森の奥に到着して、二人は地面に露出した小さな欠片のくらいの赤いイノチウムを拾った。
「不思議よね。どこからともなく沸いてくるみたいで」
シャルロットが太陽の光に透かしてイノチウムを見つめる。
「――魔力が濃いところに生成されるって話だね」
「これがそのままお金に使えたらいいのになぁ」
シャルロットはぼやきながら籠の中にイノチウムを入れていく。
イノチウムには貨幣価値があり、商品の取引に使われている。貨幣に使われている物は特殊な加工がされていて、こんな自然物のイノチウムにはほとんど貨幣価値はない。時折、大きなイノチウムを見つけたときは、市場に持っていけば換金してもらうことも可能ではある。
「――ここにあるのは小さすぎるからね。燃料にするのが一番さ」
ルインはそう笑ってシャルロットの持つ籠に集めたイノチウムを入れてくれる。
「あぁ、ごめんよ。籠は僕が持つね」
そう言ってひょいと籠を持ってくれる。シャルロットは小さくありがとう、と伝えてイノチウムを探し始める。
しばらくしてじゅうぶん拾い集めた二人は、近くに流れる川の畔へとやってきた。木々の隙間から落ちる木漏れ日が風に揺られてきらきらと瞬いて見える。通り抜ける風が、川の水の清涼な空気と、葉っぱの青い匂いを運んできてくれる。
「――気持ちいいね」
シャルロットは木こりが切ったであろう綺麗な切り株に腰かけて呟く。ルインも同じ切り株に座って頷き、遠くを見つめた。小さな切り株に座る二人の距離は近く、シャルロットは少し緊張して身体を強張らせる。そんな様子に気付いているのか、籠の中のアーニャが呆れた声で言う。
(――ほら、シャルロット。チャンスだよチャンス。固まってないでルインとお話しなさいよ)
でも、と心の中で躊躇う。どんな言葉をかければいいのだろうか。もう数日もすれば、聖歌祭の日が来て、その翌日にはルインは遠くへ行ってしまう。
行かないで? うぅん。ルインの夢は応援したい。だったら頑張ってね? そうじゃない。本当に伝えたい言葉は何なんだろう。
シャルロットはルインの横顔をそっと見つめる。ルインは変わらず遠くを見るような目で空を……空の向こう側を見つめていた。
その方角にはマール王国がある。そのオレンジ村へと想いを馳せているのだろう。もう今すぐにでも村を出ていきたいの? そんな言葉が胸の中に沸いてくる。
そんなことを言いたいわけじゃない。自分の心に惑いながら、シャルロットは頭を大きく振る。
「――どうしたの。シャロ」
それに気付いたルインがいつの間にかシャルロットを見つめていた。頬が途端に上気する。
否定の言葉が頭をよぎる。ううん、何でもないよ。気にしないで。いつもならきっとそう言って誤魔化していただろう。
「……ルイン、あのね。聞いてほしいことがあるの」
(よっし! えらいよシャルロット!)
明るいアーニャの声が頭に響く。うん。私、頑張るからね。全部言えなくてもいい。少しだけでも気持ちを伝えられたらそれだけで前進なんだから。
小首を傾げるルインに、シャルロットが気持ちを伝えようとした。
――その時だった。
「もぉおおおおおおおおおおおお!!!! やだあああああああああああああああああああああ!」
叫び声が頭上から聞こえた。驚いて見上げると、そこには少女がいた。
黒のとんがり帽子に布地の少ない黒装束。紫のリボンがひらひらと舞う。かぼちゃパンツがやけに目立つその少女はシャルロットとルインの目の前にどすんと落ちてきた。土煙が派手に辺りを包み込む。
「――ママなんて嫌い!! だいっ嫌い!!!!」
魔法陣が一瞬光って土煙を吹き飛ばす。
長い金髪きらめくように風に揺れている。腰くらいまであるその髪は自然と二つに分かれて、カールしている。緑の瞳をぱちぱちとしながら、半べそを掻いた少女がぎろりとこちらへ振り返った。
「――え……どこから来たの?」
空を見上げても何も見えない。どこからともなく振ってきた、としか言いようがなかった。
「どこでもいいじゃない! どこだって! ふん! ママのところなんか帰ってあげないんだから!」
少女は目元を拭って、ふーん!と意地を張った態度でぼやく。ルインと顔を見合わせてシャルロットは眉を寄せた。
「あんたたちこそ、なんでこんなとこにいるのよ! さては私のことを笑いに来たのね!」
ぷんすかぷんすか、と何故か怒り気味に少女が言う。八つ当たりもいいところだ。
