2002年 2月5日 火曜日
澄みきった青空。夏の入道雲が遠くに見える。
制服姿のエレーナと、だれかが石段に座っている。
「黒須くんが好きなんでしょ? エレーナは」
だれの声だろう。
「うんうん! うんうん!! あー。……でも、どうしてわかったの?」
エレーナ、嬉しそうだな……。
いつ見ても、笑っているよな……。
「え? それ本気? もうバレバレだよー。みんな知ってるって!!」
「えーーーー! なんでーーー! どうして?! わたし誰にも言ったことないのに!!」
「あはは。だって、見たまんまじゃん! わからない人なんか居ないって! あれで違ったら、詐欺だよ!」
「そ、そうなんだ」
「エレーナばかりじゃ悪いから、わたしも好きな人言うね?」
「白銀くん」
白銀?
「え?」
「あはは、あはははは。そ、そうだよね、わたしもバレバレだよね。全然人の事言えないって! あはははは!」
「「あはははは!!」」
「じゃあ、二人だけの秘密だよ?」
「全然秘密になってないから!! ……これっぽっちも!」
「あはは!」
「あはは。わたし、黒須君とのこと、応援するよ!!」
「うんうん! わたしも白銀くんとのこと、応援するね!!」
「「お互い、がんばろうね」」
「「あ」」
「あはは! あはははは!」
ああ、コイツは白銀が好きなんだ。だったら、こう、あからさまに白銀に好意を寄せていたやつといえば……だれだっけ?
……。
……。
白い部屋。蛍光灯。
オレの部屋ではない。
この世界でも、あの世界でも。
「――ここは――どこだ?」
オレは辺りを見回す。
アルコールの匂いがした。
薬――医務室――か?
「ああ、そうか。オレはあの場所で倒れて――」
薄暗く、青いシリンダーの並んだ部屋を思い出す。
オレはあの場所で、鑑に――会ったんだ。死んだはずの、鑑に。
「あら。目が覚めた?」
聞きなれぬ声。見れば、白衣の女性がいた。
「!?」
「ここは医務室よ。待って。うん、バイタルも全て異常なし」
「はぁ」
「もうすぐ朝食よ。あ、でも香月博士が、あなたが目覚めたら会いたいとおしゃられていたわ」
「そうですか」
オレは寝台を降りようとした。
「あ、待って。迎えを来させるわ」
先生は内線を押して、何事か告げた。話は通っているのだろう。
ま、いいか。迎えが来るまで寝ていよう。
「あら。またお休み? いいけどね。ふふふ」
ゆさゆさ。
「起きろー」
ゆさゆさ。
「朝ダゾー」
ゆさゆさ。
「起きないなぁ。あ、そうだ。霞ちゃん、やってみる?」
「……はい」
ゆさゆさ。
「……」
ゆさゆさ。
「……?」
「「あ」」
ん? ……ああ、オレは本当に寝てしまっていたのか。
「お、おぅわ?!」
目を開けると、二つの顔が覗き込んでいた。
「あはは!! 黒須君、おっはよー。もう朝だよ?」
「……おはようございます、黒須さん」
社。は、まだわかる。だけどコイツは……鑑。鑑じゃないか。
鑑は昨日、宗像中尉が「死んだ」って……。
「……どうかしましたか? 黒須さん。大丈夫です。心配は要りません。純夏さんは、純夏さんです」
オレは鑑の顔をまじまじと見つめた。
「う……」
「――鑑、なのか? 本当に?」
