Muv-Luv belive   作:燈夜4649

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エキストラ 一章

 

「もう、最低だよ……」

 

「だからあれは不可抗力で」

 

「イサミちゃん、信じたいよ……」

 

「……」

 

「でも、信じられないよ……」

 

「エレーナ、すまん」

 

「もう、いいよ……どうせわたしなんか……」

 

「……」

 

「咲夜ちゃん、昔から美人だったけど、ますます綺麗になって帰ってくるし……」

 

「……」

 

「前よりずっと、ずーっとずーっと積極的だし……」

 

「……えい」

 

オレはなおも愚痴を続けようとするエレーナの両のほっぺを思いっきり引っ張った。

 

「咲夜ちゃん――んーーーー!? ぐばば!? んーーー?!」

 

……。エレーナ。すまん。こういうときはだな……。

 

しばらく両手足を振り回してじたばたしていたが、おとなしくなるまでとりあえず引っ張ってみた。

 

適当なところで許してやる。

 

「こらーーーーー! いきなり何するかーーーー!!」

 

「うんうん、エレーナはやっぱりこうじゃないとな」

 

元気な顔が似合ってる。心の底からそう思うよ。

 

「ムキーーー! 怒ったぞーーー!!」

 

胸の前で、硬く握られたエレーナの両拳はプルプルと小刻みに震えていた。

 

ここは――そうだな。

 

「エレーナ、オレたち、また三人で登校できるようになるんだよな」

 

エレーナの大きな緑の目が見開かれた。

 

「え?」

 

「お前を色眼鏡で見ない人間が戻ってきたんだ。良かったな」

 

「――うん。うん!」

 

「仲良く、やっていこうな?」

 

「うん! そうだね。イサミちゃん!」

 

「さ、行くぞ!」

 

エレーナの本心はわからない。

 

実のところ、どう思っているのかも。

 

だけど。

 

いつもと変わらない今のエレーナの笑顔を見て、オレが安心したのは確かだ。

 

 

 

 

 

白稜大付属柊学園、校門前の地獄坂。

 

今は登校途中の大勢の生徒の姿が見える。

 

「この制服を着て、この坂を上るのもあと二ヶ月か」

 

「そうだね」

 

「でも、明日から咲夜も一緒に通えるんだな」

 

「うんうん!」

 

「昨日、待ち合わせに遅くなったのは、咲夜と話してたのか?」

 

「うん! 昨日は本当にびっくりしたよー。咲夜ちゃん、急に後ろから声をかけるんだもの! わたし、驚いちゃった」

 

「後ろからでもエレーナって判ったんだな。咲夜は」

 

「あはは。きっとこの髪のせいだよ」

 

エレーナの銀の髪。流れるように美しい、腰まであるプラチナブロンドだ。

 

「わたしのお父さんとお母さんが、わたしにくれた素敵な宝物だからね」

 

「エレーナ……」

 

「大丈夫。大丈夫だよイサミちゃん。わたし、寂しくなんかないよ! イサミちゃんがいるしね。咲夜ちゃんも戻ってきてくれたし! きっと、これからもっともっと楽しくなるよ!!」

 

「そうだな。オレもそう思うよ」

 

「大丈夫! さ、いこ! 早くしないと予鈴が鳴っちゃうよ!」

 

エレーナが校門に向けて駆け出した。

 

「おい、待てよ!」

 

「あはは、待たないよーだ!」

 

 

 

 

 

 

「到着!」

 

「結局、教室まで競争かよ」

 

「へっへーん、今日はわたしの勝ちだよー!」

 

「畜生、まぁ、いいけどよ」

 

「あなた達、いつもいつも元気ね」

 

眼鏡のお下げが今日もオレの目の前に現れた。

 

「そうか?」

 

「嫌味で言ってるんだけど」

 

「おはよう! 榊さん」

 

「ええ、おはよう。ストレリツォーヴァさん。ついでに黒須君も」

 

