黒いセダンと共に遠くへと走り去っていった。
俺は叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおお」
さよならなんて嬉しい事言うなよ! いや、めちゃくちゃ嬉しい! 綾波が俺に挨拶を! それにリツコさんは言った。『覚えておく』と。
「し、幸せすぎる……」
恐らくモブ選手権なんてのがあるなら、幸福部門で俺がぶっちぎりの優勝である自信がある。間違いなく今日、世界で一番幸せなモブは俺だろう。
「……へへ……ふぅ」
だが、浮かれてばかりもいられない。前世の記憶がある分、口に出す言葉はよく吟味しなければならないだろう。さっきのリツコさん、めちゃくちゃ驚いてたしね。
だが、確信できる事もあった。俺の行動次第で、ヒロインと仲良くなることは──
「可能だ」
俺は両の手を強く握りしめながら、茜色の空を仰ぎ見た。
西暦2015年、人類の明日を守るため、汎用人形決戦兵器エヴァンゲリオンが今、出撃する! ニヤニヤとだらしなく笑うモブの運命とは!「エヴァの世界にモブとして転生したので楽しみたいと思う」 第惨話『使徒、襲来にビビるモブ』
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