Muv-Luv belive   作:燈夜4649

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エキストラ 三章

丘の上。

 

とある伝説のある木の下。

 

そこに立っていたのはエレーナだった。

 

なんだ、エレーナの奴、こんなところにいたのか。

 

しかし。

 

何か様子が変だ。

 

エレーナは、ぼんやりと街を眺めていた。

 

眼下には柊町が一望できた。

 

夕焼けの空。

 

それがエレーナの白磁の顔を赤く染めていた。

 

「エレーナ?」

 

オレは声に出そうとしてやめる。

 

エレーナの物憂げな表情と数度のため息。

 

手には、オレがいつぞや、かっぱぎクレーンで取ってやった、白いウサギのぬいぐるみが見える。

 

まだあんなもの持ってやがったのか、エレーナのやつ。

 

エレーナを見ると、ぬいぐるみを撫でてはため息をつく。その繰り返し。

 

オレはしばし、その場を動けなかった。

 

エレーナは目尻を拭い、顔を上げる。

 

――泣いていたのか?――

 

オレは自然とエレーナの前に進み出ていた。

 

「エレーナ? いったいどうした? なにがあった……」

 

オレがエレーナの前に立つと、その体がビクンと跳ねた。

 

なんだコイツ。周りが全然見えてなかったのかよ。

 

「エレーナ! どうしたんだよ!」

 

「イサミちゃん……」

 

弱々しく吐き出されたそれは、どうしようもないくらいに沈んでいた。

 

「エレーナ」

 

「ううん、なんでもない、なんでもないよ」

 

弱々しい笑顔。目尻に乾いた涙の痕。

 

なんでもないわけがない。

 

「泣いていたのか?」

 

「違うよ! 目にゴミが、ゴミが入っただけ! やだなぁ。わたしが泣くわけないじゃない」

 

「それならいいけどよ」

 

「……うん」

 

バカ。なにを隠してるんだよ、コイツ。そんな分けない。バレバレの嘘なんかつきやがって。

 

「ねえ、イサミちゃん」

 

「なんだよ」

 

「あのさ、あの」

 

「?」

 

「もし、もしもだよ? わたしが遠くに行っちゃうとしたらどうする?」

 

「え?」

 

「わたし、一人でがんばれるかな?」

 

「そうだな、まあ、エレーナもいつまでも子供じゃないしな……」

 

「……うん」

 

「なんとかなるんじゃないか? もっと自信を持てよ」

 

「イサミちゃんは、……それでいいの?」

 

「え?」

 

「ううん? うん、ごめん、ごめんなさい、なんでもない。なんでもないよ!」

 

「なんだよ、エレーナ」

 

「ね、イサミちゃん! 今日はもう、帰ろう?」

 

「ね? 一緒に帰ろう?」

 

エレーナがオレを引っ張る。

 

「あ、ああ」

 

エレーナの奴、多少気になりはするものの、いつもの気まぐれに違いない。

 

 

 

 

 

 

♪おおきな ふくろを かたにかけ だいこくさまが きかかると

  ここに いなばの しろうさぎ かわを むかれて あかはだか

 

♪だいこくさまは あわれがり きれいなみずに みをあらい

  がまのほわたに くるまれと よくよく おしえてやりました

 

♪だいこくさまの いうとおり きれいなみずに みをあらい

  がまのほわたに くるまれば うさぎは もとの しろうさぎ

 

♪だいこくさまは だれだろう おおくにぬしの みこととて

  くにをひらきて よのひとを たすけなされた かみさまよ

 

(作詞 石原和三郎、作曲 田村虎蔵)

 

 

(イサミ)「あー、エレーナ、なんだよそれ!」

 

(エレーナ)「ウサギだよ。シロウサギなんだー」

 

(イサミ)「それ、そんな大きなウサギ、売ってあったのか? どうしたんだ?」

 

(エレーナ)「おとうさんとお母さんが交代で作ってくれたんだって!」

 

(イサミ)「おまえのおとうさんとおかあさん、とっても忙しいんだよな?」

 

(エレーナ)「うん……。だから、とっても大切にするんだー」

 

(イサミ)「よかったなー」

 

(エレーナ)「うんうん!」

 

(イサミ)「でも、そんな大切なもの、どうしてこんなところに持ってきたんだ?」

 

(エレーナ)「イサミちゃんに真っ先に見てもらおうと思ったんだよぅ」

 

(イサミ)「そうなのかー」

 

(エレーナ)「うん。だって、だいこくさまはシロウサギを助けてくれるんだよね?」

 

(イサミ)「えー? それ、どういう意味だよ?」

 

(エレーナ)「わかんない」

 

(イサミ)「わかんないー? エレーナ、お前が言ったんだぞ?」

 