委員長がオレを露骨に差別したような気がした。

 

「いつも早いな、委員長は」

 

「あなたが遅いんでしょ? 黒須君? もっと早く家を出れないわけ? どうしていつもギリギリなのよ」

 

「はいはい。努力するよ。じゃあな、委員長」

 

「もう!」

 

いつものように、もはや通過儀礼となった委員長との朝の会話を済ませると、オレは席に向かった。

 

 

 

 

 

「ね、ね? 咲夜ちゃん、何組だろうね?」

 

「さぁ?」

 

「せっかくだからさ、一緒のクラスがいいよね!」

 

正直、どうでも――オレは、今朝の寝起きことが頭を過ぎった。

 

エレーナには悪いが、できれば別クラスの方が平和のような気もする。

 

「それはそうだけど、こればかりはな」

 

「もう! イサミちゃん、クラス別々になったほうがいいと思うの?!」

 

「そんなことないさ」

 

「でしょでしょ? ね、イサミちゃん? 今から職員室に行って、お願いしてこない?」

 

な、なにを言い出すかと思えば。

 

「お前バカだろ? な? エレーナ。お前、自分のことバカだと言ってくれ」

 

エレーナが一瞬固まる。

 

あ、考えてる、考えてる。

 

そして。

 

案の定、激怒した。

 

エレーナは椅子を蹴りたおすと、オレに食ってかかってきた。

 

「なんだとーーーー?! わたし、真面目に言ってるんだぞーーーー!!」

 

「オレたちがどうこう言って、どうにかできるわけないだろ? それに、もう時間が――」

 

「ぐぬぬ!!」

 

「しかたないだろ? な?」

 

「……」

 

エレーナの視線が何かを捉えたようだ。

 

見れば、視線の先には御剣の超ブルジョワ姉妹がいる。

 

「……?」

 

エレーナの表情が急に優しくなる。

 

嫌な予感がする。

 

「そうだ! 御剣さんたちにお願いしようよ! きっと上手く行くよ!!」

 

言うに事欠いてそれか。

 

「おいおい、そりゃぁ、上手く行くだろうけど、どうやって御剣たちにオレたちの言うことを聞いてもらうんだよ、それに、あいつらを説得してる間にホームルーム始まっちまうよ」

 

「……それもそうだねぇ」

 

「お前にしては、方法はともかく成功しそうな案だったぞ。褒めてやる」

 

「はぁ、いい考えだと思ったんだけどなー」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、榊さん、今日転入生がくるって聞いたんだけど」

 

「ええそうよ。神宮司先生から聞いているわ。鎧衣さん」

 

「私は香月先生から聞いた」

 

「えー?! 彩峰さん、それ本当なの?」

 

「……そんな夢を見た」

 

「えー。夢の話だったの?! そりゃないよー」

 

「三年ももう残すところ二ヶ月程度だぞ? そいつ何を考えてるんだ?」

 

「タケル。その者にはその者なりの深い事情があるのだろう。あまり詮索するでないぞ」

 

「そうですわ。人にはそれぞれ、歩むべき道があるというもの」

 

「お前らが言うと、なんでもないことでも深刻に聞こえるから止めろ」

 

「そうだな、そなたの言うとおりだ。タケル。すまなかった。私としたことが。許すが良いぞ」

 

「武様。とは言うものの、敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と申します。備えあって憂いなし。そうではありませんか?」

 

「そうであった。さすがは姉上。私の心構えはいつでもできている」

 

「冥夜、その心意気です。私達は御剣なのですから」

 

「はぁ、あなた達はいったい何と戦ってるのよ……」

 

「どんな人だろうね、タケルちゃん――」

 

「あ……まりもちゃん来たぜ」

 

オレのクラス、3-Bはいつも通り。

 

うるさいことこの上なかった。

 

それはオレの担任である、まりもちゃんが教室に来てからも変わる事はない。

 

