征服王、冬木の地にて現界す   作:なんじょ

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征服王、冬木の地にて現界す

 ウェイバー・ベルベットは胃痛に苦しんでいた。

 しくしく訴えてくる痛みにくわえ、体内の魔術回路が常にざわめき続けている不快感もあって、気分は最悪だった。

(あぁもうっ……何で僕がこんな目にっ)

 聖杯戦争なるものを知った時、ウェイバーの脳裏には華やかな想像が駆け巡ったものだった。

 旧態依然とした魔術師の学府、時計塔にしがみつき、代を重ねた血筋のみを尊び、新しい時代を切り開くであろうウェイバーの学説を嘲笑った連中。ウェイバーが聖杯に望むのは、そういった愚昧な連中に自身の優れた能力を認めさせ、膝を屈しせしめることに他ならなかった。

 えらそうにふんぞり返るアーチボルト家の講師を筆頭に、すべての魔術師が聖杯を勝ち取った彼にひれ伏し、許しを請う。その光景を思い浮かべるだけで、ぞくぞくと震えが走るほど痛快ではないか。

 もとより、自分には際立った魔術の才がある。時計塔の連中が理解しえぬほどの頭脳がある。そして、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトより掠め取った聖遺物をもって、英雄イスカンダルをサーヴァント・ライダーとして召喚できれば、もはやこの戦争には勝ったも同然と、ほとんど確信していた。

 だが――今、彼の夢は、希望は、そのサーヴァント自身によって打ち砕かれ、粉々のかけらとなって消えてしまった。

 

「おい、坊主。何をぐずぐずしておる。ここが貴様の住処なのであろう?」

 腹を抱えて呻きながら、やっとの事で家にたどり着いたウェイバー。それに先んじて、ライダーは真紅のマントを重たく翻した。家の扉が小さく見えるほどの巨躯は、しかし思いのほか身軽に動く。少なくとも、今のウェイバーよりもよほど軽やかな身のこなしである。

「……うるさいな。そこどけよ。オマエ、邪魔なんだよ」

 天をつくような大男に玄関前に立ちはだかられては、家に入ることもままならない。憮然と文句を口にしたが、

「おっと、それは気づかなんだ。では、疾く参るとしよう」

「あっ!」

 ライダーは言うや否や、がちゃりと扉を開けて家の中に入ってしまう。ウェイバーはぎょっとして、慌てて後を追いかけた。

「オマエ、ライダー、勝手に入るなよ!」

 さびしい老夫婦の家へもぐりこんだのはウェイバーも同じだが、偽の家とはいえ、己の居住空間に我が物顔で侵入されるのは不快だ。しかも実体化したままだなんて!! 怒りの形相でウェイバーが見上げた先では、すでに明かりの落ちた家の中、ライダーは好奇の眼差しで周囲を見回している。

「ふむ、ずいぶんと狭苦しい家中だ。余の頭が天井につかえてしまうわい」

「バカッ、良いから霊体化しろよ!!」

「……ウェイバーちゃん? 帰ってきたの?」

「ヒッ!」

 思わず声を荒げた時、弱弱しい呼びかけが耳に入ったので、ウェイバーの心臓が飛び上がった。目を向けると、和室のフスマが開き、マーサが寝ぼけ眼で顔を出している。

「あっ、お、おばあちゃん、ごめん起こしちゃった!?」

「いいのよ、お帰りなさい、ウェイバーちゃん。……お友達がいらしてるの?」

 まずい。ライダーへの怒鳴り声をばっちり聞かれてしまったらしい。明かりがついておらず、ライダーの巨体が闇に沈んでいるのは幸いだ。ウェイバーは背中に冷や汗が伝うのを感じながら、声を上ずらせた。

「い、いや、僕一人だよ。ちょっと独り言いってただけだから、気にしないでっ」

「ほう、あのご婦人がこの家のものか。どれ、ひとつ挨拶でも」

(しなくていいっ!!)