「そうだよ、黒須君。やだなぁ」
よくわからない。
わかりたくもないような気がする。
まぁ、いいか。
「先生が呼んでるんって?」
「……はい」
「そうだよ! 行こう!」
しまった、涼宮……。
ばったりと出くわしてしまった。
「!? ……鑑……少尉……!?」
「あの、あの……茜、これは?」
あからさまに驚いている。そのうろたえよう、オレの比ではない。
隣の麻倉も、状況が飲み込めたようでかなり混乱しているようだった。
「あ、これはな……」
オレはなんとか声を絞り出しては見たものの、肝心の言い訳を思いつかないのだが。
「あー、涼宮さん、麻倉さん、ごめん、黙ってて! お願い!!」
鑑がすかさず割り込んだ。
「鑑?」
オレは鑑を見る。
演技……いや、地だろ。もとからコイツはこんなやつだ。
かなり適当なやつだったと思う。
「……純夏さん……」
「あ、もしかして副指令が……そういうこと……なの?」
「ごめん! 今は何もいえないの! じゃ、そういうことだから!」
よくわからないが、涼宮は納得してくれたらしい。
「じゃ、わたし達、香月先生に呼ばれてるから! ほんっとゴメンね! ね!」
「遅いわよ、黒須! アンタ、いつまで寝てんのよ!!」
今日はお怒りらしい。
平謝りしておくか。
「ごめんなさい、先生。気づいたら二度寝してまして……」
「アンタの世界じゃどうだったか知らないけど、時間は貴重なのよ?! わかってる? まったく、人が徹夜で忙しいときに……!」
「すみませんでした」
「まあいいわ。で、鑑。思い出せた?」
「はい先生、彼は黒須勇海君です。タケルちゃんのクラスメイトで、バルジャーノン仲間です」
「バルジャーノン? ああ、白銀が得意だったとかいう、あのゲームの事ね? へぇ。あなたもそうなの。――で、腕前のほうはどうなの?」
「白銀には一度も勝った事がありません。あいつはゲームに人生掛け過ぎです」
って、バルジャーノン? どうして鑑がそれを知っている?
「ふーん。でもね、黒須。白銀が上手くやれたのは、そのゲームが得意だったから、って事も関係していると思うわ」
なんだって?
「? 上手くやれた? 白銀のやつ、こっちに来ている――いや、来ていたのですか?」
「!? 黒須~! あなた、冴えてるわね。と言うか、白銀の数倍、頭が切れるわね? そうでしょ」
――そうか。白銀はこちらの世界にやってきて、そして帰ることができた――そういうことなんだな――。
「先生、タケルちゃんは考えること、全然苦手ですよ。……わたしよりお勉強できますけど……。それに比べたら、黒須君は……黒須君は……。あれ? あはは! そういえば、黒須君の成績、わたしと似たり寄ったりだったかも」
「ちょ、鑑!」
「あはは、ごめんごめん」
あ。夕呼先生が鼻で笑った。
「まぁ、どうでもいいわ。それより、鑑をA-01に合流させるから、あなたが面倒見なさい。宗像には話しておくから。いいわね?」
「は?」
「わかったら、黒須、アンタはさっさと出て行きなさい。朝は忙しいのよ」
「鑑、社! ついていかないの! あなた達にはまだ話があるわ」
そう。どうでもいいことだ。とにかく、帰れるんだ。元の世界に。――方法は謎だけどな!!