「みんな、おはよー。じゃあ、早速だけど、出席取るわね?」

 

 

 

「先生! 神宮司先生!」

 

「なぁに? 珠瀬さん」

 

「今日、転入生が来るって本当ですか?」

 

「あら。もう知ってるの? まぁいいわ。その話は本当よー。皆知ってるのなら話は早いわ。紹介してしまうわね。――月環さん、入ってきて」

 

ああ、咲夜。うちのクラスだったのか。

 

よかったな。エレーナ。これで三人一緒だ。

 

オレの期待は外れたけど、決まってしまったものは仕方がない。

 

結果、これで良かったと思えるようにするだけだ。

 

「月環咲夜さん。ご両親の都合で、こんな時期だけど急に転入が決まったの。白稜大への入学が決まってるそうよ。そうよね?」

 

「はい。つきのわさくやです。よろしくお願いします」

 

何故こっちを見る、咲夜。

 

「あの席、いいですか? イサミ……黒須君の後の席」

 

「え? 黒須君の知り合い?」

 

「はい、昔、ちょっと」

 

 

 

「おおー!」

 

「あら、白銀君、残念そうね?」

 

「たーけーるーちゃーんー?!」

 

「まりもちゃん、何言ってるんだよ?」

 

「こら! 白銀君! 神宮寺先生、でしょ!?」

 

「どりるみるきぃぱんち!!!」

 

「ご、誤解だ、――まぞーーーーん!?」

 

まったく騒々しい。

 

でも、白銀は見ていて楽しいから、あれはあれで良いキャラだと思ってる。

 

 

 

オレはこちらへやってきた咲夜に囁いた。

 

「席指定かよ!?」

 

「嬉しい? 」

 

「何言ってるんだ、バカ」

 

「また、一緒だね」

 

「気味悪いこと、いきなり言うな。でもよ咲夜、一緒に仲良くやろうな。エレーナも一緒にさ」

 

「……そうね」

 

「?」

 

違和感。

 

気のせいかもしれない。

 

いや、きっと気のせいさ。

 

「やったね、イサミちゃん!」

 

エレーナが嬉しそうに指で合図してくる。

 

「ああ」

 

オレはエレーナに軽く頷いた。

 

 

 

 

「イサミ、背が伸びた?」

 

「今頃気づいたのかよ」

 

「昨日、爪先立てないと届かなかったからね。唇に」

 

な、なにを言い出す!

 

オレは堪らず噴出した。

 

「うわ。き、汚いよー、イサミちゃん」

 

「すまん」

 

「それはそうと、イサミ、エレーナ。食事にしない?」

 

「うんうん!」

 

「そうだな。学食に行くか」

 

オレが先に行こうとすると、腕をがしっと掴まれた。

 

「待って。いいもの持って来たの」

 

咲夜がはどこに隠していたのか、大きな包みを取り出した。

 

「?」

 

「おおおおお! お弁当だー!」

 

「咲夜! まさかお前が作ったのか?!」

 

「まぁね。せっかくだから、食べてよ」

 

「うんうん!」

 

「おおお、――い、いや、待て。お前……咲夜、料理できたっけ?」

 

オレのその言葉に、咲夜は不敵な笑みを浮かべた。

 

「私を昔の私と思わないことね……!!」

 

オレはエレーナと顔を見合わせる。

 

おそらく考えている事はオレもエレーナも一緒だ。

 

あれはいつ頃の話だっただろう……黒焦げの、かつて卵であった塊や、溶け崩れた姿をした、お結びと称される甘さの際立った米粒の集合体。

 

そんなものの数々――かつての咲夜の至高のメニュー――がオレの頭を過ぎった。

 

「イサミちゃん……」

 

「お、おう、エレーナ……」

 

オレとエレーナの視線が絡み合う。

 

エレーナは決めたに違いない。エレーナの固い決意が手に取るように見て取れた。

 

エレーナが覚悟を決めた以上、オレがうろたえるわけにはいかない。

 

そうだろ?!

