【秩序/悪】な茨木童子(猫又付き)   作:ヤトラ

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茨木童子に側近的なサーヴァントとかオリジナル宝具とか持たせたかった。


茨木の始まり・夏の巻

 押す。埋める。それだけの動作で生き物は殺せる―――それをするだけの力を、この鬼の少女は持っている。

 

「ぐげ、ぐげぎゃあぁぁっ! やめ゛、やめでぐで―――」

 

「止めぬ。汝れは吾に殺されろ」

 

 小さな手が自身を押し付ける。岩壁に無理やり埋め込まれる。鬼の不幸は、目の前の少女を怒らせた事と、自身が岩のように頑丈だったことか。

 

 

 

 山間部で鳴り響いていた蝉達の音を、ガラガラと崩れ落ちる音が塗りつぶし、蝉のみならずその一帯の生物たちは我先にと言わんばかりに逃げ出す。

 

「おぉい茨木殿、流石にやり過ぎにございましょうや」

 

 熊ですら逃げ惑う岩石の濁流の中を、一匹の虎猫がヒラリヒラリと舞うように跳びかっている。煙管と巻物を背負い、紺の甚兵衛を羽織った猫又だ。

 

 やがて大岩に腰掛けた猫又の視線の先には、岩肌の崖にめり込んだ熊よりも大きな鬼と、それを片手で抑え付ける小柄な少女の鬼―――茨木童子の姿があった。

 

 

「ふん、折角の握り飯を台無しにした報いぞ。……くあぁぁぁ吾の握り飯がぁぁぁ」

 

 

 手を離した茨木は怒り顔から悲しみに歪み、土塗れになって潰れた握り飯を見下ろして涙を零す。

 

 

 母から一人立ちしてこいと蹴とばされ、猫又の虎猫と共に旅に出てから一年ほど経った。

 初めは唐突な追い出しと二人旅に不安だった彼女だが、今ではすっかり旅慣れし、日々強く逞しく生きる日々を送っていた。今もこうして、食事の邪魔をした生意気な鬼を蹴散らしたところだ。

 

「やれやれ。小生の握り飯をお分けいたします故、泣き止みなされ」

 

「泣いてない!」

 

 己の倍以上もある鬼を押しつぶす膂力と残虐性がありながら少女のように悔し涙を零す鬼に、虎猫は握り飯を差し出しながら頼もしさと可愛らしさを感じ取る。

 こうして茨木が気ままに旅をしていられるのも、旅慣れしている虎猫のおかげだ。無駄に盗みやネコババが上達し、このように何処からか握り飯を取ってくることもあるし。

 

 

「むぐ……しかしなんだ、あの大鬼も見掛け倒しであったな。母上らしい鬼には未だ会えぬわ」

 

「それだけ母君が強く、その母君が愛した鬼である茨木殿も強いということです。日頃の鍛錬の賜物ですな」

 

「そうだろうそうだろう、流石は母上と吾よな。だが癪ではあるな……」

 

 虎猫の言葉に胸を張る茨木童子だが、直に表情が曇る。何故ならば。

 

「このままでは『鬼とは大したことのない妖怪』と云われても仕方ないぞ」

 

 長らく旅に出て、鬼と鬼を知る者達の評価を多方面から耳にしてきた。その中でも最も許せないのが先の言葉だ。

 

 鬼とは恐ろしい物、と呼ばれるのは弱者が大半だ。それは良い。しかし思っていた以上に世の中には強者と呼べる妖怪や人間が多く、群れてかかれば大したことない、と鬼を評している。

 それに反して、茨木童子と虎猫が遭遇した殆どの鬼は茨木単騎で返り討ちにできる程度の実力だ。中には虎猫の妖術に負かされる奴まで居るから驚きだった。

 

「それは茨木殿が気にする領分では……いや茨木殿だからこそ故にか。そういう性分でございましたな」

 

 竹筒の水を飲みながらブツブツと独り言を始めた茨木を横に見ながら、虎猫は茨木の真面目さを改めて垣間見たことで笑みを浮かべる。

 

 茨木は、やれ鬼という種が滅びかねない、やれ人間共も決して弱いばかりではない、やれ母みたく鬼を扱いたろうかと様々な案を口にする。この旅路で随分と智慧を回すようになったものだと虎猫は思う。

