あなたが結月ゆかりになって弦巻マキに食われる話 作:Sfon
今日は12月21日。あなたは男性で、結月ゆかりのゲーム実況動画を投稿しています。ここ数日は都心のビジネスホテルに滞在しており、明日帰る予定です。
ダブルベッドにユニットバス、机、小さなクローゼット、冷蔵庫など、一人で泊まるには悪くない部屋です。日が暮れてからホテルに帰ったあなたはベッドに突っ伏し、一日中用事を済ませるのに出ずっぱりで溜まった疲れからか、あっという間に眠りに落ちました。
空腹のせいか、あなたは深夜に目を覚まします。時計を確認すると午前2時を回った頃でした。深夜のホテルは、住み慣れていない部屋と静まり返った時間帯のせいでどこか現実味が薄れ、奇妙な感覚がします。寝なおそうとしても寝られず、気分転換もかねてシャワーに入ることにしました。
ベッドから起き上がり、着替えを取ろうとしてキャリーバッグの中を覗いたあなたは、入れた覚えのない服を見つけます。
不思議に思いながら手にとって広げてみると、どうやらパーカーのようです。黒地のパーカーを基本としてウサ耳がフードに付き、裏地が赤くなっています。考えるまでもなく、あなたの大好きなキャラクター、結月ゆかりが羽織っているものであると確信します。
あなたはキャリーバッグに入れた覚えがないどころか、所有してすらいない服が入っていることを奇妙に思います。家に無いものを間違えて入れるわけもなく、ホテルの部屋以外ではキャリーバッグを開けていないので、どこかで紛れ込むわけがありません。
つまり、入っているこの状況は、絶対に有り得ないのです。
有り得ないはずなのに、そんな異常現象を差し置いて、あなたは服が気になってしょうがありません。パーカーを持ってみると、しっかりとした少し厚めの生地で、縫製も丁寧です。通販で買えば手に入るような、安物のコスプレ服ではないことがわかります。体に当ててみると、胴回りはほぼジャストサイズですが、袖丈は少し短いです。彼女が着るからこそあのダボっとしたサイズ感になるのだろうと感じます。現実にいるわけでもないのに、そんなまじめな感想を抱きます。
奇妙な状況ですが、好きな人のものを目の前にして鼓動が早まり、視界が狭まってくる気がします。まるで、服に魅了されている気分です。もしかすると、他にも紛れ込んでいるかもしれない。そう思ってキャリーバッグをひっくり返すと、入れた覚えのない服が次から次へと出てきました。
紫のオフショルダーワンピースにニーソックス、靴、下着……。彼女の服が一式入っていました。どれも触り慣れていない、女性の服です。壊れ物を触るようにそっと手に取ってベッドの上に並べれば、中身のいない彼女の姿が完成しました。しばらく眺めていると、服の魅力に引き込まれていく感覚がするでしょう。
フードの先から舐めるように視線を這わせ、ワンピースの裾を凝視したところであなたは我に返りました。軽く頭を振って、気分転換にシャワーを浴びることにします。
頭からシャワーを浴びると、汚れと一緒に一日の疲れが抜け落ちていきます。顔を洗うと、だいぶ意識がすっきりしました。しかし、体を洗うと、その刺激のせいか妙に体が痒くなってきます。何度も頭を洗い、顔を洗い、体を洗い、ようやく満足しました。それがマッサージのような効果をもたらしたのか、体つきがすっきりした気がします。ホテルの備え付けのシャンプーや石鹸の質がいいのか、どことなくいい香りもします。
髪を乾かし体を拭いたところで、着替えをもってきていないことに気が付きます。あなたは裸のまま部屋に戻り、足の裏にカーペットの感触を感じながらベッドの近くまで行きました。キャリーバッグの中から服を取り出そうとしましたが、ベッドの上に並べた服が視界の端に入ります。彼女の服です。前から多少なりとも女の子の格好が気になっていたあなたは、数秒そのまま視線がくぎ付けになったかと思うと、ベッドの上の服を手に取っていました。まるで体が勝手に動いて、服を身につけていくような感覚です。あなたは、どうしてサイズが合うと思えない服を着ようと思ったか不思議に思うでしょう。しかし、誰も入ってこないこの状況です。そのまま流されてしまいます。
まず手に取ったのは下着類でした。あなたの体に対して明らかに小さいサイズですが、伸縮性に富んだショーツと肩紐のないキャミソールは、窮屈ながらも十分に体を包みます。ぴっちりとした着心地は今まで経験したことがないもので、少しずつ鼓動が早くなっていきます。
次にワンピースを頭からかぶると、甘く心地よい香りが顔を包みます。思わず、鼻から深く胸いっぱいに吸い込みます。干したばかりの布団に飛び込んだような気持ちよさが広がります。
その時、視界が服で覆われたあなたを立ちくらみが襲い、視界が暗転し、頭から血が引いていく感覚がします。タタラを踏みながらもなんとか転ばずに済んだあなたは、暫くして視界が回復すると、手から順に通していきます。肩まで通すと首の後ろでひもを結びました。なんとか着られたワンピースは丈が尻をギリギリ隠す程度で、とても短いものでした。挟むように締め付ける紐が付いているせいか、胸が少し盛り上がっているような気がします。また、服がぴったりと体に張り付き、お腹が心地よく締め付けられる感触にハマってしまいそうです。服の布地が脇下までしかなく、肩が丸出しになっているせいで男物の服との違いを感じます。
パーカーは多少オーバーサイズなものの、袖が余るほどではありません。また、丈は長くワンピースをすっぽりと覆い、裾は太ももの半ばまであります。肩から先はワンピースで覆われていないため、パーカーの肌触りの良い生地の気持ちよさを感じます。パーカーを着ていれば、ワンピースの丈の短さも多少気にならなくなるでしょう。肩が露出していて少し肌寒かった室内も、これで快適に過ごせそうです。
そして靴下。膝上まであるニーソックスを、片足ずつはいていきます。スルスルと抵抗なく引き上げられる靴下を見ながら、いつの間に体毛の処理をこんなに綺麗にやったのだろう、と疑問に思います。しかし、それ以上は頭が回りません。あれこれ考えるよりも、服を全部着たい欲求の方が大きいのです。太ももの中ほどまで来た靴下は少し食い込みますが、痛いほどではありません。かえって締め付けが心地よく感じます。
