Side:鈴木次郎吉
部下に指示を出し終えた儂は秘書を退室させて一息つく。
すると不意に気配を感じたので目を向けると…そこにはゴルゴ13の姿があった。
「鈴木財閥の警備をすり抜けて儂の部屋に来るとは流石じゃな。依頼の件で来てくれたのじゃろう?まぁ、腰を掛けてくれい。」
そう言ってソファーをすすめたのだが、ゴルゴ13は壁を背に寄り掛かるだけで腰を下ろさなんだ。
ふふ、流石の用心深さじゃて。
並の者なら無礼と感じるこの対応も、ゴルゴ13がやると妙に様になって気にならぬ。
「あの御二方からあらましは聞いておるか?」
「…あぁ。」
「改めて依頼内容を伝えるが当日の姪の園子の護衛を依頼したい。可能であれば姪の友人に対しても同様の内容で頼む。」
「…依頼の理由はハワード・ロックウッドの一件が絡んでいるか?」
「っ!?」
気付くか…流石じゃな。そうでなくては。
「少しばかり阿漕に稼ぎ過ぎたようでな。方々から逆恨みされておる。海外は粗方片付けたんじゃが、国内にはまだ少しばかり跳ね返りが残っておるでのう。」
「…利で懐柔したか。」
「その通りじゃ。」
一流は話が早くて良いわい。
二流は察するのに時間が掛かり、三流では気付くことすら出来ん。
もっとも、そういう連中がいるからこそ勝ちを拾う事が出来るのじゃがな。
「後は義理やら面子やらで転ばぬ面倒な連中ばかりでな。儂の所にそういった奴等が姪を狙っとると情報が入っての。ならば姪を一度襲わせて、それを出汁に奴等を潰す大義名分とするつもりじゃ。」
「…囮か。」
「そうじゃ。どれほど警戒しても狙われるのならば一度で済ませる。そして万が一を考慮して御主に依頼したい。」
儂はテーブルの上にアタッシュケースを二つ乗せる。
そして開けて中を見せようとしたのじゃが…。
「…ゆっくりだ。」
いつの間にかゴルゴ13は拳銃を構えておった。
喉の渇きを覚える程の緊張が、儂に生を実感させる。
指示通りにゆっくりと開けてアタッシュケースの中を見せる。
「二億ずつ入っておる。園子とその友人の護衛に一億ずつ。残る二億は、御主の流儀に沿わぬ依頼の迷惑料じゃ。」
ゴルゴ13は拳銃を懐にしまい近付いてくる。
そしてアタッシュケースの一つを手にしたゴルゴ13は、儂に一瞥もくれずに去っていった。
「依頼料以外は受け取らぬか…利を貪ろうとする連中に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいじゃな。」
秘書に残ったアタッシュケースの対応を指示すると、儂は葉巻に火を着けて煙を燻らせる。
「先ずは一安心。」
姪には悪いが…鈴木財閥の者ならばこういった事は付き物となる。
権力、財力、種類は違えど力を持った者の宿命よ。
そういった苦労も知らず世の者は平等を謳って利を奪おうとしてくる…くそくらえじゃ!
じゃが社会の中で生きるならばそれなりに配慮せねばいかん。
上辺だけでも平等に見せ、不満は持たせても怒らせぬ様にな。
その塩梅さえ間違えねばよい。
短くなった葉巻を揉み消し、ソファーの背凭れに身を預ける。
「…くははっ。」
思わず笑いが込み上げてしまった。
かつては怪盗キッドと工藤優作の対決に夢中になった儂だが、今ではあんなものは児戯にしか感じられぬ。
所詮は安全圏の中のお遊びよ。
「火遊びを楽しむ様な歳でもあるまいに…。」
いや、残り少ない余生だからこそ熱く生きたいのじゃ。
この老骨を燃やし尽くす程に。
「後始末は史郎にやらせるか。あれにも鈴木財閥を率いる者として、色々と経験させねばな。」
後は園子じゃが…あれの気質は儂に近い。
それに次女だからこそ自由に動ける。
儂の後釜として期待するにはまだ早いが…先が楽しみじゃわい。
◆
Side:阿笠博士(あがさ ひろし)
「阿笠さん、少し休憩しましょうか。」
宮野…いや、灰原夫人に誘われコーヒーを楽しむ。
うむ、美味い。
数年前まではインスタントコーヒーがせいぜいじゃったが、デューク・東郷君と契約してからは焙煎した豆を挽いて淹れたものを飲んでおる。
この味を知ってしまってはインスタントに戻れんわい。
ふと腰回りに手を当てると、肥満の象徴だった腹がだいぶへこんだ事に気付く。
随分と健康的になったもんじゃ。
「灰原さん、例の物のデータはどうですかな?」
「東郷さんと峰さんのデータを見るに、効果はほぼ定着した様ね。今解毒剤を飲んでも元には戻らない可能性が高いわ。被験者が二人だけだから確実とは言えないけど、およそ三年程で完全に身体に定着して、再度の使用が可能になりそうね。」
