Muv-Luv belive   作:燈夜4649

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オルタ 一章

2002年 1月29日 火曜日

 

この世界。昨日、社から聞かされたこの世界は、絶望の世界だ。

 

人類は疑いの余地など挟む余裕すらなく、その滅亡の時が秒読み段階に迫っている。

 

そして、信じられないことに。

 

そんな最悪な状況下にあってなお、人類はお互いに水面下でいがみあっているらしい。

 

 

 

 

ゆさゆさ……。

 

 

ゆさゆさ……。

 

 

「ん……エレーナ?」

 

 

ゆさゆさ……。

 

「……えい」

 

掛け布団が剥がされた。

 

オレは目を開ける。

 

目の前には小柄な女の子。

 

「や……し……ろ……」

 

黒い制服。青い髪。――それは社だった。

 

「……社が起してくれたのか。ありがとう」

 

「……(こくり)」

 

 

 

「……ばいばい」

 

オレが起きたことを確認すると、社は部屋から出て行った。

 

「あ、ああ。バイバイ」

 

 

 

------ここから ? ------

 

 

オレは個室をあてがわれ、硬い寝台の上で考え事をしていた。

 

ノック。

 

誰だろう?

 

やがて、張りある女性の声が聞こえてくる。

 

「黒須勇海。私は香月副指令からキミの面倒を見るように仰せつかった宗像美冴中尉だ。キミに5分やる。――準備を終わらせて出て来い」

 

妙な言い方だった。

 

だが、気にならないといえば嘘になる。

 

オレはその呼びかけに答えることにした。

 

ドアの外に出たオレは、その女性仕官を見て、息を呑んだ。

 

――冗談だろ? 

 

なんなんだこの超絶美人は――。

 

 

ドアの外で待っていたのは、宗像と名乗る、黒い国連軍の軍装をした女性仕官。

 

だが彼女は今、体の随所を包帯で巻き、三角巾で腕を釣っている満身創痍の姿。

 

だが、そんな痛々しい姿よりも、まずオレの目に飛び込んできたのは、見目麗しく、あまりに整った匂い立つほど雅な彼女の容姿だった。

 

そんな女性仕官がオレの顔を見てあからさまに驚きの表情を浮かべている。

 

? なんだっていうんだ?

 

この展開はいったい――。

 

「――あなたは?」

 

「!? ――なるほど、たしかに――。まあ、こんなこともありうるだろうな」

 

「――先ほども言ったが、私は宗像美冴中尉だ。キミの上官に当たる。――で、キミは本当に黒須勇海なのか?」

 

「そうですけど……?」

 

宗像中尉は目を細めてオレを見る。

 

「はぁ、――重々わかっていたつもりだが、香月副指令も罪なことをする――」

 

「え?」

 

「なんでもない。――では、ついて来い」

 

「え? ――あ、ああ。わかりました」

 

宗像中尉が、形の良い眉を寄せる。

 

「!?――もう一度確認する。キミは本当に黒須勇海なのだな?」

 

「へ?」

 

「……キミは……はぁ」

 

深いため息が聞こえた。なんともいえない表情と沈黙。

 

オレとしても、なんと答えてよいのやら。

 

「――黒須。なにがあったかは聞かない。キミの態度も咎めない。だが、一つだけ言っておく。一秒でも早く立ち直れ。――さもなくば、キミは間違いなく死ぬ。大切なものは何一つ守れず、今度こそ、犬死するだろう。キミはそれを望むか?――そうはなりたくないだろ?」

 

? なんのことだ?

 

「すみません。話の内容が良くわからないのですが……」

 

「……はぁ、まぁ行くぞ。廊下で立ち話する内容ではない。いいから私について来い」

 

 

 

 

小部屋に案内された。

 

「……」

 

「なんでしょうか……」

 

「黒須。よく生きて戻ってきたな。――本当に」

 

?!

 

な、なんのことだ?

 

「今はそれだけで良しとしよう。――キミの記憶は追々戻ってくると、副指令もおっしゃられていた。――だから、その点においてキミは――何も心配する必要がない」

 

オレは記憶喪失なんかじゃ――いや、ちがう。恐ろしいことだが、おそらくこの世界にはオレとは別の、黒須勇海が存在していて、宗像中尉はきっとそいつのことを言っている――そして、ほぼ間違いなく、この世界のオレは――。

 

「キミは特殊任務部隊A-01連隊の一員として、内容は知らないが、副指令直々の特殊任務に従事していたと聞いている。永らくの任務ご苦労だった。黒須少尉」

 

少尉? オレのことか?

