Muv-Luv belive   作:燈夜4649

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オルタ 五章

◇◇◇

 

 

 

 

あれは、何度目の出撃の時だっただろうか。

 

この横浜基地は近傍のハイヴから遠く、まさか奇襲もないだろうとオレはタカをくくっていて。

 

991警報がいきなり発令されて。

 

それはなんでもない、対人模擬訓練だったはずなのだ。

 

鑑が参加しない他は、いつもと一緒。

 

そのはずだった。

 

 

 

 

「あれ? エレーナ、鑑知らないか?」

 

「え? 純夏ちゃんなら香月博士に用があるんだって」

 

「先生が? ――そうなんだ」

 

「うん」

 

特に何があるとも思わなかった。

 

 

 

 

その日はエレーナと組んだ。相手は咲夜と鋼のおっさん。

 

 

鋼のおっさんは強かった。

 

そして咲夜だ。

 

咲夜の執拗な斬撃を切り抜け、懐に飛び込んでの36mm連射。

 

『月環機、胸部被弾、被害甚大、大破。撃墜と認定――状況終了』

 

はー、咲夜のやつ、やけに粘りやがって。

 

今のはかなり焦った。

 

『状況終了、全機基地に帰投せ――!?』

 

突如、サイレンが鳴り響いた。なんだ?

 

『991警報発令! 991警報発令! これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない。全戦術機部隊は出撃準備に掛かれ』

 

BETAだと?! どうして! ありえないだろ!?

 

『ヴァルキリー01より中隊各機へ。ローカルリンクを繋げ! また、直ちに撤退し推進剤の補給と実弾の装備を行うんだ! 急げ!』

 

『『『『「了解」』』』』

 

って!

 

オレの目の前に――――要撃級!! 

 

もうこんなところに!!

 

そして、奴は腕を振りかぶる。

 

避けないと!

 

『――イサミちゃん!!』

 

エレーナの声。

 

この声と共に、視界が赤黒く染まった。

 

エレーナの駆るSu-37UB。

 

それが、かの要撃級を蹴り降ろしたのだ。

 

そのブレードベーンは、要撃級の分厚い皮膚組織を内部組織ごと切り裂いていた。

 

要撃級が地に落ちる。

 

『イサミちゃん、イサミちゃん、イサミちゃん!!』

 

「落ち着け、エレーナ、オレは大丈夫だ――」

 

『本当? 本当かな? 本当だよね!?』

 

「ああ、だから落ち着け――」

 

『エレーナ! 貴様のSu-37UBと我らの武御雷で殿を務めるぞ! 聞いていたな! 鋼!?』

 

『は! 咲夜様!!』

 

『わかった、咲夜ちゃん!』

 

『だけど――お前ら』

 

『なにを言ってる! イサミ、早く武器取って来るのだ!』

 

『殿は慣れている! なんの問題もない! いつものことだ!!』

 

『そういうことだ、黒須の坊主。我ら斯衛、このためにおるのだ! ここは任せ往け』

 

『イサミちゃん、また後でねー!』

 

そういいつつ、咲夜を先頭に三機はBETAに格闘戦を挑んでいった。

 

『わかった、待ってろよ!?』

 

オレはジャンプユニットに点火し、匍匐飛行を開始しようと――。

 

 

 

BETAの数は多くはない。

 

多くはない。

 

 

 

『991警報発令! 991警報発令! 新たなBETA群を確認! 新たな――』

 

――!? 

 

増援!?

 

『バカな! いったいどこから!? イサミ!! 4時方向!?』

 

咲夜の叫ぶ声が聞こえた。

 

『イサミちゃん、――避けて!!!』

 

エレーナの悲痛な祈りの声も。

 

そして、振り向いたオレの目の前に、突撃級が肉薄していて――。

 

 

 

オレはしくじった。

 

 

 

轟音。横殴りの衝撃。沈黙。

 

真っ暗な空間で、かすかに通信だけが聞こえてくる。

 

『こちらヴァルキリー01、宗像だ!! ヴァルキリー09! 黒須! 黒須少尉、応答しろ!』

 

『バイタルモニター切断されています!』

 

『――祷子、黒須の機体のコントロールを奪え!!』

 

『美冴さん、ダメです、全て受け付けません!!』

 

『せ、戦車級が次々に……黒須……』

 

『強制射出させろ!』

 

『ダメです、同じくコード受け付けません!!』

 

死が、迫っていた。

 

コントロールは死んでいる。

 

脱出? 