 

「今日ねー、登校初日でしょ? 私、がんばったんだー」

 

……。

 

なにが飛び出すのだろうか。蒔絵を施された重箱が、厳かに取り出される。

 

危険すぎる。

 

がんばりすぎだ、咲夜。

 

エレーナもオレと同じ事を思ったに違いない。

 

見れば、息を呑むエレーナがいる。

 

オレたちの心中を知ってか知らずか、咲夜は弁当と言う名の地獄の釜の蓋を開けるのだった。

 

「じゃーん。凄いでしょ!?」

 

……。

 

オレとエレーナは三度、顔をを見合わせた。

 

エレーナの顔が驚愕に引きつっていた。いつもの笑顔は崩れ、禁断の領域に踏み込んでしまったかのよう。

 

そう。

 

卵焼き、俵お結び、野菜の肉巻き、蓮根の煮物。などなど。『和』の様式で占められたそれは、確かに「原形を止め、味を推測できるもの』だった。いや、百貨店の見本でさえ、こうは整ってはいまい。そしてきっとそれは――極上の美味が約束されている――と、思いたい。

 

咲夜は笑顔で言い放つ。

 

「どう? 驚いた? 私、練習したんだから! さ、せっかく作ってきたんだから、食べて食べて!」

 

エレーナの首がぎこちなく動き、その緑の瞳がオレを見上げている。

 

目が、その碧眼が、オレに毒見をしろと。そう――雄弁に語っている。

 

「じゃ、じゃぁ、咲夜、いただくぜ……」

 

「うんうん!」

 

オレは卵焼きにしか見えない、照り輝く黄金の物体を箸に掴み、口まで持って行く。

 

一口で食べる勇気はオレにはなかった。

 

少しだけ齧ってみる……!!

 

なんだこれは。こんなものがこの世に存在していいのか。

 

これが世に言う、オーパーツ――。

 

ありえない。

 

ありえない。

 

ありえない。

 

大切なことだから三度言いました。

 

オレが黙っていると、エレーナが心配そうにオレの顔を覗き込んできた。

 

「イサミちゃん……?!  どうし――!  んーー!  んーーー!」

 

オレは食いかけの卵焼きらしき物体をエレーナの口に押し込んだ。

 

「んーー?! んーー?!」

 

「いいからお前も食え!」

 

エレーナが目を白黒させる。

 

ん?

 

げ、どうして泣く?! 泣くほどのことか?!

 

「咲夜ちゃん、おいしいよー! すっごく美味しい! 凄いよ!!」

 

まぁ、たしかに食える代物ではあるな。

 

オレは正直な感想を口に出してみる。

 

「ああ、びっくりした。信じられない。これ、ほんとにお前が作ったのか?」

 

「どう? 見直した?」

 

「見直すも何も、なぁ?」

 

「うんうん!」

 

どこかぎこちなかった咲夜の顔がほころぶ。

 

それはとても柔らかな笑顔だった。

 

 

 

あー、食った食った。

 

まさかあの咲夜がな。――きっと、鬼のような猛特訓をしたに違いない。

 

昔から、根性と執念だけはあったからな、アイツ。

 

咲夜か。

 

……。

 

 

 

 

「よしよし、今日もここまで、っと。おー、エレーナ! 帰ろうぜ! ――咲夜、帰るぞ」

 

今だ机でゴソゴソやっているエレーナと、鞄を手にした咲夜に声をかけた。

 

「うん、帰ろ?」

 

「ああ。――おい、エレーナ! なにしてるんだよ」

 

「おっかしいなー。文芸部の後輩から頼まれた卒業文集の原稿、どこか行っちゃったみたいなんだー」

 

「おいおい」

 

「どんな原稿なの?」

 

「ええとね。プリントアウトしたやつだから……250枚くらい」

 

「……そんな分厚い紙の束、簡単になくなっちゃうわけ?」

 

はぁ? 卒業文集の原稿ってそんなに分厚いのか?

