征服王、冬木の地にて現界す   作:なんじょ

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従者、願いて絶望す

「……なんで、こうなる?」

 ベンチに座ったウェイバーは、ジャンパーの中に口を埋め、げんなり呟いた。

 確かに自分は街に出ようと言った。現代の世界に興味津々のライダーを連れ出せば、そりゃ面倒な事になるだろうとは覚悟もしていた。しかし……

「むっ、おっ、おぉ!?」

「あははーおじさん、へたくそー!」

「今のはジャンプして避けなきゃ。攻撃きかなくなってるんだよ」

 ……英霊イスカンダルが、子供達とテレビゲームに夢中になってしまうなんて、考えが及ぶはずもない。

「おい、ライダー……いつまでやってるつもりだよ、それ」

 本屋からアーケードを練り歩き、ライダーがゲーム機を買った店まで戻ってきた。そしてその店頭に設置されたデモゲームへ群がる子供達の中にライダーの巨体が割り込んでから、すでに一時間経っている。

 アドミラブル大戦略で大人げなく、完膚無きまでの勝利を子供から奪い取った王は目下、アクションゲームのめまぐるしく動くキャラの操作に悪戦苦闘しているようだ。

「ちょっと待ちおれ、坊主。そろそろコツがつかめてきたところでな」

「そんなの、ソフト買って家でやれよ……」

 資金源が自分の財布という問題を棚上げにしてでも、早く家に帰りたいウェイバーは文句を言うが、それはいかん、とライダーは画面から離れようとしない。

「ここで一矢報いねば、征服王の名が泣くではないか。まぁ急くな、後少しでこのステージをクリアできるのだ」

「……はぁ……」

 こうなってはどんな説得をしたって、聞き入れるはずがない。ウェイバーは嘆息して、ベンチの背もたれにぐったり寄りかかった。と、

「くしゅんっ」

 小さなくしゃみが耳に入る。つられて横を見れば、シャムスが自分の体に手を回し、如何にも凍えている風に縮こまっていた。

(……そりゃ、その格好じゃ寒いよな)

 普段の具足姿ならまだしも、シャムスが今着ているのはワンピース一枚なのだ。一応ファーのマフラーをつけているとはいえ、寒風吹きすさぶ中、小一時間もじっとしていれば、体が冷えても仕方あるまい。

「…………」

 しばし空中を睨んで葛藤した後、ウェイバーは思い切ってジャンパーを脱ぎ、ずいっと差し出した。

「……何だ?」

 彼の意図が掴めなかったらしく、シャムスはきょとんとする。

「いいから、これ着ろよ。そんなんじゃ風邪引くだろ」

 ウェイバーはぶっきらぼうに言った。だが、相手はすぐ手を押し返してくる。

「私は問題ない。むしろ軟弱な貴様が暖かくしておくべきだろう」

「こんなのイギリスじゃ暖かいくらいだ。ボクは慣れてるからいいんだよ。それより、オマエのその格好じゃ、見てる方が寒い」

「…………」

 しばし考える間を置いた後、シャムスはおとなしくジャンパーを受け取った。

 それを着よう……としたが、見た目にサイズが合わないと判断したらしく(何しろウェイバーとは身長差がありすぎるのだ。悔しい事に)、肩に羽織った。

「ありがとう。暖かいな」

 そして不意に思いがけず、優しい口調でそんな事を言ったものだから、ウェイバーは自分の顔が一気に熱くなるのを感じた。

「べっ、別に礼を言われるほどのことじゃない、大げさなんだよ」

 こんな時、どんな顔をしていいのか分からないので、赤面しながら、素っ気なく言い捨てる。

 そのまま再び沈黙が落ちたが、どうにも居心地が悪い。

 ライダーは相変わらずゲームに興じて一向に戻ってくる気配がないし、シャムスもまた黙りになってしまった。

(何だよ。今日はやけに静かじゃないか)

 シャムスはそうおしゃべりな質ではないとはいえ、こうも大人しいのは珍しい。普段なら王の側に侍り、賞賛の言葉を矢継ぎ早に吐きそうなものだが。

「……オマエは、ゲームやらないのかよ」

 沈黙に耐えかねて口を開くと、シャムスは軽く肩をすくめた。

「私にはどうも、あれは向かないようだ。どうすればいいのか、分からない」

 確かにさっき試しにコントローラーを渡されていたが、あれよあれよという間にやられていた。サーヴァントの動体視力で敵の動きはやすやすと見て取れるようだが、自分で動くのとは勝手が違うらしい。

