ターフタウン編
『ターフタウンとヤロー:すり鉢状の田園が広がる風景は、見るものを圧倒する。農耕にも多種多様のポケモンを使う。ドリュウズやディグダがその例で、くさタイプのポケモンはむしろ農作物のエネルギーを吸い取るため、テッシードやナゾノクサは天敵になる場合もある。
にもかかわらず、農家であるヤローがくさタイプを使うのは一重に作物とくさタイプを愛しているからに他ならない。
その愛の深い性質のせいでジムチャレンジャーを突破させてしまうと、まことしやかに言われている。
しかし彼もジムリーダーであり、チャンピオンリーグでは弱点のタイプを専門にするカブに引けを取らない点、甘えと才能が見えないチャレンジャーが脱落している点から、これ以上進むと一生のトラウマを持つかもしれないというトレーナーのみを選別している印象がある』
マクロコスモスの子会社であるマクロコスモスゴシップという出版社から出ている雑誌形式の解説付きのタウンマップに目を通しながら、ホープはターフタウンの入り口に立っていた。
街の窪んだ中心に立つジムと、地上絵、立ち並ぶ石碑は、何かの儀式の後のような印象をホープに与える。
「なんだか人が多いな」
その石碑の一つに、人だかりが出来ている。ジムチャレンジ期間といえどその年齢層は広く、地元住民も集まっていることから、何か特別なことが起きているのは間違いなかった。
ホープはそれに近づき、野次馬の1人に声をかける。
「何が起こってるんだ?」
「哀愁のネズがゲリラライヴしてるんだ!」
「そうなのか!?」
哀愁のネズ、かつてのスパイクタウンのジムリーダーでありアーティストである。あくタイプの使い手とあり、見た目はパンクでダーティだが、蓋を開ければ純情を力強く歌うことや、バトルに真摯な点から、多くのファンを抱えていた。
20年前に引退して以降、アーティストとして活動を行なっているとホップから聞いた。
目の前の痩せぎすの男は、骸骨のような印象を与えるが、観客は聞き入っている。ちらりと流れる音楽は、ロトムスマホからつながったスピーカーという音質にも関わらず、完成された音楽であると認識させる。
「…ヒトが集まり過ぎましたね。それでは今日はここまで、ネズのライヴにアンコールはないんで」
そう言って大きな空き缶を置き、折り畳みの椅子に座り込む。観客たちは小銭を空き缶にいれる。人の波が過ぎた後は空き缶は一杯になっていて、溢れた小銭がその下の紙幣の重石になっているほどだ。
ネズは特に感情もなくそれを麻袋に入れる。ホープはそれに近づき、ネズの顔を見る。ダンデやホップが見せた写真とは異なり、髪はばっさりと肩口まで切られ、目はメイクかは不明だが、不健康そのものである。
かつてはユニフォームを着ていたが、いまは何故かムゲン団のTシャツを着ている。
「そのTシャツって」
「ああ、これですか。まあユニフォームも着れねぇんでちょうどいい感じだったか…」
顔を上げてホープの顔を見るネズはその表情を驚愕に固める。
「驚いた。ホップそっくりじゃねぇですか」
「父さんを、知ってるのか?」
「…まあ、前チャンピオン弟で現チャンピオンのライバルでしたからね」
小銭を集める手は止まり、猫背のままホープの顔を見ながら話し始める。
「父さんは強かったのか?」
「まあ強かったですね。現チャンピオンがいなければチャンピオンになっていたかも…というくらいには」
「そんなに強かったのか!」
「なにせザマゼンタを素手で手懐けた豪傑ですからね」
ホープの知らない父の姿に驚くとともに、チャンピオンについても興味が湧いてくる。すでに観客はおらず、2人が会話しているのみとなっている。
というのも、ネズがアンコールをしないのは現役時代からであり、それ以上待とうと何をしようとパフォーマンスをしないスタイルが定着しており、それを知らないホープだけが残ったため、このような会話が成り立っている。
「さて、未来あるジムチャレンジャーに枯れたおじさんの話も長いでしょうからお暇しますよ」
「なあ、ネズさん!バトルしよう!ジムリーダーだったんならポケモン持ってるんだろ!」
「…良いですよ。ポケモンはお互い1体で」
「いくぞ!レドームシ!」
「…タチフサグマ」
お互いボールからポケモンが繰り出させる。ホープはサッチムシが進化した形である装甲を被ったような印象を受けるレドームシ、一方ネズはガラルジグザグマの最終進化系であり、発達した筋肉と鋭利なキバを、狡猾な表情で映させるタチフサグマである。
「レドームシ!むしのていこう」
「タチフサグマ、ブロッキング」
ブロッキング、タチフサグマ専用のガード技であり、ありとあらゆるものから筋肉の膨張と覇気で跳ね返す豪胆な技である。レドームシの発した周波も、それに吸収される。
しかし、一気に覇気を放つために連続で行うことは難しい。
「もう一度むしのていこう!」
「タチフサグマ、ずつき!」
レドームシは体を震わせて周波を全方向へ放つ。サッチムシの頃とは違い、反響させる甲殻に包まれているため、全方向へ周波を出すことによって回り込まれる心配もなかった。
そのことを知っているかのようにタチフサグマは真正面からレドームシの周波を受けながらも接近し、掴みかかる。
「レドームシ!」
まるでボール拾いのようなレドームシを持ち上げると、そのままひたいをのけぞらせ、その反動を最大限使ってレドームシに頭突きを当てる。
