まぁ、そのあれです。
執筆感覚を鈍らせたくなかったという事で許してクレメンス。
Side:工藤優作
旅行の滞在先で小説の執筆を進めていると不意に電話が鳴った。
僕が旅行に出かける時に連絡先を教える相手はそう多くない。
故に僕に連絡をしてくる相手は、連絡先を教えた友人や知人達の中の1人の可能性が高い。
そしてその友人や知人達の中から僕に連絡をしてくる相手は……。
僕は手を伸ばしている間に推理を進める。
そして受話器を取ると相手に声を掛けた。
「やあ、小五郎君。何か用かな?」
『おい優作ぅ!てめぇの息子をなんとかしろぉ!』
やれやれ、驚かせる為にした推理が無駄になったな。
それはそれとして……小五郎君のこの様子はただ事じゃない。
彼の一声から新一が何かをしたのは察する事が出来る。
しかし……何をした?
僕達との約束を破って事件現場に行き、そして事件を推理しただけではこうはならない筈だ。
僕は新一の身になにが起こったのかを推理する。
現場を荒らしてしまった……これは可能性が低い。
先年、新一をハワイに連れていった時にヘリの操縦や銃の扱いと共にそこら辺も厳しくレクチャーしている。
更に新一が真剣に探偵を目指しているという要素も合わされば、現場を荒らしてしまうというミスを起こす可能性は限りなく低くなるだろう。
僕の推理が身内贔屓で鈍っていなければだけどね。
他に可能性があるとすれば……関わるべきでない事件に関わった?
そう考えた瞬間に、僕の脳裏にとある人物の姿が思い浮かんだ。
小五郎君の第一声でのあの剣幕……。
確証はないが確信があった。
確証もないのに確信するのは、推理小説家としてはあってはならない事だろう。
だが僕は小五郎君に問い掛けていた。
「小五郎君、新一は【例の人物】が関わっている事件に関わったんだね?」
『……あぁ。』
そうか……新一が【彼】が関わった事件に……。
「わかった、新一についてはこちらで対応するよ。おそらくだけど、新一の次の長期休みは潰れる事になるだろうね。有希子の付き人で。」
『それで反省すりゃいいんだがな。』
「そうだね。ところで小五郎君、事件現場の状況がどうだったのか聞いてもいいかな?」
そう問い掛けると彼の怒声が飛んでくる。
『バカヤロー!お前もいい加減にしやがれ!次は警告じゃすまねぇぞ!』
「心得ているよ。絶対に口外しないし、小説のネタにもしない。安心してくれ。僕は有希子を未亡人にしたくないからね。」
僕が小五郎君を名前で呼ぶ様になったのは、小五郎君が僕と同様に【彼】から警告を受けたのを知ってからだ。
それ以来、小五郎君とはこうして連絡を取り合う仲になっている。
有希子と英理さんの仲もいいしね。
『優作……すまんが俺の口からは言えん。』
「まぁ、そうだろうね。期待はしてなかったよ。」
『バカヤロー、だったら言うんじゃねぇ。』
「ははは、新一が掛けた迷惑共々謝罪するよ。迷惑料はウィスキーでいいかい?」
そう問い掛けると小五郎君が少しの間を置いてから答える。
『いや、英理が好きなワインにしてくれ。』
「交渉成立だね。それじゃそろそろ失礼するよ。さっきまで聞き耳を立てていた有希子が、日本への帰り仕度を始めているだろうから手伝わないとね。」
『おう、じゃあな。』
小五郎君との話を終えて受話器を置くとコーヒーで喉を潤す。
「やれやれ、血は争えないか。」
新一は今頃、必死になって犯人像を推理しているだろう。
僕が初めて彼を……【ゴルゴ13】を知った時の様に……。
僕が初めてゴルゴ13を知ったのは、鈴木財閥の相談役が主催したとあるパーティーに出席した後だった。
相談役はそのパーティーで700カラットものダイヤモンドを披露する予定だったのだが、そのダイヤモンドを盗むと怪盗キッドから予告があった。
