2002年 2月7日 木曜日
「へー。新品の不知火か。奮発したみたいね。まーた、香月副指令が無理言って調達したんじゃないの?」
「いえてる。いえてるよ、茜」
青の国連カラーに塗装された人型兵器――帝国軍が開発した第三世代戦術機、不知火――。
戦闘のために生み出された兵器は、こんな形をしているものなのだろうか。
「ごめんねー。本当は弐型を調達したかったんだけど、さすがに12機はねぇ。生産も間に合ってない、なんていうものだから」
先生だ。香月先生がいつの間にかハンガーにやってきていた。
弾かれたように敬礼する涼宮と麻倉が哀れに見える。
「わーい、新型新型ー」
構わず飛び跳ねているやつがいる。
エレーナだ。
エレーナには先生は目に入っていないらしい。
「少尉、アンタはSu-37UBよ。チェルミナートルよ」
「えー?!」
「あのチェルミナートルはあなたの専用機なの。かっこいいのよ。戦場の主役よ? しかも青いのよ?」
「え?」
「野暮ったいロシアンカラーから、あなたのパーソナルカラーである青にワザワザ塗り替えさせたんだから!」
ちょ、あんた、夕呼先生。
パーソナルカラーって。
エレーナに何を言ってるんだ。
それって皆と一緒じゃねーか。
「「「それって皆と一緒……」」」
オレの意見は複数人の賛同を得ることに成功したようだ。
まぁ、エレーナにはそんな事は聞こえなかったらしい。
目を輝かせて、すっかりその気になっているようだ。
「うんうん! わたし、がんばる!」
「期待しているわ」
「どんとこーい!」
……。
「黒須。いま、馬鹿と鋏は……なんて思ってたでしょう?」
「め、滅相もない!」
そうかしら、とその貌が言っていた。
「と、言うことで、月環中尉、北條中尉。――あなた達も武御雷だから。乗りなれてるでしょうから、それでいいわよね? ああ、あの青いのがそうよ」
指差す先に、見慣れぬ青い武御雷が鎮座していた。
咲夜と鋼のおっさんが目を丸くしていた。
「あ、あの色は……」
「馬鹿ねぇ。私たちは国連軍よ? 国連色に塗り替えさせたに決まってるじゃない」
「……承知……しました、副指令」
「……」
咲夜がうめく。
鋼のおっさんに至っては、声も出ないようだった。
「では、各人、機体を受領し各機の調整に移れ――」
「待ちなさい、宗像!」
「は?」
「各自が機体を受領するのは、私がシートのビニールを破いてからよ」
「はぁ?」
「なに? 私の楽しみの邪魔をする気?」
「いいえ、そのような事は」
「いいか、聞いての通りだ。各員、引渡し準備の済んだ機体から、順番に受領せよ!」
「「「「了解!」」」」
2002年 2月 8日 金曜日
それは、PXでも出来事だった。
「あたし、思うんだけど、イマイチ仲間意識が足りてないって言うか、みんなの間に距離感があると思うんだよね? どう思う? イサミくん」
六分儀が妙なことを言い出したのだ。
「へ? お、オレですか? 六分儀さ――いえ、モガミさん」
「おっかしいなぁ。イサミくんなら、上手いこと考え付きそうだと思ったんだけど」
「そうですねぇ……」
「熱く熱く燃え上がるなら! 衛士が根性試すなら! あれしかない!」
そう叫んだのはエレーナだった。
とび色の瞳を赤く燃え上がらせ、拳を握って一人熱くなっている。
――大丈夫か? コイツ。
「おいおい、エレーナ……」
「お? ストレリツォーヴァ少尉? なにか面白いこと考えたんだ?」
「ええ、モガミちゃん。これだよ、コレ」
エレーナは右肘の下を右の手のひらで掬い、右拳を机に叩きつける動作を繰り返した。
六分儀少尉にも通じていないらしく、彼女はかわいらしい小首を捻っていた。
「何してるんだ? エレーナ」
「わかんないかなー コレだよ、コレ! イサミちゃん、わたしの手を握ってよ、右の掌」
オレは、よく考えないままにエレーナの右掌を、自信の右拳で掴む――その瞬間!