まぁ、白銀はこちらの世界では英雄らしい。
白銀にできてオレにできないはずは……どうだろうな。
ま、とりあえずやってみようか。
できる範囲で。
「宗像中尉、遅いな」
「そうだねぇ。まだかなぁ。暇だよう」
「エレーナ、疲れるから何も言うな」
「ひーどーいー!」
「はいはい、うるさいから黙ってね」
「ごめんなさい、涼宮少尉」
「……まったく、ソ連の軍人はこの程度か」
「例外中の例外だと思いますけど。アメリカ軍のヤンキーどもでもここまでの逸材はいないかと」
「わたしもそう思う。が、鋼。ストレリツォーヴァ少尉は特別だ。――そして、戦術機の操縦においても、その経歴においても、一流の衛視だ。お前にもそれはわかるだろう?」
「しかし……」
「くどい男は嫌われるらしいぞ? 昨晩、宗像中尉の部屋を訪れた際、中尉がおっしゃったありがたい言葉だ」
この咲夜の台詞には、中隊全員が噴出した。
なんだかんだいっても、咲夜も部隊の雰囲気を良くしようと、なにかと気を使っているようだった。
なにより寄り合い所帯だ。こういう人物がいる事は好ましいといえるだろう。
「まぁ。月環中尉は美冴の部屋に?」
「はい。呼ばれましたので、お伺いを」
涼宮と麻倉が色めき立つ。
「うわぁ」
「そ、そうなんだ」
咲夜は目を細めていた。
「風間少尉、なにか……?」
「いえ、その様子では大丈夫だったようですね。てっきり美冴の毒牙に――」
「面白い話をしているな。後で聞かせてくれないか?」
と、宗像中尉のお出ましだ。
「あーら、お邪魔だったかしら――だから、敬礼はいいって」
「「「は!」」」
風間少尉は軽く流しているが、咲夜は雰囲気について行けずにいるようだった。
副指令につれられて入ってきたのは――。
「副指令より話があるそうだ。――副指令、お願いします」
「補充よ。これで、中隊をらしくなってきたわね。――鑑少尉」
「「「「鑑?」」」
ざわついた声が上がる。
「鑑純夏少尉です。ただいま特別任務より帰還いたしました。本日只今を持って原隊に復帰いたします」
「まあ、そういうわけだから。任務の都合上、経歴を偽っていたのは謝るわ。ま、上手くやってちょうだい。鑑の面倒は、そうね――黒須、あなたに任せるわ」
聞いていたとはいえ、なんだかなぁ。
「返事!!」
「は、了解!」
「まったく。頼んだわよ?」
言うだけ言うと、先生は部屋を出て行った。
「本日はこれより直ぐに、鑑少尉を交えてのシュミレーターでの模擬戦になる。奮闘を期待する。全員、直ちに行動に移れ!」
「「「「了解」」」」
「黒須、ちょっといいか?」
ああ、今日もまた、宗像中尉に呼ばれるのか。
宗像中尉が顔を寄せてきた。
「鑑のことだが。キミにしか扱えないと聞いている。上手くやれ。いいな。話はそれだけだ」
「……」
「何か困ることがあったら早めに相談に来い。わかったな?」
わかりません、わかりませんよ、宗像中尉……。
夕呼先生、あんた何考えてるんだよ……。
シミュレータールームに、珍しい人影があった。
「社?」
「はい。エレーナさんと、ご一緒しています。 何もできませんが、今は見学させてもらっています」
「そうなのか」
「はい。今日は香月博士がそうしろと」
オレはこのとき、深くは考えなかった。
「なるほど」
何を考えているかはわからないが、そういうこともあるんだろうな。
「……大丈夫です。エレーナさんも、いい人です」
「ああ、それは保障するよ」
「……はい」
「アルファー小隊、月環、北條、黒須、ストレリツォーヴァ少尉だ。月環中尉が指揮を取れ。ブラボー小隊、松浦、涼宮、麻倉、そして私。最後にチャーリー小隊。風間、六分儀、鑑だ。チャーリー小隊の指揮は祷子、キミが取れ。アルファ、ブラボー、チャーリーの順に前衛、中衛、後衛となる。以上だ」
青白い燐光を放つ壁。
それはある種の美しさを持っていた。
だが、ここは地獄の一丁目なのだ。
――本当の地獄とは、美しいものかもしれない。
美しいもの、尊いもの、素晴らしいもの、大切なもの――。
それらが手に届く距離に置かれているにもかかわらず、一切手に入れることのできない世界。
――あるいは、それらが次々と失われていく世界。
地獄とは、そういう場所のことなのではないだろうか――。
「それがハイヴか……ここが、地獄……」
『何を呆けている、黒須少尉。何か言ったか?』
そうだ、オレは歴戦の衛士、という役回りだっけ。いちいち驚いてちゃいけないな。
「いえ、失礼しました宗像中尉」
『あははー。イサミちゃん怒られてる怒られてる!』
「何だとエレーナ!」
『えー? わたし日本語よくわからなーい』
ぐぬぬ、エレーナのやつ! ずいぶんと流暢な日本語じゃねぇか!
