征服王、冬木の地にて現界す   作:なんじょ

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征服王がカルデアにやってきて落ち着けないⅡ世と女従者の小話。
※まだⅡ世とライダー組が再会してない段階です。


何も知らない君とボク

 どうも、自分で思っているよりずっと浮かれているらしい。そう気づいたのは、無意識のうちに征服王の居室へ向かう廊下を歩いている時だった。

 そこの角を曲がれば目の前、というところで、ロード・エルメロイ二世はその足をぴたりと止めた。

(何をしてるんだ私は、まだ全く心の準備ができていないというのに)

 特異点で再会した征服王に気に食わないという理由だけで対立された記憶は、まだ新しい。

 彼の王が戦うを善しとする相手になれたのは喜ばしい事ではあったが、同時に自分の未熟さも十分思い知らされた。

 その事が情けなくて、どんな顔をすればいいのか分からないからまだ会えない、と思う。

(何てみっともない。ことライダーに関して、私は十九の自分に戻ってしまう)

 ロードの称号をひっさげ、時計塔で学生相手に講義を一席ぶって、偉そうに頭でっかちの教授どもを打ち負かしたところで、結局自分はまだウェイバー・ベルベットのままだ。そう痛感させられる。

(どうせいずれ嫌でも顔を合わせる事になるのだから、早く済ませてしませばいいのだが……駄目だな)

 少なくとも今はその時ではない。

 ただの逃避と知りつつそう結論づけて、くるりと背を向け、足早にもと来た道を戻――ろうとした途端、つま先で何かひっかけて、

「うわっ!」

 勢いよく転びそうになった。二、三歩と前へ跳んで何とか転倒を回避し、

「誰だこんなところに物を置いたのは、ってうわぁっ!?」

 怒り交じりに振り返り、自分がいま躓いたもの――すなわち廊下の隅に隠れるようにして座り込んでいる女従者、シャムスを見つけて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「な、何だ!? オマエ、そんなところで何をしているんだ!」

 常に征服王と共にいる従者が一人で、しかも床に体育座りして顔を伏せた、明らかに落ち込んでいる様子でいるのだから、驚かずにはいられない。つい大声で問いかけると、

「……」

 シャムスはゆっくり、彼を見上げた。

 しかし、彼の記憶の中にまだ色鮮やかに残っている真紅の髪は乱れてくしゃくしゃになっているし、卵のようにつるりとした肌は白を通り越して青ざめており、気力に満ち満ちた瞳はうつろに彷徨ってまるで生気がない。

(どっ、どうしたんだこいつは)

 今まで見た事がないほど憔悴した様子に動揺し、エルメロイ二世はそのそばに膝をついて声をかけた。

「具合でも悪いのか、シャムス。顔色が真っ青だぞ。

 ……魔力が激減しているというわけでもない、ステータス上は問題ないように見受けられるが、何かあったのか。ライダーはどこにいる? こんな状態のオマエを放っておいて、どこをほっつき歩いてるんだ」

「……」

 矢継ぎ早に質問を投げると、シャムスは長いまつげを何度か瞬きし、

「……我が君は宴においでだ」

 ゆるりと答える。宴? とエルメロイ二世は反復した。

「そうだ。クー・フーリン殿とディルムッド殿、フェルグス殿と、男性だけで宴を催されると仰って」

「……アイツは何をやっているんだ」

 宴というか飲み会というか……まあ、まだ四人だけなら大事にはならないだろうが、大丈夫なのかその面子は。思わず顔をしかめる彼をよそに、シャムスは顔を俯かせ、

「……だから私はいらないと……」

「え?」

「……私はお傍にいてはならないと我が君は仰せになって……」

「ああ……」

 どうせ女がいてはしづらい話で盛り上がるのだろう。とますます呆れて嘆息したが、その時突然、

「私は……私は我が君に暇を出されてしまった……私は、私はどうすればいいのだ……!!」

 シャムスが見開いた目からぼろぼろぼろっと涙を流したので、

「えっ、ええっ、ちょっ、な、何で泣いてるんだオマエは!?」

 思わず普段のふるまいも忘れて焦ってしまった。

「わ、私は我が君のっ、おっ御為にのみ生きている、のにっ、我が君に不要といわ、いわれて、しまったら、ひっく、し、死ぬしかないでは、ないかっ!」

 何をどうすればいいのかと動転する彼の前で、シャムスは床に水たまりが出来そうな勢いで号泣しながら絶望している。

 ま、待て待て待て! とエルメロイ二世は彼女の肩を掴んで上体を起こさせた。ぼろんぼろんと子供のように涙の珠を流すシャムスに、何て顔してるんだこいつはと仰天しつつ揺さぶる。

「落ち着け、いきなり死を選ぶな、何でオマエはそう考え方が極端なんだ! いいか、あのな、とにかくその、落ち着け、泣くな! まず泣きやめ!」

「うっ、うわぁぁんっ」

「だからますます泣くなこら!!」

 

 ………。

 

 というようなやり取りを十分ほど続けた後、シャムスがようやく落ち着きを取り戻した。というか泣きつかれたのか、涙は止まったものの肩を落として、がっくりと意気消沈している。

