征服王、冬木の地にて現界す   作:なんじょ

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マスター、歌に憩う

 大地を揺らして駆ける勇壮な戦人の群。王と共に馳せる栄光に歓喜し、目を輝かせ歓声を上げながら敵に立ち向かっていく姿は、誇らしげでどこまでも壮烈だ。

 そのただ中、ウェイバーは砂塵が舞う地面に座り込んで呆然としていた。目に映る誰もが英雄として名を馳せた勇者であり、その力の総量はもはや彼の器量では計りきれないほど強大だった。

(これなら、誰にも負けるはずがない)

 次々となだれ打ってそそぎ込まれる情報に頭がパンク状態になりながら、確信する。三大騎士クラスのセイバー、ランサー、アーチャーは強力なサーヴァントだが、その力は対個人から、最大でも対数百人くらいなものだろう。彼らとて、まだすべての能力を明かしているわけではなかろうが、千人ではきかないこの軍勢に抗する力があるとは思えなかった。

(勝てる。このサーヴァントなら、間違いなく勝てる)

 砂塵を吸い込んでむせながら、ウェイバーは身の内が震える思いで確信した。先陣きって戦っているだろうライダーを探して顔をあげた――だが、その目に映ったのは、一面の赤だった。

「なっ……」

 その光景を見た途端、ウェイバーの高揚した気持ちは真っ逆様に落下した。

 ぎらぎらと太陽が照りつける砂漠は、いつの間にか闇に覆われ、柱が林立する地下の空洞へと情景を変えていた。魔術によって良好になった視界には、語るもおぞましい『芸術品』が、不要となった『部品』が散乱する中で据え付けられているのが見える。

「ぐっ……!!」

 丁寧になめされた皮に覆われたそれは、彼の理解を超えていた。腹から熱いものが喉にこみあげ、ウェイバーは砂と共に胃の中のものを吐き出す。血にぬめるなま暖かい床に手をつき、体がけいれんするまで吐瀉し続け、胃液すら出てこなくなるほどえづいた後――いつしかウェイバーは叫んでいた。

「――! ――! ――!」

 明瞭な言葉はない。からからに乾いた喉から迸るのは獣の咆吼のように原始的な絶叫だった。

(つぶしてしまえ、ライダー)

 それが怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか分からないまま、ウェイバーはサーヴァントに命を下した。

(こんなもの、全てつぶしてしまえ)

 手が焼け付くように痛み、令呪の一画が光を発した後に消え去る。

「それが坊主の望みか」

 いつの間にか眼前に立ったライダーが言った。その顔にはひどく悲しげな色が浮かび、眼差しはウェイバーを哀れむようだった。

「ならば余は、この地を蹂躙せねばなるまい」

「え……」

 炎でこの邪悪な場所を浄化する――そう思っていたウェイバーは目を瞬かせた。その次の瞬間、神威の車輪が現出する。

「AAALaLaLaLaLaie!!」

 ライダーが雄叫びと共に駆り、神牛の蹄で、車輪で、人を使って作られたものを全て破壊していく。否、それだけではない。

『助けて』

 体の半ばを失い、それでもまだ生かされている少女が、戦車の先にいた。顔半分が欠け、骨の檻の中に血塗れの脳や目玉を晒して、少女は助けを求める。

『助けて』

「ら、ライダー、あの子がっ」

 燃えさかる炎に喉を焼かれながらやっと叫んだが、彼のサーヴァントは何も答えなかった。令呪によって蹂躙を課せられたライダーは、何の迷いもなく戦車のスピードを上げ、

「やめ……ライダー、やめろっ!!」

 ウェイバーの絶叫もかき消す勢いで少女を跡形もなくひき殺した。

 

「……い……おい、貴様、起きろ」

「っ……!」

 強く揺さぶられて、一気に覚醒した。つんと鼻が痛み、頬が流れた涙の跡で強ばっているのを自覚した時、ウェイバーは視界いっぱいにシャムスの顔が映っている事に気づき、

「う、うわっ!?」

 びくっとして大声を上げてしまった。のぞき込んでいたシャムスは身を離して、大丈夫か、と尋ねてくる。

「えっ……な、何が」

 いったい何が起きたのだ。自分は地下にいたのではないか。

 周囲は暗闇に包まれているが、あの場所とは違う――起きあがってようやく気づく、ここは自分の部屋だ。明かりの落ちた室内はしんと静まり……いや、がーがーと鼾をかくライダーがいるので、とても静かとは言えないが、少なくとも先ほどの凄惨な場所に比べれば、安堵のため息をつきたくなるほど、平穏だ。ほっとしたが、そこでまた、ざぁと血の気が引く事に思い至る。

(そ、そうだ、令呪!)