『イサミ、訓練で緊張していてどうするのだ。ああ、貴様の場合は武者震いか?』
咲夜……! しおらしくなったかと思えば、急に強がりを……コイツこそ緊張してるんじゃないのか!?
「訓練だからこそ本気で望むんだよ、訓練できるうちは幸せだ」
こら咲夜、なんだその顔は。
『なるほど、貴様に教えられるとは……やはり凄いな、イサミは』
『そうだよー。黒須君の言う通り! 訓練、私は好きだなー』
鑑、意外だな。結構好戦的……いや、違うな。白銀の仇うちに燃えてるのだろう。
無理もない。
『訓練で100%完遂しても、実戦では失敗するかもしれない。だが、訓練で100%成功しなければ、実践で失敗する可能性は高くなる。黒須少尉の言う事は正しい。キミたちは忘れてはならない。覚えておくことだ』
へ? 宗像中尉? どういう風の吹き回しだよ。
オレの肩を持つなんて。
『全員、復唱!』
ん? 風間少尉?
『死力を尽くして任務にあたれ』
『『『「死力を尽くして任務にあたれ」』』』
『生ある限り最善を尽くせ』
『『『「生ある限り最善を尽くせ」』』』
『決して犬死にするな』
『『『「決して犬死にするな」』』』
ああ、最善を尽くせ、ということか。
最善を尽くしてこそ、最良の可能性を引き寄せることができるから――。
『では、訓練を開始する!』
『『『『「了解」』』』』
傘壱型陣形で横坑内を長距離跳躍――計器によると、その時速は700km/hを超えていた。
『ヴァルキリー00より中隊各機に告ぐ。進行方向にBETA群の存在を確認。距離約7000!』
『CP、ヴァルキリー01了解。――全ヴァルキリーズ、聞いての通りだ。殴り込みをかけるぞ。跳躍中止せよ。隊列変更、楔弐型だ! 急げ!』
『『『『「了解」』』』』
『――くっーーー! この逆噴射の感覚、たまらないわ!』
『最上、トイレは済ませてきたのだろう?』
『当たり前ですよ! 七海さん』
見事に矢印型に並ぶ。
なんだかんだで、場数を踏んでいるのだろう。
昨日初めて組んだ面々だというのに、一部の隙もない。
――オレ以外は。
『黒須少尉!! これで何度目だ!! ……言わずともわかっているな。キミはダミープログラムで居残り演習だ』
「え?」
『なんだ、不満があるのか。なんなら、……美人で麗しい監督官をつけてもいいぞ?』
「いえ、謹んで遠慮します! 黒須少尉、単独で居残り演習を行います!」
『残念だな、キミとのひと時はさぞ楽しいものになりそうだったのだが』
『まぁ、美冴さんったら。でも……黒須少尉? 私もお供しましたのに』
「お手を煩わせるほどではありません! 単独演習の件、了解いたしました!」
なんだかんだで、オレは連携の練度が低い。
このままでは皆の足を引っ張ってしまうだろう。
――本気で練習しておくか。
『こちらヴァルキリー05、12時方向、距離2000にBETAだ。――数は――測定限界を超えている。
程なく、網膜に詳細情報が反映された。
――なんだよ、真っ赤じゃねぇか。
『イサミ、良かったな。より取り見取りだ』
「咲夜、うるせ。嬉しくねえよ」
『――敵、敵、敵――』
低い、押し殺した怨嗟の声が聞こえた。
『……エレーナさん、まだです。もうちょっと待ってください』
『――あ、うん、霞ちゃん』
え? 今の恐ろしい声、エレーナだったのか!?
どういうことだ!?
――!? 秘匿回線!?