最後に、靴を履いて完成です。かかとが少し高くなった、スニーカーとブーツ、ヒールの中間のようなデザインです。あなたの足を適度に締め付け、支えてくれます。
ここまできて、ようやくあなたの頭が少しずつ回りだします。小さい靴を無理矢理履けるはずはないのです。冷静に考えれば何かがおかしいと気づくでしょう。しかし、そうは感じても、自分の格好を確かめてみたい欲求が勝つのでした。
ベッドに並べたときは、まるで結月ゆかりの抜け殻のように見えた服たち。それらを全て身に付けたあなたは、どんな格好になっているのでしょうか。
見下ろすと、案外悪くないように見えます。服のおかげか、少ないながら確かにある胸の膨らみが強調され、腹回りはすっきりとしています。太ももは少し肉付きがいいものの、ふくらはぎはほっそりとしています。
自分の顔と服が同時に見えるのを気にしつつ、あなたは玄関脇にかけられた姿見の前へ向かいます。
そして、期待と不安を胸に抱きながら鏡を覗き込んだとき、ありえないものを目にしたのでした。
鏡の中には、結月ゆかりその人が立っていたのです。紫色の瞳と髪。現実にはそう見ない姿です。彼女は驚いた顔をしたまま、そこに立ち尽くしていました。
数瞬固まったのち、鏡に向かって手を振ったり体を動かしたりすると、鏡の中の彼女はあなたと同じように動きます。
当たり前ですね。
あなたは結月ゆかり。
そう、結月ゆかりになったのです。
さらに、あたりを見渡すと違和感を覚えます。どうやら身長が縮んでいるようです。ドアノブの位置、机の高さ、どれもがつい先ほどまでの記憶より高くなっています。まさか建物が変わるとは思えません。あなた自身が縮んだのです。
足元を見てみましょう。
背が縮んだのと同時に、靴のサイズも小さくなっています。帰ってきてから脱いだ靴が床に転がっていたので、あなたは自分の履いている靴と並べてみました。すると、やはり3センチほど縮んでいるようです。
軽く声を出してみましょう。
あなたの知っている彼女の大人びて透き通った声がします。ただ、少しだけ違いますね。それはあなたの声が骨を伝って、頭の中で響いているからです。声が、確かにあなたの喉から出ている証拠です。
その声が出ている、喉を触ってみましょう。
凹凸もなく、すべすべとしています。喉ぼとけなんてありません。首筋は細く、筋肉はあまりついていないようです。
そのまま顎、頬、唇、鼻と触ってみましょう。
ヒゲもなく、しっとりとした肌です。唇は潤っており、リップクリームを塗ってあるかのようです。
鏡を覗き込んで、顔をよくみてみましょう。
紫の瞳が潤んでいるのがわかります。光に当たって、キラキラと輝いて綺麗ですね。髪も艶やかな紫で、こちらは瞳よりも少し薄い色をしています。光に当たった時にできる天使の輪が見えますね。もみあげは自然に下に伸び、襟足も記憶にあるものより伸びています。髪のどこを触っても、さらさらと指通りが良く、しなやかで素晴らしい髪質です。そうして髪を触ると、確かにその髪が自分の頭から生えているのだとわかります。
今度は、肩を触ってみましょう。
自分の記憶よりもほっそりとしていて、鎖骨が浮き出ています。色白な肌は透き通るようで、儚げな印象を与えますね。肩幅は胴と比べて同じくらいで、以前よりずっと狭くなっています。
そのまま、胸を触ってみましょう。
服のせいかと思っていた膨らみですが、どうやらちゃんと脂肪がついているようです。適度な締め付けで、その形がはっきりとわかりますね。胸の周りを円描くように撫でると、ふにゃりと形を変えます。そして力を緩めれば、服のおかげでもとの形に戻るでしょう。胸の先端を軽く触ってみると、少し硬く、大きくなっている気がします。そのまましばらく触っていると、やがて形が浮き出てきました。それは明らかに記憶よりも大きく、はっきりとしたものです。男性にはない、女性のものです。軽く触れるように撫でてみると、ゾクゾクとした快感が首筋に走ります。
そして、お腹を触ってみましょう。
贅肉はなく、しかし柔らかな感触がします。服が軽く締め付けるので、ボディラインは丸見えです。腰のくびれもはっきりとわかりますね。軽く下腹部まで手を伸ばすと、引っかかるはずの突起がないことにも気がつきます。
そして、お尻を触ってみましょう。
腰から緩やかにつながり、丸みを帯びています。横に広いせいで、くびれがさらに強調されていますね。きゅっと上を向いたそれはつかめば指が沈み、手を離せばハリのある形に戻ります。
太もも、ふくらはぎを撫でてみましょう。
柔らかで、弾力のある感触がします。太腿はもちもちとしており、ふくらはぎはすらっとしています。
身体中を触った、手を眺めてみましょう。
節だっていない、細く曲線的な手です。すべすべとしていて気持ちいいのは、今まで触られた体からの感触でもわかりますね。
体中を触り、あなたはいよいよ自分の体の変化を受け入れなくてはならなくなりました。少し考え込んだあなたは、ふと気がつくでしょう。
服を着て変わったなら、脱げば戻るのではないだろうか。
試そうと思いましたが、せっかくの機会です。もう少しだけ楽しんでからでも遅くはありません。
鏡の前で斜めに立ち、手を後ろに組んで、軽く胸を張ってみましょう。そのまま、上半身を前に傾けます。足は立っていられるように、前後に軽く開きましょう。
すると、あなたの胸は強調されて上を向き、腰からお尻にかけてのラインが綺麗に見えます。
パーカーを脱いでもう一度試してみましょう。腰のラインがわかりやすいですね。女性的な、曲線を中心としたボディラインです。
さて、一通り体を見て堪能したあなたは、服を脱いでみようとしました。しかし、どうにも気持ちが乗りません。せっかく女の子になったのです。もう少し楽しみたい。そんな気持ちがさらに強くなりました。
ベッドに仰向けになり、軽く足を広げます。全身の力を抜いて、リラックスしましょう。
