征服王、冬木の地にて現界す   作:なんじょ

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何も知らない君とボク2

 己が主君の元から辞して、数時間後の事。

 そろそろ頃合いかと見計らってシャムスが自室に戻ると、

「おお、戻ったかシャムス! 今宵は実に愉しい宴だったぞ。名だたる英霊たちと盃を交わす事が出来るとは、考えもしなかったわい!」

 気分よく酔っぱらったイスカンダルが上機嫌で彼女を出迎えた。高らかに豪笑する王の様子に「それはようございました、我が君」シャムスもにっこりして、敷居をまたいだ。

 男四人の宴のこと、室内はさぞや荒れ果てているだろうと思っていたが、殊の外片付いている。

「おお、それはディルムッドの奴がやっておったな。クー・フーリンとフェルグスも引き取っていったし、あれはまったく真面目な男だ。たまには羽目を外せばいいものを」

 ふんと鼻を鳴らして腰を下ろした王は、そばの床をぽんぽんと叩いてみせる。その意味を即座に理解して、シャムスは武装を光に解いてワンピース姿となり、指定の場所に座った。すると、

「うぅむ、酔った酔った。楽しさのあまり、思いのほか酒が進んでしもうたわい」

 イスカンダルは巨体を横たえ、そのまま彼女の膝に頭を預けた。満足そうに目を閉じる様を見下ろして、シャムスは顔を綻ばせる。

 生前と違い、人目を気にせず愛しい王とこういう触れ合いが出来るのは、心から喜ばしい。

「我が君がご満足なされたのなら、私も嬉しゅうございます。それほどに楽しい一席であったのなら、ご一緒しとうございました」

「ああ、そりゃいかん」

 イスカンダルは目を閉じたまま、ひらひらと手を振った。そのままシャムスの顔に触れ、

「あやつらは揃いも揃って女たらしだ。そなたのような美しい乙女を侍らせておけば、ちょっかいを出してくるに違いないからな」

 輪郭を優しく撫でてきた。分厚い手のひらのぬくもりに包まれると、王への愛しさが泉のように沸き起こって、幸せな気持ちになる。まぁ我が君、と自分の手を重ねて微笑んだ。

「どれほど名に聞こえし英霊であったとしても、征服王イスカンダルの従者へ不埒を働く無礼を、この私が赦しは致しませんよ」

 とはいえ、征服王の体面もある故少しは我慢するにしても、いずれ耐え兼ねて爆発し、場の空気を壊してしまうくらいなら、居合わせない方が正しかっただろう。

 そんな事を思いながらふと、

「……しかし、あの男の言う事は合っていたのだな」

 呟きを漏らすと、イスカンダルがうぅん? と目を開いた。問いの視線を受けたので、

「いえ、こちらを辞した後、あの男……ロード・エルメロイⅡ世と行きあったのです。

 その時にあの男は我が君のご懸念を推察していたのですが、それが正しかったのだと思いまして」

「ほう、あの顰め面の軍師か。そういえばここに来てからついぞ顔を見る事がなかったな。シャムス、あやつと話してみてどうだった」

 どう、と問われて、首を傾ける。カルデアに来た当初、記録から感じたあの男への印象は、控えめにいってもよろしくなかったのだが。

「特異点の冬木で対峙した時は、小賢しく立ち回り、我が君の覇道を阻む憎たらしい策士と思っていましたが……存外、親切な男のようです。私が、その」

 王から首を言い渡されたと動揺していた事は勘違いだったようなので、言いよどんでから言葉を足す。

「……我が君のお傍を離れて時間があるのなら、他の者と交流を持ってはどうかと提案をしてくれました」

「おお、それはあやつも良い事を言う。そなたも余の世話ばかりに腐心するでなく、友の十人や二十人を作ればよいと、余も考えておったのだ」

「やはり、左様でございましたか」

 では、あの男は正しく王の意向をくみ取ったのだと、改めて感心しつつ、少し、いや結構、嫉妬心が沸き起こる。

(私に分からなかったものを、なぜあの男は易々と読み取ったのだ)

 シャムス自身が王の意図に気づけなかったのは視野狭窄の為なのだが、本人にその自覚はない。そのため、

(軍師というのはありとあらゆる方策を用いて戦に臨むもの。その経験値から類推したのだろう)

 と結論づけた。もやっとした感情に軽く眉根をひそめる従者の気持ちをよそに、それで、とイスカンダルは話を続けた。

「ではシャムス、あの軍師と見知りおいたか」

「あ……いえ」

 そうか、あの男と友人になるという手もあったか。そう思いながらシャムスは首を振った。

「あの男は友人を得たいのなら、マスター、マシュと親密になってはどうかと言ったのです。あの二人と親しくしていれば、自然に周りの者とも交遊する事になるだろうからと。それは道理と思ったので、さっそくマスターの元へ行き、茶を馳走していただきました」