レドームシは守りに徹したタイプのポケモンであり、三段階で進化するバタフリー等と同じ蛹に相当するポケモンだ。並大抵の攻撃では倒れない。しかし、相手は元ジムリーダーにして、ジムチャレンジ用に調整されたものではなく、本来のパーティであり、甲殻が割れるかと思うほどの衝撃を受ける。
しかし、レドームシは瀕死にならず、ギリギリで持ち堪えた。レドームシはトレーナーを悲しませないように最後の力を振り絞ったのだ。
「タチフサグマの頭に集中してむしのていこう!」
むしのていこうは、周波を出して周囲から身を守るというものだ。しかし、目の前には一つだけの脅威があり、ホープの指示もあり、集約された衝撃がタチフサグマの脳を揺さぶる。
「タチフサグマ、戻りなさい」
タチフサグマはまだ体力にはずいぶん余裕がある。しかし、ネズはいつでも反撃できる状態のタチフサグマをボールに戻し、自分から降参したのだった。
「良い一撃でしたんで私の負けということで。良い大人が若いチャレンジャー叩いて情けねぇですし」
ネズはいいキズぐすりを取り出してレドームシに当てる。即効性のある薬は甲殻に浸透し、ひび割れかけた甲殻や一時的に光が鈍くなっている発光器官を修復した。
「ポケモンとの絆が深ければ深いほど、自然とこらえる、きあいだめ、アクアリングのような状態になるんです。愛情を持って育ててる証拠ですよ」
「!ありがとう!ネズ!」
「知ってると思いますが妹のマリィは強いですよ。頑張って下さい」
そう言ってネズはホープにリーグカードを渡し、立ち去る。
「このままジムにも行けるか?レドームシ!」
興奮抑えられぬままのホープに焚きつけられたのか、レドームシも発光器官を警戒色に染め、賛同する。
一方、ネズはターフタウンの街並みを散策していると後ろから声をかけられる。
「ネズさん!見つかりましたよ!ねがいぼしです!」
「よくやりました。では次の街へいきましょう」
中年太りで派手なモヒカンの男が手にねがいぼしを持って近づく。他にもゾロゾロと派手な髪型をした男女がネズの元に集う。その全員が、ムゲン団の服を着ていた。
・ブラッシータウン
ブラッシータウンの研究所では、ホップが端末の前で文章を書いては消す作業を繰り返している。文面には、キョダイマックスの素養とダイキノコの関連である。
かつてのヨロイジマでの調査で食したダイスープは、ホップのアーマーガアをキョダイマックスに変異できる特殊な料理だ。
その原因は未だ一切判明しておらず、そもそもの話、ダイキノコをダイミツで代用できないと言うこと。
それに加えダイキノコの大きさ、生息発生場所について、何の縛りもない。
ダイキノコが希少な理由はかつてヨクバリスの捕食により、激減したとされる。
ダイキノコの成分を効率よく摂取できるのがダイスープだとしてもヨクバリスが未だキョダイマックス個体を持たないことから、キョダイマックスとはある種の選ばれたDNAを持つ種族に対して発生するものであると結論付けられる。
しかしそれがどのポケモンが当てはまると言う確証がなく、例えばキョダイマックスができるカビゴンとカントウ地方のカビゴンが大スープを食した場合、同じくキョダイマックスができるようになった。
これにより、潜在能力を引き出すことよりも、DNAの一部を変化させるという説が濃厚になる。リージョンフォームのようにそもそもタイプが異なる進化を遂げるポケモンがあるようにポケモンの進化は早いため、DNAもその地域に合わせたDNAの選択が行われる。これを異所的種文化というが、リージョンフォームしたガラルニャースがキョダイマックス出来ないことから前者の説が薄くなる。
キョダイマックスとなるポケモンの多くはカントウ地方から移住してきたポケモンもおり、キョダイマックスと言うのは一時的なメガ進化など地方地域においてポケモンの潜在能力が引き出される現象ではないかと言う説もある。
ホップは研究に必要な中でムゲンダイナと言うポケモンのムゲンダイマックスと言う単語が頭をよぎる。ムゲンダイマックスと言うのは、ムゲンダイナがブラックナイトにより、変化した姿であり、他のダイマックスと違い、姿が全く別物に変わったように見える上、ブラックナイトを発生させる研究室内で残った機械から観測されたエネルギーがオーバーフローしていたことからムゲンダイマックスと言われているものだ。
「文献が足りなさすぎるぞ」
ダイマックスについては、ガラル地方にのみ発生する現象であるため、メガ進化のようにメガストーンとトレーナーの絆によるものではないため、研究があまり進んでいない。
研究者といえど、簡単に実物を提供してくれるものは少ない。特に、田舎の若い研究者であればあるほど権威主義で功績主義の学会から提供されるのは完成された論文がほとんどであり、サンプルなどは希少なためかほとんどない。
トレーナーから借りるにも、ほかの色違いやリージョンフォームなどとは違い、キョダイマックス個体はバトルにおいて大きな戦力となる。つまり、虎の子をやすやすと他人の意味不明な研究というリスクに晒したくないのだ。
「…このままだと行き詰まってしまう」
ソニアも優秀とはいえ、研究生活もほかの研究者よりも短い。加えて、子育ても二人で行ってきたため、ホップのチャンピオンシップなどのバトルによる蓄えも、少なくなった。
「…利用するようで悪いけど…」
ホップはスマホロトムから久々にとある人物の番号に発信する。
「ホップ?…久しぶり」
「久しぶりだな。ユウリ」