「違うよ。君が突然僕たちの前に現れただけだ。別に君を見ても、僕は何一つ面白くもないしね」
「な、なんだとー! 悪戯魔女のリディエールを馬鹿にするのね!」
「してないよ、してないよ!」
シャルロットが手をぱたぱたと振りながら弁明する。ルインは顎に手を当ててふむと、考え込む。ルインはこういうときどうしてか普段に増してマイペースになってしまう。
いきなり現れて、騒ぐリディエールという少女はまた目じりに涙を溜めている。シャルロットはどうしていいかもわからず困り果てる。
「――家出したかと思ったらニャーに、人間相手に騒いでるんだニャ?」
またどこからともなく声がした。また煙と共にどろん、とピンクの装束に身を包んだ女の子が現れた。小さな身体に、外巻きカールの金髪、頭には猫の耳みたいなのがぴこぴこと動いている。身の丈くらいある大きな杖を片手にふわふわと宙に浮かぶ少女がにゃはは、と笑った。続けてぽろんぽろん、と服を着た子猫が地面へ二匹、落ちてくる。
「むむ! ミャオ先輩! 何しに来たんですか!? 連れ戻そうたってそうはいきませんよ! あたしはママのところなんて帰らないんだからっ!」
ミャオと呼ばれた魔女は、はっと鼻で笑って手をひらひらと振る。足元の子猫たちもくすくすと笑う。
「連れ戻しににゃんて来てないニャ。マージョリー様が軽くお仕置きしてきニャって言われたから、しかたニャしに来たのニャ」
「むー! むぅー!! ママはあたしがどこ行ったっていいっていうの!?」
シャルロットたちをほったらかしに、魔女たちは喧嘩を始める。
「――ルイン、どうしよう?」
「巻き込まれないうちに、ここを離れたほうが良さそうだね……」
頷きあって、後ずさりするとぽよん、とシャルロットのお尻に何かが当たった。
「ひゃっ」
振り返るとそこには、魔女と一緒に現れた子猫がじっとシャルロットを見つめていた。よく見ると、ぞろぞろと茂みから何匹も出てくる。
「ミャオ様ー。こいつら逃げようとしてるニャー」
「逃げるなら何か置いてけニャー」
囲まれてぴょんぴょんとシャルロットたちの周りを飛び跳ねる猫。そのうちの一匹が、ルインの持っていた籠をぱしりと叩いた。
「あっ!」
――シャルロットが思わず手を伸ばした。アーニャが籠から飛び出して、それを猫がキャッチする。
(えっ――ちょっと!)
アーニャの声がシャルロットの耳に届く。
「――アーニャ! アーニャを返してっ!」
「シャロ!」
シャルロットの声に答えるように、ルインもアーニャに向かって手を伸ばす。アーニャは猫たちの手の上をぽんぽんと跳ねて、ミャオのところへぽすんと届けられる。
「人形かニャ? 猫ちゃんのお人形ニャんていい趣味ニャ。こいつはミャオがもらってやるニャ!」
そう言って、ミャオは魔法陣を作り出し、まばゆい光を発する。
「――アーニャ!!」
(シャルロット! シャルロット!)
光に目を瞑りながら名を呼ぶ。アーニャの助けを求める声が頭に響く。
嫌だ。アーニャと離れたくない。じわりと涙が溢れてくる。
ドロン、と今度は目の前に大きなドラゴンが現れる。ミャオは空中をふわふわと浮きながら、シャルロットたちを見下ろしている。ルインがすかさずシャルロットを守るように前に出て、魔女を睨み付けた。
「アーニャを、その人形を返してもらえないかな。その子はシャロにとって大切な友人なんだ」
ルインが静かな声でミャオに言う。ミャオは口笛まじりに笑ってアーニャを両手で抱き上げる。
「嫌ニャ。ミャオはこの人形が気に入ったのニャ。返してほしかったら、こいつをやっつけるニャ」
ドラゴンが、咆哮を上げる。びりびりと振動した空気がシャルロットたちに浴びせられ、思わずぺたりとその場に膝をつく。そんなシャルロットをルインは支えるように、肩に手を置いた。
「――リディエールはワガママのお仕置きニャ。マージョリー様を困らせてばっかりで、ちょっとは痛い目をみるニャ」
「ママなんて知らないっ!」
リディエールが叫ぶように言って、私たちの前に立ち、小さなステッキを振って魔法陣を描く。星形のオブジェがドラゴンの頭上に現れる。頭めがけて落ちるそのオブジェをドラゴンは炎を一吹きして消し飛ばす。
「ちっ……」
「がんばるニャー。がんばるニャー」
周りの猫たちがリディエールを茶化すように声をあげる。リディエールはイライラした様子で、杖をまた一振りして魔法を繰り出す。雷が杖先から出てドラゴンに襲い掛かる。
(――シャルロット! 私のことはいいから逃げて!)