 

「……のぉ猫、先程から何を書いておるか?」

 

「ふむ、今日の出来事と、そこで倒れた鬼の記録をば」

 

 思考に耽っていた茨木が気づいた頃には、常に大事に背負っていた大きな巻物を広げ、そこに念力を用いて筆を走らせる虎猫の姿が。

 

 虎猫はどこかで見て覚えたという「書物」なるもので、こうして茨木が倒した妖怪や今日の出来事を筆で記録するようになった。ご丁寧に硯箱まである。

 文字だけでなく、少女のような鬼が大きな鬼を片手で吹き飛ばす様が綺麗に描かれていた。大きな巻物と硯箱を背に持って逃げる虎猫の姿もある。

 

「上手だが、そんなもの書いてどうするというのだ? たかが紙きれだというに」

 

「都では記録を残すと言いますが、小生は茨木殿の生涯を記録しとうございましてな。いずれ母に並ぶ恐るべき鬼だと、後の世に知らしめることでしょう」

 

「おお……おおっ……いいな、それはいいな! しっかりと吾の生き様を記すのだ猫よ!」

 

―――ここで、単なる虎猫の気まぐれで始めた、という事実は伏せておく。

 

 真意を知らぬ茨木は虎猫の行いを褒め、虎猫は何事もなかったかのように甘んじて賞賛を受け取るのだった。

 

「……のぉ、その文字や絵は京で見たのか?」

 

「左様にございます。ちょくちょく京の都へ足を運んでは気ままに盗み見をば」

 

「汝れがそのような書物を記せる程に興味があるとは。どのような者が書いておるのやら」

 

「そうですなぁ……気になるのは、やけに派手な着物を着た女子(おなご)と、やけに胸が大きな女子(おなご)の作品ですな」

 

「む、胸?」

 

「はい。こう、着物越しに解る程に、ぼん・きゅ・ぼーんで」

 

「なにそれこわい」

 

 嫉妬するより先に、虎猫が両前足で示す胸の大きさに逆に怖れを抱く鬼であった。

 

 

―――ビキ

 

 

「む?」「ぬぉ?」

 

 

―――バキバキバキ

 

 

「……猫よ、どうみる」「茨木殿の馬鹿力のせいで崖が崩れてまいりましたな」「吾のせいか!?」

 

 

―――バギャッ!

 

 

 先程よりも大きな破壊音と地鳴りが山を揺らし、今度は山中の動物達が逃げ惑う。その中には茨木と虎猫の姿もあった。凄まじいスピードだった。

 

 

 やがて地鳴りが収まった頃には砂煙が吹き荒れ、それが収まれば辺り一帯は岩だらけ、崖は半分以上が削られ地層が露わとなった。

 これほどの大破壊は、酒のつまみを目の前で盗まれた母が大暴れして森一帯を倒木だらけにした時以来か。茨木が如何に怪力であるかを物語らせる。

 

「茨木童子、握り飯の恨みで赤鬼ごと崖を壊す……と」

 

「止めろ、吾が器の小さい鬼に思われるだろうが!」

 

 茨木は慌てて、さらさらと巻物に筆を走らせながら逃げる虎猫を追う。しかも虎猫は二本脚で走っていてかなり余裕……いや楽しげだ。将来有望な愉悦部員になるだろう。

 ぐるぐると大岩の周りを走ること数度……茨木はふと崩れ落ちた崖を見やり立ち止まる。虎猫は茨木の背に鼻先から突っ込んでしまう。

 

「にゃもっ―――どうかなされましたか?」

 

 棒立ちの茨木が気になって見上げ、彼女の顔を見やる。

 

「猫、あれが見えるか?」

 

 その目はキラキラと煌めき。

 

「猫、あれは……なんだ?」

 

 その胸は好奇心で満ち溢れていた。

 

 輝く目と好奇心は、崩れた崖に埋め込まれている巨大な骨のみに向けられていた。

 

 

 

 

 強い太陽の日差しが太古の龍骨(きょうりゅうのかせき)を照らす。夏の訪れを感じる暑い日だった。

 

 

 

 




秋の巻へ続く
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