 身を乗り出すライダーを精一杯にらみつけたウェイバーは、

「ぼ、僕ももう寝るから……おばあちゃん、お休みっ」

 引きつった笑顔で言いながら、ライダーのマントを引っ張って階段へと避難した。人の良い老婦人は朗らかに笑って「えぇ、おやすみなさい、ウェイバーちゃん。あったかくしてね」と見送ったのだった。

 

「……いいか、ライダー。ひとつ言っておく」

 ようやく自室に戻ったウェイバーは、大きく深呼吸をした後、ライダーをきっと見上げた。これまた興味深げに部屋の中を見回す巨漢に向け、言葉を重ねる。

「オマエは僕のサーヴァントなんだから、勝手に実体化して、騒動を引き起こすような真似はするんじゃない」

「そのちっこい体にはちょうど良いのかもしれぬが、ここも余には息苦しいほどに狭いのう」

「人の話を聞けっ!」

 歯牙にもかけない様子にカッとなってまたも声が跳ね上がったが、途端、ライダーがちろりと目玉を動かしてウェイバーを見下ろし、

「静かにせんか、坊主。夜更けにそのような大声を出しては、先ほどのご婦人の眠りをまたも妨げてしまうではないか。余の耳は遠くなっておらぬ。普通の声で語ればよい」

 まるでこちらが全面的に悪い、とでもいうように言い放ってくる。

(こっ……の……!!)

 この1時間足らずで、何度怒りに駆られた事だろう。頭に血が上ってくらくらするウェイバー。ライダーはそんな彼に構わず、こともなげに言う。

「狭小なのは気に入らぬが、とりあえずの拠点であれば、我慢しよう。ひとまずは余の従者を呼ばねばな」

「何……えっ、従者? は?」

 この家が小さいのはウェイバーのせいではない、この極東の田舎もの達が好んでいるせいだ……と言い募ろうとしたが、ライダーの言葉の後半が引っかかった。

 従者? そんなもの、どうするつもりだ? まさか、マスターたるこの自分を召使いにしようとでも? 意味が分からず問いかけようとしたウェイバーだったが、それより早く、ライダーが筋肉に覆われた腕を前に差し出した。そして、

「我が覇道において、汝に命ずる。その忠なる魂を抱き、我が元へと現われ出でよ」

 耳に心地の良い、堂々たる声で歌を詠ずるがごとく呪を紡ぎ出す。その言葉が終わるか終わらぬか、その分厚い掌の下に淡い青の光がふわりと浮かんだ。

「な……ん……うわっ!?」

 蛍光にも似たそれは、ひとつ、ふたつ、みっつ、すぐに数え切れぬほどに増していく。同時にウェイバーは自身の魔力が、まるで、巨大な手で一気にかき出されるように奪われるのを感じた。唐突な魔力の流れはウェイバーの体から強引に引き抜かれ、魔力回路をきしませて全身に激痛をもたらす。

「あっ……う、ああああああっ!」

 指の先まで、体内からナイフでいっせいに切り刻まれるような痛みが駆け抜ける。耐えかねて喉から悲鳴がほとばしらせ、ウェイバーはがくん、と膝をついた。痛みのあまり、盛り上がった涙で揺らぐ視界の中、青い光の粒は寄り集まり、それはやがて一人の人間の姿を形作っていく。

(おん……な……?)

 朦朧とする意識を必死に保つウェイバーが見たそれは、一人の女だった。

 床に片膝をつき、うつむくその身は、青銅の鎧に包まれている。腰に剣を携え、羽飾りのついた兜を腕に抱えているのは、紛れもなく兵士の風体であるが、胸の膨らみに合わせて弧を描く鎧といい、すらりと伸びる手足といい、ライダーの屈強さとは正反対の繊細な女らしさ、儀礼兵のごとき優美さがあった。

 加えて、まばゆいほどに白い肌、玉子のような小顔をしており、ふっと目線をあげたその瞳は潤いを帯びてきらきら輝いている。柔らかそうな唇から、あぁ、と恍惚にも似た吐息を漏らし、光より具現した女はライダーを見上げた。