APTX4869…それが例の物の名称じゃ。
これは一言で言えば若返りの薬。
人類の夢の一つを実現する薬じゃ。
じゃが世の中はそう上手い話ばかりではなく、APTX4869には服用者を死に至らしめる程の強い毒性があった。
今儂達がしている研究はその毒性を可能な限り弱める事。
完全に毒性を消さぬのはその毒性が若返りの効果と密接に関わっており、毒性を完全に消してしまうと若返りの効果も無くなってしまうからじゃ。
先程も思ったが、世の中そう上手くはいかんもんじゃな。
「阿笠さん、コーヒーのお代わりはいかが?」
「いただきましょうかな。」
灰原夫人がキッチンに向かうのを見送ると、儂は数年前の事を思い出す。
数年前のある日、デューク・東郷君がアタッシュケースを手に灰原夫妻と共に儂の所にやって来た。
彼は一言、儂を雇いたいと言って手にしていたアタッシュケースの中の一億円を見せてきた。
儂は目を疑ったよ。
無名の発明家に渡す様な金額ではなかったからな。
事情を聞くと灰原夫妻は所謂訳有りで、二人の研究を続けさせるには大きな所は却って良くないと言われた。
儂も発明家…科学者の端くれとして二人の研究に興味を持ったが、人に仇なす物を作るのに協力するつもりはなかった。
だが研究している物を聞いてみれば、灰原夫妻が研究していたのは人類の夢の一つを実現する薬じゃった。
更に東郷君が儂に依頼してきた研究がクローニング技術。
クローニング技術が確立されれば、世の臓器移植の順番を待っている人達を救えるとあって儂の心は揺れた。
揺れる儂に東郷君は一つのデータチップを差し出してきた。
中のデータを拝見すると、クローニング技術の実用化が不可能なものではないとわかってしまった。
そして提示された雇用内容にも何一つ不満はなかった事もあり、気が付けば儂は東郷君と契約を結んでいた。
それからは研究の虫になった。
発明家としての功名心が無かったと言えば嘘になるじゃろう。
そして数年掛かりでクローニング技術の研究が実用段階にまで進んだのじゃが…そこで待っていたのは絶望じゃった。
人類の夢の一つを実現…言葉にすれば甘美なものじゃが、人類社会はその夢を受け入れられる程に成熟していなかったのじゃ。
この技術が世に出れば奪い合い、殺し合いが当然の様に起こり、更に人々の間に格差が目に見えて現れる様になる。
発明家として全力を尽くした結果、儂は世界中に争いを生みかねない技術を形にしてしまったんじゃ。
心の底から絶望した儂は酒に溺れた。
だが酒に溺れながらも彼からの依頼は続けた。
そして彼の依頼でとある人物の細胞を培養して造った眼球を彼に渡そうとした瞬間…儂は倒れた。
酒と肥満が原因の心筋梗塞だったそうだ。
争いの元となるあんな技術を形にした罰が降ったのだと思った。
じゃが…儂は病院のベッドの上で目覚めた。
助かった理由は、クローニング技術の実証実験で儂の細胞を使って造った儂の心臓を移植したからだそうだ。
あの時の儂は気付いてなかったが、彼は医者を連れていたんだとか。
それもただの医者ではなく、CDの表面に印字された微かな凹凸に触れるだけで文字を解読出来る程の触感を持ち天才と謳われる医者が。
目が覚めた儂にその先生は言ったよ。
儂が形にしたあの技術は、間違いなく一人の人間の命を救ったと。
その言葉を聞いた儂は年甲斐もなく号泣した。
それからの儂はまるで憑き物が落ちた様に爽やかな気持ちで、また発明や研究に打ち込む事が出来るようになった。
儂は右手を左胸に当てる。
力強い鼓動が儂に命を感じさせてくれる。
儂のクローニング技術が命を繋いだ…それが誇らしかった。
「もう少し休憩したら、APTX4869の研究を再開するとしようかのう。」
どんな技術や道具も争いの元になったり人を救えたりする。
要は使い手次第なんじゃ。
ならば憂うことなく、儂はただ物造りを楽しんでいけばいい。
それだけでいいんじゃ。
なんせ儂は救世主でも革命家でも無い…ただの発明家なんじゃからな。
「それともっとダイエットもせんとのう。健康にならなければ若返れん。儂はまだまだ物造りを楽しむぞぉ!」
争いの元になりうる技術を形にしておいて懲りておらんと思うかもしれんが…あれは人を救う技術にもなるんじゃ。
少しぐらいご褒美として若返ってもいいじゃろ?
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。