続いて、深呼吸をします。鼻から息を吸って、口からゆっくりと吐きます。胸が上下に動きますね。服が体に密着しているせいで、胸の膨らみや腰のくびれを感じます。
深呼吸のおかげで,力が抜けてきましたね。
では、そっと胸元に手をやって、軽く触れるように撫でてみましょう。心地よく押し返されるのを感じます。そのまましばらく続けましょう。
だんだんと体が温かくなってきました。
それでは次に手を少しずつさげてみましょう。あばら、おなかと順に撫でていきます。ここでも、触れるか触れないかくらいの力加減です。首筋にぞわぞわとした快感が走ります。
少しずつ、呼吸のペースが上がってきました。
足の間はお預けです。次は腰、太ももを触っていきましょう。さわさわと、なぞっていきます。くすぐったさと快感で、思わず腰を動かしてしまいますね。
そのまま、全身の好きなところを触りましょう。
いつの間にか目を閉じ、視覚を捨て、触覚に集中していますね。
そしてお待ちかねのところを触わ……ろうとしたところで、あなたはそのまま寝てしまいます。
あなたが目を覚ました時、時刻は朝の8時を回ったところでした。窓からは朝日が差し込み、鳥が鳴いています。
あなたはベッドの上で肩を回したり伸びをしたりして、体をほぐします。昨晩の出来事は夢だったのでしょうか。そうに違いないと思いながら、目線を体に向けます。
あなたはまだ、昨晩のまま彼女の服を着たままでした。そして、体もそうです。
あの柔らかく繊細な体つきのままでした。
さて、さすがにそろそろ戻らないといけないでしょう。いつもの生活に戻らないといけません。今日は9時にチェックアウトし、帰宅する予定です。それまでに戻らなくては。
あなたはベッドから降りると、服を順に脱いでいきます。
まずはパーカー。
思ったよりも生地がしっかりしているせいか、昨日よりも少し重たく感じます。しかし、決して嫌な重さではなく、むしろ安心感を覚えます。
次はワンピース。
肩紐をほどき、スルスルと下ろして脱いでいきます。昨日は気づきませんでしたが、胸元のひもを緩めることで脱ぎやすくなりました。
そして靴。
かかとから脱いでいきます。一晩中靴の中にあったせいか、足が少し凝り固まっているように感じます。軽く手でもみほぐし、足首を回してストレッチしましょう。
続いてニーソックス。
太ももからするすると下げていきます。なめらかな肌の上を滑らせるのは気持ちがいいですね。
最後に下着を脱ぎましょう。
上も下も、体にフィットして気持ちよかったですね。順に脱いでいきましょう。
服をすべて脱ぎ終えると、朝日に照らされた白い肌があらわになりました。体に変化はないようです。あなたは、どうやれば元の体に戻れるか少し考え、もともと着ていた服を着てみようと考えました。
シャワーを浴びる前に脱いだのが、男物の服を見かけた最後の記憶です。たしか椅子に引っ掛けたはずなので、その場所を見てみましょう。
そこには、見覚えのある服はありませんでした。代わりに、太ももの半ばまでを覆うデニム生地のショートパンツと、白のキャミソールがかかっています。
あなたが不思議に思いながら部屋中を調べまわると、驚くべき事実に直面します。
この部屋には、あなたがいた形跡がありません。正しくは、男の時のあなたがいた形跡がありません。
あなたが持ってきた鞄の中には、あなたの身元が分かるものだけが無くなり、代わりに結月ゆかりのものが入っています。店の会員カードやクレジットカード、手帳などがそうです。保険証も彼女のものが入っており、どうやら戸籍の心配はないようです。小物類をはじめ、持ってきたはずの着替えも女性ものに置き換わっています。スマホはあなたの指紋認証で開き、中身に変わりはほとんどないものの、スケジュール帳の予定はすべて消えて真っ白になっています。SNSやチャットアプリなどの各種アカウントもすべて消えており、メールの一件も残っていませんでした。
まだまだ調べたりませんが、さすがに寒くなってきたので、そろそろ何かしらの服を着たくなってきました。元々着ていた服を着たかったのですが、諦めるしかないでしょう。あなたはキャリーバッグから下着を取り出して着ると、椅子にかかっていたショートパンツとキャミソールを着て、パーカーを羽織りました。
鏡の前に立つと、そこには少し活発的な格好をした結月ゆかりがいました。あなたが表情を変えれば、彼女も同じように変わります。
当たり前ですね。あなたが結月ゆかりなのですから。
時計を見ると、そろそろチェックアウトする時刻になっています。自分の体に降りかかった異変が解決しないまま、元凶にも思えるこの部屋を出るのは気が進みませんでしたが、しょうがありません。あなたはそう言い訳すると、部屋を出る準備をしました。
部屋を出ようと玄関のドアノブに触れたとき、ふと考えます。ここから先は他人にこの姿を見られるだろうな、と。この部屋にいる間は、自分の姿を見るのは自分だけでした。しかし、これからは人の目にさらされることになります。
もし女装をしている変な人に思われたらどうしよう。どこかでこの格好のまま元の姿に戻ったらどうしよう。そんな不安があなたを襲います。右手の壁にかかっている鏡をのぞき込むと、不安げな表情を浮かべた結月ゆかりがいました。
大丈夫。どこから見てもあなたはかわいらしい女の子です。
どうしても不安なら、フードを深めに被るといいかもしれません。多少は視線を気にしなくてすむでしょう。
深呼吸を一度して気持ちを何とか落ち着けると、扉を開きました。
エレベーターでフロントに向かいます。降りている間に手元の宿泊表を見ていると、宿泊者名には「結月ゆかり」と書かれています。まるで彼女の体に自分の意識が割り込んでしまったような気持ちになりますが、部屋番号はあなたがここ数日泊まっていた部屋のものです。結月ゆかりと入れ替わったというわけではなく、あなたが結月ゆかりになったと考えた方が自然でしょう。
フロントでチェックアウトの手続きをすると、あっけなく完了しました。支払いはクレジットカードで事前に済ませてあり、カードキーを返すだけで済みました。フロントで対応してくれた女性があなたを「結月様」と呼ぶたびに、むず痒くもどこか嬉しい気分になったのは気のせいでないでしょう。