アーニャの声が耳に届く。シャルロットは首を振る。人目もはばからず、シャルロットはアーニャの声に答えた。
「そんなことできないよ! 置いてなんて行けない!」
シャルロットはもちろんのこと、ルインもあんなドラゴンと戦えるようなものは持ち合わせていない。アーニャを取り返したくても何もできずに、リディエールの戦いを見守ることしかできなかった。
「ちょっとあんた!」
そんな中、リディエールがちらりとシャルロットを見て叫んだ。
「わ、私?」
「――あんた! さっきから人形の声が聞こえてるんでしょ! あのアーニャって子の声!」
リディエールの言葉に思わず、シャルロットの息が詰まる。どうしてこの子、人形と話が出来るってわかるの?
そんな混乱をよそにリディエールは続ける。
「あんた、助けたいんでしょ!? だったら歌いなさいよ!」
歌う? どうして歌を? 混乱する中、ドラゴンがリディエールに向かって火を噴いた。魔法で壁を作って何とかそれに逃れながら、リディエールはもう一度言う。
「黙って震えてちゃ何も変わらないよっ! 大事なもの、守りたいなら……やることは一つだよ!」
そうして一呼吸置いて、彼女はふっと笑みを浮かべて言った。
「――女は、行動力だよ!」
胸のうちでとくんと弾けるような感覚。ぎゅっと、強く肩を抱かれる。顔を上げるとルインがじっとシャルロットの瞳を見つめ、頷く。
そして、シャルロットは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと立ち上がり、歌い始めた。
アーニャと出会った日のこと。口喧嘩することもあるけれど、それでもいつも自分を見守ってくれた。
大事なお友達。大事な家族。まるでお姉さんのようなまるで妹のような。
一番身近にいてくれる。大切な親友。
想いを込めた歌の旋律が森を包み込むようにして奏でられる。
不意に光が、シャルロットの身体を包んだ。
「――シャロ……?」
ルインが一歩後ろへ下がる。
「――ニャ!?」
ミャオが驚きの声を上げた。宙に浮かぶミャオの手元でアーニャがシャルロットに呼応するように輝き始める。
「――やっぱりね……」
リディエールが不敵に笑った。あっけにとられてぼうっとしているドラゴンの頭を踏みつけて、ミャオのいるところまでジャンプすると、軽く杖を振るって、小さな箱を呼び出してぽいっとミャオへと投げつける。
ぼわん、と箱が破裂して中から舌を出したピエロの顔面がびょいんとミャオへと飛びかかる。それに驚いたミャオは思わずアーニャを手放す。
「――い、一体何が起こっているの?」
シャルロットの身体の光が収まり、ゆっくりとアーニャが光に包まれたまま地面へと降り立つ。
リディエールはふわりとシャルロットの隣りに降り立ち、杖を構えた。
アーニャを取り巻く光が収まると、そこにはひとりの少女がしゃがんでいた。
長い赤毛に、ぴょこんとついた白い猫耳。長い尻尾をふわふわと揺らし、ゆっくりと立ち上がると、シャルロットを振り返った。
「――シャルロット! ありがとうっ!」
いつも、頭の中で聞こえていたその声で、彼女はシャルロットの名前を呼んだ。驚きのあまり、シャルロットは声も出せない。
小さな人形だったアーニャは、シャルロットより少し小さいくらいの女の子になっていた。猫のように地面に手をついて伸びをすると、ふんすと鼻息荒く、ドラゴンを見据えた。
――信じられない。けれど胸の奥からじわじわと熱い気持ちが流れ込んでくる。心が、彼女をアーニャだと教えてくれる。
「さんざん好き勝手やってくれたね! 今度は私が相手するよ!」
「ちょ、ちょっと待つニャ!」
ミャオはまだ混乱しているのか目をぱちくりとさせている。アーニャはどこか悪戯っぽく笑って、地面を蹴った。
「しーらないっと!」
一言、そう言って、ドラゴンの足元へ近づき、回し蹴りでドラゴンの下顎を撃ち抜く。リディエールが杖を振って、また雷をドラゴンへぶつけた。