「――でえぇええええええええええい!」
裂帛の気合ともに、エレーナがその右掌をテーブルに叩きつける!
ガーーーン!
「おぅわ!!」
――痛てぇぇええ!
オレは右手の甲をテーブルに力任せに叩きつけられたばかりか、あろうことか体ごと宙を舞っていた。
椅子がひっくり返る轟音と共に、オレの体は隣の椅子の残骸に沈む。
「いきなり何しやがる、エレーナ!!」
「「「「「「おおーーーーーーーーーーーー!」」」」」
「「「す、すげぇーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
誰もオレの抗議なんか聞いちゃいないな。
「Ура / ウラーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
エレーナの勝負の雄たけびが、天にも届けといわんばかりに響きわたった。
だが、オレは知っている。
慌てて厨房を飛び出してきた、京塚軍曹の目が怒りに燃えていたことを。
かくして開かれた腕相撲大会という名のレクリエーション。
――どうしてこうなった。
「黒須、負けてもいいぞ。ただし、キミは明日の朝食を諦める事になる――ああ、次回の嗜好品の配給も届かない思ってくれて構わない」
くそ、どうしてこのオレが!!
机の向こうには、悪魔の手先がいた。
「はじめるぞ? 『ゴー!!』」
来る、鋼のおっさんの号令が来る!!
「……黒須さんは、いつも優しいですよね?」
え!?
――そんな目でオレを見るな!!
「……黒須さんは、辛いこと、悲しいこと、いっぱい、いっぱいありましたよね?」
な!?
――は、反則だろ、コレは!? 夕呼先生、あんたは悪魔か!!
しかしだ、ここは負けるわけにはいかない! ここは心を鬼にして!!
「……黒須さん、私、幸せになれますよね?」
っく!?
――っく、っう、卑怯すぎるだろ?!
「……私、忘れません。黒須さんのこと。なにがあっても、絶対、絶対、――忘れません」
――なんだと!?
「……えい」
ペチ。
――あ。
そんなのありかよ!
「ウィナー! 社!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
「やったわね、社。後でご褒美あげちゃおうかしら――あらー。残念ねー、黒須?」
……。
オレは、オレは……。いったい何のために戦っているんだ――。
――どうしてこうなった。
「黒須、まさか、同じ相手に二度も負けるわけがないよな? 負けてもいいぞ。ただし、キミは本日の食事を私と取る事になる――ああ、もちろん、私の私室でだ」
負けるわけにはいかねー。
くそ、どうしてこのオレが!!
机の向こうには、白兎がいた。
「エレーナ」
「イサミちゃん……負けないんだから」
「エレーナ。男なら、危険を顧みず、死ぬと分かっていても行動しなければならない時がある。負けるとわかっていても戦わなければならないときがあるんだ」
「意味わかんない」
「うるせぇよ!」
「両者いいか? では、『ゴー!!』」
「うぉおおおお!」
「世界同時革命、万歳!!」
エレーナのそれは、ものすごい力だった。
ありえない。
ダーーーン!
オレの右手の甲が机を叩く!
――じょ、冗談だろ!?
気がつけば、オレは前回同様、宙を舞っていた。
何故だーーーー!!
「ウィナー! ストレリツォーヴァ!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
「Ура / ウラーーーーーーーーーーーーーーーーー! 本場ロシアの力、思い知ったか!」
エレーナの勝負の雄たけびが、またしても天にも届けといわんばかりに響きわたるのだった。
――どうしてこうなった。
「黒須、まさか、か弱い女相手に一勝も出来ないことはないよな? ああ、負けてもいいぞ。ただし、キミは明日も運動場を貸しきる権利を与えられるだろう。――ああ、もちろん、美しく麗しい監督官に監視されながらだが」
負けるわけにはいかねー。
くそ、どうしてこのオレが!!
机の向こうには、鬼がいた。
勝負の鬼が。
「イサミ、我ら、こうして相対した以上、かくなるうえは仕方がない。正々堂々と勝負だ」
「ああ」
「ここで雌雄を決しようぞ」
「わかってる」
「では、咲夜様、参ります。『ゴー!』」
「うおおおお!!」
オレは腕も千切れよと、渾身の力を込めた!