スマホの地図アプリにあった履歴によると、あなたの家はもともと住んでいた場所と変わりないようです。ホテルから電車を乗り継ぎ、1時間ほどで着く郊外の住宅街にあります。電車で帰ってもいいですが、あまり人目につきたくなかったあなたは、タクシーで帰ることにします。念のためクレジットカードの口座を確認しますが、記憶通り、それなりの金額が入っていました。痛い出費ではありますが、今の不安定な精神状況のまま、大勢の人目につく電車で移動するよりはましだと感じます。あなたはフロントでタクシーを呼んでもらいました。
ホテルのロビーでしばらく待つと、数分もしないうちにタクシーが到着しました。玄関を抜けると、朝の冷えた空気が肌の露出した肩と太ももにあたり、ショートパンツの裾から吹き込んできます。思わず両手でパーカーの裾と襟元を掴みながら、タクシーへと乗り込みます。運転手に住所を告げると、タクシーはゆっくりと発進します。
運転手はあなたに話しかけようとはせず、黙って運転を続けます。いつもなら少し居心地が悪く感じるかもしれませんが、今のあなたにとってはありがたいものです。家につくまでの間に、自分の状況を確認しておきましょう。
スマホで「結月ゆかり」と検索してみますが、全くヒットしません。「ボイスロイド」でも同じです。しかし、唯一「AHS」という単語は検索結果に引っかかりました。それはAHS芸能事務所という会社名で、どうやらここ一年ほどの間にできた会社のようです。
ようやく現状をつかむ糸口を見つけたあなたは、その会社を詳しく調べることにしました。すると、所属している唯一の芸能人を見つけます。その人の名は「弦巻マキ」というようです。あなたはもちろん聞き覚えがあります。ボイスロイドの弦巻マキでしょう。
彼女に聞いてみれば何かわかるかもしれない。そう考えたあなたは、どうにかして彼女と連絡を取る手段を考えます。もしも彼女があなたと同じ立場なら、きっと話を聞いてくれることでしょう。しかし、どこにも連絡先が見つかりません。SNSはあるようですが、運営が管理しているため、彼女のもとに届くとは考えにくいでしょう。そうなると、どうにかして彼女の方からあなたを見つけてもらうしかありません。
どうすればそれが叶うか。あなたが思いついたのは「ゲーム実況動画を出す」ことでした。幸いなことに、彼女も数多くのゲーム実況動画を上げています。彼女にあこがれてやってみましたなどとコメントを付けてSNSに投稿すれば、彼女のエゴサに引っかかるかもしれません。彼女があなたの名前……「結月ゆかり」を知っていれば、きっと連絡をくれるでしょう。家に帰り次第、すぐにとりかかろうと決めました。
やがて家につきました。見覚えのあるマンションです。あなたの記憶にある自宅と変わりありません。慣れた足取りで玄関前までやってきました。鞄から鍵を取り出し、開けようとしたところで、見覚えのないキーホルダーが付いていることに気が付きます。紫と黒を基調とした、ウサギのキーホルダーです。どこか彼女らしいなと感じます。
玄関を開けると、ラベンダーのいい匂いがします。微かに香る程度で気になるほどではなく、リラックスを促してくれます。部屋の間取りや家具の配置は記憶と変わっていないですが、どの家具もデザインがシンプルながら明るく、白やピンクを基調としたものに変わっています。大きく様変わりしている覚悟を持っていたあなたは、ほっとしたことでしょう。
冷蔵庫の中身も変わらず、どうやら大きな変化は起きていないようでした。しかし、クローゼットの中を見たとき、思わず固まってしまいます。そこにはハンガーにかけられた様々な女性ものの服があり、三段の引き出しには下着類と靴下類がきれいにしまわれていました。そして、隅に隠れるようにひっそりと置かれた箱の中身を見ると、思わずすぐに閉めます。中にはどことなく見覚えのある小型のマッサージ器やらなにやらが入っていましたが、気にしないように努めます。
時計を見ると、お昼がだいぶ近くなっていました。家にあるカップ麺で済ませようかと思いますが、考え直してコンビニでサラダを買ってくることにします。これからこの体形を維持するのはあなたの仕事なのです。できるだけ体にいい食生活を送らなくてはいけません。
食事を済ませると、パソコンを起動して中身を確認します。大きく変わりはないものの、結月ゆかり関連のデータはすべてなくなっていました。どうやら、あなたの記憶のある世界とこの世界の差は、「ボイスロイド関連のキャラクターが実在しているかどうか」のようです。さらなる検索の結果、ボイスロイドとして知っていたキャラクターは弦巻マキがいるだけでした。ボーカロイドに関しては、どうやらほぼ全員が実在するようです。
一通り情報収集を終えたあなたは、いよいよゲーム実況の動画を撮ってみることにしました。ちょうど、最近買ったばかりのまだ手を付けていないゲームがあったのです。あなたは慣れた手つきで録画準備をし、以前とは違って自分の顔も同時に録画していきます。声を録音するためのマイクも付け、いよいよプレイ開始です。
始めは少し慣れなかったものの、小一時間もプレイし録画すればすっかり慣れたでしょう。敵にやられれば悔しそうにリアクションをしてゲームを冗談交じりにディスり、うまくいけば調子に乗った発言をしてみます。ひと区切りついたところで録画を止めて見返してみれば、そこには楽しそうにゲームをするゆかりさんがいました。動画を編集し、字幕をつけ、5分ほどの動画が出来上がったときにはすでに日が暮れていました。
動画を出力している間に、晩御飯の準備をしましょう。健康的な食生活をしたいところですが、撮影と編集で疲れてしまったので近くのファストフード店で軽めに食べることにしました。
