超ざっくり世界史 改訂版 作:d1199
近代の世界は、列強とそれ以外の国に、分けられます。
が、列強にも先発・後発の二組が在りました。
今回は、後発であるドイツを主役にして、第一次世界大戦までザックリ行きます。
ザックリ世界史~それなりに昔編その二~
このドイツって単語は、元々地域の名前だそうです。
が、世界史的に見ると、複数の意味を持つので、非常に混乱します。
例えば、
東フランク王国から神聖ローマ帝国の過程に、ドイツ王国というのがあり、
中世以降から統一される近代まで、この地域に存在した諸侯がドイツ諸侯と呼ばれ、
それは神聖ローマ帝国の諸侯でもあったり、
その諸侯の一つであるプロイセンの源流に、ドイツ騎士団なんてのも在ります。
また、
ヒトラーが為政した国もドイツであり、現在の国もドイツです。
ややこしすぎるぜ。
ざっくりシリーズでは、「ドイツ」この三文字のみを使う場合は、地方名・民族名で使う事にします。
混乱を避ける為に、ドイツ地方で興った国を、以下の様にします。
古い順です。
・フランク王国
・東フランク王国
・神聖ローマ帝国
・ドイツ連邦
・ドイツ帝国(ビスマルクの)
・ヴァイマル共和国(WW1の後)
・ナチスドイツ(ヒトラーの)
・今ドイツ(=ドイツ連邦共和国・WW2の後)
今回は、第一次世界大戦の直前であるビルマルクのドイツ帝国までを、扱います。
西ドイツ・東ドイツは現代なので気にしない。
では、ざっくりスタート
◆◆◆
最初に、中世のフランク王国がありました。
それが分裂して、東フランク王国が出来ます。
西フランクの王様「フランク王国は分裂したけどさー カール大帝からの皇帝位ってどうするの? 権威ほしぃ」
ローマ法王「功績で東フランク王にあげた」
東フランクの王様「いぇーい」
西フランクの王様「ちっくしょぉぉ!」
東フランクのオットーという人が、異民族からの侵略を阻止して(レヒフェルトの戦い)、その功績からローマ皇帝に成ります(オットー一世の戴冠式)
要するに、
ローマ法王が付与するローマ権威は、東フランクに渡ります。
以降、ドイツ関係で帝国云々と名乗るのは、これが発端です。
んで、
オットー一世の戴冠式から、神聖ローマ帝国が始まります。
何所が神聖やねん・何所がローマやねん、このツッコミは敢えて語りますまい。
◆
彼らゲルマン民族は、複数の部族が寄り集まったモノだったそうです。
ですから、政治形態は、その延長である封建制となりました。
が、
西フランクつまりフランスは、近世で絶対王制にすんなり移行しましたが、
東フランクは諸侯の力が強かったので、絶対制への移行が遅れ、近代でも封建制を続けます。
その理由なんですが、
皇帝になるにはローマ法王の権威が必要だった事もあり、その皇帝が留守がちだったから、だそうです。
つまり、鬼の居ぬ間になんとやら、って奴です。
諸侯の力が強すぎて皇帝が決まらない時代もあったんだとか(大空位時代)
これが影響して、近代化が遅れました。
近代化つまり工業化には、莫大な資金が必要となります。
それには、権力と資本が融合する絶対王制(=中央集権)が、必須だったからだそうです。
後述ですが、ビスマルクが国家統一を行ったのもこれが主因です。
◆
話を戻して神聖ローマ帝国時代です。
帝国は国の集まりなので、ここでは皇帝と諸侯という構成になります。
諸侯は沢山いました。
・バイエルン
・オルデンブルク
・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナッハ
・エルザス=ロートリンゲン
・そのほか沢山
多いわ・舌噛むわ。
帝国での一番エライ人つまり皇帝は、各諸侯の中でも有力組が、代わる代わる務めていたそうです。
その有力組を、選帝候と言うそうです。
カッケー
それら諸侯のなかで有名なのがプロイセンです。
ナチスドイツ・今ドイツに繋がるビスマルクが、登場する国です。
このプロイセンをザックリ追います。
因みに。
○プロイセン
×プロセイン
よく間違われるんだそうです。
私も間違えてました。
イが先か・セが先か、カナ順で「イが先」って覚えれば間違いはありません。
◆◆プロイセン前編
【中世】
プロイセンとは、元々地域名だったそうです。
プロイセン地方に住む人たちが、中々キリスト教に改宗しないので、騎士団が派遣されます(北方十字軍)
この騎士団が定住して、騎士団領になります(ドイツ騎士団の東方植民)
んで、
近所のリトニア&ポーランドと闘って、負けます(タンネンベルクの戦い=グルンヴァルトの戦い)
ドイツ騎士団団長「長いものには巻かれる事にした」
従う変わりに、国にしてもらったそうです。
プロイセン公国が始まります。
ドイツ史を調べるとポーランドって時々聞くんですが、この頃からなんですね。
【近世】
仏王ルイ十四世が、ナントの勅令を廃止します(参照:それなりに昔編そのイチ)