咲夜も負けるものかと押し返してくるが、オレのほうが断然、分が良い!
――勝てる! 勝てるぞこの勝負!!
「あっ! く、イサミ!? 後ろだ! 兵士級だ!!」
ドクン――咲夜の言葉に、オレの心臓が跳ねた。
――え!? なんだと!?
オレはすばやく後ろを振り返った。
――両手で拳銃を握って。
……。
いない。
兵士級など、どこにもいない。
「BETAはどこだ!?」
……。
……。
……。
鋼のおっさんが、オレの肩に優しく手を置いてくれた。
「ファール。黒須少尉、ファールだ」
おっさんが、とても優しい顔をして首を横に振っている。
――ま、マジですか?
反則?
オレは、振り返って咲夜をまじまじと見つめた。
……こ、こいつは!!
何事もなかったかのように、涼しい顔をしてやがる……!?
「イサミ、仕切りなおしだ」
「当然だ。よくもやってくれたな、咲夜」
「では、参ります、咲夜様。『ゴー!!』
オレは右腕が千切れよと、渾身の力を込めた!
「うおおおお!!」
――勝てる! 勝てるぞこの勝負!!
もらったぁ!
「イサミィ!!!!」
その手には乗るかっての!
プシュッ。
変な音がした。
ボトッ……ボトトッ……。
!?
机に赤い液体がポトポトと……。
ドクン――あってはならない悲劇の可能性に、オレの心臓が跳ねた。
……え? う、嘘だろ……、こ、コレは……。
オレは顔を上げて、恐る恐る咲夜の顔があるであろう位置まで視線を上げて……。
ダン!
――あ。
「ウィナー、咲夜様!!」
「「「「おおおおおおおおおおおお!」」」」
咲夜の口の周りが、真っ赤に染まっていた。
「イサミ、貴様は最高の衛士だ。貴様なら、必ずBETAに勝利できる。――だが、この勝負、私がもらうぞ? いいな?」
「汚ねーんだよ、お前は! なーにが正々堂々だ! 聞いて呆れるわ!」
咲夜は赤く染まった口をハンカチで拭いつつ、オレの言葉を軽く受け流してくれた。
「謀(はかりごと)多きは勝ち、少なきは負ける。戦国大名であり稀代の謀将、毛利元就が残したと伝えられる言葉だ。そう――これが真の兵法というものだ」
「なんだと!?」
「まあ、やりすぎたのは認める。すまなかったな。イサミ。許してくれ。この通りだ」
「ぐぬぬぬぬ!?」
さ、咲夜……。
血も涙もない、まさに修羅。
勝負のために鬼となるか……。
くそ、悔しすぎる!!
「なんだ黒須。本当に負けてしまったのか。――よくも期待を裏切ってくれたな。キミはそうだな――。腕立て200回。そう、200回だ。――直ちに開始するんだ。健闘を祈っている」
そう。オレの戦績は0勝3敗。
オレは予選Aブロックで全敗という大敗北を決したのだった。
そんなこんなで、オレには異論が多々あったものの、レクリエーションは大成功のうちに終わったらしい。
2002年 2月12日 火曜日
朝鮮半島に展開する、鉄原ハイヴ起源と推測されるBETAの湧出撃滅と、それによる極東アジアの戦況好転を目的とした作戦が日本帝国軍および統一中華戦線の全面支援を得つつ、国連軍主導で展開される。今回の作戦の目的はハイヴの奪還ではない。あくまでBETAの漸減(ぜんげん)である。
「表向きは、ね」
「あなた達A-01部隊の目的は新兵器の試験よ」
「私の開発した新型電磁投射砲の試験を行ってもらうわ」
「当然、試作兵器の試験と回収を第一優先とするけれど、この程度のヌルイ作戦であなた達に命を落としてもらっても困るわけ。いいわね?」
「な、なんだこの大きさ?! バケモノか?!」
「2700mm電磁投射砲。もう、勘のいい人は気づいているみたいだけど、これは甲21号作戦でも使用した凄乃皇に搭載するための要塞砲よ」
「今回、凄乃皇は出せないから、電源車を用意するわ」
2002年 2月14日 木曜日
艦砲射撃から漏れでた、敵の渦。
地鳴りとともに押し寄せ来る、BETAの大群だ。
見ると聞くじゃ大違いもいいところだよな。まったく。
これが、人類の”敵”って奴か。
白銀がこれに勝ったって?