昼食では少し食べ過ぎてしまったため、今度はいつもより量を少なく注文しました。ハンバーガーとサラダを受け取って席につきます。すると、あなたは妙に周りから視線を集めている気がしました。目立たない程度に辺りを見渡し、耳をそばだててみると、制服を着た女子高生が友達同士で「あそこの人かわいいね」などと言っているのが聞こえます。会話の内容に「パーカー、紫」といった単語が含まれているので、どうやらあなたのことのようです。他人から容姿を褒められる、ましてやかわいいと言われるのに慣れていないあなたは、思わず照れてほほをほんのり染めてしまいます。しかし、決して嫌な気分ではありませんでした。
家に帰ってくると、動画の出力が終わっていました。動画を投稿し、事前に作ったSNSのアカウントで動画を宣伝。弦巻マキのアカウントを引用し、見てもらえることを祈ります。ここから先は運頼みでしょう。しばらくスマホを眺めていましたが、名の知られていない投稿者の最初の動画です。反応はなく、先が思いやられます。
動画の投稿が終わったあなたは自分の収入源が気になり、口座の情報を見返しました。見れば、少なくとも数年間新しい入金はないようです。どうやら現在無職のようで、家のどこにもバイトを含めた就職関連の情報はありません。しばらくの間は貯蓄を切り崩して生活すればいいですが、なるべく早く仕事についた方がいいでしょう。
さて、一通り今日やることが終わってしまい、あなたは暇になってしまいました。まだ午後8時でこれから何かすることもできますが、一日の疲れが出たのか眠くなってきました。シャワーを浴びて、すっきりすることにしましょう。
クローゼットからふかふかのショートパンツと袖なしパーカーの寝間着をとって、脱衣所に向かいます。そして服を脱ぎ、軽くたたんでから風呂場に入ります。当然裸なわけですが、まだ慣れてはいないものの、今朝よりは冷静になっているでしょう。恥ずかしさは残っているものの、少しずつ自分の体だという自覚を持ち始めています。風呂場を眺めると、シャンプーや石鹸も、質のいいものに置き換わっていました。頭からシャワーの温かいお湯をかぶると、疲れが洗い流されていく気がしますね。髪が体に張り付く感覚は慣れず、頭を洗おうとシャンプーを手に取ろうとしたところで、長い髪の洗い方を知らないことに気が付きます。脱衣所に戻ってスマホで調べ、ついでに体の洗い方も調べ、風呂場に戻りましょう。
きれいな体に傷をつけないよう、丁寧に洗っていきます。一日の汚れをきれいに落とし、疲れもお湯に溶かして流してしまいましょう。触り慣れてはいないものの、早く慣れるためにもしっかり隅々まで洗います。生まれたばかりの赤子かと思うほどにくすみもシワもない肌は、泡立てたタオルを滑らせるだけで気持ちがいいですね。肩から胸、腕、おなか、足と順に洗っていきます。大事なところもそっと洗いましょう。
トリートメントなどできちんと髪のお手入れをして全身きれいにしたら、脱衣所に戻って体をふきます。肌や髪を傷めないよう、強くこすらないように水分を取ってから下着を身につけます。そして、ネットできちんと調べたとおりに髪を乾かしていきましょう。あまり高い温度で乾かすと髪を傷めてしまうので、ドライヤーを離れたところからあててゆっくりと丁寧に乾かしていきます。
髪が乾いたら、寝間着を着て完成です。タオル生地で柔らかい着心地が気持ちいいでしょう。
あなたは今日一日の疲れが出ているのを感じ、少し早いですがベッドに横になることにします。仰向けになって両足をすり合わせてみると、すべすべとした感触が気持ちよくて癖になりそうです。いつも寝る前にしていた行為は、この体になってからやろうと思えなくなっていました。興味は湧いているものの、昨日の夜、興味本位で試した時には痛みしか感じなかったのです。おもちゃも発見したときに少しだけ試してみたものの、よくわからなくてやめたのでした。
ベッドの上で、あなたはこれからの生活について考えます。今後は結月ゆかりとして生きていこう。しかし、自分のやりたいこともやって、充実した生活にしよう。そう決めました。もちろん、元の体に戻ることを諦めてはいませんが、期待しても疲れるだけだと考えました。そして一番大きかったのは、前からひそかに望んでいた状況であるということでしょう。今後が不安なものの、彼女になれたのはとてもうれしいことなのです。これで、自分の状況を理解してくれる人が現れれば、さらに心強いのは言うまでもありません。
目指すはAHS芸能事務所に入り、弦巻マキや今後現れるだろう琴葉姉妹たちと仲良くなること。その一歩を今日踏み出したと考えると、なんだかこれからが楽しみになるのでした。
翌朝、あなたは自然に目を覚まします。時計を見れば7時半。ちょうどいい時間です。
あなたはベッドの上でストレッチをすると、思い出したようにスマホをのぞき込みます。SNSの通知を見つけたあなたは、震える指先でその通知を開きます。そこには、なんとAHS芸能事務所からダイレクトメッセージが届いていたのでした。
内容は「動画を見て興味を持ったので、話をしたい」という内容でした。そして、その席には弦巻マキも同席するというのです。あなたは確実に事態がいい方向に向いていると直感します。すぐに返信をし、事務所に行くのが明日と唐突に決まったのでした。あまりにもトントン拍子で進む事態に頭が追い付かなくなりそうになりますが、うれしい悲鳴だと自分を落ち着かせます。結局、この日は一日中ひたすらSNSで弦巻マキについてしらべたり、プレイ動画の続きを撮影したりしていました。
翌日、あなたは何を着ていくか少し迷ったものの、初めての顔合わせということもあって、一番イメージに合った格好をすることにしました。寝間着を脱ぎ、下着を身に着け、紫のオフショルダーワンピースとニーソックス、トレードマークのパーカーを着て完成です。見慣れた結月ゆかりが完成しました。今日は電車で向かうため、マフラーを巻いていくことにします。年も変わろうとしているこの頃、朝方の冷え込みは厳しくなっていました。外に出れば足元から冷気が入ってきますが、長い靴下をはいている分、足は暖かいですね。しかし、スカートというのはやはり慣れません。ちょっと油断すれば中が見えてしまいそうになる緊張感は初めての経験で、自然と内股気味になってしまいます。