 

原稿用紙250枚ってありえないだろ? まあ、いいけど。

 

「そうだよねぇ、おかしいよね、あはは。……でも、どっこ探しても、ないんだよー」

 

「仕方ねぇな、オレも探してやるからちょっと退いてみろよ」

 

「え? え? いいよ、いいってば、イサミちゃん……」

 

「いいからいいから。お前に任せてたら夜になっちまう」

 

「酷いなー!」

 

「うるせーよ、どけどけエレーナ!」

 

オレは強引にエレーナの手を引いて、席から退かした。

 

「いたた、痛いってば! もう!」

 

「あら?」

 

咲夜がエレーナの鞄の下敷きになっていた紙束を手に取る。

 

「『君が望む未来』……これじゃないの? エレーナ」

 

「「あ」」

 

「あったー!」

 

「なんだよ、どうやったらこんな大きなもの見失うんだよ」

 

「ゴメンゴメン」

 

「えーと……」

 

 

咲夜が原稿を読み始めた。

 

「『それは、とてもちいさな とてもおおきな 

とてもたいせつな あいとゆうきのおとぎばなし――。』」

 

「わー! 止めて止めて! はずかしいよー!」

 

「いいじゃない。ちょっと読ませて? ね? 面白そうだし」

 

「どれどれ」

 

……。

 

それは、確かに愛と勇気の御伽噺だった。

 

……。

 

「『1958年。その年は、人類にとって忘れることのできない年となった。人類は、この大宇宙で孤独な存在でないことを遂に知ることになったのである。火星に派遣された無人探査機によって発見された、火星表面に生息する数種の生命体。それが、何よりの証拠となった。人類はこの事実に狂喜し、共通の夢と希望を見出して我先にと宇宙開発に邁進した。

 

 続く、1967年。月。月面恒久基地において人類はファーストコンタクトに成功する。――しかし、それは血の惨劇をともなう最悪のものであった。後に、BETA(Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race)、人類に敵対的な地球外起源種と命名された異形の生物群は、月において人類を圧倒する。

 

 そして1973年。BETAは地球降下を果たし、その恐るべき環境変化耐性と強靭な生命力、そして圧倒的な物量を用いて人類を――地球上の生物を駆逐した。

 

 時に、2001年、10月。必死の反抗も虚しく、ユーラシア大陸のほぼ全域から駆逐された人類は絶対防衛線を張り、今日まで絶望的な戦いを約30年の長きにわたり繰り広げていた。

 

このとき、世界人口は約10億人。

 

人類には――地球には、滅亡の足音が。確実な未来の姿として迫っていた――」

 

「……」

 

「……」

 

「……なにその詰みゲー」

 

「……卒業……文集……の原稿よね?」

 

「あは……あはは……」

 

「夢も希望も……ないぞ?」

 

「……SF好きなのは知っていたけど、これ、酷す……でも、良く書けてる……文集にふさわしいかどうかは別の話……」

 

「しっかし、お前のことだから、てっきりウサギの出てくるようなお子ちゃま向けの童話かと思ったら……よりにもよってハードSFかよ」

 

「ええ、意外だったわ」

 

「あはは! いつまでも、お子ちゃまじゃないですよーだ!」

 

「どの口が言うか!」

 

エレーナの頭をはたく。

 

「あいたーーー!! なにするかーーー!」

 

「エレーナのくせに生意気な口を利くからだ」

 

「ひーどーいー!」

 

「まぁまぁ」

 

エレーナが涙目で訴えてくるので、今日はこのくらいで勘弁してやった。

 

 

 

 

「エレーナ、部活なんてやってたんだ」

 

「うんうん!」

 

「……イサミも、一緒だったの?」

 

「幽霊部員だけどな!」

 

