雪国と称されたキルクスタウンは既に降雪エリアと言われるほどに、寒さが和らいでいる。ガラルの発展とともに温暖化が進み、かつては道端の瓦礫のように溜まっている雪塊も、踏みしめられた柔らかい雪に変わっている。
その町にあるジムも同様であった。かつては熱気よりも寒さが勝ち、観客は皆上着を着ていた。しかし、今はジムのサポーターユニフォームのみを着ていても試合後は熱くなって汗で湿るほどである。
その熱の中心に、スーツを着ればどこかの企業の重役か代表とも言える出立ちの中年マクワと、ジムミッションに挑みとあることを聞こうとたどり着いた少年がいた。
「ホップの息子だけはありますね。なかなかの根性です」
どこか煽るような表情でマクワはホープを見据える。
「…そのことで聞きたいことがあるぞ!」
「おや?なんでしょうか」
「親と比べられるとマクワさんはどう思うんだ?」
「…ビート君よろしくクイズ形式でいきましょうか」
親がリーグ準優勝、それも無敗の女王と呼ばれるユウリの世代で、かつポケモン博士であるホップを親にもつホープ。対するは氷タイプのジムリーダーを母とするマクワは、懐かしいものを見て問答する。
「ポケモンの知識を褒められるときは?」
「「さすがメロン(ホップ)の息子」」
すかさずホープも同じ質問を返す。
「バトルで勝ったときの相手の子のセリフは?」
「「親がジムリーダー(ポケモン博士)だから勝てるんだ」」
「ハハハ、君はよく似ている。しかし、僕とは少しそれを煩わしく思っていないようだ」
「環境ってやつもあるからな!」
「最近の子は変に水っぽいなあ」
「現代っ子て言ってほしいぞ!」
「じゃあそんな水ものが焼け石に当たった時、どうなるか教えてあげましょう」
お互いにボールを構え、審判の声と同時にポケモンを繰り出す。
「行きなさい!イワパレス!」
「行くぞ!ルンパッパ!」
水流と土石流が混じり合うスタジアムに二人、端末に夢中になっている人間がいた。
オリーヴとネズである。その雰囲気は試合が彼らにとってつまらないものではなく、それ以上にその端末に入力される文章が重要であった。
『バックナイト、それは書いた通り戻りの夜。ブラックナイトが未来に希望を渡す夜であるならば、バックナイトは過去に希望を押し付ける夜』
ネズはピッタリと唇を閉じたオリーヴを見遣り、自身も端末に入力し、筆談に移る。
『聞いてる限り過去に戻る方法ですかね。ムゲンダイナのエネルギーがあれば可能かも知れませんが、狙った時間・空間はどうするんで?』
『伝説のポケモンを使います。セレビィ・ムゲンダイナがこの計画の鍵となっています』
セレビィとムゲンダイナという単語にネズは訝しむ。おおよそ途方もないエネルギーと時渡りの性質を用いた物であろうと推測されるが、それよりも単純なものがある。
『シンオウ地方の神話に出てくるディアルガ・パルキアを用いれば、時間・空間を自由に扱えるのでは?』
『あの2柱は力が強すぎて制御ができる可能性が低いのです。かつてシンオウ地方のとあるトレーナーが1柱を手中に置いた記録がありましたが、それは様々な要因があり、かの1柱が捕まえる許可を気まぐれに出したからです』
『つまり捕まえる機会さえないと』
『その通りです。そこで利用するのがセレビィです。並行世界とはご存じですか?』
『ええ。とある事件で知りましたよ。よく絵物語でもありますね。とある分岐点を以っていくつもの、もしかしたらの世界のことですね』
『ええ。ここで問題なのが、過去に戻った場合、改変がある世界と改変がなかった世界が生まれ、本質的な救済ができない…という問題です』
オリーヴは手首を休ませるように掌を振り、ホープの方を見る。
『しかしセレビィはそれを無視できます。今まで観測されたセレビィは未来でつけた傷を過去に古傷として存在していたのです』
その単語にネズは思考を巡らせる。オリーヴの荒唐無稽な話を真摯に聞いているネズは一つの結論に行き着く。
『セレビィは平行世界を選べる存在ってことですか?』