僕が招かれた理由はキッドとの因縁があったからだろう。
他にも理由があったのかもしれないが、当時の僕はキッドがどの様にダイヤモンドを盗むかを推理するのに夢中で、他の事に思考を割くのを疎かにしてしまっていた。
だからこそ、あの事件が起こる事を予測出来なかったのだろう。
……いや、あれは予測出来る様なものではない。
なにせ700カラットものダイヤモンドが、たった一発の銃弾で四散してしまったのだから。
その一件は僕とキッドの勝負が佳境を迎えた時に起きた。
キッドが僕の推理通りの行動でダイヤモンドを盗み、後は手筈通りのタイミングで彼を捕縛するだけという状況。
そんな時に起こった。
キッドが得意気に掲げていた700カラットのダイヤモンドが、彼の手の上で四散してしまったんだ。
世界最高硬度の鉱物であるダイヤモンドが砕け散った光景はとても幻想的で、それでいてとても信じ難いものだった。
僕達とキッドはその光景に数秒間固まってしまった。
そしてその数秒が僕達にとって致命的なミスとなる。
一早く気を取り戻したキッドが逃走を開始すると全てが手後れとなり、僕達は千載一遇の好機を逸しキッドを逃がしてしまったんだ。
その後、僕は持てる全てを使って調べた。
あのダイヤモンドをたった一発の銃弾で砕いた人物を。
そしてわかったのは鈴木財閥の相談役がダイヤモンドを入手した経緯と、あの狙撃を成した人物…正確にはあの狙撃を成せるであろう人物の情報だ。
先ずあのダイヤモンドを鈴木次郎吉…相談役が入手した経緯だが、あのダイヤモンドは元々はイギリスのとある貴族が所有していたものだった。
そのとある貴族は保険引き受け人だったのだが、多額の保険金支払いで泣く泣くダイヤモンドをオークションに出品する事になった。
だがそのダイヤモンドは彼の知人であるイギリス貴族が落札する事で話が纏まっていた。
多額の金銭の譲渡で発生する贈与税を避ける為に仕組まれた、所謂出来レースだったんだ。
その出来レースのオークションに相談役が横槍を入れた。
ここからは僕の推理になるが……相談役に横槍を入れられた事で面子を潰された件の貴族が依頼したのが、あのダイヤモンドの破壊だったのだろう。
そしてそのダイヤモンドの破壊を依頼されたのが……あの狙撃を成せるであろう人物として名が挙がった【ゴルゴ13】だ。
あのダイヤモンドの破壊は報復としてはとても優雅な形だった。
ある意味でとても貴族らしい報復の仕方だろう。
これらの事を知った僕は夢中になってゴルゴ13の事を調べ、そして推理していった。
キッドの事が頭から消えてしまう程に。
僕やキッドの行動を読み切った頭脳、そして狙撃を成功させた技術と精神力。
あの一件でゴルゴ13がしたであろう行動の推理を進めれば進める程に僕は感動と興奮に包まれ…気が付けば万年筆を手に取っていた。
彼について僕が推理した有らん限りを書く為に。
自分でも驚く速さで執筆が進んでいた。
あれ程の速さで執筆が進む事は二度とないだろう。
そんな僕の手を止めたのは一発の銃弾だった。
銃弾が僕が手にしていた万年筆のペン先を破壊したんだ。
驚愕の余り固まる僕の目に映っていたのは、破壊されたペン先から飛び散ったインクが僕と原稿用紙を黒に染める光景。
その目に映るインクを血と錯覚したその時…僕は察した。
理屈ではなく本能で。
僕も所詮は表側の人間に過ぎなかった事を。
どれだけ僕が緻密に推理を練り上げて彼を追い詰めたと思っても、彼にとっては一発の銃弾があれば事足りる程度の遊戯に過ぎなかったんだ。
僕は書き上げていた原稿と彼について調べた資料を、銃弾が撃ち込まれた窓から見える様に燃やした。