 自室でくつろいでいたマスターとマシュは、彼女が突然友達になってくれと申し出た時は目を白黒させていたが、わけを聞いて喜んで出迎えてくれた。

 聞いたところではマシュもまた人付き合いが苦手な方で、デミサーヴァントという特殊な在り方もあって、人との接し方に惑う事が多々あるという。

『でもマスターのおかげでたくさんの経験を積んで、たくさんの出会いを経て、様々なものを見聞きして……昔の自分からは考えられないほど、多くの事を学びました。

 悲しい事、辛い事もありますけど、その分嬉しい事、楽しい事もたくさんあります。

 私もそうだったのですから、シャムスさんがいろんな人と出会ってお友達になるのは、本当にいいことだと思いますよ』

 マスターの傍ではにかみながら語るマシュの笑顔。それを見つめるマスターもまた優しく顔を綻ばせていて、見ているこちらの胸が暖かくなるような、確かな絆を感じられた。

「……ですから、折を見てまた二人と、あるいは他の者達とも、話をしてみたいと思っています。もちろん、我が君がよろしければ……ですが」

 不安と期待がないまぜになった気持ちで恐る恐る許しを請うと、

「無論だ、反対なんぞするものか。そなたはもっと多くの人々と語り合って、自身の人生を楽しむべきだと常々思っていたからな。余の事なんぞ少しばかり放っておいても支障ないから、気にする事はない、好きにするがよい」

 にかーと白い歯をむき出しにして王が破顔した。快い返事にシャムスは一瞬頬を緩ませ、

「……でも、あまりお傍を離れたくもありません。私は我が君の御為にここに在るのですから、今宵のように突然暇を出されては……不安になります」

 つい寂しさを口にすると、イスカンダルは目を丸くした後、カカと笑った。シャムスの編んだ赤い髪の間に指を差し入れ、

「案ずるではないわ、シャムス。余が死した後よりそなたの魂は余の宝、嫌と言ったところで永劫共にあるのだから、心配なぞする必要もないであろう?」

 くいと頭を引き寄せる。頭がくらくらしそうなほど酒の匂いを含んだ吐息が頬に触れ、シャムスは「はい……」とはにかみながら目を閉じ、いつものように王の御手に己が身を預けたのだった。

 

 

****

 

 

「ロード・エルメロイ二世! 昨日は世話になったな。おかげで私にも、友人が出来たぞ!」

 翌日、カルデア内を歩き回ってようやく見つけた軍師に話しかけると、相手は眉間のしわを一層深くした。

「それはよかったな。私は特に何もしていないが」

「そんな事はない。貴様の推察が我が君のお心を見事見抜いていたのだ。我が君にもたいそうお喜びいただけたし、本当に感謝している」

 そういいながら相手の手を取ってぎゅっと握手する。と、ただでさえ悪い目つきをより剣呑にして、

「……オマエは、どうなんだ? 友人が出来て、思うところはないのか」

 なぜか機嫌の悪そうな声音で問いかけてきた。何だ突然、気分の読めない男だな。シャムスは首をかしげて、

「思うところ、とは? 何が言いたいのだ」

「だから……友達が出来て嬉しいとか、話をしていて楽しかったとか……そういう感想はないのかと聞いている」

「……」

 一瞬言葉をなくす。問われてどうだったのかと思い返してみる。マスターとマシュは優しく穏やかで話しやすいし、これまでの特異点であった出来事など聞けば聞くほど、波乱万丈で話に飽きることはなかった。気づけば自室へ招かれて数時間経過していて、あまり遅くまで居座っては申し訳ないと退室したのだが、その時――この場を去るのは、寂しい。そう思ったのは、確かだ。

「……楽しかった、と、思う。あんなに話をしたのは、覚えていないくらい、久しぶりだった」

 ふと胸にきざした寂寥感に何となく戸惑いを覚えながら呟く。と、二世が愁眉を開いた。そうかと唇の端に笑みさえ浮かべて、

「――それなら本当に良かった。王の為だけでなく、オマエ自身が自分の時を楽しむ事ができたのならな」

 感慨深げにそう言った。その表情を目にして、

(……?)

 何か引っ掛かりを覚えて、シャムスはじっと彼の顔を見つめた。

 妙な既視感。座の記録でも、生前の思い出でも、出会った事のない相手だと言うのに、ふと懐かしさを覚える。

(どうしてだろう……どこかでこの表情を、見た事がある気がする)

 何かが喉に引っかかるような気持ちの悪い感覚に、つい前のめりになって、間近で二世の顔を覗き込もうとした。途端、

「こ、こら、あまり近づくんじゃないっ」

 不意に相手がバッと後ろに飛び退った。そのまま逃げそうな気配を見せたので、

「あっ、ちょっと待て!」

 シャムスは即座に距離を縮め、相手のコートを掴んだと同時に、

「貴様も! 私の友達になってくれ!」

 カルデア中に響きそうな大声でそう叫んでいたのだった。

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