『……黒須さん、エレーナさんを気にしてあげてください、話しかけてあげてください』
「は? ……どういうことだ? 社」
『……エレーナさんには、やっぱりあなたが必要です』
「よくわからないけど、話しかけないとダメなんだな? ――夕呼先生の指示か?」
『……そう考えてもらっても構いません』
「わかった」
『……ありがとうございます』
……。
『全ヴァルキリーズ! 狩の時間だ! ヴァルハラが門を開いて待ってるぞ! 前衛各機、突撃せよ!! 後衛は支援攻撃開始!! BETAどもを血祭りにあげるんだ! 各員の奮闘を期待する。以上だ!』
『『『『「了解」』』』』
オレは敵前衛に飛び掛りつつ叫ぶ。
「行くぞ咲夜、エレーナ!」
『バカ! それ私の台詞だ!! アルファー小隊、全機突貫せよ! 黒須に遅れるな!!』
『『了解!』』
踊り来るBETAを36mmが次々と屠っていく。
だが、倒しても倒しても、BETAは仲間の躯を乗り越えて襲い来る。
――きりがない。
個々の戦闘能力ははっきり言って弱い。
だが、この数。度が過ぎている。
疲れから来るミス。
――それが致命傷になるだろう。
オレは体力がない。
自分でもわかっている。
あの走り込みには意味があったのだ。
自主トレ――やっておかないと、オレは死ぬ。
間違いない、確定した未来に思える――。
エレーナのSu-37UBが舞う。咲夜の武御雷の剣舞にあわせて舞踊る。
決してそのような事はないのだろうけれど、血の舞踏が繰り広げられていた。
――あいつら、凄い……。
素直にオレは感心したよ。
――いや、オレも負けてられないな。
疲れた、なんていってる場合じゃない。
弾が尽き、刃が折れてもBETAの奔流は止まらない。
あるものは恐怖だ。
数千、数万のBETAを倒しても、それでは終わらない。
戦いは終わらないのだ。
――どちらかが全滅するまで――。
「積もる話もあるだろうが、反省会はここまでだ。では、――解散!」
「中隊、敬礼!」
風間少尉の号令。
――なんだか、妙に疲れたな。
結局、反応炉まで辿り付けなかった。
皆の腕が悪いわけでもない。
道に迷ったわけでもない。
皆の連携が上手く取れていなかった。
もとより寄り合い所帯、予想はしていたものの。
――それに尽きる。
PXはいつも騒がしい。
「鑑少尉! 鑑少尉じゃないか! あんた、あんた、無事だったんだねぇ……わたしはてっきり……」
「おばちゃん……」
「ううん、何も言わなくていいんだよ。あんたの気持ちは痛いほど、痛いほどわかるつもりだよ。でもね、ここに来た以上は食べていってもらうよ!! サービスしておくからね!!」
「おばちゃーん」
「なんだい、ああ、エレーナかい」
「わたしも、あたしも大盛りがいいなー!」
「はいはい。よそってやるから、そこに並びな!」
「はーい」
秋刀魚の蒲焼定食だった。
まあ、今日も茶色かな。
「美味しいねぇ」
「エレーナはいつでも美味しそうだな。まあ、おばちゃんも、そういってくれる人がいると嬉しいと思うぞ」
「うんうん」
「ホントそうだね!」
「鑑はこんなに食べれるのか?」
「わたし? わたしは食べるよ! 任せてよ!」
よくわからない自信だが、エレーナと同じくガツガツと掻き込んでいるようだ。
オレはと言えば……。
「どうしたイサミ、食が進まないのか? 無理にでも食べておいたほうがいいぞ?」
「ああ、わかってるんだがな……」
合成食……不味いよなぁ。
あのおばちゃんが調理してこれだろ?
もし、そうでなかったら、食えるのかこれ?