「……あー……とりあえず、落ち着いたか」

 どう声をかけたものか迷いながら問うと、シャムスは頷いているのかいないのか微妙な感じで首を傾けた。

 まるで人形のように気の抜けた顔をしているのは、イスカンダルの言葉がよほどにショックだったからだろうが……それにしても。

「飲み会に参加しなくていいと言われただけで、そう悪い方に取る事はないだろう、全く……」

 おかげでこっちまで疲れたと、エルメロイ二世も床に座って壁にもたれかかる。

 シャムスはまだくすんくすんと鼻を鳴らして、

「だって我が君はいつも私をお傍に置いて下さったのに……暇をやるから遊んで来いなどと、そんな風に仰ったりはしなかったのに……」

 本当に子供のような幼い声音で呟いた。その様子に、ああ、と合点がいく。

(そうか、今のこいつはライダーの『娘』なんだな)

 察するに、大人の集まりから急にはじき出されて、自分も入れてほしいのにと拗ねる幼子のような心境なのではないか。

(まぁ……面子を考えれば、女従者を侍らせるのを避けるのは道理だ)

 クー・フーリンは女好きだし、フェルグスはそれに輪をかけて絶倫だというし、ディルムッドは性格こそ真面目だが、何かの拍子に女性を虜にする黒子の呪いが発動してしまったら、シャムスの方が抵抗できなくなるだろうし。

 男だけで盛り上がりたいというのと同時に、シャムスの貞操を守りたいという気持ちもあるからこそ、ライダーは退室を命じたのではないかと思う。

 それに、

「……暇をやるから遊んで来いというのは、そのままの意味なのではないか?」

 思いついたままに言葉を口にすると、「え?」シャムスが再びこちらへ視線を向けてきた。泣いて赤く潤んだ目をまともに見てしまい、慌てて顔を背け、

「いや、……だから、暇をやるイコール首というわけではなくて。オマエも誰かと遊べばいい、というつもりで言ったんじゃないか、アイツは」

 そう告げる。

 シャムスが軽く息を飲んで、間を置いた後に、

「……なぜ、そのような事を? 私は我が君さえいらっしゃれば、他の者などどうでもいいのに」

 何とも視野の狭い事を平然と吐く。そういうところは本当に、何一つ変わっていないのだなとエルメロイ二世は思わず苦笑した。

(今だからこそ分かる気がする。こいつはどうにもこうにも――見ている世界が狭すぎる)

 それは幼い頃に、あれほど器の大きい男に出会ってしまったせいかもしれない。彼女の中では征服王の存在感が大きすぎて、他の者が目に入らなくなるほどになってしまっている。

(第四次聖杯戦争では、それをどうする事も出来なかった)

 普段接触する相手は征服王とマスターくらいで、閉じた主従関係でも支障はなかった。

 だが、ここは数多の英霊が一堂に会するカルデアだ。

 そこかしこで神話に語り継がれた神々や、得物の一振りで天地を引き裂くような英雄、近代史を塗り替えるほどの改革を行った天才など、人類史に刻まれた英霊たちが闊歩しているこの状況、視野を広げるのにこれ以上の環境があり得るだろうか

 敵さえ己の臣下に勧誘するような征服王がここにきた途端、目を輝かせて誰彼かまわず声をかけて回るのも当然だし、自分の後ろをついて回るだけで他の者と交流しようとしない従者に、休みを与えて見聞を広めるように差し向けても不思議ではない。

「……というわけで、そこまで絶望する事はない。むしろ他の連中と仲良くなって、オマエがここで友達でも作れば、アイツは大喜びするんじゃないか」

 順々と説明をしていくうちに、シャムスの涙が渇き、かわりに戸惑いの表情へなっていく。友達、と困ったように繰り返して、

「……そうはいっても……友達、なんて。どうすれば、いいんだ?」

 今度はすがるような目でこちらを見てきたので、うわ勘弁してくれと思う。友達作りなんて自分も得意ではない。

「そ、そうだな……とりあえずマスターとマシュ辺りと話してはどうだ? あの二人と交流を深めておけば、自然と周りの連中とも顔見知りになっていくだろう」

 そこから友達の輪でも広げていけばいいんじゃないかと助言すると、シャムスはそうか、と素直にうなずいた。

「分かった、そうする。我が君がそのようにお考えなのであれば、今すぐ行って来る」

 そういってすっくと立ちあがる。さっきまで大泣きしてたくせに現金な奴だな、と思いつつほっとして、エルメロイ二世も同じように立った。やれやれと顔を上げたところで、

「…………」

 不意にばちっとシャムスの視線を受けて、思わずたじろぐ。相手はまだ涙の跡を残した、気取りのない表情でまじまじとこちらを見上げてくるので、

「な、何だ、そんなにじろじろ見て」

 内心やめてくれと思いながら言うと、不意にシャムスが彼の手を取って、

「いや、貴様、意外と親切なのだな。貴様の助言がなければ、我が君のご意向を誤って理解するところだった。ありがとう、ロード・エルメロイ二世」

 ぎゅっと握手しながらにこっと笑った。何の警戒心もない、素直極まりないその笑顔は――ひどく、愛らしい。

「っ……」

 思わず絶句して硬直するエルメロイ二世。シャムスは礼を言って気が済んだのか、ではなと手を振って、マスターの部屋がある方角へと歩いていく。

 その背中が遠ざかり、やがて角を曲がって見えなくなってから後、彼は思わずよろめいてその場にしゃがみこんでしまった。

(……なんだ、何なんだもう)

 握手させられた手が、いや手だけじゃない、体全体が、特に顔が、熱くてたまらない。

(なんなんだアイツは……あんなのは、もう、か)

「……わいいじゃないか、ファック!」

 後半思わず声に出してついでに罵声も漏らす。

 やめてほしい、突然記憶に残っているままの姿で現れて、あの時には見せなかった一面を暴露してくるのは、とにかく、本当に、心臓に悪すぎる!!

 




大人になって知る一面的な。
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