(エレーナ)「うん。でも、わかんない。おとうさんとおかあさんに、だいこくさまのおうたと、イサミちゃんのはなしをしたら、ウサギ作ってくれたんだよぅ」

 

(イサミ)「そうなのか! よくわからないけどよかったな!」

 

(エレーナ)「うん! よくわからないけど、本当によかったー!」

 

 

 

 

 

 

 

下駄箱を開けると、白い封筒が一枚落ちてきた。

 

……。

 

まさかこれは――。

 

オレは息を飲み込む。

 

「おおー?」

 

オレが拾うより先に、咲夜がそれを摘み上げた。

 

「おい、咲夜!」

 

「まぁ、まぁ、いいからいいから。読ませなさいよ、減るものでもなし」

 

「なんだよそれ!」

 

「かわいいシールで封をしてあるところを見ると、果たし状ではないみたいね――差出人の名前はなし、と」

 

目を細めてオレを見返した咲夜の手から、封書を奪い取る。

 

「あー! ちょっと、イサミ!!」

 

その場で封を切ってみた。

 

――?

 

「エレーナ?」

 

「え? エレーナ?」

 

エレーナの字だ。どういうことだ?

 

オレは文字を追う。

 

怒りで頭の血管が焼き切れそうだ。

 

「ふ、ふざけるな!!」

 

手紙を握りつぶしながらオレは叫ぶ。

 

冗談にしては性質が悪すぎる。――真実だとしたら――。

 

オレは時間を確認する。

 

――あの、バカ!!

 

 

 

 

ストラトスの豪快な駆動音が耳に入る。

 

渡りに船とはこのことだ。いや、これしかない!

 

オレは咲夜に鞄を投げつけると、今入ってきたばかりの校門めがけて駆け出していた。

 

「すまん、咲夜! まりもちゃんには適当に誤魔化しておいてくれ! あとでお返しするから!」

 

「ちょっと! イサミ!!」

 

 

 

 

オレはその暴走車の前で両手を広げる!

 

たちまち響く、けたたましいほどのブレーキ音。

 

周囲の生徒から悲鳴が上がる。

 

「あんた! 死にたいの?! なに考えてるのよ!?」

 

当然のことながら、夕呼先生は烈火の如く怒っている。

 

ごめんなさい先生、オレには他の方法が思いつかないんだ!!

 

飛び出してきた先生に、オレは土下座した。

 

「黒須! あんただったの?! いったいなにを――」

 

「夕呼先生! 一生のお願いです!! 今すぐオレを空港まで送ってください!!」

 

「……」

 

「お願いします!!」

 

「……」

 

オレにはその一瞬が、無限の時間であるように思えた。

 

「……いいわ。乗りなさい、黒須」

 

オレは先生を見上げる。――逆行で顔はよく見えなかった。

 

「……先生?」

 

「急ぎなさい!」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「あんた達、誰でもいいから伝えといて! 私は怪我をしたかもしれない黒須を病院へ連れて行くから!」

 

「え?!」

 

「いいから! 早く乗りなさい!! 急ぐんでしょ?!」

 

 

 

 

「空港で良いのね?」

 

「はい! お願いします!」

 

「飛行機は何時の便なの?」

 

「9時30分です」

 

「モスクワ便よね?」

 

「……え? 先生、知ってたんですか――」

 

「そりゃあ、事務手続きの多さにまりもが泣いてたから」

 

「……」

 

「あと一時間……急ぐわよ。シートベルトをしっかり。そして、口を開かないで。舌噛むわよ?」

 

「わかりました。お願いします!」

 

「なんて顔してるのよ。私は天才よ? 心配要らないわ。ったく、これだからガキは。いい? しっかり捕まってなさい!」

 

 

 

 

「先生、ありがとう。恩にきるよ」

 

「そんなこと、どうでもいいから! 生意気な事を言ってないで、早く行きなさい!」

 

「はい!」

 

車を降りるなり、国際線ゲートにダッシュする。

 

警備員が何か叫びつつ追いかけてくる。

 

まばらなロビー。ゲート奥に吸い込まれていく銀の髪――。

 

エレーナ!!

 

「エレーナ!!」

 

振り返ったその顔は、泣き腫らしたその顔は、まさしくエレーナのものだった。

 

信じられないものを見るその瞳は、たちまち涙で溢れていた。

 

オレは力の限りエレーナの名を叫び、ゲートに近づこうと駆け出そうとする。

 

が。

 

「エレー――ぐはっ!!」

 

横腹に衝撃を感じた。

 

縺れた足をつかまれた。

 

上に覆いかぶさる何かを感じた。

 

オレは駆けつけた警備員達に取り押さえられる。

 

オレは力の限り叫んでいた。

 

「エレーナ!!」

 

エレーナの声が聞こえる。遠くで、聞こえる。

 

「わたし、大丈夫だから! もう、一人で頑張るから!! だからイサミちゃん!! イサミちゃん!! ――ばいばい! イサミちゃん――ばいばい!! ――」

 

エレーナ!!