「あはは、うんうん」

 

「……そう。……私も文芸部入ろうかな……」

 

「「はぁ?」」

 

「……ダメ、……かな」

 

「ダメじゃないだろうけど、……この時期に?! ……活動もなにもない、ってのに?!」

 

「……だよねぇ……あはは、忘れて忘れて!」

 

「……分かった。ななみ先輩に掛け合ってみるよ!! まっかせなさい!! 咲夜ちゃん!!」

 

「「へ?」」

 

――先輩? ああ、あの人かな? 怪我でダブリの。

 

あの人、文芸部だったのか。

 

名前はなんと言ったっけ? 覚えていないな。

 

 

 

 

部室棟なんて久しぶりだ。

 

入部以来、ってやつか? 

 

ハハハ! 

 

――笑えねぇ……。

 

 

 

文芸部――。

 

そう、表札にはある。

 

エレーナは、その扉を二度ノックした。。

 

そしてその口から謎の言葉が迸る!!

 

「Здравствуй товарищи! ちはー、同志諸君!」

 

「「――?!」」 

 

「は? エレーナ、お前なんだそりゃ?!」

 

いまどき同志って。

 

「同志エレーナか。入りたまえ」

 

低く、無機質な女性の声がする。

 

……。

 

「あ、ななみ先輩いるいる! よかったね、咲夜ちゃん」

 

「……うん」

 

咲夜の顔が少し強張っていた。

 

緊張でもしているのかな?

 

 

 

あ、やっぱりあの人だ。

 

あのセミロングの人がななみ先輩だったのか。

 

やや細身で、少し神経質そうな目つきの鋭い女性。

 

背はそれほど高くない。160cmといったところか。

 

見下すようなその視線の先に、エレーナがニコニコと進み出ていた。

 

しかし、エレーナの冗談に冗談で返すなんて、ななみ先輩って、付き合い良いんだな。

 

 

 

「相変わらずロシア語の勉強を進めているようで結構なことだ。発音が安定してきているようだな。同志エレーナ」

 

「ありがとうございます! 同志先輩!」

 

「その調子なら、来週の大会では挨拶ぐらいできるだろう。だが同志エレーナ、心せよ。今の貴様のレベルでは「おはようございます」が「父上、母上、朝の挨拶に上がりました」に聞こえるぞ」

 

「えー。やだなー」

 

「まぁ、そう言うな。貴様の努力には頭が下がる。同志秋田も褒めていたぞ。独学で良く続くものだ」

 

「えへへ」

 

秋田? 数学の秋田か? あの先生、自己中なんだよなぁ。

 

ん? この学園に自己中じゃない先生って……いないよな。そういえば。

 

「まぁ、此度の大会、良い機会だ。ウオッカで頭のやられた転向主義者の日和見どもに、偉大なる革命精神が極東の我が帝国の地に今だ根強く息づいていることをしっかり教育して来い!!」

 

「了解であります! 同志先輩!!」

 

――しかし、この漫才はまだ続くのか?

 

 

 

 

「同志エレーナ! 貴様の父は誰だ!」

 

  「我が偉大なる祖国、大日本帝国です!」

 

「同志エレーナ! 貴様の母は誰だ!」

 

  「我が偉大なる母校、白稜大付属柊学園です!」

 

「同志エレーナ! 貴様のすべき事はなんだ!」

 

  「我が掴むべき栄光、国際数学オリンピック金メダル獲得です!」

 

「同志エレーナ! 貴様と共に戦うのは誰だ!」

 

  「我が信頼すべき同胞、白稜大付属柊学園文芸部です!」

 

「勇猛なる白稜大付属柊学園文芸部の一員たる同志エレーナよ! 貴様は地獄の業火で焼かれし一振りの剣! 今こそ起て! 武器を執れ! 怯懦や躊躇は背信と知れ! 祖国の興廃は常に我らの手にある!」

 

  「はい!」

 