『違います。セレビィが通った道が世界の本筋となるのです。その後の世界は木の枝のように他の世界と融合したり、細くなって消えます』
『その節が立証される材料はなんでしょうかねぇ』
『ダイマックスアドベンチャーです』
ネズの手が止まる。ダイマックスアドベンチャーは、冠の雪原に存在する不思議な巣穴を探検・調査することの総称を表す。現状、出現する殆どの伝説のポケモンは、有利によって捕獲・戦闘不能にしている。
『ダイマックスアドベンチャー出てくるのは伝説のポケモンですが、いずれも各種地方の伝説のポケモンと比べて弱い。それも人の手で収まる範囲に。それはなぜか。一般的に伝説のポケモンというものは各々の権能を有しているとされていますが…
怒涛の勢いでオリーヴはスマホロトムをタップし文字を入力する。元々が研究者であり、理屈屋な彼女からすれば、1から10までの説明をしなければ済まないが、音楽というフィーリングを知識と経験で舗装する思考のネズは自動音声の読み上げよりも早く作成される分に目をチカチカさせていた。
…以上が仮説:劣化同位体理論と権能と世界構築の追従性に係る考察とその理論を応用した時間軸の変性計画です』
数十分間無呼吸で喋り続けられたような内容をネズは何度もスクロールし、それを確認する。
『つまり、
1.この世界が並行世界の本筋と確定するためにセレビィを獲得
2.セレビィと共に時渡りをし、ムゲンダイナのエネルギーで、時渡り途中で本筋にならなかった過去に無理やり到達する
3.到達したことにより、到達した過去と本来の過去が融合する
4.融合の際、ムゲンダイナのエネルギーを使い、到達した過去のエネルギー量を多くすることで、本筋の過去より優位に立ち、結果到達した過去に合わせて未来が変わる。
ということですかい?』
『概ねその通りです。』
理解したネズは大きくのけぞり、こけたほおをなぞる様に、顎を撫でる。
(リスクが大きすぎる)
ネズの第一印象はそれであった。話自体荒唐無稽ではあったものの、過去を変えるという方法はポケモンを使えばなんとかなるというのがこの世界でまことしやかに言われている。
特に、キルクスタウンと同じ雪国であるシンオウ地方には、過去にタイムスリップした少女が存在するという伝承があり、それを裏付ける珍妙なデザインのスマートフォンのようなものが発掘されている。
しかし、失ったものを取り戻すには失敗のリスクがある。
試行回数が限られるリスクがある。次元に穴をあけるほどの力を持ったムゲンダイナなど、ブラックナイトを知っている人間からすれば、「あり得なくはないが一度しか使えないであろう」というのが結論だ。以下に莫大にエネルギーであろうと、ムゲンダイナに特別な権能はない。あくまで利用方法が莫大なエネルギー源であり、その利用もムゲンダイナの状態から鑑みれば、再利用出来るほどの回収効率はない。
ムゲン団の目的が過去を改変し、失ったものを取り戻すことであると、ネズ独自の調査からわかっていた。ムゲン団の高額出資者の殆どの出資財源が遺族年金であったり、保険金、はたまた到底本人が収集しないようなコレクションの売買益であったことから考えられた。
しかし、今の話からすれば、目的に対して方法が杜撰すぎるのだ。
パルキアとディアルガ双方のポケモンを使えば、死者がいなかった世界を作るのは簡単で、時間と世界の境界から操作でき、直接過去に触れずに世界を選べる。
しかし、ムゲン団の方法では、バタフライエフェクトを期待するような形で、確定はしていない。しかも一度だけのチャンスである。
よほど一つの可能性を潰せば、思った結果が出てくるという場合のみしか、過去が変えられない。
「あんたらあ、本気でムゲン団全員を救う気はねえな」
「ええ。出資者の方々はあくまで協賛者ですから」
「なるほど…」
些細な願いのためにここまでの人を巻き込む。その執念深さとそれを許す幹部たちにネズは絵も言われぬ恐ろしさをムゲン団のマークから感じた。