 

だめだめ。

 

きっとフレームが歪んでるって。

 

『……あれでは……もう……』

 

『い、嫌、イサミ、イ、…サ…ミ…ちゃ……いやぁあああああああああ! 嫌! 嫌!!』

 

エレーナの絶叫が耳を打つ。

 

エレーナ、それほどまでにオレのことを。

 

いや、お前の偽の記憶がそうさせるのか?

 

お前のオレへの想いも、この世界では作り物なのにな。

 

――この世界でも、オレはお前に――。

 

『止めろ、エレーナ! 行くな!! 行ってくれるな、頼む!!』

 

聞いたこともないような咲夜の叫び。

 

咲夜。

 

――お前、どんな気持ちでそれを言ってるんだろうな。

 

『嫌、いあぁ、わたしからイサミちゃんを取るなぁ!!』

 

!?

 

……エレーナ……。

 

そして聞こえる租借音と金属を打つ打撃音。

 

ああ、形ある赤い死が、迎えに来るのか。

 

――この世界で、結局なにもできないまま――終わるらしい。

 

――白銀、笑えよ。

 

体の痛みと、薄れゆく意識の中、さまざまな声が聞こえてきて――。

 

やがて、それも、オレの意識とともに途切れた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

光だ。なんだろう。明るい光――。

 

「起きなさい!! 早く!! あんた、死ぬなって言ったでしょ?!」

 

「……ここは……」

 

「どう責任とってくれるのよ!」

 

「……先生……?」

 

 

 

 

 

 

大破した戦術機の中に彼女はいた。

 

「?!」

 

「あなたのせいよ!?」

 

なにか、場違いな……そう、それでいて懐かしい響きの唄が聞こえる――。

 

「……大黒様が……きかかると……ここに……因幡の……白兎……皮を剥かれて……赤裸……」

 

「ま、エレーナ!!」

 

「……大黒さ……殺す……殺してやる……絶対に殺す……許さない……返して……わたしの、わたしのイサミちゃんを……返して……」

 

「エレーナ!!」

 

「黒須。あなたに任せるわ」

 

手に重いものが押し付けられた。

 

ズシリと重いもの。鋼の、塊。人を殺すための――道具。

 

「!? ――これは?!」

 

「彼女を見て。しっかり見なさい!!」

 

血に赤々と染まった、真紅の肌のエレーナ。

 

小刻みに震えているエレーナ。

 

両の目は虚空を泳ぎ。

 

血の泡を吹きながら。

 

呪詛を吐き続ける――エレーナ。

 

「早く楽にしてあげなさい」

 

!?

 

そんな――先生、あんたはいったい何を言って――オレは――できないって! 

 

例えこんな姿になっていても、エレーナを撃つことなんてできるものか!

 

オレに、撃てるわけがない!!

 

……。

 

……。

 

「黒須、覚悟はある?」

 

冷え切った声だった。

 

「?」

 

「私と一緒に、地獄に落ちる覚悟よ」

 

「……」

 

「彼女、救いたいんでしょ? もう一度、笑顔を見たくはない?」

 

先生が恐ろしくて、とても振り向くことなどできない。

 

でも、僅かな希望を見出したような気がして――。

 

オレはその言葉の噛み締めた。

 

「……え?」

 

そして、期待を込めて聞き返す。

 

その結果が意味するものを知っているくせに。

 

先生が、笑った気がした。

 

「止めて!」

 

?!

 

黙っていた鑑が大声を張り上げていた。

 

「止めて! 先生止めて! こんなの、こんなの私だけで充分!! わたし、わたしもっと頑張るから! 頑張るから、――彼女を、エレーナちゃんを、楽に死なせてあげて!!」

 

「鑑! アンタは黙ってなさい!! ――どうなの、黒須」

 

「エレーナは、もう一度笑えますか?」

 

「……二度目だもの。可能性は高いわね」

 

「オレはエレーナを救いたい――でも、」

 

「アンタがエレーナを救うわ。そしてアンタとエレーナは人類を救える――」

 

「みんなを救うために――このふざけた世界を終わらせるために! 本当に必要なことですよね!?」

 

オレは、嘘をつこうとしている。

 

「――当然よ。当たり前じゃない」

 

オレは、オレの僅かの欺瞞のために、愛するものを、オレの大切なものを貶めようとしている。

 

「ダメ、……黒須君、それだけは絶対にダメ……」

 

「鑑、お前もわかるはずだ。白銀も間違いなくそれを望むだろう」

 

「そんな……」

 

「オレたちは例え自分自身が、大切なものが、愛するものがどうなっても、BETAを滅ぼす礎とならなきゃいけない。犠牲は、オレたちだけで充分だ。そうだろ?!」

 