自然と笑みが浮かんだ。
面白い。オレがそのハイスコア、塗り替えてやるよ。
オレは深呼吸した。
――でも、ま、そのうちな!
がむしゃらに張り合う気なんて、さらさらない。
生きてもとの世界に帰る。
社はその方法はない、と言っていたけれど、実際、白銀はそれをやってのけているんだ。
方法がないはずがない。
何とかして見せるさ。
それまでは、死ねないね!
CP/コマンドポスト
ヴァルキリー00 バルキリーマム(不詳)
A/アルファー
ヴァルキリー01 宗像美冴中尉
ヴァルキリー02 風間祷子少尉
ヴァルキリー07 涼宮茜少尉
ヴァルキリー08 麻倉舞少尉
B/ブラボー
ヴァルキリー03 月環咲夜中尉
ヴァルキリー04 松浦七海中尉
ヴァルキリー05 北條鋼少尉
ヴァルキリー06 六分儀最上少尉
C/チャーリー
ヴァルキリー09 黒須勇海少尉
ヴァルキリー10 欠番(白銀武少尉)
ヴァルキリー11 エレーナ・ストレリツォーヴァ少尉
ヴァルキリー12 鑑純夏少尉
「こちらヴァルキリー01、前線が喰いそびれたBETAを排除しつつを狙撃地点に向かう! ヴァルキリーズ! C小隊を守る形で楔参型陣形! 最前線でキミ達の想い人が待っているぞ。各自、遅刻の言い訳を考えておけ! 心打つ台詞を考えたものには、私が手取り足取り添削指導してやってもいい。 行くぞ! 我に続け!!」
『『『『「了解!」』』』』
『――ヴァルキリー00よりヴァルキリー01、突撃級を含む中隊規模のBETA群が正面より接近中。前線が突破された模様、留意せよ』
『――ヴァルキリー01、了解。各機、聞いたな? C小隊は進路このまま! 120mmで突撃級の足を狙撃せよ! タイミングは黒須に任せる! A、B小隊は側面に回り込め! 行くぞ、跳躍開始!』
『『『『「了解」』』』』
「宗像中尉、突撃級を正面から迎え撃つなんてことができるわけが――」
『――なにを言っている。どのみち電磁投射砲を装備しているお前の小隊に避ける場所はない。いいからさっさと迎撃準備だ! 先頭集団の足を狙え。それで進軍は止まる!』
滅茶苦茶な……。
だが、やるしかない!
「聞いての通りだ、エレーナ、鑑! ここで突撃級を迎え撃つ。各機、砲撃準備! 弾は120mm徹甲弾だ!」
『『了解』』
突撃級が地響きを立てて迫ってくるのがわかる。
理屈ではわかっていても、押しつぶされる恐怖だけがただただ募る。
――本当にやれるのか?!
まだか、まだなのか?! もうじき射程に入るはずだ――!
「――いくぞ、小隊各機! 射撃開始!!」
轟音と共に放たれる弾丸は突撃級の足元に吸い込まれてゆく。
「来るんじゃねぇ! この化け物ども!!」
オレは恐怖に駆られて弾が尽きるまで連射した。
突撃級に着弾するも、なおも突進は止まらない。
「――う、おぅわ!!」
砕け散る肉片に、さらに突き刺さる弾丸。
そして至近距離で着弾したそれは突撃級の足を根こそぎ弾き飛ばした。
バランスを崩し、転倒してゆく突撃級集団に次々に後続が激突してゆく。
側面からも砲撃された突撃級集団は、今や矢尻のように突出した形で停止していた。
「――と、止まった?」
『――後続が来る前に突撃級を殲滅するぞ! 全機、敵突撃級に対し突貫せよ!!』
BETA群を抜けたオレたちの前には帝国軍が展開していた。
海岸を埋め尽くすBETAを相手に奮闘している。
『――電磁投射砲発射準備だ。各機、電磁投射砲にBETAを近づけるな!」』
「鑑、頼む」
『ヴァルキリー12、了解。2700mm電磁投射砲充電開始』
オレはC/チャーリー小隊の面々を確認した。
エレーナ。
鑑。
鑑機は電磁投射砲にかかりきりだから、鑑機に接近するBETAをエレーナと二人で倒す、って感じだ。
まぁ、両翼はアルファー、ブラボー小隊が頑張ってくれているから、そのもれた敵だけを相手にしていれば良い。
敵の影が濃くなる。
そろそろ、頃合か?