「――同志エレーナ! 我ら文芸部は身命の尽きるまで戦い抜く! かつては亡き戦友と共に在り、そして未来永劫我らと共にある白稜大付属柊学園文芸部の名に於いて、転向主義者の日和見どもを駆逐、撃滅し、必ずや貴様の手に国際数学オリンピック優勝の栄誉を勝ち取るのだ!!」

 

  「はい!」

 

「――我等が祖国万歳ッ!!」

 

  「――我等が祖国万歳ッ!!」

 

「「――我等が祖国、万歳ッ!!」」

 

……。こ、こいつら、疲れないのか……?

 

エレーナと、ななみ先輩、とやらはノリノリで同志ごっこをやっている。

 

部室には、他にも女の子が数名いたが、どの子もエレーナたちのやり取りを見てケラケラ笑っていた。

 

どうやら、このバカ騒ぎはいつものことのようだ。

 

ただ、咲夜と言えば――。

 

あ、白くなって燃え尽きてる――哀れなやつ。

 

 

 

 

「――す、すまないエレーナ。私には無理だ。これ以上、読めない。――涙で原稿を汚してしまいそうだ」

 

なんだそりゃ。

 

「初めは、その……アレな内容にびっくりしたが、読み進めていくうち、こう、なんというか、目頭に熱いものが……平和って、本当に、本当に貴重なのだな。平和のうちに、泣いたり笑ったりできている私たちは、この上ない幸せだ。――うう、私はもう限界だ。ちょっと席を外す」

 

……おいおい。目が真っ赤だぞ。

 

「え?! じゃ、じゃぁ……、この原稿……」

 

「え?! エレーナ? なに言ってんの? ナナミ先輩の御眼鏡にかなったんだから、当然、卒業文集に載せるわよ。ね?」

 

「当たり前です、六分儀先輩」

 

「で、部長、私にも見せてよ。どれどれ……」

 

「そうなの!? やったー!」

 

「やったよ、イサミちゃん、咲夜ちゃん!」

 

やれやれ。

 

無邪気に飛び跳ねるエレーナを見ていると、確かに平和だよな。

 

3-Aの松浦七海先輩、か。

 

 

 

 

 

 

 

「でも良かったのか? 咲夜」

 

「――うん。白稜柊の制服を着て、イサミたちと一緒になにかに打ち込んでみたかったから。――ちょうどいいよ」

 

「文芸部がか? ――もう、卒業文集しか残っていないのに?」

 

「それでもいいよ。いえ、むしろ、文集として後々残るものだから、特にね」

 

「んで、速攻書き始めてるのか?」

 

「そうよ?」

 

「――どんな内容なんだ? エレーナのSFに対抗して、お前はホラー、なんてことはないよな?」

 

「そんな時間あるわけないじゃない。エッセイ程度よ」

 

「あれか? 特になーんにも考えないで書きなぐる短い文章か?」

 

「ええ」

 

「で、何書いてるんだ?」

 

「秘密に決まってるでしょ!?」

 

「なんだよ、教えてくれたって」

 

「イサミこそ、何書いたのよ」

 

「オレは書いてない。書くつもりもない」

 

「えー?! だめじゃん!!」

 

「めんどくさい」

 

「ここは、書こうよ?! 記念にー!!」

 

「ヤダ」

 

「えーー!?」

 

 

 

 

 

 

オレは、最後のカレーパンに手を伸ばした。

 

あと少しでその手が届くと言うところで、誰かがそのカレーパンを掠め取った。

 

?!

 

「あーーー!?」

 

「ん? ああ、貴様は昨日の……」

 

昨日、エレーナと漫才を繰り広げていた――ええと――。

 

「黒須君だったな。貴様はカレーパンが食べたいのか? これを食わないと死ぬのか?」

 

たしか、松浦先輩。

 

「――え? 絶対これでないといけないというわけじゃ……」

 

「そうか。貴様がどうしてもというのなら、これを譲ってやってもいいと思ったのだが、そうではないのだな。――では、これは心置きなく私の胃袋に収めることにしよう」

 

……。

 

やはりこの人、かなり変な人だ!