「イサミ、しかし貴様、戦術機には相当慣れているようだな。今朝の動き、昨日の数倍は凄かったぞ。あんな動きが戦術機で可能なのか?」
「ああ、あれか。いや、白銀があのOSを作った、って聞いたからさ……」
「白銀?」
「ああ、だったら、バルジャーノンで操作可能な事は全て再現できるんじゃないかと思って試してみたんだ。そうしたら、案の定……」
「バルジャーノン? なんだそれは。アメリカの新型か何かか?」
「あ、いや、まあ、そんなもんだ」
「そうか。――」
「? なんだ? 咲夜」
「イサミ。良かったら、わたしも貴様の操縦法を教えてくれないか。なにか掴む事ができるかも知れん。頼む! 私は少しでも早く、貴様に追いつきたいのだ」
「ああ、それは構わないけど」
咲夜の顔が綻ぶ。
「ありがとう。貴様に感謝を」
「イィサァミィーちゃん、わぁたぁすぃにぃも――」
「おいこらエレーナ、飲み込んでから話せ。まあ、言いたい事はわかったけどよ」
「黒須君、わたしにもお願い――」
「鑑……」
鑑は遠くを見つめながら、なにか決心したような顔をしていた。
珍しいよな。見た事は――ないかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぁ、鑑。――白銀は――白銀がこの世界に来たのか?」
「タケルちゃん?」
「ああ」
「タケルちゃんは今、ここにいるよ? 私の心の中に。ずっとずっと一緒だよ。もう、絶対、絶ーっ対離さないんだー」
「……そうだったのか。わりぃ、嫌なこと聞いたな」
「ううん? そんなことないよ。タケルちゃんとのこと、黒須君と話せて嬉しいよ。だって、タケルちゃんはいつだって、わたしのヒーローだもの」
「そうか。そうだよな。ありがとう。鑑」
……。
「もう、絶対、絶対、離さないんだから……」
◇◇◇
「黒須少尉? こんな時間にどうした? まぁ、寝る前に喉でも乾いたのか?」
? あの二人、確か帝国軍出身の――。松浦七海中尉と、六分儀最上少尉だ。二人して、運動でもしてきたかのように、タオルで汗を拭いていた。
「まぁ、そんなところです」
まさか、香月先生のところの帰りなどと下手に口を滑らせて、変に勘ぐられてもかなわない。
オレは話をあわせることにした。
「松浦中尉達は――もしかして走り込みでもされていたのですか?」
軽く上気した肌の上をタオルで拭いている。もしかしてとは思ったが、本当にそうだったようだ
「ああ。グラウンドを走ってきた。そこの最上と、こうするのが日課でな……こうして、体を常に緊張させて置かないと、不安でたまらない。――はは、おかしいだろ? 笑ってくれても良い――バナナジュースで良いか?」
黄色の紙パックを投げてよこす。
――よりによってそれを選びますか、中尉殿。
ストロー越しに一口含んだそれは、予想に違わず珍妙な味だった。
「松浦中尉――」
「今はだれも居ない。松浦で良い。――それとも、ナナミ、とだけ呼んでみるか? 黒須少尉」
「ちょっと、ナナミったら。――調子に乗って。黒須少尉がびっくりしてるじゃない!」
松浦中尉の突然の大胆な発言に、それまでポーカーフェイスを決め込んでいた六分儀少尉が突っ込みを入れる。
「いいじゃないか、最上。我々も周囲と打ち解けていかねばと考えていたところだ。――滑り出しとしては、黒須少尉――イサミ君はちょうどい」
イサミ君?!
ドクン――オレの心臓が跳ねる。――いきなり何を言い出すんだこの人は!
「ちょっと、ナナミ。またまた何を言ってるのよ!」
「いや、いいですよ、六分儀少尉。オレは気にしませんから」
――本当はとっても驚いたよ。
「ん? 最上はそう思わないのか? 何せ、一番の難物であろう、あのロシア人や横浜の女狐とタメ口なんだぞ?」
「そ、そうだけど……」
六分儀少尉の声が弱々しくなってきた。力関係は明らかに松浦中尉のほうが上とみた。
「エレーナと夕呼先生のことですか? 松浦中尉」
「ナナミだ。――それより、その言い方だよ、イサミ君。君はやけに親しげに二人を呼んでいる。そういえば、斯衛出身の二人も名前で呼び捨てているな。――たいした度胸、というか、私にはとても恐ろしくて出来やしない」
「じゃあ、ナナミさん」
「ま、いいだろう」
「あはは! ナナミの負けだって」
「うるさいな、最上」
「あー、ふてくされてる。――この娘ね、あなた――イサミくんが「ナナミ」って呼び捨てで呼んでくれないのを拗ねているのよ? 可愛いトコあると思わない? ね、イサミくん?」
な、ついに六分儀少尉まで感化されてるじゃないか!!