 

「そのA-01連隊だが、先日の横浜基地防衛戦、続く桜花作戦で、伊隅隊長を始め、多くの仲間たちを失った。――連隊は事実上の壊滅状態であり、実働可能な衛士はキミ一人だけだ。――そう、もうキミだけなんだ」

 

……なんだよそれ。そんな、無茶苦茶じゃないか。

 

「近く、隊の再編がおこなわれるはずだ。私はそれまで、キミの指導を命じられた。午後から早速シミュレーターで訓練を行ってもらう」

 

「わかりました」

 

「――ほぅ?」

 

シミュレーターって、なんだ? 

 

などとは聞けず、返事を返すオレ。

 

またも目を見開いた宗像中尉がオレの顔をまじまじと見る。

 

「……。黒須少尉。キミは――キミは――本当に何も思い出せないのか――」

 

「?」

 

宗像中尉は形の良い眉を潜めて、オレに囁くように、いや、何か観念したように言葉を吐いた――。

 

「私は香月副指令から、キミを一刻でも早く使い物にするように厳命されている。――だが、事態は私の予想を軽く超えているようだ。最大限、キミに配慮したい」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「――基本的に、上官への勝手な質問は認められない」

 

「――でも」

 

「食事だ。PXに行くぞ。――そんな顔をするな。キミは、PXの意味も、場所すらもわからないと言うのだろう? ――ついて来い」

 

「わかりました」

 

「返事は「はい」だ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

「あら、宗像中尉。あんた、もう出歩いても大丈夫なのかい?」

 

「――そうも言ってられません。香月副指令は私がベッドで寝ている事が気に入らないようなのです」

 

「あはは、そうかもしれないね。――ん? 黒須? あんた黒須少尉じゃないか! アンタ無事だったのかい!!」

 

「?」

 

「どうしたんだい? 黒須少尉。久しぶりだと言うのに元気がないねぇ」

 

「――京塚軍曹。それが、彼はどうも記憶が曖昧というか――以前のことをよく覚えていないようなのです。都合の悪いことは全て忘れる――それが彼のポリシーだった可能性は否定しませんが」

 

「そうだったのかい。まあ、飯をしっかり食ったら思い出すさ」

 

「私からもお願いします」

 

宗像中尉がオレに視線を飛ばし、目配せする。

 

「よろしくお願いします!」

 

「いい返事だね。ま、それだけ元気なら大丈夫ってものさ――ところで、何か食べに来たんだろ?」

 

「軍曹、何か残っていますか?」

 

「あんた達、遅かったからねぇ。なにも残ってはいないけど、今、噂の新製品を今仕込んでいたところさ。なかなかの人気でね」

 

「ああ。例のものですね」

 

「そうさ。英雄様の発案さ」

 

「ヤキソバパン……彩峰の大好物――」

 

「!? あんた、これ知ってるのかい? そうさ。彩峰少尉はこれが大好きだったねぇ」

 

「黒須少尉……?! キミは彩峰少尉と面識があったのか?」

 

彩峰少尉? ……あった?  引っかかる物言いだった。

 

宗像中尉が視線鋭くオレを見る。

 

気のせいか? 宗像中尉の視線が……オレを鋭く抉るように。

 

「え? あ? いえ。ありません」

 

「……もう一度確認する。私の目を見るんだ黒須。それは本当か?」

 

宗像中尉がオレの胸倉を掴んでいた。

 

見た目からは想像もできないほどの凄い力だった。

 

「答えろ!!」

 

「そんな人は、知りません」

 

中尉はオレを解放する。

 

「……そうか」

 

「まぁ、とりあえず腹ごしらえだ。適当に席に着け」

 

「はい」

 

 

 

 

「これは?」

 

「伊隅大尉お勧めの栄養ドリンクだ。飲め」

 

言われるままに飲んだオレ。

 

……?! 

 

ゲロマズ?!

 

オレは堪らず噴出した。

 

しまった!

 

宗像中尉が汚れた制服に目を落とし、顔を顰める。

 

「……キミは私に何か思うところでもあるのか? それとも、こうして見目麗しい女性を汚すことで快感を覚える哀れな性癖の持ち主なのか?」

 

「ち、違います!」

 

「違うとは何を指して言った言葉だ?」

 

「……勘弁してください、中尉」

 

「そうか。残念だ」

 

「黒須少尉。思うところを忌憚なく話してみろ。――私が香月副指令から一言念を押されていなければ、私は今頃キミを迷うことなくしかるべき施設に送致するよう取り計らっていただろう」

 

「?」

 

「いいから話すんだ、黒須」

 

「おっしゃられていることの意味がよくわかりません」

 

「考えるんじゃない。感じるんだ。キミが感じていることを話してみろ、――私は、そう言っている」

 

あー、そういうことか。

 

この世界での疑問をぶつけろ、そう言われているのか?