「あの子供達の方が、我が君の良い好敵手のようだしな。私の不作法で、水を差したくはない」

「……ふーん」

 ライダーならいくら相手が下手でも、ともにプレイすること自体を楽しみそうなものだ。それが自分の従者ならなおさらではなかろうか、と思いながら、ウェイバーは再度シャムスを見た。そしてドキリとする。

 ウェイバーの隣に腰掛けたシャムスは、いくら見つめても飽きないというように、じっとライダーから目を離そうとしない。

 普段編んでいる髪はほどかれ、柔らかな弧を描きながら、腰の辺りまでふんわりと広がり風に吹かれている。

 目にも鮮やかな赤は、透けるように白い肌と白いワンピースを殊更に際だたせ、それ故にシャムスはいつもより女性らしく、儚く見えた。

 揺るがず王を見つめる横顔は、手の込んだ美術品のように侵しがたい神秘的な雰囲気があり、ウェイバーはつい息を飲んで見とれてしまう。

(口を開かなければ、コイツ美人だよなぁ……)

 いつもこうして大人しくしてくれれば、自分が余計なストレスを抱え込む必要もないのに。

 シャムスの辛辣な物言いで傷ついたあれこれを思い出し、つい仏頂面になってしまったウェイバーは、そこでふと気づいた。

(……にしても、ちょっと静かすぎないか?)

 ゲームに夢中になっているライダーを辛抱強く待っているのは、いい。シャムスの性格からして、イスカンダルが待てと言えば、例え何時間であろうと、待機し続けるに違いない。

 だがその間、主を見つめるシャムスの眼差しは、愛情と敬意に満たされているはずだ。

 愛しくてたまらない、と言葉にするよりもなおあからさまに、ライダーへの思いをその表情に顕すのが、この従者のはずだった。

 だが、今。王を見つめるシャムスの眼差しは、どこか憂いに沈んでいた。

 視線は外れない。その瞳は絶えず王を見つめている。だが、時折柳眉を潜め、唇から音のないため息がでる。明らかに、何か物思いに囚われている雰囲気だ。

(……何だろう)

 そういえばアインツベルンでの宴から戻る時にも、こんな顔をしていた。あの時はセイバーの有り様を哀れむ故だったが……

(ライダーに何かあるのか?)

 巨漢へと目を移して意識を集中してみた。しかし、パスを通じての魔力供給に滞りはないし、ステータス異常も起きてはいない。見た目にも問題はなさそうで、むしろゲームでテンションがあがっているくらいだ。

(ボクと同じように、あいつの酔狂を疎んじてるわけでもないだろうに)

 この従者が何を考えているのか、ウェイバーにはさっぱり分からない。

(聞いたところで、こいつが素直に答える気がしないな)

 宴からの帰り道で憂い顔を見咎めた時も、シャムスは「貴様には関係ない」と突っぱねた。

 もしあのまましつこく食い下がったとしても、彼女が彼にその心情を明らかにすることは無かっただろう。

 なぜなら、自分は単にライダーのマスターであるというだけで、シャムスの主ではないから。

(…………)

 何となくひっかかり、ウェイバーは足の間で組んだ手に視線を落とした。

 あの時、ライダーはシャムスの懊悩を見抜き、易々と言い当てた。

 それは彼らが生前築いた堅固な信頼関係によるものであり、きっとあの王の軍勢に参じた者全てが等しく持っている絆なのだろう。

 年月(としつき)を重ね、命を賭けた戦を幾度も経て、死してのち、時空さえ越えても断たれぬ魂と魂の結びつき。そんなものに、自分のような未熟なマスターが太刀打ちできるわけがない。

(いや、ボクがあれに対抗する必要なんてないのに。どうしてそんな無駄な事を思い煩うんだ)