「ふん、好きに言ってろ最上。で、イサミ君。話を戻そう。そう、君が度胸がある、と言う話だった」
「よしてください、ナナミさん。オレが皆をそう呼ぶのは、ただの偶然で――」
「偶然でも、そうできる事はたいしたことだ。――それは才能だぞ? 一種の」
「そんなものですかね?」
「ああ。誇っていい」
「こらこらナナミ。イサミくんが信じちゃうじゃないの!」
「六分儀少尉、大丈夫ですよ。オレも適当に話しているだけですから」
「あはは! イサミくん、君って、本当に面白いんだ。あ、わたしのこともモガミで良いよ?」
「ありがとうございます、モガミさん」
「イサミ君。君は本当に凄いな。君は何のためにここに居いるんだ?」
「え?」
「ああ、言い方が悪かったな。君は日本人だろ? どうして帝国軍ではなくて、国連軍を選んだのか、と聞いたんだ」
――そうはいわれてもな。まさか、夕呼先生に強制された、とは――あ、別にそれでもいいのか。
「はぁ、実は夕呼先生に強制的に――」
「え?!」
「――その話、本当なの?! いや、本当だとしたら、私達、それ聞いてもよかったの?!」
何故そこでうろたえる?!
この二人、なにか壮大な勘違いをしてやしないか?!
「――違うのか?」
松浦中尉がなおも食い下がる。
「違いませんけど……」
正直に白状した。でも、これがまずかったのか、二人は困惑して互いの顔を見合わせていた。
――しまった。ますます想像力を働かせる結果に……。
松浦中尉はオレの考えなど知らず、真剣な表情でオレに向き直って……。
「イサミ君、君は何のため戦っているのだ? 私は、あの12・5事件で思い知ったんだ。人類同士で血を流す馬鹿馬鹿しさに。そして、帝国軍にほとほと愛想が尽きた。今、この世界は滅亡の危機にある。一寸の疑いもなく、人類に余計な血を流す余裕などない。なのに、なのにだ。東京の馬鹿どもと来たら……! あの唾棄すべき人食いの化け物が、今現在も家族を、友人を、――愛するものを食い殺しているんだぞ!? なのに!! なのに――」
え?! 松浦中尉の目から、涙が――。
オレはただ、圧倒されていた。
これが、松浦中尉の語ることこそが、今オレが置かれている世界の紛れもない真実の姿――。
「ちょ、ちょっと――ナナミ?!」
「私はBETAを許さない。私はBETAと戦うために――国連軍への移籍に同意したよ。同じ考えだった最上を誘ってな。渡りに船だと思った。どうせ戦って死ぬのなら、人殺しではなく、一匹でも多くのBETAと戦って死にたい。人間として死んでいきたいんだ」
「……ナナミ。ごめん。早く気づいてあげれなくて。思いつめすぎだよ。体に悪いよ? 今日はもう、――部屋に戻ろう?」
「ああ。――黒須少尉、悪かったな、こんな話につき合せて。少尉、君ならなんとなく話を聞いてくれる、そんな気がしたのだ。――許してくれ」
……。
「中尉。――オレは――オレは世界を救うんです。あいつらが必死に守ろうとした、この世界を――オレは必ず救います」
そうさ。
この世界の委員長達が救おうとした世界。
オレが何とかしてみせる――。
「そう、絶対に――」
「「!?」」
「黒須……少尉?!」
「イサミでいいです」
松浦中尉が、オレに右手を差し出してきた。
そして、オレの右手を掴む。
――握手?
「イサミ、君に話せて良かった。今日は良く眠れそうだ」
「オレもです、ナナミさん」
松浦中尉は笑顔を向ける。どこか、晴れ晴れとしていた。
「では、おやすみ」
「おやすみなさい、中尉。今日はありがとうございました」
「またね。また明日、イサミくん!」
「少尉も」
オレは軽く手を振った。