 ついさっきライダーに、令呪をもってあの場の殲滅を命じてしまった。聖杯戦争とはまるで無関係な破壊活動に令呪を使用するなど、浪費もいいところだ。

 己の愚かさに蒼白になったウェイバーだが、しかし掲げた手の甲の赤い刻印は、一画も欠けずにそろっていた。

「貴様、泣きながら、うなされていたぞ。よほど嫌な夢を見たのか」

 その様子に首を傾げながら、シャムスが言うのを聞いて、ウェイバーはようやく事態を理解した。

(夢……なんだ、あれ、夢か……そうか、そうだよな。あんな事、無かったもんな)

 今度こそ本当に安心して、体の力が抜けた。肩が落ちるほど大きく息を吐き出したウェイバーは、ベッドのそばで訝しげにこちらを窺うシャムスを見て、ばつが悪くなった。頬をごしごし拭いながら、

「あー……ごめん。もしかしてオマエの事、起こしちゃったのか」

 たかが夢だというのに、涙を流して怖がっていたなんて、子供のようではないか。それがシャムスの眠りを妨げるほど大仰なものだったとしたら、消え入りたいほどに恥ずかしい。

 しかし、風呂の時と同じ白い服を纏ったシャムスは立て膝で座り直して、首を振る。

「いや。私もいささか夢見が悪くてな。少し前に目が覚めたのだが、貴様がうなされ始めたから、起こしただけだ。あの邪悪な工房を夢に見てしまった。……全く、気分が悪い」

 シャムスは柳眉を潜め、不機嫌そうにため息をつく。ウェイバーは驚いて目を瞠った。

「えっ、オマエも?」

「もしや、貴様も同じか。それは泣いてうなされても当然だな」

 納得いったという風に頷く。それは少年の恐怖に共感しての台詞だったのだろうが、しかしウェイバーは顔から火が出るような羞恥を覚えた。

「ぼ、ボクは泣いてもうなされてもいない! あんなの、ぜんぜん平気なんだからな!」

 つい意地を張ってそっぽを向く。同じ光景を見たライダーは剛胆に寝入っているという事実が、ウェイバーの矜持を揺さぶる。あの惨状を目の前に吐いてしまっただけでも情けないというのに、悪夢に泣き叫ぶなど、みっともないにも程がある。

「何を言っているのだ、貴様は。見栄を張る事も無かろう」

 失態を隠そうとするウェイバーに対し、シャムスはあくまで同情的だ。普段より声を和らげ、

「あまたの戦場を経験してきた私ですら、あれは寒気のするような光景だったのだ。貴様はこの聖杯戦争が初陣なのだろう? 死に慣れぬ身であんなおぞましいものを見てしまったなら、心に傷を負ってもおかしくはないぞ」

「う、うるさいうるさい! とにかくそんな事はどうでもいいんだよ! ボクは寝るからな!」

 優しくされるとかえって辛くてたまらない。居たたまれなくなって、ウェイバーは背を向けて毛布の中に潜り込んだ。早く寝てしまおうと目をきつく閉じる――が、途端にキャスターの工房が闇の中にありありと浮かび上がり、怖気をふるう。

(いやだ。もうあんな夢は見たくない)

 殺めた子供を使ったおぞましい家具の数々も、それを恐れるあまり全ての破壊を命じてしまった臆病な己も、哀れな犠牲者を慈悲もなく機械的に轢殺するライダーも。

 家具以外は実際起こらなかった事象だが、ウェイバーは自分の中からわき起こった破壊衝動に怯えた。それは恐怖におののくが故に発したものであり、どうしようもなく怯懦な自分が嫌だった。あの誇り高いライダーさえ、令呪をもって己の弱さに屈服させてしまった事が、例え夢の中であったとはいえ、耐え難い屈辱だった。

(何でボクはこんなに……こんなに、弱いんだ……!)