「――我が君。此度の戦にご顕現あそばれました事、心よりお慶び申し上げます。矮小なるこの身なれど、ご宿願が果たされるその日まで、命を賭してお仕えいたしまする」

 感動に打ち震える声で朗々と述べ奉る。そして、複雑に編みこまれた真紅の髪を肩より滑り落とし、深々と頭をたれた。対してライダーは、

「うむ、よきにはからえ、シャムスよ。余もまた、そなたの現界を嬉しく思うぞ」

 ひどく満足げな笑顔で腕を組む。

「ら……ライダー……何だよ……そいつは……」

 ようやく痛みの奔流から解放され、床にへたり込んだウェイバーが息を切らして問うと、ライダーは決まっておる、と言った。

「これは我が従者のシャムスだ。余の世話をする者よ」

 言ったそばから、女がさっと立ち上がり、ライダーの背に回って恭しくマントを取り外し始める。

「なっ……なんだよ、それっ……サーヴァントが、何でそんなもの……」

「王の従者一人もおらねば、不便ではないか」

「不便って……ば、バカッ! そ、そいつを現界させるのだって、僕の魔力が必要になるんだぞ!」

 サーヴァントが現実にあり続けるためには、マスターによる魔力供給が必要不可欠である。ウェイバーにしてみれば、ライダーを維持する為にも膨大な魔力を必要としているというのに、この上役にも立たない従者一人を余分に現界させるなど、冗談ではない。

「そんな奴、さっさと消し……」

 ダンッ!!

 だが、甲高い命令は、物理的に切断された。女が不意にウェイバーの眼前に現われ、首に手をかけ壁にたたきつけたのである。

「ぐっ!」

 そのまま足が届かぬほどの高さに掲げられ、ウェイバーの血の気が引いた。女は彼よりも背が高く、しかもその細い体からは想像できないほどに力が強い。じたばた暴れるウェイバーを冷たく見据え、

「……貴様、その無礼な口を今すぐ封じろ。王の御前であるぞ」

 底冷えするような口調で言い放ち、ぎり、と首の手に力をこめる。

「っ……っ……!」

 息ができない。目の前がちかちかする。今宵連続して訪れた急激な魔力の変化と、ライダーやこの女に振るわれる物理的な暴力によって、ウェイバーの体は限界に近づいていた。

 きしきしと骨の歪(ひず)む音が耳の奥で響き、ウェイバーは声にならない悲鳴を上げる。あと少し力を加えられれば、自身の軟い骨は、たやすく砕かれてしまうだろう。その時、

「これこれ、よさぬか、シャムス。そやつを殺してしまっては、戦のしようもないではないか」

 ぬっと大きな手が女の後ろから伸びた。ライダーは女の肩に手をかけて自身の懐に引き入れながら、空いた手でウェイバーの襟首を掴んで引き上げる。

「ぐ、げほっ、ぐえっ!」

 くびきから逃れたものの、今度は吊り上げられた服が喉に食い込む。青くなった顔を今度は真っ赤にするウェイバーの言葉にならない抗議を理解したのか、ライダーは彼をベッドの上に放った。そして女に向き直り、

「よいか、シャムス。我らはようやく現世(うつしよ)に現界したのだ。これより世界を制する戦が始まるというのに、その要となるマスターを殺してしまえば、またあの詰らぬ座に戻らねばならぬ。まずは堪えよ、な?」

 その顔を覗き込み、説得の言葉を重ねる。冷酷な怒りで無表情になった女は、しかし、間近に迫った王にぽっと頬を赤らめると、

「はっ、申し訳ございませぬ、我が君……出すぎた真似を致しました」

 先ほどとは別人かと思うほど、殊勝な表情で謝罪を口にする。ライダーは破顔した。

「よいよい、そなたの行動は全て、余を思うが故であろう。同じ過ちを繰り返さねば、それで構わぬ」

 そういって気持ち良いほどに呵呵(かか)と笑い声をあげたが、ベッドにうずくまったウェイバーは涙目で二人をにらみつけた。

(何なんだよ、サーヴァントに従者がいるなんて、本にはぜんぜん書いてなかったぞ!!)

 その不平不満はもう、口に出す気力もなかったが。

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