「ヴァルキリー12、エネルギー充填まだか!」
『まって、黒須君! もうちょっと! あと60!』
鑑が叫ぶ。
「ヴァルキリー11!! 一分耐えろ!」
オレはエレーナに防御を命じる。
『ヴァルキリー11了解、正面の要撃級の足止めを行う――ヴァルキリー10、支援射撃を要請する』
「ヴァルキリー09了解! よけろエレーナ!!」
オレはSu-37UBに側面から突っ込もうとしていた要撃級に突撃砲を見舞ってやった。続いて後続にも叩き込んでゆく。
鑑の守る電磁投射砲の左右にはは宗像中尉をはじめとする二個小隊が前面に押し出す形で展開している。
『こちらヴァルキリー12、電磁投射砲、機関安定、エネルギー充填率120%! 砲撃可能です!』
『こちらヴァルキリー01、中隊各機に告ぐ。直ちに電磁投射砲の斜線より離脱せよ。ヴァルキリー12、砲撃のタイミングは私がとる!』
『離脱しろ! 射線から離れるんだ!!』
『離脱だヴァルキリー11!! 急げ! 何してる!!』
『敵、敵、敵はまだいる、殺さなきゃ――。こちらヴァルキリー11、離脱は認められない――』
な?!
モニター上のエレーナの様子がおかしい。
目が据わっている。心なし、目が赤く光って――。
『何を言っているんだ、エレーナ!?』
『殺す、殺す、敵は殺す!! イサミちゃんはわたしが守る!!』
モニターに移るエレーナのはさながら鬼の形相になっている。
いったい、なんだってんだ、エレーナ!
『こちらヴァルキリー01、ヴァルキリー11、エレーナ少尉! 『イサミの敵はもう居ない!!』 遊びの時間は終わりだ!! 『イサミの敵はもう居ない!!』 さっさと引き上げろ!!』
宗像中尉の罵声が飛ぶ。
『!?』
エレーナが弾かれたようにおとなしくなった。
その目に、正気の色が戻っている。
『……了解。ヴァルキリー11、これより離脱します』
……。
『こちらヴァルキリー01、電磁投射砲目標、正面敵要撃級集団! ぅてぇ!』
『当たって!!』
大地に閃光が走った。
長大な砲身から射出される巨大な弾丸がBETAを次々に肉片に変えてゆく。
砲撃が止んだ後の射線上に、動く影は存在しなかった。
「すげぇ……なんて威力だ」
戦車隊に命令が下ったのであろう。
戦車砲の一斉射撃が残敵の駆逐に入っていた。
『こちらヴァルキリー01、作戦は成功だ。残敵の掃討は帝国軍に任せろ! A-01各員、撤収準備!! 帝国の衛視様と交代だ。引き上げるぞ!』
『ヴァルキリー09、黒須少尉以下チャーリー小隊二名は電磁投射砲の回収に移れ』
『『「了解」』』
エレーナの機体が視界に入る。
かつて青かった機体は、BETAの赤い血と肉片で真紅に染まっていた。
コイツは――!!
いったいなんなんだよ……。
!? 秘匿回線?