駅につき、電車が来るのを待っていると、周りから視線を感じる気がします。スマホを見て気を紛らわしますが、やはり気になるものは気になります。でも、大丈夫です。それは周りの人があなたのことをかわいいと感じて、ついつい目で追ってしまっているだけなのです。自信をもっていいことなんですよ。
電車に乗って揺られること一時間ほどで、事務所の最寄り駅につきました。事務所は都心から少し外れたビジネス街の一角にあります。まだまだ設立されて新しい事務所ですから、ちょうどいいのかもしれません。駅から十分ほど歩いて、事務所前につきます。
事務所は雑居ビルの二階にあります。予定の時間をまってから事務所の玄関を通り、受付のインターホンを取ります。しばらくすると応答があり、あなたが名乗ると迎えに来てくれました。やってきたのは若い女性で、柔らかい表情で案内してくれます。事務所の中は小規模のオフィスのようで、数名の事務員が書類やパソコンに向かっていました。軽く見たところ、金髪の少女はいないようです。
6畳ほどの応接間に案内され、待つように言われます。ソファーに座ると、座面の冷たさがお尻に伝わります。スカートが短いので、足をちゃんと閉じないと下着が見えてしまいますね。太ももをすり合わせて手のひらでさすると、少し気持ちが落ち着いてきます。
待つこと3分ほどで、はつらつとした30台の男性と女性が応接間に入ってきました。どちらもマネージャーのようで、引き締まった表情をしています。あなたが立ち上がって軽く挨拶すると、二人も挨拶を返して対面のソファーに座ります。部屋の空気が引き締まった気がしました。
「突然のご連絡でお呼びしてすみません」
会話を切り出した女性は、少し間を開けてから話を続けます。
「簡潔に申し上げますと、弊事務所の弦巻マキからあなたをどうしても仲間に加えたいと申し出がありました。私共の方でも結月さんの投稿された動画を拝見しまして、ぜひ我々と一緒に活動していただきたいと思っております」
あなたはその言葉にしばし固まってしまいます。本当に、こんなに上手くいくとは思っていなかったのです。あなたはもちろん快諾し、契約についての話が始まりました。
お堅い話が終わり、二人と入れ替わりで弦巻マキが入ってくると告げられます。再び一人で待機するあなたですが、いったいどうやって話そうかで頭がいっぱいになってきます。自分の身に起きたことを全て話すか、それとも小出しにしていって相手の反応を見るか。もしも弦巻マキが自分と違って元から彼女本人として生きていたらどうするかなど、事前に考えておけばよかった後悔も一緒にやってきます。
今更あたふたしていると、応接間の扉が開きます。その音にはじかれるように、あなたは入り口の方を振り向きます。
そこには長い金髪をなびかせた、翠瞳の少女がいました。スーツを基調に肩と胸元のあいた服装をした彼女は、まさに弦巻マキ本人です。彼女はあなたを見ると、いくつかの呼吸を挟んで恐る恐る問いかけます。
「結月ゆかり……さんだよね?」
あなたが頷くと、彼女は表情をわっと崩してあなたに駆け寄り、覆いかぶさってきたかと思うと両手を背中に回して抱きしめます。あなたは彼女の体の柔らかさを感じながら、何が起こっているのかついていけずにいます。今まで難しく考えていた内容がすべて飛んでいきました。
「ようやく会えたね……ゆかりちゃん……!」
彼女はソファーに座ったままのあなたを抱きしめ、頬ずりまでしてきます。片手で頭を撫でられ、あなたが息をすれば彼女の甘酸っぱい香りで胸がいっぱいになります。しばらくそのまま撫でられ、やがて解放されたときには頭がくらくらするほどになっていました。
「あ、ごめんゆかりちゃん……じゃないや、結月さん、つい……」
我に返った彼女は、謝りながらあなたの隣に座ります。そして、彼女は一度深呼吸をすると、あなたの顔色をうかがいながら話しかけます。
「その、結月さんはボイスロイドって知ってる?」
その一言は、彼女の立場があなたと非常に近いことを表しています。この世界では存在せず、あなたの知っている世界ではあなたと彼女を示す合言葉。あなたが頷くと、感極まったように瞳を潤ませながら語りだします。
どうやら、彼女は一年ほど前にこの世界へやってきたそうです。その頃はAHS芸能事務所も存在せず、一人で動画投稿をして声がかかるのを待っていたそうで、当時の苦労と寂しさを語ってくれました。ただ、あなたとは違って彼女は初めから女性だったそうです。あなたは自分から元の性別を言い出せず、初めから女性だったものとして扱われました。
そして、彼女はあなたにとって重大な現実を語ります。彼女はこの一年間元の世界に戻る方法を探したそうですが、手がかりの欠片すら見つからなかったそうです。彼女は寂しそうに言いながらも、あなたがいれば楽しく過ごせそうだと語ってくれました。
あなたはこれを聞いて、結月ゆかりとしての新たな人生を歩むことを決意します。今を楽しく生きることが、きっと幸せな暮らしにつながると信じて。
一月下旬。彼女と出会ってからひと月立ちました。彼女とは週一回のラジオ収録をはじめ、様々な機会で共演しています。また、事務所でもよく顔を合わせるので、お互い慣れてきたことでしょう。その証拠に、たまに開催されるゲーム実況のコラボ回では、お互い軽口を叩きあうこともあります。あなたが彼女に賭けやら勝負を持ち掛け、「養ってください」などと冗談を言うのです。あなたが勝てば煽り、彼女が勝てば直前の発言をいじられ、視聴者にはお約束のやり取りとして知られています。
二月。先日は初めて彼女の家にお呼ばれし、お泊り会を開きました。寝間着などのお泊りセットをもってラジオ収録に向かい、午後4時ごろに仕事を終えたあなた達二人は、夕食の買い出しに向かいました。途中、彼女が「なんだか同棲してるみたいだね」と言ったときには考えなしに「してもいい」と答えたあなたですが、その後の彼女の態度はあからさまにぎこちなくなっていました。そこで、あなたは彼女の顔色をうかがいますが、なかなか目を合わせてくれないのでへそを曲げさせてしまったかと反省しました。