 初めて聖杯戦争を知った時、出自に関わらず力によってのみ優劣が競われる事にウェイバーは喜びを覚えた。

 周囲の環境によって不遇にある自分がようやく脚光を浴びる時が来た、自身の能力を余すことなく発揮出来るのだと意気揚々だった。

 しかしここ冬木に来てからのウェイバーは、能力を発揮するどころか、己のふがいなさに打ちのめされるばかりだ。魔術は未熟、体力も未熟、心さえも未熟……何もかも未熟すぎて、今こうして生きている事さえ不思議なほどだ。

(ボクの力を皆に知らしめたいと思っていたのに)

 現実はその反対の事実を自覚させられるばかりだ。眠っている時でさえ臆病な自分が情けなく、ウェイバーはぎりっと歯ぎしりした。わき起こる自身への怒りに頭が沸騰し、眠くなるどころかますます目が冴えていく――そう思った時、柔らかな声が耳朶を打った。

(……?)

 それは呼びかけではなく、独り言でもない。ウェイバーには分からない言葉からなる歌、だ。

(何だ?)

 気になって顔を向けてみると、ベッドの端に肘をつき、シャムスが静かに歌っていた。

 普段の厳しい口調とは全く違う優しい旋律が、唇から滑るように紡ぎ出されていく。まるで包み込むような柔らかい歌はウェイバーにそっと寄り添い、ささくれだった心をじんわりと溶かしていくようだ。

「……それ……何の歌なんだ?」

 しばし聞き入って気持ちが落ち着いた頃、ウェイバーはそっと尋ねてみた。シャムスは柔らかく微笑み、

「子守歌だ。私が寝付かれない時、我が君がよく歌って下さった」

 そんな事を言ったので、ウェイバーはむっとして口を尖らせた。

「子供扱いするな。ボクは子守歌なんていらないぞ」

「そうはいっても、貴様は真実子供ではないか。無理する事はないぞ」

「なっ……ぼ、ボクはもう19だ! ぜんぜん、これっぽっちも子供じゃない!」

 カッとなって思わず起きあがると、シャムスはえっ、と心底驚いた様子で目を見開いた。

「何だよ、その、えってのは!」

 考えもしなかったといいたげな表情にますます腹立ちを覚えて声をあらげると、シャムスは気まずそうに視線をさまよわせた。こほんと咳払いをして、

「それは、その……すまん。てっきり14、5くらいかと思っていたので……」

「なわけあるか! どれだけボクの事バカにしてるんだ!」

「し、仕方ないだろう。我が君はその年頃にはもう、今と同じくらい見事なお体であられたのだから」

「ライダーはどう考えたって規格外だろ! あいつと比べるな、バカッ!」

「むぅん……」

 感情にまかせて叫ぶと、さすがにうるさかったのか、ライダーが呻いて寝返りを打った。その動きにハッとして口を噤む二人。静寂に戻った部屋の中、ライダーは間をおいて、再び高いびきをかきはじめる。どうやら眠りを妨げる事にはならなかったらしい。

「……もういいから、オマエは寝ろ。ボクも寝る」

 気まずい沈黙の後、ウェイバーはぼりぼり頭をかいて言い放ち、再び横になった。

 今まで完全に子供としてあしらわれていたのだと思えば苛立ちも募るが、万事においてライダーを基準にしているシャムスには、何を言っても無駄だろう。仕方なく、不安と苛立ちを抱えながら寝ようとしたが――ベッドの脇に座したシャムスは離れる事なく、またも歌を紡ぎ始める。

「おい……オマエ、それ止めろってば……」

 何の嫌がらせだと声を尖らせたが、返ってきたのは穏やかな答えだった。

「私はこの歌でいつも気持ちよく眠れたのだ。うなされたらまた起こしてやるから、貴様は黙って寝ろ」

「……ボクは頼んでないからな」

 もう勝手にしろ。半ば拗ねた気持ちで言い捨て、ウェイバーは目を閉じた。

 ――闇の中でささやかに紡がれる歌は異国の言葉で、なにやら呪文のように聞こえる。

 聞き慣れない言葉はしかし優しくウェイバーの耳に馴染み、いつしか遠い異国へと導かれるような心地にさせた。

 次第に深い眠りへと誘われ、恐怖の記憶から解き放たれたウェイバーの耳に……やがて、潮騒が響き始めた。

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