そしてハッキリと口を動かして彼に誓った。
二度と彼について書かない事を。
彼について調べた事や推理した事を口外しない事を。
僕の誓いが認められたのか二度目の銃撃はなかった。
それ以来、僕は一線を引いて事件にはなるべく関わらない様にしている。
時折事件の捜査に協力する事もあるが、そういう時は極力表に出ない様に注意している。
まぁ、新聞等で事件を目にする度に推理をするのは変わらずにしているけどね。
これは僕の生き甲斐であり生き様であるから仕方ないだろう。
そういえば……僕が一線を引いた頃にキッドも引退を表明していたな。
ライバルである僕が一線を引いたからと考えるのは自惚れだろう。
おそらくはキッドの引退にも彼が何らかの形で関わっていると考えるのが自然だ。
それがどういったものなのかを知りたいと思うが…調べれば今度こそ僕は命を失うだろう。
残念だが諦めるしかないな。
「あなた。」
思考の海に沈んでいた僕の意識は有希子の声で引き揚げられる。
「あぁ、もう帰り仕度は終わったのかい?そんなに時間が経っていたのか……気付かなくてごめん。」
「別にいいわ。推理や考え事を始めるとあなたはいつもそうだもの。子供の様に夢中になって周りのことが見えなくなってしまう。まぁ、そんなあなたも愛しいのだけどね。」
有希子の言葉に僕は苦笑いをするしかない。
こんな子供染みた僕を変わらず愛してくれるのは彼女ぐらいだろう。
彼女と出会えた幸運に感謝しなければならない。
「さぁ、日本に帰りましょう。約束を破った新ちゃんにお仕置きをしなきゃいけないもの。」
「ふふ、そうだね。」
原稿を鞄に入れて立ち上がった僕に有希子が一言放つ。
「あなた、【彼】に夢中になるのは構わないけど、たまには私を構ってくれないと妬いちゃうわよ?」
そう言いながらウインクをする有希子に一瞬見惚れてしまう。
これだから僕の奥さんはたまらない。
平凡な日常に驚きと胸のときめきをくれるのだから。
「おやおや、それは大変だ。なら僕は君に妬かれない様に頑張らないとね。」
そう言いながら彼女を抱き寄せて唇を重ねる。
「残念だけど、これで誤魔化されるほど私は安くないわよ?」
「はぁ……降参だ。今度の旅行先は君が決めていいよ。」
「ふふ、交渉成立ね。」
以前までの僕はスリルの無い日常を退屈に感じる事から、自身を性格破綻者だと思っていた。
だがゴルゴ13にペン先を狙撃された事で気が付いた。
僕はスリルに酔いしれる僕自身に酔っていただけの子供だったんだと。
その事に気が付いてからはこういう平凡な日常にも幸せを感じられる様になった。
そう、それでいいんだ。
平凡な日常を送れるのがなによりも幸福な事なのだから。
そして平凡な日常の中でも推理をする事は十分に出来る。
態々危険に身を投じる必要なんてないんだ。
その事に新一も早く気付いてくれるといいんだけどね。
僕がハワイで教えたことなんて使わないのが一番だ。
……いっそのこと教えない方がよかったかな?
でも新一の性格を考慮すれば、教えておいた方が身を守れる可能性が高いと思えてしまうのが困りものだね。
さて、それじゃそろそろ息子の説教に向かおうか。
たまには親らしい事もしないと。
新一、早く気付けよ。
あの可愛い幼馴染みに愛想を尽かされてしまう前に。
その後、僕達夫婦は日本への帰路についた。
そして久し振りに再会した新一に約束破りの罰を伝えると、長期休みが潰れる事を察した新一が深く項垂れたのだった。
小五郎同様に工藤優作も拙作では変化しております。
それと今話内で触れておりますが、初代怪盗キッドこと黒羽盗一は拙作内では生きております。
そちらの話に触れるかは今後の展開次第ですね。
9:00にもう一話投稿予定です。