 王と臣下の絆。そんなもの、魔術師たる自分には、何の関係もない。あれは「使い魔」が使う、ただの「武器」だ。

 それが何であろうと、彼がすべき事は変わりない。

 あの圧倒的な宝具をもって聖杯戦争を勝ち抜き、万能の願望機を優勝杯としてこの手に取ればいい。その後、彼のサーヴァントがなにを望み叶えようと、どうでもいい――

「……なぁ」

 考えに耽れば耽るほど、何故か苦しくなっていく。胸に立ちこめる暗雲を払いのけようと、ウェイバーはふと思いついた疑問を口にした。

「オマエが聖杯に託す望みって、何だ?」

「……え?」

 間を置いてシャムスが振り返る。だから、とウェイバーは手を見つめたまま続けた。

「サーヴァントは聖杯に叶えてもらいたい事があるから、召喚に応じるんだろ? もしボク達が勝てば、ライダーは勿論、多分オマエにも、願いを叶える権利が発生すると思う」

 サーヴァントの従者という変則的な存在に、どこまで例外が許されるのか分からないが、マスター、サーヴァントたるライダー、シャムスの三人がパスを通して一つに繋がっている状態なら、きっと勝利の報償も約束されているはずだ。

「アイツは受肉が願いだ、なんて言ってたけど。オマエはなにを望んでるんだ?」

 こんな事を聞いてどうする。きっと、下らぬ事を聞くな、貴様には関係ないと冷たく却下されるだけだ。そんな諦観を抱きながら問いかけたので、

「私は無論、我が君の宿願成就を願う」

「え」

 間髪いれずの即答に驚いてしまった。

 一瞬虚を突かれてウェイバーは顔をあげ、ついでその答えがあまりにも従者らしいものだったので、あきれてしまった。

「バカ、それはライダーの為の願望じゃないか」

 途端、シャムスが不機嫌顔で、ウェイバーを睨みつけた。

「……当然の事を願って、なぜ貴様にバカ呼ばわりされなければならぬのだ」

 人目に現る美女に睨みつけられると、普段にもまして体が勝手に萎縮してしまう。いや、ここで気圧されまいとウェイバーもにらみ返し、

「それは自分の願いじゃない。そりゃオマエはライダーの従者なんだろうけど、それ以前に自分自身で持ってる願いとか、希望とか、そういうのあるだろ? それが何なのか聞いてるんだよ」

「…………」

 今度こそ突っぱねられると思ったのだが、シャムスは不意に黙り込んだ。答えに窮したように目を彷徨わせるのに気づいて、ウェイバーは驚く。

(……まさか、本当に何もないのか?)

 己よりも仕える者を最優先とし、何にも置いて忠義を尽くす――そういった考え方があるのは、ウェイバーも知っている。

 しかし、人一倍プライドの高いウェイバーには、そこまで我欲を捨てる事など考えられなかった。

 どんな人間であれ、大なり小なり、自分の為の欲は持っているはずだ。それを押し殺して他人に膝を屈するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。故に彼にとってそれは実存するものではなく、単なる理想、概念でしかなかったのだ。

 だが、昨夜の王の軍勢を見た時、その考えは根底から覆された。

 あの兵達の多くは、元はイスカンダルによって打破された国々の王であり臣民のはずだ。

 自分たちを打ち負かし、心底から憎んでいるはずの侵略者の軍門に自ら下り、永久(とこしえ)の忠誠を誓う。そんな者達が、現実として存在していたのだという事実を、彼はまざまざと見せつけられ、衝撃を受けた。

(コイツも王に仕える事だけが、全てなのか)

 シャムスの尽くしぶりを思えばそれも不思議ではないが、もはや彼には理解出来ない心情だ。なかば畏怖しながらそう思った時、

「……私の、願いは……叶わぬから、よいのだ」

 シャムスがぽつり、と小さく呟いた。

「叶わない……って、そんな訳ないだろ」

 意外な言葉に、ウェイバーは目を瞬かせたが、一方で彼女にも自身の願いがあるのだと分かって、少しほっとした。思わず勢い込んで続ける。

「聖杯だぞ、聖杯。万能の願望機といわれる、『魔法』の産物。どんな願いだって思いのままに決まってるじゃないか」

「…………」

 シャムスはウェイバーのジャンパーをたぐり寄せ、背中を丸めた。格好が普段と違うからか、そうすると、どこか頼りなげに見えてしまう。視線を地面に落とし、彼女は小さく呟く。

「いや、叶わぬ、ではないな。……私の願いは『叶えてはならぬ』のだ」

「……何がいいたいんだ。オマエの願いって、一体何なんだ?」

 キャスターのマスターじゃあるまいし、人の倫理に反するような望みをこの従者が持つとは思えない。分からないまま促すと、シャムスは深く息を吸い込み、静かに言った。

「私の、願いは――我が君のお子を生み、ともに生きることだ」

 