 

でも、社にこの世界の人間でないということを言うなと言われたよな。

 

あ、でも、そのことに触れなければ良いんだ。

 

なんだ、簡単じゃないか。

 

ここは、そうだな、よし――。

 

「オレは――」

 

 

オレはこの日、宗像中尉の喜怒哀楽といった表情を全て見たような気がした。

 

初対面の相手にこうして話せるなんて、自分でも驚きだった。

 

 

「わかりたくもないが、大体のところは飲み込めたよ」

 

「宗像中尉、ありがとうございました。オレの感じていた違和感の原因がようやくわかったような気がします。やっと納得できたと言うか、諦めがついたと言うか――夕呼先生や社から聞かされたことの裏づけが取れた、というか――」

 

「――ほう? それも妙な言い回しだな」

 

――しまった?!

 

「そしてキミは、香月副指令のことを先生と呼ぶのか――ある人物を思い出すよ――そして、彼は姿を消した」

 

宗像中尉の言葉はオレの目の奥を見透かすように潜り込んでくる。

 

「――そして、その代わりにキミが現れた」

 

「オレは」

 

「何も言わなくて良い。そして、それを聞く権限は――おそらく私にはない。そして、それを聞く勇気もない。私はこう見えても小心者なんだ」

 

「オレ……」

 

「いいか、私は今の話、全て聞かなかったことにする。――キミも何も話さなかった。「夕呼先生と社の言いつけ」とはそういうことだ。いいな、黒須少尉。必ず守れよ?」

 

「はい」

 

「良い返事だ。ならば、このままここで昼食を取って、それからシミュレーション訓練を始めようじゃないか」

 

「はい」

 

「――なぁ黒須。これは純粋な興味と言うか憧れに近いのだが――キミ言う世界――平和な世界とはどのような世界なんだ?」

 

椅子から立ち上がろうとしたオレは思わずよろめいた。

 

全て忘れるって言ったのはたった今だろ?!

 

「――冗談だ。なんだ。キミは本気にしたのか。――キミは誠実なのだな」

 

宗像美冴中尉。

 

底が知れない上官であった。

 

 

 

 

 

ゲームやってる気分だった。まぁ、悪い感じじゃないけどな。

 

「ご苦労だった黒須少尉。今日はここまでにしよう」

 

「以前のデータと比較にならないほど腕前だ。――腕を上げたようだな――とても同一人物とは思えない」

 

宗像中尉の顔が笑っている。

 

――わかっていっているに違いない。

 

「含むところがあるようだな、黒須少尉。――だが、キミは特別だ。何も問題はない」

 

「そうですか?」

 

「――戦術機の操縦については問題ない。だが、黒須少尉。キミは最近運動不足なのではないか? ああ、言い忘れたが、キミにはグラウンドを走る権利がある。行使したまえ」

 

「え?」

 

「何をしている? 黒須少尉。着替えて、持久走を行うのが日課だったではないか。遠慮せずに早く行きたまえ。――ああ、わかった。キミは美女の声援がないと、やる気が起きない口だったな。忘れていたよ。私もすぐに行く」

 

「ええ!?」

 

「私を待たせるつもりか? キミはそれでも日本男子か? ――早く行きたまえ」

 

「――は、はい」

 

 

 

 

はぁはぁ。

 

何故だ!?

 

なぜオレはランニングなどしているんだ?!

 

何かよくわからないうちに走らされてるぞ?

 

しかも――だ。

 

「黒須少尉。ペースを上げたまえ。以前のキミはこんなものではなかったはずだ」

 

宗像中尉の無責任な声援が飛ぶ。

 

「……」

 

はぁはぁ。

 

倒れそうなほど、既にきついんですけど。

 

「私はキミが美しく走る姿が見たいのだ。早くしてくれたまえ。ああ、それはきっと、とても感動する光景に違いない」

 

「……」

 

はぁはぁ。

 

「何を休んでいるのだ? ――キミはこの程度の男ではないはずだ。――私を失望させるな、黒須少尉」

 

「……」

 

はぁはぁ。

 

「おかしいな。黒須少尉といえば、分隊一、持久走に自身があったと記憶しているのだが。これは妙なこともあるものだ」

 

「……」

 

はぁはぁ。

 

「あれはいつだったか。寝物語に語ってくれたはずだったのだが……」

 

!?

 

「……わかりましたよ、走れば良いんでしょう走れば!! だから妙なことを言うのは止めてください!!」

 

「なんだ、元気があるじゃないか」

 

「……」

 

「……」

 

「……いいから早く走れ!! さっさと行け黒須!!」

 

……はじめからそう言えよな……。

 

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