『黒須!! キミは何をやっている! 作戦終了後、私の所に来い!!』
……。
オレはドアを二度ノックした。
「黒須少尉です」
「――入れ」
「失礼します」
中には、不機嫌さを隠そうともしない宗像中尉がいた。
「キミは何故ここに呼ばれたかわかっているか?」
「――エレーナのことですね?」
「そうだ。ロシア人はキミの管轄だ。わかっているじゃないか」
「……」
「わかっているなら、何も言う事はない。キミが行うべき事は、キミが一番理解しているはずだ。そして、その事はキミにしかできない。――キミにはその権利があるし、その資格がある。そう、香月副指令はおっしゃっていた」
「夕呼先生が?」
「そうだ。――そして、これは私見だが――彼女はキミにそうされる事を望んでいる。違うか? 黒須少尉」
「それは――」
「そういうことだ。話はこれで終わりだ。帰っていいぞ」
そうだ、この際だ。
宗像中尉はオレの内情を薄々感づいているはずだ。
本人がとぼけているだけで、何か思うところもあるはず。
オレ自身の事について、聞いてみるのも良いかもしれない。
「……なんだ、どうした?」
「宗像中尉、中尉は――オレをどう見ますか? オレはそんな大層な人間でしょうか」
部屋を沈黙が支配した。
「何を言い出すかと思えば。
――今から私が言う事は、独り言だ。私の夢想癖は有名だからな――。
この世界の住人ではないキミは、キミの元居た世界に返ろうとしないばかりか、むしろこの世界での生活を第一に考えているようだ。
私が君の立場であれば、真っ先に元の世界へ帰ろうとするだろう。
しかし、キミにはそれが、ない。
その理由を私は知らないが、キミはこの世界に多大なる興味というか、この世界で生きる意味を見何出しているように思える。
そして、その目的を追うことに自分を満足させているようだ。
もちろん、私達子の世界の住人はBETAという強大な敵と戦っている以上、キミのように優秀な衛士が仲間である事はとても喜ばしい事実だ。
私としてはキミを失いたくない。
キミにこの世界から立ち去って欲しくないんだ。
――だが。キミ自身にとって、この世界に留まり続ける、という事実はどういう意味を持っているのだろうか。
このことを考えたとき、私はとてもキミに興味がある。
なぜ、キミはここにいるのか。その答えが、キミを次の段階へと導くだろう」
「――オレは――オレがこの世界を気に入っている? そういうことなのですか?」
「キミがこの世界にこだわる理由だよ」
鑑に見せられた、かつてこの世界を訪れただろう旧友達の雄姿が垣間見えた気がした。
その中でも――白銀。
英雄だというアイツ。
バルジャーノンで、一度も勝利を掴ませてくれないアイツ。
オレは、オレはアイツにだけは――!
「――白銀。オレは、白銀にだけは負けたくない」
「――白銀? 白銀をキミは知っているのか? 面識があったとは意外だな」
「オレとアイツ、白銀は同じ学校で、同じ教室で、同じ学級で学ぶクラスメイトです」
「ああ、キミの世界の話なのだな」
「? ――待て。――そうか、そうだったのか……それならあの奇妙な白銀の行動や言動にも納得がいく――」
「ええ、白銀は――」
「待て黒須。その先を言うな。――この前話しただろう? 私は小心者なのだと。私に独り言を言わせてくれ。
――キミは、黒須勇海は白銀武という男に対抗心を持っているのだろう?
そうだ、それなら納得がいく。キミを見る鑑の態度も頷ける。
白銀がキミのことを意識していたかどうかはわからない。
だが、キミは白銀にいかなる理由からか、常日頃から対抗心を燃やしていた。
そんなある日、白銀が英雄となっている世界に足を踏み入れる。当然キミは――!?」
き、キミは――そ、そうなのか!? キミは――」
「オレは一度たりともアイツに勝ったことがない。オレは、白銀に勝ちたい。オレはアイツにオレを認めさせたい!」
「――黒須、キミの歩むべき道は、修羅の道だ。
BETAと同胞の血でキミの体は真っ赤に染まるだろう。
キミは仲間の、友人の、恋人の、そして私の心と命すらも! ――道具として使いこなす必要があるのだ。
黒須、キミにそれが耐えられるのか? ――いや、耐えられるのだろうな。普段のキミを見ていればおのずとわかる」
「オレは――」
「キミの望みは理解できる。そしてキミがそれを叶えるであろうことも。
――人類の勝利のため、キミとともに歩めることを誇りに思う。これからも、よろしく頼む」
「宗像中尉……」
「――ふふふ、なにも言わずに早く部屋から出て行け。惚れてしまいそうだ」
2002年 2月15日金曜日
「先生、エレーナ、あれはどういうことです?」
「黒須。彼女から目を離さないようにって言ったでしょ?」
「あるじゃまるで殺戮マシーンじゃないですか!!」
「そうよ?」
「そう……って……」
「彼女、エレーナ少尉はね、ソビエト連邦の科学者達が作り上げた、戦闘用の人造人間なの。だから、あれが彼女の正常な姿よ? それがどうかした?」
「な!?」
「彼女はね、彼女にとって大切なものを守るために戦っているの。そう、刷り込みを受けているのよ」
「……も、もしかして、その対象と言うのは……」
「全部言わせるつもり? あなた、馬鹿じゃなかったのよね?」
エレーナの保護対象、それは……オレのこと、かよ……。
「これで、あなたは死ねなくなったわね。彼女、あなたが死ねば間違いなく死のうとするわよ? エレーナの大切なあなたが、ね」
心臓の鼓動が一段と高鳴ったのを聞いた。
なんだと?