「――――」

 一瞬何を言われたのか分からず、ウェイバーは凍り付いてしまった。ついでシャムスの言葉の意味を理解し、かぁぁぁ、と体が熱くなってしまう。

「……な、なんだよ、それはっ! そんなの、聖杯に願わなくてもいいじゃないかっ」

 奇跡の願望機へ託すには些末すぎるライダーの願いを知った時も呆れたが、この従者もまたふざけている。

「ライダーと一緒に受肉すれば、子っ……いや、あの、そ、そんな事は勝手にできるっていうかっ、あぁもう何言わせるんだよバカッ!!」

 子作りといえば、つい数日前の風呂場での事件が頭をよぎり、羞恥で怒りさえこみ上げてくる。思わず声を荒げてそっぽを向くと、シャムスが浅く、ため息と苦笑いを漏らした。

「それは、分からぬ。生前と同じ体を与えられるのであれば、私に子はできぬだろうし」

「……え」

 びくっとして振り返ったが、うつむいたシャムスの横顔は、柔らかく広がった赤い髪の合間に沈んで見えなくなっていた。ただ声だけが、淡々と紡がれる。

「私は我が君の従者として仕えたが、子は一度もできなかった。我が君には他に御子がおられたから、間違いなく私に問題があったのだろう。

 ――もっともそのお陰で、どこまでも我が君に従軍する事ができたのだから、幸いというべきなのかもしれないが」

「…………」

 言葉が出ない。こんなデリケートな問題に、男の自分が何を言えばいいのか。何気なく踏み込んだシャムスの領域に思いがけず暗い穴がある事を知り、ウェイバーは声もなく悔いた。

(無遠慮に触れていいことじゃなかった)

 自身の好奇心を満たす為だけに暴いていい事ではなかった。唇を噛む彼を尻目に、シャムスは続ける。

「聖杯ならばその問題は解決できるやもしれぬが……その先の願いは、叶えてはならないのだ」

「その……先って?」

 聞いていいのか迷いながらおそるおそる尋ねると、シャムスは顔をあげた。先ほどより憂いを深めた瞳はまっすぐライダーを見つめ、愛しさと悲しみがその表情に複雑な影を落とす。

「我が君と、我が子と、私。それだけでずっと、ずっと、……共に生きていたい」

 掠れた声で囁かれる願いは、諦観と切なる思いに満ちあふれる。

「他には何もいらない。我が君が私だけを求め、我が子だけを慈しまれ、永久に愛してくだされば――それだけでいい」

 それこそ、聖杯に望まずとも叶う願いではないか。

 ライダーが従者を大切にしているのは間違いがない。もし受肉が成って、更に子供ができれば、易々と叶うだろうに。

 そう思ったウェイバーの心境を読みとったのか、あるいは自身でもそう考えていたのか。シャムスはもう一度苦笑を漏らし、ウェイバーを見た。

「私は、我が君を自分のそばに留め置きたいのだ。どこへも行かず、何も見ず、ただひたすらに、私と子を愛してほしいと、心底から願う。

 だが、それはあのお方にとって牢獄に等しいだろう」

 憂いに満ちた面差しの中、唇が自嘲の形にゆがむ。

「あのお方の魂は自由を愛する。一つところ、一つのものに拘泥するような狭小なご気性ではない。もし私が先のごとく聖杯に望み、我が君を捕らえてしまったら……それは、あのお方を殺す事に他ならない」

 だからこそ、己の願いは叶えてはならぬのだ、と。

 シャムスは静かに言った。

「オマエ……」

 その心情を理解したウェイバーは、呆然とした。

 彼女の願いを聖杯に託せば、シャムスは確かに、未来永劫、愛する男と共に生きられるだろう。

 だがそれは、ライダーの願いとは相容れないものだ。

 征服王が欲するのは、ささやかな家庭の幸せではない。誰よりも強欲に、この世の全てを侵略し強奪しつくすのが、ライダーの王道だ。生前と違わず、今もなお世界征服を志すイスカンダルの思いを、従者としてつき従うシャムスが理解していない訳がない。

(だから――聖杯でも叶わないなんて、言ったのか)