迫害を逃れたプロテスタント達を、プロイセンは受け入れます。
プロイセンの偉いヒト「すべての宗教は等しく、良いものである」
商工者が多かったので、これが今ドイツ=工業に繋がります。
ユダヤの人も積極的に受け入れたのだとか……歴史の闇を見た気がする。
【近代】
戦争に勝ってプロイセン王国に成ります
神聖ローマ帝国の有力諸侯として存在を続けます。
ここから、ビスマルクのオンステージなのですが、
その前に、切っても切れないオーストリアに行きます。
◆◆オーストリア前編
オーストリアは、プロイセンと同じドイツ民族で、同じ神聖ローマ帝国の諸侯でした。
近代に向けて、何かと関わっていきます。
オーストリア=ハプスブルク家で、ザックリOKです。
【中世】
元々は、フランク王国カール大帝の臣下の領地だったそうです(オストマルク東方辺境伯領)
んで、伯領から公国になります。
幾つか王朝が継いでいたのですが、中世末期に断絶します。
勿論ドイツ地方に居る諸侯は、領有を巡って争います。
ここでハプスブルク家が登場します。
地理的な意味で近くの王様と戦争して(マイヒフェルトの戦い
勝利したハプスブルク家は、その領地を得ます。
徐々に力を付けて、選帝侯では無かったのに、神聖ローマ帝国の皇帝になります。
また、なり続けもします。
ハプスブルク家は、スイスを発祥とする貴族でした(スイスとオーストリアはお隣同士です。
明確な資料は見つけられなかったのですが、政略結婚でドイツ地方にも領地を持ったと思われます。
この家は、政略結婚が好きだったようで、しまくります。
オランダやイタリア、それぞれの一部に領土を持つ程に、します。
この辺りでオーストリア公国→オーストリア大公国になってます。
【近世】
なので、スペインの王様になってしまいます。
スペイン王国ハプスブルク朝のスタートです
これは、コロンブスを支援したスペイン女王(イザベル一世)の王朝の、次の王朝に当たります。
ここで【オーストリア系】と【スペイン系】に、形上別れます。
が、血縁は大事なので一緒に扱われます。
スペインの領土とオーストリアの領土を足しあわせると、凄く広くなります。
必ず何処かが昼なので「太陽の沈まぬ帝国」とか言われます。
かっけー
ところが、無敵艦隊がイギリスに破れた事を切っ掛けに、スペイン系のハプスブルクは、終わります
十七世紀頃の話です。
スペインは終わりません。
ハプスブルク朝が終わったって意味です。
◆◆オーストリア後編
戻ってオーストリア系ハプスブルクです。
スペインハプスブルクが終わっても、版図は至る所にありました。
当時小国が乱立するイタリアにもあったそうです。
ところが、
皇帝である【神聖ローマ皇帝&オーストリア大公国のカール六世】が、
跡継ぎを残さず死んでしまったので、
長女が後を継ぎます。
マリア=テレジアさんと言います。
勿論、神聖ローマ帝国の選帝侯が、異議を唱えます。
ザクセン「女が皇帝?」
バイエルン「ザケンナ!」
The 権力争いの勃発です(オーストリア継承戦争)
注意:スペイン継承戦争とは別物です
複雑な利害関係で、部外者も口を挟みます。
仏「国のトップは男がなるべきだ! だからハプスブルクに敵対する!」
味方もいました。
英「女王様だってイイジャナイ」
結果は、戦争の末に、和解で終わりました。
マリア=テレジアの旦那さんが、皇帝になります
マリア=テレジア「でも、実権は私よ!」
旦那「ワシって傀儡(かいらい)?」
マリア=テレジアさんは、
ルイ十六世に嫁いだマリー=アントワネットのママさんです。
どういう関係かって話です。
ルイ十四世が同時期に侵略戦争をしました(参照:~それなりに昔編そのイチ~
・南ネーデルランド継承戦争
・スペイン継承戦争(※同じハプスブルクですがオーストリア継承戦争とは別モノ)
・三〇年戦争
これらは、ブルボン朝(ルイ王様ズのこと)vsハプスブルクの構図でもありました。
なので、マリーアントワネットとルイ十六世の結婚は、フランスとオーストリアの和議だったんだとか。
簡単に言えば政略結婚です。
国家であるフランスが気にするなんて、
ハプスブルク家は相当大きかったようです。
にしても。
フィクションでは、敵として書かれる政略結婚ですが、こう言う事を知ると感覚がおかしくなってきそうです。
少なくとも、和平の証ではある訳ですし。
主人公「政略結婚なんて間違ってる!」
お姫様「よよよ」
王様「大局が見えぬ若造が知った様な口を利くな!」
こんなSS書いたらご一報下さい。
◆
神聖ローマ帝国は、リアルチート仏ナポレオンに負けて、崩壊します。
んで、
ドイツ連邦に変わります(ウィーン体制)
ウィーン体制は王制を維持するのが目的でしたので、帝国が終わっても、プロイセンは王国として残ります。
オーストリアは帝国として独立します。
ここで、オーストリアからプロイセンに戻ります
◆◆プロイセン後編