そして、流れるような動きで、アーニャはぴょんぴょんと飛び跳ねて、ドラゴンに一撃、二撃とパンチやキックを浴びせる。それに連携するようにリディエールは魔法を繰り出し、ドラゴンの体力を削っていく。
「これで、仕上げっ!」
リディエールの声に、アーニャが後ろへと飛んで下がる。特大の星型オブジェがドラゴンの頭にどすんと落ちたかと思うと、ドラゴンは目を回して気絶した。
「お、覚えてるニャ! マージョリー様に言いつけてやるんだからニャ!」
ぶんすかと怒るミャオに、リディエールは舌を出して小ばかにした態度で言い返す。
「やーいやーい! お仕置き失敗でママに叱られたいいんだよーだ」
むきー!とミャオは声を上げてドロンとドラゴンと一緒にどこかへ消えてしまった。使い魔の猫たちは置いてけぼりにされてあわあわと慌てた様子でちりぢりに去って行った。
えっへん、とどこか鼻高々にリディエールは腰に手をついて、威張っている。そんな彼女のことは放っておいて、シャルロットは目の前で身体を動かしているアーニャに恐る恐る声をかけた。
「――アーニャ……なの?」
呼ばれて振り返り、耳をぴこぴこと動かしながら満面の笑みで頷いた。
「そうだよぅ! シャルロット! なんかね、シャルロットの歌を聞いたらぽわーってなってこうなったの! 凄いね!」
いつもよりずっとテンションが高い。動けることが嬉しいのかアーニャはぶるぶるっと尻尾を震わせて、がばりとシャルロットに抱き着いた。
「ちょ、ちょっとアーニャっ」
「凄いな。本当にアーニャなんだ。一体どういうことなんだろう。これは……」
興味深そうにルインがアーニャの頭を触りながらじろじろと見つめている。シャルロットは何となくそれは嫌でアーニャを抱っこしてルインから離す。
「――だ、ダメだよ。アーニャも女の子なんだからそんなに触っちゃ」
「あぁ……そうだね。ごめんねアーニャ」
アーニャはふるふるっと頭を横に振って、いいよーと気楽な声で言った。
そんなやりとりを見ていたリディエールがタイミングを見計らって三人に声をかけた。
「ねぇ、あなたたちこの辺りの子?」
「う……うん。近くのリンドダット村に住んでるよ」
村の方角を指さすとリディエールは目を細めて、うーんと唸った。
「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「村まで案内しようか?」
ルインがリディエールが言うよりも先にそう提案した。シャルロットもその提案に同意してこくこくと頷く。
「あ、いいの? あたし、一応魔女なんだけど」
「だって助けてくれたし……それに聞きたいこともあるから」
アーニャのこと、どうして人形と喋れるとわかったのか。それを知っているのなら、話を聞いてみたいと思っていたのだ。
「じゃあ……改めて。あたしの名前はリディエール。――マージョリー一家の見習い魔女よ」
「シャルロットだよ。こっちはルイン。マージョリー一家って……マール王国のお話に出てくる悪い魔女?」
あー、とリディエールはぽりぽりと頬を掻きながら、頷く。
「そうそう……いい年こいて美少年好きの魔女……だね。ま、まぁそんなことはいいからさ。疲れたしさっさと行こうよ!」
何やら思うところがあるらしいリディエールは歯切れの悪い言い方で肯定すると、大げさにくるりと振り返り、歩き始めた。シャルロットとルインは互いに目を合わせ、一度くすりと笑い、その背中を追った。
注釈
・ミャオの喋り口調がいまいち合ってるか不安です。
・シャルロットは古代人の末裔とは少しだけ違うため、ラッパを使って人形を動かせません。動かせる人形は関わりの深いアーニャのみです。
・アーニャは人形クルルのように振る舞います。
・リディエールの言うママはマージョリーのことですが、育ての親という意味です。
・マージョリーはママと呼ばれるのをよしとしていません。リディエールと喧嘩しているときだけ、ママ呼ばわりされています。
・ミャオは今回、負けていますが本来はリディエールよりずっと強い魔女です。先輩として手加減をしています。でも負けるとは思っていなかったのでプンプンしてます。