 成就した暁には、征服王は征服王でいられなくなる。

 一人の男としてイスカンダルを愛し、一方で王たるイスカンダルを何よりも敬愛するシャムスにとって、それは決して叶えてはならない願い、という事なのだろう。

「……そんなこと考えてたのか」

 その切実で哀切に満ちた思いに、ウェイバーは声を詰まらせた。

 彼にしてみればいつでも叶うと思われる、女性なら誰でも抱きそうな、ささやかな願い。だがそれはシャムスには呪いにも等しいのかもしれない。

「……」

 ひゅう、と風が吹き抜け、紅の髪がなびく。顔にかかった一筋をはずしたシャムスは、ため息をつき、立ち上がった。

「……詰まらぬ事を、ぺらぺらと……いかんな。今の話は忘れろ」

「え……」

「私の願いはただ一つ。我が君の宿願を叶える事、それだけだ。それ以外に望みなどない」

「な……何いってんだよ、今はっきり言ったじゃないか、アイツと一緒に――」

「そんなもの、王の大望の前には塵芥に等しい」

 ぴしゃりと言い捨て、シャムスはウェイバーに向き直った。見下ろすその表情は従者のそれに戻り、どこまでも気高く、尽きる事を知らぬ忠心に満ち満ちている。

「私の浅ましい欲望で、我が君の覇道を汚す事はできぬ。故に忘れろ。私も忘れる。そんな望みなど、はじめからありはしなかったのだ」

「……ッ!」

 そんな。そんな不自然なあり方でいいのか。一度心に芽生えた望みは、それが切実であればあるほど、抹消する事は困難だろうに。

 異を唱えたかった。それでいいのか、どうしてそこまで自分を殺すのか、己の矜持は無いのかと叫びたかった。

 だが、シャムスの眼差しは切りつけるように鋭く、彼のどんな言葉も受け入れる様子がなかった。

 彼女はもう決めてしまっているのだ。

 例えどれほど王を愛し、それ故に苦しもうとも、構わぬと。

 一人の女ではなく、一人の従者として、命がつきるその瞬間まで付き従い続けようと。

「――分かった。忘れるのは無理だけど……少なくとも、アイツには言わない」

 そんな堅固な決意を前に、どうして異議を唱えられるだろう。ウェイバーは不承不承、頷いた。そうか、とシャムスが素っ気なく言った時、

「ぃよしっ! これでオールクリアだぞ!!」

「おじさんスゴい! 新記録じゃん、すっげーーー!!!」

 ライダーと子供の歓声がわっと上がり、張りつめた雰囲気を引き裂いた。どうやらゲームをクリアしたらしい。興奮してガッツポーズを取るライダーは彼に群がる子供と同じくらい、無邪気に喜んでいる。

「……約束だぞ。決して口外するな」

 低い声で念を押したシャムスは肩のジャンパーを脱ぎ、ウェイバーにふわりとかけた。しゃがんだ時にウェイバーの目の前で炎の滝のような髪がふわりと揺れ、微かに甘い匂いを漂わせる。

「――」

 眼前に迫った端正な顔立ちは、我を忘れて見とれるほどに美しい。

 しかし、常ならば何の屈託もなく真っ直ぐな眼差しは今、陰りを帯びて沈み、ともすれば泣きだしてしまいそうにも見えた。

 何か言うべき事があるのではないか。だが、慰めも、励ましも、全て彼女には届かないだろう。ウェイバーが口を開いたまま硬直しているのに背を向け、

「我が君、おめでとうございます」

 シャムスは王の側へと駆け寄った。恭しく祝辞を述べると、王は呵々と笑ってシャムスの肩を抱き寄せて、上機嫌で頬に口づける。

 恥じらいに肌を紅潮させるシャムスはその外見もあいまって、何の憂いもない、ただの幸せな女のように見えた。

 だが、その笑顔の下にある切実な思いを知ってしまった今、ウェイバーは何とも言えない気持ちで彼らを見つめた。

(どうして。どうして他人に対して、そこまで思い込めるんだ)

 王の為なら自身の願いすらいらないと言い切るシャムス。彼女にそこまで言わせるのは、それほどにライダーが……征服王イスカンダルが、偉大な人物だからか。

「……時を越えた絆なんて……そんなのは……」

 あるはずがない。認めたくないのに、それは彼の目前に、間違いなく存在している。

(そんなもの……ボクには、何もないのに)

 シャムスがライダーへ笑いかけるたびに、言い表しようのない苛立ちが募る。

 それと同時にどうしようもなく孤独な気持ちに襲われ、ウェイバーは垂れ下がったジャンパーの袖をきつく握った。

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