振り返ってみればお泊り会は大成功で、夕食を二人で作ったり深夜まで映画を見たりゲームをしたりと、楽しみつくしたのでした。ただ、あなたが直前のゲームで負けた当てつけ半分に、一緒に風呂に入るかと聞いたのは悪手でした。あなたは照れたり慌てたりしながら断る彼女を見て楽しめると想像しましたが、実際には彼女が提案に乗ってきたため、あなたが慌てる羽目になったのでした。しかもその上彼女が「一緒に入るのが恥ずかしいのかにゃあ?」などとニヤニヤしながら煽ってきたため、売り言葉に買い言葉で一緒に入ることになったのでした。
結果として、風呂場で自分以外の女性の体を見ることになったあなたは赤面してしまい、それを見逃さなかった彼女はあなたを煽るのでした。また、その直後にあなたをキレイだ可愛いと褒めるので、あなたは彼女に対して強く言えなかったのでした。
三月。なんだかんだ初めて二人で居酒屋に行きました。ラジオ収録にゲストで呼んだ大物芸能人がわがままを言ったせいで、その日の仕事上りが深夜になったあなたたちは、翌日が二人そろっての休日ということもあり、そのイライラを解消するべくお酒の力を借りたのでした。結果としてあなたたちは無事終電を逃し、より居酒屋に近い彼女の家に帰ることにしたのでした。あなたは自分の家に帰ろうとしましたが、「お金がかかる」「遅くなる」などと説得されたのでした。
彼女の家についたころにはお互い寝る寸前になっており、回らない頭を回した結果二人そろって同じベッドに潜り込みました。その結果、翌日起きたときには隣に感じる体温やら寝息やらで、ひと悶着あったのでした。
五月。あれからあなたはゲーム実況者、ラジオパーソナリティとして活動し、弦巻マキと共にAHS芸能事務所の二本柱を担っています。また、この半年でお互いの距離もだいぶ縮まり、ゆかりちゃん、マキさんと呼び合うようになっていました。休日には二人でショッピングに行ったり、映画を見たり、充実した生活を送っていました。
そして一番大きく変わったことと言えば、あなたが弦巻マキと一緒に住んでいることでしょう。
四月中旬、家と職場の距離が遠いことを愚痴っていたあなたは、彼女から一緒に住むことを提案されます。彼女も職場近くへ引っ越すことを考えていたそうで、いいタイミングだし、とシェアハウスを提案されたのでした。一人暮らしの寂しさもあり、あなたは喜んで引っ越しを決めました。引っ越したシェアハウスはリビングとキッチンを共有し、それぞれに寝室を兼ねた自室がある物件です。お互い気軽に生活できる、ちょうどよい距離感でした。
引っ越してから、あなたの動画にはしばしば彼女が登場し、視聴者からは「ゆかマキ」として人気を集めていました。あなたに飲み物を渡す彼女の姿をコメントでいじられたときにはあなたが「私の嫁ですから!」とリアクションし、後ろから彼女が「こらー!」とツッコミを入れるのがいつもの流れになっています。
六月。今日はあなたとマキさん、二人そろっての休日です。
アラームをかけずに寝たため、カーテンの隙間から射す光はだいぶ高くなっていました。ベッドの上でストレッチをし、起き上がろうとした時のことです。顔を横に向けると、そこにはあなたをのぞき込んでいるマキさんがいました。
「あ、おはようゆかりちゃん」
挨拶を返すあなたを見て、彼女は笑顔を返してくれます。何でも、あなたより早く起きた彼女は15分ほどあなたの寝顔を見ていたそうです。あなたは照れ隠しにあれやこれや言いますが、どれも上手くかわされてしまいます。彼女が嬉しそうにしているのをみると毒を抜かれてしまい、ついつい許してしまうのでした。
洗面を済ませ、朝食を取った後は二人でダラダラする時間です。ソファーに座ったマキさんが手を広げて待っています。あなたは彼女を跨ぐようにして座ると、正面から彼女を抱きしめます。顎を彼女の肩に乗せれば、彼女があなたをぎゅっと抱きしめます。この体勢は先週ごろから毎朝リクエストされています。ほぼ毎朝、よほど忙しい日でない限りはいつも要求されるので、あなたはすっかり慣れてしまいました。とはいうものの、抱き着いている間は彼女の柔らかさや温もりを感じるため、ほほが紅潮してしまうのはしょうがないことです。
しばらくそうやっていると、今日一日をどのように過ごすか聞かれます。あなたがどこに行きたいか聞くと、「ゆかりちゃんが一緒ならどこでも楽しいよ」と返されてしまいました。彼女はあなたのことがよほど好きなんですね。思わず照れ隠しでぶつぶつ文句を言いながら顔を彼女に見せまいとしますが、それも彼女にはお見通しのようでした。そのまましばらく黙っていると、彼女があなたに柔らかく話しかけます。
「それじゃあさ、デートしようよゆかりちゃん」
あなたはその言葉に思わず身を震わせてしまいます。住まいを同じにし、こうして触れ合うことも多くなった今ですが、それでもやはり好意を受け入れ慣れていないのでした。あなたは今までも彼女の行動の端々に好意を感じていましたが、それが恋愛感情なのか友情なのか量りかねていました。相手は生まれながらの女性で、あなたは違います。はたしてこの距離感が女性の間では普通なのか、そうでないのかわからずにいました。
あれこれ頭の中を考えが巡っているあなたに、彼女は嫌かと問いかけます。あなたは反射的に否定し、今日の日程が決まったのでした。
服装を整え、彼女から習ったメイクをして、いざお出かけです。
あなたは彼女に手を引かれながら、街を遊び歩きました。ショッピングモールではウィンドウショッピングをしてあれこれ感想を言い合い、夏物の服も買いました。カフェでのんびり話したり、楽器屋さんで彼女がギターに目を輝かせているのを見たりもしました。普段大人びた表情を見せることの多い彼女ですが、ギターを目の前にすると途端に子供のような無邪気さを見せるのでした。
そして日もとっぷり暮れ、あなたたちは夕食の食材を買って帰ってきました。何時ものように二人で夕食の準備をします。その日はいつもより豪華なメニューで、少し特別感がありました。食卓につき、お互いにおいしいと言いながら食べれば、思わず笑みがこぼれます。あなたはこの時間がなんとも幸せで、いつもの楽しみになっていました。