そうか、戦闘機械がいくら優秀でも、廃人となった戦闘マシーンは用済み、って言うことかよ。
以前の「エレーナの大切な人」は、きっと命を落としたんだ。
ソ連から、そんなエレーナをこの人はせしめて……はじめからこの人はオレを……。
「黒須、あなたは『エレーナから目を離さないで』。わかったわね?!」
「……了解」
畜生め。
「黒須君、黒須君」
「鑑?」
「手を出して?」
なんだ?
「はい。これあげる」
? 手のひらに硬いものが押し付けられた。
「義理だからね、義・理!」
手のひらの中のものを見る。黄金色の、黄金飴……。
「チョコレートなんて、こっちの世界じゃ、とてもじゃないけど手に入らないから! 黒須君のいた世界では、二月十四日はこうやって贈り物をする日なんでしょ?」
「あ、ああ。もらえない男子のほうが圧倒的に多いけどな」
そういえば、そんな日もあったな。二月十四日か。
「あはは! 一日遅れだったけどね!」
「ありがとう、鑑。ありがとな!」
「どういたしまして。明日からもまた頑張ろうね!」
「ああ。おやすみ」
「おやすみー!」
元の、世界、か――。
2002年 2月16日 土曜日
「おきろー! 朝ダゾー!」
ゆさゆさ
「……」
「はい! 霞ちゃん、やってみる!」
「おきろー……あさだぞー……」
ゆさゆさ
「……」
「あはは……霞ちゃん、優しすぎだよ。うん、もっと元気よくやらないと」
「おきろー……あさだぞー……」
ゆさゆさ
「……」
「あはは……」
「あー。ダメダメ。こうするんだー。霞ちゃん、ちゃんと見ててね?」
「はい……」
「イサミちゃん! 朝だってば!」
ゆさゆさ
「……」
「……う……エレー……ナ……?」
「あ。起きちゃった。おはよ! イサミちゃん」
「う、う、おはよう、エレーナ。珍しいな」
「へっへーん! 二人が入っていくのを見たんだよ」
二人? ああ、社と鑑か。
「うしし、起きた起きた! おっはよー! 黒須君」
「う、おはよう、鑑」
「おはようございます……黒須さん」
「社。お前もか。おはよう。そうか、みんなで起しに来てくれたんだな」
こいつら……なんなんだ、朝から……じゃない、これはこれで幸せなのかもしれないな。
この破滅しか残されていない世界では。
何があっても普通に振舞えるこいつらの存在はありがたいと思う。
しかし、エレーナのやつ。
見たところ、今朝は普通だな。
「さ、ご飯いこいこ!!」
エレーナが走ってPXに向かおうとしていた。
鑑もそれに習おうとしていたのをちょっと捕まえる。
「なあ、鑑?」
「わ!? な、なになに! 黒須君」
「あのさ、あれから、エレーナあんな調子で普通なのか?」
「あ……うん、いつもと同じだよ。……黒須君……心配だよね」
「ああ――。ま、悪い、朝からへんなこと聞いたな」
「ううん? いいよ。全然」
「ごーはーんー!」
通路の向こうからエレーナが叫んでいる。
あいつは子供か?!
「行こう、黒須君、霞ちゃん」」
「ああ、そうしよう。社、行くぞ」
「はい……!」
エレーナは訓練中、特におかしな様子は見せなかった。
いつもどうりの、ただのバカ。
オレの知るところのエレーナだった。