 

声が、でない。出せない。

 

畜生!! 、どけよ、どきやがれ!!

 

「暴れるな! おとなしくしろ!」

 

退けよ! それどころじゃないんだよ!!

 

オレはなおもあがこうと、腕に力を込めた。

 

「エレーナーーーーー!!」

 

だが、その瞬間――。

 

わき腹に何か冷たいものが押し付けられた。

 

バチッ

 

なっ……オレの視界は白く染まった直後、意識は暗闇に消えた。

 

消える直前になにかを聞いたような気がしたんだ。

 

気のせいではない何か――。

 

『イサミちゃん、ばいばい……』

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

「イサミ」

 

「……」

 

「イサミ、元気出しなさいよ。エレーナは頑張るって言ったんでしょ? あの子がそう言ったのなら、頑張るに決まってるじゃない? イサミがそんな落ち込んでいてどうするのよ」

 

「……もう」

 

咲夜がオレの顔を覗き込む。

 

「どうしてそんな顔をするかな。ホントは、私が泣きたいんだぞ? わかってるのかな? クロスイサミ君」

 

「……え?」

 

咲夜の顔を見た。

 

そこでまた驚く。

 

咲夜は泣いていた。目が真っ赤に腫れている。

 

「そうだな。そうだよな。ごめんな、咲夜」

 

「いいよ。だって、イサミが優しい人だってことくらい、私、とっくの昔に気づいてたもの」

 

「……」

 

「エレーナへの想いが、半端なものでないことも、知ってた」

 

「……」

 

「でも、私も、イサミのこと――エレーナに負けないくらい――」

 

「エレーナは、いつも目が離せない妹みたいな奴だった。あんな形で急に独り立ちするなんて思わなかったけど、オレは嬉しいよ。うん、嬉しい。嬉しいんだ――」

 

「オレが、そう思わなくてどうするってんだ――」

 

「え――?」

 

「なぁ、咲夜」

 

「!?」

 

「オレは、お前たちに出会えてよかったと思う」

 

「イサミ……」

 

「オレは、お前たちの想いに気づかないふりをしてたんだろうと思う。ホント、卑怯だよな」

 

「最後の最後まで、お前たちに辛い思いをさせてしまうなんて、オレは本当にバカだ」

 

咲夜がオレの手を握ってくる。

 

「そんな――こと――ない」

 

「オレは、おそらくずっとこのままだ。このまま、バカを続けるんだろう」

 

「そんなことない。私たちの、いえ、私のイサミは、バカじゃない! 卑怯者でもない! 私は、私だけは知ってるもの!!」」

 

「……」

 

「オレは大バカだから、信じてもらえないかも知れないけど――咲夜」

 

「え――?」

 

「こんなことがあった直後に言うのも、あれだけど、咲夜」

 

「傍にいてくれてありがとう。もし、許されるのなら――これからもずっと傍にいて欲しい」

 

 

 

 

 

『大好きなイサミちゃんへ

 

 

ええとね、長く書くと、悲しくなるから、簡単に書くね?

 

イサミちゃん、あのね、エレーナ、決めたんだ。

 

エレーナ、ロシアに行って、お勉強するんだ。

 

ロシア科学アカデミーっていうところ。イサミちゃん、知ってるかな?

 

調べたんだけど、とっても凄いところなんだよ?

 

ええとね、みんながエレーナを褒めてくれたんだよ? 

 

凄い、凄いって。

 

エレーナ、とっても嬉しかったんだ。

 

でね、イサミちゃん、昨日、わたしに「もっと自信を持て」って言ってくれたでしょ?

 

わたし、とても嬉しかった。

 

イサミちゃんが、わたしのこと認めてくれて、とても嬉しかった。

 

嬉しかった。嬉しかったよ。

 

とても、ありがとう。

 

わたし、こんなに勇気を貰ったの、初めて。

 

イサミちゃん、とっても素晴らしいプレゼント、ありがとう。

 

わたし、忘れないよ。

 

向こうへ行っても、きっと頑張れる。うん、頑張るよ!

 

じゃあね、イサミちゃん。色々とありがとう。

 

とってもとってもありがとう。

 

あ、長くなっちゃったかな。

 

でも、いいよね? だって、イサミちゃんだもの。

 

じゃあね。バイバイ。イサミちゃん。バイバイ。

 

 

 

あなたの白ウサギより』

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