食後、休日を一日中楽しんだあなたは満足して、ソファーでゆっくり休んでいました。
スマホでSNSを見ていると、あなたの隣にマキさんがそっと座ります。横目で彼女をみると、どうにも落ち着かない様子です。どうしたのかと気になり、あなたはスマホを下ろして彼女の方を見ました。
「ねえ、ゆかりちゃん。その、これからもずっと、今日みたいに一緒に居られるといいね」
彼女は照れながら、そう呟きました。
あなたはその言葉の意図がよくわからず、「そうですね」とただ同意します。それを聞いた彼女は少しむっとした表情になったかと思うと、何か諦めた顔で一つ深呼吸を挟んでからあなたの正面にしゃがみ込みます。彼女が指で頬を掻きながら、耳まで真っ赤に染めてあなたの目を見つめると、その雰囲気に押されてしまうでしょう。
「ねえゆかりちゃん。その……一応ね? 私、告白したつもりだったんだけど」
あなたはしばらく呆けてしまいます。それもそのはず、あなたは彼女からの好意に気づいてはいましたが、やはり友情に過ぎないのではないかと思っていたのです。もし告白されるならとっくにされているだろうしと、勝手に思っていました。
「私、今までも結構アピールしたり、なんなら告白っぽいこといっぱいしたんだけど」
あなたは今までされたことを思い出そうとしますが、そのどれもが女同士ならあり得るかもしれないと思っていました。朝抱きつくのも、たまに首筋にキスされるのも、直接言われないことを良いことに、多分女同士ならある事なのだろうと意識を逸らしていたのでしょう。
「そんなわけないじゃん。こんなにべったりするの、女同士でも親友のラインを越えてないとしないよ。それで、ゆかりちゃんは私のこと、どう?」
あなたはいつになくグイグイ来る彼女に気圧されてしましますが、どう答えたものか悩んでしまいます。そしてその結果口に出したのは、あなたがかつて男性だったということでした。
「いや、何となく気づいてたけど、そんなの関係ないから」
あなたがようやく口にした事実を、彼女は一手に切り捨てます。あなたが唖然としていると、彼女はあなたをまたぐようにしてソファーに乗り、あなたの両頬に手を当てます。いつも朝している体勢とは真逆で、全く慣れないものです。彼女の表情も真剣なものに変わり、その雰囲気にあなたはどんどん飲み込まれていきます。
「それで、ゆかりちゃん……ねぇ、私のものになってくれない?」
そして彼女は一言「嫌だったらちゃんと拒絶してよね」というと、あなたと顔を近づけていきます。彼女の目はあなたの目を外すことなく見つめ、あなたは思わず目を閉じてしまいます。
次に目を開けたのは、唇に柔らかい感触が残ってからでした。思わず口もとに手をやれば、まだ温もりが残っている気がしました。そう思うと途端に頭が湯立ってきて、自分でも顔が赤くなっていくのがわかります。彼女は本当に自分のことが好きなんだと思い知らされたのでした。
「それで、受け入れてくれたってことはそういうことだと思うけど。ゆかりちゃんの口から直接返事が聞きたいな」
あなたは眼前で柔らかく微笑む彼女に見つめられ、小さく「はい」と答えることしかできません。それほどあなたの頭は彼女のことで溢れていて、処理が追い付いていないのでした。
あなたの答えを聞いた彼女は、目を閉じ、幸せそうな笑みを浮かべながら一つ深呼吸すると、再びあなたと顔を重ねるのでした。
ソファーからベッドの上に移ったあなたは、彼女に押し倒されていました。あなたが知っているよりもずっと積極的な彼女に面食らっていると、彼女が耳元で囁きます。
「いままでずっと我慢してたんだよ。これからはしなくていい、でしょ?」
甘ったるい彼女の声に、あなたは思わず身を震わせてしまいます。彼女の手があなたの頬、首筋、肩と撫でるたびに、そこからゾクゾクとした快感が流れてきます。今まで味わったことのない感覚に困惑しているあなたを見た彼女は、柔らかく微笑みます。優しくして欲しいとあなたが呟くと、彼女は面食らった表情をした後にまた笑いかけます。
「大丈夫だよゆかりちゃん。私に任せて、私を受け入れてくれれば大丈夫だから」
そういうと、あなたの肩に口を寄せるのでした。よく耳を傾けていれば、彼女の息が荒くなっていることに気がつきます。あなたは少しだけ怖くなって、彼女にこう告げたのでした。
「まだ自分でも触ったことがないので、本当に優しくしてくださいね?」
それを聞いた彼女は鈍い動きであなたの耳元に口を寄せると、吐息まじりにこう答えます。
「じゃあ、ゆかりちゃんの初めては全部私が独り占めできるんだね……。すっごく嬉しい。でも、もしかしたら我慢できないかも」
そう言って顔を上げ、あなたの顔を覗き込んだ彼女の顔は、どこか獲物を狩る獣のように見えたのでした。
「ゆ、ゆかりちゃん? それは誘ってるのかなぁ?」
「スカートから下着見え放題、胸もちらちら見せちゃって」
「いや、どう考えても誘ってたよね?」
「ほらほら、照れないで」
「こーら……逃がさないよ?」
翌朝、重い腰をさすりながら目を覚ますと、目の前にはあなたに覆いかぶさっている彼女の顔がありました。下を見てみれば、何も身につけていないあなたと彼女の体が目に入ります。思わず布団を手繰り寄せ、体の前で抱きしめました。おはようと挨拶をすると、彼女も返してくれます。腰が痛いんですが、と彼女に漏らすと、謝りながらも「あんなに良い反応するゆかりちゃんが悪い」と言われてしまいます。
その一言で、あなたは昨晩何があったのか思い出してしまいました。初めは優しかった彼女ですがだんだんとあなたの制止を振り切って、最後には息も絶え絶え声のかすれたあなたと、満足げな彼女が残っていたのでした。
せめて態度だけでもと文句ありげにしていたあなたでしたが、彼女から「昨日は本当に幸せだった」と満面の笑みで言われ、さらにキスまでされたあなたは顔を逸らして黙るくらいしかできなくなってしまいました。
それからと言うものの、あなたは彼女から事あるごとに求められるのでした。あなたはまだ抜けない気恥ずかしさから断るのですが、彼女から囁かれ首元に口づけられると、力が抜けてしまうのでした。