近世どころか近代にもなっているのに、ドイツ地方の国家は、未だ封建制度です。
英・仏「やーい、時代遅れー」
ビスマルク「これって、ヤバくね?」
米「田舎者~」
ビスマルク「イラ」
ウィーン体制で作られたドイツ連邦は、英・仏・米と比較すると、烏合の衆に近いモノだったらしいです。
なので、
これはまずいとプロイセンのビスマルクが、統一国家を作ろうと、いろいろやり始めます。
この時に主導権を巡ってオーストリアと戦争したのが、普墺戦争です。
結果は、プロイセンの勝利。
こうして、ドイツ帝国が出来ます。
ビスマルクは、軍国主義にして、近代化を推し進めます。
もちろん植民地政策も行うのですが、後発組ゆえに、イギリスの植民地政策と、モメる事になります。
それぞれを、3B政策(独)と3C政策(英)といいます。
これが、WW1どころかWW2の原因にもなるのですが、どう見てもヤクザ同士のシマ争い。
ちな、ビスマルクは宰相(=首相)であって、皇帝ではありません。
◆◆第一次世界大戦の原因
オーストリア「ドイツ帝国に興味なんてないんだからね!」
普墺戦争は、統一後の国が、【イチ民族=イチ国家】か【他民族国家】かどうか、という選択をする性質を持っていました(小ドイツ主義・大ドイツ主義)
オーストリア帝国は、複数の民族がひしめきあう多民族帝国でしたので、多民族国家でないと困ります。
が、オーストリア帝国はプロイセンに負けます。
イタリア統一戦争でも負けて、イタリア半島の領地も失います。1859
んで、権威が低下して、オーストリア帝国内に居る諸民族の影響力が大きくなります。
オーストリア「イタリア半島になんて興味ないわ!」
ハンガリー「しかたないね」
ドイツ民族に継ぐ最大派閥のマジャール人(=ハンガリー人)と手を組む事にします。
これで、オーストリア=ハンガリー帝国ができます(アウスグライヒ)
長ったらしいので、オーストリアH帝国と省略します。
時代は植民地主義です。
西にはプロイセンがあるので、オーストリアH帝国の野望は、東に向かいました。
ですが、ヤバイです。
なにがヤバイって、その東側です。
三つのヤバイがあります。
その1)その東側は、露・英・仏・トルコと言った大国の思惑が交錯し、戦争という意味で火花が散っていました(ナイチンゲールが看護婦という意味で活躍したクリミア戦争も、その一つ)
その2)その東側は、大国に支配されていたので、フランス革命を発端とする独立運動が、飛び火していました。
その3)その東側は、大国に良い様にされてきたという経緯があって、同じ民族が国という枠で分断されていました。
東側の人たち「「「不満。かなり不満」」」
その地域の名は、「The 火薬庫」バルカン半島です。
なのに、オーストリアH帝国の偉いヒトは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を強行します。
この地域には、東側の人たちであるセルビア人が沢山居ました。
当然、隣国&同じセルビア人のセルビアの王様は、それがとても気に入りません。
セルビア王「学生よ。言わなくても分るな?」
学生「分りやした。鉄砲玉いって参ります」
セルビア王「くどい様じゃが、ワシの名は出す出ないぞ」
学生「ヘイ」
皇太子「なんだ、君は?」
学生「往生せいやーっ!(バッキューン」
オーストリアH帝国の皇太子が、セルビア人学生に暗殺されます(サライェヴォ事件)
勿論、オーストリアH帝国の偉いヒトは、大激怒。
セルビア王「……(すっとぼけ」
偉いヒト「バレバレじゃ! ボケェ!」
んで、セルビアに宣戦布告します。
第一次世界大戦 勃発(一九一四~一九一八)
バルカン半島は国レベルで利害が絡む場所でした。
なので多数の国が参加する事になります。
・三国同盟:ドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・イタリア・ブルガリア(四カ国)
・三国協商:イギリス・フランス・ロシアなど(二七カ国)
結果は、三国同盟の敗北で終わります。
この大戦は、戦艦・潜水艦・戦闘機・戦車などの近代兵器が使われたので、エライ事になりました。
◆◆◆
このドイツシリーズは、当初オマケ扱いにするつもりでした。
ところが、
調べるととてもオマケで収まりませんでした。
なので、 もう一回やります。
次こそ最後
【オマケ1】
今オーストリアと今ドイツは、共に同じ民族です。
ですが、オーストリア人=ドイツ人と言うのは、タブーなんだとか。
理由は多分WW2。
【オマケ2】
イタリアも、状況的にはドイツと同じです。
あの半島に小国がひしめいていたので、統一が遅れたんだとか。
【オマケ3】
近代(=工業)化で英仏に追いつくなんて、ドイツも大概チートですね。
【オマケ4】
WW1の犠牲者は推定三七〇〇万人だそうです。
当時の世界人口が十六億人ですから、これは二パーセントにもなります。