 

昨日の違和感は正しかったのだ。

 

この先輩、どこか一本ずれている!!

 

「ナナミ先輩、メロンパン確保できました? 私の、私のメロンパン」

 

「んー? モガミ。貴様の食料は確保してある。喜べ」

 

「ありがとうございます。すみません、使いっ走りのようなことをさせて」

 

「いや、お互い様だ。――人は能力を生かし、それに応じた仕事をするべきなのだからな」

 

このショートヘアの子は確か六分儀――。

 

大きな目がオレを捉えて――獲物でも見つけたかのように細まった。

 

「おや? ――黒須くん?」

 

「ああ、今、我が部の幽霊部員筆頭、黒須勇海に協力を願い、政治的指導をしようとしていたところだ」

 

なんの話だ、なんの。

 

「イサミ? どこ行ったかと思えば。教室にも戻ってこないし、屋上には居ないし! ――ご飯ならお弁当あるってば」

 

げ、咲夜。勘の良いやつ!

 

「ん? 昨日の新入部員――月環か。ちょうど良い。――お前たち、締め切りは今月中だぞ? 早く原稿をもってこい。頼んだぞ?」

 

「ん? あ、はい」

 

あ。やべ。返事しちまったよ。

 

「あれ? え? 先輩」

 

「月環、原稿の締め切りは今月中だ」

 

「は? あ、――わかりました」

 

「うん、期待している」

 

逃げようとする前に、オレは制服の袖口を咲夜にしっかりと握られていた。

 

「さ、ご飯にしよ? 教室でエレーナも待ってるんだから!」

 

「お、おう」

 

……。

 

咲夜の弁当、最高に上手いんだけど、あいつらと食うのは正直恥ずかしいんだよな……。

 

 

 

 

 

 

 

空港なんてはじめて来たよ。

 

本当にあんなデカブツが空を飛ぶのか?

 

しかし、それにしても――。

 

「ちょ、おま。その格好」

 

ゆったりとした厚手の黒い毛皮のコート。

 

これまた分厚い黒の毛皮の帽子。

 

茶色の大きな旅行鞄。

 

そ、その格好は――。

 

長い睫を物憂げに伏せて、エレーナはオレを流し見て問うた。

 

「なになに? イサミちゃん」

 

――ドクン。

 

何故に高鳴るオレの胸!?

 

「おまえ、金髪じゃないから減点、一点な」

 

オレは正直なところを言ってやる。

 

「なんだよー。意味わからない!」

 

「男の浪漫なんだよ」

 

「い・み・わ・か・ら・な・い」

 

エレーナが両拳を振るわせて行った渾身の抗議をさらりと無視してやる。

 

「エレーナ、おみあげ期待してるから! お願いね!」

 

「うんうん! 期待してて!! 咲夜ちゃん!」

 

咲夜はひらひらと手を振った。

 

「同志エレーナ! 必ず勝利を掴んでこい! 我らが革命精神を世界に知らしめるのだ!」

 

「了解であります! 同志先輩!!」

 

「その意気だ! 貴様の活躍に期待する!!」

 

まあ、お決まりの同志ごっこが行われたわけだが……気づけば周囲から人がいなくなっていた。

 

 

 

「エレーナ、行っちゃったね」

 

「一人で大丈夫かな」

 

「なんとかなるんじゃない?」

 

「そうか? オレは果てしなく心配だ」

 

「そう? あの子、イサミが思ってるより、強い子だよ?」

 

「そうかな?」

 

「ええ。天然は最強よ」

 

「……」

 

さらりと酷い事いわなかったか? 咲夜のやつ。

 

「でも、私、休戦協定は守るから」

 

――何の話だ?

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