嘘で塗り固めた、嘘。

 

この世界の黒須なら、言ったかもしれない、嘘。

 

「ちがう、ちがうの……黒須君……そうじゃない……そうじゃないの!!」

 

鑑、呪ってくれていい。

 

「大丈夫だ。オレたちは、オレもお前も、エレーナも、行き着くところは同じだ。そうだろ? 先生」

 

鑑、罵ってくれていい。

 

「……黒須君……」

 

「ああ、オレたちだけで、こんな事はもう充分だ」

 

オレは銃を先生に返した。

 

そうさ。これで良い。これで、きっと先生は――。

 

これはそのための儀式。

 

悪魔に魂を売る、オレのための儀式なのだから。

 

「待たせてごめんなさい、先生。手遅れにならないうちに、――全てを――頼みます」

 

先生は悪くない。

 

オレに、断る理由なんて、本当はないんだ。

 

それをオレのためだけに、この場を。そして、この時間を作ってくれた。

 

「……わかったわ。いつか、地獄で会いましょう」

 

先生のその顔は――この世界で見る、初めての本気の顔だった。

 

よし、大丈夫だ。

 

ああ。そうさ。エレーナ。

 

もう一度、お前の笑顔が見たいよ。

 

それが、たとえ作り物であっても。

 

 

 

 

啜り泣きが聞こえる。

 

誰も居なくなったハンガーで、……鑑が、声を殺して泣いていた――。

 

オレには、そんな鑑に声をかける資格なんて、これっぽっちも、ない。

 

 

「……の、……のせいなの、だってBETAは……」

 

 

 

 

 

オレは、自室で泣き崩れていた。

 

オレは――弱い。

 

この世界で生きる資格もない。

 

なのに、生かされ続ける。

 

この世界の、おそらく強かったであろうオレは、とっくの昔に死んでいて。

 

この世界のエレーナに向こうの世界のエレーナを重ねて。

 

この世界でもエレーナを追い込んで。

 

白銀を失った鑑に八つ当たりして。

 

 

 

白銀、お前は本当に、この地獄を生き残ったっていうのか? お前は、凄いやつだよ――。

 

 

 

オレは、最低だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日

 

 

 

「黒須さんは、強い人です……」

 

「黒須さんは、優しい人です……」

 

「黒須さんは、いい人です。ね……」

 

……社、か?

 

 

 

 

 

ゆさゆさ

 

「……」

 

ゆさゆさ

 

「……」

 

ゆさゆさ

 

「……」

 

ゆさゆ……

 

「や……し……ろ……?」

 

社の顔があった。

 

「おはようございます……」

 

扉の前に、鑑の姿があった。

 

「おはよう、黒須君」

 

「……おはよう、鑑」

 

「眠れた? 黒須君」

 

「……いいや」

 

「黒須君は頑張ったよ。タケルちゃんもね、精一杯頑張ったんだよ。頑張って頑張って――とにかく精一杯だったんだよ!」

 

社が大声に驚いている。

 

「あ……」

 

「だから、気にしないで。大丈夫だよ。黒須君。――そして――ごめんね」

 

不安がる社を抱きかかえながら、鑑はそうオレに言うんだ。

 

良くわかんねぇよ、鑑。

 

わかんねぇ、って。

 

ああ、白銀、お前の気持ちが少しわかった気がする。

 

オレたち、似てるのかもな。

 

ある意味。

 

 

 

 

 

 

 

「つれてきてくれたようね、鑑」

 

「はい、先生」

 

……。

 

言われなくてもわかる。

 

成功、したのだ。――二号機の製作が。

 

「黒須」

 

「はい」

 

「もう一つの、00ユニットも、あなたに任せるわ。いいわね?」

 

「はい」

 

「社、二号機を持ってきて」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

「あはは、あはは、イサミちゃん、イサミちゃん、…………どこ? どこ? どこーーーーー!?」

 

エレーナの姿をしていた。

 

エレーナの声だった。

 

――だから、なんだ?

 

「なんなんですか、これ」

 

「落ち着かないのよねー。かなり混乱しちゃってるみたいでさ」

 

「こんなので、どうしようと言うのです」

 

オレはイラついていた。

 

理由はよくわからない。

 

「手はあるわ。そしてそれは、あなたにしか実行できないことなの」

 

「オレに?」

 

「まぁまぁ、いいから。黒須。特別任務よ。エレーナを救うために、あなたに一肌脱いでもらうわ――いいわね?」

 

イライラだけが募っていいく――。

 

 

 

 

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